第一戦「噴き上がる戦火の燎原」/ 一



―――シャンッ

 鈴の音がとある神殿に鳴り響く。
 神殿の所々にある霊装が反応し、その音をより一層高く反響させる。そして、その音は下界の山々へと蕩々と流れ出し、ゆっくりと浸透していく。

「―――――――――」

 その旋律に合わせ、朗々と紡がれる言の葉。
 人の脳を蕩かせ、その心の向こうにある本音を導き出す悪魔の囁き。
 理性という防衛機構を破壊し、欲望の渦巻くままに全てを利用する獣へと人を変貌させる人が奏でる音階。

―――シャンッ

「―――――――――――」

 その悪意を振りまく少女はゆっくりと弓弦を引く。
 番えられる矢はなく、その的は視界には見えない。しかし、彼女は捉えていた、この国の最奥に位置する一室で頭を抱える子羊の姿を。

(悪く、思わないでくれ)

 そっと指の力を緩める。

(これも、世界のためだ)

 常人には見ることのできない【輝線】が夜空を裂いて西方へと飛翔した。






鷹郷藤丸side

「―――ははは、藤丸、初めて兵を動かしてみてどう思った?」

 鵬雲二年四月二〇日、鹿児島城。
 龍鷹侯国は聖炎国との激戦で傷ついた領土を癒すため、国庫を開くと共に川内決戦主義の見直しなど、国家戦略の立て直しに迫られていた。

「少し融通が利かないな、と思いました」

 部将たちはそれぞれの領地に戻って軍勢を再編しているし、農民たちは急ぎ田植えができる状態にまで田畑を修繕している。
 同時に国境付近の出水城には平時の倍近い戦力が駐屯し、国境を睨みつけていた。

「聖炎国軍の集結を知ってから実際に軍勢が集結するまでに時間がかかりすぎています」
「・・・・それは仕方ないだろう」

 軍勢の核となる兵たちはそれぞれの領地に分散している。
 それを統括する領主を従えることでその地域の戦力を掌握することができる。だが、いざ戦になるとその分散している兵を揃えて集結させなければならない。
 それは本城やその他の拠点から半鐘や烽火、早馬などによって知らせて駆けさせなければならなかった。
 自然と「通告→準備→各領主の元へ集結→本城へと集結」という順番となり、時間がかかる。
 兵の行軍速度が日速約六里なので、領土が広がれば広がるほど集結には時間がかかった。

「だからこそ、敵の情報がいち早く入るようにしているのではないか」
「そうなんですけどね・・・・」

 鳴海直武父子も鳴海勢を引き連れて国分城に帰還していたが、鷹郷藤丸は鹿児島城に滞在していた。
 彼が鹿児島城に帰る原因となった父――鷹郷朝流は驚異的な回復力を見せ、今では布団から体を起こし、話をするまでに回復している。
 ただ、まだ政務を執ることができないので、側近である加納猛政に城内のことを任せ、国政は鷹郷実流や貞流、鹿屋利直が担っていた。

「黒嵐衆は確かに役に立ちます。敵に気付かれることなく、敵の正確な情報を手に入れてくれます」
「ふむふむ」
「しかし、その情報を活かすにはやはり軍勢が戦える段階に至るまでの速度は不可欠です」
「とはいえ、兵の大部分は農民。彼らは平時には農作業という仕事があるからなぁ」

 こういう状態を半農半士と言い、地方の豪族たちに当てはまる。そして、その豪族たちを組織的に運用するのが大名なのだ。

「旗本衆のようにはできないのですか?」

 旗本衆は全て士分で構成されている。そして、鹿児島城下に留め置かれ、いざ戦争となればいつでも出撃できる態勢にあった。

「藤丸よ。何故、あれだけ強い旗本衆が三〇〇か分かるか?」
「? いえ?」
「それはな。金だよ」

 旗本衆は金がかかるのだ。
 武器弾薬はもちろん、彼らの日々の生活までも国が面倒を見る。
 言わば、旗本衆の維持費は戦時のそれに匹敵するのだ。
 それは多大な出費だった。

「全軍を旗本衆のようにすると・・・・とても他国と戦えるような数は揃えられないのだ」
「そうですか・・・・」

 やはりその辺りは朝流も考えたことがあるようだ。

「―――御館様」
「ん? おお、猛政か」

 障子の向こうで片膝を着く偉丈夫の影が映る。

「藤丸様は来られていますか?」
「ああ、ここにいるぞ。・・・・・・・・って、準備ができたのか?」
「はい」
「準備?」

 話について行けず、藤丸は首を傾げた。

「藤丸。そなたはしばらく鹿児島に滞在するのだろう? だったら部屋を用意しないとな。生憎本丸御殿は全て部屋が埋まっているでな。二ノ丸に用意させた」
「同時に護衛として旗本衆から一〇名。我が加納家の者たちを付けます」
「藤丸。新居を見てこい」
「は、はい。失礼します」

 藤丸は一礼して父の寝室から辞した。そして、猛政を連れて二ノ丸へと下っていく。
 前線では未だ殺伐とした雰囲気だろうが、本城である鹿児島城は平時の姿を取り戻しつつあった。しかし、朝流が暗殺されかけたこともあり、旗本衆だけでなく、黒嵐衆も周囲に目を光らせている。

「二ノ丸に用意させていただきましたが、他の部将とは屋敷構造が違います。元々は分家の方が入る屋敷なので」

 二ノ丸は本来、武家屋敷が建ち並ぶ一角である。
 城は防衛施設でもあるが、政庁としての機能もあり、必然的に平時から多くの人が寝泊まりできるような構造になっていた。

「分家は断絶して久しいからなぁ。それでその屋敷を住める段階まで掃除したのか」
「はい、侍女連中が腕まくりをして突貫していきましたよ。途中、幾人かの武士が力仕事を押し付けられてましたけど」
「平時は女が強いなぁ」

 藤丸は幼い頃に城を抜け出して遊んだ少女を思い出す。

(元気にしてるかな、あいつ・・・・)

「あれです、藤丸様」
「ん?」

 猛政が指差したのは白塗りの壁に城門を模した門扉のある屋敷だった。そして、その前にはひとりの少女を中心に10名の男たちが立っている。

「お帰りなさいませ、藤丸様」

 中央に立っていた少女は十六、七歳くらいだろうか。
 質素な小袖に身を包み、華奢な印象を受ける。

「これより藤丸様の護衛隊長をすることになりました」
「・・・・はい?」

 聞き間違いだろうか。
 この長い黒髪を腰辺りで結った少女は「護衛隊長」と言った。
 何の冗談か、彼女の細腕では到底扱いきれぬであろう大斧槍が傍らに置かれている。

「紹介しましょう」

 猛政が掌で少女を示しながら言った。

「彼女が藤丸様の護衛を務める加納郁。恥ずかしながら私の長女です」
「ちょっと、父上、恥ずかしいってどういうことですか?」

 頬を膨らませ、父に食って掛かる姿はどう見てもただの少女である。

「おいおい、冗談だろ? 俺も一応、武術は囓ってる。こんな女の子に守られるほど弱くはないぞ」
「むっ」

 カチンと来たのか、少女はこちらを睨みつけた。そして―――その後の行動は見えなかった。

「あれ?」
「教えて上げるわ、坊や」

 いつの間にか見上げる形になっていた少女はニンマリと微笑みながら言った。

「お姉さんへの口の利き方に気を付けることね」

 ズンッと顔のすぐ傍に振り下ろされる大斧槍。
 その柄は少女の小さな手が握っている。

「・・・・あれ?」
「こら、郁。ダメじゃないか」
「だって、父上」

 優しい声で怒られ、郁と呼ばれた少女は渋々と大斧槍を持ち上げた。そして、肩に担ぐ時にドンッと音が鳴るが、少女の体は身じろぎしない。
 その光景を呆然と眺めながら上体を起こした藤丸に猛政が申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。この娘、姿通りの娘扱いをされることに憤りを隠せないようで。先程の非礼、伏してお詫びします」
「いや、いい。誰にでも譲れないことはある」

 そう大人の言葉を紡ぎながらも藤丸はポカンと郁を見る。

「この娘の怪力のことですか?」
「怪力言うなっ」

 握り拳を作って力一杯否定するが、その時踏み締めた足が地面にめり込んでは説得力がない。

「この娘の霊力はほぼ全てが身体能力の強化に向いています。なまじ強力な霊力のために生半可な男たちでは敵いません。事実、旗本衆でも一、二を争う重騎兵です」

 前戦では鹿児島城に残り、本丸の防衛に就いていたという。

「戦闘能力は保証します。ただ、その・・・・そこいらの侍女の能力を求められると・・・・・・・・辺りが破片だらけに」

 猛政が郁から視線を逸らす。
 周りを見れば、他の旗本たちも視線を逸らしていた。

「う・・・・ぅぅ・・・・」

 自身も自覚があるのか、顔を真っ赤にして俯いている。

「ま、まあ、人には向き不向きがある。俺は女であろうと強ければ気にしないぞ、うん」
「よかった。この通り、能力はありますが、女なので実は配属先が決まらなかったのですよ」

 猛政はほっと息をつき、父親の顔を見せた。

「郁は旗本衆と加納家の家人との両方を指揮します。もし、藤丸様が直卒したいのであれば郁と相談して下さい」
「分かった」
「それでは、失礼します」

 猛政が一礼して本丸の方へと歩き出す。
 旗本衆の頭目である彼の詰め所は本丸御殿なのだ。

「さ、こっちですよ、藤丸様」

 郁は先程の興奮が幾分冷めたのか、やや落ち着いた声音で藤丸を新居へと誘った。



「―――ふぁ」

 藤丸が鹿児島城で生活するようになってから三日が過ぎた。
 父の容態は安定しており、龍鷹侯国は国境に展開していた警戒軍を撤退させつつある。だが、未だ鹿児島城には南薩を中心とする軍勢が五〇〇〇、川内城には一〇〇〇、最前線である出水城にも一〇〇〇、その他の北薩の拠点にも合わせて二〇〇〇、合計九〇〇〇が完全武装で駐屯していた。

「暇だ・・・・」

 縁側に座って茶を啜る藤丸。

「暇だ暇だ暇だ」

 無理矢理初陣を終えたとはいえ、藤丸は軍を率いる身分ではない。
 彼自身の戦力と言えば護衛隊長を務める加納郁以下三〇名(侍女や下男も含む)だけだった。
 それではひとつの円居を率いることはできない。

「ならば武芸の訓練でもしたらどうですか?」
「郁か」

 ズシリと重い大斧槍を肩に担ぐ小柄な少女は、呆れた表情で藤丸を見下ろしていた。
 彼女は藤丸を特別扱いせず、自然な態度で振る舞っている。
 その武人の生き様に感心はするが、自分にはできないことだと諦めていた。

「いい。また軍学書でも読むさ」

 座っていた体勢からごろりと横になる。

「はぁ・・・・そんなだから女みたいなんですよ。少しでも武芸の訓練をしていれば、日焼けでもして男の子らしくなるんじゃないですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 今まで触れてこなかったが、藤丸の容姿は少女然としていた。
 幼い時から病弱であったことも起因した線の細さに、色白のきめ細かい肌。
 光を反射する大きな瞳に艶やかな唇を持った「美少年」だが、初見の者には少女に見えるという。
 それが藤丸のコンプレックスであったために誰も触れようとしなかったが、同じく外見にコンプレックスを持つ郁は容赦なくついた。

「ほらほら。藤丸様は私と違ってまだまだ成長しますよ〜。・・・・運動すれば」

 郁は大の大人顔負けの馬鹿力を霊力によって発揮できる。
 その霊力がなくとも大斧槍を危なげなく振り回すが、彼女の身長は五尺(約150cm)ない。
 今年で十四才になる藤丸よりも若干、背が低かった。

「とりあえず、刀くらい満足に使えないといざ出陣という時に困りますよ」

 一応、その程度は使えるのだが、郁と比べられれば子ども同然だ。

「・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 藤丸は立ち上がるとこちらを見下ろす郁に言う。

「教えてくれるんだろうな?」
「いいんですか? 私が教えると・・・・次の日が辛いですよ?」

 にっこりと楽しそうな笑みを浮かべた。
 少しも遠慮する気がないというのに形だけの言葉を放つ。

「とりあえず、この暇な日々が吹っ飛ぶような刺激的なものだったら何でもいいぞ」
「その言葉、後悔しませんね?」
「男に二言はないっ」

 「女」と言われた藤丸はその否定の意味を込めて力強く宣言した。



「―――はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 四半刻経ち、藤丸は先の言葉を後悔していた。
 打ち据えられた痛みで全身が麻痺してきているし、何より「反則」だと思う。

「さあ、どうしたんですか?」

 庭の中央に仁王立ちする郁。
 その手には何の得物も握られていなかった。

「こちらは無手。藤丸様は竹刀を持ってます。それなのにどうして当てられないんですか?」
「それは・・・・ッ」
「それは?」

 言葉と共に放たれる【力】の奔流。
 何の事象にも顕現していない、霊力の圧力を受けた藤丸は後退る。

「ひ、卑怯だろ!? これじゃ近付けないっ」
「戦いに卑怯も何もないですよ。それに、一見普通に戦っているように見えてこういう【力】が激突しているのが戦場なんです」

 確かに武将たちが突撃した場所には足軽たちが何もできずに宙を舞う光景がよく見られる。
 これは足軽たちが武器を突きつけるも武将が霊力の籠もった攻撃で文字通り薙ぎ払うからだ。

「藤丸様にはこういう戦闘を学んでもらいます。例え自身に武術の才はなくとも、こういった戦いができれば、護衛が駆けつけるまでの時間稼ぎはできるでしょう」

 これが郁が藤丸に付けられた理由。
 病弱である藤丸の線は細く、見るからに武器を持って最前線で闘う武将にはなれない。だが、霊力は皇族らしく、常人以上だった。
 それを鍛え、それを使った戦い方ならば武将はともかく、足軽ずれに遅れを取ることはない。
 それを郁は体で教えようとしていたのだ。

「まずは私に触れてもらいます」

 縁側に腰掛ける郁はめんどくさそうに、欠伸混じりに言った。

「全ての話はそれからです」






鷹郷貞流side

「―――どうすれば・・・・」

 本丸御殿の一角で鷹郷貞流は頭を抱えていた。
 彼の周りには側近である有坂秋賢、傅役である相川貞秀、その他に植草憲正、向坂由種など数名が集まっている。

「藤丸様は二ノ丸の分家邸に居を構えられたそうです。また、その護衛には加納猛政の娘、加納郁が付けられました」

 報告するのは霜草久兵衛で、黒嵐衆の一派を率いていた。
 因みに藤丸に付けられた霜草茂兵衛の兄である。

「父上が藤丸を呼び戻した・・・・・・・・」

 その事実が貞流の精神を痛打していた。
 先の北薩の戦いでは主力軍を率いて大敗。
 その後、追撃戦では武功を上げたが、作戦指揮能力に難有りと断じられても反論できない失態であった。
 それに対し、藤丸は寡兵を以て人吉包囲軍を撃破し、さらには敵国深く攻め込んで補給路を脅かし、最終的には撤退させるという武功を上げている。だが、それ以上に北薩の戦いを主導したという戦略家としての恐るべき才能を示していた。
 正直、藤丸がいなければ龍鷹軍団と聖炎軍団は未だ戦闘中だったろう。そして、押し返したとしても出水以北を失っていた可能性が高い。

「貞流様、まだ御館様は藤丸様を後継者として選ばれたわけではありませぬぞ」
「そんなことは分かっているッ」

 気を遣った家臣に怒鳴り返しはしたが、貞流は龍鷹侯国の君主としては藤丸には敵わないのではないかと思っていた。
 いざ戦場に相まみえてみれば勝つ自信はある。だが、それは同数で同条件だったらならだ。いや、兵力差があっても勝つ自信はあった。
 実際、貞流は戦場指揮においては一廉の武将である。
 さすがに龍鷹軍団を代表する有坂秋賢、鳴海直武とは並べないが、それでも与えられて兵力を堅実にやりくりすることはできた。
 全くの愚鈍というわけではない。しかし、それは「君主」に求められる才能ではない。

(俺は・・・・藤丸の家臣として一軍団を率いるだけの部将になるのか・・・・?)

 ずっと後継者として育てられてきた。そして、その自覚もあって努力してきた。
 それがただ一回の、されど最大級の国難で示された戦略にその日々が否定されてしまうのか・・・・?

「本日も藤丸様は御館様の寝所で今後の国政を話し合っているようです」
「このところ、評定もなく・・・・我ら部将は手持ちぶさたですな」

 有坂秋賢が不満そうに言った。

「先の戦で受けた傷を癒すのも大事ですが、これからの戦略を立てませぬと・・・・今後も受け身に回りますぞ」
「・・・・それは有坂、逆に攻め寄せようとでも言うのか?」

 相川貞秀が探るような目で偉丈夫を見遣る。

「左様。我々にとって水俣城は目の上のたんこぶ。これさえ奪ってしまえば、聖炎国はそう簡単にこちらには寄せてこなくなりましょう。また、敵水軍が壊滅しているならば、天草諸島を占拠する絶好の機会ではないですか」
「それは・・・・確かに・・・・」

 武断派と言われる彼らは軍事的観点でのみしか国家運営案を出すことができない。
 戦国時代ならばそれでいいのだが、大国同士でまとまってしまった今ではそれも考え物になっていた。
 だが、彼らはそれに気付かない。
 いや、気付いて無視しているのかもしれなかった。
 己たちの存在意義に関わるのだから。



「―――貞流、よく来たな」

 あれから三日、貞流は朝流に喚び出されていた。

「父上も、お元気そうで何よりです」
「はは、まあ、何とか命を繋ぎ止めたわ」

 からから笑う偉大な父に貞流は頭を下げる。

「申し訳ありません。久兵衛を中心とした黒嵐衆に探らせてはおりますが、一向に・・・・」
「よいよい。また、出てくるだろう。気長に待とうではないか」

 一度暗殺されかけたというのに朝流は呑気だ。

「引き続き、調査は続けます」
「ああ、その副産物として聖炎国の電撃作戦を事前に見破れたんだ。黒嵐衆は優秀だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 聖炎軍団主力の集結。
 それは龍鷹侯国の普段の情報収集力ならばまず分からないものだった。
 それだけ、聖炎軍団は隠密行動をしていたのだが、それも透破衆を国内に多く入れていれば意味がない。
 貞流は宿敵とも言える聖炎国が一番怪しいと考え、多数の透破を侵入させて証拠を探していたのである。

「その上、主力を率いて不利な野戦までして・・・・」
「・・・・申し訳ありません、せっかくの主力を磨り潰してしまい・・・・」

 あの戦いでの死傷者は多い。
 数千という戦力差であたら精鋭を失ってしまった。

「いや、お前はよくやった」

 垂れていた頭を撫でられ、貞流は顔を上げる。

「今回の戦で考えた」
「―――っ!?」

 来た、と思った。

「お前たち兄弟は特性が違いすぎる。実流は海軍、貞流は陸軍、藤丸は政治、光明は宗教。どれも国になくてはならぬことだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そして、藤丸と話し込んで決めた」
「―――っ!?」

(藤丸と・・・・それはやはり・・・・)

 貞流の中に暗い感情が湧き上がってきた。
 それと同時にどこからか鈴の音が聞こえてくる。

「儂は隠居することにする」

 朝流の声が静かに部屋に響いた。

「今回の事件で負った傷はおそらく致命傷になろう。今は元気でも再び戦場に立って戦うことは無理だ」

 周囲の喧噪が一層遠退き、鈴の音だけでなく、朗々とした歌声も聞こえてくる。

(いんきょ・・・・ということはさっきの話だと侯王の・・・・政治担当は・・・・・・・・・・・・)

 最悪な予想と共に何かが胸の中心を貫いた。

「次の侯王のことや政治体制についての子細はここに―――」

 朝流が貞流の様子に気付かず、懐から何か紙を取り出すが、貞流の手は別のものに伸びていた。
 加納猛政以下旗本衆が徹底した朝流の寝所付近での刀不所持。
 それは貞流も例外ではない。
 だから、彼の手は朝流の枕元に伸びていた。

「貞流? ・・・・ッ、何を!?」

 一瞬で鞘から引き抜かれた白刃が煌めき、血飛沫が舞う。

「はぁ・・・・はぁ・・・・俺が・・・・俺が龍鷹侯国の君主だ」

 それまで侯王だった男の遺体を貞流は憑き物が憑いたような表情で見下ろした。

「誰にも・・・・誰にもこの国は渡さない」






 鵬雲二年四月二九日、西海の雄――鷹郷朝流が没す。
 享年五二才。
 鷹郷朝流は皇族であり、時の帝からは侍従に任じられていた。
 通称、薩摩侍従として衰退著しい皇族の中でただひとり武威を張る。
 倭国中が内乱で忙しいことを機に中華帝国が琉球王国に侵攻作戦を決行した時も龍鷹軍団を率いて奮戦。
 敵軍に甚大な被害を与えて押し返した。
 その時に海軍を率いて中華海軍を撃破した長男――鷹郷実流。
 龍鷹軍団全軍出撃となった中華帝国の大軍との野戦決戦で武威を示した次男――鷹郷貞流。
 このふたりが龍鷹侯国の跡取りに近かった。
 中でも貞流は正室の息子であり、嫡男の座にあったのだ。
 誰もが朝流の後は貞流が継ぐと思っていた。
 そう。
 朝流が普通の死を迎えていたならば。










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