第二戦「翻弄されしも輝ける群雄」/ 一



 鵬雲二年四月二九日、龍鷹侯国侯王――鷹郷朝流が死去した。
 同日に始まってしまった御家騒動は鹿児島城を手中に収めた鷹郷貞流と逃避を続ける鷹郷藤丸に分かれ、両者の主力はえびの高原にて激突した。
 五月六日に行われたえびの高原の戦いは各地から兵を集める分進合撃の戦法にて、兵力に劣った藤丸が勝利する。しかし、藤丸は多くの領土を失い、日向国へと転進せざるを得なかった。
 突然の崩御。
 まさかの内乱。
 さらにその長期化。
 わずか八日の間に激変した国勢に民は混乱した。だが、先の三つ以上に民を戸惑わせた一件があった。
 えびの高原の戦いの一日前――五月五日の夜に起きた出来事。
 それは霧島神宮の壊滅だった。

「―――気分はどうだ?」

 薩摩国鹿児島城本丸。
 その一角に設けられた屋敷を城主――鷹郷貞流が訪れていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 迎えるのは霧島の主として君臨していた少女――紗姫だ。
 紗姫は貞流の顔を見るなり、ぷいっと顔を背けた。

「貴様、貞流様に無礼な」
「よい」

 警護していた屈強な武将が激昂するが、貞流はそれを抑えて紗姫の前に座る。そして、警護の者には席を外すように指示を出した。

「・・・・何用ですか? あなたがここに来ても、この内乱は終わりませんよ?」
「そうかな? お前が俺を侯王として認めれば、どちらにつくか迷っている大名たちを動員し、日向へと討ち入れるのだが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 えびの高原の戦いから十日。
 貞流は大損害を被った軍勢の再編を急がせる一方で、薩摩の大名たちを帰順させようと活動していた。
 薩摩の石高は約三四万石。
 それを兵力に置き換えれば約一万から一万二〇〇〇の兵力を率いることができる。だが、聖炎国に備えなければならない以上、少なくとも六〇〇〇は薩摩に残さなければならず、日向へと進軍できるのは六〇〇〇だ。
 充分な大軍だが、ほぼ同数を動員したえびの高原の戦いで敗北している貞流は踏み込めないでいた。

「戦ばかりでは国が疲弊する。それを防ぐためにお前が俺を侯王と認めればいい」

 "霧島の巫女"の役割の中に龍鷹侯国の侯王を認定するというものがある。
 これは侯王即位式にて正式になされることだが、即位式を行うには内々に認めて貰わなければならなかった。
 こればかりは武力ではどうしようもない。

「頭ごなしに認めろと言われても認めるわけにはいきません。認めるに値する証を示していただかなければなりません」

 紗姫は兵や忍び衆に四六時中見張られながらも、持ち前の胆力で毅然としている。

「歴代の侯王もそれを示してきたからこそ、乱世にありながら、国を保てたのでしょう」
「それは・・・・国を割っている状況でも大事か? まず国をまとめる方が大事じゃないか?」
「それは・・・・」

 正論に紗姫は言葉を詰まらせた。
 確かに龍鷹侯国の内乱は諸外国に影響を与えるだろう。
 特に宿敵である聖炎国では先の北薩の戦いで戦術的勝利を得ている以上、もう一度戦えば打倒できるという思いが渦巻いているはずだ。

「この内乱、長くなれば長くなるほど、龍鷹侯国の国力は疲弊する」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 霧島神宮とは天孫降臨の地を守ることから、皇族直轄とも言える宗教機関である。だからこそ、帝の遠縁である鷹郷家の当主を決める権限があった。
 鷹郷家は薩摩を筆頭に西海道四ヵ国にまたがる領土を支配し、列島が戦乱に包まれようとも外敵と戦い続けた皇族最強軍団を率いる武家だ。
 その軍団が崩壊したとあれば、それは龍鷹侯国だけでなく、京にいる皇族にまで影響する大事だった。

(それでも・・・・)

 紗姫は胸に手を当て、自分よりも十歳以上年長である貞流の目を見る。

「確かに内乱が長引けば疲弊するでしょう。しかし、だからといって、あなたを侯王に選ぶこととは関係ありません」
「・・・・この俺より藤丸の方が侯王に相応しいと?」

 貞流の眉が跳ね上がった。

「我が儘で無鉄砲。そして、病弱な弟がこの俺に勝るというかッ」
「事実、あなたは圧倒的有利にありながら敗北しました」
「―――っ!?」

 激昂する貞流の視線を上回る眼力で貞流を怯ませた紗姫は居住まいを正す。

「確かに一番侯王に近いのは最大武力を持つ貞流様です。ですが、不利な状況でも兵を率い、道を示す藤丸様も王として素質を備えています」
「だから、選べないと申すか?」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 貞流は眸を閉じ、考え込んだ。

「今一度、戦を起こすほかないか・・・・」
「・・・・それが、あなたの目指す道ですか・・・・」

 あまりに強引すぎる選択に紗姫は呆れた。

「話し合いなどとうに不可能だ。あやつは応じん」

 すくっと立ち上がった貞流は脇に置いていた太刀を拾い上げる。

「あの時は俺も驕りがあった・・・・」

 その驕りが油断を生み、見事つけ込まれて敗北した。

「戦は自分の目に届く範囲だけではない、か・・・・」

 そう呟くと貞流は背中を向ける。

「巫女よ」
「・・・・はい」
「次に会う時は侯王に選んでもらうぞ」

 返事を聞かず、貞流は部屋の外へと出て行く。
 すぐに警護の者が周りを固めるが、迸る覇気は遠くからでも貞流の存在を感じさせた。
 それはまさしく王者の気質である。

(ふ、藤丸・・・・)

 それを見送る紗姫の頬に汗が伝った。
 あの気迫を真正面から受ければ、誰でも精神をすり減らす。

「は、ぁ〜・・・・」

 対峙の緊張をため息に変え、紗姫は脱力した。

(今度は危ないかもしれませんよ・・・・)






戦雲再びscene

 鵬雲二年五月十八日、日向国宮崎港。
 宮崎港は南方貿易で得た産物を西海道や南海道、山陽道の産物と交換する龍鷹侯国最大の商業港である。
 この港は龍鷹侯国では鷹郷家が直轄地に指定しており、その代官として宮崎代官が当てられていた。そして、その代官――御武昌盛が藤丸方に付いたため、藤丸は主力を宮崎港に留めている。
 御武昌盛の長男で、御武家当主である御武時盛は日向高鍋城主であり、彼を筆頭に日向の大名は藤丸に従っていた。ただ一城――飫肥城を除いては。

「―――ん〜、潮風が気持ちいい・・・・」

 藤丸は加納郁以下四名を連れて海へと来ていた。
 えびの高原で損耗した軍勢の再編は鳴海直武、長井衛勝に任せている。また、藤丸は再編だけでなく、増強も積極的に行っていた。

「あー・・・・」

 とりあえず、藤丸は宮崎港につくなり、いくつかの仕事を部将たちに押しつけ、自身は毎日どこかをほつき歩く生活を送っている。だが、それは別に遊んでいるわけではなかった。

「誰だッ!?」

 突然、郁が藤丸を守るように立ちはだかり、腰から太刀を引き抜く。
 それに反応し、他の護衛も太刀を引き抜いて周囲を警戒し出した。
 藤丸の兄――鷹郷実流が忍びに暗殺されたことから、忍びには特に注意している。しかし、今回ばかりはその必要がなかった。

「茂兵衛か?」
「御意」

 声と共に一陣の風が吹き、忍び装束の男が姿を現す。
 彼こそが、鷹郷家に使える忍び衆――黒嵐衆の頭目を代々務める霜草一族の茂兵衛であった。
 当主である兄の久兵衛は貞流に仕えているが、茂兵衛は藤丸の父――鷹郷朝流より直々に藤丸付きにされた経緯を持っている。
 その関係で、霜草家は真っ二つになり、黒嵐衆は双方のお抱え忍び衆として鎬を削っていた。ただ、霜草家に使える中忍以上の者たちは多く貞流に残っている。
 茂兵衛についてきたのは同様に藤丸に付けられた者や海軍の忍び衆、また、家柄を重視する幹部に嫌気が差した下忍たちが中心だった。

「紗姫の居場所が分かったか?」
「はっ。やはり、霧島の巫女は鹿児島城におられる様子。城内に潜りし手の者から知らせがございました」
「は、敵の本城に手の者か。全く恐ろしい」
「一門がおりますからな。兄上のやり方に気に食わない者が教えてくれましたよ」

 からからと笑う藤丸に茂兵衛も笑みを含みながら答えたが、次の瞬間には表情を塗り替える。

「貞流様は巫女と会談後、方々に早馬を飛ばしました。同時に鹿児島城下では足軽の召集命令が出されました」
「へぇ・・・・」

 戦仕度と分かる報告に目を細めた藤丸は護衛を振り返った。

「急ぎ戻り、諸将を集めよ」

 ひらりと馬に飛び乗ると手綱を引き、大声で下知する。

「これより軍議を始めるッ。貞流はまた戦を起こす気だッ」

 そう言って、先発しろと命じた者を置いていく勢いで馬を駆った。



「―――皆、集まったようだな」

 藤丸は上座にてあぐらをかきながら一座を見回した。
 今、藤丸がいる藤丸方本陣は宮崎港にある宮崎代官所である。
 諸将は近くにある高鍋城に移動しようと進言したが、家臣の城を本陣としてその主に遠慮させるのは忍びないとして代官所を使っていた。

「衛勝、兵の調練はどうだ?」

 藤丸は人が集まる宮崎で傭兵を集めていた。
 貞流勢が傭兵を捨て石にしたことは傭兵の間では有名になっており、かなりの数が集まっている。しかし、鳴海直武などは藤丸が傭兵を雇うことで、貞流勢が流している、「藤丸が傭兵を雇って霧島神宮を攻撃した」という風聞に信憑性が出ると反対していた。だが、それも藤丸のふたつの言葉で引っ込んだ。
 ひとつは傭兵を雇わねば兵力差が埋まらないこと。
 もうひとつが傭兵たちは望めば龍鷹軍団の一員として取り立てると言うことだった。
 現実的なひとつ目と違い、ふたつ目は内乱終結後の龍鷹軍団の弱体化を抑え、向上心旺盛な傭兵たちを引きつける要因となっている。
 また、将来を約束することで、捨て石にしないことを示し、貞流の流言に対抗していたのだ。

「さすがは他国との往来がある宮崎ですな。なかなかの傑物もおります」

 集まった傭兵や足軽の訓練は藤丸方最強軍団を率いる長井衛勝が見ている。
 衛勝はその中で組頭や物頭にしてもいいと判断した者たちの名を書き出したものを藤丸に提出している。

「再編具合はどうだ、直武」
「はっ」

 藤丸方の軍大将とも言える鳴海直武は全軍の構成と衛勝が訓練した兵たちを各円居に振り分ける作業をしている。

「傭兵や足軽の他、薩摩などから逃れてくる者もおり、なかなか終わりませんな」
「兵の数は?」
「国元より連れてきた軍勢約二〇〇〇、日向の大名衆と宮崎守備隊を併せて約二〇〇〇、合計四〇〇〇ですな。そこに傭兵を入れ、各守備を計算すれば、やはり遠征できるのは四〇〇〇です」

 藤丸は日向国の小林城、都城、高鍋城などを支配下に置き、南部の飫肥城以外全てを手中に収めている。ただ、龍鷹侯国は日向南部を支配しているだけに過ぎず、日向も石高では薩摩・大隅には敵わない。

「貞流が率いられる兵力は遠征軍五、六〇〇〇ほど。互角だな」
「ただ、そこに大隅の軍勢が入っておりませんな」

 宮崎代官――御武昌盛が言った。
 初老に入っている昌盛は鷹郷朝流より直々に宮崎代官に任命されており、行政の面では朝流の側近とも言える人物だ。
 小林城に入った藤丸を宮崎に呼ぶ一方で、日向の軍勢を手中に収めていた。
 軍勢は少ないが、充分に日向の旗頭を務めている。

「えびの高原の戦いでは国分城に鹿屋殿の軍勢が押し寄せたとのこと。鹿屋殿が貞流様に味方すると言うことであれば、その兵力は五〇〇〇ほど足されましょう」

 鹿屋利直は鷹郷朝流の側近にして龍鷹侯国最大の石高を持つ重臣である。
 元々、大隅国最大の国人衆であり、戦乱初期の龍鷹侯国とは激戦を繰り広げた家柄である。
 大隅の国人衆を統率し、鹿屋城にて龍鷹軍団と戦った月日は数十年に及ぶという武家だ。
 今でも大隅勢を率いる権利を有し、越権行為を許されている。
 本隊とは別に行動し、本隊を助けることから"翼将"と呼ばれていた。

「大隅国を味方に付けることこそ、肝要と心得ますが」
「確かに小林方面から貞流本隊、都城方面から大隅勢が押し寄せた場合、押し止めようがないな」

 藤丸は昌盛の理路整然とした指摘に頷く。

「ただ、その前に喉元の骨を取り除いておかねば」
「・・・・飫肥城」
「しかし、飫肥城攻めをしていれば貞流勢が押し寄せてくるのではないでしょうか?」

 発言したのは高鍋城主――御武時盛だ。
 彼は昌盛の嫡男として日向の行政を見る一方で、日向戦線における最前線を承る部将として軍事面でも重きをなしていた。

「飫肥城主の寺島春国は特筆した武勇は見られませんが、何より彼の娘が有坂秋賢の正室」
「使者を送ってこない辺り、確実に敵だろうな」

 飫肥寺島家は一万八〇〇〇石。
 最大動員兵力は九〇〇名といったところだろうか、ただし、通常動員兵力は五〇〇〜六〇〇だが。

「若、このように性急な戦評定を行ったということは・・・・貞流方が動いたと見ていいのでしょうか?」
『『『―――っ!?』』』

 末席に近い場所で発言された言葉に諸将は声のない驚愕を周囲に放った。
 貞流方の動向は気になることだが、貞流方には黒嵐衆が付いている以上、諸将が持つ情報力ではそう簡単に情報が得られない。
 そうなれば藤丸が持つ黒嵐衆の一角が情報全てを牛耳っていると言えた。

「ああ、そうだ。一昨日の夜、鹿児島城から十数の早馬が放たれた。目的地は鹿児島城を中心とした薩摩一円」
「召集に応じなければ、応じた大軍で押し潰す、という方針ですな」

 鳴海直武が体を揺すりながら言う。

「そうだ。ということはまもなく大軍がやってくる。その前にやらなければならないことがいろいろあるんだよ」

 藤丸は諸将を見渡し、命令を下した。

「直武はそのまま再編を。衛勝は兵の調練だ。時盛は引き続き日向を見張れ。昌盛は宮崎の管理及び海軍との連絡。綾瀬も貞流の動きを見ていろ」

 これまでに呼ばれていないのは藤丸直属軍ともうひとりだけだ。

「武藤統教は自身を総大将とし、訓練が終了した傭兵及び逃れてきた薩摩衆を使え」

 薩摩衆とは薩摩から逃れてきた兵たちである。
 身ひとつで来る者もおり、彼らは一度鳴海勢に編成されてからしかるべく組頭、物頭について軍勢と化していた。

「準備ができ次第、すぐに発て。降伏を促す使者はすぐ送るからな」
「ははっ」

 統教は加治木城攻防戦で兄だけでなく、多くの兵士を失った武藤家の当主である。
 そんな統教はたった四〇人でえびの高原の戦いで活躍した。
 今度は組頭級の戦力ではない。
 歴とした侍大将としての役割を果たすべく、翌日には七〇〇の兵を率いて意気揚々と宮崎港を発った。


「―――ふん。・・・・我が威光も落ちたものだな」

 藤丸が宮崎で軍議をしていたその日、貞流は各領主からの返答の第一報を受け取っていた。

「いや、予想通りと言うべきか。・・・・なあ、弘綱」

 藤丸が迅速な対応をしてはいたが、それすらも貞流方は予想していた。
 藤丸が日向を固める前に足下を固めればいい。
 早馬を分かるように放ったなど、それは分からせる以外何物でもなかった。

「肥後人吉城主の佐久頼政は聖炎国の動向が気になるから不参戦。出水城将も同意見のようですな」
「うむ。大口城はさすが最前線だから分かっておるし、川内城将も前城将が戦死して俺が指名したものだから当然」

 その他、加世田城や大隅北部なども貞流に従う意思を示している。

「やはり、討伐する必要があるのは・・・・枕崎城の瀧井家、か」
「指宿城の海軍も気になりますが、所詮海上でしか働けぬ者たちです。敵は瀧井家一本に絞るがいいでしょう」
「瀧井家は一万二〇〇〇石、か・・・・」

 五〇〇も集めれば頑張ったほうだろう。

「総大将は貞秀だ。兵も四〇〇〇連れている。今頃は・・・・加世田城にいるだろう」
「それは・・・・迅速ですね。明日中には瀧井家の領内に入りそうです」

 瀧井家も召集を断ったのならば戦準備くらいしているだろう。だが、その返答を上回る速度で送り出された討伐軍は暇を与えない。

「十倍近い戦力で攻め寄せれば城に籠もったところで無意味よ」
「元々、枕崎城は枕崎港を守るように作られた城。北から攻められると弱いですからな」
「瀧井家と言えば、瀧井流槍術。城内戦となれば苦戦するかもしれませんな」

 有坂秋賢が顎をさすりながら言った。

「ふむ、確かにな。だが、貞秀ならば問題ない」

 貞流はそれだけ言うと立ち上がる。

「出水城将も大口城将も気持ちでは藤丸よりかもしれん。だが、所詮は城将。大した兵力ではないわ」

 城将とは鷹郷家からその城と兵力を預けられている部将のことで、自身が指揮する兵全てが自分の兵力ではないのだ。
 だからこそ、鷹郷家に反抗した場合、自分の手元にはわずかな兵しか残らない。

「宮之城将も手勢だけ率いて日向に行きましたからな」

 残りの軍勢は全て貞流の指揮下に入っていた。

「残る問題は・・・・人吉城か・・・・」

 肥後人吉三万三〇〇〇石。
 精兵は消耗しているであろうが、その経済力が紡ぎ出す兵力は一〇〇〇を超える。

「・・・・ふん、くれてやるか」
 雷光が貞流の口元に浮かんだ笑みを瞬き隠した。



「―――はぁっ」

 鋭い穂先が具足の合わせ目を貫き、朱い血潮と共に引き抜かれた。

「押し返せッ」

 青年と少年の間にある年頃の武将はもういくつ目かになるか分からない兜首を無視して槍を振るう。
 兜首を求めて群がった足軽を霊力の爆発で吹き飛ばし、ひたすら戦線を支える彼の名は瀧井信輝。
 この枕崎城主――瀧井信成の嫡男であり、瀧井流槍術免許皆伝の腕前を持つ武芸者だ。

「若殿、ご無事で!?」

 脇で必死に槍を振るっていた小者が駆け寄ってくる。

「無事だ。足軽が何人群がろうが俺の敵じゃない」

 五月十九日夜、枕崎城は相川貞秀率いる四〇〇〇の猛攻を受けていた。
 籠城兵は三〇〇弱であり、最初の強襲で多くの曲輪が陥落している。
 それでも信成率いる二〇〇が本丸手前で敵軍を食い止め、残る一〇〇を信輝が率いてもうひとつの本丸への進路を阻んでいた。

「次が来ますッ」
「鉄砲を持った者は狭間から撃ち放てッ。槍を持つ者は土塁を越えた者が駆け下りる時に突き上げよッ。士分は隙間を埋めよッ」

 信輝は十代とは思えない統率力を発揮し、自軍の数倍を相手に奮戦している。だが、数回に及ぶ猛攻を跳ね返した瀧井勢は限界が近く、多くの者は武器に縋って立っている状況だった。

「怯むなッ、押し返―――ぐはっ」

 采配を振るっていた物頭が直撃を受けて吹き飛ぶ。
 これまで鉄壁を誇っていた土塁脇の攻防は寄せ手に軍配が上がった。
 今度の猛攻は瀧井勢の反撃を完全に見切っていたのだ。
 盾を持っている兵が前進し、遠距離戦で瀧井勢の動きを止める。そして、一気呵成に土塁の一角に多数が押し寄せ、そこの防衛線を突破する。
 鉄砲が普及して以来、山城の弱点とされた集中攻撃に晒された信輝の曲輪は至る所から崩壊しつつあった。

「チィッ。こうなれば白兵戦で押し返すッ」

 信輝以下十数名の士分が押し寄せてきた足軽の群れに突撃する。
 瞬時に十数人を突き伏せ、それに倍する人数を霊力によって吹き飛ばした。

「長柄を前に出し、取り囲めッ」
「正面から相手にするなッ」

 敵の士分たちが指示を出し、寄せては蹂躙されていた足軽が態勢を整え出す。しかし、その圧力が緩んだ瞬間を信輝たちは見逃さなかった。

「おらぁっ」

 信輝たち士分は瀧井流槍術を身に付けた武芸者だ。
 足軽は足軽に任せ、士分たちは士分の者たちに襲いかかった。

「はぁっ」

 下段から跳ね上げた柄で敵の槍を打ち上げ、返す穂先で大腿部を斬り裂く。そして、悲鳴を上げる敵を蹴り転がして斬りかかってきた者の胴丸ごと貫いて絶息させた。

「つ、強い・・・・」

 一切の停滞なく、淀みない動きで正確に敵を討ち取っていく信輝たちは堅実に戦線を維持する。だが、それも敵鉄砲隊が土塁を駆け上がるまでだった。
 態勢を立て直していた瀧井鉄砲隊も応射するが、最初の斉射で四名が撃ち倒される。さらに続く射撃戦で全滅することは確実だ。

「若、櫓が・・・・ッ」
「―――っ!?」

 小者が指差した先には寄せ手が持つ軍旗が盛大に翻されている櫓だった。

「く・・・・」

 この曲輪の象徴的存在である櫓が陥落したと言うことは曲輪の陥落を意味し、この曲輪での戦いは敗北だ。

「全員たい―――」

―――ドーンッ!!!

「うお!?」

 鉄砲を上回る轟音に思わず首をすくめた。そして、ヒューという風切り音が近付き、破砕音とともに先程の櫓が撃ち抜かれる。

「砲撃!?」

 最初の砲撃で着弾を得たことから、今度から斉射され始めた。

「態勢を立て直せっ」

 包囲されつつあった信輝は攻め手が緩んだと判断し、足軽隊と合流する。そして、同じく兵を整えていた敵勢に数十の弾丸が撃ち込まれた。

「信輝、無事かッ!?」
「父上!?」

 振り返った先には他の曲輪で戦っていた父の手勢が駆けてくる。
 馬に乗った者たちは混乱する敵勢へと乗り崩しを掛けており、さらにその後方から足軽隊が必死に追いかけていた。

「あの砲撃は海軍の援軍だ。海岸には海軍の陸戦隊が上陸し、船団を接岸している」

 瀧井信成は言うなり、<火>属性の霊術を発動して自分たちに向かってきた一団を吹き飛ばす。

「すでに火を放ってある。向こう側の曲輪からこちらには来られないはずだ。後はここを一掃して海岸まで安全に足弱を逃がすぞ」

 敵軍の主力は北側に展開している。
 その主力軍の侵攻を火で抑えたとなれば、後は目の前にいる部隊を壊滅させればいい。

「撃てぇっ」

 大混乱に陥っている敵軍に鉛玉を叩きつけ、瀧井勢は枕崎城から脱するために進軍を開始した。



 五月十九日、枕崎城が陥落する。
 炎上した枕崎城は薩摩半島の最南端拠点としての効力を失った。しかし、城主である瀧井信成他、主要な部将だけでなく、多くの兵が援軍に現れた海軍の船団に乗船したことで、瀧井家討伐は不十分に終わった。
 それでも、親藤丸を掲げる陸上勢力が薩摩から一掃されたことは事実であり、その他の国人たちは貞流の下へと駆け参じる結果となる。
 だが、逆に言えば容赦なく叩き潰したことで、大隅の国人衆たちに動揺が走っていた。そして、その動揺は鹿屋利直が嫡男である鹿屋信直を鹿屋城への入城拒否したことが拍車を掛ける。
 藤丸と貞流、ふたりの侯王候補の激突は確実に龍鷹侯国を揺るがし始めていた。











  第二戦第二陣へ