前哨戦「西海の果てに咲き誇る藤の花」/ 二



 英雄である鷹郷朝流には四人の息子が存在した。
 長男である実流(ミノル)は朝流の部将としての気質を充分に受け継ぎ、事に海戦においては朝流に代わって総大将を務めることが多く、誰もが一廉の武将として認めていた。
 次男である貞流(サダル)は兄と違い、陸戦でその部将としての才を発揮し、その戦場に至るまでの作戦構築力もあった。
 三男である藤丸は病弱ながら利発さを出しており、今後の成長が期待されている。
 四男の光明は出家し、寺に入っている。
 彼ら四兄弟の侯位継承権はどうなっているのだろうか。
 普通で考えれば長男である実流が次期当主に相応しい。
 これは武家だけに限らず、どの一族でも誰もが納得する理由である。だが、名家や武家はそういうわけにはいかない。
 当主には正室と側室がいることが多かった。
 妻の中にも階級があり、その階級が生まれた子供にも適応される。
 つまり、正室の子どもは同年代――少し上でも――の側室の子よりも位が高いのだ。そして、それを鷹郷家において当てはめてみる。
 朝流には三名の妻がおり、正室である芳野の子は次男である貞流であった。また、実流は海将としては優秀だが、陸戦の指揮は執ったことがなく、総合的な能力がある程度求められる侯王には向かない。
 さらに藤丸は実流とはまた違う側室の子であり、その側室も他の妻たちと比べれば身分が低い。
 光明は実流と同母兄弟だが、寺に入っている。
 つまり、龍鷹侯国の時期侯王に最も近いのは正室の子であり、元服を済ませて一定の評価を得ている貞流と言うことになるのだ。
 だから、朝流が倒れた今、戦評定の上座に座っているのである。
 そんな貞流の意見が弟とはいえ、末席に座る初陣どころか元服も済ませていない小僧に反論されたのだった。






鷹郷藤丸side

「―――藤丸様、理由をお聞かせ願えませんか?」

 貞流が歯噛みしているが、有坂は議長として聞かずにはいられなかった。

「聖炎国がこの時期、それも大軍で侵攻作戦を展開しようとしたことには・・・・間違いなく、父上のことが伝わったからだと考えられます」

 事実、聖炎国は朝流に大敗して以来、大規模な戦闘を起こしてはいない。
 故に朝流の状態を聞き、好機と捉えて侵攻してきたのだ。

「そんな決戦覚悟の軍勢と決戦を行うなど、百害あって一利無し。ましてや、我らは総大将である父上を欠いています」

 藤丸は諸将の視線という重圧をはね除け、強い視線で辺りを見回した。

「これが当方の侵攻作戦であれば仕方がないが、これは防衛作戦です。防衛作戦の目的は『敵軍の撃退』であって、『決戦』ではないはず」

 納得したとばかりに鳴海を初めとした武功派の重臣たちが腕を組んだ。

「決戦を行えば、当方の被害もまた甚大になるでしょう。回避できる決戦で、徒に兵を損じては今後の軍事行動に制約がかかる」
「ならば、如何にしてその決戦を回避するというのだ? 相手はやる気なのだぞ?」

 苛ついた声音で貞流が言う。

「主戦場は出水から川内に至る場所であるのは間違いありません。しかし、もうひとつ、我らには戦線があります」
「人吉、ですな?」

 鳴海が周囲に理解を求めるように発言した。

「そう、人吉城。ここを攻囲する軍勢を撃破できれば、我が軍は球磨川沿いを侵攻し、逆に敵軍の退路を断てる」

 聖炎国は領内に予備兵力を残していると言っても北部に分散しており、南部にはわずかしかいないだろう。
 その状況で八代や水俣に龍鷹軍団が侵攻してしまえば退路どころが補給線すら断たれる。

「また、天草諸島方面からの輸送も海軍が封鎖してしまえば完全に遮断できる」

 聖炎水軍もいるが、海外戦争に慣れた龍鷹海軍の敵ではない。

「決戦に及ぶどころか、日干しになる可能性があるならば、敵軍は即時退却に移るに違いなしっ」

 この方が兵数で不利な野戦決戦を挑むよりもはるかに損害が少なく、容易に敵を押し返せるだろう。

「ひとつ訊くぞ、藤丸」
「はい」
「仮にその人吉に兵を向けたとしよう」

 貞流はそこで言葉を切り、勝ち誇った笑みを浮かべながら言った。

「ただでさえ少ない兵力で二正面作戦をしようというのか?」
「―――っ!?」

 藤丸は全身に衝撃が走るのが分かった。

「確かに藤丸の策は机上においては説得力がある。しかし、聖炎国は決戦を望んでいる。敵主力前面に展開する軍勢が少ないと見れば、一気に侵攻してくるだろう」

 川内で合戦が行われるのは必至。
 ならば、その合戦に全てを賭けようというのだ。
 藤丸の策は時間さえあればできないことはない。
 日向や大隅の軍勢が集結さえすれば、敵の主力をあやしつつ後方に回ることも可能である。しかし、敵は短期決戦を意識している。
 とてもではないが、数千の軍勢を回している余裕はない。

「―――評定中失礼しますっ」

 ガシャガシャと鋼が擦り合う音をさせ、庭にひとりの兵が片膝をついた。

「国境警備隊より伝令。『聖炎軍団国境線を通過。出水城へと侵攻中』っ」

 激震が大広間を突き抜ける。

「来たかっ」
「早いぞっ」

 諸将は思わず立ち上がり、闘志に燃える吐息を吐いた。

「藤丸、決まりだな。我らには時間がない」
「・・・・・・・・ッ」

 貞流の勝ち誇った物言いに反論できず、藤丸は袴を握り締めるしかできない。

「軍勢の指揮は侯位継承第一位の私が執るっ。急ぎ全軍川内城へ集結せよっ」

 貞流の一言が評定を決し、諸将は急ぎ自身が率いる軍勢の下へと駆け出した。

「ならば、兄上っ。この藤丸も戦場へお連れ下さいっ」

 近侍を連れて立ち去ろうとした貞流に藤丸は平伏する。

「この川内決戦は龍鷹侯国の明日を切り開くもの。王族として生まれた以上、その戦に臨まぬわけには参りませぬっ」

 藤丸の意見は妥当だった。
 十四となれば馬を駆れる。
 屈強な供回りを連れていれば戦力にもなるはずだ。

「・・・・ならんっ。そなたはこの城で父上をお守りせよ」
「兄上っ」
「しつこいわ。今は一刻を争う時、つまらぬことで時間を取らすなっ。そなたが本当に国を思うなら、ここは引けっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それを言われれば引き下がるしかない。

「出陣の儀式などいらぬっ。支度できた円居ずつ川内へ向け出陣せよっ」

 全軍に下知を下す貞流の声が遠ざかる中、藤丸は大広間に座り込んだまま動けずにいた。



「―――出陣っ」

 それから一刻もしないうちに鹿児島城に集っていた主力軍五五〇〇――川内城守備隊と出水城守備隊を除いたもの――は馬蹄の音と砂埃の軌跡を残して進軍していった。
 後に残されたのは龍鷹海軍鹿児島鎮守府所属の陸戦隊三〇〇と加納猛政が率いる旗本隊二〇〇の、合計五〇〇名。
 今日の午後遅くにはもう少し兵が増えるが、確実に一〇〇〇を超えるようになるのは明日になる。
 龍鷹軍団の主力が川内に布陣するのは明日の午後早くになるだろう。そして、聖炎軍団が出水城に攻め寄せることなく南下すれば明日の午後から明後日の午前。
 両軍における決戦は早ければ明後日に勃発するだろう。

(打つ手がない・・・・)

 戦場にいるならともかく、鹿児島城にいる藤丸にできることはない。

「はぁ・・・・」

 藤丸は本丸御殿に設けられた一室でため息をついた。
 連れてきた近侍も盛武と一緒に出陣している。
 盛武は鳴海軍の一手を率いて決戦に参加するという。
 それを伝えに来た盛武はひどく申し訳なさそうだったが、彼は初陣ではない。
 戦の中でも優れた大将なので戦力になるだろう。

「―――おう、ここにいたか」
「・・・・実流兄さん」

 振り返った先には日に焼けた肌を惜しみなく晒す実流がいた。
 彼は海将であるため今回の戦いには関わらない。しかし、藤丸が与えられた部屋に入ってきたのは実流が率いる海軍の重鎮たちだった。さらにその中には旗本たちをまとめる猛政の姿もある。

「さあ、言ってくれ。俺たちは何をしたらいい? 留守居」
「留守居? それは実流兄さんじゃ・・・・」

 留守居とは主力が出陣した後の城を預かる責任者のことで、残った城の兵力を統率する役目にある。

「俺は陸の上は分からん。だから、俺ではなく、お前がその指揮を執るんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「貞流はああ言ったが、俺はお前の策は面白いと思う」
「でも、兵が・・・・」
「少ないなら少ないなりの戦い方がある」

 だからこそ、強大な中華帝国と刃を交えた龍鷹侯国は今も尚、国家としての体裁を保っているのだ。

「俺は・・・・海軍はお前の味方だ。そして、この城に残った親父の旗本たちも、な」

 覚悟を示された藤丸は目を瞑った。
 凛然と翻る龍鷹軍団の軍旗――≪紺地に黄の纏龍≫。
 陽光を反射する穂先の煌めき。
 出陣していった兵たちの背中。
 その光景が目蓋の裏に映し出される。

「兄さん・・・・海軍は大隅や薩南の軍勢を船で拾い上げ、鹿児島へ集結させよ」

 途中から留守居の自覚からか、部下にもの申すような口調に転じた藤丸は活き活きと下知を下した。

「猛政は出撃可能な旗本を集め、小林城勢を大口城に留めおけ。大口城へは軍勢来着の報を知らせ、共に出陣できる兵力の見積もりをするように伝えよ」
「はっ」
「茂兵衛。いるんだろ?」
『はい』

 天井から声が聞こえ、護衛の武士は元より、その場にいた部将たちが片膝を立てる。しかし、藤丸はその反応を笑顔で制し、再び声を放った。

「急ぎ人吉城を囲む兵力、部将、布陣を調べ上げよ」
『御意』

 天井から気配が消えると共に藤丸は立ち上がる。

「これより、主力迎撃作戦の裏側で聖炎軍団包囲作戦を開始するっ」
「「「応ッ」」」


 主力軍を率いて出陣していった貞流とは別系統の指揮系統を確立した藤丸は、その日の内に鹿児島城に来着した軍勢は鹿児島城の守備兵に起用し、朝流の旗本である加納猛政が率いる二〇〇を率いて出陣する。
 出陣したのは大手門からではなく、鹿児島港からだった。
 それは陸の上を移動する速度は一刻で二里というところだが、海路を使えば一刻で十里ほどに達する。
 それは陸路の五倍の速度であり、藤丸たちは陸路ならばその日の限界点でもある加治木城へと到達する。そして、そこを出発し、国見山と烏帽子岳の間を抜ける、宮之城へと続く街道をひた走った。
 途中、菱刈・大口方面に通ずる新道へと進路を変え、出陣した翌日には日向国に通じる交通の要衝――大口城へと辿り着く。
 同時刻、龍鷹軍団の主力――貞流軍が六五〇〇となり、川内平野に到着していた。そして、聖炎軍団も出水城兵と一戦交えた後、抑えを残して川内平野へと進軍していた。


「―――はぁ・・・・はぁ・・・・」

 良く馬を駆っていたとはいえ、緊張した進軍に幼い藤丸は疲れ切っていた。
 大口城代は藤丸の命令違反にもの申すことなく、城兵三〇〇の内、一〇〇名を息子に率いさせて合流させることを約束している。また、日向国小林城にて一万五〇〇〇石を食む綾瀬家は当主が病床についているため、嫡男が四〇〇の兵を率いていた。
 彼らは鹿児島に進軍する途中、藤丸が放った早馬と出会ったために大口城に集結していた。
 さらに大口城へは薩摩枕崎城一万二〇〇〇石を食む瀧井家の軍勢が到着していた。
 瀧井家当主は藤丸に代わり、鹿児島城代の責務を果たすべく主力を鹿児島城に留めていたが、十七になる嫡男に一〇〇人を率いさせて合流していた。
 大口城に集まった藤丸勢は総勢八〇〇余。
 主力は兵数から小林城勢と決まった。

「―――これより、評定を始める。皆が知っての通り、現在、川内では龍鷹軍団の主力が展開中である。そして、聖炎軍団もその地に向かいつつある」

 年齢的に言えば最年長に当たる部将――加納猛政が議事進行を買って出ていた。

「ならば、我々はその間に包囲された出水城の解放ですか?」

 手を上げながら発言したのは主力を率いる青年――綾瀬晴政だ。

「惜しいが違う。俺たちが目指すのは人吉城だ」
「佐久殿の救援ですか? しかし、それでは川内決戦に何の関与もできないのでは?」

 藤丸と同年代に当たる枕崎勢を率いる瀧井信輝も発言する。

「そうだ。決戦は最早不可避。ならばその勝敗は兄上以下主力軍団に任せるとして、俺たちがするのは決戦後の敵軍の行動を制約することだ」

 すでに両軍の主力が川内の地に布陣しようとしているのならば決戦は不可避である。
 両者とも決戦を臨んでいた場合、それは長陣にならずに三日以内に激突するだろう。
 その理由は聖炎軍団の補給路の問題である。
 肥後から川内までの長い補給路は出水城を包囲しているとは言え、街道が集中する宮之城から横撃を受ける可能性がある。

「ならば尚更、出水城に向かうべきでは?」
「いや、我らは小勢だ。もし、主力が決戦に敗れたというならば川内までは敵地と言える。そこに小勢でいるのは危険だ」
「進出するなら敵軍を撃破した後、そこに敵が侵攻してくることがまだない地点である人吉が妥当だ。そして、その後の行動は球磨川を下って聖炎国に侵攻する」
「「「―――っ!?」」」

 藤丸の言いたいことは守りの戦では、守る場所に囚われて敵軍に捕捉されて撃滅される。しかし、攻めの戦では攻める点をこちらが選べるので敵に捕捉されることが少ない。さらに現在、敵の聖炎国は侵攻作戦中であり、侵攻されるとは万に一つと思っていない。

「もし、兄上が敗れていたとしても、聖炎国は我らを放っておくことはできずに退却するに違いない」

 さすがに人吉勢を加えたと言っても敵軍の牙城――水俣城を攻略できるとは思えない。しかし、小荷駄隊を襲うことは可能なので、充分に脅威になり得る。

「お尻に火が付いた状態で鹿児島城攻めなんてできるわけがない。必ず、敵軍は決戦に勝利したという事実だけで撤退するに違いない」

 撤退に移るのならば出水城・人吉城が陥落していないので、龍鷹侯国は占領地を取り戻すことは簡単だ。
 つまり、聖炎国の戦果は決戦での勝利のみ。しかし、龍鷹軍団は薩摩だけの軍勢である。未だに大隅の軍勢は無傷であり、逆に被害を被ったのは聖炎国と言うことになるだろう。

「兄上が勝ちを得られれば、それこそ敗走する敵に攻撃を仕掛け、戦果を拡大する」
『―――もし』
「「「―――っ!?」」」

 天井から聞こえた声に藤丸を除いた全員が刀に手を伸ばした。

「茂兵衛か?」
『はい』
「直答を許す、申せ」
「・・・・では」
「「「―――っ!?」」」

 こがらしが広間を駆け抜け、その勢いに皆が目を閉じる。そして、次に目を開けた時には広間の中央に黒装束の者があぐらを組んで座っていた。

「人吉城を囲みうる兵力、探り当てましてございます」
「うむ」
「聖炎軍団は人吉城西方の雨吹山に一二〇〇が布陣しています。そして、球磨川の対岸、横穴古墳群付近に三〇〇が布陣しています」
「総勢は一五〇〇か」

 茂兵衛は広間の中心に置かれた人吉周辺の絵図を棒で指し示しながら説明する。

「はい。また、傭兵を雇ったと思われ、一〇〇余の兵力が久七峠を睨む位置にいました」

 藤丸の視線を受けた猛政が側に置かれた軍勢とその規模を示す木の駒を手に取り、説明通りの場所に置いた。
 すると、絵図の上に人吉城を東以外の方位から取り囲む聖炎国軍の布陣が浮かび上がる。

「球磨川の対岸に布陣するのは退路と補給路を確保する意味が強いと思われます」
「傭兵は言うまでもなく、援軍への警戒部隊ですね」
「主力になる雨吹山の軍勢は北と南、双方に対応できる、いい位置にいると思われます」

 すかさず部将たちが自らの見解を述べた。
 それぞれ鋭い物言いだが、敵の布陣よりも注目すべきはその兵数にある。

「猛政、佐久頼政の下にある兵力はどのくらいだ?」
「はっ、佐久殿の石高は約三万石。此度は防衛戦とあり、総動員していれば一五〇〇でしょう。ですが、全てを人吉に集中しているわけではないので、その兵力は一〇〇〇・・・・」
「よろしいでしょうか?」

 猛政の発言を遮って手を上げたのは綾瀬晴政だ。

「佐久殿は昨年から幾度も国境線で聖炎国軍と小競り合いを繰り広げています。その兵力は相当に損耗していると考えられるのでは?」
「綾瀬殿に賛成です」

 瀧井信輝も賛意を示し、自らの見解を述べる。

「佐久頼政殿と言えば、龍鷹侯国を代表する猛将と聞き及んでおります。その猛将が座して包囲されるのを見ていられるとは思えません。しかし、兵力がないために、殻を閉じるように城内にいるしかないのではないでしょうか」

 理路整然とした物言いにその場の全員が唸り声を上げた。

「と、なると、人吉城内にいる兵力は五〇〇ほど、か?」
「そのことについて、ご報告があります」

 まだ中央に座していた茂兵衛が発言する。

「人吉盆地に配していた草の者が言うには佐久様は包囲される前に球磨川で敵軍を迎え撃ったとのことです」
「何?」

 戦闘の経緯はこうだ。
 佐久頼政は六〇〇の兵力を率いて敵の渡河点の前面に布陣した。そして、半途撃つで迎撃するも、別の渡河地点から侵攻した別働隊によって退けられた。
 その際に兵力の三分の一を失い、城内に残っていた兵力とその間に集結できた兵力にて籠城戦を展開しているという。
 つまり、藤丸が考えた通り、五〇〇余と考える方が正しいのだ。

「合わせて一三〇〇。敵は一六〇〇か・・・・」
「時間が勝負ですな。ですが、久七峠を越えた後、敵軍が態勢を整える前に強襲することは不可能に近い」
「人吉城と連動した方がいいでしょう」
「国嵐衆を使えば人吉城と繋ぎを取ることは簡単だ」

 敵兵力が自軍とそう変わらない事実を知った部将たちは俄然勢いづく。

「そこで皆の衆、俺にいい策がある」

 上座にて、藤丸は部将たちを傲然と見据えて己の考えを口にした。






川内side

「―――ふん、あの我が儘小僧が」

 藤丸が大口城に入城したのとほぼ同時刻。
 薩摩国西部、川内平野。
 川内川が流れるこの平野は今や両軍合わせて一万七五〇〇の軍勢が川を挟んで睨み合っていた。
 南方に布陣するのはこの地を支配する龍鷹侯国の主力軍だ。そして、北岸に布陣するのが侵攻してきた聖炎国の主力軍である。

「藤丸様の下に集うのは加納猛政、絢瀬晴政、瀧井信輝の三名です。特に絢瀬殿は率いていた四〇〇全てを大口城に留めています」
「勝手なことをしおって・・・・ッ」

 松明が焚かれる幔幕の中から押し殺した怒声が聞こえていた。
 それは兄弟が勝手に起こした行動と敵軍が採った予想外の動員に対する苛立ちが多分に込められている。

「まあまあ、しっかりと留守居の引き継ぎはしているようですし・・・・」

 決戦前夜という時に鹿児島城からの急使で諸将は藤丸の独断専行を知った。また、指宿港や枕崎港といった薩南の港湾部に集められていた龍鷹海軍の艦艇が出撃し、薩摩と肥後の国境に位置する長島へと向かっていた。
 それは敵の水運を完全に遮断することに繋がる。
 これは藤丸の献策あったもので、問題点であった敵主力を迎撃する軍勢も貞流自身が率いていた。
 まるで藤丸が取り決めた戦略に陸軍を貞流が、海軍を実流が指揮して戦を展開しているようだった。

「しかし、海軍の動きは僥倖ですぞ」

 川内決戦では先鋒を仰せつかった佐々木弘章は自軍の前に広がった敵の大軍を思い浮かべながら言う。

「うむ、これで我が軍の方針は撃破ではなく、持久になったな」

 兵を率いさせれば龍鷹軍団の代表格となる鳴海直武も同意する。

「実流様は海しか知らぬと思ったが、なかなか」

 諸将たちが思わぬ大軍を前にしても平静を保っていられるのは海軍がしたもうひとつの事柄が原因である。
 それは海上輸送。
 錦江湾が隔てていた薩摩と大隅を海軍の軍艦が繋いだのだ。
 鹿児島港に停泊していた軍艦は垂水や鹿屋港に入港し、大隅軍を搭載して今や続々と鹿児島城に戻りつつあったのだ。
 結果として三日後には鹿屋軍三〇〇〇を主力とした増援部隊が川内に到着する予定だった。
 そうなれば現在開いている兵力差などなくなる。
 その状態ならばこちらから打って出ることもできる。しかし、今の兵力差ならば、ひたすら防戦に徹するしか選択肢はない。

「聖炎軍が大隅軍の動向を知っているならば明日明後日の内に仕掛けてくるぞ」

 龍鷹軍団が薩摩と海を舞台に大きな鶴翼を描き始めたと知った聖炎軍団が取る選択肢はひとつ。
 それらが完成する前に目の前の龍鷹軍団の主力軍を撃破すること、だ。

(ふむ、なかなか藤丸様は優れた戦略眼をお持ちだ・・・・)

 鳴海直武は苛立ったまま評定を進めようとしない貞流を見ながら思った。

(貞流様は机上の作戦ならば素晴らしいものを描かれる。しかし、それは敵軍が予想通りに動かねば瓦解して仕舞いかねない危うきもの)

 それでも、その穴を藤丸が補うのならば、龍鷹侯国の将来は明るい。
 実際、藤丸が動かなければ川内決戦は絶望的な戦いであったことだろう。

(まさか榎本殿が乾坤一擲の戦を挑んでくるとは・・・・)

 龍鷹軍団六五〇〇の前面に布陣する聖炎軍団は一万一〇〇〇。
 この内、一〇〇〇を後方の備蓄拠点守備兼後軍として扱っているが、それでも一万の軍勢が前に立ちはだかっていた。
 野戦において三五〇〇の差は大きく、また、敵軍の進行が予想よりも早かったために龍鷹軍団の野戦陣地も不完全だ。

「布陣は簡単だ。左翼は有坂が、右翼は鳴海が統一指揮しろ。中央は余が自ら率いるっ」

 敵軍はどうやら中央突破を狙う魚鱗の陣。
 龍鷹軍団は一五〇〇前後の両翼を従え、中央が三五〇〇で立ちはだかる、という鶴翼の陣で挑むらしい。
 これは龍鷹軍団が長年考えてきた川内決戦の必勝陣形である。
 ただ、鶴翼とはこちらの方が軍勢が多い場合に使用する陣形だった。
 大きく、薄く広がった翼を鋭い鱗でズタズタにされないかが心配だ。

(この戦、勝敗は川内ではなく、藤丸様が率いる遊撃隊が握りそうだ・・・・)

 直武は自軍に戻る途中、東を見てそう判断した。










第一会戦 前哨戦第一陣へ  第一会戦 前哨戦第三陣へ