前哨戦「西海の果てに咲き誇る藤の花」/ 四



「―――敵輸送船団を発見ッ」

 見張り要員から大声が船橋に投げかけられた。

「方位、北北東っ。距離一里っ」
「戦闘用意ッ。大鉄砲、大筒、石火矢戦だっ」

 龍鷹侯国が他国に誇る強大な海軍。
 その旗艦で鷹郷実流は下知を下した。

「魚鱗の陣で一気に食い破るッ。沈めるのは二の次だ、まずは損傷を与えよっ」

 太鼓の音が甑海峡北方で轟く。
 その音に合わせ、大小二〇を超える軍船が魚鱗の陣形へと展開した。
 彼らは龍鷹海軍の本隊であり、同海域には指宿港を母港とする第二艦隊が行動中のはずである。
 第一艦隊の役目は阿久根港から黒之瀬戸までの哨戒及び敵船団の撃滅である。しかし、第二艦隊は敵の領土である牛深まで足を伸ばし、片っ端から敵船団を撃沈する役目を負っていた。
 その役目に応じて編成替えが行われており、第一艦隊に属していた安宅船は旗艦を残して全て第二艦隊に配備されている。
 よって、この海戦に参加するのは安宅船一、関船四、小早一五であった。

「敵護衛艦隊回頭っ。敵戦力、関船二、小早一〇っ」

 潮流に乗った龍鷹海軍は急速に敵水軍との距離を縮めていく。

「外戦の厳しさを知らぬ弱小水軍なんぞ蹴散らすぞっ」
「石火矢、撃てぇっ」

 艦首に備え付けられた青銅製の砲門から一貫目の鉄弾が飛び出し、両者の距離をゼロにするために飛翔した。






反攻作戦開始scene

「―――どうやら、主な部将は鹿児島へ撤退したようだな」

 まだまだ血の臭いが色濃く残る城内で聖炎軍団の重鎮たちは戦評定を開いていた。
 四月十五日、薩摩川内城。
 龍鷹侯国が長年野戦決戦のために用意していた城砦は今やその野戦決戦に勝利した聖炎国が占拠されている。
 この城を守っていた兵力三〇〇と激戦になったが、主力軍が敗走したことで士気が低く、攻防数刻で本丸は陥落した。
 城将やその他の名のある部将は討ち死にするか、自害するかで玉砕している。
 それは撤退戦で殿に立った軍勢も同じだ。
 この川内決戦で龍鷹侯国は一〇〇〇を超える死傷者を出している。
 戦闘参加人数の一割を大きく超えるこの損害は大きく、普通ならば再戦できる状況ではない。

「物見の報告では鹿児島城には色取り取りの旌旗が翻り、大隅衆が集結していることは確かのようです」
「チッ、再び六〇〇〇級の戦力とぶつかる必要があるか・・・・」

 聖炎軍団の被害も意外に大きかった。
 六〇〇余の兵が戦列から離れた今、鹿児島近郊で第二の野戦に参加できる軍勢は八〇〇〇余だろう。
 このままでは野戦に勝利したとしても鹿児島を落とすことはできない。

「王、ここは軍勢を返し、出水城を落とすべきと思います」
「景綱・・・・」
「出水城さえ落とせば、人吉に後詰めを送る大口も牽制できる。そして、人吉を落とせば大口を踏みつぶせる。大口さえ踏みつぶせば日向の援軍を遮断し、薩摩大隅間の要衝――国分城も射程距離に入ります」

 それは今しかできない。
 龍鷹軍団本隊に打撃を与えた今、北薩の軍事的拠点は孤立している。

「この戦で全てを終わらすには我が国力の限界を超えている、か・・・・」

 石高で言えば一〇万石ほど違う。しかし、その経済力で言えば二〇万石近い差があることになる。

「今ならまだ次の一手は先手を打てます。早々に決断を」

 名島景綱は膝を進め、火雲親家に頭を下げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 他の部将たちもふたりのやりとりに固唾を呑んでいる。
 心の中ではともかく、別の意見を述べようとするものはいなかった。

「―――それは少々遅くなりましたにございますっ」
「何奴じゃッ」

 スパーンッと血糊のついた障子を開け放った先には返り血か自分の血かは分からないが、真っ赤に染まった鎧武者が片膝をついている。

「戦評定中失礼致しますっ。それがし、人吉包囲軍に加わりし者、急使として罷り越しまして御座りますっ」
「人吉の・・・・何ぞやあったか!?」
「は、では報告いたします」

 使者の言上を聞くうちに表情に参加していた部将たちから戦勝の興奮が吹き飛んだ。
 彼の話を要約すると・・・・

 人吉城を囲んでいた軍勢は壊滅。
 龍鷹軍団の後詰めは人吉勢を加えて球磨川を北上して八代領へと侵攻。
 迎撃に駆けつけた留守居軍を蹴散らし、前線へ送るはずであった小荷駄隊を強襲。

「人吉が・・・・解放された・・・・」

 ここまではまだよかった。だが、それから続々と物見の兵たちが帰り、その報告を受けると部将たちの顔ははっきりと蒼くなった。
 天草諸島方面からの輸送部隊も龍鷹海軍第一艦隊の強襲を受けて壊滅。
 その母港としていた牛深港は敵第二艦隊による艦砲射撃で大打撃を受けたという。
 さらには鹿児島城に集結した大隅衆とは別に日向衆が大口城へと集結し、鹿児島で再編成された軍勢を鳴海直武が率いて川内川上流の宮之城へと到着した。
 それは鹿児島の軍勢と足並みを合わせ、分進合撃の構えだ。
 山地を越えるためにすぐには来ないだろうが、あと数日中に聖炎軍団は包囲されるだろう。

「くそ、いったい誰だ? こんな絵図に駒を広げるように軍勢を采配するものは・・・・」



「―――そうか、実流兄さんも動いたか・・・・」

 川内決戦から二日。
 ついに龍鷹海軍第一艦隊は黒之瀬戸を突破した。
 その後、牛深を沈黙させた第二艦隊と合流し、聖炎国の領海――八代湾を席巻するはずだ。

「と、なると・・・・敵軍ももうそろそろ動くな」

 鷹郷藤丸は八代南西部の寺に本陣を置き、絵図を広げて彼我の戦力を照らし合わせていた。
 周囲を固めるのは旗本衆一〇〇である。そして、彼の指令を受けた小林勢、枕崎勢、人吉勢、旗本衆の残りが敵輸送路を遮断していた。因みに大口勢は大口城に帰還し、新たな作戦の戦力になっている。

「万余の軍勢を一日養うのに米六〇石必要だ」

 輸送に使う米俵を四斗とした場合、その六〇石は一五〇個にもなる。

「占領したであろう川内城の蓄えを使ったとしてもその補給が断たれた今、物資は減る一方だ」

 さらに大口城に集結しつつある日向勢二〇〇〇が人吉から八代に雪崩れ込めば八代城は陥落しかねない。
 そんな危険を冒してまで龍鷹侯国内にいる必要はない。
 聖炎国が狙ったのは短期決戦であり、それが失敗した以上、敵は撤退するしかないだろう。

「若、もし敵が出水城を攻め寄せ、占領してしまった場合はどうします?」
「そうならないように大口城の軍勢は八代城ではなく、出水城を目指してもらう」

 すっと駒を移動させる藤丸。

「そうすれば、出水を通過しようとする敵軍は出水城から打って出ることを警戒し、及び腰になるだろう」

 二〇〇〇もの軍勢が入れば、確かにその軍勢が襲ってきても対応できるように相応の戦力を割かねばならない。

「そうすれば再編成した貞流兄さんの軍勢が追い打ちを掛けられる」

 藤丸は貞流率いる主力軍の敗北を聞いた時、それは貞流の失策ではなく、単純に兵力差であったと判断した。
 野戦の勝敗を分けるに当たって兵力差が占める割合は大きく、それを退けて勝つためには陣城などの設備が必要だ。だが、それも不完全だったので敗北した。
 藤丸はそう考えていた。

「それにしても・・・・戦場での駆け引きが勝敗を決めると思っておりましたが・・・・」

 旗本を統べる加納猛政は感心したように絵図を見下ろす。

「戦うだけが戦じゃないよ。むしろ、戦うことを躊躇させる抑止力を利用し、決戦回避不能に敵を追い込み、その時に敵戦力を圧倒できる戦力を叩きつける」
「つまり、戦う時は絶対に勝てる時、ということですか?」
「そういうこと。―――ん?」

 藤丸は気配を感じて庭先を見遣った。
 そこには小袖姿の女性が片膝をついている。

「聖炎軍団、退き陣にかかりましてございます」
「・・・・・・・・・・・・時来たり。全軍に通達。『川内の借りを返せ』」
「申し上げますっ」

 障子を壊さんばかりの勢いで開けた兵が転がるようにして平伏した。

「聖炎軍団の部隊が一里の距離にっ」
「―――っ!?」
「間道を通ったか。・・・・数は?」
「おおよそ二〇〇ッ」
「馬を持てっ。本陣は捨てる。烽火を上げろっ」

 藤丸は素早く立ち上がると部屋を出て出陣の準備を始め、それと同時に寺の一角から白い狼煙が立ち上る。
 この狼煙こそ、藤丸が企画した反攻作戦の合図だった。




「―――今度こそ・・・・今度こそ勝ぁつ!!」

 決戦から三日――四月十七日。
 川内を疾駆する軍勢の中心で鷹郷貞流は咆哮した。
 先鋒を彼の腹心――有坂秋賢が駆け、次鋒には南薩衆が、第三鋒には彼直属の軍勢が砂埃を立てて街道を驀進する。そして、その後方には鹿屋利直が率いる大隅衆三〇〇〇が続いていた。
 再び総勢六〇〇〇余にまで膨れ上がった龍鷹軍団は炎上して打ち捨てられた川内城を尻目に川内川を渡河する。
 この川は一刻半前に聖炎軍団が通過したことは分かっている。
 この当時の軍勢の進行速度は一刻に二里強だ。
 つまり、現在両軍の距離は単純計算で三里離れていると言える。
 ただ、これはただの行軍の場合であり、武器弾薬や兵糧を別輸送にした場合、その速度は跳ね上がる。

「烽火だっ」
「海軍からの合図かっ」

 貞流は藤丸が用意した戦略に乗ることを渋っていたが、事態は彼の気持ちを待ってくれなかった。
 敵軍が撤退したとなれば、指をくわえて見送るなどできるわけがない。
 追撃戦となれば藤丸が用意した戦略はピタリとはまった。
 海軍が大隅勢を輸送した輸送船に鉄砲や長柄、鎧兜などを乗せる。そして、薩摩半島を迂回させて阿久根港で受け渡しをするのだ。
 龍鷹海軍が保有する艦艇は例え輸送船であっても優速を誇る。
 倭国従来の艦艇の特徴である凌波性の高さと大陸の船が持つ帆、そして、竜骨という強度を兼ね合わせた艦艇は速度・防御力・操舵性に優れた優良船だった。
 その速度は時には一刻に五里も進むことがあり、乗り慣れた場所であれば随時それに近い速度で疾走することが可能だった。
 結果、最速で一日――十二刻で六〇里。
 鹿児島から阿久根までの航路は約三〇里。
 充分に武器弾薬を派遣できる距離だった。

「―――申し上げますっ」

 前線からひとりの早馬が駆けてきた。

「それがし、鳴海家に属する者にございますっ。『聖炎軍団は阿久根を通過。出水勢二〇〇〇も米ノ津川に布陣を完了しています』」
「うむ、敵が米ノ津川で足止めされている間に追いつけそうだな」

 龍鷹軍団の速度は聖炎軍団の五割増しである。
 阿久根からは同等とはいえ、阿久根に辿り着いた時には聖炎軍団は米ノ津川で日向衆と向かい合っているだろう。

「急ぎ、阿久根で武装しろっ。米ノ津川があるとはいえ、日向衆もそう足止めはできない。一刻も早く追いつくのだっ」

 戦略はともかく、軍勢を指揮させれば三兄弟の中で最も統率力に優れる貞流だ。
 いち早く再編した主力を掌握し、兵を率いていた。
 主力軍より先行した鳴海軍は完全武装で万が一、敵軍が反転してきた場合の備えである。
 龍鷹軍団の主力が怒濤の進撃をしている最中、主力軍とは別に肥後ではすでに干戈が交えられていた。


「―――急げ急げ急げぇっ」

 馬に乗り、軍勢を率いる藤丸の目の前で爆発が起き、敵軍の陣が崩れ立った。
 藤丸が率いる旗本衆は一騎当千の強者たちであり、集団戦よりも白兵戦に特化している。
 その関係か、全員が霊力を使って事象を引き起こす霊術を修得していた。

「突撃ィッ」

 最前線で加納猛政が大太刀を片手に敵陣へと突進し、縦横無尽に暴れ回る。
 その都度に敵足軽が五体を砕かれて宙を舞った。

(鉄砲とか、長柄隊がいなければ最強だな・・・・)

 彼ら旗本衆は本陣の最後の要だが、敵が鉄砲や長柄を前に侵攻してくればその戦力は半減する。
 言ってしまえばひとりひとりが武芸の達人だが、集団戦法を行うに必要な構成にはなっていないのだ。

「若、もう少しで水俣です」
「ああ、砲撃の音が聞こえる。水俣港には実流兄さんの艦隊がやってきているはずだ」

 藤丸たちは八代地方へと侵攻したが、その退路は険しい道だった。
 その道に慣れた人吉勢はともかく、藤丸たちの部隊には辛い道のりである。
 そこで藤丸は敵輸送路を遮断し、その一方で敵留守居軍を蹴散らして水俣まで駆けたのだ。
 水俣は龍鷹侯国側に突出した聖炎軍団の拠点ではあるが、城の規模は小さく、留守居の兵も少なかった。
 そこに藤丸率いる旗本衆とその他の軍勢が道を分けて侵攻する。
 結果、全てに兵を割いた結果、どこもかしこも足止めすることができずに突破されたのだ。

「急いで乗り込むぞ。海上に出てしまえば敵は追ってこられまい」
「若ッ」

―――ダダァンッ!!!

 水俣城下にて町屋の一角から十数発の轟音が鳴り響いた。
 それに伴い、数騎が馬上から振り落とされ大地へと叩きつけられる。

「く、伏せ撃ちかッ」

 猛政に突き飛ばされた藤丸は受け身を取って大地に転がっていた。
 幼い頃から城を抜け出し、しょっちゅう落馬していたことで身についた技能が役に立った瞬間だ。

「若、ご無事で!?」

 すぐに旗本衆の霊術での応射が始まり、町屋の木材などが爆風などで吹き荒らされる。

「猛政、お前こそ喰らったんじゃないのか!?」

 脇腹から血を流す猛政に心配された藤丸は彼に問い詰めた。

「き、傷はどうだ・・・・?」
「皆、大事ありません。旗本衆が展開する防護術式は六匁弾ごときでは打ち破れませんわ」

 それでも砕けた具足の破片は容赦なく肉を傷付けて出血させる。だが、それくらいの負傷で音を上げる旗本たちではなかった。
 彼らはすぐに立ち上がり、治療術式を発動させながら動き出す。
 それは逃げるためではなかった。
 彼らは自らが傷を負いつつも、藤丸を守るために踏みとどまって奮戦する。

「あ・・・・」

 その光景は彼らが生き延びたいから戦っているのではなく、本当に藤丸についてきているだけだと分かった。

「さ、若も早く」

 傷の痛みに耐えた微笑を浮かべながら猛政は手を差し出す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまなかった」

 そんな力強い手に向かい、藤丸はポツリと言葉を漏らした。

「え?」

 猛政は怪訝な顔をする。

「父上を守れなかったことで責めて悪かった。お前たちでもどうしようもなかったのだな・・・・」

 藤丸は涙で視界が歪むのが分かったが、それ以上に謝罪の気持ちで一杯だった。

「本当にすまな―――」
「旗本衆が王族の方々を守るのは当然です。むしろ、あの時はなじってくれなければ我々は自責の念で潰されるところでした」
「猛政・・・・」
「さ、急いで。海軍の艦砲射撃と言ってもそう敵軍を防げるわけではありませんから」

 傷の痛みなど感じていないとばかりに藤丸を引き上げ、馬へと乗らせる。

「応射はそれぐらいにしろッ。急ぎ波止場へ行くぞぉっ」

 猛政の大声に旗本衆は一斉に攻撃を止め、移動するためだけに神経を集中させた。



「―――ふむ、無事全員を救出したか・・・・」

 第一艦隊の旗艦にて鷹郷実流は報告を聞いた。
 錨を上げた輸送船たちはゆっくりと岸を離れ、今は南下を開始している。
 そこに乗るのは藤丸を筆頭とした旗本衆二〇〇と小林勢四〇〇、枕崎勢一〇〇の七〇〇名だ。

「よかったよかった」

 実流は十数隻の輸送船を関船や小早で構成された護衛艦隊が南へ退避していくのを見送った。
 彼が座乗する旗艦の傍には舳先を北に向けたまま、遊弋する艦隊がいる。

(後は任せよ、弟よ)

 視線を南から北に向け、実流は軍配を握りしめた。

「先頭艦との距離五町ッ」
「左砲戦よぉい」

 龍鷹侯国が誇る第一艦隊第一戦隊は一〇〇〇石積みに迫ろうかとする安宅船五隻が主力である。
 その安宅船には船首に一門、両舷に二門ずつと石火矢が備え付けられていた。
 第一戦隊の総砲門数は二五。
 その内、左砲戦を選択したのならばその数は一五である。
 一撃でも当たれば小早は轟沈、関船は中破以上の被害を受ける大型火砲は中華帝国のものである。
 国産化が進み、大国に分類される国の水軍ならば装備している代物だった。しかし、龍鷹侯国は種子島に置いた火砲研究所の技術を導入して他国を圧する火砲を搭載している。
 射程距離はそう変わらないが、命中率は格段に進歩していたのだ。

「関船以下の艦船、展開完了ッ」

 第一戦隊の周囲を固めていた龍鷹海軍の艦艇はその陣形を解き、各々が突撃態勢を整えていた。
 敵水軍も戦闘態勢を整えてはいるが、どこか悲壮感が漂っている。
 それもそのはず。
 龍鷹海軍が安宅船五隻、関船九隻、小早二〇隻以上を揃える大艦隊であるのに対し、聖炎水軍は安宅船一隻、関船五隻、小早三〇隻以上という陣営だった。
 小早こそ多いが、そもそも艦種の間には大きな戦力の隔たりがある。
 小早では安宅船はおろか、関船を攻略することは難しかった。

「てぇっ」

 轟音が第一戦隊で弾ける。
 距離三町で火蓋切られた海戦は圧倒的だった。
 第一戦隊を扇の要にし、関船を各備えの旗艦として鶴翼の陣形で臨んだ龍鷹海軍に対し、聖炎水軍は横陣で突撃する。
 これは小早を中心とし、各船での白兵戦が最終的な決着を生む水戦ならば常道な戦い方とも言える。だが、龍鷹侯国は石火矢や大鉄砲だけでなく、鉄砲や弓を駆使して遠距離戦に努めた。
 これに大打撃を受けた聖炎水軍は思う力を出すことができず、次々と船ごと破壊されて海へと放り込まれていく。
 一貫目の砲弾は容赦なく船板を砕き、鉄砲や弓は揺れる船上からでも的確に水兵を射抜いた。
 彼我の艦種というよりも、水戦における経験と戦術が違いすぎるのだ。

「海の男というものは哀しきものだな・・・・」

 戦力の違いなど敵将にも分かっているだろう。だが、領海に侵入されて何もしなかったなど、できるはずがない。
 陸軍は自分の金で軍勢を組織する面が強いが、水上戦力はほぼ全てが国の金であった。
 国の金でできた艦隊を使わないというのは国の威信を下げることに他ならない。

「その意地結構。ならば・・・・ひと思いに沈めてくれるわッ」

 実流は敵軍の中心で小早や関船が放つ鉄砲や弓をことごとく跳ね返し、鬼神の如き強さを示す敵安宅船を睨みつける。
 今まで第一戦隊の砲口は軽快な動きを見せる敵関船に向いていた。
 その甲斐あって、すでに三隻の関船が海面に破片をばらまいて水面に沈んでいる。

「目標変更ッ。敵安宅船、統一砲戦よぉい」

 船上で振られた采配を各船に伝える太鼓の音が鳴り響き、それぞれの砲口は安宅船に向けられた。
 "海上の城"と呼ばれる安宅船とはいえ、石火矢の集中砲火にいつまで耐えられるものではない。

「てぇーッ」

 実流の声の一瞬後、一五の砲声が八代湾に轟いた。






 後に「北薩の戦い」と呼ばれた一連の戦闘は龍鷹侯国、聖炎国の痛み分けとなった。
 緒戦こそ電撃作戦にて北薩・鹿児島近郊を主力とした龍鷹軍団を撃破した聖炎軍団だったが、鷹郷藤丸の機転と龍鷹海軍の軍事力によって長期戦の様態をなす。
 人吉城を開放した藤丸軍と海軍の反撃で補給路を断たれた聖炎軍団は撤退を開始する。しかし、出水勢と日向衆が米ノ津川北岸に布陣し、その撤退を妨害し、それを排除した瞬間に襲いかかってきた龍鷹軍団本隊の強襲を受けて聖炎軍団は敗走。
 また、領海である八代湾に侵攻した龍鷹海軍を迎え撃った聖炎水軍は全艦艇の八割を失うという大敗を喫していた。
 一見、聖炎軍団の被害の方が大きく見えるが、龍鷹侯国は北薩・人吉地方を蹂躙されている。
 特に時期が田植えを終えていたこともあり、両軍に踏み荒らされた田畑は見るも無惨だった。
 龍鷹侯国は経済力に、聖炎国は軍事力にそれぞれ痛手を被り、国境線は移動することなく、元鞘に収まっている。
 龍鷹侯国は英雄――鷹郷朝流なしでも鷹郷三兄弟の武威を示し、聖炎国は戦略次第では国力をものともしないことを教え、また教えられた。

「―――ふうん、龍鷹侯国、持ち堪えたのか。・・・・聖炎国も」
「は、双方とも思ったよりも盤石を築いている様子。さすがは西海道に古くから巣くっていた古豪に御座います」

 西海道のとある聖域にて「北薩の戦い」の詳報を聞く者がいた。

「特に龍鷹侯国の三兄弟。もし、彼らが力を合わすようなことがあれば・・・・」

 日ノ本最強と言っても過言ではない龍鷹海軍をまとめる鷹郷実流。
 実際に槍を突き合わせる戦場の駆け引きは父に劣らない鷹郷貞流。
 後方にあって全ての情報を駆使して必勝の戦略を立てる鷹郷藤丸。

「ふたりの兄の手綱をその藤丸というものが握れば・・・・脅威になるの・・・・」

 パチリパチリと扇子を広げたり、畳んだりと弄ぶ。

「はい。さらにさすがは精悍さに定評がある龍鷹軍団・・・・」
「今回削った以上に削る必要がある、と」
「はっ」

 黙考しているのか、沈黙が場を包んだ。

「・・・・・・・・分かった」

 御簾の向こうで報告を聞いていた少女は手に持っていた扇子をパチリと畳む。

「もう龍鷹侯国の周りに彼の国を揺るがせる存在はない。だったら・・・・」

 少女は御簾から少しだけ顔を出し、口元を綻ばせて宣言した。

「―――国を割る」










第一会戦 前哨戦第三陣へ  第一会戦 第一戦第一陣へ