第二戦「翻弄されしも輝ける群雄」/ 六



「―――もう、どれくらい経ったでしょう・・・・」

 紗姫は縁側に腰掛け、足をぶらぶらさせながら雨を落とす雲を見上げた。
 最近、紗姫は屋敷内ならば自由に出歩けるようになっている。しかし、警護する足軽は貞流の旗本であり、仕える侍女たちも明らか忍びの者たちだった。
 警戒されていることは仕方がないが、ぶしつけなのは少々苛立っている。

(戦況は五分五分・・・・ううん、戦略で勝ってきた分、藤丸は初めて主導権を握れるところまで来た)

 龍鷹侯国で勃発した内乱はやはり南九州を揺るがせる大きなものになりつつあった。
 聖炎国は人吉を制圧し、念願だった肥後統一を果たしている。そして、ここで龍鷹侯国に恩を売ることで国力を増すための時間を稼ごうとしていた。
 日向国も群小の大名たちが小競り合いを始め、多くの集落が炎上している。

「あまりお外におられますと、お体に触られますよ?」

 何の気配もなく、紗姫の隣にひとりの少女が跪いた。

「さ、中に入られましょう」

 笑顔で促す少女の名前は雪乃といい、紗姫の身の回りを世話する侍女だ。

「分かりました」

 彼女の手を取り立ち上がる。そして、障子を開けて部屋に入った。

「あ、あの・・・・?」

 雪乃の手を離さずに室内に入ったために雪乃も部屋の中に入ってしまう。
 そのことに関する戸惑いの声がかけられたが、紗姫は無視して部屋の奥に進んだ。

「雪乃さん」
「・・・・はい」

 手を離したとはいえ、未だ紗姫が雪乃を認識している以上、むやみに退出はできない。さらに紗姫がこちらを向いて座ってしまったので、雪乃も座らなければならなかった。

「"鷹郷朝流公暗殺未遂事件の真相、分かりましたか?"」
「―――っ!?」

 不意打ちだったのだろう。
 雪乃の体がびくりと震えた。

「足軽や他の侍女が話していた内容から判断するに、あなたは相応の地位があるはず」

 そう考えた根拠に自分付きの侍女に選ばれたこともある。

「侍女を統括する身分を持ち、さらには戦闘力まで必要とされる任務に就いている以上、あなたの職業は忍び」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すっと雪乃の顔から表情が消えた。

「思うにあなたの名字は鷹郷家が持つ隠密衆――黒嵐衆の頭目一族である・・・・」
「―――霜草」

 雪乃は口を開くことなく、紗姫の耳元で囁かれるような言葉を放つ。

「私の名前は霜草雪乃ですよ、紗姫様」
「やっぱり」
「でも、どうですか? あなただって、忍びが周囲にいることは分かっていたはずです」
「ええ、でも、あなたが『霜草』だと言うなら話は別です」

 紗姫は口の中で呟くような、雨音に掻き消されてしまう小さな、小さな声で言い放った。

「あなたの上は霜草久兵衛ですか? それとも・・・・霜草茂兵衛ですか?」






反攻作戦scene

「―――鹿屋家は垂水地方を完全に掌握しました」
「日向の豪族も香月家を味方につけたことで遠征中に宮崎を襲われることはないでしょう。まあ、見返りに火縄銃三〇挺と相応の煙硝は痛いですが」

 六月七日、宮崎港宮崎代官所。
 藤丸方の重鎮たちがよるこの場所は反攻作戦を遂行するに当たって必要な準備を整えつつあった。

「貞流様の支配から逃れてきた将士や内乱を聞きつけてやってきた傭兵たちも訓練や編成をほぼ終了しています」
「・・・・戦機は熟したということじゃな」

 代官所の大広間に集った部将たちはやることがなくなったとばかりに顔を見合わせる。

 全軍を統率し、決戦では采配を揮うであろう鳴海直武。
 最強軍団として先鋒を司る"槍の弥太郎"・長井衛勝。
 長井勢と共に第一陣を構成する火力集団の武藤統教。
 兵站線を維持して必要な小荷駄隊を編成する御武昌盛。
 藤丸を守護する最終線である旗本衆を率いる加納猛政。

 彼らはまさに藤丸勢の首脳と言うべき存在だが、今日は本来宮崎にいない日向国の部将たちも集まっていた。

 最前線の日向小林城にて貞流勢を睨みつける絢瀬晴政。
 龍鷹侯国外の日向を外交戦略で押さえ込んだ御武時盛。
 都城から大隅国を牽制し、情報収集を続けた楠瀬正成。

 この他にも元々はしっかりとした領主だったが、いろいろな経緯によって藤丸子飼いとなった部将たちもいる。

 薩摩枕崎城で藤丸方として戦った瀧井信成・信輝父子。
 貞流方として戦い、討伐を受けて父を失った寺島春久。
 龍鷹侯国の楔として肥後人吉城にあり続けた佐久頼政。

「遠征に用意できる軍勢も四五〇〇です。これに鹿屋勢約二五〇〇を加えれば七〇〇〇。貞流様は約一万動員できるだろうし、鹿屋信直もまだまだ一〇〇〇は率いているだろう。となれば兵力差は約四〇〇〇」

 指を折り数えながら言った直武は笑って言った。

「最初と比べると楽なものだ」
「正面からぶつかる戦いは貞流様の最も得意とするものです。徹頭徹尾、機動戦に打って出るしかありませんね」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 ここにいる部将たちはいざ戦場に放り込めば、目覚ましい戦果を上げる戦術家たちだ。しかし、その戦力を消耗せず、ここ一番のところで敵にぶつけるためにはしっかりとした戦略が必要だった。

「これだけの大人が雁首そろえて・・・・頼れるのは子どもとはなんと情けない・・・・」

 衛勝が首を振り、悔しがる。

「ここは主力を大隅へと移動させ、鹿屋利直殿に指示を仰ぐといいのでは?」
「いや、利直殿はこの戦い、倅の利孝殿に軍勢を一任しているようじゃし、助力は得られまい」
「そんな・・・・」

 若い晴政は昌盛の言葉に絶句した。

「せめて、今すぐに大隅北部へと雪崩れ込み、鹿屋信直を討っては? 合流されれば厄介ですし、各個撃破こそ勝利への近道です。鹿屋勢と併せて侵攻すれば我らの主力を動かさずとも勝負はつきましょう」

 鹿屋信直の勢力圏と接している楠瀬正成の言葉は正論であり、藤丸さえ許せばすぐにでも楠瀬勢を先頭に侵攻するだろう。

「いやいや。正攻法は貞流殿も分かっている。敢えて信直殿と合流しないのは我が軍の行動を監視するためでしょう」
「左様。我らの一部が大隅北部に雪崩れ込めば、信直殿を存続できるだけの兵を送り、一息に霧島北方を通過して宮崎に至る」

 直武と実際に侵攻を受けたことのある信成が反論した。

「一部で防御に徹し、もう一方で一気呵成の攻撃に出る。これが本来、貞流様、いや、鷹郷家が得意とする戦法だ。そして、この仕組みを理解し、打破できるのは藤丸様以外にいないだろうな」

 再び出た結論に居並んだ部将たちは沈黙した。
 ここまで頼られている藤丸がどうして反攻作戦を立てないのか。
 それは考える張本人が人吉から帰るなり、ぶっ倒れたからだった。




「―――はぁ・・・・はぁ・・・・」

 藤丸方総大将――鷹郷藤丸は全身から汗を噴き出し、赤い頬でぐったりしていた。
 その額に手を当てる若い女性は霊力を集中させ、彼の容態を見ている。
 彼女こそ、病弱だった藤丸の主治医であった老人の弟子だった。
 弟子と言っても年の頃は一六〜一八と言ったところだろう。
 漆黒の髪を無造作に束ね、袖をまくり上げてほっそりとした二の腕をさらしていた。
 そんな女として着飾る気がなく、職務にひたすら打ち込む姿は美しい。

「・・・・ふぅ」

 軽く息をつき、医者は藤丸の額から手を離し、視線を藤丸から移した。
 布団から離れた場所には護衛の加納郁が所在なさ気に座っている。

「できうる限りの処置はしました」

 言われたとおり、藤丸の息は何とか整い出していた。だが、硬い表情のままの医者からは予断を許さない状態だと言うことが伺える。

「藤丸様は大丈夫なの?」
「その問いの真意は分かりませんが、とりあえず、命を失うようなことはまだないでしょう。ですが、戦で兵の指揮を執れるかと言えば、無理です」

 医者は郁の足りない言葉をすべて説明した。そして、そのまま天井を見上げる。

「そこにいる忍びも大広間に集まっている部将たちに伝えてください。『藤丸様の体は征旅に耐えられない』と」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一瞬だけ現れた気配は徐々に遠ざかった。だが、藤丸を守るように配置された忍びたちの陣形はなくなったわけではないだろう。

「―――入ってよろしいですか?」

 廊下に通じる障子の向こうから青年の声がかかり、爽やかな霊力が伝わってきた。

「盛武殿、ですか。久しいですね」

 医者は居住まいを正し、結んでいた髪をほどく。

「沙也加も」

 部屋に入ってきた盛武はちらりと藤丸を見ると、医者――沙也加に頭を下げた。

「処置、ありがとう」
「いえ、仕事と言えば仕事ですし、師匠の手前もありますしね」

 沙也加の師匠である老人は国分城退去の折、城下に残って傷ついた領民たちを癒している。
 そんな中、沙也加だけを鳴海勢に同道させたのだ。

「先ほど、こちらの護衛の方にも申し上げましたが・・・・」
「命には別状はないが、戦の指揮は無理、だろ?」
「聞いておられたのですか?」

 言葉をとられた沙也加は目を見張るが、盛武は何気ないように笑った。

「いつもの若だ。体が弱いのに無理をして人吉へ強行軍。宮崎へ帰った途端に安心して倒れるなど」
「・・・・はは、確かに。立場は変わられても、藤丸様は変わらない」
「ですが、盛武殿、重臣たちは反攻作戦は今と・・・・」

 親しそうな会話に郁が間に入る。
 確かに今こそ逆侵攻して決戦に持ち込もうと重臣たちは兵を集めていたのだ。

「それなんだけどな、若ほどじゃないにしろ、戦略家がいるんだよ、この陣営には」
「はい?」




「―――よろしいですか?」

 重臣会議も煮詰まりを見せた時、末席部に置かれた若手将校の一角から声が上がった。

『『『???』』』

 本来、その席は次代を担う部将たちに軍評定の雰囲気を体験させることと、決定した事項を間違いなく部下に伝えさせるためである。
 その関係からか、鳴海盛武と言った大物若手将校を筆頭に重臣たちの子弟が多かった。

「幸希か・・・・」

 御武時盛が発言した自分の息子の名を呟く。

「御武家の嫡男か。肥後から撤退する時には世話になった」

 そう言って佐久頼政が頭を下げた。

「いえ、こちらこそ出過ぎたまねを。しかし、あのまま正直に戦うのは犠牲が出ます故に浅い知恵を絞ったに過ぎません」

 幸希は藤丸と同い年らしい笑みを浮かべたが、どこか藤丸に通じる油断のならない雰囲気を持っている。

「聞こう」

 この中で最も石高が高く、自前の戦力を率いているのは鳴海直武だ。
 彼が傍聴するというならばほとんどの者が従った。

「では・・・・」

 幸希は中央に進み出て口を開く。

「藤丸様が動かれぬ以上、反攻作戦は延期となり、宮崎に集結した小林、都城と言った最前線以外の戦力はただ町を彷徨うだけとなりましょう。これでは士気が落ちる」

 戦うために集められたというのに戦わずにいたずらに時が過ぎるというのは覚悟を決めた兵士たちが怠けるにちょうどいい。
 この怠けを再び戦いに持って行くのは至難の業であり、結局は低い士気で戦わなくてはならない。
 そんな状況で勝てる相手ではないので、この問題は早く解決しなければならなかった。

「そして、我々ができるのはただひたすら勝率を高めることのみです」

 その言葉に全員が頷く。

「でしたら、ここは宮崎に集結した軍勢を二つにわけ、大演習を行えばどうでしょう?」
「大演習?」
「はい。我々は龍鷹軍団としてひとつですが、鳴海様を筆頭とした方々は龍鷹軍団の中核、言わば決戦部隊です。しかし、日向衆は各々の才覚で戦をしてきた者たち。言わば、小戦の名手といったところでしょうか」

 幸希の発言を要約するならばこうだ。
 鳴海勢、長井勢、武藤勢といった軍勢は龍鷹軍団の主力部隊を形成して真っ正面からぶつかる戦を経験してきた。しかし、日向衆は大隅衆のようにまとめ役の者たちがおらず、日向国人衆との小競り合いを主な戦場としてきている。
 育成された兵の目的が違う以上、双方の戦い方にも差がある。
 そこで大演習を行うことによって軍勢としての質や動き方などをお互いに把握して理解することで、連携をとりやすくしようというのである。
 これは兵たちに退屈を与えないどころか、効果的な決戦訓練だった。
 問題があるとすれば、この大演習を行うための戦場設定や部隊編成などの時間があるかどうかだ。

「幸希よ。その大演習を行う時、貞流様の軍勢が―――」
「来ません」
「ん?」
「貞流様の軍勢は来ませんよ。貞流様はある意味必勝の布陣を敷いています。そんな有利な状況を捨てて侵攻作戦に出るはずがありません。何せ、兵力差はたった四〇〇〇なのですから」
「どういうことだ?」

 さすがにこの発言だけはすぐに分からない。

「貞流様が宮崎を目指す場合、必ず二正面作戦になります。大口城から小林城へ。廻城から都城へ」

 薩摩から日向へ、もしくは、大隅から日向へ、である。

「たった一ヶ所に戦力を集中させるともう一ヶ所から反撃が来る。だから、両方から攻めるか、もう一方に防衛できるだけの戦力を起き捨てる必要があります」
「それをなすのに四〇〇〇の兵力差は足りぬか?」
「足りません」

 反論をきっぱりと切り捨てた幸希は続けた。

「双方を二〇〇〇の兵力差で侵攻した場合、どちらかに我が軍が集中攻撃して撃破した場合、どうなりますか?」
「それは宮崎を落とす代わりに・・・・」
「背後を突かれるの・・・・」

 たとえば、小林城方面軍が敗北した場合、大口城が陥落し、そのまま国分城までも失えば、貞流勢は宮崎を落とすが、鹿児島への退路が断たれることになる。
 逆の場合でも国分城や大口城を失えば退路はなくなるのだ。

「そんな状況にならないためには両方を補佐できる位置に、三〇〇〇ほどの軍勢を置く必要があります。そうなれば・・・・」
「兵力差は一〇〇〇・・・・」

 唸るように昌盛が呟く。

「だが、その兵力差は大隅衆を入れてだろう? 小林城方面を一気に貞流様主力軍が侵攻した場合、こちらは四五〇〇、いや、都城勢を抜くので四〇〇〇だ。勝負にならない」
「言葉が悪いですが、そんな状況になれば、小林城を必死に守る間に主力が都城を通過して大隅に入ればいい」

 本拠を捨てるなど、国分城を退転する時に使った戦略である。
 前例がある以上、二度目がないとは言い切れない。

「今の貞流様にとって鹿児島をあける以上、藤丸様を討たねばなりません」

 それは鹿児島城に軟禁している"霧島の巫女"が貞流の持つ最大の切り札だからだ。
 彼女を持ち歩くことができない以上、鹿児島を危険にさらすことは避けねばならない。

「そんな保険をつければ、自分から攻めるという選択肢は浮かびませんよ」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 大の大人たちがただ一言も口にできずに論破された。

「大演習はこちらの戦力を高めると共に今にも戦準備を完了させて攻め込む気配を相手に伝えます。そして、ここからが反攻作戦の布石です」
「布石?」
「反攻作戦の侵攻路である都城方面は鹿屋信直の支配下です。しかし、鹿屋信直は本領ではなく、先の敗北で軍勢も揺れているはず」
「読めたぞ、孫よ。調略だな」
「はい。同時に薩摩衆も切り崩します」
「ふむ、だとしたら、その辺りは儂が引き受けよう。いざ戦になれば、儂の軍勢は息子に任すしの」
「父上、そんな無責任な・・・・」

 御武昌盛が率いる宮崎代官衆と御武時盛率いる高鍋勢が合わされた相当の戦力になる。
 これで決戦部隊の一翼を担えるというものだ。

「ならば、幸希殿」

 膝を進めたのは都城主――楠瀬正成だ。

「大隅勢との合流があり得て、矢面になると思わせるには大淀川西岸に補給拠点となる砦を建てるなどをすればよろしいか?」
「・・・・そうですね。ただ、信直勢との戦いになる可能性がありますが」
「何の。この楠瀬、まだ藤丸様のために槍を振るっておらん。逆に散々に打ち据えてくれるわ」

 「カッカ」と楠瀬は笑ってみせる。

「このように無理に戦を起こす必要はありません。確かにこうしている間に龍鷹侯国の国力は衰えていますが、反攻作戦に失敗した場合、僕たちの敗北か、もしくはさらなる長期戦です」
「一息に勝てるよう、準備するか・・・・」
「ふむ、千年兵を養うは一日のためともいう。ここは反攻作戦を自重し、来る決戦に向けて訓練に明け暮れるとしよう」

 藤丸方の事実上大将である鳴海直武が納得したというならば反論する理由はない。

「近いうち、陣立てを申し渡す故、もうしばらく待機するように」
「「「ははっ」」」

 直武の言葉を最後に、戦評定は終了した。




「―――主力を二つに分けた大演習? 正気ですか」
「はは、だと思うだろ? でも、これは効果的だ」

 眉をひそめた沙也加に盛武は笑って見せた。

「前提として、龍鷹軍団は迎撃戦が得意な背景がある。だからこそ、両軍は動けない。そんな状況で、最も得をするのは劣勢な俺たちの方だ」

 圧倒的有利にありながら侵攻しない方に属する者たちは本当に自分たちが有利なのか疑い始めるに違いない。
 そこで、劣勢なはずの敵勢が悠々と大演習を開始したとすれば、その思いは強くなる。

「兵力とは所詮数、というが、士気が占める割合も少なくない。兵的劣勢の俺たちはこれを最大にまで高めるほか勝機はないんだよ」
「そんなものですか。軍事はとんと分かりません」

 そう言って沙也加は首を振った。

「そう簡単に悟られると軍人である俺の立場がない。―――郁殿、あなた方旗本衆も演習には加わっていただくそうです」
「・・・・確かに決戦とあれば、旗本衆は本陣の要。ですが・・・・」

 郁はちらりと眠る藤丸を見遣る。
 演習に藤丸が参加できない以上、旗本衆がここを離れる道理はない。

「旗本衆全員ではないですよ。旗本衆頭目である加納猛政殿と個人の武勇では代表格である郁殿が数十を率いて参戦するだけでよろしい」
「ここの護衛は残った旗本衆ですか?」

 郁は不満そうである。
 猛政や郁が出陣するとなれば旗本衆の精鋭を連れて行かざるを得ない。
 だとすれば、ここに残るのは宮崎代官所の守備兵と精鋭を欠いた旗本衆のみ。

「霜草茂兵衛を中心とした黒嵐衆が周囲を固めるようです。どちらにしろ、宮崎にある限り、貞流様が手を出すには忍びしかありませんから」

 盛武は肩をすくめて見せた。
 兵士は表の刀槍を振りかざす戦いでは忍びに負けはしない。だがしかし、闇夜を利用し、摩訶不思議な霊術を駆使する不正規戦となれば忍びは兵士に敗れることはない。
 ほとんどの兵士は忍びの存在にも気付かずに討たれるだろう。

「―――郁、心配・・・・するな・・・・」
「「「―――っ!?」」」

 聞こえてきた弱々しい声音に三人の体がびくりと震えた。

「すみません、起こしてしまいましたか」
「だから、心配するな。・・・・沙也加には、世話になる」

 ゆっくりと藤丸は体を起こす。
 まだ、頭がぼんやりしているのか、年相応のあどけない表情だった。

「盛武、直武に伝えてくれ」
「はっ」
「軍のことは任す。ただ、軽挙だけは慎んでくれ、と」

 それは事実上、指揮権の委譲であるが、自衛以外の戦闘行為を禁ずるものでもある。

「鷹郷貞流との戦、常道では敗北必死。手立てを講じねば・・・・」

 十四才で一方の総大将となった少年は今、病床につきながらも勢力のことを考えていた。






 藤丸方の軍事大演習は宮崎の北方――佐土原地域に決定された。
 陣代に任命された鳴海直武は審判をするために戦には加わらず、鳴海勢の指揮は嫡男――鳴海盛武に任される。また、長井勢と武藤勢は引き離されることになった。

 北方に布陣する軍勢、通称北軍は御武時盛を総大将に武藤統教、寺島春久ら約二〇〇〇。
 南方に布陣する軍勢、通称南軍は長井衛勝を総大将に鳴海盛武、佐久頼政ら約二〇〇〇。
 西方に鳴海直武を中心とする審判勢二〇〇が布陣し、両勢を睥睨する。
 総勢四〇〇〇の兵力がぶつかり合うが、これは龍鷹軍団の実力からすれば小競り合いに近い。だけれども、軍勢を構成する円居もまた小さいことから、これは対軍同士のぶつかり合いの縮図と言っても過言ではなかった。
 両軍に与えられた調練期間は一週間。
 決戦は六月十五日と決まった。










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