第九章「集まり来る戦雲」/ 5



 1月26日午後11時、烏山中継基地。

「―――いやぁ、それにしても・・・・監査局が太平洋艦隊に何の用だろ?」

 伊豆諸島の一角に軍事空港を持つ島がある。
 防衛省の管轄で一般人の立ち入りは禁じられ、小範囲だが、司令部には周囲を警戒するような対艦・対空レーダーが設備されていた。

「さあ? でも、監査局だろ?」
「そうそう、誰か開戦だから情報売ったんじゃね?」

 つい2時間ほど前、東京本部から監査局の構成員を連れ、功刀宗源監査局長の側近――神忌以下9名が輸送機「霖鸛(リンカク)」を使って南へ旅立っている。
 司令部の建物は灯台を兼ねた物で屋上から紅い光を放っていた。そして、管制塔にも用いられるためにその内装は様々な電子機器がひしめいている。

―――ピピッ

「ん? ・・・・おい、レーダーに不審船だぞっ」

 さらにこのように無駄話をしていてもレーダーの外縁に何かが近付けばすぐに分かるので職員の普段の警戒心は薄かった。

「司令っ、不審船ですっ」

 ひとりがマイクを使って自室で休んでいた烏山中継基地司令に連絡する。

『うむ、反応から不審船の予想は?』
「速度、大きさから漁船かと。しかし、まっすぐこちらに向かってきますし、そもそも、このようなところまであのレベルの漁船は来ません」
『分かった、哨戒艇を送らせろ』
「はっ」

 通信が途切れて3分後、レーダーに哨戒艇を表す青点が生まれた。
 防衛省の哨戒艇には武装した隊員が8名とファーストコンタクトを担当する制服が2人、合計10人の隊員が緊張した面持ちで乗っているはずだ。

『哨戒艇から司令部へ、目標視認』
「了解、気を付けろ」
『分かってる。―――そこの漁船っ、この海域は防衛省の管轄である。不審船として検査するために止まれっ』

 すぐに監査の声が聞こえてきた。
 レーダーを見れば哨戒艇が横腹を見せて漁船の前に立ちはだかり、漁船はその進行を止めている。

『よし、止まったな。じゃあ、次は乗員は表に―――ドゴォンッ!!!』
「何!?」

 マイクからは爆音と慌てる隊員の声が聞こえてきた。

「何があったっ!?」

 司令が司令部に顔を出す。しかし、それに答えられるだけの情報が宿直メンバーにはなかった。

「何があったんだ!?」
『敵船より攻撃―――ダダダダダダダダダッッッ!!!!!!』

 明らかに銃声と思わしき轟音が聞こえてくる。

「くっ」

 司令はすぐさま緊急事態時に押す赤色のボタンに手を伸ばした。

「室長っ、変電所に侵入者ですっ。反応一ッ」
「哨戒艇反応消失っ。沈没したと思われますっ」
「くそっ、何が起きてるん、だっ」

 司令が叩くようにボタンを押す。

―――ポチッ

 響き渡る非常警報。
 それはすぐさま基地の地上要員を戦闘態勢に移行させ、哨戒艇の仇をとるべく攻撃ヘリが漁船に向かい、二分隊規模の戦力が小銃を持って変電所に出撃する。
 夜の島は非常事態と共に結界が張り巡らされ、防衛省の基地からSMOの烏山中継基地へと変貌した。






叢瀬 side

「―――捜せっ」
「囲んで殺すんだっ」

 怒号が変電所内に満ちていた。
 変電所に向かった分隊は入り口で奇襲を受け、2人が脱落するという被害を被っている。そのひとりが分隊長であったため、彼らは統率を失って襲撃者を駆り立てるだけという集団に成り下がっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼らから隠れるように曲がり角から様子を窺うのは"金色の隷獣(All-round Chain)"――通称、クサリ。
 一対多の戦術を学び、また、精強である精霊術師を倒すために育成されたクサリは今更銃器を持った相手に物怖じしない。

「―――ッ」

 全身から溢れる光を率い、分隊の前に躍り出た。
 一斉に向けられる銃口。
 その口から弾丸が吐き出される前に拡散した金光は小銃を破壊する。

「なっ!?」

 動きの止まった先頭向け、クサリは突撃し、指先から数センチ伸ばした光の鉤爪を振るった。

「ぎゃっ」

 深々と肩口を切り裂かれた男は悲鳴を上げ、後方に倒れ込もうとする。

「うぉ!? ぐぶっ」

 その男の背中を思わず受け止めた男の首筋を同じ手で裂き、もう片方の手には金色の剣を振るった。

「こんの・・・・ぐっ」

 3人目の殴りつけようと迫った銃を躱し、その腕を切りつける。そして、怯んだ胸へと鉤爪を突き立ててその命を散らした。
 狭い通路で小柄な体を生かし、分隊内を駆け回るクサリの動きを彼らは捉えることができず、次々と光に切り裂かれていく。
 暗闇に煌めく金色の光と撒き散らされる鮮血。
 焦る攻撃は無情にも躱され、容赦ない正確な攻撃が躱せないタイミングで迫り、確実にその命を狩っていた。

「くそっ」
「撃て撃てッ」

 恐慌一歩手前の声が分隊を突き動かす。

「撃ち殺せッ」

 ほんの数秒で先頭部隊5人が戦闘不能にされ、後続部隊は迷いなく銃口を向けた。

―――ガチャリッ

 能力に反応し、その体に巻き付いた不可視の鎖が鳴る。
 それは隠密行動には大問題だが、強襲している今、それは些細な問題だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「「「「ギャッ!?」」」」

 分隊が着用しているプロテクターの細部を貫く。そして、無造作に振るった光が彼らに致命傷を与えた。

「な・・・・ば、化け物・・・・!?」

 ユラリと先頭部隊の返り血を浴びたまま生き残った最後の2人に横を向いたまま右手を向ける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ものの数分で敵分隊を全滅させたクサリはドクドクと未だ血を流し続ける真新しい死体を放置し、変電所の奥へと向かった。
 十数人の命を奪ったというのにその表情は完全の「無」。
 頬を返り血で汚しながらも拭おうとせずに走り抜ける。
 戦闘状態だった光は鳴りを潜め、今は鎖の音も足音もなく疾走するクサリを阻む者はなかった。
 例え、自動防御設備であろうと、まるでその配置を知っているかのような攻撃に悉く殲滅される。そして、難なく機械室に到達し、黄色と黒の扉を穴だらけにし、その中に入らずとも内部を蹂躙するのだった。

『主電力が落ちた。破壊成功を確認。敵の動きだが・・・・緋、どうだ?』

 機械室の前で停止したクサリはイヤホンがある。
 これは同胞である"迷彩の戦闘機(Fierce Dragonfly)"――通称、トンボと情報のやりとりをするためのものだが、今では共闘者である熾条一哉も参加していた。
 漁船に乗り、哨戒艇を撃沈したトンボは今頃、ヘリよりも上空に退避して熾条一哉の守護獣・緋と合流しているはずだ。

『・・・・攻撃ヘリ一、歩兵分隊二が変電所に向かってるよ』
『ってことは港に分隊二、か』

 緋の声からはいつもの元気がない。
 どうやら渡辺瀞が攫われたことに責任を感じているらしく、怖いくらい思い詰めていた。

『司令部守備隊の方はどうだ?』
『・・・・まだいる』

 かなり正確な回答を返していることから、緋は上空で基地全体を見回しているのだろう。

『さすがに中継基地となると数が多いな。・・・・いや、九州で鈴音が好き勝手荒らしているせいで警戒が強いのか?』

 一哉は少し思考に沈んだようだが、すぐに戻ってきた。

『とにかく、集結次第、その部隊は緋とトンボが急襲する。クサリはそこから離れ、迂回しながら格納庫へ向かえ』

 コクリと頷きながら暗闇の所内に怯まず、確信を持って走り出した。
 幼き頃から叩き込まれた隠密能力で未だ態勢の整わない包囲部隊の突破を目指す。
 主電力が落ち、要所は非常電源に切り替わったが、変電所内の警戒網は全滅していた。
 そのため、クサリの動きは敵に知られることはない。しかし、敵もそのことを知っているので出入り口にはいち早く照明器具が設置され、警戒状態に入っていた。

―――トストストスッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ゴトッと山型に穴が並んだ壁が音を立てて外れる。
 出口が警戒されているなら他に作ればいいと言う貫通力に優れた能力を持つ者特有の考えで作られた出口から外に出た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 気配を探る。

「・・・・(コクリ)」

 思った通り、誰もいなかった。そして、目の前には獣道が闇に浮かんでいる。

―――何故、クサリは変電所内を迷わず駆け抜けられたのか
―――どうして、一哉は敵戦力を正しく把握していたのか
―――そもそも、崩した壁の向こうに基地側が知らない道があるのは?

 襲撃者たちは百人以上いるSMO戦闘部隊を相手に優勢だった。
 ゲリラ戦で名を馳せた"東洋の慧眼"は伊達ではない。
 早く味方に合流するために強襲を画策したクサリとトンボに歴戦の戦略家として一哉は大戦略の他に局地戦における戦略の大切さを教えたのだ。

『―――安心シテ。絶対守るカラ。あなたは何も考えず、最短距離で格納庫を目指すノ』

 頼もしいトンボの声。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それに励まされ、クサリはバラバラと音を鳴らしてやってくるヘリを無視し、上空を木々に覆われた道へと足を踏み出した。



「―――本当に邪魔ネ、あのヘリ」

 地上に展開する歩兵分隊二よりM230 30mm自動式機関銃やAGM-114 ヘルファイアという兵器の方が怖い。
 何よりクサリにとっては頭上を取られてやりにくいだろう。
 トンボは背中に生える二対の翅を震わせ、周辺の索敵に従事するヘリの上空に陣取っていた。
 "迷彩の戦闘機"の異名を持つ彼女は小さいためにレーダーには映らず、目視も不可能。
 基地戦力は漁船に乗っており、ヘリの目の前で脱出したトンボに気付いていない。
 火器を主兵装とするトンボはあらゆる敵にアドバンテージを持っているのだ。

(まあ、所詮は擬態だし、いざ攻撃になれば計算でこの能力を使ってる暇がないんだケド)

 全距離攻撃を可能とするクサリの能力とは違い、トンボは隠密行動の"隠蔽色生成能力"と多武装を可能とする"空間備蓄能力"を初めとした複数の異能を持っていた。
 この複数異能保有者は異能の第一人者であるSMOでも表向きは否定している。
 ひとつの肉体にはひとつの能力しか宿せない、というのが裏世界の共通見解だ。
 ふたつ持っているように見えても実は同じ能力の違う側面なのである。
 いい例が精霊術師だ。
 精霊術と"気"は全く別のものに見えるが、『精霊』というもので繋がっている。
 根本は全く同じなのだ。

『・・・・(コツン)』
「―――ッ」

 合図だ。
 クサリが警戒網から突破した。

『―――行け。敵部隊を殲滅しろ』

 淡々とした命令。

「まずは制空権ネ」

 『武器庫』から適切な火器を選び出し、照準を攻撃ヘリに合わす。
 一哉が描く烏山中継基地攻略作戦は第二章に入った。
 その主役――"迷彩の戦闘機"は旋回する攻撃ヘリ上空にて擬態を捨て、バーレットM82A1を片手に猛然と急降下を敢行した。






熾条一哉 side

(―――始まったか)

 一哉は変電所の方から続く爆撃音に戦いの開始を悟った。
 チラリと視線をやれば業火に包まれたヘリが地面に向かって落下する。
 トンボの戦い方は圧倒的な火力での電撃戦だ。
 膨大な火器をその身に宿してはいるが、所詮は一兵卒。
 数の暴力には敵わない。しかし、そんな数の優劣を短い時間だが無視できる奇襲という戦法は有効だ。
 トンボは人知れず近付き、圧倒的な火力を短時間だけれども上空から撃ち放てるというアドバンテージを有している。

(野外に整然と敷かれた陣はそんな奇襲を喰らえば壊滅するのも時間の問題だな)

 一哉は司令部の玄関口を窺いながら思考に耽っていた。
 変電所からの爆音に守備隊は動揺しているらしく、今急襲すれば容易に陥落できるだろう。

(でも、それじゃあ作戦は失敗なんだな)

 勝てばいいと言うものではない。
 次の戦いも勝利するにはその前の戦いでの勝ち方が大いに関係するのだから。

【――― いちや、守備隊が動くよ。車に乗って地下駐車場から変電所に何人か向かった】

 緋は今回、一哉以外に気取られることのない特性を生かして司令部中枢に食い込んでいた。
 但し、正体がバレないように戦闘はできない。

(トンボが1番手、クサリが2番手。一応、指揮を執っている俺が本部くらい落とせなくてどうする)

 重傷を負った体は未だ全快していない。しかし、3週間に及ぶ療養生活での鬱憤が彼を支えていた。

(瀞、待ってろよっ)

 今、玄関に展開しているのはわずか5人。
 それも銃を持ってはいるが、変電所の爆音が気になるために警戒心は吹き飛んでいる。

「さあ、行くぞっ」

 一哉は右手を振り上げ、その腕に炎を纏った。

「な、何だ!?」
「う、うわ・・・・」

 突然現れた光源に玄関守備隊は驚きの声を上げるが、銃を構える者はいない。

「邪魔だ。お前らっ」

 右手を振り下ろすと同時に一哉は地を蹴った。

―――ドガァッ

 玄関に押し寄せた炎の奔流は2人を火達磨にし、3人を吹き飛ばす。
 一瞬で守備兵を蹴散らした炎はその爆発に重点を置いたため、彼らを焼き殺すほどの火力はなった。だが、まず戦闘不能と見て間違いないだろう。
 変電所に半数が向かったので司令部の守りは薄い。
 一哉は予め、トンボが手に入れていた見取り図を思い出しながら暗闇の廊下を駆け抜けた。
 トンボは鴫島から出てくる時、この中継基地に立ち寄っている。
 その時、基地内の通路や部屋などを覚え、後日紙に書き写したのだ。

「―――誰だ!?」

 前方に敵。
 巡回していたのだろうか、片手に持っていた懐中電灯をこちらに向ける。そして、同時にもう片方に持っていた拳銃を突きつけてきた。

「止まらないと撃つぞっ」
「・・・・遅いっ」

 態勢を低くして突進する。
 "気"を使った瞬発力で十数メートルをほぼ一瞬と言うべき速度で詰め、<颯武>の柄を握った。

「せっ」
「ぐぉっ」

 肉と骨を断つ確かな手応えと共に生暖かい液体が体に降りかかる。
 この攻防は敗者が床に倒れる時、すでに勝者の姿がないという一方的にて一瞬という圧倒的なものだった。

(いけるっ)

 一哉は疾走していても痛まない体に満足感を覚える。
 さすがに無理をさせるようなことはできないが、司令部を制圧することくらい容易いと思える出来だった。

「いたぞっ」

(前方に2名。武器・・・・サブマシンガンっ)

 一蹴りで弾道から外れ、脇の部屋に入る。
 転がった反動で立ち上がった一哉の視界に弾が通過する火線が見えた。
 ここで手間取れば次々と敵がやってくる。

(猛攻で押し通すか?)

 その考えはすぐに否定した。
 一哉は万全ではない。
 これは乱戦であり、少しの消耗が後々大きく影響してくるはずだ。

「どわっ」

―――タタタタタタッッッ!!!!!

 銃だけが突き出され、左から右へと弾幕が張られる。

「チッ」

 一哉はその辺りの障害物の陰に隠れ、意識を集中させた。
 一哉の"気"に引かれ、<火>が集まり出す。そして、それはすぐに顕現し、眩い光を放った。

「え、炎術師か!? やはり、九州で―――のわぁっ!?」

 一哉が放った炎弾は廊下側の壁にぶち当たり、大穴を空ける。

「な!? まさか!?」

 一哉は死地となっている入り口ではなく、無理矢理作った穴から<颯武>を振りかざして突撃した。
 <颯武>ほどの名刀となれば現代の軽量プロテクターでは勝負にならない。
 やすやすと装甲と皮膚を引き裂き、その奥に隠された肉を断った。

「「ぎゃあああああ!?!?!?」」

 一撃で死にきれなかったふたりの絶叫が響き渡る。

「くそっ」

 咄嗟に身を捻ったか、防御したのか知らないが、目論見が外された。
 トンボの知らせでは太平洋艦隊の多くが銃器で武装した一般人と言うことで一哉は中東でのゲリラ活動に炎術を組み合わせた強襲型一撃必殺の戦法で臨んでいる。
 つまり、一の太刀に賭けるために二の太刀が遅れるのだ。

「このぉっ」

 比較的軽傷な男が小銃を取り落としたのか、拳銃を取り出した。そして、それを滑らかな動作で構え、一哉に照準を合わす。

「マズ―――」

(火で―――っ!?)

 淀みない動作は容赦なく一哉を追い詰め、確実に死地へと誘った。

「死ねやぁっ」

―――パンパンパンッ

 乾いた銃声が三発、廊下に響く。

「・・・・・・・・お?」

 必殺のタイミングで撃たれた銃弾は一発も一哉に命中することはなかった。

「あ、ああ・・・・ぁあ・・・・」

 ガクガクと男が震え始める。
 至近距離から放たれた弾丸は三発とも顕現した火柱によって燃滅したのだ。

「誰にも・・・・」

 いつもより低い声音で彼女は言う。
 その小さな身なりから濃密な<火>が溢れ出し、精霊を感じられぬはずの男たちを縛り上げた。
 宙に浮き、緋色に輝く炎を背負った彼女は厳然と宣言する。

「誰にも、いちやを傷付けさせないっ」

―――ゴゥッ!!!

「「ギャアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?」」

 声と共に火柱がふたつ、邪魔者を燃料にして燃え上がった。だが、生きながらにして体を灼かれるという苦痛を味あわせようとも彼女の怒りは治まらない。

「ハァァァッッッ!!!」

 一哉の窮地を救うように現れた彼女は緋色の瞳を燦然と輝かせ、右手を突き出した。
 集った<火>たちは着物や髪をはためかせ、その怒りに呼応して渦巻くように彼女の右手にまとわりつく。

―――ドガアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!!

 閃光と轟音が一哉の目と耳を麻痺させた。
 【力】の奔流とも言える炎はふたりの人間を焼き尽くすだけでは飽きたらず、壁や備品と言った物を全てに高熱の洗礼を浴びさせる。
 まるでいきなり火口が現れたかのような有様で司令部の建物に大きな横穴が空いた。

「大丈夫、いちやっ!?」

 迸った紅蓮の劫火を治め、一瞬で煉獄を築き上げた修羅が振り返る。
 一瞬にて建物の根幹を揺るがしかねない炎術を放った僕は目尻に涙を浮かべつつ、主―― 一哉を気遣った。

「・・・・あかね、か」

 一哉はわずかに放心状態で莫大な<火>を従える緋を見る。
 先程の一撃。
 【力】以外の何ものでもなかった。

(こいつ、龍なんだよな・・・・?)

 東洋文化で最も有名な神獣とも言える龍。
 それも中には種類があり、青龍、黄龍などといったものは有名だ。
 緋は緋龍という龍で熾条宗家が守護神と崇める炎龍の眷属だという。
 つまりは神獣なのだ。

「いちや・・・・?」
「・・・・ん?」

 返事がなかったことが不安だったのか、緋は瞳一杯に涙を溜め、心配そうに見上げてきていた。

「ああ、大丈夫だ。助かった」
「・・・・よかった」

 胸に手を当て、ほっと息をつく。
 その姿に先程まで見せていた凄みはなかった。
 最近は思い詰めた表情で落ち込んでいることが多いが、怒りを見せた時の緋はどこか違っていたのだ。

(逆鱗があるのか・・・・?)

 いつもの無邪気さを完全に失っている緋。
 いったい、瀞が攫われた時、何があったというのだろうか。

(あったんだろうな・・・・)

 瀞が攫われたと報告してきた緋は時代が時代ならば切腹も辞さないほど思い詰めた表情をしていた。
 いや、もし一哉が申しつけていたならば何の迷いなく自害しただろう。

「いちや、ごめん。守備隊がいっぱい来るよ」
「だろうな」
「・・・・ごめん」

 しゅんっと項垂れる緋。

「大丈夫だ」

 ポンッと一哉はその小さな頭に手を置いた。

「んぅ?」
「必死なんだろ、お前も」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしてかは知らないが、瀞救出は生半可な覚悟で臨んでるわけじゃないんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・うん。昔、いちやに会えずにいたころ・・・・」

 緋は背を向け、廊下の奥を睨み付ける。

「消滅しそうになってた時があるんだ」
「・・・・消滅?」

 聞き捨てならない単語に一哉は緋の背に自分の背を向けながら言った。

「うん。あかねはさ、いちやがちっさいころにいちやから離れたんだよ。それからひとりで出歩いて迷子になっちゃった。【熾条】の本邸は隠れてるからあかね一人じゃ帰ることができなかったんだ」

 熾条宗家の本邸は実際に不明とされている。
 忍びの一族と言うこともあるし、その分家だった鹿頭家の村も厳重な結界に守られていた。

「それからいちやは外国に行っちゃって。・・・・あかねは帰るところを失っちゃったんだ」

 思い出したのか、心細そうな声音で緋は語る。
 トン、と緋の背中が一哉に合わさった。

「あかねが元気でいるには・・・・存在してられるには・・・・」

 緋と一哉の<火>が共鳴し、お互いを高め合っていく。

(これは・・・・)

「いちやが必要なんだよ。・・・・だから、あかねはいちやには元気でいて欲しいし、いちやの大切なものはみんな守りたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 真摯な思いを伝えられ、一哉は返答に窮した。

「・・・・答えはいらないよ。今のはただ、あかねの気持ちを・・・・存在意義をいちやに知ってほしくて言っただけ。独り言と一緒だよ」
「あかね・・・・」

 きゅっと緋が手を握ってくる。

「いちやはしーちゃんを取り戻したいんだよね?」
「・・・・ああ」

 瀞は本来なら、渡辺宗家の守護神を倒した時に己の血筋からは解放されているはず。
 それを再びこの世界に引き込んだのは解放したはずの一哉なのだ。

「瀞のことは・・・・あいつにも頼まれたしな」

 ミサイルの猛威に晒され、滅亡したとされる渡辺宗家。
 その日より、少し前に話した名門の跡取り。

「あいつなら、地獄の底から俺を殺しに来てもおかしくはない」
「へへ、じゃあ、しっかり助けないとねっ」

 笑った気配と共に緋の"気"が向上する。

「来るぞっ」
「うんっ」

 一哉と緋は殺気を感じ、避けるのではなく、その源へと特大の炎弾を撃ち放った。


「―――おりゃぁー」

 馬鹿みたいな掛け声とともに司令室のドアが溶解した。

「よし、ようやく着いたな」

 とりあえず、"炎獄"を起動させ、司令部一面を実害のない火の海に変える。
 一哉と緋はお互いにカバーしながら守備隊を打ち倒し、司令部にまで達したのだ。

「いちやとあかねは無敵だねっ」
「さあ、ここで終わりだぞ」

 炎術を中心にした戦法に切り替えると面白いぐらいに敵が慌てふためいていた。だから、ここも同じだろうと思い、一哉は緋を先行させる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あり?」

 飛び込んだ緋は空中で首を傾げた。

「いちや」
「・・・・ん?」

 抵抗はない。そして、同時に人の気配もなかった。

「みんな・・・・みんなやられちゃってるよ?」
「・・・・みたい、だな」

 呆然としたために燦然と輝いていた炎が消え失せる。
 司令室に侵入した一哉と緋が目の当たりにしたのは、すでに陥落してほとんどの人間が無効化された部屋だった。

「いったい、何が・・・・」

 機材に突っ伏すような形で息絶えている通信士。
 膨大な書類を真っ赤に染めるほどの傷を負った職員。
 銃に手をかけたまま、その手を斬り飛ばされて絶命している守備兵。

「うわ、これは・・・・すごい」

 部屋の中には20名は下らない人間がいただろうが、そんな彼らがほとんど何が起きたか分からないという表情で絶命している。
 正直、見た感じでは全滅だった。

―――ズズッ

「「―――っ!?」」

 ふたりは何かを啜るような音に反応し、すぐに身構える。

「緋」
「うんっ」

 音源は障害物に遮られて見えなかった。
 ならば上から見てやろうということで緋が再び天井近くまで浮上する。

「ああっ!?」
「どうした?」
「あ、あわあわあわ・・・・」

 本当に驚いたのか、緋は両腕を万歳させて驚いていた。

「い、いい、いちや・・・・あ、ああ、ああ」

 震える手で指差された場所が見える場所まで<颯武>を握り締めて移動する。
 ゆっくりと距離を詰め、一哉はそっと覗き込んだ。

「―――ズズッ。・・・・はぁ」
「っておいっ!?」

 カシャンと刀を取り落とす。

「ズズッ。・・・・ふは」

 司令官が座る椅子に腰掛ける眼鏡の少女。
 彼女は暗闇にキラリと眼鏡を光らせ、傲然と一哉を見下ろしていた。

「お、おいおい・・・・」

 半笑いの状態で一哉は刀を拾い、それを鞘に収める。

「随分な登場の仕方だな。・・・・1年A組委員長殿?」
「・・・・ズズッ。・・・・遅い」

 ひとりで司令室を陥落させ、返り血で真っ赤ながら点てた茶を啜る猛者。
 その正体は結界師総本山――鎮守家次期当主・鎮守杪だった。

「ズズッ。・・・・はぁ、おいし」

 杪は湯飲みを傾け、窓の外を見遣る。
 その方向にある港は不自然に沈黙していた。










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