第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 七
鵬雲二年、五月六日。 龍鷹侯王――鷹郷朝流が暗殺されたことを契機に始まった内乱はひとつの終着点を迎えつつあった。 鹿児島城を手にし、子飼いの武将たちだけで六〇〇〇の兵力を催した次男・貞流は鹿児島城から脱出した三男・藤丸を追撃する。 藤丸は鹿児島城脱出時は三〇〇だった軍勢を鳴海、長井、武藤の諸将を糾合して二〇〇〇余まで増やすことに成功した。しかし、急な貞流勢の進撃により、長井衛勝の居城――蒲生城は撫で斬りに遭い、武藤家教の居城――加治木城は陥落し、家教は壮絶な討ち死にを遂げる。また、貞流は大口城に兵を派遣し、大隅の名族・鹿屋信直を味方に付け、国分城を包囲する作戦に出た。 霧島の巫女に謁見した藤丸は霧島は敵に回らないことを確信し、思い切って鳴海直武の居城――国分城を捨てる決意をする。 迫る貞流本隊に猛将――長井衛勝を当て、大口城には名将――鳴海直武を派遣した藤丸は難民を霧島に預けて北上した。しかし、霧島が奇襲されるという急報を受け、選りすぐりの精鋭を率いて取って返し、"霧島の巫女"と再会する。そして、そこで奪還を誓い、真の意味で霧島を味方にした。 一方、国分城を落とした貞流勢は制圧下に置いた霧島を踏破し、藤丸を追撃する。そして、鳴海盛武率いる一隊と交戦し、手痛い敗北を喫するも、ついにえびの高原にて藤丸と詰めの戦に持ち込んだ。 鷹郷貞流と鷹郷藤丸。 実の兄弟が主将を務める両軍の本隊が初めて同戦場に現れ、両者は決戦を決意していた。 えびの高原の戦いscene1 「―――敵先鋒、湯浅勢は竹束を前面に押し出し、鉄砲戦の構えっ」 「だろうな。貞流め。やはり一般的な手順できたか」 前線からの報告に藤丸は本陣で軍配を握り締めた。 実質的な指揮は中央軍第二陣に控える鳴海盛武が執る。しかし、すぐに彼は自ら槍を執った乱戦へと突入するだろう。 「こちらの先鋒は武藤勢です。四〇名とはいえ、鉄砲戦はお手の物でしょう」 「ああ。こちらも霊術で援護しないとな」 藤丸が頷いた時、前線にて赤い閃光が弾け、轟音が響いた。 「―――準備できた者から目当てを付けて撃ってくださいっ」 武藤統教はそう指揮すると自ら次弾装填作業に入った。 武藤勢の第一発は敵との距離が一町にて火蓋が切られている。しかし、敵はだいたい二町当たりから撃っている。 一般的な火縄銃の有効射程距離は一町とされているが、命中ではなく、弾幕に重きを置かれる従来の戦法では二町当たりから撃ち始める。だが、武藤勢四〇は撃ちかけられる鉄砲を竹束の後ろにて耐えていた。 三〇〇対四〇とはいえ、湯浅勢の鉄砲兵率は一割ほどである。そして、武藤勢は全兵が鉄砲を構えていた。 前線に限った鉄砲の数では武藤勢が勝っている。また、間断を埋めるはずの弓隊も斜面に寄る武藤勢を射るには遠すぎており、未だ弓弦の音は聞こえなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ジリジリと焼けた炎が火縄を燃やし尽くす。そして、照星の向こうに前線で鉄砲を構える敵足軽がはっきりと映った瞬間、統教はふわっと指を落とした。 「・・・・ッ」 弾ける轟音と閃光、頼もしい反動が統教の五感を揺るがし、狙った敵足軽が鮮血を振りまいて崩れ落ちる。 武藤勢の鉄砲が咆哮する度に鉄砲足軽だけでなく、指揮を執る組頭までも撃ち倒された湯浅勢は恐慌状態に陥りつつあった。 竹束に隠れているというのに敵鉄砲隊は甲冑の合間を縫った急所に銃弾を叩き込み、二〇間も進めば、鉄砲隊の数は半減している。 「何をしているッ。さっさと進まぬかッ」 見る見るうちに砲火が小さくなり、行軍を停止した湯浅勢に貞流は憤った。しかし、前線からもたらされた戦況に顔色を変える。 「その命中力。間違いなく、加治木城から脱出した武藤勢だ。それに・・・・霊術も起動しているな・・・・」 貞流の戦術眼はほぼ一瞬で藤丸が武藤勢に施した処置を見破った。だが、見破るのと対応策が思いつくのは別次元である。 「こちらも霊術で防御陣を張れッ。敵は旗本衆、騎士団を麾下に置いている。正攻法では霊術に足をすくわれるぞッ」 とりあえずの処置として敵が取り得るであろう攻撃の防御策を伝令で伝えた貞流は同時に右翼と左翼に前進を命じた。 武藤勢が布陣している位置からは中央軍にしか銃撃できない。 翼軍は切り払われていないススキの草原を走り抜け、敵軍へと討ち入るために動き出した。そして、その翼軍に向けられた大規模な霊術の攻撃は事前に張り出されていた障壁に衝突し、爆音と共に弾き返される。 「やはり藤丸の奴、霊術での攻撃を仕掛けてきたか」 貞流は己の目論見通りだったことに満足し、床机に腰を下ろした。 もし、霊術に対する特別な備えがなければ、翼軍は為す術もなく崩されていた可能性がある。 「申し上げますッ。敵本陣より伝令が放たれ、本陣から一五〇ばかりがこちらの右翼へ、また、五〇名ほどが左翼へと向かっていきました。さらに中軍を占める鳴海勢より、それぞれ一〇〇ずつ、左右に散る由に御座りますッ」 「翼軍が駆け上る大地はススキの草原です。その背に隠れ、伏兵がおるやもしれませぬな」 脇を固める武将の言葉に貞流は頷き、使い番を以て注意を呼びかけた。 「湯浅勢、前進を始めましたッ」 霊術によって竹束を強化し、鉄砲に紛れて飛んでくる火球などを防ぐことで、ようやく湯浅勢は前進を再開する。 それだけでなく、自分たちからも霊術を打ち掛け、両者の前線では互いの霊術が弾け合っていた。 霧島の優秀な霊能士が防ぎに出ているためにいまだ武藤勢に損害は少ないが、それが破れれば一気に壊滅する可能性がある。 「鳴海勢、前へッ」 「進めぇっ」 藤丸の軍配が大きく振られ、それを見た鳴海盛武が大音声で下知した。 「湯浅勢を揉み潰せッ」 鳴海勢の侍大将――米倉直繁が大まさかりを振り下ろし、鳴海勢は足音を轟かせて前進を開始する。そして、先駆けした鉄砲隊が折り敷くなり、武藤勢との銃撃戦に夢中になっている敵鉄砲隊を狙撃した。 斜めから撃ち込まれた弾丸は竹束に阻まれることなく、異音を発して胴丸を貫通する。 たった数十の弾丸が武藤勢まで後二〇間まで迫っていた湯浅勢を翻弄した。 射撃戦の指揮を執っていた組頭が吹き飛び、後方で槍入れを待っていた長柄兵が転倒する。 「武藤勢下がれッ」 その隙に武藤勢四〇は鉄砲を抱えて後方へと走った。そして、代わりに前に出てきた鳴海勢は柵の隙間から押し出すと、猛然と槍を連ねて突撃する。 慌てて隊列を整えた湯浅勢も槍衾を作るが、斜め前に布陣した鳴海勢の鉄砲隊と後方に移動した武藤勢の銃撃を受け、再び隊列に乱れが生じた。 高所に陣取る藤丸勢の鉄砲は打ち下ろしになる分、射程と威力が貞流勢のそれを上回っているのだ。 「乗り崩しだぁっ」 長柄組同士の槍交ぜをすっ飛ばし、直繁自身、飛び掛かるようにして敵長柄組を突破した。そして、馬から下りるなり、獅子奮迅の働きを開始する。 長柄槍は集団でこそ武威を発揮する武器であるため、こうして懐に潜り込まれてはその長さが邪魔になった。 「むぅ、そないに暴れられてはせっかくの足軽衆が四散するわッ」 「むっ」 敵の足軽大将が家人数人を連れて馬を寄せて来る。そして、その騎馬突撃のままひと思いに貫こうとして――― 「―――邪魔ッ」 ―――飛翔してきた笹穂槍に貫かれた。 「は?」 ポカンとする直繁を置き去りに馬上から吹き飛ばされた足軽大将が地面に触れる前に駆け寄った騎馬武者がその笹穂槍を引き抜く。そして、直繁と同じく呆然としていた家人を殴り倒した。 「わ、若!?」 そんな神業を見せたのはまだ十九歳の鳴海直武の嫡男だ。 「直繁、指揮は任すッ。俺は湯浅殿に挨拶に行くッ」 返事も聞かず、盛武は十数騎の馬廻りを連れて突撃する。 邪魔する者は士分、兵問わずして蹴散らされた。 「・・・・本当に、これでは藤丸様の行いを笑えませぬぞッ」 槍働きの機会を取られた直繁は馬に乗り、指揮官の職務を全うするため、睨みつけるようにして両軍の揉み合いを眺める。そして、歴戦の眼は新たに寄せて来る軍勢を視認した。 「敵の第二陣が動きおるぞッ」 (まずいな。第二陣は有坂秋賢じゃッ) 「―――本陣より伝令です。有坂殿、御出撃願います。敵は第二陣を押し出してきた模様。湯浅勢を後詰めせよとのことです」 「相分かった」 有坂秋賢は伝令にそう答えると床机から立ち上がった。 (藤丸殿はひたすら持久するようだな。確かにこちらは鹿児島から駆け続けで疲れている。休んだと言えば、国分城での一夜限りだ) しかし、藤丸勢も似たようなものである。 また、追手ではない藤丸勢の方が精神的負担が大きいはず。 なれば、藤丸が狙うのはこちらの疲れによる裂け目ではない。 「一当てすれば分かるか・・・・」 有坂勢八〇〇。 薩摩国宮之城に三万八〇〇〇石を食む秋賢だが、北薩の戦いや加治木城攻防戦でその戦力を磨り潰していた。しかし、この八〇〇ですら、藤丸勢の脅威になり得る数だ。 「寄せぃっ。まずは鳴海の小倅を包み込むッ」 大きく軍配が振られ、八〇〇の有坂勢が動き出す。 その先では鳴海勢と湯浅勢が激しく揉み合っていた。だが、武藤勢の銃撃に多くの指揮官が倒れていた湯浅勢は敗色濃厚で、壊滅は目前だった。 そこに土煙を上げ、有坂勢が突撃する。 湯浅勢ばかりに目を奪われていた鳴海勢は米倉直繁の指揮の下、必死に隊列を整えようとするが、両軍は足場の悪さもあって白兵戦に突入した。 この戦い、秋賢が手を下さずとも貞流の采配で勝てると踏んだのだ。 自分にできることは貞流が判断するための材料を調えること。 そう考えた秋賢は自ら鳴海勢の思惑を図るべく槍働きに従事することに決めた。 血飛沫が至るところで散り、広範囲の乱戦に突入した正面はもはや武藤勢や鳴海勢の鉄砲隊が関与できない。 そこで藤丸は武藤勢に本陣帰陣を命じ、食事を摂らせることにした。 「統教、どう見る?」 藤丸は武藤勢の奮闘を讃えながら、その主将である武藤統教に声を掛ける。 坂の下では喧噪が続いており、両翼でも旗本衆を中心とした迎撃部隊が不正規戦を仕掛けていた。 今、この本陣にあるのは加納郁直属の三〇名と加納猛政直属の二〇名。そして、引き戻した武藤勢四〇名の九〇名だ。 他に武装した侍女たちもいるが、彼女たちも戦装束に身を包んだ武士を数人相手にすれば討ち取られるだろう。 「かなり引きつけられたと思います。四〇名如きに先鋒を止められたんですから、貞流様はきっとこの軍勢に気を取られてますよ」 自分の兄や股肱の臣を多数討ち取った貞流を未だ「様」付けで呼ぶ統教は硝煙で汚れた顔を手拭いで拭きながら言った。 「ただ、心残りとしては先鋒は片付けたかったですね」 現在、最前線では鳴海勢が湯浅勢、有坂勢を相手にしている。 徐々にだが、兵力によって押し込まれているようだ。 「若、敵左翼が突出しています。どうしますか?」 敵左翼とは佐々木勢だ。 「佐々木には霧島騎士団の残党を向けろ。弔い合戦だ。さぞ奮起するだろよ」 「では、白兵戦に突入できるように我が鉄砲隊も行きましょう」 統教は水筒に入っていた水を一気に飲み干すと愛銃を持ち上げた。 「頼む。籠城戦に鉄砲隊は不可欠だからな」 このえびの高原に布陣した藤丸勢は見た目では柵や竹束を押し並べ、霊術的には様々な仕掛けを以て戦闘に及んでいる。 その有様はまさに物理的・霊的の陣城に籠もった野戦軍であり、それを攻めるにはやはり攻城戦のつもりで攻めなければならなかった。 事実、貞流勢右翼――相川勢は盾を前面に押し出し、遠距離戦闘をしながらジリジリと侵攻している。 その時間稼ぎが鳴海勢の奮戦に繋がっており、貞流勢は攻め口が限られた状態での戦いになっていた。 これはせっかくの大軍が無意味になる。 追い立てられながらもこの戦場を用意した藤丸はやはり大物だった。 「・・・・マズイ、か・・・・?」 藤丸の白い頬を汗が伝う。 せっかくの戦略も、温存されていた敵第三陣――貞流本隊が前進を開始したことで限界を迎えつつあった。 貞流本隊は約一〇〇〇。 藤丸の全軍を若干上回る軍勢が鋼鉄の奔流となる。 「―――申し上げますッ」 残った郁以下の旗本を馬蹄に掛けん勢いで本陣に入ってきた伝令は片膝を付くなり、一息に言上を宣った。 「それがし、鳴海家重臣、米倉直繁が臣にございますっ。我が勢は手勢をまとめ上げ、敵本隊を押し留めんとしますが、陣中深くに食い込みし敵勢が本陣へと牙を剥く可能性有り。御出陣のご準備を、とのことでございます」 つまりは今まで白兵戦に興じ、乱れた陣形を整える過程で、敵の乗り崩し部隊を突破させてしまうかもしれない、ということだ。そして、事実、急速にまとまる鳴海勢の只中から一〇〇近い軍勢が出てきた。 「湯浅殿、か・・・・」 傍にいた郁は満身創痍になりつつも武士や足軽を叱咤激励してこちらに向かってくる敵将を見遣る。 「馬を持てっ。迎撃するぞッ」 猛政が大声で下知を下し、藤丸の本陣も慌ただしく動き出した。 旗本衆の幾人かが鉄砲を構えて駆け出し、その人数よりも多い数の弓兵が進み出る。そして、その後方には騎乗した騎馬隊が整然と整列した。 平野での合戦になれた貞流勢と違い、旗本勢はどのような土地でも武勇を振るえるように訓練している。 この山岳戦になるであろう場所でも馬の手綱を器用に操りながら騎乗戦をこなすことができるのだ。 「藤丸様、行って参ります」 「頼むぞ」 騎馬隊は全て猛政直属だ。 銃兵や弓兵は郁の部下であり、藤丸の周囲を固める徒歩武者も機動戦よりは白兵戦を好む者たちである。 「撃てッ」 少なくも腹に響く轟音と共に六匁弾が弾き出された。 それらは異音を発して胴丸を貫通し、長柄槍を投げ捨てて刀を手にした足軽を撃ち倒す。 「踏み潰せッ」 弓兵が矢を放つと同時に猛政以下二〇騎が大地を駆けた。 二〇騎とはいえ、騎馬隊の突撃だ。 騎馬隊の備えとして発達した長柄を乱戦で失った湯浅勢には事前に押し止める戦力なく、圧倒的な衝突力を以て打ち砕かれた。 「藤丸様、そろそろ教えてくれないですか?」 「あん?」 坂下では態勢を整えた鳴海勢と貞流勢本隊が激突している。 有坂勢はちりぢりになった部隊を再集結させるようで、徐々にだが貞流勢本隊に道を空けていた。 確かにあのまま白兵戦を行っていれば、鳴海勢を内外から押し潰すことは可能だったろうが、その戦果に見合わない数の兵が同士討ちで失われただろう。 戦術を理解している有坂秋賢だからこそ、ここで兵を退いたのだ。そして、彼の軍勢が押し寄せる時、それは鳴海勢の崩壊を意味し、この本陣に数百を超える軍勢が押し寄せることとなる。 「この本陣の位置、軍隊としてまとまって逃げる道がない。全ての街道を塞ぐように貞流勢が布陣しているからな。だが、今の兵力で貞流勢を撃破できるとは思えない」 「ああ、そうだろうな」 郁の指摘を受け、ニヤリと笑って見せた藤丸は太陽を見遣ってから呟いた。 「そろそろか・・・・」 「―――チッ、なるほど・・・・」 貞流は思わず馬上で舌打ちした。 「鳴海盛武、若いながら震撼せざる得ない戦上手、ですな」 家臣に軍勢の再編を任せて本陣へと来た有坂秋賢が言う。 貞流勢一〇〇〇を受け止めた鳴海勢は三〇〇弱にまで減っているが、大軍の利点を生かせない戦場では貞流勢は不利だった。 「盾を押し並べ、ひとつひとつ制圧していけッ」 昔の陣城を修築したのか、わずかな縄張りすら窺える大地に柵や盾が並べられており、ひとつひとつを制圧していくのは骨が折れる。 鳴海勢は有坂勢が退くと共に軍勢を再集結させ、さらに坂道を上ってこの城もどきに貞流勢本隊を誘い込んでいた。 因みにその城もどきの向こうに広がる坂道では突破した湯浅勢が旗本衆と干戈交えている。 「伝令ッ、左翼軍は新手の鉄砲隊にて撃ち崩され、一度後方へと退きましたっ」 「右翼、混戦になっていた曲輪を奪取。しかし、その先には先程と同じぐらいの曲輪が広がっていますっ」 (・・・・両翼は攻めあぐんでるな。敵の兵力を引きつけるだけにして、本命は本隊にするか・・・・) 幸い、鳴海勢はそろそろ疲れてきたようだ。 乗り切りの数が少なくなり、赤熱した銃身が使えなくなっているのか、鉄砲の応射も少ない。 山間の戦いからすでに数刻。 ほぼ全ての戦闘において刀槍を振るっている鳴海勢も限界のようだ。 「兵をまとめ、一気に押し崩すぞッ」 貞流が槍持ちから槍を受け取ると共に放たれた伝令が前線に駆け込むなり、これまで射撃戦に従事していた鉄砲隊が一斉射撃の後に退いていく。そして、その間を竹束を持った足軽たちが駆け始めた。 すかさず反撃に出る鳴海勢だが、貞流勢は犠牲が出ようとも前進を止めない。 仕方なく、鳴海勢は鉄砲隊を下げ、長柄隊を前に出して押し止めようとした。 柵の向こうから突き出された穂先に盾の間を貫かれた足軽が悲鳴を上げて転がり落ちていく。 「支えろぉっ」 口角泡を飛ばして大身槍を振り回した物頭が、一番乗りの叫びを上げて飛び込んできた徒歩武者を突き落とした。そして、振り下ろされた数本の長柄をまとめてへし折る。 そんな物頭の奮戦に奮い立った足軽たちは疲れた体に鞭打ち、長柄を振りかぶった。だが、その立ち上がった長柄の林は轟音と共に吹き飛ばされ、奮戦していた物頭も十数の穂先に貫かれる。 「前線、突破されましたッ」 崩れ立てばあっという間だった。 長柄槍に追い立てられた鳴海勢は先程までの奮戦が嘘のように討たれていく。 「直繁は徒歩武者を率いてみんなを守れッ」 盛武はズシリと重い笹穂槍を持ち上げると一息に馬上の人となった。 残敵掃討は足軽に任せ、道をこじ開けた騎馬武者の集団が鳴海勢の脇を抜けて本陣へと向かおうとする。 その騎馬隊へと盛武率いる三〇騎が横槍を入れるのだ。 「させるかよ」 盛武の行動を貞流は読んでいた。 すかさず鉄砲隊を押し出すと、駆け抜ける騎馬隊に照準を合わさせる。 「折り敷けぇっ、目当て付けぇっ」 鉄砲組頭の下知が聞こえたのか、最前線を駆けていた青年が歯噛みするのが見えた。 その部将に嘲弄の笑みを浮かべた貞流の背後に現れる影がある。 「―――申し上げます、貞流様」 その声は小さいながらも発砲の轟音の中、不思議と耳に届いた。 「残念ながら凶報です」 鳴海勢の抵抗を押し潰した貞流勢本隊は坂道を駆け上がる。 そんな優勢の中にもたらされた不気味な報告に貞流は眉をひそめた。 「本日未明、植草勢は鳴海勢に朝駆けを受けて敗退。鳴海直武は抑えの兵を残すと主力を率いて反転致しました。また、長井勢も霊術によって街道に土砂崩れを起こして追手を封じると全速力にてこちらに向かっています」 「何・・・・?」 鳴海直武、長井衛勝のふたりがこの戦場に来るならば、彼らが出てくる街道は――― ―――ダダダダダダダッ 「―――っ!?」 前方からの轟音に貞流は思わず霜草久兵衛から前線に視線を戻した。 「武藤・・・・ッ」 本陣に向かおうとした貞流勢は横合いから四〇人ばかりの鉄砲隊に狙撃された。 騎乗していた部将格は残らず撃ち倒され、右往左往する足軽衆は次の斉射で薙ぎ払われる。 「貞流様、ご指示を。知らせが遅れたのも、藤丸殿に付けられし忍びたちが邪魔立てしていたからです。藤丸殿はこのえびの高原に本隊を抑え込み、一気に包囲殲滅するつもりなのですぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 新たに加わった貞流勢に壊滅寸前だった湯浅勢は何とか持ち堪えた。そして、逆に押し返して本当に本陣近くまで押しているようだ。 後少しで藤丸の首が手に入る。 その首さえあれば、鳴海・長井が来ようと怖くない。 (だが、これだけか・・・・?) 鳴海勢と長井勢が思った時間にやってくるとは限らない。 そんな不確かなことを戦略の前提に置くとは思えなかった。 思い悩む貞流を見て、秋賢は伝令を呼び寄せて指示を下す。 「吉井に伝令だ。急ぎ兵をまとめ、偃月の陣形に切り替えろと」 偃月の陣形は方円の陣ほど防御向きではないが、どこから攻められても兵力をうまく伝わらせることのできる陣形であり、多方面からの攻撃に対処できる。 突然の指示に呆然とする貞流を無視し、秋賢はもう一騎、使番を呼び寄せた。 「佐々木弘綱のところへ行き、攻撃は手控えるように伝えよ。また、白鳥温泉へと続く道に物見を出せと」 端的な指示を与えた秋賢は前線に兵力を向ける一方で、本陣にも兵力を集中させ始めた。 (どこから・・・・どこから来る・・・・?) 秋賢は馬上で背を反らし、戦場全体を見渡す。 背の高いススキが多く、戦闘の余波で薙ぎ払われたとはいえ、えびの高原を覆っていた。 その只中を軍勢が行進していても気付かないだろう。 「すでに手の者を周囲に飛び散らせていますが・・・・弟の手の者も手練れのようで・・・・」 「さもあろう。元々、戦略に秀でた藤丸に付けられしものだ。草の者も元より、戦乱波も多かろ、う・・・・・・・・?」 ふっと背後を見た秋賢は噴煙を見つけた。 あの方向には頻繁に噴火する桜島がある。だがしかし、その噴煙は妙に近い気がした。 「・・・・ッ、烽火かっ」 呻くように絞り出した声は喧噪の中に響く。 はっとした兵たちが振り返る中、烽火は悠然と空を漂っていた。 |