第九章「集まり来る戦雲」/ 2



 長崎県佐世保市。
 1886年に海軍鎮守府の設置以来、急速に発展して軍港都市として栄えてきた。
 太平洋戦争で甚大な被害を被るも、現在も米軍・自衛隊が利用し、基地のイメージが強い都市である。

「―――うむ、異常ないようじゃの」

 建造中の艦内。
 その誰もいない暗闇で男の声がした。

『当然です。あの程度でイカれるほど私は柔じゃありません』

 部屋全体が喋ったかのような声。
 それに驚くことなく、彼は満足そうに頷く。

「そうだそうだ。司令部の間抜けどもに豆鉄砲を喰らわせてやったからのう」

 昨日、SMO太平洋艦隊司令部の者が建造中の軍艦を視察に来た。そして、当初は疑っていた機能の素晴らしさに感激し、今では基地の奥まった場所で枕を高くして寝ているだろう。

「子サグモとの連携も完璧だった」
『ええ、あそこまで親和性の高い機械は初めてです。どこまで離れても操作できそうでした』
「―――当然だろう、誰が作ったと思ってるんだい?」

 扉が開く音と共に声が掛けられた。

「茶織か」

 彼女は彼の実娘であり、仕事の片腕でもある。

「総主任、深夜に艦橋で何してるんだ? 何か面白いもんでも見えるのか?」

 父とは呼ばなかった。
 ここは仕事場であり、同時に父とも認めていないと言うことだろう。

「何か見えるのか、サオリ?」

 娘の眉が跳ね上がった。

『はい、潜り込んだ、獅子の群れが』
「・・・・え?」

 茶織が呆けた声を出す中、基地を包む結界が生まれて爆音が轟く。
 同時に艦内全ての放送器具がエマージェンシーの警報を鳴らした。

「な、何?」
「ふむ、予想外に早かったな」
『奇襲から2日、この基地は業火に包まれますね』
「何落ち着いてるんだ、この馬鹿どもッ!」

 茶織はほのぼのと会話を続ける痴れ者たちに罵声を浴びせ、各方面の連絡網に回線を繋げる。

「警備部、どうなってる!?」

 基地にある警備室に連絡を飛ばした。
 ここには普通の警備員が詰めているが、本日だけはSMOの隊員が詰めているはず。
 結界などと言う裏の世界のものが展開した以上、対応するのは彼らだ。

『―――こちら警備室。あんたが頼りにいたSMOはみんな赤い液体を撒き散らせて床で寝てるぜ』

 若いまだ少年と言っていい声が自慢げに警備室の陥落を知らせてくれた。

「誰だ、貴様っ」
『名乗るわけにはいかねえよ。名乗りは御嬢様に止められてるんでな。じゃ、俺はまだ残党狩りすっから。アデュー・・・・ガチャッ』

 相手は好き勝手に喋り、一方的に通信が切る。

「くそっ」

 受話器が軋むほどの力で元の場所に戻し、茶織は燃えるような瞳で父を見遣った。

「総主任、誰が来たか分かってんのか!?」

 先程、『早かったな』と発言した父は襲撃者の正体を知っているはずだ。

「ああ、まあ、ここは九州で、基地全土に燃え広がる炎を一瞬で生み出せる者と言えばひとつしかないじゃろう?」
『しかも、先程の「御嬢様」とは"火焔車"と見て相違ないでしょう。・・・・イヤー、ワタシ燃チャウヨー』
「やっかましいわっ」

 茶織が思わずツッコミを入れた時、艦を囲むように燃え広がった炎が割れた。

「おお、噂に違わず可愛い子じゃないかっ。若いのに和服とはいいセンスしておるっ」
「『この、エロ親父っ』」

 スクリーンに映し出された光景を見て讃辞した彼は娘に蹴りつけられ、机に叩きつけられる。

『御姉様』
「姉じゃないっ」
『姉上』
「違うっ」
『姉貴、ちょいとピンチ』
「だから―――って、え゙?」

 スクリーンに映る少女は何の表情もなく、その掌を天に掲げていた。―――その手に炎の鳥を従えながら。

「ちょっと・・・・マジ?」



「―――他愛もないですの」

 群青色の着物を着た少女は炎に包まれながら呟いた。
 火の手が上がって数分。
 瀬藻造船所は紅蓮の輝きに支配されている。

「当然でしょう。俺たちの襲撃を、大した戦力もないダミー会社が抑えられるはずがありませんって」

 少女と同じく全く熱くなさそうに炎の中を歩く青年が気の抜けた返事をした。しかし、その腰には刀があり、しっかりと周囲を警戒している。

「ふん、『大した戦力もない』ですの? 私にはコレは『ソレ』に準ずると思うですのよ、時衡」

 ドロリと少女――熾条鈴音が手を当てた壁が融け出した。そして、その意を受けた<火>がすでに内部に侵入していた<火>と合わせ、爆発的にその内部を蹂躙していく。

「こりゃ、またすごいなぁ・・・・」

 青年――旗杜時衡が思わず感嘆の息を漏らした。

「大きい。・・・・本当に浮くのですの?」
「いや、船だから浮かなきゃ意味ない―――ごわぁっ!?」

 セリフを最後まで言えず、裏拳を喰らって吹き飛ぶ時衡。

「わ、分かってるですの。少し取り乱しただけですの」

 鈴音は腕の着物を整え、改めて巨艦に向き直る。

「私だって、表向きは造船会社の令嬢なのですの。船の性能くらい分かりますの」

 吃水線付近が一番断面積が大きく、上にいけばいくほどそれが小さくなっていくタンブルホーム断面のトリマラン船型(三胴式)。
 垂直面を一切廃した凹凸の少ないダークグレイ一色の船体。
 軍艦というのに何故か、前部に突き出だした主砲以外の武装は見当たらなかった。

「完成間近な軍艦が三隻、他家に降り注いだミサイルの雨のように『表の武力』が使われては・・・・私たちに明日はないですの」
「・・・・確かに」

 現代兵器は敵の殺傷に留まらず、消滅を念頭に置いていると思われる。
 一度戦争で使われれば人はもちろん都市ですら破壊し、核兵器に至っては国をも破壊する。

「まあ、さすがに核は持ち出しはしないでしょう。しかし・・・・」

 きゅっと眼が細められ、その掌が掲げられた。

「SMO太平洋艦隊。表の技術と裏の神秘を統合した彼らは・・・・両世界の秩序を崩す害毒ですの。そんなものは焼き清めなければならないですの」

 鈴音の掌から爆発的に炎が広がる。
 それはすぐに収束し始め、緋色の光が目を灼く。
 すでに海上も熾条の手によって封鎖されていた。しかし、この艦が航行可能で見た目通りの武力を有しているならば熾条方は全滅するしかないだろう。

「私、日々成長してるですの、お兄様」

 収束していた炎がまたもや爆発的に広がった。

<―――ケーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!>

 咆哮が造船所に轟く。
 誰もが仰いだドックには建物の壁や屋根を焼き尽くした火の鳥が翼を広げ、自分以外の炎を吹き散らしていた。
 "燬熾灼凰"。
 数ヶ月前には扱えなかった術であり、兄が使えた術。
 鈴音がこの数ヶ月、錬磨し続けた結果である。

(く・・・・っ)

 発動から数秒。
 鈴音の額には脂汗がじっとりと滲んでいた。
 獰猛で強大な<火>が火の鳥の体内で暴れ回っている。

(お祖母様はこんなものを・・・・っ、三つも制御していたというのですの!?)

 熾条宗家は数代前からその経済力と軍事力、情報力を駆使して分家が経営する会社を一大財閥に仕立て上げていた。そして、その資金を用いて炎の帝国を築かんとし、様々な施策を打ち出したのが先代宗主――熾条緝音である。
 彼女は10年近く前に隠居したが、、今も尚その耳目は屋敷の奥にありながら裏世界全体に届いているという。

「お嬢様、無理をなさらずに」
「うるっさいですの。この程度、制御できなくて何が次期宗主ですのっ」

 音川から帰陣してすぐ、鈴音は旅塵を落とさずに祖母の部屋に踏み込んだ。
 驚いた面持ちだったが、本当は予想していたのだろう。
 何せ彼女は何も言わずに"燬熾灼凰"を教え始めてくれたのだから。

(くぅ・・・・こんの・・・・っ)

―――ヴィン・・・・

「お、お嬢様!?」
「―――っ!?」

 艦前方に取り付けられていた単装速射砲がこちらに向いた。

(殺られる前に・・・・殺るっ)

 鈴音の瞳に殺気が灯る。

<―――ケーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!>

 鈴音の意志に反応して紅蓮の鳥が咆哮し、自身の持つ熱量を叩きつけようとした。

『―――ッ、あーあー、ウホンッ。あー、こちら、SMO太平洋艦隊強襲揚陸艦隊旗艦「紗雲」(建造途中)。我々は―――』

 スピーカーから流れ出した老人と思しき声に鈴音は慌てて攻撃中止を命じる。

『我々はー、完全に包囲されているー、速やかにー、投降しまーす』
「は?」

 呆けた声と共に光源は消え失せた。






鹿頭朝霞 side

 1月10日。
 とある病院でひとりの少女が頭を抱えていた。
 彼女は先日、正式に宿敵と講和、同盟の誓紙を交わしたばかり。

「―――う〜・・・・」

 呻く。
 ようやく一仕事を終えたというのに新たに彼女は生まれた悩みに苛まれていた。
 少女――鹿頭朝霞は頭を抱え、しゃがみ込んだ状態で空になったベッドと馬鹿みたいに風ではためくカーテンを見遣る。

「信じられないわ。自分が絶対安静の身だって分かってるのかしら?」

 睨むように窓を見ていたが、その眼光をすぐに緩めた。

「まあ・・・・無理したくなるのは・・・・分かる、けど・・・・」

 彼女にしては歯切れが悪い。
 その視線も下を向き、瞳にははっきりと不安が浮かんでいた。

「・・・・はぁ」

 のろのろと身を起こし、見舞い用の椅子に腰を下ろす。

「私は・・・・どうすればいいのかしら・・・・?」

 天井を見上げ、朝霞は8日前のことを思い出していた。



 事はSMOに反旗を翻した者たちとの打ち合わせが終わり、その2人が帰った頃、さすがに疲れたのか、ベッドに寝て息をつく熾条一哉の下に守護獣――緋が駆け込んできたところから始まる。

「―――ごめんなさい、いちやっ」

 窓から飛び込んで来るなり、緋は平伏――いや、土下座した。

「ふぇ!?」

 ロビーにいた鹿頭に指示を出して戻ってきた朝霞が驚きの声を上げ、

「・・・・どうした?」

 嫌な予感にかられた一哉が眉を顰める。

「し、しーちゃんが・・・・」

 しーちゃんとは緋による渡辺瀞の呼称だ。

「瀞が、どうした?」

 一哉の表情が更に曇った。
 それだけで彼にとって彼女がどれほど大切かが窺える。

「しーちゃんが・・・・攫われたっ」
「「―――っ!?」」

 予想できないほどの最悪な知らせだった。

「誰が!? 鬼族!? SMO!? それとも他の!?」
「落ち着け、朝霞」

 ヒートアップした朝霞を一哉が止める。

「落ち着いていられるかっ。瀞さんは―――」
「お前が瀞を慕っていることは分かった。だから、落ち着け」
「・・・・っ、・・・・・・・・」

 沈着冷静な態度に頭が冷える。

「話せ、緋。何があったのか・・・・その全てを」
「う、うん。・・・・えっと」

 渡辺宗家へ瀞を呼びに行ったこと。
 気になる気配を追って瀞から離れたこと。
 後に気になる気配と交戦、その時に瀞拉致を知り、相手にも手玉に取られたこと。
 取り戻したければこの手紙に書かれた場所に時間通り来い、と手紙を渡されたこと。
 空からの攻撃で渡辺宗家が消滅したこと。

「渡辺邸は木端微塵どころか、縄張りすら破壊されてまるで流星群が突っ込んだみたいだった・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 報告の間、緋は顔面蒼白でずっと震えていた。

「手紙は?」
「こ、これ・・・・」

 緋が震える手で一哉に手紙を渡す。
 一哉はその内容を一瞥して初めて表情を歪ませた。

「ご、ごめんね、いちや。あかねが・・・・ぐすっ・・・・いたの、に・・・・しーちゃん、を・・・・ズズッ」

 一哉の表情変化に過敏に反応し、緋が泣き始める。

「気にするな、お前が悪いんじゃない」
「で、でも・・・・」
「悪いのは敵だ。お前の今の気持ちはその敵と相対した時のために取っておけ」
「うう?」

 目をゴシゴシとこすりながら疑問の声を上げる緋。

「精霊術とは強い気持ちに強い答えを返すんだろ? その悔しい気持ちを」

 感情を表に出さない一哉の顔をその内側を探るように見遣る。しかし、付き合いの浅い朝霞では内に隠されたそれを見ることができなかった。

「朝霞」
「ふぇっ・・・・何?」

 いきなりだったので声が引っ繰り返ったが、何とか返事をする。

「情報を集め、いつでも動けるようにしておけ」

 一哉は朝霞と目を合わせて命じた。

「近々、戦が起こるぞ」



「―――って言ってたのになぁ・・・・。忘れたのかしら」

 朝霞は自分を置いて飛び出してしまった後見人の姿を脳裏に浮かべた。
 瀞拉致の報でも取り乱すことの無かった冷静さは見習わなければならないだろう。
 本当なら怪我を押してまで、すぐに病院を飛び出したかったはずだ。しかし、戦略家である"東洋の慧眼"がそれを止めた。
 圧倒的に情報が足らず、瀞の実家である渡辺宗家の状態、混迷を極める新旧間の動きや瀞を攫った者についての情報。
 行動を起こすにしろ、不透明な部分が多すぎる。
 だから、一哉は朝霞に調査を命じ、自身は怪我を少しでも回復させることに努めたのだ。

(・・・・でも、中途半端よっ)

 15の旧組織代表とも言える勢力にミサイル攻撃があったこと。
 十三家が全滅に近い被害を受けたこと。
 そのうちのひとつである渡辺宗家は生死不明だということ。
 結城・山神は迎撃に成功し、臨戦態勢であるということ。
 鈴音率いる熾条若手衆が佐世保を襲撃してその地の潜伏SMOを駆逐したこと。
 朝霞が中間報告としてこれらを報告したのは昨日である。
 わずか一週間で全治1ヶ月の怪我が良くなるとは思えなかった。

(待っても結局無理するなら意味ないじゃない)

 気休めでしかない休暇の末に姿を消した一哉は今どこにいるのだろうか。

「ん?」

 朝霞は部屋の隅に一哉のノートパソコンが置かれているのに気が付いた。
 軽く持ち運びに優れたもののはずだ。
 他の、さらに重い物がなくなっていることから故意に放置されたものだと思われる。

(私に、でしょうね)

 朝霞はコンセントを繋げて電源を確保し、ノートパソコンを起動した。
 起動時の独特な音を聞きながら考える。

(何を伝えようとしているのかしら?)

 この中に書かれている内容はおそらくかなり重要なこと。

「さて、何が・・・・ってあら?」

 パッと画面に映ったのはデスクトップではなく、パスワードを求めるものだった。

(パスワード!? 私が知るわけ・・・・ん?)

 一哉がパスワードを用意したのはもちろんこのパソコンのデータを守るためだ。―――鹿頭朝霞以外から。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉と朝霞に共通し、機密性を守るための多い文字。

「・・・・これしか、ないわよね・・・・」

 キーボードに両手を置く。そして、二度深呼吸をして23文字のアルファベットを打った。
 『Watanabe Shizuka Dakkan Sakusen』――渡辺瀞奪還作戦。

(英語が苦手だからローマ字なはず)

―――ピコン

「・・・・ふぅ」

 朝霞の予想通り、パスワードを突破する。

「よしっ」

 思わずガッツポーズを取った。
 画面は目まぐるしくファイルが開いたり、閉じたりと忙しくなった。

―――ピッ

 電子音が鳴り、ブラックアウトする。

「・・・・え?」

 さっと表情を変える。

(え? うそ、間違えた!?)

 あの語句には自信があった。
 この数日、何度も一哉が口にしていたし、この言葉は自分しか聞いていないはずだ。

(ど、どうしよぅ・・・・)

 これは一哉が朝霞に課した試練だろう。
 それを突破できないとなると鹿頭家は参戦する資格無しとなり、一哉は自分だけで作戦を決行するだろう。しかし、それは津波に向かうようなものだ。
 作戦成功確率は著しく低下する。

(瀞さん、すみま―――)

―――ピッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぇ?」

 自責の念に駆られていた朝霞が間抜けな声を上げた。
 突然、真っ暗で沈黙していたパソコンが動き出す。
 それが意味することはただひとつ。

「・・・・よ、よかったぁ〜」

 先程までの沈黙は万が一、パスワードを突破した者へのささやかな抵抗だったのだ。

―――ピッ

『汝の名は?』
「えーっと、ししず、ともか・・・・ってちょっと単語登録くらいしときなさいよ」

 文句を言いながら一文字一文字直していく。
 『朝霞』を『あさか』と打たなければならないのが屈辱だった。

―――ピッ

 突破。

『汝の武器は?』
「えーっと・・・・」

 マウスを使って手書きする。

『嫩草』

―――ピッ

『汝の目的は?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ふたつあった。

(これは・・・・公と私、どちらでここにいるってことかしら)

 公――鹿頭当主としては『鬼族の討滅』だ。もちろん、鹿頭の戦力をその目的のために使わなければならない。
 私――鹿頭朝霞としては『渡辺瀞の奪還』。私事に戦力を使わなければならない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――カタカタカタ

「そうよ。今の私は私個人。これは鬼族なんて関係ない。・・・・でもね」

―――タンッ

 朝霞はENTERキーを力強く叩いた。

「私は鹿頭朝霞。それは私個人でもあり、鹿頭当主でもある」
『己が望むままに』

 もう、鹿頭家当主ではない自分など有り得ない。
 鹿頭朝霞を構成する一因子として鹿頭家当主の座はある。
 ならば、朝霞が鹿頭の戦力を何に使おうと勝手。
 元々瓦解した勢力に集まってきてくれた物好きたちである。それに渡辺瀞は鬼族との戦いで一緒に戦ってくれた恩人。
 恩返しするのに絶好の機会だ。

『―――参戦許可、情報開示』

 そうして朝霞は全てのセキュリティーを突破した。






渡辺瀞 side

「―――ふぅ・・・・」

 渡辺瀞は囚われている部屋を見回してため息をついた。
 ここに閉じこめられて8日経つ。
 さすがに辛くなってきた。

「―――どうかしましたか?」

 隅で椅子に座り、本を読んでいた女性が顔を上げる。
 整った顔たちに光を反射する銀髪に大人っぽい雰囲気を持っているため、本当は女性ではなく同年代かもしれない。

「なんでもない・・・・」

 ふるふると首を振った。

「・・・・そうですか」

 女性は特に追求することなく、再び読書に戻る。
 彼女――初音は自分をここに押し込んだ張本人だが、ずっと世話をしてもらって同じ生活をしているので悪意はないことが分かった。
 初音は着ている服通り、誰かのメイドなのだろう。

「・・・・ねえ、初音さん」
「・・・・はい?」

 何となくこのまま会話を終わらせるのも勿体ないと思い、瀞は声を発した。

「私はこれからどうなるの?」

 ここのセキュリティーは完璧だ。
 水術で突破しようにも初音を要にして高位結界が邪魔をするし、要を倒そうにも結界の効果が彼女を守っていた。
 要するに瀞にはどうすることもできないということだ。

「瀞様はこの状況のご自分をどうお思いですか?」

 逆に質問で返された。

「・・・・軟禁、された人質?」

 瀞は顎に人差し指を当て、思い当たった言葉を疑問系で告げる。

「お見事です。ですから私はあなた様がこの部屋にいる限り、何も致しませんからご安心を」

 本を閉じ、まっすぐこちらを見つめる瞳を見せられれば、彼女が嘘をついていないことは分かる。

「人質って一哉に対して、だよね?」
「ええ」

 もう一線、渡辺宗家に対してということもあるが、何となくそちらは違うような気がしていた。だから、肯定されても「ああ、やっぱり」としか思わない。

「でも、一哉は入院して動けないよ? 大晦日の戦いで重傷負ったから。何も人質取らなくてもいいんじゃないかな?」

(一哉、ケガ大丈夫かなぁ・・・・)

 敵に塩を送るようなことを言っているのに気付かない瀞。

「―――本当にそうでしょうか?」
「え? どうして?」

 きょとんとして聞き返した。

「ご主人様がその病院に行ったそうです。そこには鹿頭の者たちが隠れていた。―――まるで"逃さない"かのように」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それはつまり、襲撃を待ち、それを包囲殲滅する布陣と言うこと。
 一哉は重傷な振りをして襲撃者を誘っていると言うこと。

(あり得る・・・・)

 一哉はどんな状況もチャンスに変えるだけの行動力があるからだ。

「まあ、それが見せかけで本当に重傷かもしれません。ですが、空城の計であろうとなかろうと、何かしらの罠が掛けられていると思われる病院を襲撃するなど愚の骨頂だと思いませんか?」

 小首を傾げながら言う初音。

「ですから熾条様にはその鉄壁から出るしかない状況を作り出す必要があったんです」

(この人たち、できる・・・・)

 おそらく並みの敵ならば「空城の計」だと見抜きはしても戦場自体を変えようとしないだろう。
 そのまま突撃するか、攻撃を諦めるかの両者のはず。

(前者なら手玉に取り、後者ならば回復に時間を掛けるというのが一哉の策・・・・)

 だが、この主従は一歩も引かず、戦略という点で一哉と鎬を削っていた。

「初音さんはやっぱりSMOなの?」

 制服こそ着てはいないが、その可能性は高い。
 現在、国内で一哉と敵対している組織は鬼族とSMOだけだからだ。

「私はご主人様のメイドです。それ以外の何者でもありません」

 にっこりと微笑む初音からは何も読み取れなかった。

「・・・・そう」

 瀞は諦めて自分の椅子に座る。そして、唯一の窓から外を見た。

(一哉・・・・迷惑、かけて・・・・ごめんね。―――でも)

 一度、目を閉じる。そして、また開いたそこには強い意志が宿っていた。

(私、頑張るから。・・・・ただ、助けられるなんて絶対にイヤだからっ)

 一哉と出会う前では考えられなかった強い意志の輝きが黒瞳に満ちる。

(私は・・・・渡辺瀞は一哉の敵と戦うって決めたんだからっ)

 どんな状況でも諦めない、それは充分に歴戦の兵を思わせる姿だった。










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