第九章「集まり来る戦雲」/ 6



「―――局長ぉ、神忌サンから連絡。鴫島に入ったて。明日、加賀智島に総攻撃掛ケると」

 SMO東京本部の監査局長の一室に陽気な外国人の声が響いた。

「・・・・そうか」

 背にそれを受けた監査局長――功刀宗源は小さく頷いたのみ。
 功刀は変わらず、窓から東京の町を見下ろす。

「15個という数のミサイルが確認されたというのに・・・・呑気なものだ」

 町は地方の都市が空爆されたことなど知らないとでも言うような賑わいを見せていた。

「表の武力を使ってもこの程度の認識。もし、裏が跋扈するようになれば・・・・この世界は耐えられまいな」

 功刀は息をつき、ディスクワークをしようと席に着く。

「神忌が攻撃する加賀智島を占拠したのは・・・・【叢瀬】か」

 加賀智島は功刀にとって懐かしい響きだった。
 加賀智研究所は加賀智島に作られた監査局の施設である。
 本来、監査局が研究施設を持つことなど有り得ないのだが、抑止力を得るための技術開発はどうしても行わなくてはならず、裏に睨みを効かせるためには必要な機関だった。
 功刀は入隊直後から監査局のエージェントだ。
 今の地位は末端からの叩き上げであり、未だその武功は陰りもしない。

「黒鳳、月人・・・・」

 黒鳳月人。
 かつて功刀と轡を並べて戦い、いくつもの事件を解決してきた男。そして、同じ理念を抱き、同志と言っていい間柄にあった。
 元々、戦闘向きではなかったし、研究者としても大成しそうだったので功刀が監査局でかなりの位置に上り詰めた時、加賀智島の研究所に異動させた。
 大望を実現させる時、共に歩めるようにと功刀は烏山中継基地まで見送りに出たのだ。

(懐かしいな、月人)

 側にあるコーヒーを手に取る。
 黒鳳月人とはあれ以来会っていなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そう。
 鴫島事変の折、部隊を率いて上陸した功刀を待っていたのは焼け爛れた居住区の残骸と同志の名が載せられた行方不明者リストだった。

「あそこには・・・・数年間の月人の成果が眠っている。・・・・いや、籠もっている、か」

 黒鳳月人の忘れ形見。
 それを壊滅させようとしているのは自分だと言うことに皮肉を感じないまでもない。だが―――

「大望のためには仕方がない」

 功刀は強靱な精神力で同志の成果を蹂躙することを決した。






叢瀬椅央 side

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 全身に電極を付け、長い銀髪とともに多くの配線を床に這わす少女は目を閉じていた。
 彼女の周囲には20人前後の少年少女が強い意志で体の震えを押さえつけている。
 恐怖を抑えつけている全員が若かった。
 一番年上だろう銀髪の少女でも14、5歳だろう。だが、彼女たちは悲痛さを醸し出しつつも希望を捨てず、足掻く覚悟を有していた。
 その辺りの大人よりも意志が強く、どんな集団よりも強い団結力。
 これが、彼らの武器である。

(―――思い描くこと幾数年。・・・・動き出すこと1ヶ月。早いものだな)

 生まれてから一度も切ったことのない銀髪を持つ少女は自分に命を預けてくれた同胞たちを視覚を用いずに知覚した。
 見た目冷静に見えても、誰もが動悸を速めている。
 食い入るように攻め寄せる巡視艇を見る彼女たちは初めての、そして、自由を手に入れるための戦いに臨もうとしていた。



「―――陛下」

 時は遡り、時は1月1日。
 洞窟をそのまま部屋にしたような場所で岩盤に空けられた穴から外を見ていた少女はゆっくりと声の方向へと向いた。
 己の銀髪がのたくう室内の中央で十歳前後と思われる少年が跪いている。

「央梛(ナギ)か」
「はいっ、所長代理が来ました。どうしますか?」

 名を呼ばれ、目を輝かせた少年は用件を言い、その返事を待った。
 薄暗い室内に沈黙が満ち、うねうねと髪が動く。
 その室内に君臨する少女こそ、この島の一派を束ねる"銀嶺の女王"だった。
 彼女も確かに少年よりは年上だが、まだまだ14歳と幼い。しかし、一派の中では最年長だった。

「どんな様子だった?」
「ひどく慌ててましたね。あと、憔悴してました」
「・・・・そうか。迎え入れろ。・・・・そして、央梛は私の側に控えていろ」
「・・・・分かり、ました」

 央梛は腰に佩いた小太刀の柄を握り締める。

(すす、のぶ・・・・。よくやった)

 彼女――エンペレスは本州にいるであろう同胞に賛辞を送った。

(こちらは・・・・任せろ)

「―――どういうことだ!?」

 扉が開くと同時に金切り声が部屋に響き渡る。
 声の主はこの研究所の代理所長――西岡達雄だ。
 研究者っぽく白衣でその肥満体を隠しているが、よたよたした歩き方から全く隠せていないとも言えなくもなかった。

「何かあったか、所長代理」

 エンペレス――"銀嶺の女王(Bright Emperess)"・叢瀬椅央(ムラセ イヒロ)は高圧的に接する。
 不遜な態度であるが、ちっとも失礼とは思えない王者の貫禄が満ちていた。
 彼女を守るように側には叢瀬央梛が控え、扉を背にして三人の少女が配されている。
 ここは島の最奥部にて玉座。
 西岡は謁見者だった。
 如何に島を支配してる研究者であろうとも"ここ"では絶対者ではない。いや、鴫島事変後、椅央がそのように変えた。

「本州から連絡があったっ。我々が自信を持って送り出した"ふたつ"が裏切り、事もあろうに第一実働部隊に牙を向けたとなっ」

 すっとぼける態度に顔を真っ赤にして怒ってくる。

「――――――」

 椅央の明晰な頭脳は西岡の言葉を聞き逃さなかった。
 "ふたつ"―――同胞で密命を帯びて本州へ飛んだ、叢瀬の中で最も強いふたり。
 十三歳の少年少女は所詮、彼らにとってはヒトではないのだ。

「お前―――ッ」
「ヒッ!?」
「止めろ、央梛」

 一歩、殺気を滲ませて前に出た央梛を制する。

「しかし・・・・」
「止めろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 不満の滲んだ表情で椅央を見上げるが、二度目の制止で彼は踏み出した足を戻した。

「ふ、ふん」

 西岡は怯んだせいで乱れた白衣を直し、椅央以外からの敵意の視線に耐えられないのか、早口にまくし立てる。

「とにかく、本土は我が研究所の裏切りを疑っている。早くトンボとクサリを処理するための部隊を組め。・・・・全く、これだから・・・・ブツブツ」

 西岡は背を向け、何やら呟きながら部屋を出ようとした。しかし、扉の前に立った三人の少女は道を譲ろうとしない。

「何だ!? お前たち、早く退かないかっ」

 下から敵意のある視線に晒され、西岡は声を荒上げた。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 それでも三人は退かない。

「ヒッ!? な、何をするっ!?」

 退かないどころか、少女三人がそれぞれの武器を突きつけたのだ。
 驚いた西岡は声を裏返して2、3歩ほど後退る。

「おい、エンペレスっ。こいつらをどうにかしろっ」

 少女たちから本気を見取ったのか、西岡は少女たちを統率する椅央に命令した。

「貴様たち、研究者の天下は終わった」
「な、なにを・・・・?」

 西岡は椅央を視界に収めつつ動揺を露わにした。
 椅央の隣に控えていた央梛がその手に自らの得物である鉤爪を付けていたからだ。

「西岡達雄研究所長代理」

 椅央はその体にいろいろな配線を接続しているために動けない。しかし、その銀髪がうねり、部屋を支配していることは確かだ。そして、戦闘要員でないのにトンボやクサリと言った精霊術師を相手にしても戦える者たちを従えている。
 左右違う輝きを放つ瞳から放たれる威圧感はたかが辺境の研究所長代理如きで抗えるものではなかった。

「余は叢瀬椅央である。二度と『エンペレス』と呼ぶな、下郎」
「な―――っ!?」

 どれだけ高圧的に振る舞おうとも椅央は暴言を吐くようなことはこれまでしていない。
 何かと噛み付いてくる子どもたちを諫め、争い事を回避しようとしていた。
 その点だけは評価していたというのに完全に裏切られたと思いこんだ西岡の顔は怒りで真っ赤になる。

「お前っ、ただの被検体の分際で―――」
「央梛、殺れ」

 傲然と放った殺害命令を受け、11歳になる叢瀬央梛は何の表情も浮かべず、二歩で十数メートルをゼロにした。



(―――巡視艇、出航。・・・・海から来るか)

 "エンペレス"――"女帝"の異名を持つ銀髪少女は電線から得られた情報を元に迎撃方法を思案する。そして、その方法を島に散らばっている戦闘員たちに伝達した。

「この島は孤島にて要塞。必ずしも不利ではない」

 避難している非戦闘員も一通り銃器を使える者がいる。
 そんな彼らが本陣護衛として残り、戦闘部隊本隊は央梛が中心になっていた。
 叢瀬は四四名、うち戦闘員が十七名。
 通信を傍受したところ、敵は監査局の特殊部隊と太平洋艦隊陸戦部隊が協力するようだ。
 その戦力は数十人となるだろう。
 それも戦慣れした者たちばかり。
 能力があっても初陣の椅央たちには辛い戦いとなるだろう。

(だが、そう易々と負けはせぬっ)

「すす、のぶ。・・・・必ずそなたらが来援するまで持ち堪えて見せようぞ」

 椅央は総大将の威厳と示し、各所に設置された監視カメラが送る映像をチェックし始めた。






神忌 side

 1月27日、監査局の幹部である神忌が率いる叢瀬討伐隊が鴫島に到着した。
 太平洋艦隊は次なる行動を移すためと佐世保で行われたような港襲撃を回避するために全ての艦船を本拠地である佐世保に引き上げている。
 そのために鴫島やその周辺の島々には無数の軍艦が停泊するという広大な戦力が展開していた。
 司令官である山名昌豊は監査局に恩を売るチャンスと見て、副司令官に援護するように命じる。そして、副司令官である垣屋は意気揚々として与えられた艦隊の一部を加賀智島に出撃させたのだ。

「―――ふん」

 神忌は不満そうな声を出した。
 崩れ落ちた岩塊の切れ目から生じた海水は大量の砂塵を洗い流す勢いで吐き出される。
 周囲が断崖絶壁で囲まれ、天然の要塞と化してる加賀智島に上陸する方法はふたつ。
 まさにそのひとつである島中港は崩落した。
 それも太平洋艦隊第一陣でも一番槍――真っ先に敵陣に突入した手柄――を手に入れた巡視艇を内に貯め込んだまま。

(そう来たか)

 おそらく、中に取り残された20名は全滅だろう。
 島に籠もった【叢瀬】は大軍を送り込みやすい港をただ封鎖するだけでは飽きたらず、こちらの戦力を削るという方法を取ったのだ。

「さすが、というべきかな」

―――ズダダダダダダッッッ!!!!!

「ん?」

 一番槍に続いて中に侵入しようとし、崩落した岩盤たちに阻まれていた他の巡視艇に断崖から突き出された重機関銃が火を噴いた。
 その咆哮を至近距離から十字砲火を受けた一隻がたちまち蜂の巣になり、炎上して沈んでいく。
 その様を見た他の船たちが慌てて反転し、退却に移った。しかし、満を持して待ち受けていた【叢瀬】がそれを許すはずがなく、十数機の機関銃が次々とその猛威を哨戒艇に与えていく。
 ひとつが船上の人間を薙ぎ払い、もうひとつが容赦なくそのエンジン部を撃ち抜く様は稲穂を薙ぎ払うようだった。

「これでお分かりかな、副司令」

 神忌は隣で真っ青になりながら望遠鏡を覗いていた垣屋副司令に声をかける。

「ただの研究所ではないのですよ。私が直々に部隊を率いて罷り越した意味を理解できましたか?」
「あ、う・・・・」

 パクパクと口を動かしたが、結局意味のある言葉が紡がれることはなかった。
 何故なら彼の目の前で最後の巡視艇が黒煙を上げて海の藻屑となったからだ。

(それにしても局長、これは過剰防衛というものではないですかな?)

 巡視艇を全滅させた重機関銃は予め断崖に設置されていたものではない。
 港が崩落すると同時に岩盤に見立てられた扉がスライドし、その中から出てきたのだ。

「天然の要塞にて人工の要塞。・・・・難攻不落とはこのことか」

 もうひとつの進入路――ヘリポートへの道もおそらく重機関銃の火網が張り巡らされているだろう。

「―――課長」
「矢壁か」

 神忌は視線を背後に立つ部下に向けた。
 その部下は軍帽を斜めに被り、軍服の上に袖を通さず防弾コートを羽織っている。

「作戦、続行です?」

 童顔を引き締めた彼女――矢壁十湖は神忌が連れてきた特赦課部隊の隊長だ。

「ふむ・・・・」

 監査局特赦課。
 SMO内で事件・事故を起こし。監査局に逮捕された者の内、一般業務に戻すことが危険だとされた者たちの溜まり場だ。
 現在、41人所属し、序列は戦闘力順。
 まさにあくの強い連中を腕っ節で押さえつけているのだ。

「矢壁、他の連中の準備はできているのか?」
「早く戦わせろってうるさいの。殺していい?」
「止めろ」

 指揮官として優秀な戦歴を誇る十湖は特赦課で序列7位の猛者である。
 低位の者なら鼻歌交じりに殺戮するだろう。

「垣屋副司令、我々は空を使いますが、どうしますか?」
「あ・・・・う、うむ」

 ようやくショックから立ち直ったのか、思考し出した。

「空とはパラシュート降下かな? それともヘリの強襲かな?」

 さすがは副司令だ。
 聞いたところに寄ると熾条宗家の佐世保襲撃の報を受け、各支部の艦隊を本部に集結させたのはこの垣屋らしい。
 軍艦は建造に莫大な費用と時間が掛かる。
 戦争が始まった今、軍艦が陸で撃沈などと言う無駄な損害は控えるべきだ。

「ヘリでしょうね。パラシュートなど火網に捕まり、蜂の巣になりますし。断崖からの内部侵入は難しい」
「ヘリも同じではないか? 少数でも侵入すれば機銃の制圧もできるのでは?」
「いえ、少数ならば個人戦闘に秀でた【叢瀬】に鎮圧されるでしょう」

 神忌はわずかに苛つき始めている十湖を手で宥めつつ続ける。

「あの娘が評判通りならば索敵網くらいは研究所内に作っているはず」
「加賀智研究所を制圧するには最大戦力での集中攻撃よっ」

 黙っていられなくなったのか、十湖が胸を張りながら言った。

「そのためにはヘリが離陸し、敵機銃が姿を現した時、それを軍艦から狙い撃ちして沈黙させ、上陸した部隊で制圧。カンッペキねっ」

 自信満々に瞳を輝かせ、頬を紅潮させる。
 よほど自分の兵力運用に自信があるらしい。

「だーかーら、私は6人じゃなくてもっと多い方が良かったのっ」

 一転して不満そうに神忌を睨んできた。

「―――というわけです、垣屋副司令」
「うむ、そういうことならば部隊を出そう。・・・・しかし、もう少し被害を抑えられないのか?」

 次なる強攻策に戦術という観点からは理解しつつ、予想される損害に躊躇する。
 たった今、巡視艇四隻が撃沈され、四〇人近い隊員が死傷したのだ。

「何を弱気な」

 十湖が蔑んだ視線で吉岡を射る。

「犠牲無くして事を成就させることはできないわっ。それでも勇猛な日本海軍の血を引く将校なの!?」

 軍帽の下から放たれる強い視線に垣屋は怯んだようだ。しかし、さすがは四桁を数える部下を持つ身だ。
 丹田に力を込め、真っ向からそれを受け止めた。

「被害を最小限にすると言うことはいつの時代の将校も心懸けること。戦いはこれで終わりではないのだから」
「・・・・ふんっ」

 毅然とした態度。
 それは舐めていた今回の作戦に本気になった、ということだ。
 覚悟を決めればそれは精密機械を扱い、一般人のみで海洋妖魔に敢然と立ち向かう勇将の威厳を持つ。
 垣屋も山名総司令官と同じ元海上自衛隊からの叩き上げだ。
 潜り抜けてきた修羅場の数は特赦課の十湖とは比べるまでもない。

「特赦課長。どう被害を押し込めるつもりだ? あなた方は身ひとつで来たに等しい。太平洋艦隊のヘリを使うことになるだろう?」

 重機関銃は対空砲にも使える。また、島中港を迷いなく沈める奴らだ。
 ヘリポートに仕掛けがないとは限らない。

「敵の思惑を砕く。これが軍略の常道だ。・・・・しかし、我々、太平洋艦隊は奴らを知らない。知らない相手には力攻めしか採れないが、なかなかに手強い」

 加賀智島は太平洋艦隊の本拠地である鴫島からも近く、同じ鴫島諸島だが、管轄は異なっていた。
 鴫島諸島でただひとつの別――監査局に所属する加賀智島に対する情報を太平洋艦隊はほとんど持っていない。ましてや敵の情報など皆無。
 『孫子』には「不知彼、不知己、毎戰必敗」とある。
 つまり、敵を知らず、自分をも知らなければ戦う度に負けるという必敗の法が書かれている。
 それだけ敵の情報というのは重要なのだ。

「それは大丈夫です。奴らのことならば私たちが知っています。より厳密に言うならば私が、ね」

 神忌の物言いに十湖が不機嫌そうに彼を睨む。

「それより突入隊の編成にどれだけかかります?」
「・・・・数によるが、ヘリは攻撃用と輸送用だろう? 支援砲火もいるのでかなりの人数を動かさねばなるまい。陸戦隊と鴫島沿岸警備隊に話を通すので・・・・2時間以内に用意させる」

 垣屋は加賀智島を睨みつけ、踵を返した。

「矢壁」
「・・・・何?」

 ふたりはきびきびと指示を飛ばす垣屋を見送る。

「2時間だそうだ。・・・・我慢できるな?」
「・・・・ッ、分かったわよっ」

 自分が一番戦いたがっていたのを見抜かれた十湖は顔を真っ赤にして立ち去った。

「さて・・・・私も準備するとしますか」

 潮風に当たられたスーツの乱れを直し、加賀智島を見遣る。

「孤島の女王よ。今の内に勝利というものを味わっておくのだな」

 神忌が見る中、重機関銃は意気揚々と島内に収容された。






叢瀬央梛 side

「―――やったっ、みんな沈めたっ」
「射程外にいた護衛艦、鴫島に向かって反転しましたっ」
「わたしたちの勝利よっ」

 加賀智研究所――最奥の部屋で歓喜が弾けた。
 四四人の叢瀬が集うそこは玉座。
 【叢瀬】のリーダーである"銀嶺の女王"・叢瀬椅央が鎮座する場所だ。
 ここは島内の電気を操るために無数と言っていい配線が集まっていた。そして、それが生まれてから一度も切ったことのない銀髪と共にのたくっている。

(まずは・・・・一勝、かな)

 叢瀬央椰はひとりで数十人を撃退したリーダーを見遣った。

「陛下。ひとまず危機は去りました。機銃を防壁の中に収容しましょう」

 彼女は全身に取り付けた電極から島内の全てを制御できるという異能を持っている。
 島中港を崩落させたのも、機銃で哨戒艇を一掃したのも、今それをしまったのも、椅央ひとりで成し遂げられたものだ。
 椅央は加賀智要塞の全戦力を統率するバイオスーパーコンピュータ的存在である。
 コンピュータ言語を母国語のように扱い、人間が手足を動かすように機械を繰るためにその反応速度は速い。

「央椰、次は如何様に攻め寄せてくると思う?」
「海路は崩落によって断ちました。残りは空路です。・・・・攻撃ヘリや巡視船や護衛艦がこちらの機銃を狙い撃ちし、太平洋艦隊に配備されているCH-53 シー・スターリオンにてヘリポートに強襲を掛けてくる、と」
「うむ」

 椅央は満足そうに頷いた。

「では、どうしてヘリポートを潰さないのか?」
「・・・・瓦礫にしても制空権を奪われればホバリングしたヘリからロープか何かで降下すればいいから、破壊するだけ無駄です」
「50点。確かに敵の降下は妨げられない。しかし、それは破壊しない理由にはならないな」

 椅央は優しげな笑みを浮かべ、央椰を見る。

「敵がヘリポートに降り立った瞬間、地上部の研究所を崩落させればいい。それだけで強襲部隊は全滅だ」

 加賀智島のヘリポートは三階建ての地上研究施設の屋上にある。しかも、この研究所は断崖絶壁のすぐ側に建てられているため、崩壊すれば海へ真っ逆さまという立地条件だ。

「何故、それをしないのですか?」

 そうすれば敵は集中した戦力を加賀智島に送れなくなる。
 防衛には適しているのではないか、という思いを込めて椅央を見た。

「困るじゃないか、誰も入れなくなると」
「?」

 意味が分からず、首を傾げる。

「私は待っている。すすやのぶが・・・・援軍を連れて帰ってくるのを」
「―――っ!?」

 央椰は椅央の真意を悟った。
 ヘリポートが消えても"迷彩の戦闘機"・叢瀬央芒に捕まり、"金色の隷獣"・叢瀬央葉は帰還できる。しかし、彼らが連れてくる外の増援は上陸できないかもしれない。いや、できない確率の方が遙かに高いだろう。
 彼らを招き入れるためには敵を招き入れても構わないという、壮絶なる主将の覚悟だった。

「だから、敵が侵入し、私の罠を突破した時は・・・・」
「はい、命に代えましても陛下をお守りします」

 右手を左胸に当て、央椰は一礼する。

「アホ」

―――ペシッ

「?」

 髪の毛が央椰の頭を打った。そして、椅央は表情を優しい決然としたものに変える。

「誰ひとり・・・・欠けさせはせぬよ」
「・・・・陛下」
「皆聞けっ」

 椅央は勝利に酔う年下たちに呼びかける。

「まもなく、敵の第二波が来よう。決してこの勝利に味を占め、油断するでないぞ。我らの劣勢は変わらぬ」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 ここにいる子どもたちの中で椅央(十四歳)が最年長だ。
 この人生経験の短い幼き集団を統率するのは並大抵のことではない。

「だが・・・・」

 絶対の自信と理路整然とした物言いがカリスマと化し、一癖も二癖もある叢瀬をまとめ上げている。

「必ずや敵を押し返し、皆でこの島を出ようぞっ」

 その姿はまさに"銀嶺の女王"の名に恥じるものではなかった。










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