第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 三



 鷹郷朝流死す。
 そして、鹿児島城内にて三兄弟が争い、長男・実流が謀殺され、三男・藤丸が実権を握りつつある次男・貞流の重囲を突破した。
 このふたつの報は激震を伴って龍鷹侯国を駆け巡った。
 民衆はともかく、武力を有する者たちは必ず起こるであろう内乱にどちら側につくか決断が迫られていた。
 単純に考えれば後継者として育てられ、鹿児島城の主として君臨している貞流に分がある。だが、藤丸は先の北薩の戦いで見事に聖炎国を手玉に取った戦略家だった。
 だから、多くの部将たちは動けず、とりあえず、緒戦は様子見に決した。
 それでも、貞流と藤丸、どちらかに付くことを早々に決断した者たちの戦いが始まろうとしていた。






鷹郷藤丸side

「―――急げっ、急いで別府川を越えるんだっ」

 五月一日、朝流の死から二日後。
 藤丸は馬上で麾下の者たちを叱咤していた。
 藤丸勢は当初の三〇名から三〇〇名近い戦闘員に増えている。また、非戦闘員も五〇名近くおり、その隊列は姶良郡の別府川南西二里の位置に達していた。
 強行軍は女子どもには辛いだろうが、仕方がない。
 藤丸たちは索敵は茂兵衛たちに任せ、ひたすら足を動かし続けていた。

「別府川を越えれば国分城までゆっくり行けるぞッ」

 すでに国分城には茂兵衛の手の者が駆け込んでいる。
 藤丸は国分城に腰を据え、鹿児島城での出来事を侯国中に知らせる気でいた。
 その後に訪れるのは内乱だろうが、藤丸は最早、龍鷹侯国を貞流に渡す気などさらさらない。

「―――申し上げますッ」

 突然、木々の間から黒装束の男が降ってきた。
 藤丸の護衛たちが馬上槍を突きつける中、その男は動揺することなく報告する。

「別府川東岸に多数の旗印を確認。その数二〇〇。馬印からその軍勢は武藤家教様と思われます」
「おお、それはまさしく迎えの兵に違いない」

 猛政がそう言うと旗本の猛者たちから力が抜けるようなため息が出た。
 さすがの彼らでも非戦闘員を抱えた逃避行は相当な苦痛だったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・どうかしましたか?」

 喜色を浮かべる旗本たちの中、藤丸だけが浮かない顔をしていた。
 それに気が付いて声をかけた猛政に藤丸はその表情のまま言葉を発する。

「猛政、武藤勢は俺たちを受け入れてくれるのか?」
「・・・・大丈夫なはず、ですが?」

 別府川を超えた先に立ちはだかる拠点――加治木城。
 鹿児島城と国分城を繋ぎ、薩摩―大隅を扼する交通の要衝として築かれた城である。ただ、国分城の補佐的役割から縄張りはそう大きくなく、大軍を迎えての籠城戦を展開するには役不足であった。
 現在の城主は武藤家教であり、家教は国分城主・鳴海直武の与力だ。
 北薩の戦いでも鳴海勢の与力として奮戦している。
 おそらく、鳴海家から連絡を受けて藤丸を迎えてくれるだろう。

「・・・・本当か?」
「何か心配事が?」

 猛政は眉をひそめて藤丸を見遣った。

「俺が敵ならば、まずはこの武藤家を取り込む。直武が味方になったのは俺が父上を殺すわけがないと分かっているからだが、俺は武藤家教とは面識がないからな」

 つまり、家教が藤丸を信用できなければ、別府川で藤丸勢を迎え撃つ可能性がある。

「一応、戦準備をさせておけ」
「・・・・分かりました」

 すぐに猛政は先鋒を駆ける郁に指令を送り、郁が藤丸の傍まで帰ってくると自身が前線へと出掛けていった。そして、先鋒で八〇名ほどの集団を作ると速度を上げて前進していく。

「後陣に三〇、非戦闘員の護衛に一〇〇を割き、残りの九〇は俺に続けッ」

 細かい部隊割りは旗本衆の副将が受け持ち、すぐさま行軍態勢が整えられた。
 軍勢と一般人の速度は違う。
 二里先なぞ、見渡すだけならばものの四半刻で到達できる。

「火縄を点火。臨戦態勢で行くぞ」

 藤丸本隊が別府川に辿り着いた時、猛政以下八〇名は別府川西岸に布陣していた。
 理由は武藤軍が簡易の柵の向こうに布陣していたからである。

「どうやら、藤丸様の心配は当たったようですね・・・・」

 猛政の表情は暗い。
 武藤軍と言えば龍鷹軍団の中でも有数の火力軍団である。
 それが半途撃つを実行すれば、それは二倍の敵でも攻めあぐねるだろう。

「突破、できるか?」
「難しいです」

 藤丸の問いに猛政は端的に答えた。

「この戦力では無理ですね。後ろの非戦闘員を通過させるだけの傷を与えることはできません」
「・・・・そうか」

 覚悟を決めるしかないかもしれない。

「―――藤丸様、新手です」
「―――っ!?」

 突然現れた茂兵衛にも驚いたが、彼が告げた言葉にも驚いた。

「別府川東岸を急進してくる軍勢があります。数は三〇〇であり、長井衛勝殿と見受けられました」
「長井家・・・・」

 鳴海家のもうひとつの与力であり、その先鋒を務めることの多い武闘派だ。

「敵味方のどちらかを求める使者を送れっ。その間に突撃態勢から防衛態勢に切り替えろっ」

 指示を出し、藤丸は己の武器を確認する。
 未だ、自分で命を奪ったことがない。だが、脱出戦であった鹿児島城とは違い、ここでは必ずそれが必要になる。
 待つこと四半刻。
 藤丸の眼前にはふたつの軍勢が布陣を終えていた。
 別府川東岸には武藤軍二〇〇が、藤丸から見て北方には長井軍三〇〇が布陣している。
 双方とも龍鷹軍団において精鋭に分類される軍勢だ。
 旗本衆とまともにぶつかれば多数の死傷者が出るに違いない。
 自分を守ろうと旗本衆たちは武器を手に両軍を睨みつけていた。しかし、手を出すことはできない。
 だから、だから、藤丸が動くことにした。

「・・・・藤丸様?」

 ゆっくりと陣の前へと馬を歩ませ始めた藤丸に郁が声を掛ける。だが、藤丸はそれを無視して三軍の中心へと進み出た。
 慌てた郁以下数人が駆けつけて周りを固めるが、武藤軍や長井軍、旗本衆は動かずに、じっと藤丸の行動を見守っている。
 何かしようとしている藤丸をとりあえず、待つことに三軍の意見が一致したのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 藤丸は川岸に立ち、辺りを見渡す。
 一町ほど後ろに旗本衆が布陣し、正面の川面の向こうには武藤軍、同じ川岸で二町離れた位置に武藤軍がいる。
 誰もが鋼鉄をまとい、陽光を反射する穂先を天へと立てた臨戦態勢だった。
 この場に集結した軍勢は約八〇〇。
 かつて、大口城に集った兵力と同数である。

「ここに集いし武人たちに告ぐッ」

 藤丸の声は霊力によって運ばれ、全兵の耳に届いた。

「今や、龍鷹侯国は俺と貞流兄さんのふたりに二分されようとしている。父上と実流兄さんが殺された今、周辺諸国にとって龍鷹侯国は組みやすきものに変貌したことだろう」

 聖炎国を中心とする敵が最も恐れていたのは鷹郷朝流が指揮する陸軍と鷹郷実流が指揮する海軍だ。
 その双璧を失った龍鷹軍団はただの兵の集まりに過ぎない。

「そんな情勢下で内乱などと愚の骨頂だッ。愚か者のやることだッ」

 三軍に属する兵たちは誰ひとり無駄口をきくことなく、いつの間にか風も止んだ空間で耳を澄ませていた。

「だけど、俺は敢えて戦うッ。貞流兄さ・・・・貞流は父上を殺し、実流兄さんを仕物に掛けたッ」

 藤丸の腰には彼にしては大振りの太刀がある。
 それは猛政から渡された鷹郷実流の愛刀だった。

「例え、貞流が正式な後継者であろうとも・・・・この国を任すわけにはいかないっ」

 両手を動かし、まだまだ重くて振り回すことのできない太刀を引き抜く。そして、それを震える腕で振り上げた。
 霊力を受けて輝く太刀に全軍の視線が吸い付けられる。

「敢えて・・・・敢えて俺は鹿児島に弓引く、逆賊となるッ」

 ドンッと藤丸の霊力が爆発し、暴風となって辺りに撒き散らされた。

「さあ、お前たちの返答はどうだ!? 鹿児島につくか、未だ根草なしの俺につくか、早々に決めろッ」

 周囲を固めていた郁たちはその霊力に翻弄され、三軍の前線でも感じられるほどの圧力。
 それは藤丸が王族、いや、かつて列島を統一支配していた皇族に連なる者だと充分に認識させるものだった。
 いきなり決断を迫る辺り、子供っぽさが抜けてはいない。だが、それ故に、飾らない言葉故に藤丸の思いは正確に伝わった。

(これでダメならこれまでだな・・・・)

 兵士たちが各々の指揮官を仰ぎ見る中、藤丸は内心冷や汗だらけだ。
 貞流が朝流や実流を殺したことは事実であるが、当然貞流はそれを隠しているだろう。
 そうなれば、敵味方の焦点は藤丸の言葉を信用するかしないか、であった。

「―――よくぞ、よくぞ言われた」

 静かだが、重みのある声が全軍を貫いて藤丸に届く。

「この、声は・・・・」

 声の方向へと藤丸だけでなく、その場の軍勢が向き直った時、一斉に旌旗が立ち上がった。

「あ・・・・」

 武藤軍の後方に翻る≪京紫に白の剣木瓜≫。
 それは生まれ育った場所にいつも翻っていたものだ。

「鳴海直武以下一五〇〇。藤丸様の下に駆けつけまして御座います」

 五町も離れた位置から届いた声と共に鳴海軍が片膝を付く。
 それと同時に武藤軍、長井軍も片膝を付いた。

「あ・・・・あぁ・・・・」

 藤丸は信じられない思いで、片膝を付いて自分に頭を垂れる武人たちを見遣る。
 それは鳴海直武、武藤家教、長井衛勝と言った部将たちが藤丸の指揮下に入り、龍鷹侯国に対して反旗を翻した、という光景だった。




「―――さて・・・・これからどうするか・・・・」

 あの対陣から一日、藤丸は今後のことについて思案に耽っていた。
 長井軍や武藤軍には直武がすでに話を付けていたらしい。だが、藤丸の決意を示すためにあの別府川の対陣を作り出したのだ。
 貴重な時間を使ったが、時間で得られるならば儲けものという戦力と信頼を貰った藤丸はその夜はぐっすりと眠れた。
 国分城には鳴海家の他、長井家や武藤家の非戦闘員たちが集まっている。
 長井衛勝は蒲生城を捨て、武藤家教は加治木城に籠城する気でいた。
 今、藤丸が自由に使える兵力は総勢二〇〇〇余。
 それでも貞流が集める兵力の半分にも満たない数だ。
 戦いになれば、軍勢の指揮は直武が執り、先鋒は衛勝に任せることになるだろう。だが、貞流も実戦指揮のできる武将であり、何より直武と双璧をなす有坂秋賢がいる。
 こうなれば、勝負は兵の数になるだろう。

(この状況を覆す手・・・・いや、何より次の一手をどうするか・・・・)

 その一手として、藤丸は今、霧島神宮にいるのだ。
 霧島神宮。
 天孫降臨の地である高千穂峰を臨む場所にあるそれは龍鷹侯国にとって特別な存在だった。
 どう特別かは侯王のみにしか語られることのない秘密だが、いつの時代でも鷹郷家は霧島神宮と共にあった。
 "霧島の巫女"に認められる。
 それが侯王継承の第一条件であった。

(貞流の侯位継承を邪魔すること。それがまず第一だ)

 戦力で負けている以上、大義名分を失えば藤丸はただの逆賊になる。

「―――お待たせしました、藤丸様。神官長及び巫女姫がお会いになられるそうです」
「・・・・分かりました」

 腕を組み、瞑想していた藤丸は神官の声に立ち上がった。
 ここには猛政や郁はいない。
 藤丸が連れてきた旗本衆は神宮の麓に待機していた。
 この神宮の本社を固めているのは霧島神宮独自の戦力――霧島騎士団だ。
 霧島騎士団は龍鷹軍団のように長柄隊、鉄砲隊、騎馬隊のように兵種分けされておらず、騎士たちひとりひとりが一騎当千の霊能士で構成されている。
 だから、野戦で軍勢とぶつかると勝てないが、不正規戦や屋内戦では無類の強さを発揮する。

「こちらです」

 神官が跪き、本殿の扉を開け放った。

「・・・・ッ」

 途端に鼻に衝く、濃い香の香り。
 鹿児島城の大広間に匹敵する板間の部屋には数十人の神官が左右に詰めており、上座に当たる部分は御簾によって隠されている。

(貴人気取りか・・・・?)

 そう藤丸は考えたが、"霧島の巫女"と言えば、国家権力に匹敵する重要人物である。
 そうそうに顔など見せられるはずもない。
 彼女たちは名や姿を売る戦国武将ではないのだから。

「龍鷹侯国第二二代侯王・鷹郷朝流が三男、鷹郷藤丸、ただいま参内致しました」

 藤丸は中央に進み出ると頭を下げた。
 御簾の向こうに巫女がいるが、その次席に位置する場所には霧島を実質的に支配する神官長が、その次には霧島騎士団の団長が座している。
 彼らを味方に付けることが今回の目的だった。

「長々しい言上は今回はよろし。藤丸殿はこの時期に何故、この霧島を訪ねられたか?」

 神官長が幼年の藤丸を不審げに見遣る。
 代表が幼年ならば、普通なら使者の者が来るはずである。

「此度の訪問、余の者に任せられぬ事ならば、それがしが自ら参った次第で御座います」

 藤丸は正式な場での言葉遣いを言いにくそうに口にした。だが、その言葉の内容はしっかりと集った者たちに伝わっている。

「―――朝流殿のこと、すでに霧島に届いております。藤丸殿に至っては父君をお亡くしにあそばされ、さぞお悲しみになられたことでしょう」

 御簾の向こうから、意外と幼い声が届いた。
 鈴の音のような綺麗な声は細く、未だ周囲の者たちを有無を言わせず従わせる威厳はない。しかし、藤丸と同年代と考えれば、それは恐ろしい落ち着き具合だった。

「父上のことは・・・・確かに悲しゅう御座います。ただ、それがしの身には喪に伏すことは愚か、葬儀を催すことさえもままなりませぬ」

 平伏していた姿から勝手に胡座を組んだ藤丸に神官長が眉を潜めるが、戦時と見た団長が咎めることなく質問する。

「長男、実流殿は朝流殿と同じく暗殺され、次男、貞流殿と藤丸殿は城内で一戦交えたそうな」

 屈強な武人のみが放てる鋭い視線が藤丸を貫いた。

「いったい、如何なる理由にて兄弟争いなされた? 朝流殿がお亡くなりになられたのならば、侯王は後継者たる貞流殿が継ぐべきであろう?」

 団長の一言は「謀反人たるは情報通り、藤丸ではないか?」と言うことだ。
 彼の言葉を裏付けるように護衛に付いていた騎士団たちの手が己の太刀に向かっている。

「それがしが参内致した理由はまさにその儀についてで御座います」

 藤丸は負けじと疑惑の眼差しに己の視線をぶつけ、叩きつけるように返した。

「父上及び兄上の暗殺は・・・・賊の手のものに非ずっ。全ては貞流の仕業に御座いますッ」
『『『―――っ!?』』』

 電撃に似た衝撃が広間に満ち渡り、誰もが息を呑む。
 この場を支配した、そう確信した藤丸はさらに続けた。

「貞流が父上、朝流を斬り殺した場にそれがしの家臣が居合わせて御座います。その者、忍びの者にあった故、貞流はすぐに賊の手のものと偽り、朝流の死を城内に伝え申した。その後、同じく忍びの手の者を使って、実流を暗殺。これは朝流の旗本衆頭目で、現在、山門前に待機せし加納猛政が息を引き取る寸前の実流より下手人の名を聞き出しており申す」

 一息に言い切った藤丸は周囲を見回し、結論づける。

「つまり、貞流は謀叛の末に侯王・鷹郷朝流を討ち、海将・鷹郷実流を討ち申した。さらにそれがしの命を縮めんと屋敷に兵を差し向けてきた。座して滅ぶは武門の恥。敵中を突破し、合流した旗本衆と脱出し、国分城に辿り着いた由に御座います」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 藤丸は貞流の非を鳴らす一方で、兄弟戦争に発展した理由も説明した。
 その理路整然とした物言いに団長が沈黙し、この場は完全に藤丸が支配する。

「それがしからの願いはただひとつ。後にやってくるであろう貞流に侯王の位を約束しないでいただきたい」
「貞流殿は来ると申すか?」

 神官長の問い掛けに藤丸は大きく頷いた。

「正規の手続きを踏んで鹿児島の主になったのではないだけに、貞流は大義名分を求めております。おそらくは早々に軍旅を行い、この霧島を支配下に収めんとするでしょう」
「ならば何を落ち着いています!? 即刻、藤丸殿は兵を率い、貞流殿を討ちなされ」
「―――無理でしょう」

 藤丸が否定するよりも早く、御簾の向こうから否定の言葉が出た。

「それができるならば、早々にしているはず。おそらく、藤丸殿が率いる兵力よりも貞流殿が率いる兵力の方が大きい」
「何故です? 謀反人は貞流殿でしょう!?」

 神官長は視線を御簾に向け、甲高い声を上げる。
 武人でない彼はこの霧島に野蛮な兵たちが押し入ってくることに恐怖を抱いたらしい。

「貞流殿が朝流殿たちを暗殺したなど、藤丸殿の陣営しか知らないはず。だとすれば、元々後継者と目され、現在も鹿児島城にて号令を掛けている貞流殿に従うはず」

(こいつ・・・・)

 同年代の、しかも、女というのに大した洞察力だ。

「それ以前に藤丸殿は譜代の家臣はなく、貞流殿には相川、有坂といった譜代に近い部将たちがいる。もし、諸将が動かなかったとしても持っている兵力に差がある」
「その通りです。我が軍も奮戦して押し返そうと努めまするが、押し切られるは必至」

 巫女の見識を認め、藤丸は己の要求を再度口にする。

「だからこそ、我らは大義名分が欲しい。そのために、貞流にそれを握られるのは辛いのです」

 場は貞流こそ賊軍であり、藤丸こそ官軍である雰囲気が形成されていた。
 ここで勝ちを得られれば、軍勢で敗走しようとも立て直せる。

「それはあなたたちの都合でしょう?」
「・・・・ッ、それは・・・・」

 その雰囲気を巫女は言葉の冷水を以て押し流した。

「事の真偽を確かめ、どちらが侯王に相応しいのか、どちらが西の果てを治めるに足るのかを判断するのは私です。あなたの見解は分かりました。結論は貞流殿の使者が参ってからに致します」

 巫女の言葉が藤丸の流れを押し潰し、感情に訴えられて藤丸側につきそうだった者たちも中立の立場を思い出している。

(こいつ・・・・ッ)

 藤丸は鋭い視線を御簾の向こうに放つが、何故か向こうも同様の視線をこちらに放っているような気がした。

(そう簡単にはいかせない、か?)

 今日はここまでだろう。
 神官長や団長はその職務においては優秀だろうが、大戦略に秀でているとは思えない。
 実質的には神官長が支配していると思っていたが、実質的にもこの"霧島の巫女"が支配しているようだ。

「―――謁見中失礼致しますっ」
「何事だ!?」

 騎士団員が転がるようにして本殿に入ってきた。
 すぐさま団長が応じるが、団員はまっすぐに藤丸を見て言上する。

「鷹郷貞流殿の軍勢、鹿児島城を進発し、別府川にて武藤家教殿と激突。兵の数で押し切り、今は盛んに家教殿が籠もりし加治木城を攻め立てておりますっ」
「・・・・来たかッ」

 藤丸は唇を噛み、押し殺すように声を放った。

「また、監視せし神官によると途中、長井衛勝殿の居城――蒲生城にて城下の者共、老若男女問わずに撫で斬りの模様です」
『『『―――っ!?』』』
「・・・・ッ」

 驚愕が場を席巻する中、藤丸は立ち上がる。

「巫女姫、本日はこれまで。それがしは軍の指揮を執らねばなりません」
「・・・・はい」

 火急の時に引き留めるものではないと分かっているのか、巫女は一言で面会終了を許可した。そして、藤丸は振り返ることなく、本殿から立ち去る。

「馬を用意せよッ。急ぎ麓まで行くっ」

 これが藤丸と巫女姫の、最初の会談だった。






加治木城secen

「―――ここまで苛烈とはな・・・・」

 加治木城の本丸で、硝煙に塗れた姿のまま武藤家教は呟いた。
 兵の喊声が近くで聞こえ、それに呼応するように銃声が鳴り響く。
 開戦当初は百を超えた自軍の銃火も敵の応射や熱を持って使用不可能になるなど、今では半数近くにまで減少していた。
 それでも、練度の高い鉄砲隊はひとつの斉射で数十人の敵を薙ぎ倒す。だが、敵もこちらが少ないことが分かっているので、攻め手を緩めることはなかった。

「本当ですね。どっしりと構えた戦では鳴海殿が一番でしょうが、このような猛攻は有坂殿の特徴でしょう」

 家教の弟――統教が感心したようにため息をつく。
 五月三日、国分城の支城である加治木城は落城寸前だった。
 今日の早朝に別府川で激突した時、武藤勢は貞流勢先鋒を散々撃ち崩したが、四〇〇〇もの大軍で押しまくる圧力に耐えかね、加治木城へと引き返した。
 この加治木城でも縦横無尽の働きを示したが、難攻不落ではない加治木城で、しかも兵力差が十倍以上ともあれば、勝負は決まっている。
 三ノ丸、二ノ丸と落とされ、三日の夜ともなれば残るは本丸だけだった。
 さらに本丸に残った兵もすでに一〇〇を切っており、落城は時間の問題だ。

「申し上げますっ。東方の道を制圧していた向坂勢が国分へと進軍を始めました。貞流殿本隊より抑えの兵が動いておりますが、しばらくの間、道は開く見込みでございます」

 物見の兵が帰り、その報告が家教の下へと届けられる。

「兄上、今こそ好機です。兵をまとめ、国分城へと退きましょうっ」

 統教が膝を進めて進言した。
 家教は窓から敵勢を見下ろしたまま、弟の言葉を聞いている。

「ここで死ぬは犬死にです。敵軍の進軍、確かに留めました。たった一日ではござりますが、あの聡明な藤丸様は行動を起こしておられるでしょう」

 統教が言った通り、武藤勢が貞流勢に与えた戦果は大きかった。
 急襲したはずが、加治木城という小城に阻まれ、また、卓越した鉄砲戦術に三〇〇余名の死傷者を出している。
 軍勢の一割に届こうかとする損害はたかが三〇〇の武藤勢相手には多すぎた。

「統教、ならばそなたの手勢は退け。そして、藤丸様をお助けせよ」
「・・・・・・・・兄上は?」

 縋るような目を向けられ、家教は快活に笑う。

「俺はこのまま残り、貞流殿の手勢に目に物を見せてくれるわ。それに俺がここで派手に戦えばお前も退きやすいだろう?」

 そう言って家教は手入れの終わった火縄銃を窓から突き出した。そして、目当てを付けるや否や撃ち放ち、最前線で指揮を執っていた足軽頭を撃ち倒す。
 怯んだ寄せ手に武藤勢はここぞとばかりに矢玉を浴びせ、敵を撃退した。

「今だ。統教、脱出しろッ」

 寄せ手の圧力が緩んだ。
 そう判断した家教は大音声で命令する。

「・・・・ッ、なれば、兄上、失礼しますっ」

 唇を噛み締めた統教が身を翻し、彼が指揮する四〇名が搦め手から脱出するため動き出した。

「退け退けぇっ」

 武藤勢副将として恥じぬ射撃術を見せ、統教は手勢を率いて搦め手に犇めく敵勢を撃ち崩す。
 最初の一撃で馬上の武士たちを残らず打ち払われた敵勢は足軽たちが右往左往するだけで、統教勢の突撃を阻止できなかった。
 刀槍が煌めき、慌てて刀を引き抜く足軽たちを大地へと沈める統教勢の背後で、壮絶な射撃戦が始まる。
 その射撃戦は加治木城城将・武藤家教が討ち死にするまで続いた。










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