第九章「集まり来る戦雲」/ 4
結城宗家。 当代の宗主――結城晴輝は"鬼神"と異名を取り、かつて無いほどの武闘派として各界に恐れられている。しかし、勇名を馳せた鴫島事変後、彼は屋敷の奥に籠もり、公の場に現れなくなった。 代わりに宗家の窓口となって各勢力との折衝を繰り返してきたのは晴輝の妹――晴海である。 御年十八歳という若さで宗家を取り仕切り、鴫島で減退した勢力を盛り返した。 今では宗家はかつての威光を取り戻すどころか、逆に以前が霞むほどに照り輝いている。 そこまで結城を育て上げた晴海には武辺一辺倒の宗主を支える異才なため、この業界では珍しく、武名ではない異名が与えられていた。 鹿頭朝霞 side 「―――結城宰相、単刀直入に申し上げますですの」 朝霞と鈴音は屋敷の大広間らしき場所に通された。 そこで晴海が上座に座り、左右を【結城】の重鎮たちが固めるという布陣だ。 さすがに熾条直系を迎えるに辺り、疎遠でも重鎮を集めるという礼儀を示した、というところだろう。 「人数を貸してくれませんですの?」 「「「「「―――っ!?」」」」」 衝撃が広間に満ち溢れるのが分かった。 誰もが驚き、次には正気を問うような視線で鈴音を見遣る。 (まあ、無理もないわね) 朝霞は中心にいるのにまるで蚊帳の外の状態で自分も他人事のように思った。 熾条宗家の動員数は現存する宗家で一番だ。 九州全土に及ぶ広大な支配地域と諸家の吸収によって獲得した動員数は結城宗家の三倍近い。 「大熾条」とも言える熾条宗家の令嬢が「援軍要請」などすれば、それは皮肉か狂言にしか聞こえない。 「すみません。直球すぎて返って分かりにくいです。順を追って説明してくれませんか?」 1分ほど経ち、未だ動揺する分家を手で宥め、晴海は鋭い視線を鈴音に放った。 「ええ、それでしたら、大晦日の晩、我が兄、一哉と共にとある特殊部隊と戦ったこちら、鹿頭朝霞に話してもらうですの。―――朝霞」 「分かったわ。―――結城会長、お久しぶりですね。クリスマスパーティー以来です」 「・・・・ええ。でも、もう私は生徒会長ではないわよ」 ふっと高校生らしい笑みを浮かべた晴海はすぐに表情を改める。 「で?」 「はい。まずは会長、もちろん、あなたは大晦日、石塚山系で何があったか、ご存じですよね?」 「はい。熾条くんが入院していた病院は【結城】の息がかかっていますから」 大晦日、一哉は暗殺部隊――坂上部隊と激突し、重傷を負った。そして、意識朦朧とする一哉は朝霞に結城系の病院に運ぶように頼んだのだ。 当然、宗家に連絡が行くだろう。 「あの夜、熾条くんは自分を襲撃するはずだった部隊に奇襲を仕掛けた。そして、見事敵を壊滅させるも、その時に負った怪我で入院した・・・・ですよね?」 「はい」 朝霞は頷き、自分に集中する視線の圧力から逃れるために一呼吸置いた。 「その、敵が坂上部隊と呼ばれる・・・・SMOの特殊部隊でした」 「「「「「なっ!?」」」」」 今度こそ、分家たちは声を出して動揺する。 (やっぱり知らなかったのね) 知らなかったからこそ、この件に対する【結城】の対応が杜撰だったのだ。また、ミサイル攻撃を受けてそれどころではなかったのだろう。 「それは本当ですか?」 動揺は晴海が制してもなかなか治まらず、表面上だけでも落ち着くのに数分を要した。 「・・・・はい、本当です。確かに石塚山系に潜んでいたのはSMOです」 「証拠はこれですの」 すかさず鈴音が袂から討ち取った坂上部隊が持っていた隊員証を撮った写真を方々に放つ。 それを受け取った晴海以下結城の重鎮は唸り声を上げ、食い入るように見つめた。 「・・・・確かにこれはSMOの者。ですが、一般に支給されているのではないですね」 「だから、特殊部隊なんです。また、この戦いで敵方として戦った2名の少女からも彼らがSMOであることが証言されています」 「・・・・少女?」 SMOは基本的に公務員なので表向きは大人しか使わない。 「恐ろしい戦闘力です。熾条一哉と互角以上の戦いを繰り広げ、もうひとりの飛翔能力を持つ少女に至っては守護獣と互角の上空戦を展開しました」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 質問は最後に回すのか、晴海は黙って話に耳を傾けていた。 「そのふたりとその仲間たちはSMOに反旗を翻すつもりらしく、あたしたちに援軍要請してきました」 「・・・・はい?」 さすがに意味が分かりにくかったのか、晴海がきょとんとする。 「つまり、その少女たちはSMOによって無理矢理戦わされ、お兄様の知謀と武勇を見込み、それを後ろ盾にして反旗を翻すことにした、ということですの」 「ああ、なるほど。ミイラ取りがミイラ取りになった、みたいな感じねぇ」 納得したのか、満足げに頷いた晴海は結論を急ぐのか、自分でまとめにかかった。 「ならば鹿頭さんはその援軍要請を受けた熾条くんと共に出陣し、兄妹の誼で鈴音さんが参戦。個人的な理由だから熾条宗家の戦力は利用できず、熾条くんと交友関係のある晴也辺りを借りたい、ってことでしょうか?」 「大まかはその通りですの。何分、お兄様とそのふたりが逃亡したためにこちらとしては全くどうすればいいのか分からない状態で。・・・・人捜しは晴也殿の十八番と聞きますし」 「確かに。あいつはそーゆーのだけはうまいわね」 晴海は弟をぞんざいに扱う。 この場に晴也がいないので言いたい放題だ。 「でも、そういう用件では結城宗家にではなく、渡辺さんから綾香ちゃん経由で言った方がいいんじゃないかしら?」 一哉―晴也ラインよりも瀞―綾香ラインの方が強固なことは本人たちも納得していることだろう。 「それが、できたらいいんでしょうけどね」 朝霞は肩をすくめ、ため息を漏らした。 「・・・・まさか、渡辺さんはあの時、渡辺邸にいたのですか?」 渡辺邸は全壊し、その跡地からは死体は見つかっていない。しかし、誰ひとり生存者は確認されておらず、渡辺宗家関係者五〇余名が全員行方不明という惨事になっていた。 もし、渡辺宗家から出奔している渡辺瀞も同じ状況であらば、十年前に滅んだ<土>・御門宗家、<森>・凜藤宗家に続き、三つ目の宗家滅亡ということになる。 「いえ、瀞さんは生きてますよ。・・・・おそらくね」 「おそらく」という単語に事の重要性を悟った【結城】は皆、黙って話を聞くらしい。 「瀞さんは守護獣の緋によってお兄様の重傷を知り、急ぎ渡辺邸を出たそうですの」 「そこで何者かに襲われ、拉致されました」 朝霞と鈴音は見事なコンビネーションで1月の一週目に起こった身近な出来事を話していく。 「それでお兄様は絶対安静の身を押し、自分を狙う者の根絶も諦めて姿を眩ましましたですの。おそらくはあの少女たちと共に戦闘準備に入っているのでしょう」 「何か関係がありましたか? 熾条くんだと援軍要請を断ってまで助けに行こうとすると思いますけど」 晴海も知っているのだろう。 一哉が如何に瀞を大切にしていたかを。 「何の因果か少女たちが反旗を翻す場所と―――」 「瀞さんを捕らえた者が示した監禁場所は―――」 「「―――同じなんです(の)」」 「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」 ミサイル攻撃は間違いなくSMOの仕業である。そして、一哉暗殺がSMOでそれに反旗を翻す勢力が一哉に付いたと言うことは熾条一哉の勢力がますます強大化したと言うことだ。また、それを危険視したSMOが一哉の泣き所である渡辺瀞を拉致し、行動を制限した上で打倒しようとしている。 そう考えれば全てが繋がりそうだ。 だが、少女たちが裏切ったことは坂上部隊の全滅で不明なはず。さらに渡辺瀞がミサイル攻撃を生き残っているとは分からない。 ならば、これはSMOの凶行の影に隠れた何者かがSMOに罪を着せる形で一哉を追い込んでいると思われるのだ。 「確かにものすごい裏のありそうな話ですね」 晴海は数分の黙考後、ふたりを見遣った。 彼女の中で結論が出され、それが結城宗家の総意としてふたりに与えられようとしている。 初めての交渉事で朝霞の胸が高鳴っていた。 (大丈夫。会長は分かってくれるはず) 何せ、これから自分たちは鬼族と戦いつつ、SMOと干戈交え、謎の勢力と鎬を削らなければならない。 確固たる盤石を持たない新生勢力とも言える一哉たちにそこまでの戦力はない。 強力な同盟軍である熾条宗家も九州と遠く、近くでは友好的だった渡辺宗家も失われた。 一哉がいない以上、迷走する危険がある鹿頭家を支えてくれるのは結城宗家くらいなものだ。 「我が結城宗家は宗主がミサイルを撃墜した後の話し合いでひとつの方針が決しています」 自然と背筋が伸びる、凛とした声。 「当家はミサイル攻撃に晒され、また、SMO近畿支部の本部が間近に存在します。よって、しばらくは戦力を留め、静観する予定です。・・・・【熾条】のように情勢を見極めずに戦力を展開すると言うことはできませんから」 「・・・・・・・・・・・・ッ」 九州にて積極的に部隊を率い、非公式に展開していたSMO関連施設を叩き潰していた鈴音に対する皮肉だ。 「どうしてか、聞かせてもらえますですの? この件は退魔界を揺るがす可能性がありますですの。結城宗家の決定を覆すほどの威力を持っていると自負していたのですけれど?」 ぐっと憤りを腹に押し込み、鈴音は毅然と晴海を見返した。 「簡単なことよ、鈴音さん。結城宗家にとって当面の敵は国内最大組織――SMO。泥沼化しそうなあなたたちの戦いへと戦力を割く余裕は全くないの」 結城宗家は厳戒態勢である。 確かにSMO近畿支部の本部は京都市にある。 言わば目と鼻の先に近畿の最大勢力がいるのだ。 気を抜けば潰される。 そんな思いが結城宗家にはあるのだろう。 如何に武闘派の宗主を擁していようとも一族全員が戦闘力に優れるわけではない。むしろ、風術師は直接戦闘力が乏しい属性なのだから。 「でも、熾条くんを捜すくらいなら諸家に頼んでみる―――どうしたの?」 晴海は急に門の方を向いて独り言を呟いた。 「え!? 本当!?」 (違う。・・・・これが噂に聞く、風術師の会話・・・・) 「晴海様、どうしたのですか?」 激しく動揺する晴海を訝しみ、分家たちが問い掛ける。 「・・・・鈴音さん、鹿頭さんは別室に控えていてくれないかしら。少し急用が入りました。他の者に協力させる諸家の選定をさせますから」 慌てた様子のまま晴海は退出を促してきた。 その行動に不満を覚えつつも、交渉決裂でこれ以上食い下がれないと判断した鈴音は席を立つ。 「悔しいですけれど、【結城】の決断も一理ありますの。ここは退くですの」 「そうね。なんか釈然としないけど」 部屋を辞そうとするふたりを案内するために現れた家人の後に続いた。 朝霞は一度だけ晴海を振り返る。しかし、彼女に余裕はないのか、ひたすら硬い表情で畳を見つめていた。 (あら?) 思わず立ち止まる。 朝霞は廊下の向こうに数人のスーツ姿の男女が分家十数名に囲まれているのを見た。 「あれは・・・・」 鈴音も気付いたのか、厳しい表情で先頭を歩く青年を見ている。 「知ってるの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 鈴音は答えず、示された部屋に入った。そして、朝霞も入ったのを確認して家人が障子を閉める。 「あれは・・・・SMO若手筆頭――"鉄甲の藤原"。現近畿支部長よ」 「ふぇ!?」 信じられないほどの大物に朝霞は奇声を上げた。 「こ、殺されるんじゃないかしら?」 彼を討てば少なくとも近畿支部の指揮系統は乱れ、結城宗家は危機を脱せれるはずだ。 「しないですの。晴海殿はそういう方ではありません。いい意味で清廉潔白な方ですの」 「じゃあ、あなたはどうするのかしら?」 「殺るですの」 即答だった。 あまりの速さにしばし言葉を失う。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぇ?」 「何を呆けているですの? そんなの当然でしょうに。このようなチャンス、私なら見逃しませんの。【熾条】は実利主義ですの」 「あー・・・・」 (何となく、今、『兄妹』って言葉がものすごくしっくりきたわ) 「とりあえず、私はちょっと頭に来ていますの」 ぶすっと不機嫌そうに鈴音は座布団の上に座った。そして、テーブルに肘をつく。 「でも、結城会長の判断も一理あるって言わなかった?」 「ああでも言わないと余裕が見せられないじゃないですの」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そ?」 きっぱりと言われた言葉に自分の目が点になったのではないかと思えた。 「そもそも。結城宗家ほどの情報網があればSMOが強く出られないことくらい分かっているでしょうに」 SMOは政府から見捨てられ、世界各国から叩かれる存在として組織運営で失敗している。 確かに動ける状態ではない。 「今この時に叩いておかなければ、回復すれば間違いなく国内最大組織なのですから、苦戦は必至ですの」 熾条宗家も旧組織では宗教勢力に次ぐ動員数を持っているが、SMOとは桁が違う。 質では確実に上だろうが、それを埋めて余りある数があるのだ。 「―――それは分かってるんだけどな」 「「―――っ!?」」 障子の向こうからの声にひどく驚いた。 忍びの一族である鈴音は元より、朝霞も結城宗家の廊下ならば人の接近に気付く自信がある。 何せ歩くごとにキュッキュッと音が鳴る鶯張りの廊下なのだから。 「誰ですの? 盗み聞きとは趣味が悪いですのよ?」 「忍び・・・・くのいちにそれを言われるとは思わなかったな」 カラリと障子を開ける少年。 「まあ、自分を棚上げて物言うのは一哉にそっくりだな、一哉妹」 ニヤリと笑う結城晴也はそのまま部屋に入り、結界を張った。 「どういうことかしら?」 朝霞は思わずイヤリングに手を伸ばす。 鈴音も両手を袂に入れていた。 「あー、悪い悪い。戦うつもりはねえから、とにかくその妙に場慣れた殺気は仕舞ってくれ。な? 怖いから」 ひらひらと手を振られ、ふたりの気が削がれる。 「何用ですの?」 戦いに来たのでなければ何だというのだろう。 『―――お久しぶりですね、近畿支部長』 『ええ、結城宰相もお元気そうで何より』 「「―――っ!? こ、これは・・・・ッ!?」」 突然、朝霞と鈴音の耳に届いた声。 それは別室の大広間で繰り広げられているであろう結城宗家とSMO近畿支部との交渉だった。 『新年早々死にかけましたわ』 『ええ、僕も少し前に虎穴とは知らずに入り、危うく命を落とすところでした』 晴海の皮肉を受け流し、本題に入るための下準備を整える藤原。 如何に褒め称えられようとも所詮は女子高生。 社会人の実力には勝てないということか、ただ単に藤原が急いでいるだけなのかは分からないが、重要な話の前置きだと言うことは誰でも分かる。 「俺も兄貴ほどじゃないが、武闘派の一員でね。"風神"としては虚仮にされたことに憤ってる"雷神"を慰撫することが大事なんだよ」 晴也は結城宗家当代直系三子ではなく、結城・山神共同最強ユニット――"風神雷神"としてここにいるらしい。 「一哉妹はここで話をすることによって姉貴との交渉に失敗しても、俺に話が行き、綾香に伝わることを前提にしてたんだろ?」 「・・・・ええ」 (そうだったんだ・・・・) 朝霞は改めて鈴音の抜け目のなさに驚いた。そして、とことん自分は交渉事では素人だと言うことを痛感する。 「さあ、思い通りになったんだ。これからどうする?」 ニヤリと愉快そうに笑う晴也を見て、鈴音は破顔した。 「何故、お兄様があなたに一目を置いているのか分かったですの」 「そりゃ光栄」 戯けた仕草を見せる晴也はすぐに真剣な表情を作る。 こうすると顔が整っているだけに凛々しく見えた。 「愉快犯たるあなたが味方ならば・・・・」 「うんうん」 鈴音も真剣な顔で言葉を紡ぐ。 「登場のタイミングはお任せしますの」 茶目っ気たっぷりにウインクした。 「おっ」 ズッと朝霞の肩が落ちる。そして、呆然とした表情で不敵に笑い合うふたりを見遣った。 「え、本気なの?」 思わず訊いてしまう。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 「ごめんなさい。訊いた私が馬鹿だったわ」 ものすごく何か企んでいそうな笑みから、まだまだそこまで染まっていない朝霞は目を背けた。 結城晴海 side 「―――前置きはいいです。本題に入りましょう」 いくら皮肉を言っても通じないと見た晴海はすぐに態度を切り替えた。 さすがに先程の熾条との交渉よりも緊張する。 何せ、相手はミサイルを撃ってまで自分たちを死滅させようとした組織の尖兵なのだから。 「はい、先日行われた十五にも及ぶ旧組織同時攻撃は完全に本部の独断です」 「・・・・つまり、あなたに私たちと戦う気はない、と?」 「結論を急ぐものではありませんよ、宰相」 (うっ・・・・。痛いところを突くわね) 正直、腹の探り合いは得意じゃない。 これまで晴海がこなした折衝は全て、結城宗家の情報網が調べ上げた情報を元にした圧倒的に上から物を言うタイプのものだ。 「本部の意向を知るため、僕は顔なじみの幹部の元を訪れ、交渉は決裂。いち早く手を回した幹部の手によって部下はひとりを除いて殺されました。・・・・僕は監査局に追われる人間になったのですよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 晴海は話を聞くことにした。 「僕はミサイル攻撃をしてまで覇権をもたらそうとは思いません。僕はどうやらSMO内部では穏健派に位置するようで。争いを好まない人材が近畿支部には多い」 「その割りにはけっこうな小競り合いがあるようですが?」 実際、結城宗家も何度か分家たちがSMOの部隊とぶつかり、死者は出ない者の負傷者が出る戦いを演じている。 「それは・・・・末端までは分かりません。・・・・それに近畿は旧組織の多い場所、相手が攻撃すれば反撃するでしょう?」 「ええ、そうですね」 確かに近畿地方は旧組織が多く、その大部分が古来から続く旧家だ。 プライドが高いのでSMOを敵視しているだろう。そして、攻撃されれば自分の身を守らなければならないわけで、自然と両勢が激突してしまう。 「それで、とにかく近畿支部はあなた方と停戦したい」 「停戦してどうするので? 本部の意向を変えるとでも言うのですか?」 お尋ね者の藤原を受け入れた時点で近畿支部の幹部たちは本部に楯突いているということだ。 彼らが助かるには藤原の意見を正当化させるか、藤原を売るかのふたつである。 「僕はもはや戻れぬ身。新たな組織を立ち上げます。基本精神は反SMOです」 「「「「「―――っ!?」」」」」 重臣一同が色めき立った。 立ち上がった者もいる。 晴海自身、藤原の大胆な発言にしばし呆然としてしまった。 「今のSMOは最初の理念を失っています。国家の手で魔を狩り、民衆に平和を与えることが意義だというのに・・・・いつの間にか退魔を独占し、邪魔する者を国家権力で排除しようとしています」 確かにSMOが各地で旧組織と激突し始めたのは近年になってからだ。 それまでこの国が余裕がなかったと言えばなかった。だが、それ以前に国家機関であることから旧組織を国民と見ていた隊員が多かったと言うこと。 「いつの頃からか、SMOは歪み始めていました。前長官の時世ではわずかに改善されましたが・・・・鴫島事変が歯車を狂わせました」 SMO前長官――藤原秀作が鴫島事変で戦死し、旧組織との協力態勢を取ろうと動いていたSMOは百八十度転換した。 暗黙の了解としていた協定は次々と破られ、いくつかの小さな旧組織が闇に葬られてもいる。 「ここ一年半、旧組織との激突も増えましたよね?」 「そうですね。私たち幹部も猜疑心を持ってしまうほどに」 晴海が幼少の頃はここまで警戒もしていなかった。 「SMOは暴走しています。そして、それを煽っている者がいます」 (まるで、鈴音さんと同じことを言っているようね) 「僕の持っている情報をお渡しします。ですから、僕達の態勢が整うまで待っていてくれませんか? そして、僕達があなたたちにとって有益であるという戦果を収めた時、正式に同盟を結んでください」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 晴海は悩んだ。 さすがにこれは晴海の一存では決定できない。しかし、かなりいい条件だとは言える。 監査局というSMO内部組織によってこれまでSMOの内部情報を持ち出すことができなかった。 かなり優秀なために職員たちは情報漏洩に気を遣い、わずかな隙をも埋めるほどの徹底さを持っていたし、何より鴫島事変後、監査局長についた功刀宗源の手腕は目を見張るものがある。 「あなたの下にはどれだけの人間がつくのですか?」 「・・・・およそ三〇〇ほどの戦闘員がつくでしょう」 (三〇〇・・・・) 旧組織にしては大部隊だが、万近い一般兵を持つSMOからすれば少ない。だが、今までの組織に楯突いてでも付いていきたいと思わせるカリスマが藤原秀胤という男にはあるのだ。 「非戦闘員を混ぜれば五〇〇。今も増えていますから最終的には一〇〇〇近いかもしれませんね、総数は」 「大部隊ですね」 正直な感想を言う。 「ええ、数だけはね。精鋭と言える部隊は近畿支部の特務隊のみ。後は編成されていない烏合の衆ですよ」 「・・・・あなたは売り込みたいんですか?」 部隊の弱みを簡単にさらけ出すなど、信じられない行為をする。 「ええ、そうです。ですから調べればバレるようなことでは勝負しません」 結城宗家が藤原の言葉が真かどうか調べることを前提にしているようだ。 「分かりました。では、私たちが納得するような戦果とは?」 藤原は満足そうに胸を張った。 どうやらかなりの自信があるようだ。 「ミサイル発射基地の襲撃です」 「「「「「―――っ!?」」」」」 それこそ、結城宗家が威信を懸けて探し求めていたものである。 高速で京都に飛来したミサイルは辛うじて南方から飛んできたと分かっていた。しかし、ミサイルが子弾解放の折に見せた動きを考慮すれば、必ずしも南とは限らない。 結果、結城宗家は戦力の主力が結城邸に展開し、残りが放射線状に広がっていくという消極的な探索しかできず、未だ発見できていなかった。 そのミサイル基地が攻略されるということは結城が本拠を離れ、軍事行動を展開することも可能と言うことになる。 「失敗は、許されませんよ?」 「分かってます」 この攻撃はSMOが基地を知られていないという侮りが要だ。 一度攻撃し、失敗したとなれば敵も防御を固め出し、藤原の下に集う人間も少なくなるだろう。 「いいでしょう。その戦い、我々も参加してよろしいですか?」 「晴海様っ!?」 分家たちは色めき立った。 先の決定に反することを言ったのだから当然だろう。 「いえ、SMOが今の状態でミサイルを撃つことはないでしょう。今後、抑止力として効果があるくらいです。しかし、戦況がこちらに傾けば・・・・分かりません」 「だから、今の内に叩く、ですか?」 藤原は真剣な視線を晴海に送った。 「そうですね。今ならば【結城】の戦力が集中していますから・・・・すぐに行動に移せます」 結城宗家の主力は結集しているし、宗主も地下にある聖地から帰還して戦力になっている今、再び結城宗家が遠征に出ることも可能なのだ。 「さあ、その場所はどこですか?」 「晴海様っ」 分家たちを黙らせる方法はある。 この家で最も好戦的なふたりが賛成すれば絶対に彼らはその命に従わなければならないだろう。 「今、私は支部長と話をしているのです」 「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」 きっとそのことに気付いているから、分家たちはこれ以上言ってこないのだ。 「ミサイル基地のある場所。それは・・・・」 藤原は一度、言葉を切り、その名を告げた。 「鴫島諸島です」 『『『『『―――ッッッ!?!?!?』』』』』 表現できない衝撃が結城を直撃する。 (驚かされるのは今日だけで何回目だろう・・・・それも同じことで) どうでもいいことを考えてしまうほど、晴海は一瞬で混乱した。 間違いなく、今日一番のショックだ。 「鴫島・・・・」 誰かがポツリと呟いた。 鴫島諸島。 南太平洋に位置し、現在はSMOが領有して世界の地図から消えた島々である。 裏世界のみに存在するその島には科学の粋を集めた軍事力が結集し、科学と相反するオカルト――海洋妖魔たちと戦うSMO太平洋艦隊の本拠地だ。そして――― 「先、代・・・・」 前結城宗主である晴海の父親と共に多くの一族が命を落とした鴫島事変の舞台。 「また、あそこに・・・・」 結城宗家の遠征軍が壊滅し、三人の当代直系が綺羅星の如く輝きを放った戦場。 「新旧の友好の場所が・・・・今回の手切れの場所になるというわけですか」 晴海は思ったよりも遠く、因縁深い戦場に思いを馳せる。 「ですが、実は問題があるのです。鴫島諸島は海の上、敵は太平洋艦隊。相手の土俵です。上陸さえしてしまえばどうにでもできるのですが・・・・」 藤原は共闘相手となった結城宗家に懸念を語った。 「強大な海洋戦力・・・・」 表と裏の科学力を使用した艦隊はおそらく、世界の海軍たちと比べて何の遜色もないだろう。 (まともにやり合えるのは同等の力を持った艦隊・・・・) 腕を組み、思案を始めた晴海は<風>の声を聞いた。 「何用です、鈴音さん?」 襖の向こうに現れた気配。 如何に忍びの末裔と言えど<風>を誤魔化すことなどできない。 ―――カラッ 「話は聞かせていただきましたの」 襖を開け、鈴音と朝霞が姿を現した。 突然の訪問に分家たちは怒りを露わにする。しかし、そんな術者十数人に見向きもせず、ふたりは晴海と藤原を見つめていた。 「お初にお目にかかりますですの、近畿支部長。私、熾条宗家当代直系次子――熾条鈴音と申します。8月には兄がお世話になったようで」 鈴音が優雅に一礼する。 「・・・・"火焔車"」 藤原は思わぬ人物に目を見張ったが、すぐに切れ者らしい光を眸に宿らせた。 晴海も同じ光を灯し、ふたりを見つめる。 「「ふふっ」」 視線を受け、ふたりは嗤った。 片や優れた軍略家の家系――熾条宗家仕込みの笑み、片やその家系出身者を師と仰ぐ者が修得せし笑み。 共に悪戯が成功したかのような会心の笑みだった。 「困ってるのかしら?」 事実を確認している者からの問い。 それにいちいち答えるふたりではない。 その反応で鈴音の笑みに深みが増した。 「私が皆さんをお送りしましょうか?」 表情はこの上もない極上の笑みを浮かべているというのに、その意志の強い瞳は全く笑っていない。 「最近、手に入れたですの。―――強襲揚陸艦隊を」 即攻撃を批判した晴海とその艦隊の出所であるSMOにいた藤原は同時にその顔を歪めた。 |