第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 六



 佐々木勢、霧島神宮を強襲す。
 この報を受けた貞流は覚悟を決めた。
 すでに傭兵衆は佐々木勢によって討ち果たされている。しかし、貞流は空き城であった国分城に留守を入れると、鹿屋勢は西回りに北上させ、本隊は霧島へと踏み込んだ。
 残敵掃討、である。

「―――急げっ。早う藤丸に追いつき、不名誉な風潮を流されるのを止めるのだっ」

 貞流は陣頭で兵を指揮し、山道で遅れがちになる兵たちを叱咤した。
 貞流勢本隊四〇〇〇は焼け落ちた霧島神宮跡を通過していく。
 戦略的にこれほどの大軍で霧島山系を通過するなど馬鹿げている。だが、霧島西方は長井勢がしっかりと固めており、追撃に向かわせた部隊は次々と敗北しているらしい。
 だからこそ、大軍である鹿屋勢一五〇〇を向かわせたのだ。
 因みに残り五〇〇が国分城の抑えである。

「殿、植草はうまくやっているでしょうか。・・・・大口城を手に入れたとは言え、向かい合うのが鳴海直武ですぞ」

 傅役であり、貞流勢の旗本を指揮する相川貞秀が馬を寄せてきた。

「兵の数でも劣っていたな。ううむ、しかしな・・・・」

 顎に手を当て、広域の状況を思案する。

「―――申し上げますッ」

 そんな相談をする貞流の下へ、物見に放っていた若武者が帰ってきた。

「二刻ほど前に烏帽子岳を北西に約三〇町の場所にて藤丸勢が合流したのを見たという土地の者からの報告です」
「その場所は・・・・温泉街か。して、如何ほどの軍勢じゃ?」

 その地点はちょうど、霧島西方からの合流点である。

「は、元々の兵力一〇〇余名より、旗本衆、武藤家残党を収容して約五〇〇です。また、一部ですが、霧島騎士団も加わっているようです」
「なるほど。不正規戦では手こずりそうだが、いざ戦えば騎士団などものの数ではないわ。―――だったな、弘綱」
「はい。霧島騎士団は確かに精強でしたが、兵の駆け引きというものを分かってはいませんでした」

 霧島神宮に藤丸が現れた。
 その事実を伝えたのはこの佐々木弘綱である。

「ただ、その騎士団が兵の運用を知っている者の下知に従うとなれば、少々厄介になりますが」
「それでも兵力がある。向坂はうまく長井を引きつけ、植草も鳴海を引きつけるのであれば・・・・追いついた時点で勝負は終わる」

 如何に戦略眼があろうとも、戦場で相まみえれば、負ける道理はない。

「申し上げますッ」

 もう一騎、新たな早馬が走ってきた。
 さらに前線からは殺気立った兵のざわめきが聞こえてくる。

「如何した?」
「先鋒、吉井直之が放ちし遠物見、戻りまして御座います。その結果、大浪池南方、新湯温泉付近にて敵軍約四〇〇が布陣していますッ」

 若武者の報告は本陣に激震を催した。

「すでに我が殿は鉄砲衆に早合を巻き付かせ、戦支度にかかっており申す」
「さもあろう。吉井は勇将じゃ」

 貞流はこみ上げる笑いを抑えようともせず、哄笑しながら全軍に下知を下す。

「急ぎ戦場へと駆けよッ。身の程知らずを踏み潰せっ」
「「「オウッ」」」

 貞流勢は目の前に現れた藤丸の尻尾を引き千切らんと速度を上げた。






山岳戦scene

「―――貞流様は逸っているな・・・・」

 速度を上げた貞流勢を見下ろせる位置にいた若者がポツリともらした。

「若、急ぎ陣に戻りましょう」
「慌てるな、直繁」

 若者は擦り寄ってきた老将に笑みを向ける。

「如何に距離にして一里ほどだが、高低差は二〇丈(約60m)近くある。足を速めたとはいえ、この山道だ。早々距離は稼げない」

 若者はもう一度、揺らめく≪紺地に黄の纏龍≫を見下ろしながら呟いた。

「それでも、来るならば、槍合わせしなければならないな・・・・」

 若者を守る者たちが指す旗指物は≪京紫に白の四つ葉木瓜≫。
 藤丸派の最大石高を誇る鳴海家が旗印である。

「相変わらず、若は俺に無茶言うのが好きだなぁ・・・・」

 赤漆塗頭形日輪前立兜の上から頭をかき、乾いた笑い声を周囲に響かせた。
 そんな若者の名前は鳴海盛武。
 鳴海直武の嫡男であり、藤丸には辛酸を舐めさせられてきた友人でもある。

「貞流本隊を食い止めろ、か。全く・・・・」

 呟いた後、盛武は自身が指揮する軍勢の下へと帰る。
 彼が率いる軍勢は鳴海勢四〇〇。
 如何に大軍の利点が消去される狭隘地に布陣していようと無理がある。しかし、その無理をさせるだけの理由があった。

「全く、若だけは敵に回したくない」
「それは確かですな」

 盛武自身の傅役――米倉直繁は白いひげを撫でながらまさかりを持ち上げる。

「ほっほ、それでは先鋒の指揮へ行って参りますぞ、若」
「気にするな。すぐに備など関係のない乱戦となる。歩兵の指揮を任せたぞ、足軽大将」

 ニヤリと数十年という年の差のあるふたりは同質の笑みを浮かべ、それぞれが死地に臨むべく、麾下の兵を掌握していった。


「―――放てぇっ」

 鳴海勢と貞流勢の戦いは坂を上ってくる貞流勢先鋒――吉井勢が火蓋を切ったことから始まった。
 数十の弾丸はそれぞれ鳴海勢の頭上を通過したが、最前線に配置された鉄砲足軽たちは思わず首を竦める。

「敵の鉄砲に構うな、打ち上げの鉄砲などそうそう当たるものではないッ」
「そうだ。竹束にしっかり身を隠し、号令に合わせて撃てば敵は崩れるぞッ」

 物頭の言葉を組頭が受け継いだ。
 それぞれ、鉄砲の指揮には自信を持つ武将だけに、紡がれる言葉には説得力がある。

「撃てぇっ」

 敵兵との距離が四〇間(約70m)を切った時、物頭の采配が大きく振られた。
 瞬間、四〇挺もの鉄砲が咆哮し、灼熱した弾丸を弾き出す。
 それらは風切り音を発しながら飛翔し、最前線にて装填作業をしていた鉄砲足軽の胴丸や陣笠を粉砕した。
 血飛沫があちこちで巻き起こり、放り投げられた鉄砲が宙を舞う。

「弾込めぇっ。弓組、間隙を埋めよッ」

 伏せ撃ちの格好で射撃した鉄砲足軽の背後で弓矢を手にした徒歩武者たちが立ち上がった。
 鉄砲とは違い、長い経験が必要な弓衆は歴とした士分の者たちが多い。そして、そういう者たちの練度は恐ろしく高かった。

「放てッ」

 号令一下、弓弦の音が響く。
 鉄砲と違い、装填時間の短い弓矢は敵鉄砲隊に反撃の機会を与えず、射まくった。
 打ち下ろしという効果も相俟って、鏃の威力は粗末な足軽の胴丸を貫通する。

「ぐふっ」

 腹を射抜かれた足軽は口から血を噴き出しつつ、後方へと転がり落ちた。そして、その足軽の後方を走っていた別の足軽を巻き込み、狭い上り坂で混乱が生じる。

「鉄砲組、構え・・・・目当て付けぇい・・・・・・・・撃てっ」

 流れるような下知の下、再度咆哮した鉄砲は今度は鉄砲足軽ではなく、その後方で味方を収拾しようと駆け出してきた士分の者に向けられていた。

「がはっ」

 異音を発し、立て続けに当世具足が貫通される。
 迫り上がる血を口から吐き出しつつ、その武者は怒れる視線を竹束の向こうに隠れる敵へと向けた。そして、手にした槍をそちらに向けようとしたところで目が反転して絶命する。

「さすがは鳴海勢じゃ。布陣する場所もいいな」

 貞流勢先鋒――吉井直之は大身槍を手に歯噛みした。
 鳴海勢が布陣するのは上り坂が始まり、その頂点とも言える場所だ。
 自然と貞流勢は坂道を必死に駆け上りながら槍合わせすることになり、高所を陣取られている形となっている。

「伝令ッ。本陣からです」
「おおう、我らが殿からか」

 吉井は戦場の駆け引きでは若いながらも卓越した手腕を見せる貞流の言葉を待っていた。

「『敵は高台に陣取っている故、城を攻めるように盾を押し並べて距離を詰めるべし』との」
「相分かった。さすがは殿じゃ。同意見だな」

 数回の銃撃戦で無視できない被害を被っていた吉井はすぐに指示を出す。

「鉄砲に身を晒すなッ。盾を持て。じりじりと少しずつ距離を詰めろッ」

 主将の指示にすぐさま盾が前線へと運ばれ、その背後に隠れた鉄砲隊が応射しながらじりじりと行軍を再開した。
 鉛の弾丸が竹束にめり込むか、竹自身が持つ被弾経始の効果にて何処かへと弾き飛ばされる中、両軍の仕場居は詰まっていく。
 両者の間が二〇間(約36m)を切ると、命中率が上がってきた。

「ぅわあ!?」

 射撃、装填を繰り返し行っていた鉄砲足軽が鉄砲を構えた瞬間に胴丸を貫通されて絶叫する。
 声を張り上げて射撃の指揮を執っていた組頭が大槌で殴られたかのように吹き飛ぶ。
 わずか二〇間を隔て、死神は両軍に容赦なく襲いかかっていた。

「撃てぇっ。・・・・退けぇっ」

 頃はよし。
 そう感じ取ったのは同時で、物頭の指示の下、鉄砲隊は最後の一斉射撃を叩きつけると態勢を低くして後方へと下がり出す。

「長柄組前へッ」

 すでに両者の距離は一〇間(約18m)で、一駆けだ。

「寄せぇっ」

 大きく采配が振られ、三間半の長柄槍を構えた貞流勢の足軽が突撃を開始した。

「盾を蹴落とせッ」

 長柄組の間を縫った徒歩武者が貫通してボロボロになった竹束を蹴り転がす。
 それは斜面を下り、今まさに突撃しようとしていた敵長柄組の足下を襲った。

「叩けぇっ」

 一瞬、敵足軽の意識が足下に行く。
 その隙を見逃さず、鳴海勢長柄組は大きく振り上げた長柄を振り下ろした。
 唸りを上げた長柄が陣笠を叩き割り、貞流勢長柄組を大きく震わせる。
 高所からの攻撃であり、勢いの付いた一撃は貞流勢長柄組の隊列を乱した。

「突けぇっ」

 地面まで振り下ろされた長柄を素早く引き、一斉に突き出された穂先は打撃に苦しんでいた敵兵を容赦なく貫く。
 悲鳴を上げて転倒する敵兵は別の敵兵を巻き込み、大きな混乱を引き起こした。

「ええい、こんな狭い道で戦えるかッ。者共、森へ入れッ」

 長柄組の凄惨たる有様を見た吉井が下知を下し、徒歩武者を中心とした一団が街道を離れて森へと踏み込む。
 当然、その先には横入れを警戒する鳴海勢が布陣していたが、木々に邪魔されるので鉄砲足軽や長柄足軽は存在しない。
 自然と両軍とも徒歩武者を中心とした壮絶な白兵戦となった。
 目の前の敵を倒せば、背後から斬りつけられて絶命する。
 そんな乱戦の中、徐々にだが、形勢が鳴海勢に傾いていく。
 それは貞流勢の兵士たちは平野での決戦こそ無類の強さを発揮するが、山中での小戦は余り経験がない。しかし、鳴海家は霧島を背後に仰ぎ、山野を駆け巡ることの多い合戦を多く経験していた。
 普段の戦闘力が互角なだけ、戦場での経験が出てきたのだ。

「ふんっ」

 巨大なまさかりが旋回し、五枚胴具足もろとも胴体を両断された吉井兵が地面に叩きつけられる。

「深追いはするなッ。常に周囲に目を配り、敵に囲まれつつある味方があればそれを助けよッ」

 米倉直繁は大音声で命じながら自分自身、地面に組み伏せられていた味方を助けるべくまさかりを振るった。
 血飛沫が自慢のひげを濡らすが、それすらも気持ちいいとばかりに笑いながら当たる触り斬り倒す。
 霊力が上乗せさせられる一撃は木々を切り倒し、森の中に踏み込んだ敵を混乱させた。

「ええい、怯むなッ。押せぇっ」

 攻めあぐむ吉井勢を追い抜いた一団が街道や森の中に斬り込み、一気に貞流勢の数が増える。
 隘路にて兵力差をなくしていた鳴海勢だったが、こうなれば押し切られるのは時間の問題だ。

「退けぇっ」

 未だ味方が敵を圧倒している内に退いておこうと判断した盛武は退き太鼓を叩かせる。
 太鼓の音を聞いた兵士たちは疑問を抱かないわけではないが、指示に従って後退を始めた。そして、それを援護するために追いすがる敵兵には鉄砲隊が狙撃する。
 円居を無視して数だけを投入した貞流勢は追撃するために足並みが整わず、整然と退却を開始した鳴海勢に寄せては打ち砕かれ、寄せては撃ち崩されるを繰り返した。

「ええい、こちらも退き、態勢を整えよッ」

 吉井が下知すると吉井勢は槍を収め、それぞれの組頭の点呼に応じて隊列を整えていく。しかし、吉井勢の後方から突出した第二陣――埜瀬義定以下一〇〇名が追撃を開始した。
 合戦は大軍を擁したにもかかわらず、二〇〇近い死傷者を出している。
 加治木城の戦い、隼人の戦いと戦略的には勝利を収めているが、戦術的に勝利したとは言い難い貞流勢は必死だった。


―――そのため、どうしてこの場所に藤丸が軍勢を布陣させたか分かっていなかった。


「―――ぐっ」

 轟音と共に埜瀬義定は兜に衝撃を受けた。

「な、何が・・・・?」

 くらくらする視界の中、彼は視線を巡らせ、鉄砲衆の居場所を探ろうとする。

「み、右手ですッ。右手から鳴海勢の新手ですッ」
「何!?」

 同じく銃撃を受け、こちらは傷ついていた者が叫びを上げた。
 確かにその方向を見れば、脇に鉄砲隊が折り敷き、こちら向けて突撃してくる≪京紫に白の剣木瓜≫がある。
 その数、約一五〇。

(いったい・・・・どこから・・・・)

 冷や汗が背中に浮き、べっとりと直垂を濡らした。
 脂汗に滑る手で大身槍を握り直す。

「殿っ。前の敵より騎馬隊が寄せて参りますッ。乗り崩しのようですッ」

 家臣の報告を受け、埜瀬は我に返った。
 慌てて前を見れば、こちらも≪京紫に白の剣木瓜≫を翻した騎馬隊数十騎が駆けてくる。
 坂道を登り切ったために彼らとの高低差はほぼない。しかし、だからこそ縦横無尽に寄せて来る騎馬隊の衝撃力は想像を絶するものがあった。

「ふ、伏兵じゃッ」
「方々、周囲の茂みに敵が潜んでおるぞっ」

 敵の姿を見た足軽が恐怖の叫びを上げる。

「長柄組を前に出せッ。騎馬の衆を何としてでも防ぐのじゃッ」

 そんな足軽を収拾すると共に埜瀬は大音声で陣替えを命じた。
 自分たちが追い越してしまったせいで第二陣になった吉井勢は再編で未だ坂を登り切っていない。
 この先程まで敵の旗が翻っていた場所にいるのは自分たち一〇〇名だけだっだ。

「丸くなり、敵を防げッ」

 的確な判断だったが、乱れた隊列で追撃に移っていた埜瀬勢の陣替えは遅い。そして、その右往左往する足軽たちを前と右手に布陣した鳴海勢の鉄砲隊が十字砲火にかけた。
 せっかく整いつつあった槍柵が至るところで綻び、乗り崩しに最適な隙間を作り出してしまう。そして、その隙間に霊術が集中し、慌てて駆け寄った足軽や徒歩武者を吹き飛ばした。

「ぅりゃぁっ」

 先頭に立って突撃してきた赤い甲冑の若武者は止めに入った徒歩武者数人をたった一合で吹き飛ばす。

「赤い、日輪の兜・・・・」

 その姿を見止めた埜瀬は弾かれたように顔を上げた。

「貴様、鳴海殿の倅かッ」
「いかにも。俺は鳴海直武が嫡男、鳴海盛武だッ」

 声に反応した若者は名乗りを上げながら槍を突けてくる。
 その鋭い刺突を大身槍で払い除け、埜瀬はニタリと笑みを浮かべた。

「ここで貴様を討ち果たせば、儂の名は上がる。小僧を討つは本意ではないが、我が功名のためじゃ、覚悟せいッ」

 鎧を着ていても隠すことのできない筋肉が膨れ上がり、埜瀬は戦場往来の猛将らしい猛威を以て襲いかかる。しかし、盛武も初陣よりいろいろ騒がれてきた武勇の士である。
 鳴海家は鷹郷家を代表する武門の家柄。
 その嫡男として生まれた以上、軍事に通じる全ての事柄に英才教育を受け、それを吸収してきた盛武だ。
 ましてや埜瀬は自軍が崩壊の危機に立っている中の一騎打ちである。
 先程は不敵な笑みを浮かべたが、戦い続ける内に焦りが出てきた。そして、その焦りが無理な攻めをさせ―――

「ガハッ」

 素早い反撃を受け、盛武の笹穂槍が甲冑ごと埜瀬を貫いた。

「首は捨て置けッ。次が来るぞっ、引き上げろッ」

 一振りで血滴を飛ばした盛武は埜瀬の首を上げることなく、突撃した騎馬隊をまとめて撤退に移る。
 すでに伏兵と合流した鳴海勢の歩兵は街道を北上していた。
 それを乗り崩しをかけた騎馬隊が敵を散々に蹂躙した後に追いかけていく。
 主将を失った埜瀬勢は追いついてきた吉井勢に吸収されるまで、効果的な追い打ちはできなかった。

「―――埜瀬義定様、御討ち死にッ。敵は伏兵を潜ませていたようであり、埜瀬勢は潰走致しましてございますッ」

 前線から味方を跳ね飛ばさん勢いで駆けてきた伝令が飛び込むようにして報告した。

「・・・・っ、追えッ。その先に藤丸がいるはずだっ」

 子飼いの武将が討たれたと知った貞流は追撃を命じる。

「貞流様、伏兵が現れたと言うことです。ここはゆるりと行くべきでは?」

 中軍からやってきた有坂秋賢が進言した。

「ふん、あそこに現れた鳴海勢は国分城より東方の支城に詰めていた者よ。その輩が霧島を東回りに駆け付けたもの。伏兵ではなく、ただの偶然だっ」

 確かに鳴海盛武が布陣していた場所は街道の合流点である。
 逆に言えば、合流点だからこそ軍勢が布陣できたのだ。

「なれば、貞流様。鳴海勢は狭い街道に少数の伏兵を置き、彼らは発砲すると共に山中を駆けていきます」

 有坂は貞流が決戦を覚悟していると知ると、善後策を提示してきた。

「このまま捨て置けば御味方は隊列を乱したまま、徒に兵を失うでしょう。まずは隊列を整え、堂々と押し出すことが肝要と思われますが」
「そのような場所、どこにある?」
「大浪池北西、韓国岳西方は木々こそ生えていますが、比較的平地で軍勢も整えやすいでしょう」
「えびの高原に出た方がいいのではないか?」

 冷静になってきたのか、鋭い指摘をする。

「いえ、私が敵なら、えびの高原に布陣します。敵中での陣替えは隙になりますから」
「なるほど。確かに時間を掛けようとも敵の兵は増えない」

 完全に落ち着きを取り戻した貞流は馬上で胸を張った。

「なれば、陣を整え、ゆるりと藤丸を追い詰めてくれようぞ」




「―――さすがに逆上して追ってこないか・・・・」

 鳴海盛武勢五〇〇余がえびの高原に姿を現してから四半刻。
 これだけ経っても貞流勢が現れないとなれば、山中で軍を整えている証拠に違いない。

「猛政。偽装を解除。迎撃準備だ」
「はっ」

 傍らに膝をついていた加納猛政が立ち上がり、各物頭へと伝令を飛ばした。
 命令を受け取った物頭たちは麾下の兵士を立ち上がらせ、巻いていた旗指物や幟を掲げる。
 その様は広大なススキの草原に紺色の波が湧き上がったかのようだった。
 藤丸勢本隊三〇〇余、武藤勢四〇余、鳴海勢六〇〇余、約九五〇名という軍勢がえびの高原の北側に布陣する。
 その中には霧島騎士団も混じっており、総勢では一〇〇〇余という戦力だ。

「邪魔なススキは切り払えッ」

 藤丸がそう命じた時、えびの高原の入り口で銃声が響き渡った。

「来たかっ」

 思わず床机から立ち上がった藤丸の下へ、物見についていた若武者が駆けてくる。

「我が物見隊、敵物見隊と交戦中っ。郁様は物見を中止し、引き上げる模様です」
「さもあろう。物見部隊を突破したとも、次に待つのは本隊だ。引き上げるのが妥当だ」

 猛政が頷いた時、彼が率いる旗本衆の霊能士たちが霊術にてススキを切り払っていく。
 瞬く間に更地が拡大していき、その奧に≪紺地に黄の纏龍≫、≪京紫に白の剣木瓜≫が翻っていた。
 藤丸は床机に腰を据え、決戦の気構えである。
 前哨戦で三〇〇弱の敵兵を撃破したとはいえ、その戦力は四倍弱。
 籠城するのならばともかく、野戦では不利なことこの上なかった。

「本当におやりになられるのですね?」
「ああ、これ以外に貞流を押し返せる戦法はない」
「・・・・鳴海殿、長井殿を欠いた我らにどれだけできるか・・・・」

 鳴海直武率いる残りの鳴海勢は湧水の地で植草勢一〇〇〇弱と向かい合っている。また、長井衛勝率いる長井勢三〇〇も向坂勢他五〇〇と戦っていた。
 これだけ見れば、厄介な部将たちを釘付けにし、藤丸を貞流がむき身にしたと言える。

「ここまでの兵力差が出れば、貞流は絶対力攻めする。そして、半円に包囲するだろうな・・・・」
「藤丸様を逃がさないため、ですね」
「―――ただいま戻りましたっ」

 前線から駆け戻った加納郁は馬から飛び降りるなり、片膝をついた。

「先鋒、湯浅兼家殿、次鋒に有坂秋賢殿、第三陣は貞流殿本隊です。相川貞秀殿は右翼に、馬廻り衆を与力にされた佐々木弘綱は左翼に回られました。後陣は埜瀬勢を吸収した吉井直之殿です」

 総勢三七〇〇の貞流勢は龍鷹軍団伝統の陣形を執った。
 分厚い中央軍に本隊よりも若干少ない程度の翼を持つ重厚そのものの陣形だ。しかも、鶴翼にも鋒矢にもなれる柔軟性を持っている。

「やはりな。貞流はこの布陣で俺を囲むつもりだ」

(だからこそ、活路があるッ)

「柵を立てよぉっ」
「畏まったぁっ」

 藤丸の声にたくましい肉体を誇る力士衆が手に持った綱を思い切り引っ張った。そして、その綱の向こうに繋がれていた先が立ち上がり、駆け寄った足軽たちが大急ぎで地面に打ち込んでいく。
 その様子を見取った敵物見衆が馬首を返し、本陣へと駆け戻った。
 両者の距離はおおよそ半里。
 藤丸は白鳥山の山麓に布陣しているので、高原の低地に布陣する貞流を見下ろす形になっている。

「敵軍、前進を始めましたッ」
「・・・・うん」

 報告通り、こちらの行動を見守っていた貞流勢が歩き出す。
 その歩みが寄せ太鼓に合わせて怒濤になるまで、そう時間はかからなかった。










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