第三戦「降臨せし龍鷹が槍」/ 六
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 紗姫は天守閣から錦江湾を見下ろしていた。 本丸には武藤晴教を総大将とする種子島守備隊と藤丸が連れてきた霧島騎士団の生き残りがいる。 特にこの天守閣は霧島騎士団から選抜された騎士が詰めていた。 武藤晴教は破壊した城門の修理や薩摩に点在する敵拠点への物見などを行い、鹿児島城奪還を狙う敵軍を警戒している。 「紗姫様、ご心配ですか?」 背後から声をかけるのは侍女として紗姫についている雪乃だ。 もうその任務から解放されていいのだが、紗姫が藤丸に無理を言ってお願いしたのだ。 霧島騎士団が復活したからと言って、紗姫と親しくしていた侍女の多くは戦死または自害して果てている。 騎士たちは面識のない者ばかりであり、安心できるはずがない。 籠であった霧島を失って分かる、自分の弱さ。 それを見せられる人というのは貴重だ。 「心配、かぁ・・・・」 思えば、藤丸も一目で自分の猫かぶりに気付いた。 それは自分を隠そうとも隠せない、ということを意味する。 強がっても通用しない、という人物もまた貴重だろう。 「心配は心配ですけど・・・・私は行かなくていいのかな、と・・・・」 支えてもらえば、表面に出るのは"霧島の巫女"としての自分だ。 侯位決定権を持つ自分はなぜ、その戦場にいないのだろうか。 「戦場は危険です。もし、紗姫様がお亡くなりになられれば、藤丸様、貞流様が生き残っても意味がありません」 家臣として、壮絶な物言いだ。 「あなたを失えば、龍鷹侯国は『侯国』ではなくなります」 侯国。 皇族の一員として、嫡流から西海の鎮護を任されている国家。 その侯王の選定は天孫降臨の地を守る、霧島神宮が決めること。 「龍鷹侯国は霧島神宮を失えば、ただの戦国大名・鷹郷家になってしまいます」 「貞流様はそれを目指していたようですが」と続ける雪乃。 「でも、私のいないところで後継者同士が争うって言うのも違うと思うけど」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 紗姫の想いは理屈ではない。 そう悟った雪乃は黙り込んだ。 『安心せい。妾はしっかり見ておるぞ?』 「・・・・?」 突然、響いた声に紗姫ははっと顔を上げる。 『ふふふ。この妾を表面に出すなど、今代の者共はまこと面白き者たちよ』 どうやらこの声は脳内に直接響いているようだ。 突然挙動不審になった紗姫を雪乃は訝しげに見つめている。 (あなたは・・・・誰?) 『なあに、妾はそなたよ』 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) それだけで分かった。 『彼女』が何者なのか、そして、何をしようとしているのかを。 「龍、鷹・・・・」 『ご名答。では行くとするか。今代の契約者に会いに』 <龍鷹>は決断したのだ。 宿主である紗姫のあずかり知らぬところで、戦況を見つめて。 岩剣城攻防戦Tscene 「―――突撃ッ」 藤丸と貞流、その本隊同士の決戦は思川渡河戦から始まった。 貞流勢は小まめに物見を出しつつ街道を驀進し、思川の対岸に敵兵がいないことを確認して先鋒の平手貞秀勢から渡河を始める。だがしかし、平手勢の半数が渡河を終えた時、小さな物陰から数騎ずつ、だが、最終的には五〇騎に到達する少数部隊が突撃してきた。 彼らは鉄砲や霊術を平手勢に叩き込み、主将が渡河中のため充分な指示が行き渡らない平手勢へと騎馬突撃を仕掛ける。 「はぁっ」 瀧井信輝は馬上で槍を旋回し、立ち向かってきた騎馬武者を馬から叩き落とした。そして、驚いて固まっている足軽集団に霊力の塊をぶつける。 命を奪うのは二の次であり、撃破を目的としていた。 「若、敵は渡河地点を変え、こちらを包囲しようとしてますっ」 「・・・・なるほど」 平手貞秀は貞流の子飼いだ。 その薫陶を受けており、いたずらに寄せてくるなどはしなかった。 もし、そうしていれば、混乱に乗じて兜首のひとつやふたつを取っていたというのに。 「退却だッ」 「全員退けぇっ」 「離脱せよッ」 信輝の指示に各指揮官たちが兵に下知を下し、五〇騎は一騎も欠けることなく、まさに疾風のように平手勢から離脱した。 わずか数分の激戦にて、平手勢は五名の死者と二七名の負傷者を出す。 死者はともかく、負傷者の中で戦闘不能になった者は十名足らずだが、それでも平手勢に与えた衝撃は大きかった。 「遅滞行動だ。ここで止まると敵の思う壺だぞっ」 渡河を終えた平手は軍勢の最前線に出て大音声で宣う。 「さあ、進軍っ」 そうして、先頭に立って歩み始めた瞬間、二町ほど前方に十数人の人影が見えた。 「む?」 訝しむ声を上げた瞬間、しゃがみ込んでいた人影が爆ぜるように赤点を発する。 「―――っ!?」 轟く銃声にびくりと体を震わせた瞬間、衝撃を伴って甲冑が火花を上げた。 「ぐ、あ・・・・」 (倒れるな。今倒れればまずい・・・・) 幸い、二町という距離を飛翔した鉛玉に威力はなく、甲冑を貫通できなかった。 事実、弾丸が命中した者、誰一人も倒れていない。 二人が腕や脚に命中して後方に運ばれただけだ。 「・・・・っ、はっ。敵は弱腰ぞッ。あんな遠くからでは死にはしないッ」 戦場の心理とは恐ろしいもので、たった五〇騎ほどで四〇〇を萎縮させてしまった。しかし、ここで兵を生かすも殺すも指揮官次第である。 どれだけ兵器が発達しようとも、それを使う兵士をどれだけ導けるかで大きく戦闘結果が変わる。 「敵は我らを恐れているっ。だから、真正面から向かってこないのだっ」 甲冑の真ん中の陥没した後を見せつけながら、平手は再び軍勢に言葉を放った。 瀧井勢は見えなくなってしまったが、ここで戦意を新たにしなければ全軍潰走もあり得る。しかし、そうしている間に時間は過ぎ、後方の軍勢が渡河を終えるのにもっと時間がかかってしまった。 これこそ、藤丸が目論んだ遅滞行動の真価である。 旗本衆本隊を除けば、最強に位置する白兵戦部隊――瀧井家騎馬武者衆を投入した理由。 それはその絶大な攻撃力にて短時間で敵軍を混乱させ、颯爽と去ることによって兵を萎縮させる。 そのまま突進してくれば撃破するのは容易だし、鼓舞するのであればその分時間が稼げる。 とりあえず、藤丸勢に欲しいのは時間だった。 「先に行くぜっ」 「生駒っ」 平手勢の脇を駆け抜ける一団は生駒貞長率いる三〇〇だ。 貞流は平手が自分の部隊を鼓舞している間に生駒勢を前進させ、平手勢の崩壊と行軍速度の維持を成し遂げた。 戦略でやり込めようとする藤丸に対し、臨機応変に応じる貞流は戦術家だ。 「さすがは貞流様・・・・」 休憩地点に帰った信輝は水を飲みながら呟く。 藤丸勢は機動力に優れた瀧井勢を使って、敵勢に反復攻撃を仕掛けている。 幸い、貞流は密集隊列を崩すつもりはないらしく、離脱に対する追撃はない。 このため、瀧井勢は有効射程距離外からの射撃や霊術、騎馬突撃などを駆使して出血を強いていた。しかし、貞流勢もしっかり考え、対応策を速やかに展開する。 思川を越えた貞流勢は先鋒に平手勢、その両翼として生駒勢、前野勢を進ませたのだ。 この辺りは田畑が多いが、その田畑に向かうための道が数多くある。 彼らは部隊を少数に分け、連携してその細道を押し渡ることで襲撃の機会を減らしたのだ。 兵力の分散は愚の骨頂ではあったが、分散した兵力が互いに援護できる距離にあれば、それは利点に結びつく。 結果的には二十数名が死傷しただけで、貞流勢は岩剣山のある平松へと雪崩れ込んだ。 「―――見えた・・・・ッ」 貞流本隊の先鋒を受け持った子飼いの部将――平手貞秀は岩剣山を見上げて安堵の息をついた。 ようやくその視界に乱立する軍旗を認めたのだ。 「貞流様へ伝令ッ。岩剣山に布陣する藤丸勢を発見ッ」 怒鳴るように付き従っていた使番に言い放ち、自身は陣形を整えるために減速を命じる。 一見したところ、旗だけでどれだけの戦力を有しているか分からない。 そのため、全軍が布陣を終えるまで、周囲を警戒しつつも物見を出す必要があった。 戦術家であり、野戦決戦の得手である貞流の薫陶を受けた部将たちは総じて戦上手だ。 平手もそのひとりとして、功に焦って襲いかかろうとはしなかった。 「ん?」 だが、いきなり全軍を行軍陣形から戦闘陣形に転じさせたのは失敗だった。 これまで機会を窺っていた瀧井勢だけでなく、白兵戦部隊最強――旗本衆が襲いかかったのだ。 「おおっ!?」 これまで灌木に隠れていた旗本衆が一斉に立ち上がり、中物見三十名に攻撃を仕掛けた。 それは一方的であり、霊術の一斉攻撃でほとんどの騎馬武者がなぎ倒される。そして、その光景に視線を吸い寄せられた平手勢の脇から瀧井勢が飛び出した。 彼らは平手が民を怯えさせないために物見を見送った平松の集落にて集結しており、騎馬武者六〇騎による突撃を開始する。 途中、一町まで迫った鉄砲隊十数名が撃ち放った弾丸が彼らを追い抜き、後方から竹束や旗などを受け取り、設置作業をしていた手明数名を撃ち崩した。 「な・・・・」 油断した。 正直に平手はそれを認める。 敵本隊を視認し、その対応のために今まで周りにいた軍勢のことを失念していた。 「鉄砲衆は正面に展開ッ。引き上げてくる物見衆援護ッ。長槍衆は側面へ移動し、敵の突撃を押さえろっ」 指示がその口から発せられるが、前者はともかく後者は難しいだろう。 長柄槍は正面に向けてこそ、その長さを生かした戦いができるが、長すぎるために取り回しが困難である。 そのために、このような旋回行動を部隊で行うには必ず混乱が生まれる。 「行くぞぉっ」 だから、平手は自身が騎馬隊に向かうことでその時間を作ろうとした。 付き従うは彼の旗本たちだ。 騎馬武者二〇、徒歩武者三〇の合計五〇が陣を離れて騎馬武者に向かう。しかし、これが無謀なことも平手は分かっていた。 騎兵と歩兵は真正面からぶつかるものではない。 それを避けるために長槍兵や弓兵がおり、近年では銃兵がいるのだから。 「はぁっ」 信輝は一合で向かってきた騎馬武者を叩き落とし、返す穂先でそののど元を掻き切る。そして、仇を討とうと駆け寄ってきた徒歩武者の太ももを切り裂いた。 瀧井流槍術とは鎧兜に身を包んだ敵兵の撃破方法である。 剣術で言えば介者剣術のことであり、それを槍で行うというものだった。 よく狙った刺突ならともかく、長い槍でその正確性を出すのは非常に難しい。しかし、槍は刀に対して絶対的な間合いがあり、この槍術を身につけていれば、乱戦での生存率は飛躍的に向上する。 信輝が平手勢の布陣を見て取り、撤退した時には平手武者衆は半数以上が死傷するという大損害を被っていた。 これは指揮官級の士分は含まれていなかったが、武者突撃は戦国軍隊の最強戦術のひとつだ。 この戦術を封じられたとも言える瀧井勢の突撃は最大の戦果を上げた。 「ふん、負け、か・・・・」 貞流は戦闘態勢を整えた軍勢を見遣り、そっと呟いた。 思川から岩剣山麓までの前哨戦は藤丸の勝利と言っていい。 それも圧倒的だ。 だが、戦略的観点から見れば引き分けであろう。 藤丸の遅滞行動は失敗したが、貞流の急進作戦も失敗した。しかし、戦術面で見れば、行軍中の損害は最小限に抑えたが、平手勢は最後の最後で詰めを誤り、結果的には五〇名近い死傷者を出している。 これは四〇〇の平手勢から見れば一割であり、決戦前の損耗率で言えば甚大と言える。 「貞流様、全て布陣、整いました」 「分かった」 貞流は報告を受け、幔幕から外に出た。 藤丸勢はさすがに峻険な岩剣山に上る時間がなかったのか、本隊と思われる部隊はその中腹に布陣している。そして、先鋒は平松城の遺構に拠り、貞流勢を押しとどめる気勢を示していた。 対して貞流勢は貞流本隊五〇〇を思川に流れ込む川を背にし、平松城正面に平手勢三五〇、脇元との連絡を遮断する南方に平岩勢四〇〇、平手勢と平岩勢の間に生駒勢三〇〇、右翼扱いとして奥山花に前野勢四〇〇を展開させた。 形としては岩剣山の南東から北東にかけて弧を描くように包囲している。 それは平野部への出口を全て封鎖しており、岩剣山からの突出部隊の出現を許さない布陣だった。 (戦場選択でも勝ったな・・・・) 平松城に拠っているとはいえ、あそこは岩剣城では政務が執れないために築かれた、言わば平時の城である。 戦時は戦力を連れて岩剣城に籠もるのが通例だった。 また、平松城は突出部であり、三方からの攻撃は可能だ。 当然、それをさせじと軍勢が前進してくるだろうが、守勢防御ではなく、攻勢防御になる藤丸勢には貞流勢の数が生きる。 「ふ、ふふふ・・・・感謝するぞ、藤丸」 この内乱がなければ、貞流は戦略の大切さに気付かなかったに違いない。 今、貞流は部将としてではなく、総大将として大きく成長していた。 なぜなら、この戦略的に有利な戦場選択ができたにもかかわらず、全く油断していないからだ。 「すぅ・・・・」 采配を振り上げ、大きく息を吸う。 今、二〇〇〇の兵がその采配だけを見ていた。 「かかれぇっ!」 霊力に言葉を乗せ、戦場全体に響き渡る大声と共に振り下ろされた采配はまるで軍勢を投げつけたかのように、一斉に彼らが動き出す。 ―――ドゥンッ!!! 貞流勢の戦意に呼応するように岩剣山中腹から轟音が響き渡った。 「な・・・・」 ポカンと口を開けながら、飛翔する三つの黒点を凝視する。 「は、ははは。面白い。面白いぞ、藤丸ッ」 ひとしきり笑った貞流は、次の瞬間に顔を引き締めた。 「怯むなっ。ただの鉄弾なぞ、陸上ではものの役に立たんっ。押せぇっ」 貞流が叫びを上げた時、三つの砲弾は貞流勢の頭上に降り注ぐ。しかし、貞流勢は砲弾が戦友を粉微塵に変える中、整然と突撃を開始した。 決戦Vscene 「―――金崎駿蔵殿、御討ち死にッ。金崎隊は壊滅しましたッ」 「保田徳満様、鉄砲にて負傷っ」 御武勢は援護に来た楠瀬勢が村林勢の予備部隊に止められ、奥深くまで村林勢の突入を許していた。 次々と御武勢本陣に届けられる凶報は増加の傾向を示している。 すでに被害は日向衆だけでなく、藤丸が宮崎に着いてから編成された傭兵衆にまで広がっていた。 今は藤丸勝利の暁に士分に取り立てられる約束が効いているので、傭兵たちは抗戦しているが、それもいつまで保つか分からない。 楠瀬勢が来援した時に得た士気はなくなり、いつ全面壊走に陥ってもおかしくはなかった。 (くぅ・・・・やはり、儂ではだめか・・・・) 御武勢本陣で高鍋城勢を指揮するのは高鍋城主――御武時盛ではない。 御武家は時盛が当主だが、密命を受けており、御武勢を率いる立場ではなかった。そのため、代役は先代である昌盛が振るっていた。しかし、武人肌の時盛と違って昌盛は能吏に才を発揮する武将である。 決戦の重要な役割を示す右翼の大将としては不適切だった。 「本陣を固めよッ。何としてでも押し止めるのだっ」 飛来した矢が本陣の幔幕内に落ちる中、昌盛は床机から立ち上がって大声を上げる。 言われるまでもなく、本陣付きの足軽たちは幔幕前に展開し、突撃してきた村林勢と激突した。 一瞬だけ、村林勢の進撃が、確かに止まった。 戦場の中では新手を迎えた時に起きるわずかな制止が御武勢本陣に付けられていた武将たちが欲しかったものだ。 「「「はぁっ」」」 幔幕前に躍り出た武将たちは己の体内に眠る霊力を活性化し、霊術を発動させた。 彼らは平時には文官として宮崎代官所に詰めているが、白兵戦よりも霊術を得意とするもの霊能士だ。 「し、しま―――」 総攻撃から最前線を駆け続けてきた村林家の組頭以下数十名が十数の霊術の奔流に飲み込まれた。 ある者は炎に灼かれ、また、ある者は大水に押し流される。 ある者は木の枝に刺し貫かれる、また、ある者は礫に全身を砕かれる。 これまで、刀槍で戦ってきた村林勢は霊術の防御を張り巡らせる暇なく、一方的に蹂躙された。 この一撃で、先鋒を務めた組頭以下三〇余名が死傷し、先鋒は壊滅する。 「押し返せっ」 自身もまた、霊術を発動させて敵兵を火炎に包みながら昌盛は下知を下した。 息を吹き返した御武勢は先鋒交替の隙を衝いて半町ほど押し返す。だが、この反撃も長くは続かなかった。 ―――ドンドンドン、ドンドンドン 「動いたか・・・・」 戦場を駆け抜けるテンポの速い太鼓の音。 この寄せ太鼓に従い、有坂勢の後方に布陣していたふたつの円居が動き出した。 大久保康成五〇〇、堀尾景照五〇〇は共に薩摩衆である。 村林信茂と同じように貞流の勢力圏に取り込まれた武将たちであるが、逆に言えば、ここでへまをすれば貞流の温情を受けにくい立場でもあった。 そのために、必死の猛攻を仕掛けてくるだろう。 正直、これ以上の兵力を受けることは不可能だった。 「増援を・・・・ッ」 軍事に疎い昌盛でもそれが難しいことは分かる。 中央軍から増援を得るためには楠瀬勢が激闘を続けている一角を抜けるか、大きく迂回して御武勢の右横面に出るしかなかった。 前者は楠瀬勢の敵を押し潰すことが必要最低限であるし、後者は何より移動時間が長い。 結局、両者とも時間がかかり、到達した頃には御武勢は壊滅しているに違いない。 「マズイ・・・・」 いろいろ考えようとするが、こういうときに限って何も思いつかない。 そうこうしているうちに援軍の気配を悟った村林勢は態勢を立て直していた。そして、奮戦する御武勢本陣を包囲するように展開する。 さすがは猛将・村林信茂の薫陶を受けた軍勢だった。 「先代ッ」 思わず甲冑の上から胸を押さえていた時、馬廻を突破した敵兵が襲い掛かってきた。 「うぉっ」 思わず手に持っていた采配を投げ付け、相手の機先を制す。 「御武・・・・昌盛殿か・・・・。なるほど、これほど拙き戦、時盛殿では有り得ないと思っていたが・・・・やはりな」 そこに立っていたのは村林信茂。 まさかの敵左翼軍大将だった。 「信茂、貴様、このような場所に・・・・ッ」 昌盛を守るために数人の馬廻が村林を取り囲む。 「無論、早く内乱を終わらせるためよ」 村林が構えを取ると同時に数人の村林兵が彼に駆けつけた。 「出水城にいれば分かる。聖炎国は着実に傷を癒し、軍備を拡張している」 龍鷹軍団の最前線を受け持つ彼にはそれが歯がゆくて仕方がなかった。 北薩の戦いで多大な犠牲を払って得た戦果は聖炎軍団の兵数減だ。 今まさに兵力を結集して攻め寄せれば、水俣城を陥落させることなど造作もないだろう。だがしかし龍鷹侯国は内乱に明け暮れ、宿敵は着実に傷を癒している。 これほど軍人としてもどかしいものはなかった。 「しかし、それで、どうして貞流様に付くのだ?」 昌盛は呻くような声で問う。 抱いている想いは同じなのに、どうして敵なのだ、と。 「知れたこと。貞流様側の方が早く内乱を終結させることができると踏んだからだ」 寡兵で大軍を睨みつけていた彼だからこそ、兵力が持つ強みを知っている。だから、圧倒的兵力を有する貞流に付いたのだ。 「兵力、軍事力が全てなど・・・・」 「この戦乱の世で軍事力以外に何で物事を計る?」 「貞流様は・・・・御館様を・・・・朝流公を斬殺したのだぞっ。さらには実流様も手にかけ、藤丸様をも・・・・っ」 昌盛の言葉に村林兵が揺れた。 彼らは藤丸こそ謀反人と思っているからだ。しかし、村林は冷静だった。 「そうだとしても・・・・龍鷹侯国が続くのならばそれでいい」 『『『―――っ!?』』』 壮絶とも言える絶対的な忠誠心が示される。 その強さに御武兵が戦いた。 「貞流様が同族殺しをしていたとしても・・・・それは過去のことだ。貞流様を追求したとしても朝流様も、実流様も帰ってこない」 そう、死人は帰ってこない。 ならば、どれだけの人間を助け、龍鷹侯国を存続させるために、何をすればいいのか。 「俺は藤丸様が憎いわけではないが、龍鷹侯国に暮らす民と天秤にかけた時、俺は藤丸様を切り捨てることができる」 それは鷹郷家に仕えるのではなく、龍鷹侯国という国に仕えるという決断だ。 これは人吉城主――佐久頼政と通じる考えであり、国境を任される部将たちの想いとも言えよう。 「―――なるほど。貴様の想い、よくわかった」 「「―――っ!?」」 弾かれたように両勢が振り返った。 「貴様・・・・生きていたのか!?」 居並んだ者たちの注視を受けながら、ゆっくりと大身槍を肩に担ぐ偉丈夫。 「佐久、頼政・・・・ッ」 「おや? 昨日の戦いで姿を見られているから、貞流様は知っているはずだが?」 「ぐ・・・・」 その事実は村林に全ての情報を伝えていないという、不信の証明だ。 「それより・・・・始まるぞ」 「ん?」 佐久は視線を中央に戻す。 「"軍神"の、反撃がな」 その時、"軍神"の先兵――長井衛勝と武藤統教が動き出した。 |