家庭訪問


 

「―――ねぇ、瀞ぁ」
「んー?」

 11月のある日。
 文化祭を切り抜けた渡辺瀞はのんびりとした生活を満喫していた。

(暇じゃいけないんだけど〜)

 机にだらしなく頬をつけながらその冷たさを満喫する。
 さっきの授業を担当した教師が「寒いならば暑くすれば集中できるでしょう!」と訳の分からない論理を展開し、暖房を異常設定したために茹で蛸になった頭にはちょうどいい。
 特に瀞は寒がりなために厚着をしていたのだから。
 因みに暑さにも寒さにも強い熾条一哉はポチポチと携帯を弄っている。

(私にはやることないから)

 熾条一哉はいろいろ探り回り、鹿頭朝霞は本拠移動に忙しいが、今のところ瀞は暇なのだ。
 だからこそ、彼女――山神綾香は提案したのだろう。

「今度の休み、瀞の家に遊びに行っていい?」
「うん」

 ぽや〜とした頭が考えるよりも返事を伝達した。そして、その後に思考が追いつく。

「ん?」

 のそのそと体を起こし、隣に立った綾香を見上げた。

「遊びに?」
「そ」
「私の家?」
「うんうん」
「滋賀県に?」
「違う違う」
「ん?」
「ん?」

 ふたり一緒に首を傾げる。

「ちゃんと言い直すと、今度の休みにあんたと熾条が住んでる家に遊びに行っていい? って訊いたのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そして、瀞は『うん』と頷いたために決定事項になりました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 瀞は視線だけで一哉に問いかけた。しかし、一哉はその視線自体に気が付かない。
 というか、さっきまでの姿は幻かと思うほど自然に机へと突っ伏し、寝息を立てていた。

「うぅ・・・・これが孤立無援、という状況?」
「そもそも、一対一の状況で孤立とか生まれるわけないでしょ」
「だって、気が付いた時にはもう逃げられないってまるで一哉みたいなんだもん!」

 不満そうに瀞は頬を膨らませたが、逃げられないことに変わりはなかった。

「決まりね」
「・・・・うう、うん」


―――そして、休みの日。


「―――しーちゃん、誰か来るの?」

 朝からわたわたと後片付けする瀞に緋が問いかけた。
 小首を傾げる動きにさらりと緋色の髪の毛が流れる。
 最初こそ驚いたが、緋の髪も見慣れると綺麗だ。
 一緒に出かけると、近所の奥さんたちがひそひそと話しているのは気になるが。

「うん、綾香が来るんだよ」

 一哉と一緒に暮らすようになった時は若干、警戒していたようだが、最近ふらりといなくなることが多くなっている。
 これは安心して一哉を任せられた、ということなのだろうか。

「あやか・・・・・・・・山神の?」
「そう、山神綾香。あー・・・・そういえば、緋と綾香ってあんまり面識ないのね」

 "男爵"との戦いでは焼き尽くしかけたが。

「うー・・・・一度、結城の次男坊といちやをびこーしてたから・・・・・・・・えへへ」
「何!? その笑い!? すっごくに気になるよ!?」

 テーブルを拭いていた瀞は物騒な展開に驚愕した。
 もしかすれば、瀞の知らないところで何かあったのかもしれない。

(も、もしかして・・・・綾香が急に家に来たいって・・・・)

 緋は長い間、北海道に行っていた。しかし、一哉が鬼族と開戦してからは一哉が抱える最大戦力として音川に留まっている。
 といっても、毎日、一哉の隣にいるらしいのだが。

(あ、でも、一回だけ朝霞ちゃんが泣きそうな顔をしてたな・・・・)

 聞けば、一哉の命令で鹿頭家の面々に炎術の手ほどきをしたそうな。
 だが、教えるのが苦手なために実践を選択した緋は危うく鹿頭家を壊滅させかけたらしい。
 高位の精霊術師の恐ろしさをみっちりと叩き込むことになってしまったようだ。

―――ピンポーン

「ん? 誰か来た。ようし、あかねが出ようっ」

(うーん・・・・?)

「って、あれ? さっきチャイムが・・・・」

 考え事をしていた瀞は緋が玄関に向かっていったことに気が付かなかった。

「―――やーやーどもども・・・・って、ぅわ!?」

 綾香と緋とが鉢合わせたのだろう。

「しーちゃん、山神のが来たよー」
「山神の・・・・って・・・・」

 さすがに緋は綾香のことを愛称で呼ばなかった。
 今のところ、瀞が訊いたことがあるのは瀞を「しーちゃん」、熾条鈴音を「すーちゃん」、鹿頭朝霞を「あーちゃん」だ。
 因みに朝霞は「ともか」なので、通常ならば「とーちゃん」になるはずである。しかし、その呼び名に朝霞が大反対した。
 だがそれでも、朝霞=あさか、から来る「あーちゃん」にも納得していない。

(って、今思えば、綾香と仲良くなれば・・・・『あーちゃん』がふたり・・・・?)

「? 何首傾げてるの?」
「え、あ、別になんでもないよ」

 ちょうどその時、リビングに入ってきた綾香に問いかけられ、慌てて考えを打ち消した。

「いらっしゃい、綾香」
「お邪魔するわ」

 応えた綾香はキョロキョロと部屋を見回す。

「ふーん・・・・」

 しっかりと掃除された部屋。
 朝から瀞が頑張った結果だが、頑張る前からそう汚れてはいない。
 元々、物が少ないのだ。
 一哉は生活用品に対する物欲が薄いし、瀞は一応、家主に断りもなく家具を増やそうともしない。
 というか、今では片鱗を見つけることの方が難しいが、瀞はお嬢様である。
 一哉と暮らすようになって、日用品の買い物をしたが、それすらも新鮮に感じたほどだ。

「なんか、ふつーの家」
「うっ」

 グサッと綾香の言葉が胸に突き刺さった。

「あ、悪い意味じゃないのよ? 瀞が十分生活能力があるのは分かってるから」
「―――それは暗に俺の生活能力がないと言いたいのか?」
「あら、正しく受け取っちゃった?」
「ったく、人の家に上がっても借りた猫になりはしないか」

 脇に緋を抱き着かせたまま、一哉がリビングに出てくる。

「い、一哉は生活能力あるよ? ジャングルに放り出されても生きていけるんじゃない?」
「瀞、それは世間一般で『生活能力』とは言わない。それは『生存力』とか『野生本能』とか言うのよ」
「・・・・おい、後者は違うだろ」
「そっかー」
「そっかじゃないだろ、おい」

 見事にオチがついたところで、瀞は一哉の方を向いた。

「それで、どうしたの?」
「あー、コーヒー淹れてくれるか? 山神が来たならお茶を出すんだろ」
「分かった。ついでに淹れるよ」

 ニコリと笑みを浮かべ、瀞はキッチンの方へと歩き出す。

「あ、綾香、リビングのソファーにでも座ってて」
「りょーかい」

 瀞は「友達が遊びに来る」という状況が嬉しいのか、小さな鼻歌を歌いながらお茶の用意をしていた。
 それを横目で見ながら綾香は立ったままの一哉を見上げる。

「座らないの?」
「・・・・お前、何しに来たんだ?」

 素のままの綾香に一哉が訝しげに尋ねた。
 その音量は小さく、瀞には聞こえないだろう。

「何って・・・・遊びに来たのよ? 瀞とは遊びに行くことはあっても、家に行ったことはなかったしね」
「それが何故こんなタイミングなんだよ」
「深い意味はないわ。・・・・ただ、そうね、瀞を受け入れた熾条との生活を見たかっただけ」

 ニタリと質の悪い笑みを浮かべる綾香。
 それを見た一哉が嫌そうにした。

「趣味が悪いぞ」
「否定はしないわ」

(それにしても・・・・)

 綾香は瀞から出された紅茶を飲みながらふたりを見比べる。
 綾香がソファーのど真ん中に座ったせいで、ふたりは綾香の手前に並んで座っていた。
 その時も、瀞は何も言わずに座ろうとし、一哉もそれに気付いてスペースを空けている。
 まさに会話なしで意思疎通ができているのだ。

(ふむふむ)

「? 何、綾香?」

 じーっと観察されていることに気付いた瀞が小首を傾げながら問い掛ける。

「いや、あんたたち、ずいぶんと変わったなぁ、と」
「「は?」」

 同時に返された言葉に苦笑しながら綾香は話を続けた。

「熾条は入学当初からぼけーとして飄々な奴だったけど、今は随分晴也たちとバカやるじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「瀞も一学期は借りてきた猫、というよりは・・・・・・・・」
「そこで黙らないでよっ!?」
「引っ込み思案だったけど、こうしてツッコミできるようになったでしょ?」
「・・・・うー」

 会話を誘導されて悔しいのか、唸りを上げる瀞。

「慣れた、もしくは染まったの間違いじゃないのか?」
「あー、まあ、統世はいろいろ濃いからねぇ。・・・・でも、ふたりともそう簡単に周囲に影響されるとは思えないけど?」

 一哉は幼い頃から活躍するフリーの軍人として、『自分』を強く持っていた。
 瀞は家督争いや親族の不幸など、早くから荒波に揉まれて『殻』を作っていた。

「あたしが思うに、ふたりが変わったのはお互いの影響じゃないの?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 唸りを上げていた瀞がそろそろと一哉を見上げ、目が合うとパッと視線を逸らす。

(プッ。あははははは!!! これ、楽しー!!!)

 誰もいなかったら、机をバンバン叩きたいところだった。
 声には出さないが、赤くなっている瀞を見るのはこの上なく楽しい。
 のろけは大ダメージだが、こうしてからかうことは友人の特権ではなかろうか。

「わ、私、夕食の買い物に行ってくる!」

 空気に耐えられなくなったのか、瀞が財布を掴んで部屋から飛び出した。
 逃げるのはいいが、来客を放っていくのはどうかと思う。

「・・・・・・・・・・・・それで、思惑通り、瀞を退場させたわけだが・・・・」

 一哉は深くソファーに腰掛け、コーヒーを一口すすった。

「本題は?」

 その言葉に綾香も紅茶を口に含む。

「鋭すぎる男ってのも考えものだと思うわよ」

 ガラリと雰囲気を変えた綾香は背後からのプレッシャー――緋に笑みを浮かべた。

(瀞の手前はこの敵意を消してたけど・・・・やっぱりこいつはあたしを警戒している)

 今、ここに座っているのは瀞の友人・山神綾香とは違い、"雷神"・山神綾香である。

「ま、瀞を泣かせてはいないようだから、いいんだけど」

 ふっと友人の顔を覗かせた綾香は次の瞬間にズバッと本題を切り出した。

「あんた、これからどうするの?」
「基本骨子は打倒・鬼族、だが?」
「その危険性について、理解してる?」
「そこまではまだ調べ切れていない」

 一哉が音川にて展開した戦略はあくまで、限られた戦力を限られた戦場で運用する、という戦術に近い戦略だ。
 各勢力の動向や戦力などを的確に把握した上での自勢力の運営などを考える大戦略は必要としなかった。しかし、音川から鬼族を追い返した以上、戦場は広範囲に広がる。
 このため、一哉は情報収集及び戦力の集中を行っていた。

「鬼族は一昔前まで、旧組織、SMO共通の敵だったわ。いくつもの退魔組織が滅び、鬼族の脅威は今まで語り継がれている」
「らしいな」
「本当に分かってる? そんな相手との戦いに・・・・瀞を巻き込むのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 瀞の性格が戦いに向いていないことなど、誰でも分かる。

「違う、いちやはちゃんと―――」
「黙って。あたしは熾条に訊いてるのよ」

 口を挟もうとした緋にピシャリと言いつけた。
 同時にそれは、一哉に対する解答の催促だ。

「瀞が参戦することに不満が?」
「当然あるわ。でも、参戦云々は瀞が決めたことよ。だから、あたしが求めるのは瀞の安全だけ」

 綾香は一哉の返答を待たずに続ける。

「熾条の作戦はこっちがひやひやするからね。もうちょっと、安全策でお願いしたいわけ。敵に大損害与えても毎回毎回、ギリギリで戦えば、鹿頭の人たちも参っちゃうわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あたしが熾条に約束して欲しいことは3つ」

 ピッと指を三本立てる綾香。

「ひとつ、瀞を泣かせないこと」

 それは一哉自身が危険な目に遭わないことや瀞を拒絶しないということ。

「ふたつ、もし大きなことをしようとしてるなら、あたしたちには知らせること」

 それは強大な勢力の後ろ盾を持つことで、自由に行動できるということ。

「みっつ、瀞をできる限り危険な目に遭わせないこと」

 それは瀞をできうる限り、戦闘から遠ざけるということ。

「分かった? 分かったら返事を」
「ったく、分かっ―――」
「―――三つ目はちょっと約束できないかな」
「「―――っ!?」」
「ただいま、緋」

 瀞は荷物を置くと、緋の頭を撫でる。そして、荷物を冷蔵庫に仕舞うように言った。
 最近家にいる緋は瀞の手伝いをよくしており、このくらいなら簡単にできてしまえるようになっている。

「綾香、私は一哉の敵と戦うって決めたの。だから、三つ目を履行されると、一つ目が履行できないかもよ?」
「でも、瀞は―――」
「そりゃ、"雷神"とか言われる綾香には敵わないよ。きっと結城くんにも勝てないと思う。けど・・・・」

 瀞は一度、一哉を見てから言った。

「私、そんなに弱かったかな?」

 瀞は後夜祭の戦いで鬼族数名と陰行鬼を討ち取ることに武功を挙げている。
 特に陰行鬼は瀞が引きつけておかなければ討てなかった可能性が高かった。そして、彼は"風神雷神"が苦戦した相手である。

「・・・・そうね、戦い方は危なっかしいけど・・・・というか、見ててハラハラしたけど」
「うっ」
「はぁ・・・・なんかこっちが悪者になりそうな雰囲気だから止めるけど・・・・・・・・瀞も、無理しないようにね。そんでもって、無理しそうな熾条はしっかり止めること」
「それは分かってる」

 力強く頷く瀞に安堵の息を漏らし、綾香は立ち上がった。

「それじゃ、一緒に料理でもする? あたしも実家離れて暮らしてるからある程度はできるわよ」
「綾香と料理かー。楽しそうだねっ」




「―――思ったより、しっかりしてたわね・・・・」

 綾香は一哉と瀞が暮らすマンションを見上げながら呟いた。
 てっきり、一哉は師匠を失った悲しみで無理な戦略を立てているのだと思っていた。
 それこそ、鬼族の本拠に強襲を仕掛けようとしていても驚きはしなかっただろう。
 だが、そんな素振りは全くなかったし、瀞に隠し事をしている様子でもなかった。

「あれなら、うまくやっていくかな」

 見上げるのを止めて歩き出す。
 思った以上に普通に生活していたことに驚いた。
 同居していることは聞いていたが、あそこまで自然とは思わなかったのだ。

(あそこまで行くと、もう同棲って言ってもいいような気がするけど)

 瀞が強くなったのは家事全般をこなす自信からかもしれない。
 人は何かをなしているという自信を持った時、ものすごく強くなる。
 それはプライドに直結するが、誇りを持たないことほど悲しいこともない。

「―――にしても・・・・いい加減、あたしは害がないって分かってくれないかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 綾香の後方――10メートルの位置に立っていたのは緋だ。

「あたし、何かした? 熾条に攻撃しかけたことは・・・・まあ、表ならば何回かあるけど、雷術を発動させたことはないけど」

 綾香はそう言いつつも、油断なく、関節をほぐす。
 相手は守護獣。
 警戒することにこしたことはない。

「ま、分かってるけどね。あんたは熾条第一主義だってことは」

 それこそ、一哉に危害を加える者は容赦なく焼き尽くすだろう。

「分かってる。山神はいちやに手は出さない。でも、味方でもない」
「味方じゃない奴は敵?」

 確かに綾香は一哉の味方ではない。
 困ったことがあれば手を貸すが、それが山神宗家の害になるならば、直接手を貸すことはないだろう。
 冷たいのではなく、そこまでしてやる義理がないだけだ。
 それに一哉は戦略家だ。
 もし、綾香の力が必要と感じれば、言ってくるだろう。
 むしろ勝手に手伝って彼の戦略をぶちこわしてはいけない。

(これは・・・・ある意味、信頼してるのかしらね・・・・)

 噂には聞いていたが、いざ目の前でその戦略の妙を見せられれば感心するのは当たり前だ。
 晴也は戦場全体を把握し、敵を誘導する戦術に秀でているが、一哉の戦略はその上を行くだろう。
 だから、大丈夫。

「どうしたら、あたしも瀞みたいに受け入れてくれるの?」
「しーちゃんは【渡辺】と手を切った。でも・・・・」
「あたしは【山神】の人間、ってことね。分かったわ」

 瀞は形式上、渡辺宗家とは関係のないことになっている。
 このため、彼女の行動は全て彼女の意志となり、宗家の思惑は入っていなかった。しかし、綾香は実家から離れていようとも、山神宗家最強術者として宗家に与している。
 つまり、熾条一哉にそのつもりがなくとも、一哉は熾条宗家の人間だ。そして、緋も熾条宗家のものであり、他組織の者を警戒するのは当たり前である。

「じゃあ、これだけは約束してくれない?」
「?」

 小首を傾げる姿は本当に愛らしい。

「熾条にも頼んだけど、やっぱりあんたにも頼んどくわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 緋は紅い瞳に綾香を映しながら、じっと言葉を待っていた。

(本当に、瀞のことが大事なのね)

 幼い頃を知る師匠が戦死し、悲しくないはずがない。
 それでも、一哉が冷静に暴走しないのは瀞の存在があるからだろう。
 緋にはそれが分かっている。

「あんたから見ても、瀞の戦いが稚拙なのは分かるわね?」
「ん。いちやも心配してた」
「だから、いざ戦いになったら、瀞を守ってくれる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「確かに瀞の水術はすごいわ」

 あれだけの数の狼を操り、氷の術式を自作し、自らの術の性質を理解した戦いぶり。
 まるで優等生のような慎重な、堅実な戦いぶりだった。

「でも、やっぱり・・・・」

 優等生である故に、イレギュラーな戦いはできない。そして、退魔師の戦いはそのイレギュラーとの戦いとも言えた。

「うん、あかねはしーちゃんのこと守るよ、絶対に」

 綾香に皆まで言わせず、緋はにっこりと笑う。

「だって、しーちゃんはいちやに必要な人だもんっ」
「そ、安心したわ。戦場にいられないあたしより、絶対に戦場にいるあんたの方が頼りになるからね」

 綾香はにこっと笑みを浮かべ、そのまま踵を返した。
 全く背中を気にしない綾香は緋を信頼したようだ。

「さあて、これからどう動くんだろうな」

 綾香は持ち前の勘で今後起こる退魔界の激震を何となく、感じ取っていた。
 だからこそ、まだ平穏な内に釘を刺したのである。

「まー、あれくらいで引き下がるほど、熾条は可愛くないけどね」

 何せ学園一の愉快犯と連んでいるのだ。
 晴也も一哉の中に自分と似たものを感じ取ったに違いない。

「ん?」

 ポケットに入れていた携帯電話が震えた。

「メール? ・・・・瀞からか」
『すっごく楽しかったよ。また、来てね♪』
「・・・・ふふ」

 文面を見て、思わず笑みを浮かべてしまう。
 瀞は綾香が単純に遊びに来ただけではないと知りつつも、次の機会を用意してくれた。
 いや、目的が遊びでなかったからこそ、用意してくれている。

「あー、もう、ホントいい娘よね」

 これからのことでいろいろ考えていた綾香はため息と共に、そっとその肩の力を抜いた。










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