第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 八



 過去に薩摩・大隅・日向を結ぶ交通の要衝――小林城を監視するために築かれていたえびの古城。
 これを簡易的に改築した藤丸勢はその縄張りを利用して優位に防衛線を展開していた。
 正面に布陣する鳴海勢は若き勇将――鳴海盛武が率い、二倍ほどになる敵正面軍を受け止める。そして、両翼の侵攻には霊術を中心とした攻撃で遅滞行動を強いていた。
 武藤・鳴海勢の奮戦を受けた藤丸勢は緒戦こそ優勢だったが、有坂勢にて互角となり、貞流本隊が投入されるに当たって劣勢となる。
 そこに上がった一本の烽火。
 それはどんな意味を持つのだろうか。






えびの高原の戦いscene2

「―――来た・・・・ッ」

 烽火を確認していたのはもちろん貞流勢だけではなかった。
 押されまくる藤丸勢本陣にて藤丸が床机から立ち上がる。
 貞流勢本隊の槍先が本陣を貫く寸前に引き戻した武藤勢の狙撃で混乱する敵勢の喊声が間近で聞こえるが、藤丸はその視線をはるか向こうに向けていた。

「藤丸様、敵兵は目前です。武器を取ってください」

 本陣へ向かってくる兵力は三〇〇を超える。
 武藤勢が一定の距離を置いて射撃を続けているが、それでも押し止められるものではなかった。

「―――申し上げます」
「おお、茂兵衛、待ってたぞ」

 引かれてきた馬に飛び乗りながら藤丸は快活な笑みを浮かべる。

「首尾よく行ったようだな」
「はっ。直武様の朝駆けの際、陣頭指揮に出てきた植草殿を襲うなど、藤丸様の頭でしか考えつかぬでしょう」

 鳴海直武と相対していた軍勢は鳴海勢よりも多い。
 如何に不意を衝いた朝駆けと言えども、一気に押し崩すことなど不可能だ。しかし、この日の朝に行われた戦では鳴海勢は短時間の内に植草勢を敗走させている。
 それは朝駆けの際に混乱する味方を鎮めようと姿を現した植草憲正に茂兵衛率いる忍び部隊が襲いかかったのだ。
 これこそが朝駆けの本命であり、討ち取ることこそできなかったが、重傷を負った憲正は多くの兵たちの目の前で倒れた。
 その有様を見た敵兵は我先にと大口城へと逃げ出したのである。
 追撃すれば大戦果だったろうが、直武はすぐに兵をまとめると、こちらに向けて進発している。

「はん。次々と襲いかかって向坂勢を森の中に誘い込んで迷子にさせると言ったのは誰だ?」

 藤丸はニヤリと笑うと自分で地面に刺していた槍に手を伸ばす。

「・・・・とりあえず、揃いましたな」
「ああっ」

 一気に槍を引き抜き、馬腹を絞め上げた。
 馬は大人しく歩き出し、藤丸は自分を求めて駆け上ってくる敵兵に姿を現す。
 功を焦った騎馬武者三騎が寄せて来るも、郁が大斧槍を地面に叩きつけて吹き飛ばした。

「藤丸だッ」
「あれを討てッ」
「大罪人を討てば恩賞間違いなしぞッ」

 大の大人を馬ごと吹き飛ばすような郁の武勇を見ても怯まず彼らは寄せて来る。
 瞬く間に郁以下三〇人も戦闘に巻き込まれた。

「そうか、そんなにこの首が欲しいかッ。ははは、たった十四の童を討つことが貴様らの意地かっ」

 数百という人間が血相を変えて自分の命を狙ってくる。
 そんな状況で藤丸は哄笑した。

「ならばその意地、この状況で貫けるものなら貫いてみろッ」

 藤丸が掲げた槍の穂先に霊力が堪っていく。
 さすがは皇族の一員と思える膨大な量が集まり、目映い光となって顕現した。

「はぁっ」

 ただの霊術ではなく、霊力の塊であるそれは地面に叩きつけられた瞬間、大爆発を引き起こす。
 吹き飛んだ土砂によって多くの兵が突っ伏した。
 技術も何もない、ただの力業。
 だがしかし、それはただの攻撃ではなかった。



「―――若殿ッ、合図ですぞッ」
「よし来たぁっ」

 戦況を歯噛みしながら見守っていた軍勢から歓喜の感情が漏れる。そして、それに後押しされた老臣の言葉に青年が大きく頷いた。

「全軍押し出せぇっ」

 えびの高原の東側で大きく采配が振られ、数百を超える軍勢が動き出す。
 傾き始めた陽光を反射し、闘志に満ちた軍勢が大地を踏み締めながら突撃した。

「直武殿、藤丸様は烽火に気付いたようですな」
「ならばもう一駆けし、貞流勢の肝を冷やすか」

 南側でも同じく数百の軍勢が動き出す。
 彼らは強行軍に疲れているが、それでも戦意は天を衝かんばかりに高かった。

「―――申し上げますッ。東側の硫黄山北方より敵軍が現れましたッ。その数約五〇〇ッ。相川殿が兵を回して迎撃せるも勢い強く、押し切られましてございますッ」
「後方より鳴海・長井勢が押し寄せましてございますッ。吉井勢が支えておりますが、本隊の動揺激しく、裏崩れ寸前ですッ」
「敵本陣打って出ました。佐々木軍の後退により、敵右翼軍が横入れし、湯浅勢は壊乱っ。湯浅兼家殿、御討ち死にッ」

 次々と寄せられる凶報に貞流は蒼白となった。
 鳴海・長井勢がやってくることは分かっていたが、東側の軍勢は分からない。

「東・・・・東・・・・日向・・・・小林かッ」

 秋賢は思わず、歯噛みした。
 えびの高原から東に行った生駒高原を抜ければ、小林盆地に出る。
 その小林盆地には北薩の戦いで藤丸勢の主力を務めた小林城――絢瀬家の領地だった。

(藤丸が国分を捨てて北上したのはこのためかッ)

 国分にいては援軍が間に合わない。
 だとすれば、自ら戦場を動かして援軍を招き寄せればいい。
 一か八かの大勝負に見事にはまったのだ。

「くっ、前線を引き戻せッ。防衛戦に入るぞッ」

 秋賢は押し寄せる敵勢が撃ち放つ火縄銃の轟音と喊声に負けぬ声を張り上げ、疲れた味方に指示を出した。
 さすがに霧島を突破し、えびの高原で藤丸勢と槍交ぜをしていた貞流勢は疲れている。
 同様に鳴海・長井勢も疲れてはいるが、自分たちがやってきた道――退路を封じられた貞流勢の軍兵の動揺は著しかった。

「―――貞流様、貞流様は何処!?」

 動揺する軍勢を必死に抑える貞流の下に一騎の兵が駆けてきた。

「馬鹿者ッ。戦場で総大将の名を呼んで探す奴があるかッ。私が聞くッ」

 戦乱波の耳に貞流の居場所が漏れないように注意した秋賢は他の旗本に貞流の周囲を固めさせる。

「も、申し上げます。それがし、佐々木弘綱の家臣でございます。先程の命令であった物見のご報告です」
「おお、待っていたぞッ」
「白鳥山西方の道に敵の影なしっ。街道の脇にも兵を入れて確かめましてございます」
「よしっ」

(さすがの藤丸も街道を全て封鎖するだけの兵力は集められなかったらしいな・・・・)

 もしくはわざと退路を開けたかだ。

(まあいい。とにかく、道はある・・・・)

 えびの高原には三つの出口がある。
 ひとつが絢瀬勢と相川勢が揉み合っている東方。
 ふたつめが吉井・有坂勢が必死に鳴海・長井勢の猛攻を支えている南方。
 最後が佐々木勢に命じて確保させた北方だ。

「伝令衆ッ。全軍に伝えよッ。佐々木勢は先鋒として北方の街道を進めっ。その後方に本隊、相川勢が続くッ。敵の追撃は吉井勢と有坂勢が防ぐッ」

 貞流勢の中で最も戦闘に慣れている部将は秋賢と吉井のふたりである。
 このふたりの軍勢も戦闘の前半では激戦を経験したが、吉井勢はえびの高原での本戦では参戦せず、有坂勢もここ半刻ほどは再編作業で休憩できていた。

「ひ、退くのか秋賢ッ」

 ようやく我に返ったのか、貞流は動揺した声音で秋賢に問い掛ける。

「味方の方がまだ数は多い。そ、それに藤丸は目前・・・・」
「確かに藤丸様を討ち取れば、反乱軍は自然と消滅しましょう。しかし、藤丸殿の首を上げるのが先か、我が軍が裏崩れを起こすのが先か、分かりませんぞ」

 裏崩れ、とは軍勢が前線からではなく、後方から崩れる現象であり、比較的視野を大きく持てる後方の兵は自軍が置かれている状況が不利と思い込んで逃げ出すことだ。
 予備戦力である後方から崩れると言うことは殿を残すこともできず、全軍潰走となって大損害に繋がる危険な負け方だ。

「「―――っ!?」」

 前線で爆発が起き、十数名の貞流勢が宙を舞った。そして、火薬が爆発する音と共に火線に射抜かれ、もみ合っていた貞流勢が大きく崩れ出す。

「無理だな。あそこを支えられる湯浅殿は戦死した。前線は総崩れだ」

 貞流の決断は早かった。
 秩序だった行動ができる貞流本陣・有坂勢・吉井勢のうち、後者ふたつは周囲の外圧をはねのけるので必死であり、貞流本陣は数的に藤丸本陣を押しつぶせるか分からない。

「全軍撤退ッ。北へ駆け抜け、薩摩へと帰るぞッ」

 貞流は馬上で大見槍でわかりやすく進路を示した。
 それまで踏み止まって戦っていた貞流勢が生き残った侍大将や物頭、組頭の指示の下、素早く踵を返す。
 当然、藤丸勢はかさに掛かって攻め掛かるが、それを貞流本陣が受け止めた。
 温存していた精鋭部隊を投入された藤丸勢はつんのめるように急停止する。

「くそっ」

 突き出された二本の長柄を払いのけ、盛武は毒づいた。
 すぐ前に貞流の馬印がある。しかし、さすがは野戦主体の貞流本陣である。
 貞流が従える馬廻衆は精鋭が多く、疲れている鳴海勢は攻めあぐんでいた。
 ただでさえ、貞流勢の集中砲火を受けた盛武の手勢は多くの指揮官を死傷させているのだ。さらに盛武自身、脚に弾丸を喰らっていた。

「お前は退けッ」

 それでも槍を振るおうとした盛武に鋭い声が飛ぶ。
 慌てて振り向いてみれば、旗本衆の精鋭を引き連れた藤丸がいた。

「盛武、軍をまとめろ。えびの高原から敵を追い落とすのは日向衆や直武、衛勝に任せろ」

 そう言うと藤丸は盛武から視線を外し、徐々に後退していく貞流の馬印を見遣る。

「・・・・猛政。お前は旗本衆を率い、相川勢を崩せ。早く日向衆と合流するぞ」

 必死に兵をまとめて後退する大将を認めた藤丸はそっと視線を逸らした。

「はっ」

 藤丸の脇を固めていた屈強な旗本衆から八〇名ばかりが抜け出し、日向衆と揉み合っている相川勢へと向かっていく。

「ここで決着を付けるのは無理だ。あとは近くの民衆が落ち武者狩りをして適当に戦果を拡大してくれる」
「あんたホントに十四才か・・・・」

 思わず洩らした盛武の本音に郁がコクコクと頷いた。
 戦力差は明らかであり、頼みの霧島も陥落して尚、敵を押し返した藤丸。
 その戦略的判断に一切の淀みなく、一部の迷いがあれば成功しなかった作戦を成し遂げた実行力は全国の諸侯を見ても随一だろう。

「お前らなぁ。俺は歴とした、いたいけな十四才だぞ」

 側近とも言える者たちの言葉に藤丸は拗ねるように唇を尖らせた。




「―――突き崩せぇっ」

 長井衛勝の大身槍が大きく振られ、長柄組が槍衾を組んで突撃した。
 龍鷹軍団有数の衝突力に吉井勢の長柄組は大きく乱れ、そこかしこに隙間が生まれる。しかし、その隙間向けて突撃した騎馬武者向け、吉井勢鉄砲組が火を吹いた。
 顔面を撃ち抜かれた騎馬武者が鞍から吹き飛び、数発命中した馬が哀しげないななきを残して転倒する。

「さすがは吉井殿・・・・なかなかに粘る・・・・」

 奮戦する吉井勢に歯軋りした。
 主力が撤退を開始した今、えびの高原において藤丸勢の勝利は間違いない。だが、それでも吉井・有坂勢は獅子奮迅の働きを見せていた。
 藤丸と貞流。
 双方を支える武力の中核を占める戦力が死力を尽くして戦い続ける戦場は喊声や矢玉だけでなく、霊術も頻繁に応酬されている。
 あちこちで爆発音が轟き、人馬が宙を舞っていた。

「防御障壁を展開し、ひたすら押せぇっ」

 敵が飛び道具でこちらの勢いを止めようとしていると判断した衛勝はそう指示すると共に己の大身槍を通し、霊術を発動する。
 それが着弾した位置では砕けた火縄銃を放り投げ、絶叫しながら炎に包まれる足軽がいた。そして、その火が体に巻いた早合に引火したのか、五体が炸裂する。

「ここが勝負所だ。迷わず進めぇっ」

 一番物頭が先頭に突撃し、精強な長井勢が暴れ出した。
 たまらず吉井勢の武者衆も迎撃に出るが、前哨戦でかなりの損害を出した吉井勢は武者衆の戦力でも押され、崩壊する。

「こ、これが・・・・長井か・・・・」

 吉井は采配を握ったまま崩壊する自軍を蒼白の表情で見ていた。

「話には聞いていたが・・・・」

 長井勢と言えば鳴海直武の円居で先鋒を担い、戦闘の最初から最後まで戦い続ける精鋭部隊である。
 その防御力はよく訓練された長柄組が支え、いざ総攻撃となった攻撃力は徒士武者・騎馬武者が支えていた。

「支えろッ。とにかく味方が退くまで支えるんだッ」

 吉井は槍で突き掛かっていた徒士武者を倒し、味方を鼓舞する。
 すでに佐々木勢はえびの高原から撤退しており、貞流本隊も半数以上が山間へと消え、一部が突き崩された相川勢を救援して退かせようとしていた。
 有坂勢は鳴海本隊と互角の勝負をしている。
 ここで吉井勢が崩れれば全面崩壊になる可能性があった。

「その健気さ、親兄弟を討った痴れ者の家臣にするのは惜しいなッ」
「むっ」

 反射的に飛んできた霊術を撃ち落とし、吉井は声の主に向き直る。

「誰だ、貴様はッ!?」

 そこに郎等を連れて立っていたのは長井勢統一具足に身を包んだ偉丈夫だった。

「長井勢一番物頭――小幡虎鎮、吉井殿、お命頂戴いたす」
「はっ、貴様があの小幡かッ。長井を支える柱石よな」

 吉井は血にまみれた槍を素振りし、滴を飛ばす。

「ならばここで見事討ち果たし、長井の鋭鋒、逸らして見せようぞッ」
「上等」

 こうして始まった熾烈な一騎打ちは火花を散らし、戦場を彩った。
 あちこちで始まった吉井勢と長井勢の白兵戦は徐々に後退する有坂勢と吉井勢との隙間を広がらせる。
 そんな戦場に生まれた隙間。
 "隙間探し"と呼ばれる名将が見逃すはずはなかった。

「あの隙間に打ち込めぇっ」

 大きく直武の采配が振られ、鳴海勢五〇ばかりが駆け出す。そして、そのまま有坂勢と吉井勢の間に進軍してその連絡を絶ったのだ。

「くそっ」

 有坂は歯噛みした。
 たった五〇名ほどだが、それでも使番が突破できるものではない。さらに撤退戦である以上、こちらが前進することは不可能に近い。

(吉井殿は惜しいが、ここは彼を捨て石にして我が軍が退くべきか・・・・)

 すでに相川勢の過半は逃げ切った。
 日向衆は藤丸本隊と合流して再編中である。
 今逃げなければ有坂勢は包囲殲滅されるだろう。

「・・・・鉄砲隊、一斉射撃後に我々も退く」
「殿!? 吉井勢は包囲されていますが・・・・」
「やむを得まい。もはや戦利なし。ここは一兵でも無事に還すことだ」

 側近の当然の物言いも迷いなく退け、有坂は伝令を走らせた。
 間もなく、勝利を急ぐ鳴海勢に向けて数十挺の鉄砲が火を吹く。
 打ち倒されておののく鳴海勢を尻目に有坂勢は素早く隊列を整えると一目散に退路へと突撃していった。

「むぅ・・・・」

 直武は見事な引き際を見せた有坂勢に追撃の指示を出さず、その場に全軍停止命令を下す。そして、貞流勢の反転を警戒しつつも軍勢を旋回させた。
 その矛先は貞流勢の中で唯一、えびの高原に残った吉井直之勢に向く。
 吉井勢に突きつけられた穂先は鳴海勢、長井勢だけでなく、全ての藤丸勢から向けられていた。
 その数は二〇〇〇弱。
 もはや二〇〇も残っていない吉井勢からすれば大軍だった。

「これまで・・・・か」

 長井勢は潮が引くようにして後退し、吉井勢は方円の陣を敷いたまま藤丸勢に包囲されている。
 どの円居からも鉄砲が向けられ、藤丸の気分次第で二〇〇近い鉄砲が撃ち込まれるだろう。

「殿、如何なさいます?」

 ここまで生き残った側近が返り血で真っ赤になったまま聞いてきた。

「敵中に斬り込んで討ち死にしますか? それとも腹を召されますか?」

 殿としての役目は充分に果たした。しかし、貞流勢は壊走しなかっただけで大敗と言える。
 加治木城攻防戦から始まった一連の戦闘で貞流勢の死者は五〇〇。
 負傷者はその二倍強で一一〇〇を数える。
 死傷者一六〇〇は総勢五五〇〇であった貞流勢の三割弱にもなった。
 その損害は今後の作戦にも影響を与える数値であり、藤丸方はしばらくの間、貞流勢の侵攻を気にせずに行動できるだろう。

(ははは・・・・この短時間で圧倒的劣勢を覆す藤丸様に・・・・時間を与える?)

 佐々木弘綱はその危険性を分かっていたからこそ、今回の急進を進言したのだ。
 それが失敗に終わった今、貞流勢は貞流自身が思っているよりも追い込まれているかもしれない。

「みな、よくやった」

 集まってきた部将たちに労いの声をかけ、吉井はゆっくりと歩き出した。
 自然と兵たちは道を空け、主将の行動に注目している。

「ふむ・・・・」

 吉井勢に戦意がないことを見取ったのか、鳴海直武・長井衛勝・綾瀬晴政といった藤丸勢の主力を率いる者たちは兵たちに武器を退かせた。
 突き出されていた火縄銃の銃口が外され、組まれていた槍柵が待機状態となる。そして、最も変化があったのは藤丸本陣だ。
 槍が退かれ、兵たちも後退する。

「お前が吉井、直之か?」

 その奥から馬を進めてきたのは未だ体の骨組みが整わない少年武将だった。
 その顔立ちは乱世を生き抜く戦国武将としては線が細く、儚げだ。だがしかし、吉井に死を覚悟させるほどの戦ぶりを発揮した恐ろしい部将でもある。

「これまでの働き、見事だな」

 三〇間離れているというのに耳朶を打つはっきりとした言葉。
 それは喊声で隣の声も聞こえない戦場において、多くの兵に自分の言葉を届ける霊術を使用していると知れた。

「栄えある鷹郷王家に連なる方にお褒めいただけるとは武門の誉れにござる」

 吉井は片膝をつき、兜を小脇に挟む。
 ついてきた側近たちも同様にして膝を付いた。

「ほぉ・・・・」

 その様を見て、いや、はっきり言えば吉井勢全体を見て藤丸は眼を細める。

「? ・・・・あ」

 訝しんだ吉井は自軍を振り返り、そして、息を呑んだ。

「見事なもんだ」

 嬉しそうに藤丸が笑う。
 そこには士分、兵問わずして吉井と同じ動作をする吉井勢約二〇〇がいた。

「藤丸様にお願い申し上げる。それがしを筆頭に主だった者は切腹いたしましょう。ですから、余の者は放免していただけませぬか?」
「「「・・・・ッ」」」

 逸ったのは藤丸勢ではなく、吉井勢の方だ。しかし、それもすぐに物頭分に抑えられて大人しくなった。

「ほう・・・・」

 その様子に再び眼を細めた藤丸は馬から下りる。

「ならば、吉井直之」
「はっ」


「家臣諸共、俺に命を預けないか?」


 にこやかな笑みを浮かべ、藤丸はとんでもないことを口走った。
 あまりの言葉に両勢とも静まり返ってしまう。

「貞流に仕えてた吉井直之は死んだ。そして、新しい吉井直之は俺に仕えればいい。どうせ、同じ龍鷹軍団だ。他国に寝返るわけじゃない」

 藤丸はそのまま吉井へ向けて歩き出した。

「貞流の子飼いというだけで、情勢を見極めることなく貞流に付いたんだろう? だったら、龍鷹軍団の一翼を担う部将として、俺と貞流を天秤にかけてみろ」

 藤丸の声は自信に満ちており、その声量は全軍を縛り付けるほど凛々しい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「正直、俺はお前のような部将が欲しい。一連の戦いで、鳴海・長井・武藤といった主力に多大な犠牲が生じた」

 長井家は領地が蹂躙され、武藤家は当主を失い、鳴海家は多くの兵を失った。
 再建するのにも数ヶ月かかるであろう傷跡。
 だが、貞流が傷を癒し、再び干戈交えるのはそう遠くないだろう。
 今度はそれこそ、両者ともに地盤を持った戦いだ。
 退くことのできない戦いは必ず、決着までいく。

「どうだ?」

 にっこりと少女のような笑みを見せ、藤丸は吉井に手を差し出した。
 差し出された手は顔立ちと同じく白くて細い。しかし、不思議と力に満ちていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 吉井は手と藤丸の顔に視線を行き来させ―――






???side

 西は鹿児島城、東はえびの高原と非常に広い地域に渡って繰り広げられた兄弟戦争は、圧倒的優勢だった貞流が藤丸を討ち切れず、大敗を喫したという結果で終了した。
 しかし、子飼いの兵力を失ったといっても、貞流は薩摩一円と大隅最大勢力の鹿屋家を味方にしており、しっかりと手続きを踏めば一万の兵力を動員できるだろう。
 一方、藤丸は主力となっている三家は全て領土を失い、収入源はなくなった。
 当面は日向小林城を最前線にしつつ、商業都市――宮崎の地を本拠地とすることになるだろう。
 両勢にとって、来る決戦に備え、戦力を整える戦いが始まろうとしていた。


「―――そうか・・・・」

 えびの高原の戦いが終了した深夜。
 崩れた社の一角で、少女が手の者からの報告を受けていた。
 かつては名のある社だったのだろうが、焼け落ちている今、その栄光は見る影もない。しかし、今繁栄している全てのものがこのようなものに成り果てる可能性がある。
 現世とは脆いもの、と分かっている少女は愛おしげに社の柱を撫でた。

「霧島が落ち、龍鷹の国は解き放たれたか・・・・」

 巫女装束の少女は立ち上がり、社から出る。そして、焼け落ちたと見られる建物を一瞥した。

「弔いはすませたか?」

 手の者は困ったように顔を見合わせ、首を振る。

「では私がするとしよう」

 そう言って彼女は玉串を握り締め、踊り出した。
 自らの装束が旋律を紡ぎ出し、自らが刻む足跡が一連の戦いで亡くなった者たちへと送られる。

「――――――――――」

 そして、口から送り出された声が、死者たちへの鎮魂歌として夜闇に溶けていった。










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