第九章「集まり来る戦雲」/ 3



 一哉が病院を脱走する3日前――1月7日、東京SMO本部。
 2日に行った15箇所のミサイル攻撃の後、東京本部は着弾した場所――撃墜された結城・山神を除く――に調査員を派遣した。
 結果、滋賀近江八幡市に赴いた部隊が何者かと交戦状態に陥ったが、12家の屋敷は灰燼に帰していることが改めて確認される。
 それにより、SMOのさらなる攻撃対象は仕留め損なった結城・山神宗家、九州で反撃してきた熾条宗家、白川の関以北に跋扈する結界師・鎮守家を筆頭とする旧組織に絞られた。
 その他の群小は後回しとされ、まずは反抗勢力の根や幹となりうる者たちを潰すことで一致したのだ。しかし、ミサイル攻撃の反動がその動きを縛っていた。

「―――功刀」
「・・・・ドノヴァンか」

 ドアを開け、入ってきた者の名を功刀宗源は呟く。

「私もいるぞ」

 ドノヴァンの後ろから長身の男――ミシェルも姿を見せた。
 彼らは功刀がとある時のために抱えている戦力である。

「何か用か?」
「ああ、そうだな。・・・・あの男、野放しにしていいのか? お前が頼りにしようとした男だ。敵対行動を取られれば厄介だぞ?」
「分かっている。すでに手は打った」

 功刀は彼らに背を向け、先程の出来事をわずかな哀愁を漂わせながら思い返した。しかし、それをすぐに振り払うかのように首を振る。

「藤原、貴様は先に未来への礎になれ」

 功刀がそう呟いた時、非常ベルが鳴り響き、やがて本部の建物を包み込んだ。






藤原秀胤 side

「―――功刀局長は間違っている・・・・」

 ブツブツと呟きながら戦支度で忙しい本部の廊下を歩く青年の名前は藤原秀胤。
 最年少にて支部長に上り詰めた現近畿支部長である。
 彼は部下が待機している控え室までの間に先程の話を思い出していた。



「―――開戦が無謀だとは思わないんですか!?」

 バン、と青年が机を叩く。

「根拠のない疑いを並べてそれを盾に大義を唱えても、ミサイル攻撃はそのなけなしの大義を吹き飛ばし、別の問題を浮上させています」

 ミサイル。
 SMO太平洋艦隊本拠――鴫島列島から放たれたミサイルは光学的な隠蔽措置は取られていたが、レーダーから逃れるステルス性は備えていなかった。
 結果、日本政府だけでなく、多くの政府にその存在と被害は知られ、日本政府は各国との対応に負われている。
 ミサイルを撃ったわけ。
 いや、それ以前に軍隊を持たないとしている日本が何故、準中距離弾道ミサイルなどを配備していたのか、というものが強い。
 各国は他にも極秘武装があるのではと疑い、これまでSMOを後援してくれていた民間企業にも動揺が広がった。
 対応を迫られた政府が先日下した判定は切り捨て。
 SMOは国営退魔組織ではなく、ただの退魔組織へと成り下がったのだ。
 それだけではない。
 政府の判断に追従した企業も多く、SMOはミサイルの後に行うはずだった旧組織への経済制裁に失敗するどころが、自分自身が長期的財政難に陥ったのだ。

「このままでは泥沼に陥るだけですよっ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 藤原は顔見知りの幹部に詰め寄っていた。
 幹部の名は功刀宗源。
 彼は開戦の是非を問う採決では中立を貫いたそうだが、それでも反対しなかった人物だ。
 何故監査局が反対しなかった理由は分かる。
 近畿支部の情報網が捉えた大晦日の戦い。
 そこで第二実働部隊――坂上部隊が熾条一哉の手によって全滅している。そして、狭山基地では旧組織の諜報機関と思しき部隊と交戦して死傷者が出ていた。
 むしろ、開戦強硬派に傾かなかったことが不思議なくらいだ。

「あなたは改革がしたいんじゃないんですか!?」

 改革。
 それが藤原と功刀を繋ぐ言葉。

「藤原」
「・・・・はい」

 たった一言で藤原は言葉を止められた。
 今はデスクワークに追われるが、かつては現場で勇武を馳せた精鋭だ。
 その眼力は感情を持たない下級妖魔でも後退ったという武勇伝を持つ。

「何かを為すと言うことは何かを砕くと言うことだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「故に静観では・・・・これまでと同じでは何も変わらない。藤原、私はな。止まってしまった時を動かすことでそれを為そうとしている」

 功刀の目は緩むことなくどこかを見ていた。

「しかし、強引すぎます。急な変革はどこかに歪みを生じさせてしまうでしょう」
「ああ、そうだな。・・・・だがしかし、だからこそ確固なものができるとも言う。この組織の成立は曖昧だ。西洋を支配する教会とは分けが違う。同じ東洋の中国ともな」

 SMO前身の成立は明治初期。
 明治政府は国家神道を国教化するために地域地域に根付いた宗教観を一新させようとした。
 当然、各地で異能者の反抗が起こり、それを鎮圧するための組織が前身である。
 改革のどさくさに紛れた狂行である。
 歴史はそれを徴兵制に対する士族の反乱に紛れ込ませ、政府は対異能者用の異能者機関を創り上げた。

「我々は矛盾した存在だ」

 異能者を異能者が狩る。
 SMO前身の成り立ちは退魔組織ではなかったのだ。
 国家に対し、科学で証明できない力で反抗を示す勢力を駆逐し、その存在を闇へと葬る。
 現在、裏と呼ばれている世界は前身の勢力が引き千切って追いやり、その追撃から避けるために進んで闇に逃げた者たちが構成した新たな世界。
 急な近代化が生み出した神国日本の影。
 第二次世界大戦で一度は瓦解し、再び闇を司る存在として生まれたSMOの任務は、やはりその前身と変わらない。

「真実を闇に隠し、闇に生きるヒトを葬るのを仕事とした組織がどうしてヒトを守れようか」

 功刀は立ち上がり、夜の闇に負けずと光を放つ東京の町を見下ろした。

「それに第二次大戦、真珠湾奇襲を成功した後、日米が講和できたと思うか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 答えは否だ。
 一度始まった戦いは両軍にとって決定的な打撃が与えられない限り、両軍の誇りと怒り、そして、国家としての尊厳から続けられるだろう。

「もう、止められはしない。ミサイル攻撃から第二波までの時間で【熾条】が反攻を開始した」
「佐世保造船所の件ですか?」
「ああ、もう、戦いの連鎖は始まっている。止めることなど不可能だ」

 功刀は振り返り、藤原に手を差し伸べた。

「さあ、変革の時だ、藤原。共にこの世界に真の姿を思い出させようじゃないか」

 彼にしては珍しい芝居がかった仕草。
 藤原はそれに相応の返事をする。

「―――お断りします」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?」

 本当に意外だったらしく、功刀はわずかに蹌踉めいた。

「僕の理想と貴方の理想は最終的に行き着く先は同じかもしれません。しかし、あなたの道は余りにも多くの人命が損なわれるでしょう」
「それは―――」
「僕にはそれが必要な犠牲だと割り切ることはできないんです。・・・・甘いと言われるかもしれませんが、僕は始まってしまった悲劇を最低限に押し止めるために戦います」

 藤原は背を向け、部屋の扉に手を掛ける。

「例え、あなたの道と交差し、立ちはだかることになろうとも。僕は退きませんよ、功刀宗源」

 決別の言葉を掛け、藤原は同志との対面を終わらせた。



―――バンバンバンッ

 銃声。

「―――な!?」

 藤原は音源向けて走り出した。
 右手を懐に入れ、拳銃を取り出す。

―――ドゴンッ

 控え室の扉が吹き飛び、中から部下が弾き飛ばされた。

「な、なにが・・・・」

 壁に叩きつけられた部下は背骨が砕けたらしく、すでに絶命している。それだけでなく、部屋の中から漂う血臭から部下全員が息絶えていることが窺えた。

「―――へ、遅かったじゃねえか」
「―――っ!?」

 扉の影からゆっくりと赤黒い液体を滴らせる男が出てくる。
 赤黒い液体。
 言うまでもなく部下たちの血だ。

「へっへ、なかなか楽しめたぜ。アンタ、いい訓練させてるじゃねえか」

 長い爪に付いた滴を払いながら獰猛な笑みを浮かべる男の額には一本の角があった。

「・・・・鬼族」
「そーゆーこと。聡明なアンタなら・・・・分かるよな?」
「くっ」

 つい先程まで功刀と共同戦線を張っていた藤原は鬼族が誰に匿われているか知っている。
 統世学園の文化祭で鬼族が暗躍しているというのに近畿支部が動かなかった理由がここにあった。

「局長・・・・っ」
「そうそ。んで? その局長さんは何局の局長かな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 監査局。
 裏に存在するSMOの情報が漏洩するのを防ぐ情報機関である。

「口封じ、ですか」

 藤原は拳銃をしまい、拳を構えた。
 鬼族相手に拳銃などおもちゃもいいところだ。

(マズイですね。今やここは敵の巣窟。四面楚歌もいいところ)

 冷静な表情を浮かべながらも彼の背中には冷たい汗が流れる。
 彼も"鉄甲の藤原"と異名を持つほどの異能者だが、この戦況で戦いを始めるほどの蛮勇はなかった。

「仇は、必ずっ」

 バンッと側の非常ベルのボタンを押す。

―――ジリリリリリーッ!!!

「何!? テメェ、やりやがったなっ」

 男が慌てふためきながら叫んだ。
 功刀――監査局が鬼族の味方であろうとも、SMOは鬼族の敵である。
 今ここで他の隊員と顔を合わせれば間違いなく彼が不利だ。

「あ、こら待てっ」

 逃げ道を捜していた鬼族に背を向け、藤原は全力で出口を目指した。

「藤原部長?」

 逃げ出すように走る藤原を皆は怪訝な顔で見遣る。しかし、藤原は気にせずに走り続けた。―――十年に及ぶ隊員歴を思い出しながら。

(局長ならばまだ懐旧するのは早い、ですか・・・・)

 非常ベルの騒ぎで若干人の多い廊下を疾走しながら功刀の抜け目のなさを思う。
 彼が監査局長についてから監査局部隊の勝率は高いのだ。
 必ず敵を追い詰め、有利な状態で仕掛けることでその勝率を誇っていた。

(私ならば・・・・)

 藤原も十代の折にその薫陶を受けている。だから、それは当然予想できることだった。

「―――止まれっ、藤原秀胤近畿支部長ッ。あなたには支部情報漏洩の嫌疑が掛かっている。大人しく同行してもらおうかっ」

 玄関口についた時、そのロビーには一〇名ほどの監査局員がいた。
 先日、大打撃を受けた第三実働部隊の残存戦力だ。

「くっ」

 力づくの裏で無理ならば穏便な表で、ということらしい。
 監査局が表に出てきたとなれば他の隊員の反応も変わる。
 それを肌で感じ取った藤原は歯噛みするしかなかった。
 武力で突破することはできるが、それはあまり上策とは言えないだろう。だが、それ以外に思い浮かばないのも確かだった。

(やるしか、ないですか)

 ぐっと拳に力を込め、戦闘態勢に移行する。
 同時に溢れ出した闘気がロビーに流れ出した。

「貴様、手向かうつもりか!?」
「ならば嫌疑を認めるんだな!?」

 ガチャッと音を立て、構えられるのは拳銃ではない。
 歴としたサブマシンガンだった。

「・・・・ッ」

 藤原が如何に武名を誇ろうとも鬼族でも精霊術師でもない彼の身体能力は常人の域を超えない。
 当然、サブマシンガンを相手に大立ち回りできるほどの速さはなかった。
 その場の雰囲気の主導権が両者の中で鬩ぎ合ったが、どうやら火器を持ち出した監査局員に分があったようだ。
 周囲では他の隊員が固唾を呑んで見守っている。そして、外では―――

「あ・・・・」

 自動ドアのガラスの向こうにひとりの女性が立っていた。
 20代後半と思しきその人物はタイトスカートに包まれた足を肩幅に開いている。そして、左手で右手首を掴み、右手は指鉄砲の形にしていた。さらに左目が狙いを付けるように閉じられている。

「た、鷹見沢、さん・・・・?」

 その表情は見たことがないくらい真剣だった。
 驚愕に身を固める藤原を訝しんだ監査局員が後ろを振り返る。すると彼女の指先にオレンジ色の光が灯った。

「部長くん、帰りますよ」
「貴様、こいつの仲間―――っ!?」

―――バシュッ

「・・・・は?」

 指先から光が放たれ、それは監査局員の銃身を貫く。
 監査局員が声を出した時、自動ドアのガラスや銃の金属が穴を穿たれ、滑らかな断面を見せていた。

「部長くん、お姉さんが助けて上げますから、ちょっと屈んでてください、ねっ」

―――バシュシュシュシュシュッッッ

「「「「「どわあああぁぁぁ!?!?!?」」」」」

 貫通力に優れた光が乱射され、自動ドアだけでなく、ロビーの壁や床までもが蜂の巣になる。

「ありがとうございますっ」

 乱射は藤原を守るように続けられ、彼はボロボロになった自動ドアのガラスを殴り割って外に出た。

「部長くん、急いでください。車は用意してありますからね」
「はい、ありがとうございます」

 藤原はおっとりと微笑む鷹見沢千夏に礼を言う。
 彼女は藤原の秘書兼護衛。
 当然、控え室にいたひとりであるが、手にコンビニの袋があることから偶然にも外出していたために危難を免れたのだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「? どうかしました?」

 突然足を止めた藤原を彼女は訝しげに見遣った。

(何故、外にいた彼女が今の僕の状況を知っているのだろう・・・・)

「鷹見沢さん」

 真正面から彼女を見る。

「はい?」

 コクリと小首を傾げる千夏。
 その姿には可愛らしさと包容力が兼ね備えられていた。

「どうして僕が危機にあると?」
「ふふ」

 意味深に笑い、千夏は指鉄砲を藤原に向ける。

―――バシュッ

「―――ギャッ!?」

 放たれた光は背後に迫った男の拳銃を解体し、その後ろの壁に穴を穿った。

「部長くん、乙女には秘密が付きものですよ。いい子ですからとりあえず、逃げ果せることを考えましょうね?」

(乙女ってあなたは僕より年上でしょう?)

 無論、口に出さない。
 出したら最期、護衛してくれる人に殺されるという虚しい結末を迎えることは必至だった。

「さあ、乗ってくださいな」

 千夏は助手席のドアを開け、藤原を誘う。

「・・・・これ、どこで手に入れたんですか?」

 どう見てもSMOから支給されているものではない。

「ふふ、さあさあ、早くしてください。時間ないですから」

 千夏はいつも通り、微笑むだけで答えを返さなかった。

「・・・・まあ、頼れるのはあなただけですしね」

 藤原は意を決したように助手席に滑り込む。そして、一瞬だけSMO本部ビルを振り返った。
 見慣れすぎた姿から未だに自分が敵対する者たちの本部だという実感はない。

「さあ、行きましょうか。私たちの新天地へっ」

 気遣いからか、普段にないハイテンションで千夏がアクセルを踏んだ。

「―――ッ!?」

―――ギャギャギャギャギャギャッッッ!!!

 些か踏みすぎたのか、車は急発進してカーブでは真っ黒なタイヤ跡を残す。

「ちょちょっと!? た、鷹見沢さん!?」

 左右確認もせずに飛び出したために対向車線の運転手が真っ青になった。
 藤原も同様でうわずった声を上げる。

「おっとっと。いや、すごいですね。軽く踏むだけでこんなに進むのねー。うん、お姉さん初体験♪」
「・・・・・・・・・・・・ちょっと待ってください」
「んぅ?」

 運転中に大胆にも顔を向ける千夏に顔を引き攣らせながら訊いた。

「あなた、免許は?」
「資格ならたくさん持ってますけど、いざ免許と言われて思いつくのは医師免許だけですよ?」

 さーっと音を立てて藤原の顔から血の気が引く。

「か、代わってください、運転っ」
「ダーメ、お姉さんにお任せよ」

 スピードを上げた自動車にサイレンを鳴らす追っ手が掛かるまでそう時間は掛からなかった。






炎の少女たち scene

 1月14日、京都市京都駅。
 そのJR東海道新幹線改札前に赤いリボンで髪を結い、ポニーテールにした長身の少女が所在なさ気に立っていた。
 落ち着かないのか、右耳につけたイヤリングをチャラチャラと弄っている。

「―――ねえねえ、君。ひとりだよね? 俺と遊ばないかな?」

 見目麗しかったために若い男が声を掛けてきた。

「・・・・遠慮するわ。待ち合わせしてるから」

 チラッと男を一瞥した少女はすぐに改札に視線を戻す。

「じゃあさ、ここが見える店でお茶でも」
「ここが見える範囲に店はないわ。・・・・駅ビルはあるけど、休めるところは上だし」

 仁瓶もなく返され、男はわずかに硬直した。

「―――あら、出迎えとは上出来ですね」

 凛とした声が少女に掛かる。

「合流場所をここにしようって言ったのはあなたじゃなかったかしら?」

 挑発に乗ることなく、自然体で待ち人を迎えた少女は男に向き直った。

「じゃあ、あたしは行くから。さようなら。―――行くわよ、車あるから」
「ええ」

 紺色の和服を着た少女は毛先が不揃いな黒髪を揺らして歩き出す。

「・・・・一応、言うけど。逆だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 真っ赤になって反転した。
 確かにここからならば左右どちらにも出口が見えるが、何故先に歩き出した自分に付いてこずに逆方向に歩き出すのだろう。
 ポニーテールの少女は変なところで天然を発揮する友人に内心で首を傾げつつ歩き出した。

「ってちょっと待てよっ」
「「ああ?」」

 くるりとタイミングを合わせ、首だけ振り返る。

「うぐっ。・・・・何でもありません」

 それだけで男は冷や汗を流した。
 ふたりの視線に晒されながら返事を返せただけでなかなか胆力のある男と言えよう。

「―――それで?お兄様の行方は?」

 用意されていた車の後部座席に座った和服少女――熾条鈴音は助手席に座ったポニーテール少女――鹿頭朝霞に訊いた。

「さっぱりよ。たぶん、援軍要請してきた子たちと一緒にいると思うけど」
「傷の度合いからホテルはないですの。救急車を呼ばれますから」
「そうね。ある程度環境が整っていて、プライバシーが守られる環境・・・・」

 走り出した車の中でふたりは視線を合わさずに推理を続ける。

「・・・・ダメね。候補が多すぎる」
「ええ、それから場所を特定するよりはお兄様が何らかのアクションを起こすまで待つ方がいい」
「そういうことだから、あなたを呼んだのよ」

 言った後、何やら変な雰囲気が後ろから漂ってきたので振り返った。すると、鈴音は不機嫌そうに腕を組んでいる。

「・・・・え、何?」
「何? ですの? あなた、私がどれだけ忙しかったと思ってるですの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 朝霞は電話をした2日前の晩を思い出した。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『プルルルル、プルルルル』

 朝霞は携帯電話を耳に寄せ、建設途中の鹿頭屋敷から一歩出た。
 途端に冬の風が彼女を襲う。

『―――もしもしっ、何用ですの!? ―――ドガァッ!!!』
「え!? 何今の音!?」
『・・・・え、誰ですの?』

 電話口から聞こえた轟音に驚く朝霞に向こうも驚き声を返してきた。

「私よ。鹿頭―――」
『プチッ。ツーツーツー』
「って切ったぁ!?」

 ムカついた朝霞はすぐにリダイアルにて電話を掛ける。

『―――何ですの、この忙しいと―――ダダダダダダダッッッ』
「いきなり切らないでくれる? ・・・・というか、何をしているのかしら?」
『ズダダダッ。―――この音を聞いて遊んでいるように見えるですの?』
「いや、音聞いても見えないんじゃないかしら?」

 とりあえず、皮肉には皮肉で返した。

『・・・・人の揚げ足を取るなですのっ。それで? 私、忙しいですの、用件は短めに―――』
「あなたのお兄さんが重傷を負って入院。その後、絶対安静の身で逃亡したわ」

 自分で言っても矛盾してるな、と思うが真実なのだから仕方がない。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3分待つですの。―――時衡、総掛かりですのっ』
『ええ!? 早いんじゃ―――って痛ァッ。分かりましたよっ』

 銃声と悲鳴、怒号と轟音が受話器越しに聞こえ出した。

『こちらから折り返すですの。―――時衡、私も出ますの。―――ピッ』
「・・・・・・・・・・・・ホント、『お兄様』のことになると、行動パターンが180°変わるわね」

 しみじみと呟いた声は白くなり、冬の風で吹き消される。
 それからきっちり3分後、鈴音から電話が来た。

『―――はぁ・・・・はぁ・・・・。それで、お兄様がどうしたのですの?』

 余程無理したのか、息を切らせている。

「えーっとどこから話したらいいかしら」
『全部ですの、全部っ』
「・・・・はいはい」

 朝霞は簡略化して大晦日からの経緯を説明した。
 説明という行為は相手に納得させると共にしているほうにも再確認だけでなく、新発見を導き出す。

(ホントにいろいろなことが起こってるわね)

 一哉暗殺事件は置いておき、15箇所に及ぶミサイル攻撃。
 そのひとつである渡辺宗家の令嬢拉致事件。
 このふたつは繋がっていそうで繋がっていない。
 まるで本当は繋がらないのに無理矢理繋げたような不自然さが残っていた。そして、その誘拐と援軍要請もわずかに繋がっている。
 これはもはや全く別の事象を繋げようとする第三の勢力が窺えた。



(―――旧組織、SMOを相手に回して暗躍する組織。一体、何者・・・・?)

 朝霞は思考に沈んでいる間に彼女たちを乗せた車は市内の豪邸近くに停車する。

「姫、結城邸です」
「分かったわ、ありがとう。あなたはここで待機しておいて」
「はい」

 カチャッとドアを開けつつ鈴音に言った。

「期待してるわよ、熾条次期宗主」
「・・・・はぁ、いい性格ですの。この私を利用するだなんて」
「そりゃどうも」

 朝霞は鈴音を連れ――門前には誰もいないが――、おそらく警戒態勢であろう結城邸へと歩き出す。

「空前絶後ですのよ? 【熾条】が【結城】と折衝するなんて」
「今も空前は進行中じゃないかしら? 新旧戦争なんて」

 伝統や保守は悪いことではない。しかし、それは平和な時世にこそ主張されるもの。
 一度、世が乱れればそれらは柔軟な姿勢を硬化させる要因になりかねない。
 世を切り開くにはただひとつ、自分自身が最善だと思うことを躊躇せずにやり遂げることなのだ。

(あいつがあたしを残したのはきっと、援軍勢力を作り上げること。外部から援軍勢力が、内部からあいつが、内外からの挟撃で抵抗許さず滅ぼすために違いないわ)

「「あ・・・・」」

 ふたりが門前に辿り着く前に門が開いた。

「ようこそ、熾条鈴音さん、鹿頭朝霞さん。待っていたわよ」

 門の向こうに数人の分家を従える女性――結城晴海。
 結城宗家の頭脳とも言える彼女の出迎えに怯んだ朝霞だが、さすがは場数を踏んでいるだけある。

「全てお見通しですか。さすがは情報網に優れる結城宗家ですのね」

 一歩、前に出て鈴音は晴海を見返した。

「ええ、西海道に盤石を築き、武田信玄公もびっくりの足長ぶりを見せる熾条宗家の御令嬢にそう言っていただき、私どもも嬉しいです」

 ふわりと微笑み、一筋縄ではいかないと思わせるような回答が返る。

(うわ、ふたりとも・・・・笑顔で怖いわね・・・・というか、すごいのよね、このふたり)

 朝霞は全く目が笑っていない乾いた笑みを浮かべたふたりからわずかに距離を取った。
 結城宗家、熾条宗家ともに情報網では他組織の群を抜く。
 法治国家を味方に付けるSMOとですらタメを張れるのだから、世界的に見てもその情報収集力はトップレベルと言えるだろう。

「どうぞ、中へ」

 奥を手で示し、晴海は身を翻した。
 ふたりは左右に並んだ分家たちの威圧を受けながら門を潜って後に続く。

(さ、正念場よね、これから)

 朝霞は振り返り、ゆっくりと閉じられる門を見て、戦意新たに結城邸の屋敷へと踏み込んだ。










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