第二戦「翻弄されしも輝ける群雄」/ 八
「・・・・ッ」 「・・・・っ、・・・・ッ!?」 六月二二日、鹿児島城。 深夜の本丸にて常人には聞き取れない言葉で彼らはお互いを認識していた。 実際、その周囲を歩いていた足軽は草木の擦れ合う音しか聞いておらず、突然巻き起こった突風にひっくり返る。 「な、なんだぁ!?」 思わず上げた声を置き去りにし、その突風は場所を移してぶつかり合った。 (早く、早く藤丸様に・・・・ッ) 駆ける風の中には黒装束に身を包んだ男がいた。 その手には棒手裏剣が握られており、角を曲がった瞬間に投擲する。そして、くぐもった悲鳴を聞くことなく、大きく跳躍した。 一蹴りで数丈の高さまで飛び上がった男はその眼下を見下ろす。 「霜草邸・・・・」 自分が育った龍鷹侯国の暗部から視線を巡らし、もうひとつの建物を見下ろした。 「本丸御殿」 本丸御殿の庭は霜草邸の屋根からならば十分に見渡せる。 それは本来、暗殺者などから鷹郷家を守るためだった。 「兄上・・・・あなたは―――っ!?」 地上から噴き上がってきた炎が霜草茂兵衛の体を一撃し、続いて飛来した針が貫く。 それで体勢を崩した茂兵衛は一直線に落下を始め、もう一度炎に吹き飛ばされた。 「ガ、ハッ」 叩きつけられるようにとある屋敷の床板に墜落し、炎に吹き飛ばされた衝撃で障子を破って部屋の中に転がり込む。 そこは最近出来た新築の屋敷だった。 忍びたちの戦いscene 「―――今日で何日経ったのかな・・・・」 屋敷の縁側に腰掛け、足をぷらぷらさせることが紗姫の日課になりつつあった。 最近では雪乃から外の情報も入ってくる。 彼女は霜草家の一門である故に子飼いの部下もいるらしく、この屋敷の忍びはほぼ彼女の指揮下にあった。 雪乃と話し合った結果、どうやら味方してもらえているようで、屋敷内ではかなり自由になっている。ただ、それでももどかしいことには変わりない。 彼女が持ってくる情報は刻一刻と戦機が熟しつつあるという事実であり、近いうちに藤丸方と貞流方が全面衝突の決戦に陥ることは確実だった。 「本当に助けに―――」 「くるのでしょうかぁ」と続けようとして、紗姫は口を閉じる。 「そう、そのまま、じっとしていてください」 いつの間にか隣に立っていた雪乃は唇に人差し指を当てて注意を促した。そして、紗姫が頷くのを確認すると物音の音源向けて滑るように走り出す。 「は、早い・・・・」 ぽかんと口を開け、しばらく瞬きを忘れた。 忍びとは聞いていたが、目に映っているというのに移動方法が分からないなどと言うことをされると驚く。 「でも、ようやく来た、変化・・・・」 紗姫は勢いよく立ち上がった。 このまま、内乱が終結するまで腐っているつもりはない。 紗姫は幼少より、霧島騎士団を欺いていた気配削除の方式で雪乃の後を追った。 (何があった・・・・?) 屋敷の障子が破られる音がして、周囲の忍びたちも一斉にその方面に引き寄せられる。 正直、本職の忍び相手では数分と保たないだろうが、雪乃は慌てているのか、気付かれずに背後に回ることが出来た。 「―――兄さん、どうしたのですか?」 雪乃が血を流す青年の傍に跪き、治癒の霊術を発動させている。 (あれは・・・・) 見たことがあるような気がする。 雪乃は端麗な容姿をしているが、兄と呼ばれた青年は朴訥で一見では特徴を見いだせない容姿だ。しかし、どこかで見た。 「藤丸、様・・・・の使いでな、朝流公の事件を、追って・・・・いたのだ・・・・」 ゆっくりと息を吐き出し、青年は身を起こす。 (でも、雪乃に「兄」と呼ばれる男・・・・) 彼こそが十中八九、霜草茂兵衛だろう。 「・・・・ッ!?」 背後で殺気が沸き上がり、疾風となった影がふたりに襲いかかった。 それはこの屋敷に詰めていた忍びであり、茂兵衛を討ち取るための刀が闇に光る。 「・・・・ッ」 無言の気合いが茂兵衛を包み、その鋒が心臓に向いた時、雪乃の手が動いた。 「な・・・・」 次の瞬間、袖から飛び出した鎖が忍びの体にまとわりつき、間髪入れずに発火する。 悲鳴は鎖が喉を潰すことで押し殺し、ものの数秒で黒こげになった。 「あ・・・・あ、ぁ・・・・」 一瞬。 まさの文字通りの早さで人が死んだ。 その事実に紗姫は思わず隠形を忘れた。 ピリピリした空気の中に紗姫の気配が混ざり込む。 「誰ッ」 「ひぅっ」 鋭い誰何の声が紗姫の体を打ち、瞬く間に周囲に忍びたちが結集した。 「あ、あわわ・・・・」 表情のない屈強な男女に囲まれた紗姫は改めて忍びの恐ろしさを痛感する。 「紗姫様、動くなと言ったでしょうに・・・・」 その向こうで、雪乃は呆れたようにため息をついた。しかし、その緩んだ気もすぐに先程以上に引き締められる。 「仕方ありません。今は私の指示に従ってください」 その冷徹なまでの無表情に紗姫は頷くしかなかった。 「ふむ、騒がせたな、雪乃」 数分後にやってきたのは足軽三〇人を連れた霜草久兵衛本人だった。 気配はしないが、屈強な忍び衆十数名も付いてきている。 目的はもちろん、紗姫の屋敷に墜落した茂兵衛の確保だった。 「先程、この屋敷に落ちてきた者を引き渡してもらいたい」 「分かりました。こちらへ」 妹である雪乃は先頭に立って歩き出す。 味方だからか、忍びの目から見ても隙が多かった。 (ふむ、小娘の相手をさせているせいで少しなまったか?) 潜り込ませている忍びからは紗姫と仲良くやっているようだ。 (ただ、気になるのはその者からの連絡がないこと・・・・) 「む?」 考え事をしていた久兵衛は嗅覚をついた臭いに思わず呻いた。 「これは・・・・これはどういうことだ、雪乃ッ」 思わず久兵衛は殺気混じりの声を出す。 なぜなら、この焼死体こそ、彼がこの屋敷に放っておいた忍びだからだ。 「この者が突如、屋敷へ侵入。そこを間髪入れて倒しました」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 兄の、頭領の怒りの視線を受けても雪乃はたじろがなかった。 「何故、殺した。そこまでせずともよかったはずだろう?」 久兵衛は茂兵衛の実力を知っている。 弟ならば、この男にすり替わって攻撃を避けることも出来ただろう。だからこそ、この男を殺した妹の思考は理解できなかった。 殺せば、真実は永遠に葬り去られるのだから。 「男が転がり込んだ部屋に紗姫様がおられました」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 紗姫とは龍鷹侯国にとって重要な人物である。 その者がいる部屋に奇襲とも言える方法で降ってきたならば、即座に討ち果たしたとしても無理はなかった。 「雪乃」 「・・・・はい」 久兵衛は真偽を確かめるように妹の瞳をじっと見つめる。 嘘の確率が高いだろう。 如何に茂兵衛の実力を認めているとはいえ、空中で入れ替わって自分が気付かないなどないだろう。だから、妹が裏切っている可能性は捨てきれない。 (いや、そうではないか) 裏切りではなく、単に茂兵衛を殺されたくないだけだろう。 内乱を心底嫌がっているのは雪乃だ。 だから、久兵衛は戦力にならぬと思った雪乃たちを屋敷の護衛に起用しているのだ。 (仮に茂兵衛が雪乃に匿われたとしても、この屋敷から逃さぬようにしてしまえばいい) 久兵衛は無理に探そうとせず、茂兵衛を屋敷内に閉じ込めることで内乱からの戦線離脱を目論んだ。 「ならばよし。騒がせてすまなかった。紗姫様にもそう伝えてくれ」 短い会話と屋敷の様子からそう決心した久兵衛は足軽たちをまとめて屋敷から出て行く。そして、そのまま次の任務の場所へと駆け出した。 「ふぅ・・・・」 茂兵衛がやってくるなりため息をついて崩れ落ちた妹を支えた。 「助かった」 「ホント、無理しすぎですよ、兄さん」 ほんのりと優しい笑みを向けてくれた妹に笑顔を返し、茂兵衛は姿勢を正して紗姫に向き直る。 「お初にお目にかかります。鷹郷藤丸が臣、霜草茂兵衛と申します」 「・・・・初めてではないでしょう?」 その言葉に心底驚いたようだ。 「あの一瞬で覚えられましたか・・・・」 あれは霧島が健在であった頃、紗姫と藤丸の会見を終わらせる情報を持ってきた騎士団員こそが茂兵衛だった。 だからこそ、会見中であるのに関わらず、一気に藤丸へと言上を宣ったのだ。 「それで、何用です?」 公の場では紗姫も丁寧な言葉遣いになる。 「いえ、特には。情けないことに私はここに閉じ込められたようで」 「藤丸からの使いではないのか・・・・」 若干、肩が落ちたのを自覚した。 「藤丸は・・・・元気ですか? 病に伏せったと聞きましたが」 「それは事実ですが、それはもう、あの方にとっては日常的なもの。今では元気に采配を振るっておりましょう」 その言葉を聞いて、また少しだけ表情が動く。しかし、茂兵衛は無視した。 「まもなく、我が軍は反攻作戦に着手するでしょう」 「・・・・また、大勢死ぬのですね・・・・」 嬉しそうだった表情が暗く沈む。 雪乃の視線が突き刺さるが、茂兵衛はこれも無視した。 「死ぬでしょう。両者とも総力を挙げて激突するでしょうから」 「ぅ」 現実を痛感させられても茂兵衛は続ける。 「ですが、それは新生龍鷹侯国のために必要な犠牲です。この内乱は長い歴史の中、侯国内に溜まった膿を取り除く荒治療です」 茂兵衛は一忍びから外れた意見を口にした。 「この国は裏から見れば行き詰まっている。朝流公たちは皇族として西の大国であり続けようとしていた」 戦国時代が始まった時の版図は薩摩一円だった。しかし、後継者争いによる内乱によって数十年を浪費し、ようやくまとまった時はかなりの名門武家が滅び去っている。 世は力でものを語る時代になっており、中興の祖と言われる武流公は大隅に出兵して鹿屋家と激戦を展開する中、強力な水軍を組織して種子島や屋久島を攻略、奄美大島までの島嶼を領土内に組み込み、中国や欧州の商人と交易して戦力を増大させた。 数十年に及ぶ大隅内での戦闘の中、人吉や宮崎を攻略。宮崎から南下して飫肥を制圧したことで、大隅国の全周から総攻撃をかけることで、鹿屋家と決戦に挑む。 これが今から五〇年ほど前のことだ。 現鹿屋家当主――利直の父が敗北し、朝流とは人質として鹿児島にいる時に遊んだらしい。そして、利直が当主になることで、鷹郷家は完全に大隅国を自領として取り込んだ。 「拡大を続け、鷹郷家譜代、薩摩衆、大隅衆、日向衆と分かれています。また、石高を中心とした格差が目立ち、家老衆の世襲制が顕著となっています」 実力で国を動かせるようになるにはほど遠いのが龍鷹侯国である。 「しかし、藤丸様はそれに風穴を開けようとしている」 内乱で消耗した戦力を補充すると説明しているが、雇った傭兵や集めた農民兵たちを家臣団に組み込むことは身分や財力ではなく、能力を重視するという政策の布石に違いない。 「だから、何?」 紗姫は困った顔をして茂兵衛に真意を問うた。 普通で考えれば、主君を押すことで、侯王に選んでもらおうとする家臣だろう。しかし、茂兵衛からはその意思は感じられない。 藤丸を引き合いに出すことで、紗姫に何かを伝えようとしているのだ。 「たとえ、霧島神宮が陥落しようと、霧島は終わっていませんよ」 「―――っ!?」 その言葉が「待つ」だけだった紗姫の心を射抜いた。 出陣scene 「―――茂兵衛は・・・・帰らない、か・・・・」 六月二七日、宮崎代官所。 藤丸方の本拠には先の大演習の噂を聞きつけた傭兵たちが集まっていた。また、大隅を味方に取り込んだことでも兵員を増やしている。 内乱前では戦力計算されなかった数を取り込んだ藤丸勢は大隅国人衆、小林絢瀬勢、都城楠瀬勢を除いても四五〇〇を率いていた。 これに絢瀬、楠瀬を加えて五五〇〇。 ここに大隅勢約二五〇〇を併せれば八〇〇〇。 当初、三〇〇から始まった藤丸方からすれば、急成長している。 「伸び悩んでいた不正規兵の徴集は幸希のおかげだな」 「それほどでもないですよー」 布団の傍に座っていた幸希が柔らかな笑顔で応じた。 大隅国は鹿屋家が旗頭になっているとはいえ、薩摩のように整理された行政方式ではない。 そのために群小な豪族たちの領土間には空白地も多く、また、山中には逃散した農民たちが隠れていた。 御武家の情報網はそうしたことを確実に掴んでおり、この領域から義勇軍を募ったのだ。 日陰者の生活から一気に武士階級に名を連ねることができ、内乱終結後の生活改善も約束された以上、彼らは絶対的な忠誠心で藤丸方に加えられた。 傭兵たちは一種のプライドを持って参戦している以上、実力に応じた部隊を編成する必要があるが、元々農民であった彼らは傭兵たちの下に付く足軽として起用される。 長井衛勝が徹底的に鍛え上げ、鳴海直武が手薄な円居に編成し、加えられた部将が円居全体の調練を繰り返す。 そうした活気が宮崎平野に満ちる中、藤丸は徐々に体力を回復させていた。 「貞流も・・・・動かないか・・・・」 宮崎に終結させている藤丸主力に対し、貞流も鹿児島に主力を展開させていた。 唯一、突出していると思われるのは北大隅を事実上まとめている福山城の鹿屋信直と大口城くらいだ。また、一部の兵を枕崎城、加世田城に入れ、海軍の指宿城を警戒している。 それ以外の主な部隊は鹿児島城に収容され、決戦のために訓練されているという。 「相手は横綱。そう簡単には動かないでしょう」 「ああ、おまけに俺たちには時間がない・・・・」 茂兵衛が失敗したというならば、朝廷を納得させるために貞流を武力で打倒する必要があった。 「動くのはこっちだ」 「そのためには・・・・」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 少年ふたりが今後の戦略について話をする中、護衛として部屋の中にいたふたりの男女は沈黙していた。 いや、沈黙しているように見えて、小さな声で会話している。 「お前、話の意味分かる?」 「全っ然」 互いが同じ気持ちなのを知り、瀧井信輝と加納郁はため息をついた。 ふたりは大演習の激闘で武勇が認められ、改めて藤丸の護衛を任されている。また、瀧井家や寺島家は構成人数が少ないことから藤丸本隊付きとなった。 これで旗本衆は加納家三〇〇、瀧井家二〇〇、寺島家二〇〇となり、約七〇〇と一定の戦力を有することとなった。また、同様に二〇〇弱の戦力であった佐久家は重点的に傭兵団を組み込み、四〇〇近い集団になっている。 「とりあえず、あのふたりがとんでもないってことは分かるぜ」 「それは私が身を以て体験してるよ」 加納家と瀧井家は白兵戦に特化しており、寺島家は山岳戦に強い。 同数の兵力と正面からやり合うと辛いが、それでも条件さえ整えば兵数の数倍にもなる戦力だった。 それを動かすのは藤丸と参謀役に定着した御武幸希である。 元々、幸希は昌盛の傍で情報を整理する仕事をしていたことで、藤丸への連絡役も兼ねていた。だから、幸希が持ってきた情報を精査するという作業が今されている。 「信輝」 「は、はい・・・・ッ」 急に名前を呼ばれ、信輝はびくりとした。 「薩摩は全て貞流に付いたんだよな?」 「はい」 「だとしたら、長井家と瀧井家以外と言うことで、北大隅の一部を加えておおよそ石高は三五万石。通常なら約一万二〇〇〇ですね」 信輝の返事を聞き、再びふたりは話に没頭する。 「対してこちらは八〇〇〇。野戦でも互角、か。でも、元々、龍鷹軍団の通常動員力は約二万九〇〇〇だろ? 後九〇〇〇はどこいった?」 内乱は侯国全土に広がっていた。 ならば、動員される戦力も龍鷹軍団の兵力に釣り合うはずだ。 「二〇〇〇ほどは聖炎軍団との戦で磨り潰していますし、大隅でも鹿屋家の家中分裂で同様です」 「だが、聖炎軍団との戦はほぼ薩摩衆、つまりは貞流の方が少ないんじゃないか?」 北薩の戦いで川内川の戦いに参加した龍鷹軍団主力軍はほとんどが薩摩勢である。そして、薩摩勢を主力とするのは貞流だ。 だとすれば、貞流の兵力こそ、通常動員力よりも下回ってもいいはずだった。 「割合的にはそうでしょうが、おそらく、貞流様は無理矢理一万石に付き、三五〇人を出させているのではないかと」 「通常動員以上、か」 あの兄ならばやりかねない。 通常動員力とは戦に人員が取られても、最低限の農作業などの他のことに従事できる男を残す動員力である。 つまり、最大動員力ではないので、例え敗北したとしても戦力が涸渇することはない。 これの動員力を越える動員はどこかに無理を来しており、国力を疲弊させていることになる。 諸大名は極力、通常動員力で戦うことを心懸けているが、乾坤一擲の決戦に挑む時には無視されやすかった。 「また、肥後人吉の五万石弱から得られる約一八〇〇からは二〇〇ですからね。後、南方防衛のために種子島、屋久島、奄美大島には石高以上の戦力を送っています」 「だとしても・・・・精強な龍鷹軍団は一連の戦でかなりの兵力を失っていると言うことか」 「・・・・ですね。我々が勝ちを収めても即応戦力は一万ほどかもしれませんね」 ふたりの脳裏には貞流を倒した後の聖炎軍団から人吉地方奪還戦争がある。 聖炎軍団が先の北薩の戦いで痛めつけたとはいえ、それ以上の手傷を自ら被った龍鷹軍団が対抗できるのだろうか。 「この戦、できるだけ損耗を避けなくちゃな〜」 額に手を当て、参ったというように天を仰ぐ。 「思ったより難事だなぁ」 「ですね〜。ただ、思ったよりも兵数に開きがないことに貞流様は焦っていると思います。そこが突きどころではないかと」 「ん〜」 藤丸はぽふっと布団に倒れた。 「郁〜」 「・・・・はい?」 ぽけっとしたままで名前を呼ばれた郁の反応が遅れる。 「直武にすぐに出陣できるように言っといて。もしかしたらすぐに動くかも、って」 「分かり―――」 ―――ズダダダダダダッ 郁の返事をかき消さん勢いで迫る足音に郁は言葉自体止めた。そして、信輝と視線を交わし、得物に手をかける。 幸希も懐から短刀を取り出した。 「ああ、お前ら、この足音はきっと―――」 「―――若、遂に動―――どぁっ!?」 「きゃあ!?」 障子を開いて飛び込んできた武士は左右から繰り出された峰打ちの一撃に思い切り吹き飛ばされた。 それこそ、廊下ではなく、庭にまで放り出されて着地してからも勢いが殺せずに壁に激突する。 「きゅぅ」 そのまま目を回してしまった。 「「ああっ、しまったっ」」 「あー、遅かったか・・・・」 目を回しているのは藤丸方の若手大将――鳴海盛武だ。 彼も戦場に出れば、周囲を圧する武勇を持つが、攻撃されるはずのないところで、郁や信輝に攻撃されれば無理もない。 「こ、これは・・・・?」 突如、盛武が消えて目をパチクリさせているのは藤丸の主治医代理である沙也加だ。 「沙也加、悪いけど、盛武を気付けしてくれ」 「は、はい・・・・」 彼女は訳が分からないだろうが、とりあえず、目を回している盛武の胸に手を当てた。 「すぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハッ」 「おぅ!? ・・・・あ、あれ?」 心臓から血管を通して勢いよく流れた霊力に盛武の意識が一気に覚醒する。しかし、思考までは戻らないのか、不思議そうな顔で周囲を見渡した。 「盛武、何か用か?」 藤丸は身を起こし、縁側まで歩いて行く。 床に伏せっていたために体力は落ちていたが、目眩もしないしもう大丈夫だろう。 「あ、そ、そうだっ。父上から伝言です」 盛武は片膝を付いた。 これは戦場伝達での作法だ。 つまり、盛武が伝えようとしているのは軍事に直結し、それも急を要するということだった。 「大口城に展開していた貞流方の軍勢は撤退し、鹿児島城に向かった模様。また、従来の大口城将はそのまま留め置かれ、代わりの戦力として人吉城より聖炎軍団がやってくるそうです」 『『『―――っ!?』』』 あまりに衝撃的な報告に聞いた者全員が身体を硬直させる。 「城将、山野辺殿は貞流方から離反を決意。救援要請を届けてきました」 「・・・・・・・・・・・・・・・・小林城に伝令。全軍を上げて聖炎軍団を撃退せよ。増援として、佐久頼政部隊も差し向けよ」 「はっ」 盛武はとりあえずの対応を聞くと走って直武の下へと向かっていった。 「幸希、全部将に集結命令及び全軍を臨戦態勢に移行させろ。信輝は戦評定の準備を。郁は侍女たちに着替えを持ってこさせてくれ」 「「「はいっ」」」 矢のような鋭い視線と命令に三人も駆け出す。 それを見送った藤丸は沙也加を見遣った。 「出陣するから付いてきてくれ」 「・・・・分かりました。一緒に連れてきている同門の者たちも金瘡医として連れて行きます」 「頼む」 藤丸はバタバタと駆けてきた侍女たちを従え、自室へと戻る。 同時に戦準備を告げる法螺貝がびょうびょうと鳴り響き始めた。 「―――賽は投げられた・・・・」 梅雨の雨を浴びながら少女は目を閉じた。 ヒトの中で最も大きな感覚である視覚を封じれば、他の感覚が脳を占拠する。 雨が地面を叩く音、青草の匂い、水が肌を流れる感触・・・・ 視覚が無くとも外界が彼女に伝える状況から彼女は考えた。 (これは・・・・涙・・・・) 天が流す、多くの人が死ぬことに対する悲しみの涙。 両軍併せて約二万の軍勢がぶつかれば、死者は数百では済まないだろう。 「この国が・・・・変われるかどうかの最後の試練・・・・」 少女は鈴を鳴らす。 まるで、一連の内乱で亡くなり、亡くなるであろう者たちへの鎮魂歌。 「そう、これは革命・・・・」 龍鷹侯国の中心――錦江湾沿岸で繰り広げられる、兄弟決戦が始まった。 |