第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 二
「―――はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」 貞流は朝流の寝室にて肩で息をしていた。 未だ血刀は引き下げられ、その鋒からは父の血が滴り落ちている。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 室内には鉄錆の匂いが満ち溢れ、それは徐々に室外へと漏れ出していた。 護衛の旗本たちが変事に気付き、駆けつけてくるのは時間の問題と思われる。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 それでも貞流は動くことができなかった。 ―――カタッ 「―――っ!?」 天井裏での物音に気付いた貞流が振り返ると同時に彼は背後へと太刀を振るう。そして、金属音と共に天上から降ってきた者が吹っ飛んだ。しかし、その影は壁に着地すると反動でこちらの足下に転がり込み、"何か"を掴み上げる。 「・・・・ッ、それは・・・・ッ」 朝流が渡そうとした政治体制の原案。 それは朝流が亡くなった今、遺言状と同じ効力を発揮する。 「・・・・ッ」 思わず手を突き出すが、その手目掛けて先程太刀を弾いた棒手裏剣が放たれた。 咄嗟に回避した隙に侵入者は踵を返して正面の障子から本丸御殿の庭へと飛び出していく。 「で、出会え、出会えっ、曲者じゃっ」 貞流は覚悟を決め、大声で旗本衆を呼び寄せた。 決別scene 「―――馬を曳けっ、本丸へ行くぞっ」 鷹郷朝流急死の報は鹿児島城中に広がっていた。 いくつもの早馬が城門を飛び出す中、その城門は難く閉められ始める。 それは表向き、侵入者を逃がさぬための配慮であるが、本当は鷹郷一門を外に出さぬための貞流の策であった。 貞流の目的は言うまでもなく、海軍を掌握する鷹郷実流と二ノ丸に居を構えた鷹郷藤丸のふたりである。 「それはダメです」 馬に乗り、住居から出ようとした藤丸の前に完全武装の郁が立ちはだかった。 「退けっ、郁」 藤丸から霊力の奔流が立ち上り、砂塵を巻き上げる。 「ダメと言ったらダメ」 「う・・・・」 ここ数日で驚くほどの速度で霊力の制御法を学んだ藤丸だが、その威力は師匠たる郁には通じない。 郁の方が完全武装な分、凄みがあった。 「状況が分からない以上、無駄に出歩くことは危険です」 「その状況を分かりに行くんだっ」 藤丸は護身用に下げていた刀を引き抜き、馬上から郁へと突きつける。 それに応じ、郁も持っていた大斧槍をわずかに構えた。 「・・・・ッ」 周りの旗本衆や加納家の兵士が思わず後退るほどの圧迫感が両者の中に生まれる。 「―――藤丸様、しばらくお待ち下さい」 一触即発のふたりの間に突然、影が湧き上がった。 「・・・・ッ、何者!?」 郁は突然現れた影に武器を向け直すが、藤丸は違う。 「茂兵衛かっ。ちょうどいい、本丸はどうだ?」 「・・・・本丸は今、貞流様の兵が占拠しており、加納猛政様以下旗本衆は各城門へと配備されています」 影のある口調に違和感を感じた。 「藤丸様・・・・お耳を」 「あ、うん・・・・」 それを悟った茂兵衛がすすっと体を寄せてくる。 「御館様は暗殺されました。・・・・貞流様に」 「なっ!?」 衝撃を伴った言葉をまるで肯定するかのように門扉が叩かれた。 「貞流様の家臣、佐々木弘綱であるっ。藤丸様に問いただしたき儀これにあり。即刻開門願おうっ」 威圧的な物言いを訝しんだ兵が外を見遣って驚愕の声を上げる。 「な、に・・・・?」 そこに展開していたのは、鎧兜こそ身につけていないが、武装した三〇名ほどの兵士たちだった。 「どうして・・・・?」 「兵を二ノ丸へ向けよっ。急ぎ制圧するのだっ」 有坂秋賢は本陣を敷いた本丸最大建造物――天守閣の中で麾下の兵に下知した。 彼は知らせを受けると居城にいた全戦力を完全武装の形で鹿児島城に進駐する。そして、天守閣に籠もってしまった貞流に代わって全軍の指揮を執っていた。 「貞流様。本当に・・・・よろしいのですね?」 天守閣の大広間。 そこにいるのは上座に座る鷹郷貞流、その傅役で側近である相川貞秀、黒嵐衆頭目の霜草久兵衛、そして、有川秋賢の四名だった。 「いいも悪いも、もう戻れはしない。こうなれば、罪を着せて邪魔者を排除するのみだ」 貞流は薄暗くなってきた空よりもずっと暗く呟く。 「書状を持って逃げたというその透破。おそらくは我が愚弟、霜草茂兵衛でしょう。奴は藤丸様に付けられていました」 「・・・・何を思って奴があそこにいたのかは知らんが・・・・利用させてもらうだけだ」 相川が言う通り、貞流たちは霜草茂兵衛を利用していた。 朝流を暗殺したとされる忍びは藤丸の手の者であり、それを根拠として藤丸を召喚する。 当然、藤丸は反抗するだろうが、そうなれば圧倒的兵力で押し潰せばいい。 「問題は・・・・海軍だ」 海軍の長である鷹郷実流は藤丸贔屓で有名だ。 それを討つ根拠がない。 「貞流様・・・・では、我らが・・・・」 「・・・・できるのか?」 久兵衛が言いたいことが分かった有坂が問う。 「幸い、賊は忍び、ということになっております。それを利用し、実流様を仕物にかけます」 「暗殺と申すか・・・・ううむ」 有坂が腕を組んで唸るが、貞流は決断した。 引き返すことはできない。 そう、自分で言ったのだ。 「よし、それで頼む」 「御意・・・・」 その言葉を呟くと、久兵衛の姿が霞むようにして消えた。 「申し上げますっ。藤丸様の屋敷、包囲完了いたしました。現在、門扉は閉められたままであり、召喚に応じられるかどうかは分かりません」 障子の向こうで片膝をついた伝令が一息に言い切る。 「包囲したのは?」 「佐々木様です」 「佐々木の小倅か・・・・」 相川が呟いた。 佐々木弘章は先の北薩の戦いで討ち死にした。 弘綱はその嫡男であり、貞流軍の若手大将のひとりである。 「佐々木は初期に飛び出した者です。武装していても甲冑は着ておりません」 「包囲しただけでは防衛線は薄いな。万が一、敵が打って出た場合、抑えきれるか・・・・」 「急ぎ、兵を差し向けましょう。あそこには加納郁がいる」 有坂は手配するために立ち上がった。 「加納家・・・・猛虎の一族、か・・・・」 「―――賊を探し出せっ」 加納猛政は手の者を率いて哨戒していた。 本人がいたはずの本丸御殿で朝流が暗殺され、彼は焦燥に駆られている。 旗本衆は二度までも役に立たなかったのだ。 藤丸のおかげで若干、名声を取り戻した旗本衆だが、再びそれは地に落ちた。 「せめて・・・・せめて仇を・・・・ッ」 彼らの思いはひとつであり、自然と周囲を警戒する集中力が跳ね上がる。 だからか、鹿児島港にある詰め所での異変に気が付いた。 「おい、どうした・・・・ッ!?」 詰め所の扉横にもたれ掛かるようにしてぐったりとしている海軍兵士。 「―――っ!?」 その首筋には真っ赤な傷跡がある。 猛政は視線で抜刀を命じ、猛政以下、旗本衆十四人は詰め所内に躍り込んだ。 「こ、これは・・・・」 そこらかしこに転がる海軍兵士の死傷者。 「大丈夫か!?」 慌てて手当に回る兵士たちを尻目に猛政は動けなかった。 「どういうことだ・・・・」 海軍と言えども不安定な船内で白兵戦を行う彼らの戦闘力は侮れない。 それをほぼ一撃で葬り去った奴らの実力に震撼する。 「これは・・・・針?」 ひとりの遺体を見遣った兵士が言った。 「針?」 「はい。・・・・他の方々も暗器と呼ばれる武器で・・・・」 「不正規戦・・・・。忍びと言うことかっ」 ならばこれをしたのは朝流を殺した奴らに違いない。 「探せっ。・・・・いや、実流様は無事かっ」 猛政はそれまで不意打ちを警戒した足取りから速度重視で詰め所を駆け抜けた。 「実流殿ッ」 バンッと音を立てて障子を開け放つ。 「ムッ・・・・」 途端に匂ってきた香りに鼻を塞いだ。 「これは・・・・香炉・・・・?」 畳の上に置かれた壊れた香炉から未だに漏れる香り。 それに危険を感じた猛政はとりあえず、その香炉を回収しようと足を踏み入れた。 「―――ぅ・・・・」 「―――っ!? 実流殿!?」 声の方を向いた猛政は驚愕に身を強張らせる。 「猛政、か・・・・」 そこには襖に身を預け、肩から脇腹まで袈裟懸けに斬り裂かれた実流がいた。 その手元には彼の愛刀が転がっており、傍には数人の海軍兵士が倒れている。 「・・・・謀叛にでもあったのですか?」 海軍兵士の死因は実流の太刀だ。そして、実流の怪我も海軍兵士の持つ刀によって付けられていた。 「・・・・分から、ん。突然、皆・・・・豹変し、て・・・・それから・・・・ガフッ」 「ああっ、すみません。喋らせて」 バタバタと旗本衆がこちらに駆けてくる音がする。 同時に詰め所の外にも軍勢の気配が伝わっていた。 それは突入すると同時に呼んでいた旗本衆の増援である。 「よい。・・・・聞け、猛政・・・・」 「・・・・はい」 眸の焦点が合っていなかった。 傷は深く、致命傷のようだ。 「その香炉を持ってきたのは・・・・霜草久兵衛だ」 「久兵衛・・・・」 それは貞流に付けられた黒嵐衆の頭目ではないか。 「まさか・・・・」 本丸を占拠し、その守備隊であった旗本衆を分散させたのは貞流である。また、各地に伝令が派遣され、鹿児島城に集結するように命じられた諸将は皆、貞流の一派であった。 それ以外、例えば鳴海家などは街道の封鎖及び民衆の慰撫などでその戦力は分散している。 「猛政様っ。先程、藤丸様の邸宅が包囲されたとのことッ」 「何っ!?」 電撃が全身を貫いた。 (藤丸様が・・・・危ない・・・・ッ) 「猛政・・・・行け。貞流、は・・・・藤丸も、殺す気だ・・・・」 立ち上がっていた猛政は実流を見下ろす。 「頼む、弟を・・・・海軍、も・・・・援、護を・・・・・・・・」 「分かりました。今度こそ、今度こそ守って見せます」 「よく、言った・・・・ぞ・・・・・・・・――――――」 実流の全身から力が抜け、わずかに指に引っ掛かっていた太刀が音を立てた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 猛政は実流の遺体に頭を下げると、遺品となった太刀を拾い上げて叫ぶ。 「行くぞ、我らが存在意義を今度こそ果たすッ」 「「「応ッ」」」 居並んだ猛者たちは得物を振り上げて鬨の声を上げた。 「―――召喚に応じねば力尽くになりますぞッ」 佐々木弘綱の言葉は脅しではないのだろう。 邸宅は幾人もの兵士によってすでに包囲されていた。 「貞流兄さんは俺を殺す気なのか・・・・」 馬上にいる藤丸の周りに彼を支持する武力が集っている。 「藤丸様、これが貞流様に御館様が手渡そうとしていた書状でございます」 「・・・・ああ」 十四才の少年には身内の愛憎劇など衝撃的すぎた。だが、それでも王族として誇り高くあろうとする藤丸はそれを抑え込んでいる。 『第二二代龍鷹侯国侯王、鷹郷朝流は隠居して鷹郷貞流に家督を譲る。ただし、政治体制は以下の通りとする。 一、国家運営や大戦略を担当する宰相を設立。初代宰相を鷹郷藤丸に任じる。よって、藤丸は急ぎ元服すること。 一、海軍は鷹郷実流に任せ、鷹郷貞流は陸軍を指揮すること。 一、三人力を合わせ、龍鷹侯国をよく守ること。 一、貞流は他の兄弟と共に霧島神宮に参拝し、その巫女によって継承の儀を果たすこと。 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・』 (な、何・・・・これ・・・・) 藤丸は実流を中心にした勢力が藤丸を侯王にしようと動いていることを知っていた。 だから、朝流が自分を擁立したいという考えを貞流に話したから暗殺されたのだと思っていたのだ。 「何なんだよ、これッ!?」 書状に書かれていたのは紛れもなく、貞流に侯位を譲るというものだ。 「どうして、貞流兄さんは・・・・ッ」 くしゃっと書状を握り潰し、本丸の方を睨みつける。 (兄弟三人でこの国を治めるのが嫌だったのか?) 「―――ええぃ、このままでは埒が明かぬっ。全軍突撃ィッ」 「弘綱様、それは・・・・ッ」 「うるさいわっ。『鷹郷藤丸殿は侯王――鷹郷貞流様の召喚命令を無視。謀叛の疑い有りとしてこれを討つ』ッ」 屋敷の外が慌ただしくなり、殺気が膨れ上がった。 「郁様、囲みおる兵がひたひたと押し―――ヒィッ!?」 物見櫓に上っていた兵に向け、十数の矢が射掛けられる。 それは盾に阻まれたが、物見の兵は驚きで落ちてきた。 「く、応戦だッ。座して討たれるは武士の恥ッ」 郁が大戦斧を手に玄関へと走る。 屋敷とはいえ、城門ほどの防御力はない玄関など物の数分で破られるに違いない。 「藤丸様、急ぎ脱出の準備を。ここでの戦は不利です」 「・・・・分かった」 茂兵衛の言葉に藤丸が頷くと、彼の傍に複数の気配が湧き上がった。そして、それは影のような黒衣をまとった人となる。 「藤丸様の身はこの茂兵衛がお守りいたします」 音もなく、片膝をついた十数の忍びに囲まれた藤丸は自らの手でこの戦乱となった国を生き抜くと決めた。 「貞流兄さん・・・・いや、鷹郷貞流」 藤丸は甲冑を手に寄ってきた侍女たちに体を預けながら呟く。 「父が認めようとも、俺が認めない。・・・・父の仇、必ず討ってやるッ」 宣言と同時に玄関の木戸が吹き飛び、佐々木勢が雪崩れ込んできた。 「―――はぁっ」 郁は玄関を踏み越えた敵勢に霊力の塊をぶつけた。 彼女の膨大なそれは津波の奔流を逆流させ、赤い飛沫の雪崩へと変貌させる。 「お前ら、ここが鷹郷藤丸様の住居と知っての狼藉かッ」 他の旗本が声を荒上げ、侵攻を止めようとするが、それが無駄なことはこの場の誰もが知っていた。だから、郁は極めて正確に敵の数を減らしにかかる。 「せっ」 甲冑も着ていない彼らに対し、大斧槍は豆腐を裂くように簡単に切り倒せた。 郁が敵中に躍り込み、一閃するだけで一角が崩れ、敵兵は血泥の海に沈んでいく。 旗本衆の中でも一、二を争う白兵戦力である郁の前に佐々木勢は屍の山を築いた。 「く、この化け物めっ」 佐々木弘綱が槍を片手に呻く。 他の攻め口からも攻撃しているが、敵は強く、なかなか奧にいるはずの藤丸にたどり着けない。 (他は・・・・大丈夫ッ) 包囲していた軍勢は五〇名ほどだったらしい。 だったら、目の前にいた三〇名が主力だ。 その主力も半分は打ち倒し、残りも時間の問題だった。 「佐々木弘綱殿。佐々木家の命運を握っているようだけど・・・・運がなかったわね」 奇声を上げて飛び掛かってきた彼の護衛を一撃で大地に沈めた郁は蒼白になっている弘綱に言う。 「くっ」 突然、弘綱が背を向けて走り出した。 「なっ!?」 逃げるとは思っていなかった郁は一瞬だけ躊躇してしまう。 その一瞬で郁の間合いから離脱した弘綱は撤退を叫び、玄関から出ていった。 「待てッ」 逃がすはずもなく、追撃に出る。しかし、玄関を踏み越えた郁は止まらざる得なかった。 「詰み、だな。加納郁」 勝ち誇る弘綱の前には片膝をついた十数名の鉄砲隊や鎧兜に身を包んだ完全武装の兵たちが布陣している。 「見下げ果てた小者ね、弘綱。それでは先代が泣くわ」 唾棄したい思いのまま言葉を叩きつけた。 それが癇に障ったのか、弘綱は激昂する。 「うるさいっ。謀反人が人並みの口をきくなっ」 弘綱が片手を挙げると鉄砲隊が射撃態勢に入った。 火縄の焼ける匂いが鼻に衝き、揺らぐことのない銃口がピタリと郁に向けられる。 「くぅ・・・・」 如何に霊力に優れようと銃弾を退ける術はない。 事象を引き起こすことができれば、また話は別だが、郁は身体能力強化に特化しているので無理な話だった。 (前に・・・・ッ) 被弾は免れないだろうが、甲冑の硬さと自身の頑丈さを信じて前に出る。そして、弘綱の手が振り下ろされようとした時――― 「「「ギャアアアアアアアア!!!!!」」」 郁を追い抜いた黒い金属の奔流が鉄砲隊を襲った。 「な、に・・・・?」 悶絶する鉄砲隊とそれに驚く徒歩武者たちの傍に黒い影が立ち上り、彼らは小太刀を振り回す。 血飛沫が舞い、十数人が朱に染まった。 それは本当に一瞬のことで、現れたと同じく突然、彼らは掻き消える。 「どういうこと・・・・?」 「―――よく時間を稼いだ」 「・・・・ッ」 制止の声に振り返るとそこには完全武装の藤丸以下十数名の兵士や侍女たちが並んでいた。 「これから鹿児島城を脱出する」 その力強い宣言に呼応し、各攻め口から敵を追い返した藤丸の精鋭たちは目の前の軍勢へと襲いかかる。 そこらかしこで干戈が交えられ、鉄砲隊が落とした鉄砲を拾った忍びたちが筒先を揃えて援軍に来た敵勢に発砲した。 バタバタと敵兵が倒れるも、この城はもはや敵の軍勢に満ちている。 数の上では敵うはずもない。 「城門へっ。三ノ丸へ降り、そこから脱出するぞっ」 護衛の隙を衝き、寄せてきた徒歩武者に霊力が籠もった刀を叩きつけた藤丸は手綱を引いて進路を変えた。 「城門攻防戦はここよりも激しくなりますよっ」 たたらを踏んだ敵兵を吹き飛ばしながら郁が言う。 「でも、今じゃないともっと敵兵は増えるッ」 「ああ、もうっ。でしたら、こんなところで斃れないで下さい、ねっ」 大斧槍を一閃し、城門方面にいた敵兵を吹き飛ばした郁は先陣切って走り出した。 「みんな郁に続けっ」 猛攻に怯んだ敵兵を置き去りにし、藤丸勢は駆けに駆ける。そして、何故か手薄だった二ノ丸と三ノ丸を繋ぐ城門を突破し、三ノ丸へと乱入した。 「むっ」 角を曲がった郁が立ち止まる。 それに伴い、続いていた藤丸勢は足を止めた。 「謀反人、鷹郷藤丸ッ。観念しろっ」 「けっ、もう謀反人扱いかよ」 藤丸ははるかに格下の物頭の物言いに呟く。 三ノ丸の広場にて待ち構えていたのは二〇〇名を超える軍勢だった。 藤丸勢は精鋭とはいえ、足弱を連れた四〇名弱。 茂兵衛以下黒嵐衆の忍びたちがいても、鉄砲隊や弓隊を連れた正式な備と戦うには兵力が足りない。 「如何に強くとも・・・・鉄砲には勝てまいッ」 鉄砲隊との距離は二〇間(約36m)で、必中距離と言えた。 藤丸勢は悔しそうに歯を食い縛る。 間合いに入れば無類の強さを発揮するも、その間合いの外から攻撃されればどうしようもない。 これが鉄砲が普及した最大の理由だ。 「はは、ここで滅べ、謀反人ッ」 「―――それは、非常に困るな」 闘志に満ちた声と共に炎が鉄砲隊に叩き込まれた。 煙硝に引火したのか、大爆発が起きる。そして、それに巻き込まれた鉄砲隊が悲鳴を上げて転がった。 「全員突撃ッ。藤丸様と合流及び城門を確保しろっ」 馬に乗った偉丈夫は大太刀を振るい、再び炎の事象を起こして敵兵を吹き飛ばす。 その雄姿は藤丸が見知ったものだった。 「猛政っ」 「父上っ。―――ええぃ、こっちも突撃ィッ」 正面と右側、二方向に敵を持った軍勢は意外と脆かった。 頼りにしていた鉄砲隊が霊術によって壊乱し、白兵戦に優れた部隊が突撃したことも原因だが、一番の要因は加納猛政が引き連れた軍勢によってその兵力が拮抗したことだった。 「藤丸様、遅れてすみません」 「よい、許すッ」 敵中で合流した両者は短い言葉を交わし、再び敵へと向き直る。 猛政は大太刀を振るって敵兵を斬り立て、藤丸は霊力の波動で矛先を逸らす。 周囲は怒号と悲鳴に満ち、血潮が噴き出す修羅場となっていた。 藤丸たちは足弱を取り囲むようにして戦ってはいるが、当然、それでは突破力に劣る。だが、猛政が連れてきた兵力が何とか進軍を可能にしていた。 「それで・・・・ッ、猛政はどうして・・・・ッ」 「実流様に託されましてなッ」 猛政は見事な手綱捌きを見せ、寄せてきた徒歩武者を大上段から振り下ろした大太刀で真っ二つにする。そして、迸る血潮を嫌がることなく浴び、さらにもうひとりを斬り倒した。 「実流兄さんが?」 「・・・・はい。気になるでしょうが、詳しい話はここを切り抜けてからです。ただ―――」 先鋒を率いていた郁が霊力の奔流で敵の最後の壁を押し流す。 「海軍は味方と言うことですよ」 猛政の言葉と共に数十挺の一斉射撃を上回る轟音が大気を叩き、着弾の衝撃が城を揺るがせた。 「石火矢かッ」 一貫目を超える鉄弾を数発喰らった櫓が倒壊し、城壁の漆喰が吹き飛ぶ。 海上からの攻撃が弱点と言える鹿児島城はその海上を守るはずの海軍主力艦隊から艦砲射撃を受けていた。 海上を単縦陣で航行する安宅船から撃ち込まれる砲弾に貞流勢は為す術もなく、右往左往する。 「今だ。全軍城外へ出よッ」 戦っている敵兵に揺らぎが見えた。 それを見て取った猛政は下知を下し、確保していた城門へと駆け出す。 三の丸さえ突破してしまえば後は城下町を駆け抜けるだけである。 「父上は藤丸様を連れて先へ」 郁はいつの間にか手に入れていた馬に乗り、敵勢へと突撃しながらそう言った。そして、それに対する返事はいらないとばかりに轟音混じりの奮戦を開始する。 藤丸以下足弱たちは郁の奮戦を無駄にしないよう、できる限り急いで鹿児島城から脱出した。 「―――逃がした、だと?」 天守閣の大広間で貞流は眉をひそめた。 「はっ、申し訳ありません」 視線の先では返り血や自身の傷の手当てもせずに佐々木弘綱が平伏している。 「ふむ、しかし、旗本衆が丸々寝返っては・・・・城内の乱戦では勝てぬか・・・・」 城内戦闘による被害は大きかった。 手負い討ち死には一〇〇人近くに上り、海軍の砲撃によって倒壊した城内施設も多い。 「加納猛政、なかなかに思い切ったことをする・・・・」 加納猛政以下旗本衆三〇〇はことごとく鹿児島城から消えていた。 猛政と行動を共にしていなくとも、各城門の守備に回っていた彼らは簡単に城外へ脱出。 その行方を眩ませていた。 「さてさて・・・・藤丸はどこへ行くのか・・・・」 艦砲射撃による城内の混乱を掌握するのに手こずった貞流勢は未だ追撃部隊を出していない。 それどころか藤丸勢の捕捉すらできていなかった。 「藤丸様はおそらく、鳴海殿と合流しようとしているのではないかと思われます」 「ん?」 平伏していた弘綱が頭を上げ、自分の意見を口にする。 「鳴海直武殿は藤丸様の育ての親とも言うべき人物。その嫡男である鳴海盛武は藤丸様のよき理解者とのことです」 「ふむ、なるほど」 「私が言うのも何ですが・・・・藤丸様に逃げられた以上、国を割る戦になりましょう」 申し訳なさそうに肩をすくめながら弘綱は続けた。 「そうなれば国分城の鳴海直武殿、蒲生城の長井衛勝殿、加治木城の武藤家教殿は敵になりましょう。その他に大口城、人吉城、小林城も先の戦で弱からぬ関係が築かれております」 「霧島を中心にした三国にまたがる領土、か」 「はい。ただ、範囲は広いですが、街道の未整備などが要因となり、軍勢の集結は難しいかと」 弘綱は淀みなく言うと、貞流の小姓が持ってきた地図に木の棒で示した。 「まずは大口城を手に入れ、人吉城との連絡を遮断し、小林城を牽制します」 交通の要衝である大口城は堅固な作りだが、城代以下の兵力は三〇〇であり、貞流軍の占領を阻める数ではない。 「また、国分城へ至るまでの城――蒲生城、加治木城を陥れ、国分城を攻略します。日向方面からの援軍を阻み、大隅衆が動き出すまでに藤丸を討てば、それでこの戦は終わります」 「なるほどな。敵は未だに統率の執れていない烏合の衆。こちらは父が殺された時点で招集をかけた軍勢だ」 その的確な状況判断に貞流は今後の方針を決定した。 「これより俺と有坂、貞秀、向坂は主力を率いて蒲生城、加治木城を攻略しつつ国分城へと向かう。植草は大口を降し、人吉城と小林城を牽制しろ」 貞流は決断すれば早い。 すぐさま早馬が出され、城下に集結していた貞流本隊、相川勢、有坂勢、植草勢、向坂勢、佐々木勢など貞流方、総勢六〇〇〇が大軍を以て藤丸を踏み潰そうと動き出した。 |