第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 五



「―――攻めよ攻めよッ」

 火が点けられた家屋の前でひとりの青年が血が付いた槍を振り上げて叫びを上げた。
 その背には≪紺地に黄の纏龍≫の旗指物があり、彼が龍鷹軍団の軍人であることが分かる。だが、防衛する霧島騎士団の騎士たちはそれが信じられなかった。
 霧島神宮と言えば、龍鷹侯国の王家――鷹郷家の氏神であり、龍鷹侯国にとってなくてはならない存在である。
 その存在は他国に侵された時、本城以上に陥落してはいけないもので、このように自らが侵すことなどあり得ないはずだった。

「こ、このような・・・・」

 変事を聞きつけてやってきた中年の騎士が惨状を見て絶句する。
 そんな騎士に十数の銃口が向き、轟音と共に彼は魂をあの世へと吹き飛ばされた。

「遠慮は無用ぞッ。霧島の輩は謀反人を匿ったッ。その罪は償わなければならない」

 異常な興奮に取り付かれた兵たちは鯨波の声を上げて次々と神宮内に斬り込んでいく。
 もちろん、騎士たちは果敢に戦った。だが、各所にいる三〇名ほどでは数百の軍勢に抗しきれず、次々と各個撃破されていく。
 それでも、攻める軍勢にも被害は出ていた。
 爆発に吹き飛ばされた兵が黒こげになって転がり、槍に貫かれた骸が散らばっている。
 それでも兵は怯まずに騎士たちを押しまくっていた。

「"霧島の巫女"を捜せッ」

 制圧した場所に布陣し、掃討作戦の指揮を執る青年――佐々木弘綱は霧島が霧島である所以を奪取を目論んでいる。

(霧島の巫女さえ手中に収めれば、他が何と言おうともこちらが官軍だ)

 弘綱が貞流に早期侵攻を進言した理由がこれだった。
 藤丸は必ず霧島に働きかけようとする。
 龍鷹侯国において、最も効力を発揮する抑止力は朝廷だが、距離的な問題があった。しかし、霧島は朝廷よりは抑止力が下がるが、それでも適度な距離にあり、また、鳴海家は代々、霧島の膝元である国分城を守ってきた家柄である。
 霧島としては鳴海家の言い分は信用にたる事実なのだ。

(霧島の存在意義と言えば、第一に巫女の存在。これを奪取し、鹿児島に迎えることができれば藤丸の武器は消える・・・・ッ)

 弘綱が霧島は藤丸に味方すると睨んだ理由が藤丸が国分城育ちであり、何らかの繋がりがあるのではないかと考えたことだった。
 霧島神宮がもし、藤丸方に味方すれば去就に迷っていた者たちは一斉に藤丸に流れる可能性がある。
 それを避けるため、霧島の巫女は手中に収めなければならない存在だった。

「伝令ッ。敵騎士団本隊と思しき集団が本殿周辺に集結中ッ」

 騎士団が守るべき場所に巫女はいる。

「分かった。こちらも戦力を本殿に集中する。各組頭にそう伝えろ」
「「「ははっ」」」

 弘綱の戦力は約四〇〇。
 その過半が本殿向けて進軍を開始した。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 霧島のそこかしこが紅蓮に染まっていた。
 佐々木弘綱率いる二〇〇の軍兵は逃げ惑う者たちに刃を振るうことはない。
 それは喜ばしいことだが、同時に攻撃している傭兵たちは解き放たれた狂犬さながら、略奪行為に勤しんでいた。
 婦女子を見つければ陵辱し、家屋に逃げ込んだ者たちごとその小屋を焼き払う。
 そんな傭兵の行動を尻目に、佐々木勢の正規軍は的確に霧島騎士団を追討していた。

「・・・・霧島も、これまでか・・・・」

 霧島の紅蓮が夜空を明るく照らす。
 紗姫はとある丘に立っていた。
 周囲には彼女を守る騎士たちの姿はない。
 騎士団長や神官長は本殿を最終防衛線にするために陣頭指揮を執っているはずだ。
 紗姫は霧島の主なれど、急場では足手纏いだった。

「それにしても、思い切ったまねを・・・・」

(いい手だけどね・・・・)

 所詮、宗教的集団などに武力はない。だからこそ、力で支配すると決められれば抵抗することなどできない。

「でも、統治とは力だけじゃないんだけど・・・・」

 力で抑えつけた政治にはいつか破滅が待っている。しかし、それも支配しなければ至ることのない事実だ。
 支配するために手段を選ばない。
 その考えを持つ貞流は正しいとも言えた。

―――ザリ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 紗姫は俯いていたために前に流れてきた髪を後ろに払い除ける。

「―――こんなところで何してる?」
「それはそっくりそのままお返ししますよ」

 紗姫は振り返り、紅蓮の炎を背負って立つ少年武将に問い掛けた。

「ここがどこか分かっておいでですか?」






早すぎる再会と別れscene

「―――何?」

 五月四日深夜。
 藤丸は野営地にて霧島襲撃の急報を受けた。
 今いるのは国分城北方であり、明日の早い内に出発しなければ貞流勢の物見に発見される可能性がある。しかし、これから山道ということになるので朝まで休息を取っていたのだ。

「それは本当か?」

 情報を持ってきたのは難民に紛れ込ませておいた黒嵐衆の少女で、信頼に値するのだが、思わず問い掛けてしまうほど衝撃的だった。

「はい。私は第一報なので、部将までは分かりませんが、確かに霧島の門前に数百の軍勢が襲いかかりました。十数名の騎士と霧島の霊的防衛機構が働きましたが、数の暴力で突破しています」
「霧島騎士団は精強とはいえ、鉄砲には敵わない。おまけに分散している・・・・」

 寝起きだが、藤丸の頭脳が回り始める。

(貞流勢が霧島を襲う理由はただひとつ、"霧島の巫女"の奪取。だけど、それは霧島を攻撃したという汚名が付く)

 寝具から立ち上がり、着替えにかかった。

(狙いは・・・・まさか国分城を見下ろすため?)

 霧島を確保できれば、国分城は丸見えとなり、防衛面では大きく不利になる。
 そうなってしまえば、国分城の難攻不落は保てない。

(だが、そんなことのために・・・・?)

「誰かいるか?」
「はっ」

 寝ずの番をしていた護衛がすぐに応じた。

「加納猛政を呼んできてくれ」
「分かりました」

 護衛が駆け去っていくのを見た藤丸は自分の寝所を振り返り、黒嵐衆の少女にも命令する。

「霧島まで護衛していた部隊はそのまま反転。霧島を襲っている部隊を強襲しろと伝えろ」
「・・・・分かりました」

 一瞬で気配が掻き消えた忍びを見遣り、藤丸は思わず東北に視線を送った。
 隼人の戦いの詳報が伝わるなり進軍を開始したが、そもそも藤丸たちは霧島神宮の麓にいた。
 今から霧島に取って返せば、一刻もあれば辿り着ける。

「・・・・ん?」

 周りの木々が揺れた。

「―――よろしいですか?」
「茂兵衛か。いいよ」
「では・・・・」

 一陣の風が吹き、藤丸方の黒嵐衆頭目――霜草茂兵衛が片膝を付いていた。

「蒲生城下撫で斬り。下手人は佐々木弘綱殿でした。その手勢は佐々木家譜代の他、鹿児島城下の荒くれ者たちが多くを占めています」
「傭兵か」

 傭兵とは金で己の戦力を提供する集団である。
 一時代前には無頼、足軽などと呼ばれる者たちだが、正規兵として訓練されたものとは一線を画する存在だ。
 それでも手っ取り早く戦力を手に入れ、磨り潰しても痛くない存在として、軍勢には必要だった。

「私見ですが、霧島を襲っているのはこの部隊の可能性があります。この部隊は貞流殿本隊とは合流しておりません」

 パチパチと篝火の火が弾ける音がする中、藤丸はゆっくりと自分の考えを呟く。

「撫で斬りをすることで、禁忌を犯すことへの躊躇をなくさせる、か」
「おそらく」
「なら、貞流の言い分も分かったな」

 霧島強襲に関して、こちら側の追求は白を切るはずだ。
 内乱勃発のどさくさに紛れ、傭兵集団が霧島を強襲する。
 それを佐々木勢が助け、霧島の巫女を守る。
 防衛機構を失った霧島は危険なので鹿児島まで護送する。

「なるほど、いい手だ」
「藤丸様」

 咎めるような視線を送る茂兵衛に笑いかけ、藤丸は続けた。

「いい手だけど、二度と使えないな」

 すっと茂兵衛の視線が流れる。
 ちょうどその方向から数名の武将を連れた猛政がやってくるところだった。

「猛政、その表情は聞いたようだな」
「・・・・はい。まったく、何てことを」
「それで、俺が呼んだわけは分かったな?」

 藤丸は何が楽しいのか、にっこりと笑う。
 美少女と言っても過言ではない藤丸の笑顔だ。
 可憐なはずなのだが、猛政は何故か背筋が震えるほどの悪寒に晒された。

「騎馬隊を用意しろ。これからそれを使って霧島を強襲する」
「なっ!?」
「歩兵隊はこのまま東郷へ行き、作戦通りに行軍しろ。そして、その指揮は猛政が執れ」
「藤丸様自ら行かれるのですか?」

 驚愕を通り越し、もう諦めの境地に至ったのか、猛政の声は平静だ。

「そのつもり。だから、屈強な奴らを選んでくれよ」
「・・・・それならもう選んでます」

 そう言って猛政が振り返った先には眠そうにした郁の姿があった。

「藤丸邸護衛部隊、出撃準備整いました」
「ああ、あの・・・・」

 よく考えてみればいくら精強とはいえ、いくつかの攻め手から侵入した敵兵を少数で押し返すなどの離れ業ができるわけがない。
 それをなしたのだから、彼らは旗本衆の中でも指折りだったのだろう。

「じゃあ、行くかな。―――茂兵衛、情報は俺だけでなく、猛政にも入るようにしてくれ。それに猛政も作戦施行に囚われず、独自の判断で行動してくれよ」

 藤丸はそのまま胴丸と籠手、草摺などといった最低限の武装を施すと騎乗して走り出した。

「藤丸様、どうします? 敵と同じ侵攻路では迎撃を受けますよ?」

 馬を寄せて来る郁を見遣り、さらに後方に視線を向ける。
 付いてくる兵は約三〇。

「大丈夫。何となくだけど、巫女がいる場所は俺には分かるよ」
「?」

 何故だか、"あそこ"以外あり得ない。
 そう思い、藤丸は手綱に力を込めた。



「―――護衛部隊は敵軍の背後から襲いかかっています。現在、敵傭兵団と思しき集団と交戦しています」
「はぁ・・・・はぁ・・・・本殿はッ」
「騎士団本隊が抗戦中です」

 藤丸は馬を飛ばしに飛ばして霧島まで帰ってきた。
 付き従う兵力はわずか三〇の騎兵だが、護衛部隊は百近い歩兵だ。
 一応、均等な兵種配備になっている。

「騎兵の速度で敵本隊の背後を突く?」
「いや、護衛部隊の強襲は佐々木も知ってると思う。だから、騎兵だけの急進は危険だ」
「でも、このままだと落ちますよ」

(分かっている)

 霧島は陥落寸前だ。

「陥落は仕方ない。けど・・・・最悪の事態だけは避けないと・・・・」

 霧島の立地がなくなるのも痛手だが、それ以上の痛手は巫女の身柄である。

「郁は護衛部隊を掌握し、いつでも撤退できるようにしろ」

 藤丸は手綱を引き、馬を別の方向へと走らせようとした。

「待って」

 だが、それを許す護衛ではない。
 伸びてきた籠手が藤丸の細い腕を掴み、馬ごとその歩みを止めさせる。

「どこへ行くつもりですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 戦場では大斧槍を振るう彼女の力は所詮、十四才の少年である藤丸では振り払えない。

「私はあなたの護衛です。父上と違い、私は軍勢を率いるよりも槍を振るう方がいい」
「護衛部隊の指揮はどうする?」
「伝令を送ればいいでしょう。百近い人数の隊長です。きっと正しく導いてくれます」

 郁の視線は藤丸の眸を貫き、その脳で考えていることまで見透かそうとしていた。

「もう一度言いますよ。私はあなたの護衛です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 いつの間にか、彼の周りには逃がさないとばかりに三〇名が包囲している。

「・・・・・・・・分かった。伝令を用意し、残りは全騎、俺に続け」

 今は時間が惜しい。
 そう判断した藤丸は伝令とその護衛五騎を放ち、残りの二十五騎を率いて霧島の間道へと馬を進めた。
 二十五騎の疾走は相応の騒音だが、喊声や銃声に満ちている霧島ではそう響かずに彼らは奥深くに侵入していく。だがしかし、あるところまで来ると、突然藤丸は馬首を翻し、霧島から南下し始めた。

「藤丸様!? その方向は国分方面ですが?」

 急な方向転換に驚いた郁が声をかける。

「いいんだよ、こっちで。そんな気がする」
「そんな気って・・・・」
「―――きゃぁっ!?」

 闇夜、いや、紅蓮を貫く悲鳴に旗本衆たちは顔色を変えた。

「平助、あれを射よッ」

 紅蓮の奔流の向こうに僅かに見えた、刀を振り上げる傭兵。
 それ向け、郁の命令を受けたひとりが騎馬を走らせながら矢を番える。
 騎射というお互いが接近して用いられた戦法である。だがしかし、槍の発展以後は廃れてしまったものだ。
 それでも、鍛錬する者たちはいる。

「・・・・・・・・・・・・」

 ふわっと力が緩められて放たれた矢は込められた霊力が炎を蹴散らし、奧にいた傭兵の頭部を粉砕した。

「突撃ッ」

 数騎が大身槍をしごきながら残った九名の傭兵へと突きかかる。
 それは襲われていた平民たちを気遣いつつも、物の数分で終わらせてしまう猛襲だった。だが、それまで襲われて命を散らした平民は両手の指でも足りないほどだ。

「若、このような有様が霧島中で起きておりまする、どうか、霧島の御助勢をッ」

 大身槍の一撃で組頭を討ち取った旗本が迫ってくる。しかし、藤丸も思った以上の惨状に蒼白になりつつ言葉を紡いだ。

「ダメだ。戦略的に見て、ここは"霧島の巫女"を助けるべきだ」
「若ッ」
「助けたければ、行けッ。俺は最初にそう命じたぞッ」

 苛ついて返された言葉に旗本の表情が凍り付く。

「・・・・・・・・されば、行かせてもらいますッ」

 その若武者が馬首を翻すと、彼だけでなく、七名の旗本が彼に続いた。

「・・・・行くぞ」

 今は急ぐ時だ。
 藤丸たちは西方から霧島峰に突撃した佐々木勢とは違う道筋で霧島に打ち込んでいる。
 その道筋とは本殿に至る道筋ではなく、もっと南へ向かうものだった。
 自然と霧島での喧噪は遠退き、紅蓮の輝きも闇には勝てずに暗くなっていく。

「―――そこな、騎馬武者ッ。所属を言えっ」

 木々が開けた場所に突然、二〇名程度の武士がこれまた同数程度の傭兵を従えて布陣していた。

「お役目ご苦労ッ。そなたらは佐々木弘綱様の命にて霧島より落ちんとする者たちの備えか?」

 藤丸は馬上で胸を張り、馬を輪乗りさせつつ言う。

「左様っ。なればそなたらは誰の手ぞ!?」

 堂々と話しかけられたので敵とは思わなかったのか、彼らの臨戦態勢が僅かに緩んだ。

「俺は鷹郷藤丸、お前らの主に仇なす者だッ」
「なっ!?」

 藤丸が太刀を引き抜き、それに霊力を纏わせて振り下ろす。
 その鋒から放たれた霊力は轟音を以て敵陣を襲った。

「郁、殺れ」
「おうともっ」

 郁以下、旗本衆たちは自分たちの倍はいるであろう敵兵に得物をしごきながら突撃する。
 飛び道具を介しない白兵戦であれば、彼女たちは負けないだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 だからこそ、藤丸はそっと馬から降り、茂みへと身を躍らせた。

「茂兵衛、いるんだろ?」

 すぅっと背後に複数の気配が湧き上がる。

「護衛、頼むな。・・・・でも、会話は聞くなよ」
「・・・・・・・・・・・・御意」

 不承不承ながらも納得したのか、気配が方々に散った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それを確認し、藤丸は歩みを進める。
 植生に覆われているが、獣道がしっかりしているのか、不思議と歩くことに支障はない。だが、周囲の景色は代わり映えせず、迷ってしまうかも知れない。
 そんな小さな樹海のような場所を少しだけ歩いた藤丸は木々が開けた場所へと出た。
 その場所は明るければ錦江湾や桜島が見下ろせるはずである。

―――ザリ

「こんなところで何してる?」

 そんな光景を見下ろしている巫女装束の少女へと問い掛けた。

「それはそっくりそのままお返ししますよ」

 少女は驚くことなく振り返る。

「ここがどこか分かっておいでですか?」

 護衛も連れずに立っていた少女は笑っていた。

「さあ、早くここから離れて下さい。まもなく、敵の忍び衆がここを見つけ―――」
「止めろよ」

 作り物のような笑顔を向ける少女に吐き捨てる。

「その面の皮、外せよ。他は騙せても俺は騙せねえぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が分かるの?」

 笑顔を固まらせた少女は藤丸が刀を納めた瞬間、唇をとがらせて拗ねて見せた。

「あなたに何が分かるの?」

 藤丸は何も答えない。

「"霧島の巫女"として生まれ、そして、私のせいで死んでいく人間に対する申し訳なさが分かる!? ねえ、分かるの!?」

 これまで冷静な表情と、年不相応の判断力を持った「霧島の巫女」はいない。
 そこにいるのは己の重圧に苦しみ、涙するひとりの少女だ。

「分かる。俺も・・・・俺も失ったからな」

 目を閉じると、自分に向けて銃口を向けていた男の顔が浮かぶ。
 彼は当初、敵に見せかけて対峙し、藤丸の意志を試した。そして、従うに値すると判断した後、本当に命を捨ててまで仕えてくれた。
 そんな彼と彼に従った者たちが作った時間に、藤丸は生きている。

「それに・・・・俺は見た」

 再び言葉を遮った藤丸はゆっくりと少女との距離を詰めながら話し出した。

「紅蓮の炎に包まれて絶叫する男」

 ポタリと具足に付着していた返り血が地面に落ちる。

「我が子を抱いて命乞いをしていた母親が背後から子どもごと串刺しにされた」

 具足と太刀の鞘が擦り合い、金属音を奏でる。

「何より、絶望的な戦いだというのに決して諦めようとしない騎士たち」

 手を伸ばせば触れられる距離まで近付いた藤丸は伏せられている視線を合わすように腰を折った。

「それが今の霧島だ」
「・・・・ッ」

 ビクリと紗姫の肩が震え、伏せられた視線が藤丸を睨みつける。

「だから、それがみんな私のせ―――」
「―――俺のせいだな」
「・・・・え?」

 三度遮られた事に憤るよりも、告げられた内容にポカンとする紗姫。

「俺が王族に生まれ、鹿児島城を脱出して内乱なんぞ引き起こしたからこそ・・・・今の惨状がある」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「王族には・・・・その国に住む者たちを幸せにする責務がある。兵を起こし、国を守るのもそのひとつだ」

 かつて、藤丸は父に教わった。

『父さんたちの仕事はこの国の人がひとりでもつまらないことで泣くようなことがないようにすることだ。それを覚えておきなさい』

「だったら、だったら尚更、私さえいなければ・・・・ッ」
「巫山戯るなよ」

 ぐっと藤丸は手を伸ばし、紗姫の胸ぐらを掴む。
 おそらく、籠手の金属が胸に食い込んでいるが、気にする余裕はない。

「"霧島の巫女"がいなければ、龍鷹侯国は龍鷹侯国ではない。王と対等な立場にあることのできる者がいるかいないかで、国の質というのは変わる」

 軋むほどの強さで生地を掴んでいるが、藤丸の口調に変化はない。

「他の大名家は完全に絶対王制だ。その王の人徳が少しでも歪めば、狂気の歯車は回っていく。龍鷹侯国は"霧島の巫女"が存在することで、その歯車を止めてきた」

 長い龍鷹侯国の歴史上、名君は少なくとも暴君は少ない。
 そのことを評し、かつての帝はこう言った。

『西の重鎮、鷹郷家に暗愚なし』

「俺とお前で・・・・この内乱を終わらせる。そうすれば、この内乱で犠牲になった人たちに対し、塚を作って供養すればいい」

 すぐ目の前にある紗姫の瞳から涙が溢れる。

「悪い言い方だけどな。『ひとりでも泣くようなことがないように』っていうのは単純に量比で図ることができるんだよ」

 そう、どうしても戦になれば犠牲が出る。
 例え勝てたとしてもその過程で犠牲になった人たちがいる。

「どう足掻いてもどう立ち回っても犠牲は出るんだ。なら、俺たちにできるのはその犠牲を・・・・犠牲として認識して相応の行動を起こせるかどうかだ」

 目の前の悲劇を回避することはできる。だが、その行動のおかげでより大きな悲劇を引き起こしては意味がない。
 目先のことを考えるのは誰でもできる。しかし、国の行き先を考えて決断できるのは王族しかいない。

「子どもに生まれてくる家を選べない。それは事実だ」

 涙で潤む瞳を睨みつけ、藤丸は言葉を紡ぐ。

「だけどな。生まれた家、環境に相応しい大人になるかどうかは生まれ落ちてからの生き方次第なんだよ」

 藤丸は一度だけ、公の紗姫に会った。

「お前は立派に"霧島の巫女"としての責務を果たしてる」
「だから、何?」

 落ち着いたのか、紗姫の瞳から溢れる涙は止まっている。

「結局、あなたは何しに来たの?」

 冷静に藤丸の胸に手を当て、霊力を弾けさせて胸ぐらを掴んでいた手を退かせた。

「ここは戦場よ。それも、あなたの戦略上には存在しなかったはずの」

 涙を止めた少女は藤丸に匹敵する戦略家の目を持っている。

「兵を掌握し、敵を引き込み、勝てる場所にて挑む。それがあなたたちが唯一生き残る方法じゃない」
「そうだな。だけど・・・・束の間の勝利のためにお前を失うのは痛い」

 例え、この一連の戦いで勝利したとしても、"霧島の巫女"が消えれば龍鷹侯国においての公的権力が侯王に集結し、もっともその地位に近い貞流が官軍になってしまう。

「それなら大丈夫よ。こんなことするやつでも、自分が官軍になることのできる、最大の要因を殺すはずがない」

 紗姫が歩き出し、すぐに藤丸の脇を擦り抜けた。

「おい、どこへ―――」
「迎えに、来てくれるよね?」

 紗姫は背中で腕を組み、跳ねるようにして振り返る。

「ここから私がいなくなっても・・・・来てくれるよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 藤丸は昔のことを思い出した。
 幼い頃、この場所でした約束のことを。
 あの約束は結局果たせなかった。
 だからこそ、同じ場所でする約束は本当に重要になる。

「ああ。迎えに行くよ。俺が生き長らえさせた軍勢を率い、貞流の下からお前を奪ってやる」


『安心して。ずっと昔からあなたのものよ』


「ん? 今・・・・頭の中で・・・・?」
「クス」

 藤丸の言葉を聞き、紗姫は一歩近付いて藤丸に手を差し出す。

「待ってるわよ」
「・・・・絶対行くからな」

 ふたりは少しだけ、だが力強く契約の握手を交わした。

「ふふ・・・・約束だよ」

 紗姫の口がそう動いた時、轟音が木々の間を駆け抜ける。

「―――藤丸様、佐々木勢本隊がこちらに急進しています。郁殿以下旗本衆の主立った面々は先程の場所に待機しています」
「茂兵衛か、分かった。すぐに行く」

 藤丸は轟音の瞬間に身を翻して走っていった紗姫を見遣り、彼女とは逆方向に走り出した。

(絶対に・・・・絶対に迎えに行くからな)

「―――っ!? 藤丸様、どこに―――」
「説明は後ッ。ここから離脱する。護衛部隊と合流後、東郷の地ではなく、霧島を縦断してえびのへと出るぞ。茂兵衛は手の者に連絡し、衛勝と直武に通達しろ」
「御意」

 藤丸は郁の反論を封じると、素早く自分の馬に乗る。

「巫女は?」
「潮時だ。奴は・・・・大丈夫だ」
「・・・・分かったわ」

 藤丸たちは息を潜め、佐々木勢本隊をやり過ごした後、護衛部隊と合流して一路、北を目指した。










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