前哨戦「西海の果てに咲き誇る藤の花」/ 一
時は鵬雲二年。 かつてこの国をまとめていた幕府が衰退して久しく、各地に割拠した群雄たちは己の覇権を争っていた。 その間、まるでふるいに掛けられたかのように幾つもの武家――戦国大名が滅亡し、新たにいくつもの大名が誕生してきた。 血で血を洗う戦乱もそうした淘汰の結果、各地方に大国が生まれることで鎮静化してきている。だが、それでも平和にはほど遠く、民衆にとって生活は死と隣り合わせであった。 本来、列島を指導すべき朝廷は全土を平定する武力を持たず、山城国を中心に周辺国に影響を与えるだけだ。 そんな中、この乱世をしっかり生き抜いている皇族があった。 戦国大名――鷹郷家。 彼らが王家を務める"最果ての王国"・龍鷹侯国は薩摩・大隅の全土、南肥後・南日向を領し、公称の石高は六六万七〇〇〇石という列島最南端の王国だった。 彼らは精強な陸海軍を以て諸外国による侵攻を打ち払う、強大な軍事国家だ。 戦乱の世に突入しても堅実な戦いと精悍な兵によって生き抜いている。 特に当代侯王――鷹郷朝流は中華帝国との戦に勝利するなど、対外戦争も乗り切っていた。 「―――ふむ」 本丸の一角でひとりの男が刀を手に瞑想していた。 すでに夜の帳に包まれて数刻経っており、辺りは真っ暗だ。 城内のあちこちで焚かれる篝火は風に揺らめき、幻想的な彩りを放っている。 龍鷹侯国本城――鹿児島城。 かつては山城である上山城と平城である鶴丸城の二城に分かれていたが、十数年前に拡張工事を開始。 両城は縄張りを共有することになり、平山城――鹿児島城として南九州屈指の城郭へと変貌する。 不安材料であった海上からの攻撃は鹿児島港の一部を城内に取り込み、強力な海軍を整備することによって払拭していた。 「はぁっ」 気合一閃。 男――第二二代龍鷹侯国侯王・鷹郷朝流(タカサト トモル)が大上段から振り下ろした太刀は目の前に並べられた三本の竹を鋭利な切り口を見せて切断する。 「・・・・ふぅ」 カランカランと竹が地面に落ちる中、男は嘆息して納刀した。 今年で四九歳になる朝流の体からは湯気が立ち上り、長い時間稽古をしていたことを窺わせる。そして、そんな長い間で、たった一度しか太刀を振るわなかった。 そんな驚異的な集中力を持っていた朝流も油断していなかったとは言えなかった。 ―――トス 「ん?」 右肩に走る痛み。 それを自覚し、振り返った彼が見たのは一本の矢。 「な、吹き矢、だと・・・・」 急速に噴き出した汗。 早鐘を打つ心臓。 痺れる手足。 (ど、く・・・・) どぉっと倒れる自分の体をどこか他人事のように見ている自分がいる。 「―――殿? ・・・・殿!?」 バタバタと走り寄ってくる近習の足音。 それすらも聞こえているのに理解できない。 「殿!? く、医者を呼べっ。急げっ」 こうして、朝廷が期待する西海の柱石――龍鷹侯国は激動の最中に放り込まれた。 「―――ふぁ・・・・」 薩摩・大隅・日向の国境近くに聳える霧島山。 その南斜面の一角で少年は寝転がっていた。 錦江湾と桜島という代わり映えのない景色を見下ろしてのんびりすることは少年――鷹郷藤丸の楽しみである。 傍には城――国分城を抜け出す際に使用した馬が呑気に草を食んでいた。 「平和だ・・・・」 藤丸は元服こそまだだが、十四歳になる。 世間一般の元服は十五、十六だと言われるが、大名家のそれは十二歳などが多い。 初陣はバラバラだが、兄ふたりは十四歳だったようだ。 「その前に鹿児島城へと呼ばれないとな」 藤丸が今いる城は薩摩と大隅を結ぶ要衝のひとつ、国分城である。 国分城は重臣――鳴海直武が城主を務めていた。そして、幼い頃から藤丸はこの国分城で暮らしている。 理由は分からないが、藤丸はそのおかげでのんびりとした暮らしをしてきた。―――そう、頻繁に城を抜け出すような。 「―――若ぁっ。いたぁっ」 「うげっ」 後ろから聞こえてきた声に飛び上がって振り返った。 そこには二騎の従者を従えた若武者が猛スピードで馬を走らせてくる。 「よ、よぉ」 逃げ切れないと判断した藤丸は引き攣った笑みで三騎を迎えた。 さすがに馬上槍を持って武装した従者たちに反抗することはできない。 「『よぉ』じゃありませんっ。あれほど抜け出すなと言うに・・・・ッ」 「わ、若殿。用件はそれじゃないでしょう」 「っていうか、馬から下りませんと」 脇に控えた武者たちが若武者を抑えた。 「んん・・・・」 若武者たちは馬を下り、藤丸の前に片膝を付く。 「鹿児島城より急使です。至急、登城されたしと」 「何? どういうことだ・・・・?」 訝しがる藤丸の耳元に周囲の気配を探った若武者が口を寄せた。 「御館様が御倒れになられたとのことです」 「・・・・ッ」 バッと勢いを付けて馬に飛び乗る。 「盛武、供回りの者の準備は!?」 さすがにこのまま向かうほど鹿児島は近くないし、安全でもない。 まずは護衛団を組織しなければならなかった。 「すでに命じてあります。帰城されれば即刻出立できます」 「よしっ」 打てば響く、と言わんばかりの回答に満足し、手綱を引いて走り出す。 少年を加えた四騎は何事かと仰天する民衆たちを掻き分け、急ぎ国分城へと走り去っていった。 極東の島国――倭国。 大八洲という八つの島を領土とする列島国家であり、古くから大陸――中華帝国の影響を受けてきた。 そのことでは朝鮮半島と同じであるが、朝鮮半島と違う、海で隔てられているという点が朝鮮と倭国の国風が変えた。 独自の文化と国風を身に付けた倭国は統一されるや否や、ただひとつの、万世一系の皇族が支配する国家として世界に知られることとなる。 それはユーラシア大陸を陸路にて繋げたシルクロードの、東における終末点としてだけでなく、東洋最強と謳われる中華帝国の近隣にありながら、対等な貿易関係にある小国としても有名となった。 だが、そんな倭国も今から約一五〇年前、帝の継承者争いによって全国に戦火が拡大した。 以来、数百〜数千規模の小競り合いが続いたが、西洋からの鉄砲伝来が時代を加速させた。 さらにいくつもの軍事革命が富国強兵をなす。 この強大な軍事国家が乱立する様を見て、宣教師が言葉を残していた。 『彼の国ひとつひとつの諸侯が我が西洋一国同等の軍事力を有している』 「―――藤丸様、御来着っ」 重厚な音を立て、鹿児島城の城門が開かれる。 その一騎分空いた隙間を藤丸は待てないとばかりに馬を進めて通過した。 鹿児島城は龍鷹侯国の本城として長くその姿を見せている。 海にほど近く、防御力に難があるとされる城だが、強力な海上戦力を持つ以上、海からの侵攻は阻止できる。そして、錦江湾が領国の真ん中に横たわっていることで薩摩が侵攻された場合、大隅の軍勢は国分を経由する以外に進路がない。 そこで国分や加治木が占領されていた場合、大隅軍はその城砦攻略に手間取り、薩摩来援が遅れる。 このような理由から錦江湾を押し渡る方法が採られ、そのまま城内へと入れる仕組みにしたわけである。 特に朝流の改築で鹿児島城は鹿児島港を要塞化して城の一部に取り込んでいた。 「ええい、退け退けぇっ」 本丸を警護する足軽たちが藤丸に追い立てられて慌てて道を空ける。 藤丸以下十数騎は大手門から馬を下りずに本丸へと乗り入れたのだ。 突然の喧噪に木々に止まっていた小鳥たちは羽ばたいて飛び去っていく。 「これは何事じゃっ」 組頭が手槍を構えて出てくるが、藤丸はその歴戦の勇士を馬上から睨みつけて声を放った。 「侯王が三男、藤丸だっ。父上はどこにおられる!?」 「―――っ!? ふ、藤丸様であらせられましたか・・・・ッ」 予想外の大物に面食らった組頭は慌てて片膝を突く。しかし、本丸の守備兵を一部とはいえ、それをまとめる立場にある彼は淀みなく言上した。 「御館様は本丸御殿にてお休みになられておられます。また、別室には貞流様、実流様及び歴々の皆様がお控えなされておられます」 「む、すでに他の者は集結してるのか。さすがは武門の誉れ高い龍鷹軍団を構成する武人たちだな」 藤丸は馬から飛び降り、盛武以下四名を率いて御殿へと急ぐ。 他は馬を厩に連れて行くために分散した。 本丸を代表する天守閣は国の威信を示す建造物でありながら、城主たちの生活空間ではない。 その生活空間として用意された屋敷が本丸御殿である。 鹿児島城のそれはやはり階層の防御構造はないが、それでも軍人の邸宅らしい相応の防御施設だった。 「藤丸様の御来着である、道を空けぃっ」 本能的にか、槍を掲げてこちらを威圧するような態度を取った守備兵たちに盛武が前に出て言い放つ。 「藤丸様、お待ちしておりました。まずは御館様の部屋へ」 槍を退いて片膝をついた武士たちの奥からひとりの偉丈夫が出てきた。 「猛政・・・・」 出迎えたのは朝流の旗本である加納猛政。 いろいろ彼に言いたいことはあったが、今は父に会うのが先である。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 それを分かっているのか、猛政は無言で踵を返した。 「面会は藤丸様おひとりで。それ以外の者は別室で控えてもらいます」 「構いません」 盛武が頷くと、彼に従っていた者たちも猛政の共の者と歩いていく。 御殿内はピリピリとした空気に包まれていた。 武士たちは威高気に歩き、女たちは足音を潜めて早足で歩く。 活気とは違う、淀んだ負の空気を感じた。 「猛政」 「・・・・はい」 そんな空気にすら苛立ちを感じ、藤丸は大きい背中を睨みつける。 「賊は?」 「現在、貞流様が指揮を執られております。我々は本丸御殿を固め、御館様をお守りいたします」 振り返った猛政は藤丸の強い視線にもたじろがずに胸を張って答えた。 「できるのか?」 「・・・・ッ」 しかし、その態度も藤丸の言葉によって打ち砕かれる。 「・・・・ッ、申し訳ありません。我々が付いておきながらこのような・・・・っ」 鍛えられた拳が震えるほど握り締められ、歯ぎしりが聞こえてきそうな程に歯を食い縛った。 顔も己の不甲斐なさで真っ赤になっている。 「・・・・悪い、お前らのせいじゃないな」 藤丸は短く謝罪すると父の寝室に通じる障子を開けた。 「・・・・失礼、します」 納得したわけではないだろうが、猛政もまた、頭を下げて去っていく。そして、藤丸は一度だけ、その力ない背中を見遣ってから暗い部屋の中へと入った。 「父上・・・・」 絞り出すような声と共に布団に寝かされた男を見遣る。 そこには強大な中華帝国と戦った英雄――鷹郷朝流の姿はなかった。 力なく横たわったその体は生気に欠け、目を閉じたその顔は頬が痩けている。 「藤丸、参上仕りました・・・・っ」 震える手足で胡座をかき、両手を突いて頭を下げた。 「・・・・はぁ・・・・ふじまる、か」 「はい」 吐息の中で呟かれた自分の名前に思わず涙が出そうになる。 「こら、男が何という顔をしておるか」 父に可愛がられた記憶はない。 父はいつも戦場にいた。 海では中華帝国と戦い、陸では日向や肥後の軍勢と幾度も刃交えていた。 平和な時であっても、より強い国を作るために働いていた。 彼らが父子として会うのは年に数回。 正月の鹿児島城で、御盆の霧島神宮で、父の仕事の都合で近くまで来た時。 それくらいしかない親子の繋がりだが、それでも藤丸にとっては尊敬すべき偉大な父であった。 「かおを見せい」 「は、い」 腰を上げ、寝ている父の顔を覗き込むように見下ろす。 「あぁ・・・・」 そっと藤丸の頬に無骨な手が触れた。 「やはり、そなたは母に似ておる」 「母、に・・・・?」 藤丸の母はすでに他界している。 朝流にとって、側室であるはずだというのに朝流は懐かしさの中にいとおしさを感じているようだった。 「茂兵衛」 「―――はっ」 「―――っ!?」 朝流が呟いた名に反応する者がいた驚きに藤丸の肩が大きく跳ねる。 「姿を現せ」 「御意」 「ぅ、わっ」 部屋の中に一陣の風が吹き込み、藤丸は思わず手で目を覆った。しかし、すぐにそれは隙だと気付いた藤丸は涙目ながらも目を開ける。 「あ・・・・」 「お初にお目にかかりまする。それがし、黒嵐衆に籍を置きまする霜草茂兵衛と申します」 黒装束の男が目の前に平伏していた。 「この男にわしの暗殺を依頼したものを、調べさせよ。・・・・貞流とはまた別の視点で調べるが、いい」 「父上・・・・」 「わしのもうろくした勘が告げよるわ・・・・これは他国者の仕業ではない、と」 「―――っ!?」 それはつまり、暗殺者は国内ということになる。 「根拠は茂兵衛に聞け」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ほれ・・・・大広間で皆が待っておろう。そこで自分の考えをしっかりと述べるのだぞ」 そう促され、藤丸は立ち上がった。 「今夜、俺の部屋に来い」 「御意」 そう茂兵衛に告げ、藤丸は一礼して朝流の寝室から歩み去る。 その背中にはひとつの任務を受けた武将のそれだった。 「―――では、諸将の下にも伝えられていると思われるが、情報を整理する」 戦評定は議長役である有坂秋賢の言葉で始まった。 「御館様が倒れられたのは今から五日前、四月七日の夜である」 大広間に集まった龍鷹侯国の重鎮たちは上座に朝流の次男――貞流を仰ぎ、その左下に有坂を置き、後は各々の経歴順に並んでいる。 戦評定自体初参加となる藤丸は上座から向かって右側の下座――つまりは一番下の席に座していた。 「そして、聖炎国が行動を開始し、八代城に主力が到達したのが昨日の朝だ。明日には国境を越えて薩摩になだれ込める位置にいる」 聖炎国とは龍鷹侯国の北――肥後隈本城に本拠を置く火雲家のことだ。 昨今の大名は自身の領国に名前を付けており、龍鷹侯国を初めとした名門たちに対抗している。 「その動員は水俣、八代、宇土はもちろん、天草、菊池、山鹿にまでかかっていたようだ。つまりは肥後北東部である阿蘇以外の全ての地域に動員令が下っている」 聖炎国の領土は龍鷹侯国が保有している人吉盆地以外の肥後全土に及んでおり、その石高は四五万石を超える。 「一万石辺り、三〇〇の動員と見れば、その総兵力は約一万二〇〇〇余。内一〇〇〇弱は天草諸島を南下してくると見られる故、主力は一万一〇〇〇余」 戦国時代の当初より、産業が発達して中央集権化が進んだ昨今の戦国大名は米の収穫高以上の動員力を持っている。 故に動員数計算では一万石辺り二〇〇〜五〇〇の軍兵を連れられる計算法を、龍鷹侯国は採用していた。そして、聖炎国からすればこれは侵攻戦であり、三〇〇が妥当だとしたのである。 「それに対し、今日中に鹿児島城に集結する軍勢は三五〇〇余。日置、川内、出水の軍勢を合わせれば約六〇〇〇となる」 「明日になればいくらか?」 有坂の対面に座す偉丈夫が声を掛ける。 彼の名前は鷹郷実流。 朝流の長男であるが、上座に座していないのは彼が庶子だからである。 中華帝国との戦いでは若いながらも海軍の主力を率い、中華帝国の海軍を見事打ち破った経歴を持っていた。 「明日になれば、薩南、国分の軍勢が揃いましょう。数にして、約二〇〇〇弱」 「ならばこちらは総じて八〇〇〇。敵方は大軍であるから人吉城に向かわせても一部なはず。であれば敵軍を迎え撃つのは出水城となるな」 「いかにも。されば出水城の村林勢八〇〇はそのまま城に籠もり、宮之城などの諸城より援兵を出し、総兵力一五〇〇ほどで籠城戦を展開させるつもりです」 「少なすぎないか?」 「出水城は堅城です。また、城代である村林信茂は戦上手であり、後詰めが到達するまでには持ち堪えるでしょう」 質問に淀みなく答えた有坂はさらに戦略を述べる。 「天草諸島を南下していると思われる軍勢はおそらく長島海峡を渡り、黒之瀬戸を迂回する進路で我らの小荷駄隊を襲撃するのが目的だと思われます」 それに異論はないのだろう。 武将たちは無言で頷きを返した。 「この小荷駄隊を守るために最低でも一五〇〇は割く必要がある」 小荷駄隊は無防備であるだけでなく、長く隊列が伸びてしまう。 それを攻めるに易く、守るに難い。 「そうなれば後詰め決戦に使用できる兵はわずか五〇〇〇。敵が人吉城攻略に二五〇〇を割き、出水の抑えに一五〇〇を残したとしてもその兵力差は三〇〇〇。これは野戦では非常に厳しい」 「ううむ・・・・」 諸将はそこで腕を組んで考え込んでしまった。 聖炎軍団は龍鷹軍団にとって宿敵的な存在である。 その強さは戦ってきた彼らがよく知っており、その兵力差はそのまま勝敗に繋がる可能性は無視できなかったのだ。 「鹿屋殿、大隅国の軍勢はいつほどに辿り着くか?」 尋ねたのは有坂と並び称される戦上手――鳴海直武。 藤丸がお世話になっている国分城の城主であり、鳴海盛武の父である。 「ふむ、鹿児島城に集結するのは五日後、といったところか」 尋ねられた初老の武将が鹿屋利直。 大隅中南部の兵権を預かる重鎮であり、今回の動員でもその軍勢は一度鹿屋城に集結してから薩摩に急行する。 鹿屋は主力とは別行動することが多いので"翼将"と呼ばれていた。 その麾下には大隅勢の精鋭三〇〇〇がある。 「五日も待っていたは出水城は落ちる。こちらが何らかの行動を起こし、決戦場に集結したことを知らせなければならない」 ここで初めて上座に座っていた貞流が口を開いた。 「我らにはこのような時のために領内に用意した決戦場があろう?」 その言葉に幾人かの武将が合点がいったように目を見開く。 「その地ならば、天草諸島を迂回してくる軍勢にも気兼ねせず、思う存分戦えるわ」 龍鷹侯国が首都防衛用に用意していた野戦決戦場。 それは鹿児島から北西に約十里(約40km)の位置にあり、薩摩国分寺が置かれた地。 その地の名前は川内。 川内川が流れ、流域に平野が広がる龍鷹侯国でも有数の農業地域である。 「小荷駄に割く兵力を糾合し、我が軍は六五〇〇。敵軍は九〇〇〇。二五〇〇の差なれど、陣城に籠もる我らの有利間違いなし」 ぐっと握り拳を作り、力強く言う貞流。 戦評定の流れが「川内決戦」に傾こうとする。しかし、その流れを堰き止める者がいた。 「―――聖炎軍団との決戦は早計ではないでしょうか?」 『『『―――っ!?』』』 大広間に集まった諸将全員が目を見開いてその発言した人物を捜す。 「藤丸・・・・ッ」 自分の策を否定された怒りに震える声で貞流が睨んだのは、末席に座った鷹郷藤丸だった。 「―――急げ、急ぎ国境を越えるのだっ」 大軍を指揮する立場にいる部将が大きな声を上げて兵を鼓舞した。 彼の軍勢が掲げる旗指物はひとつに統一されていた。 ≪白地に小豆の三つ雁金≫。 肥後の太守――聖炎軍団の旗指物だった。 当初、旗指物とは各武将たちがその軍功を周囲に顕示するための目印だったが、後の軍団整備によって旗指物は大名家、もしくは大名家が認めた重臣たちが統一したものを使うようになる。 これは率いる軍勢の数が増え、後方で指揮を執る大将たちが自軍の兵の動きを見るために必要だったからだ。 因みに前線での兵たちは袖印と言われるもので識別していた。 「先鋒の名島殿より伝令っ。『敵国境守備隊の姿なし。これより出水城へと進軍する』とのことっ」 「ようし、龍鷹軍団の尖兵どもは怖じ気づいておる。このまま一気に鹿児島をつくっ」 聖炎国王である彼が率いる軍勢は一五〇〇〇余。 龍鷹軍団の重鎮たちが予想したよりも三〇〇〇も兵が多かった。そして、人吉城攻囲軍の数は予想を下回る一五〇〇だ。 彼――火雲親家はここ数ヶ月の小競り合いで人吉城の戦力がかなり消耗していることを知っていた。 攻略するのではなく、封じ込めるのならば一五〇〇で充分だ。 この決断は龍鷹軍団の裏をかき、薩摩へと侵攻した軍勢は一万二五〇〇。 彼は出水城に一五〇〇を置き捨てる気でいたので、龍鷹軍団の主力が布陣するであろう川内平野に雪崩れ込むのは天草の軍勢を加えて一万一〇〇〇。 龍鷹軍団よりも四五〇〇多いことになる。 (相手もしかと待ち構えていよう。だが、薩摩だけの軍勢でこちらを相手しなければならない以上、兵数で我が軍に敵うはずもなし。さらに・・・・) 彼の脳裏の中に浮かぶ、兵を自らの手足のように采配する敵将――鷹郷朝流。 (貴様が倒れた以上、総指揮を執る者はおらんっ) 有坂秋賢や鳴海直武も警戒に値する相手だが、所詮は自身の円居―― 一五〇〇〜二〇〇〇の兵を率いるだけ。 大軍同士の決戦となれば恐れるものではない。 「此度こそ、聖炎と龍鷹の因縁にけりを付けるっ」 首将の闘志が乗り移ったかのような聖炎軍団はまさに踏み潰すように龍鷹侯国側の国境警備隊の砦を粉砕した。 |