第九章「集まり来る戦雲」/ 1
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 真っ黒な空間。 それが空間転移を成し遂げた彼が第一に抱いた感想だった。 眸の暗順応が終えるまでに長距離転移で乱れた白髪を結い直し、いつもの白いスーツを整える。 「ふむ」 身繕いが終了した彼は久しぶりの岩を削っただけの壁が続く廊下を歩き出した。 自然にできた洞窟を細工したものなのか、人工物の無機質さはない。しかし、それでいて浸食されず、コケのひとつすら生息していない天井や廊下にささやかな懐かしみを覚えつつその先を目指した。そして、自然な動作で腕時計を見る。 「・・・・む」 微妙に遅刻気味。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 それを確認しても彼の速度に変化はなかったが。 ―――ギィー 彼は無駄に意匠を凝らしてあるが、所詮は木の板を繋ぎ合わせた扉を押し開け、待ち合わせ場所である目的地に入る。 「―――"侯爵"、久しぶり」 「・・・・遅刻だな」 早速ふたつの声が彼――"侯爵"を迎えた。 「すまない、仕事が忙しく、なかなか抜けられなかった」 「うん、いいよ。キミが一番忙しいからね」 上座の椅子に座り、にっこりと微笑む子ども――皇帝の左手には作務衣姿で腕を組む偉丈夫――宰相が、右手にはおっとりとした笑みを浮かべる貴婦人――久遠が固めている。 "侯爵"の席は宰相――"公爵"の隣だ。 宰相側には譜代である五爵の、久遠側には新参者たちの席が用意されていた。 「相変わらずここは閑散としている」 久遠の隣には4つの席があるが、全て空席。 五爵も上位三人しかいない。 組織の方針を決める会合だというのに出席率は五割を超えないのだ。 「仕方なかろう。奴らはこのような場に興味はない」 宰相がこの状況を問題だとは思っていない口調で答える。 「ヒェッヒェッ、儂もどう動こうが興味はない。じゃが、俗世のことは多少気になるでのぉ。―――"侯爵"、楽しみにしておるぞぉ。ヒェッヒェッ」 ドロリと濁った光を放つ"伯爵"の目は狂気すら孕んでいた。 そんな視線だけでなく、皇帝の好奇心を隠さないもの、宰相の報告を待つもの、久遠のおっとりとして、しかし、底の見えないものが"侯爵"に集中している。 今日の目的は激動の時代を迎えた退魔界の報告。 「"侯爵"、御願いね」 皇帝がニコリと命じた。 「仰せのままに」 "侯爵"は立ち上がり、長机を挟んで皇帝の向かい合う位置――下座に移動する。 「それでは話すとしよう」 パチンと指を鳴らす。すると全ての燭台の灯が消え、部屋は語るにたる闇に包まれた。 「あの、全てが回り出した夜のことを」 降りかかる厄災 scene 1月2日午後11時過ぎ、太平洋鴫島諸島。 1年前、いや、2年前の夏。 ここは世界にこの国が誇る退魔力を結集して攻め寄せた、鴫島事変の舞台になった諸島だ。 SMO太平洋艦隊はその存在意義をかけ、周囲に大量発生した海洋妖魔と戦う中、鴫島本島からの攻撃で過半数を喪失。 ヘリで派遣された先遣隊も多くが撃墜され、着陸した者も後続がないために包囲殲滅。また、制圧戦では本陣が急襲され、結城・渡辺宗主やSMO長官などの退魔界の重鎮が戦死するという最悪の事態まで起こる始末。 鴫島事変は死者・行方不明者も4桁に上り、間違いなく遠い未来まで語り継がれる大惨事だった。 その戦いは新旧両組織に大きく深い爪痕を残して鎮圧。 以後、ここにはSMO太平洋艦隊の本部が置かれている。そして、失った艦数を回復するために呉や舞鶴の造船所に依頼している。 それだけでなく、上陸戦で戸惑った教訓を生かして揚陸部隊を新設。その軍艦たちは佐世保で建造されていた。 それらは元々建造されていたものに手を加えるだけなので、かなりのスピードで作業は進んでいるらしい。だからか、そろそろ形はできてくる頃らしく、近いうちに派遣できるかもしれないと責任者からのメールがあったのだ。 そんな軍備拡張に勤しむ太平洋艦隊は諸外国の海軍に睨まれつつも必死に隠し通してきたものがある。 『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』 鴫島から日本列島を映し出した巨大スクリーンと無数にある電子機器が特徴の部屋に存在する全ての人間がスクリーンを注視していた。 スクリーンは経線と緯線が緑の細線で縦横に引かれ、本州を初めとした日本列島の島々の輪郭が赤の細線で描かれている以外は真っ黒だ。 『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』 じっと彼らは身動きせず、スクリーンで移動する線を眺めている。 鴫島を起点に伸びていく線の数は15個。そして、それに対応するように日本列島に15個の赤い点が点滅していた。 九州・中国・四国地方にふたつずつ、近畿地方には六つ、中部地方に三つ。 それぞれの点から線が引かれ、その先にある数値はリアルタイムで減少を続けている。 「―――異常はないな?」 司令席で隣に立つ副官に山名昌豊は訊いた。 「何も。全て順調です。あの数値がゼロになった時、あそこには生きている人間などいないでしょう」 「まあ、さすがにこれをどうこうできるやつを・・・・同じ人間だとは思いたくないな」 山名はため息をつきながら首を振る。 赤いボタンを押した数時間ほど前、決意したことが再び緩んだ。 (私は・・・・たった一本の指で数百人を殺すことになるのだ・・・・) 「人」を守るために「ヒト」を殺す考えに後悔はない。しかし、死んでいく「ヒト」には「人」としての人生もあったし、失われて悲しむ「人」もごまんといるだろう。 「先発、まもなく目標上空へ到達します」 無感情を心がけているようだが、どことなく昂揚していると窺える声音でオペレーターがマイクに声を通した。 SMO太平洋艦隊が隠し続けてきた物、それは通称、MRBMと称される非人道極まりない兵器――準中距離弾道ミサイルだ。 それが12個、日本列島の12の土地をもうすぐ捉えるということだ。 「『布津御魂』12、結界展開に伴い子弾を解放しましたっ」 『布津御魂』は約1400kmの射程を持つ準中距離弾道ミサイルの名前である。 「一斉降下開始っ」 布津御魂とは日本神話において、建御雷尊が出雲平定に使ったとされる霊剣だ。 国を滅ぼす霊剣が同じく国を滅ぼせる威力を持つミサイルに名付けられた。 『『『『『―――ッッッッッ』』』』』 カウントがゼロになり、地図上から12のポイントが消失する。 「着弾っ」 子弾解放と共に展開した小型カメラが着弾の瞬間を捉えていた。 12のうち、特に名家として全国に名を馳せる陰陽師一族――叢雨家の邸宅が赤い結界に取り込まれ、中なら出てきた陰陽師たちが為す術もなく、子弾の爆発に巻き込まれて砕かれていく情景が映し出される。 展開から十数秒。 結界が晴れた時、そこには建物を構成していただろう瓦礫しか残されていなかった。 (これが・・・・ミサイル・・・・。いや、科学力か・・・・) 叢雨家は旧組織の重鎮でもあり、その一族や門弟には一部の治外法権が認められるというほどの実力者。 それが一夜の内に滅亡させる威力。 (他はすませた。・・・・さあ、このまま座して滅びるのか、能力者最強どもっ) ミサイルの残り、目標は三つ。 京都・風術最強結城宗家、近江八幡・水術最強渡辺宗家、上越・雷術最強山神宗家。 「近江八幡、結界展開、子弾解放っ」 山名は目を閉じる。 その前に琵琶湖の湖岸に繁栄している渡辺邸が見えた。そして、ほんの、ほんの一瞬だけ、湖岸にポツリと立つ初老の女性が見えた気がした。 「着弾っ」 ワッと歓声が上がる。 それを振り払うかのように大きな声がオペレーターから迸った。 「京都、上越、結界発動、子弾解放っ」 (【渡辺】は傑出した術者はいなかった。しかし・・・・) 結城宗家宗主――"鬼神"・渡辺晴輝、"結城宰相"・結城晴海、"風神"・結城晴也。 山神宗家宗主――"雷土"・山神景賢、"雷神"・山神綾香、"雷狸"・山神景堯。 「降下かい・・・・ッ」 オペレーターが息を呑む。 同時に屋敷を映し出していた映像が消えた。 「どうした!?」 副官が血相を変えて問い掛ける。だが、山名は何があったかを悟っていた。 「さすがは"神"の文字を与えられし逸材どもか・・・・」 夜の闇に沈む京都。 そこに居を構える結城宗家は奈良末期から朝廷と関係があり、平安遷都にはその一角に敷地を与えられるなど、朝廷との関係を密にし続けた珍しき退魔組織である。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 青年は目を閉じ、何の音もない空間にいた。 そこは地下であるのにかかわらず、<風>に満ち溢れている。 清澄。 空間を表すにはその一言で充分だった。 『―――先輩、名雲家から連絡がありました』 無音を破って聞こえた『外』からの緊張に凝り固まった声。 「・・・・おう」 先輩と呼ばれた青年は目を開け、双剣を召喚した。 結城神宝・<飄戯(ヒョウコ)>。 柄を握った当代の担い手――"鬼神"・結城晴輝は緩やかな<風>が奏でる音色に剛気な笑みを見せる。 「頼むぜ、相棒」 大剣は応え、その風は空間の扉を押し開けた。 結城宗家は内に秘めていた戦力の一部を開放し、各拠点に彼らを配置している。 それは結城姓の由来である「城を結ぶ」ことに特化した、結城独自の警戒網だった。 術者を拠点に配することで広大な探索術式を組み上げるのだ。 結界が要を縦横に持って強固なものになるように、結城のこれも同じ性質を有していた。 外縁で索敵すればそれは即時に中央に知らされる。 その早さは音速を超え、結城宗家が凄まじい情報力の根源と為していた。 結城宗家御家芸――高位術式・"結城"。 数十人という結城の血を継ぐ者たちによって編み出される結城一族の結晶である。 奥義とも言える術式を起動し続けるために戦力の全てが日本庭園の趣を見せる庭に集結していた。 それと同時に彼らは一様に<風>を集め、そして、蓄えている。 (頼もしき家人たちよ・・・・) 「―――あら、来たの。えーっと、谺玖(コダマ)家から連絡が。目標の速度は・・・・」 屋敷の外に出た晴輝を迎えたのは妹の結城晴海だった。 「まあ、もうすぐ来るってことだな」 難しい計算が苦手な晴輝は軽く具体的な数値を聞き流す。 「ええ、5分以内に来るわ。準備して」 晴海には目立った武功はないが、人を率いるのに確かな才を有していた。 鴫島事変以後、滅多に顔を出さなくなった晴輝に代わって家政を執り、傷ついた結城宗家を再生させたのはひとえに彼女の辣腕のおかげである。 そのため、彼女は"結城宰相"と呼ばれていた。 (だから俺は多少の無理ができるというものだ、うん) 晴輝はおおよそ勢力のトップとは思えぬことを心の中で呟く。 全身に<飄戯>が纏う<風>を巡らせ、髪や服の裾をはためかせるほどの風がゆっくりと流れ出した。 「晴海」 ふわりと浮き上がり、晴輝は後事を託す。 「任せて」 快諾に笑みを見せ、無茶なことを言った自分に誰ひとり欠けることなく付いてきてくれた分家や使用人たちを見遣った。 「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」 左手を挙げ、緊張で顔を強張らせている皆に挨拶する。そして、晴輝は爆音を上げて飛翔した。 それは数メートル下にあった庭石を粉砕する反動を残す。 「やっぱ、とんでもないわ」 全ての結城がその肌に躍動する【力】を感じるという凄まじい衝撃を受けた。 「―――来た来た来たぁ〜!!!」 "風神"・結城晴也は北陸の寒空の中、猛スピードで索敵範囲内に飛び込んできた金属の塊を知覚した。 (マジで来るとはな・・・・) 晴也は眼下を見下ろす。 かつて戦国最強と謳われた長尾・上杉家が本拠と定めた春日山。 それをいつでも仰げる場所に退魔界の重鎮――山神宗家の屋敷はあった。 北陸の退魔師としては最強戦力を誇り、精霊術では最高速かつ最大攻撃力を持つ、一撃必殺で有名な一族だ。 ―――ゴォッ!!! 「ぅお!?」 思考に沈んだわずかな間に飛来した金属の塊は晴也の頭上に停止していた。 全長約20m、直径約3mという巨大さと無駄のないフォルムと装飾のない無骨さがその威力を物語っているようである。 (・・・・奴らもとんでもねえな―――) 『―――晴也、まだっ!?』 「っと」 相棒の叱責に慌てて行動を開始した。 ―――カチャンッ 何かが外れる音と共にミサイルの頭部が開き、そこから無数の子弾――それでもほど30cmほど――が同時に展開した結界内の空を埋め尽くさんとばかりに散布される。そして、先端に輝く赤いセンサーが山神邸を認識し、照準を合わせ始めた。 後数秒も経たずに彼らは攻撃を開始し、山神邸は灰燼に帰すだろう。 「させるかよっ」 予め用意しておいた術式を起動した。 まるで粘着液かのように子弾たちに<風>が付着していく。そして、それは地上のある点とそれぞれ<風>の糸を繋げた。 「準備はいいぜっ」 眼下にある夜景の光を全て覆い尽くすんじゃないか、ってほどに【力】と光を放射している相棒――"雷神"・山神綾香に合図する。 『待ちくたびれたわっ』 怒号とも言える元気のいい返事。 「さって、俺も離脱しないと消し炭だなっ」 晴也は残ったわずかな<風>を集め、急いで戦線離脱を図った。 高まる【力】に震撼しながら全力で距離を取る。 『―――"霹霆(ヘキテイ)"ェッ』 綾香の声と共に地上で轟音が鳴り響いた。 それに呼応する形で子弾たちは自由落下を開始する。 ―――雷霆と科学が、その叡智を賭け、寒空を駆け巡った。 地上にいる"雷神"から触手のように雷が伸びる。 それらは時間差があろうとも<風>で引かれた線――真空帯を駆け抜けたためにほぼ一直線に目標へと到達した。 対山神を意識した強力な絶縁体で覆われた子弾外壁との間に激しいスパークが巻き起こる。 「へっ、甘いぜッ」 遠く離れた場所で観戦する晴也から嘲りの声が上がった。 晴也の"静凪"は真空帯を作ることで、雷撃が空気をこじ開けるという無駄な手間を省くためのもの。 それは最短距離を最高速で通過することを意味し、同時に最大出力を残したままという最高攻撃力を意味するのだ。 よって綾香の放った雷撃はほとんどの【力】を温存したまま絶縁体に挑み、至極当然かのようにそれを食い破る。 内部に侵入した雷撃は子弾を思うままに蹂躙、爆砕させた。 ―――ドオオオオォォォォンン!!!!!! 「ふん、どんなも―――え!?」 自慢げな声が凍り付く。 確かに夜空に轟音と閃光が満ち、子弾たちは己の威力を無為に散らせた。しかし、科学の生粋である彼らは自然の猛威である雷術に対して抵抗を示したのだ。 重力に任せた垂直落下からバーナーを点火したジグザグ落下への変更。 急に軌道を変えた子弾たちは襲い来る雷撃を紙一重で躱し続け、いくつかを食い千切られながらもその半数が猛威を凌ぎ切る。 それらは爆炎に紛れて急速に地上との距離を詰めていた。 「綾香、もう一度だっ」 「え、あ・・・・分かったっ」 晴也は"静凪"に修正を加え、綾香は第二波の"霹霆"を放つ。 子弾群と雷撃は高度1300フィート(約400m)で再び干戈交え、今度は先程以上の爆音が轟いた。 「―――ッ!?」 それでも他の子弾を盾に雷撃をかいくぐるものが十数個。 「このぉ・・・・くっ」 第三波を放とうとした綾香がふらりと傾ぐ。 ただでさえ消耗の激しい雷術だというのに二度も天を切り裂く"霹霆"を使っては当然のことだった。 「「「「「―――ッッッ」」」」」 山神の術者が"雷神"に代わって一斉に攻撃を開始する。 数個が幾つもの雷撃に見舞われ、熾烈な戦いの末に爆発した。だが、13個の子弾が生き残る。 標高百数十メートルの地点に建つ山神邸まで後50m――― (間に合わない・・・・ッ) 当初の数より少ないため、屋敷を包む爆発はないだろう。しかし、山神の術者はここに全て集まっていた。 甚大な被害が生じるのは避けようがない。 「―――"雷織籠雀"ッ」 山神の術者たちが死の恐怖で硬直するを解き放つ一喝。 それと共に撃ち出された雷撃は屋敷に張り巡らされたある高位術式を起動させた。 「っ、宗主!?」 術者たちの驚きの中、屋敷の壁や床、庭の地面までもが電撃の線が延びる。そして、それは上空から見ればひとつの紋章に象られた時、その術式は起動した。 象られた紋章は山神宗家の家紋・≪稲妻九曜菱≫。 起動した高位術式は"雷織籠雀"。 山神邸が建てられた当時からその資材に編み込まれた拠点防衛術式のひとつである。 山神邸を覆うように半球状の雷術が立ち上がった。 それらは雷で要所を結ぶように編まれた籠状の術式。 交差する部分はエネルギー負荷のためかスパーク音が鳴り止まず、防衛術式だというのに獰猛なイメージがある。 山神宗家対空最終戦力が激戦を生き残った子弾たちを迎え撃った。 ―――ドオオオオオオォォォォォォォンンン!!!!!!!!!!!! 山神邸をまるで落雷があったかのような轟音と閃光が支配する。そして、数秒後、半壊した屋敷からの大歓声が山々を震わせた。 1月3日、煌燎城。 高い石垣と堅固な城門に外郭は守られ、内郭も高い石垣の上に三ノ丸、二ノ丸、本丸と続くという小高い山を丸々要塞化した難攻不落の平山城。 本丸に聳える五重六階の天守が辺りを睥睨し、森の中にただひとつ、圧倒的な武威を以て存在している。 その威風堂々とした巨郭は戦前の緊張に包まれていた。 「―――わずか十数分で一二家を滅ぼすとは・・・・思い切ったことをしましたね」 「何を落ち着き払っている? 我々も狙われたのだぞッ」 上座に座って茶を飲みながら、まるで他人事のように言った老婆に老爺が雷鳴の如き声を上げる。 「まあまあ、内輪揉めはいけませんよ」 大物の気風を感じさせる初老の域に入ったスーツ姿の男が仲裁に入った。 「景賢さん、当家も攻撃を受けてはいません。・・・・しかし、取り巻く状況は皆同じです」 「そうそう。勝てる戦も落とすぜ。何せ、奴らはあんなものを持ち出してくるほど・・・・本気なんだからな」 その尻馬に乗るように20代前半の青年が言う。 「むぅ」 年下2人に諫められ、呻きながら周囲を見回した。そして、気まずそうに立てていた膝を元に戻す。 「中断して悪かった。続けてくれ」 「・・・・いえ、私も無神経でした」 両者が非礼を詫び、頭を下げあった。その後に互いの視線を絡ませる。 「この話はここまで」というアイコンタクトだった。 「それで、十二というのは・・・・どこじゃ?」 ふたりのやりとりを冷めた目で見ていたもうひとりの老婆が促す。 「・・・・ええ、<識衆>の調べでは京都叢雨家を始め―――」 薩摩川内・樋浦家、阿蘇・御津家、四万十・多幡家、三好・三枝家、邑南・古我家、岡山・中条家、熊野・戸津野家、吉野・麻宮家、三木・堀井家、飛騨・山内家、飯田・池島家の十二家が一夜の内に滅亡していた。 「年賀のために普段は屋敷にいない者も多数訪れていたようです。そこを攻撃されたわけですから」 「一族郎党皆殺し、というわけですね。・・・・そして、その犠牲者は、六〇〇は下らない・・・・」 目を閉じ、ずっと腕を組んでいた初老の男が呟く。 「そうです。今、鰈(ガレイ)に命じ、生き残りを捜させています。使えると判断すれば引き入れ、我らの戦力にする手筈です」 「編成は厳一が仕切っているのですか?」 「ええもちろん。彼には大将軍の地位を与えています。・・・・元帥、と言った方が分かりやすいですか?」 「いや、充分です」 男はそれが聞きたかったのか、すぐに目を閉じて静観モードに戻った。 「厳一は防御に優れた才を持っている者はこの煌燎城の守備兵として<杜衆>を、そして、攻めに優れたる者を我らの牙とするために<鉾衆>を作ると言っています」 よって厳一は今この場にいない。 「<杜衆>はともかく、<鉾衆>の牙って言うのは、例えば?」 青年が聞いてきた。 自分たち以外の戦力に興味を抱いたのだろう。 「<識衆>はあくまで諜報機関です。攻撃専門部隊があればこれからの時代、やりやすいとのことでしょう。任務とすれば敵拠点の襲撃や各拠点の防衛など。まあ、遊軍ですね」 「遊軍・・・・」 昏い瞳をした老婆が呟いた。 「あなた方は自身の戦力でSMOとの戦に従事してください」 「それはまるで、そなたらはSMO以外と戦をするような口ぶりだな」 老爺がわずかに眉を顰める。 「事実です。近年増えた結界の破壊、宮内庁書陵部襲撃、鴫島事変の黒幕、東名高速の一件・・・・」 上座の老婆は指を折りながら彼らが抱えている問題を列挙した。 「ふふ、まだまだ隠れている勢力があるのです。その者を炙り出し、そして、その戦にあてます」 老婆は若い頃から大戦略に通じる戦略家として知られている。しかも、その影響は彼女の死後も強く残ると言われ、未だ存命にもかかわらず数十年前に"悠久の灯"という異名を得ていた。 「ならばその頭となる者は相当の出来物でなければなるまい? 当てはあるのか?」 探るような瞳で自分を見る老婆。 それは列席した者たち全員に共通する視線だった。 自分たちとSMOを手玉に取っている者たちとの戦に耐えうる人材がいるのか、という興味と危惧。 それを感じ、老婆は心強さを抱く。 (安易にこちらの言葉を信じない。さすが、数十名の一族を率いてきた者たち) 「それはご安心を。とっておきのに目を付けていますから」 そう言った老婆は「ふふっ」と若返ったかのような楽しそうな笑みを浮かべた。 |