第二戦「翻弄されしも輝ける群雄」/ 五



「―――どうしたというのだ・・・・」

 鹿屋信直は夕陽が差し込む本丸御殿にて呟いた。
 信直率いる軍勢は廻城に駐屯している。
 高隈城は鹿屋城に近く、鹿屋利直の影響が強いために移動したのだ。
 当初は二〇〇〇を数えた信直勢も利直が信直を疎んじた瞬間に八〇〇まで減少していた。
 残りは鹿屋城に帰り、利直・利孝の指揮下に戻っている。
 代わりに信直は大隅郡北部と曽於郡北部を支配下に置いていた。
 そこで信直は貞流より任された国分城に城将を置き、鹿屋城に対して腹心を高隈城に派遣、その他は廻城に主力を展開している。
 掻き集めた結果、戦力は信直勢八〇〇を中心に二〇〇〇弱ほどだった。
 もし、これが都城方面から侵攻するというならば、藤丸も同程度の戦力を振り分ける必要があり、小林方面から攻め寄せる貞流本隊に対する圧力が減る。
 これこそ、鹿屋家が務めてきた"翼将"としての役割であると信じていた。

(なぜ、父上は動かれない・・・・?)

 鹿屋城以南の諸将を糾合すれば三〇〇〇は集められるはず。
 大隅勢五〇〇〇を持ってすれば、貞流が動くまでもなく、藤丸勢を殲滅できるのだ。

「何故なのだ・・・・」

 藤丸を倒すことで内乱を終わらせることしか考えていない信直。
 それは他の群小大名よりはよっぽどマシな考え方だった。
 他の者たちは突然の内乱にて生き残ることを模索している。だが、信直は龍鷹侯国のことを考えてはいた。
 だが、それでも鹿屋家を継ぐには足りない。
 鹿屋家を継ぐというのであれば、龍鷹軍団最大軍団を率いる自覚と自分が持つ影響力を糧に鷹郷家の誤った行動を正し、よい方向へ導くことが大切だ。
 戦に勝つ、などという小さな視野ではいけないのだ。
 鹿屋信直という部将は愚鈍ではない。
 むしろ、勇将の部類に入る。だがしかし、名門の家に生まれた限りは並大抵の器量ではいられないのだ。
 信直の不運は生まれた家が自分を越える器量を要求していたことであった。

「―――申し上げます」

 呆然と宙を見ていた信直に声がかかる。
 振り返れば、小姓が平伏していた。

「申せ」
「はっ」

 少年は紅潮した顔を上げて報告する。

「鹿屋城より早馬が放たれ、鹿屋以南の諸将へ召集命令が発せられました」
「―――っ!?」

 ビクリと信直の身体が震えた。

「予想兵力は三〇〇〇。総大将は御館様ではなく、利孝様のようです」

 弟の名前に目の前が真っ暗になる。
 鹿屋勢の主力を率いるのが父ではなく、弟だというのならば、父は利孝を継がせる気なのだろう。

「目標は?」
「そ、それは・・・・」

 問われて小姓が目を泳がせた。

「報告なのだろう? 分かっていることを全て申せ」
「は、はっ。なれば・・・・」

 小姓は意を決したように息をつき、再び視線をこちらに向ける。

「目標は高隈城。名目は『貞流方につきし鹿屋信直の討伐』です・・・・」
「―――っ!?」

 雷が落ちたかと思うほどの衝撃が全身を貫いた。
 なぜ?
 何故、大隅勢が自分に向かってくる?
 何故、大隅勢が藤丸方に付く?
 何故、自分が鹿屋家に討伐される?

「如何・・・・なさいますか?」

 信直の顔色が悪いことは分かっているのであろうが、小姓はこれから信直に付いた部将たちに今後のことを報告しなければならないのだろう。
 鹿屋家は割れる。
 いや、これまでも割れていたのだろう。
 利直の判断に従う者たちは早々に信直の下から去り、貞流の軍事力に付いた者たちは信直の下に残っている。
 言わば、旧来の鹿屋家を率いる利孝と新生鹿屋家を率いる信直。
 そう考えれば、両者が激突するのは必然的だった。

「・・・・高隈城へ急使を出せ。『断固として死守』と。後、廻城にいる者たちには出陣の準備を急がせろ」
「それでは・・・・?」

 おそるおそる口にした小姓に信直は決定的な一言を放つ。

「決戦だ。利孝を破り、俺が鹿屋家の当主となるっ」

 そう言った信直は先程までの鬱屈としたものが吹き飛んでおり、やることを見つけた者特有の光を放っていた。






翼将の後継者scene

「―――そうか、兄上はやる気か・・・・」

 五月三〇日、大隅国高隈城。
 高隈山の東側に位置し、大隅湖から流れる串良川を防衛に利用したものだ。
 下澤秋胤が城主であり、石高は一万一〇〇〇石。
 彼は信直との繋がりが深く、利孝からの開城勧告も頑なにはね除けていた。
 忍びの知らせによると石高一杯の兵力である五〇〇ほどが籠もっているらしい。
 攻め手は守り手の三倍以上と言われる攻城戦の鉄則を満たしている。だが、同じ大隅衆を力攻めすることに抵抗を覚え、何とか隙がないかと探っていた時、信直の動向が伝えられた。
 信直は二〇〇〇余を率いて大迫山北方の堂籠川を渡河したという。
 それは利孝に包囲されている高隈城を助けに来たと言うこと。そして、それは鹿屋利直の名を借りて軍勢を率いている利孝と戦うと言うこと。

「利孝殿、信直殿がやる気というならば、包囲を解き、迎撃準備をするべきではないか?」

 そう言ったのは岩弘城の城主だった。
 鹿屋家はあくまで大隅国人衆の旗頭であり、彼らは鹿屋家の家臣ではない。
 だから、求心力を失った時、鹿屋家は瓦解する。

「では、どこまで退くか?」

 この発言に驚いたように諸将は顔を見合わせた。
 利直や信直は自分でてきぱきと決めて行動を起こしている。だがしかし、利孝はまだ経験が浅いので、ここは歴戦の部将たちに意見を求めたのだ。

「下澤勢と信直殿を合わせても二五〇〇。我らには達しません。ここは笠野原まで後退してはどうでしょう」

 笠野原とは肝属半島北西部に位置するシラス台地である。
 シラス台地では九州最大であり、広い平地にもかかわらず、作物が育たぬ為に広野が広がっている。
 普段は農作業が出来ない不毛な土地として厄介なものだが、戦時においては大軍が展開できる場所として貴重だった。
 特に今回の戦いでは両軍合わせて五五〇〇が激突する。

「条件は五分。真正面から撃破する」

 その言葉に頷いた者たちを見回し、利孝は心を決めた。

「ならば、移動する。全軍反転し、笠野原まで退くぞ」



 鹿屋利直が利孝に信直討伐を命じたのは侯王暗殺、霧島神宮陥落、人吉城陥落などの情報が届いてからだ。
 もちろん、第一報などは入ってはいたが、充分に検証されたそれが入った時、自然と利直は藤丸派についていた。
 鹿屋家は鷹郷家の黒嵐衆ほどではないが、常に政権の中枢にいたおかげでいろいろな情報が手に入る。
 それを駆使した情報整理は小国のそれを容易に上回る精度を持っていた。
 故にこの内乱が貞流の言いがかりによって始まり、その後の行動の不正義さを正確に弾き出したのだ。
 侯王暗殺が貞流の手によるものとは分かってはいないが、藤丸ではないことは分かった。そして、実流暗殺や霧島を襲ったのは貞流方ということも分かった。
 さらに人吉城を聖炎国に売り払ったことは侯王として相応しくない。
 それらの理由から次代の侯王は藤丸が相応しいと判断していた。
 だからこそ、相応しくない貞流についている一族――鹿屋信直を討とうというのだ。
 その総大将に利孝を据えることで、信直の廃嫡と自身の積極的参戦を否定したのだ。
 利直は龍鷹侯国再建のことまで考えていた。
 そこではどちらにも積極的に介入しなかった者が必要になると感じていたからだ。
 もちろん、勝った侯王が自分を必要としなければ意味がないが、藤丸ならば必ず自分を必要とするはずだと考えていた。



「兄上・・・・」

 少し強い風に陣羽織をはためかせながら、利孝は本陣幔幕前に立っていた。
 向かい合う両軍の本陣には≪新緑に臙脂の抱き茗荷≫が翻っている。
 五月三一日、大隅国笠野原に集結した大隅勢は半里の距離を取って布陣していた。
 南東に布陣する鹿屋利孝は三〇〇〇余を率い、北西に布陣する鹿屋信直は二五〇〇余を率いている。
 五〇〇の兵力差は利孝と信直の経験の差から見ればないも同然だった。
 因みに利孝が南東に布陣したのは西に鹿屋城、東に岩弘城があり、両城の援護を得やすい場所を選んだからだ。だが、これは北西に布陣した信直も高隈城を背にしている。
 陣形は利孝が突撃態勢である魚鱗の陣。
 対して信直は偃月の陣を敷いている。
 利孝は一気呵成に押し崩すためにこの陣形を選び、対して信直は魚鱗などの突撃に適し、また、少勢の場合に用いられるこの陣形を選んでいた。
 利孝は自身の経験不足を補う攻撃力を。
 信直は経験で敵勢を包み込む包容力を。
 それぞれを武器とした兄弟戦争は布陣した状態では五分と見てよかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そっと利孝は軍配を高く掲げる。
 それに気付いた太鼓持ちはばちを構えた。

「かかれぇーっ」

 勢いよく振り下ろされた軍配に続き、高らかと太鼓の音が大地を駆け抜ける。そして、先鋒数百が一斉に動き始めた。
 同時に信直勢の先鋒も動き出す。
 こうして、数十年ぶりとなる大隅国人衆同士の戦いが始まった。

「折り敷けぇっ」

 両軍は距離二町になるなり、鉄砲隊が片膝を付く。そして、すでに灯されていた火にて黒色火薬を燃焼させた。
 轟音を以て撃ち出された鉛玉は両軍に突き刺さり、その多くが竹束などの防御設備に弾かれる。また、例え命中したとしても致命傷にならず、負傷した兵は肩を貸してもらって後方に移動した。
 二町離れた射撃は決定打にはならないが、お互いの突撃に対する牽制となる。そして、鉄砲隊は装填と射撃を続けながら徐々に距離を詰めていった。
 これぞ、王道とも言える合戦の手順だ。
 この後、二〇間辺りでの射撃戦に耐えきれなくなった方が長柄隊を繰り出し、その後に白兵戦へと発展するのだ。
 両軍を指揮するのは鹿屋利直の息子たちである。
 当然、その戦闘方法は似通っており、まさに後継者争いの態をなしていた。

「包み込めッ。魚鱗の鋭鋒を受け止め、敵軍を絡め取れッ」

 信直は大声で指揮しながら、両軍の動きを注視する。
 利直が全軍の指揮を執ることがあったので、信直は鹿屋本隊を指揮することが多かった。そして、利孝はそんな鹿屋勢の侍大将の一人として戦の経験を積んでいる。
 鹿屋家の戦い方を理解しているだろうが、それをいざ実行するとなると難しいだろう。

(無理をして・・・・裂け目ができた時が勝機だ)

 覚悟を決めた信直は弟と言えど、容赦はしないと決めていた。
 そんな主将の決意を感じ取ったのか、信直勢は必死に利孝勢の鋭鋒を逸らし続ける。

「おい、知ってるか?」

 必死に戦う前線を食い入るように見ていた足軽が同輩に声を掛けられて我に返った。

「何をじゃ?」
「この戦い、敵方になっているのは信直様の弟君。まだ、鹿屋城には御館様が控えておられると言うことを」
「当然じゃ。言わば、これは後継者争いじゃろ? 利孝様に勝ってしまえば、従来通り、跡取りは信直様となる」
「それはどうだろ」

 明るい口調で言い切った足軽とは対照的に暗く沈むような声音で同輩は言う。

「信直様を討つと決断されたのは御館様じゃ。例え、利孝様に勝っても御館様にはまだまだ御子息がおろうて」
「・・・・それはなんじゃ? 例えこの戦に勝とうとも、御館様を納得させられぬのか?」

 足軽が不安そうに同輩を見た。
 話を聞いていた周囲の足軽も不安そうにそわそわし始める。

「御館様を討てば大丈夫だろう」
「なっ!?」

 同輩の何気ない一言に足軽は口から心臓が飛び出るかと思った。

「―――こら、そこッ。何無駄話しているかッ。戦中だぞッ」

 組頭の怒声が聞こえ、足軽たちは姿勢を正す。だが、その心の中には先ほどの話が渦巻いていた。

―――鹿屋利直を討つまでこの戦は終わらない。

 鹿屋利直とは足軽たちにとって雲の上の存在であり、無条件に従う人物だ。
 それに抗う行動しているということ自体、彼らの動きを束縛するに十分なものだった。

(た、戦えるのか・・・・?)

 人知れず汗をかき、足軽たちは胸中で呟く。
 そんな思いが足軽たちの中にあるとは気づかず、信直勢は次々と円居を前進させ始めた。

「敵先鋒を砕き尽くせッ」

 信直は本陣すらも前進させ、包み込んでいた敵先鋒部隊に総攻撃をかけるように命じる。
 使番が各円居に届き、部将たちが指揮する軍勢が鉄砲を撃ち放ち、弓を射かけながら敵軍へと突撃した。
 怒号と悲鳴が響き、血飛沫が風に流されて血霧となって舞う。
 穂先がきらめき、それが甲冑の中に沈んでは出てくる。
 信直勢の猛攻は確実に利孝勢の先鋒を痛めつけていた。しかし、突撃に全神経を尖らせていた利孝勢に無駄な兵力はない。

(この戦、もらったな)

 そう思い、利孝勢本陣に目を向けた信直は真剣に驚いた。

「あれは!?」

 敵本陣に屹立する見覚えのある大馬標・"三階傘"。
 信直の父――利直が戦場で常に掲げているものである。

「御館様の馬標!?」

 信直が気づいたように周りの部将たちも大馬標に気づき始めた。そして、その動揺はさざ波のように前線へと伝播していく。

「今だッ。全軍突撃ッ」

 信直勢の勢いが緩んだと判断した利孝は軍配を腰に仕舞い、槍を手に総攻撃を命じた。

「総掛かりじゃぁっ」
「ここで遅れれば末代までの恥ぞ」

 部将たちが麾下の兵たちを鼓舞して、突撃態勢に入っていく。
 大馬標は信直勢だけでなく、利孝勢にも効果覿面だった。
 隊列のそこかしこに空いた隙間に入り込んでいた信直勢は攻めている時こそそれは橋頭堡になる。しかし、一転して劣勢に立たされると敵中に孤立しているのと同義であり、至る所で撃破された。
 そんな一隊を食い潰した利孝勢は次々と腰が引けている信直勢に襲いかかる。
 攻めていたはずの自分たちが攻められていることが理解できない組頭は切り刻まれ、必死に戦線を立て直そうとする物頭は串刺しにされた。
 そうして戦線は崩壊する。

「く・・・・っ」
「信直殿、もはや戦線の立て直しは不可能です。ここは退かれた方がよろしいでしょう」

 信直勢の後方に布陣していた下澤秋胤が馬を走らせてきた。

「敵の進撃は我が高隈勢が抑えます。信直殿は北大隅に脱出し、貞流様の御下知に従いください」
「・・・・・・・・・・・・負け、か」
「はい。さすがに利直様の馬標を使われては・・・・」

 下澤は何を考えているのかわからない視線で迫ってくる大馬標を見遣る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった。撤退する」

 信直は肩を落としたが、すぐにひとりでも多くの兵を戦地から脱出させるために陣頭指揮を執った。






 笠野原台地で交わされた兄弟戦争は利孝の勝ちに終わった。
 勝ちに乗じた利孝勢は有力な国人衆である下澤秋胤が籠もる高隈城を陥落させる。しかし、死を覚悟した高隈勢に多くの被害を出した利孝勢は追撃を断念し、鹿屋城へと凱旋した。
 さて、戦闘後半に利孝勢本陣に屹立した大馬標とはどういう意味があったのか。
 馬標とはその馬標の下にそれを掲げる部将が存在していることを示すものである。
 麾下の兵が大将の姿は見えずとも存在を認識することで心の支えにすると同時にその部将を指揮する大将が部将の位置を確認するためのものでもあった。
 ここで重要なのは馬標があるだけで、その部将が「存在することになる」ということだ。
 つまり、信直勢の将兵は利孝勢の本陣に鹿屋利直がいると誤解したのだ。そして、利直の存在は将兵にとって畏敬の念を抱かずにはいられない人物だった。
 そんな人物がいる場所へと突撃できるわけがない。
 このような将兵の想いを的確に理解していた利孝は正面から信直を迎え撃つと共に多量の忍びを足軽として信直勢に忍び込ませていた。そして、密かに流言を流して足軽たちの戦意を逸らしたのだ。
 正々堂々、正面からの決戦を挑んだ信直勢だが、その覚悟は利孝の覚悟には及ばなかった。
 主力とは別に行動し、時には主力以上に戦局に関わるのが"翼将"である。
 故に敗北は許されない。
 だからこそ、どんなことをしてでも勝たなければならなかった。
 例え、世間的には"翼将"の後継者争いと言えど、父の存在を温存する手などない。
 利孝が迷っていたのは兄に弓引くことではなく、鹿屋家の後継者として時には汚れ役をも演じるという生涯における覚悟だ。
 確かに戦場の駆け引きでは信直の方が上かもしれない。だが、"翼将"に求められるのは戦上手だけではないのだ。
 名門に生まれた故にただの器では済まされない。
 名門に生まれたから、という理由だけで鎮座できるほど鹿屋家の当主は甘くなかった。
 結果、戦の腕だけで勝負を挑んだ信直は戦術では勝ったが、戦略で敗北した。
 所詮、戦術は戦略の中の一部でしかないのだ。

「―――以上が笠野原の戦いです」

 六月一日、鹿児島城。
 貞流勢主力軍が城下にひしめく中、三ノ丸の一角で霜草久兵衛が片膝をついて報告した。

「そう、"翼将"までも。どうやら、藤丸という人物を読み間違えていたみたいだの」
「はい。藤丸は貞流よりも戦略だけでなく、人としての魅力があるのではないかと・・・・」

 彼がかしずく相手は貞流ではなく、ひとりの少女だ。
 羽衣を羽織った少女は久兵衛の部屋に飛び込むなり、現状報告を命じたのだ。
 そんな状況に久兵衛は疑問も抱かずに報告する。
 まるで、本当の主が少女であるような口ぶりだった。

「朝流斬殺、実流暗殺、蒲生城下撫で斬り、霧島神宮襲撃、肥後人吉割譲」

 少女はひとつひとつ、貞流の所業を上げていく。

「・・・・確かにこれまでの龍鷹侯国を知っているならば、受け入れがたいことばかりね」

 対して藤丸は圧倒的劣勢の中を生き残り、霧島神宮や人吉城への増援部隊を自分で指揮していた。
 どんなにつらい状況でも見捨てない、という思いが溢れる行動は貞流の外圧をはねのけるに足る魅力に繋がっている。

「年功序列、身分固定、家柄・・・・。そんなものに囚われない実力主義の藤丸は多くの部将を味方につけています」
「そう。だからこそ、貞流は本気で踏み潰す気らしいわ」

 鹿児島城に満ちた殺気はそのすべてを藤丸勢に向けられている。
 一見すれば、飫肥城失陥以外は貞流勢の勝利だった。
 笠野原の戦いは鹿屋家の家督争いであり、貞流勢は一兵も出していない。
 言わば、主力軍には傷ひとつついていないのだ。

「次が決戦」

 一連の戦いは貞流のいくつかの戦術的勝利によって両陣営が整理された。だがしかし、藤丸の戦略的勝利によって両軍の戦力差と狭まり、士気が開きつつある。
 戦術家である貞流と戦略家である藤丸の違いが、はっきりと見えてきた。

「どちらが勝つにしろ、外ばかりに目を向けていた龍鷹侯国は内に目を向けることになるでしょうね」
「・・・・はい」

 久兵衛の表情が苦痛に歪み出したことに気がついた少女は彼の額を小突く。

「もう少しでこの国は・・・・」

 少女はすべてを語ることなく、崩れ落ちた久兵衛の元からかき消えるようにして去った。










  第二戦第六陣へ