第十三章「第二次鴫島事変〜後編〜」/7
<火>。 それは「破壊と再生」を司る六精霊の一である。 自ら以外の存在を許さない、絶対的な炎。 触れるものは蹂躙し、陵辱し、殲滅する。 焼き尽くす過程に不純物は生じず、霊魂レベルにまで還元する、浄化とはまた異なった再生方法。 全てを奪い、一から始めさせるその猛威は「烈火」、「劫火」、「猛火」などの文字通り、真っ赤で猛々しいイメージを抱かせる。 だが、炎はそれだけではない。 若い恒星が放つことが許される輝き。 周囲を圧するのではなく、跪かせる荘厳さ。 ただそこにある、だが、確かにそこにある静謐さ。 猛々しい情感を孕み、それでも静かに佇む、蒼い炎。 それが<火>の頂点に立つ<色>――<蒼炎>である。 熾条一哉side 「―――ふっ」 これまで受け身に回っていた一哉はここを先途とばかりに攻めに転じた。 圧倒的な【力】を内包する火球がいくつも生まれ、その淡い輝きが乱舞する。 術式も何もない。 ただ、出力だけに頼った、児戯にも等しい攻撃。 しかし、 それらは爆発音もなく、ただただその威力を命中した対象に発揮した。 ≪カルテット≫を捉えることはできなかったが、周囲の壁や床には火球と同サイズの空間が広がっている。 まさに火球の直径分だけ焼き尽くしたのだ。 触れる物を焼き尽くし、それ以外には何の効果も発揮しない炎。 その威力はエネルギー効率100%と言える。しかし、当たらなければいいと言うこと。 現に、≪カルテット≫はバレバレの弾道を見切って接近してきていた。 「はぁっ」 襲い来た砲弾や弾丸の嵐を足下から吹き上がった蒼炎が焼き尽くす。そして、その蒼炎を<颯武>で斬り裂き、その向こうで散開しようとしていたヴァイオリンたちに斬り込んだ。 『Presto(プレスト)』 <颯武>の鋒が触れる瞬間、急加速したEnergicoはその軌跡から姿を消す。 「チッ」 大振りとなってしまい、踏ん張りのきかない体は大きく流れた。 それを隙と見たのか、また≪カルテット≫の動きが変わる。 急速に接近してきた3体は2時の方向と11時の方向、さらに6時の方向から同時攻撃を仕掛けてきた。 近付かれれば、おそらくあのギミックにて攻撃される。 「・・・・ッ」 津波のように炎の奔流が前方一八〇度向けて放たれた。そして、その効果を見届けることなく、一哉は反転してPesanteを迎撃する。 大上段から振り下ろされるチェロを躱し、本命であったろう靴先のナイフを踏みつけた。 背後で蒼炎が猛威を振るっている限り、奇襲されることはない。 「せぁっ」 銀色の刀身が残像を引き、Pesanteの胴体へと吸い込まれた。 服の生地と歯車の鉄、その他諸々を斬り裂く感触が掌に伝わる。だが、それはその体から湧き上がった衝撃に吹き飛ばされた。 「くぁ・・・・ッ」 何とか受け身を取るも全身が激痛に苛まれ、どこを負傷したか分からなくなる。 とりあえず、一連の戦いで受けた傷に響いたことは確かだった。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 蒼い炎を使えるという高揚感から忘れ去っていた激痛を筆頭とした体調不良。 それが一気に戻ってきたことで一哉は呼吸を乱し始める。 (自爆機能って・・・・厄介な―――) 「―――ゲホッ」 喉が焼けるような痛みを発し、迫り上がっていた塊を吐き出した。 「・・・・ッ」 プールの底に咲く、鮮血の花。 (内臓・・・・いったか・・・・) 吐血は内臓損傷の証。 だとすれば、大晦日に受けたショットガンの傷が開いたと言うことだろう。 先程、炎によって焼き尽くされた血は再び一哉を浸食していた。 このままでは、出血多量で倒れてしまう。 「ふぅ・・・・」 一哉は一息で痛みも呼吸もその他諸々の感情を抑えてしまった。 これこそが<蒼炎>を扱う術者の特性。 全てを内に呑み込み、それを薪に変えてしまう強さと貯め込む以外に解決方法を見出せない弱さ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 改めて辺りを見回してくれば、一哉如きでは捉えることのできない速度で走り回る≪カルテット≫。 さっさと捉えて倒さねばならぬと言うのに、一哉は呑気に歩き出した。―――"男爵"へと通じる、最短距離を。 「・・・・ッ」 "男爵"は一哉の眸に何を感じたのか、顔を仰け反らせるようにして後退る。そして、"男爵"へ放った殺気が現実化したように、一哉の足下から蛇が頭をもたげるようにして蒼い奔流が迸った。 「―――っ!?」 車いすが急加速し、その奔流を躱す。 「≪カルテット≫が如何に素早く、こちらの炎で捉えられないとしても、お前なら捉えられるぞ」 <蒼炎>の効力で一哉の攻防力は跳ね上がっていた。 この状況であれば辺りに炎を展開するだけで≪カルテット≫の襲撃は耐えられる。 全くの脅威とならぬならば、それは雑魚と同じ。 敵大将の護衛が雑魚ならば、それを相手にせず、敵大将を狙えばいい。 (ここ、だな・・・・) 『Calmato(カルマート)、Legato(レガート)ッ』 静かに、滑らかに一哉を左右から挟撃して見せたEnergicoと Feroceは――― ―――ゴォッ!!!!! ―――立ち上がったふたつの火柱によって燃滅した。 「なっ!?」 「火幹流。設置式の術式だ。まあ、罠だな」 「罠、ダと・・・・?」 一哉は腕を一振りして火柱を収める。 「≪カルテット≫の目的は俺の撃破。遠距離攻撃さえ防いでおけば、いつかは近距離に来る。そこで発動させれば・・・・」 文字通り、Energicoと Feroceは灰も残らず消え去った。 あれだけ一哉を苦しめた"男爵"の軍勢はもういない。 全ての護衛を剥がれた総大将に、一哉はチロチロと炎で包囲しながら近付いた。 「それで、一体全体、これはどういう状況なんだ、"男爵"?」 一哉は絶対的強者という立場からとうの昔に気付いていたことを告げた。 「いや・・・・"仮面"、というべきか?」 すでに"男爵"の意志は表に出ていない。 戦闘開始こそあったであろう冷徹な戦術家としての判断ができなくなった"男爵"など、いくら≪カルテット≫が手強かろうと敵ではなかった。 "男爵"が率いる軍団の強みは、人とは異なる条件を揃えて襲ってくる戦術的攻撃力にあったからだ。 それに比べ、"仮面"が操る≪カルテット≫など、ただの力攻めである。 元々、殺戮機構が仕込み、ギミック性が増しているが、所詮はそれだけのこと。 戦術という一連の動きが加わらない単発の攻撃など今の一哉には通用しないだろう。 「"男爵"はどうした?」 「・・・・ククク。ナルホド。確カニ馬鹿デハナイヨウダ」 ぼんやりとした光を仮面が放ち、"男爵"は車いすから立ち上がった。 "男爵"は立てぬ体だったのだが、完全に体を掌握した"仮面"からすればどうでも言い問題なのだろう。 「私ノ名前ハMaestroトイウ。本来ハ専門家ニ付ケラレル敬称ダガ、音楽業界デハ指揮者トイウ意味モアル」 「ご丁寧にどうも」 (しかし、指揮者とはな) 一哉はその言葉でだいたいのからくりが理解できた。 つまり、≪カルテット≫は、カルテット(四重奏)なのだ。 指揮者(=Maestro)がいて、演奏者(=≪カルテット≫)がそれをこなす。 伝えられる指令は演奏記号。 いや、≪カルテット≫の個体に与えられた名前自体、その演奏記号である。 チェロ・・・・Pesanteは「重々しく」 ヴィオラ・・・・Graziosoは「優美に」 ヴァイオリン・・・・Energico、Feroceは「力強く」、「荒々しく」 全て、演奏記号の中でも発想記号に位置づけられるものだった。 (人形たちは演奏記号を短縮詠唱として魔術を掛けられ、様々な速度や行動を起こしている・・・・) 『Animato(アニマート)』・・・・元気に動いて。 『Presto(プレスト)』・・・・急速に。 『Capriccioso(カプリチョーソ)』・・・・気まぐれに。 『Perdendosi(ペルデンドシ)』・・・・消えるように。 『Prestissimo(プレスティッシモ)』非常に急速に。 『Con fuoco(コン・フオーコ)』・・・・火のように生き生きと。 『Stringendo(ストリンジェンド)』・・・・だんだん速く。 『Grave(グラーヴェ)』・・・・重々しく。 『Calmato(カルマート)』・・・・静かに。 『Legato(レガート)』・・・・滑るように。 「なるほど。≪カルテット≫とは自動人形≪クルキュプア≫が進化したものではなく、退化した『半』自動人形」 それならば、≪クルキュプア≫の戦術がやたら精密だったことが頷ける。 以前の"男爵"は個体一体一体の自由に戦わせていた。 全体の戦術には気を配っていたが、一体一体の戦い方には口を出していないのだ。 完全な陣形戦術とは動く者を駒として考える事が必要である。しかし、"男爵"はそうではなかった。 己の手にある戦力を全て、ひとつの戦場に凝縮し、全てが遊軍扱いで戦わせる。 それが、"男爵"やヘレネが言う『宴』だったのだ。 「ソウダ。"男爵"ハ貴様ニ敗レタ事ガ原因デ此マデノ精巧ナ人形ハ作レナクナッタ」 満を持した再戦で敗北した"男爵"は狂気に取り付かれ、それまで狭間にいた故に作り得た≪クルキュプア≫が作れなくなった。 故に頭数だけ揃えられた新生≪クルキュプア≫は音川での決戦で生き残った者たちが指揮をする態勢となった。 今まで頂点と末端しか存在しなかった部隊に、それを繋ぐ中間が作られる。 組織力は向上したが、戦術に一貫性ができ、その手の者からすればひどく戦いやすくなった。 無論、同じ土俵に立ったからには対応の仕様がある。 太平洋艦隊の陸戦部隊が奇襲を受けつつも撤退できたのはその辺りの事情があった。 もし、音川での戦力が向けられていたとすれば、たかが一〇〇人余の陸戦部隊など殲滅されていただろう。 彼女たちはわずか1時間で数百人の人間を惨殺した経験を持つのだから。 「それで、お前はどうして"男爵"に寄生した?」 「私ノ意志ナド無イ。全テハ陛下ノ思シ召シ」 (陛下、だと・・・・?) 一哉は"男爵"の背後にいる影を初めて捉えた。そして、さらなる情報を引き出そうと踏み込む。 「それは一体―――っ!?」 一哉としたことが、初めて聞かされる情報に興奮し、注意を怠った。 『Marcato(マルカート)』 『仮面』が「はっきりと」という意味の言葉を呟く。 それと同時に≪カルテット≫、最後の生き残りであるGraziosoはナイフに変えた指で一哉を背後から貫いた。 「ぐふっ」 激痛が全身を走り抜け、視界が点滅する。だが、歯を食い縛って耐え、後ろへと目を向けた。 『――――――』 無表情の瞳がこちらを見つめており、その指先が深々と一哉に突き刺さっている。 「・・・・ッ」 それが刺さったままでGraziosoは指の根本からナイフを切り離した。そして、左腕でヴィオラを叩きつけてくる。 「舐め、るなっ」 ヴィオラの軌道に<颯武>を割り込ませ、その打撃を受け止めた。しかし、深々と4本のナイフを生やした一哉は衝撃を逃がすことができない。 「ガッ」 ガクンと体が沈み、膝が地面についた。 ダクダクと、これまで以上の勢いで血が流れ出るのが分かる。 「クハハッ。切リ札ハ最後マデ残シテオクモノダロウ? "男爵"モソウダッタンジャナイノカ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 思えばそうだった。 あの音川でも、SMO近畿支部の特務隊に奇襲された"男爵"は小型の人形で撃退して見せた。 あれこそが用心深い"男爵"の切り札。 (しかし・・・・なかなかに、やる・・・・) ≪カルテット≫とは4体いてこそ≪カルテット≫。 序盤は4体いたが、接近戦を挑んでくる3体を相手している内にヴィオラ――Graziosoの姿はなかった。 「ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!! 死ネ死ネ死ネ死ネェッ!!! 未練ヲ裁チ切リ、私ガ此ノ体ヲ支配スルノダッ!!!!! アハハハハハハハハハハハッッ!!!!!」 「―――うるさい」 「ハ?」 一哉は鍔迫り合いに陥ったまま"男爵"を見据える。 「こんなやつ、脅威でも何でもない」 <颯武>が発光し、目の前のヴィオラを両断した。そして、態勢を崩したGraziosoを突き上げて串刺しにし、渾身の力で壁に叩きつける。 撃破の証拠として大爆発が起き、壁の向こうが覗いた。 「ナ・・・・ッ!?」 ユラユラとまるで<蒼炎>を凝縮したような淡い光を放つ<颯武>。 周囲に満ちていた圧倒的なまでの【力】は、その刀に凝縮されている。 「さて・・・・次はお前だ」 一哉はふらつく足でゆっくりと振り返り、しかし、一瞬でその間合いをゼロにした。 突き出された鋒は仮面の額を捉え、真っ二つに断ち切る。 その向こうには、眸の焦点を狂わせた"男爵"・マディウスの素顔があった。 (ようやく、終わる・・・・) 一月に及ぶ戦略を駆使した戦い。 暗殺を狙う部隊を逆に奇襲して壊滅させた。 瀞が攫われ、【叢瀬】からの援軍要請を受けた。 鴫島に渡るため、中継基地を陥落させた。 緋が戦闘態勢の護衛艦を激闘の末に撃沈した。 鴫島を強襲し、対地航空戦力を殲滅した。 加賀智島に渡る最中、撃墜された。 ≪クルキュプア≫との遭遇戦。 ≪カルテット≫との決戦。 そして――― 「終わりだ、"男爵"・マディウス」 少し感慨にふけった一哉は<颯武>を振り上げる。 「ふふふ・・・・・・・・ふはははははっ」 「―――っ!?」 いきなり"男爵"の目の焦点が合い、魔力の爆発が起きた。 至近距離からまともにそれを受けた一哉は大きく跳ね飛ばされる。 「もういいぞ、ヘレネ。これ以上ないくらいに舞台は整った。ここで登場し、貴様が全てを決めるのだ。貴様こそ、我が最高傑作よっ」 (ヘレネが、いる・・・・ッ) 警戒心を押し出し、周囲へと気を配る。 「・・・・・・・・・・・・・・・・?」 だが、ヘレネが出てくる気配はなかった。 「・・・・どうした、ヘレネ? まさか、登場もできないほど衣服が損傷したか? まあよい。特別に研究費から捻り出してくれよう。だから、さっさとここへ来るのだっ」 しかし、反応がない。 「・・・・・・・・まさか、撃破されたのか? いや、違う。だが、今、魔力供給を儂は誰にもしていない。いや、違うに決まっている。・・・・だが、現に反応が・・・・いやいや・・・・」 違和感に気付いた"男爵"が己の頭を抱えた。そして、現実受け入れたくないとばかりに頭を振る。 それでも、元々は聡明な魔術師である。 最も合理性のある結論がすぐさま導かれた。 「は、はは・・・・。つまりはそういうことか? 決戦戦力であるヘレネは戦場にすら辿り着けずに撃破されてしまったと言うことか・・・・?」 そう呟いた瞬間、渦巻いていた魔力が嘘のように萎んでいく。 「な、何だというのだ・・・・どうして・・・・」 完全に魔力が消失したそこにいたのはただの初老の男。 しかし、すぐにその収縮した魔力が爆発した。 「アアアアアああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙あああアアアアアア゙アアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙ああああああああああああアアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアああああアアアアアア゙アアアアアアあ゙ああああああああああああアアアああああアア゙アアアああああアア゙アアアアアあああア゙あ゙あアアアアアアああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙あああアアアアアア゙アアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙ああああああああああああアアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアああああアアアアアア゙アアアアアアあ゙ああああああああああああアアアああああアア゙アアアああああアア゙アアアアアあああア゙あ゙あアアアアアアああああアアアアアア゙アアアアアアあ゙ああああああああああああアアアああああアア゙アアアああああアア゙アアアアアあああア゙あ゙あアアアアアアああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙あああアアアアアア゙アアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙あああアアアアアア゙アアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙ああああああああああああアアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙アアアああああアア゙アアアああああアア゙アアアアアあああア゙あ゙あアアアアアアああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙あああアアアああアアア゙あああああああアア゙ア゙アアアあああああああアアアアアああ゙あッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 溢れ出す魔力を練り上げることなく、ただ叩きつけるのみ。だが、純粋な魔力が持つ威力は一哉を叩きのめした。 全身の傷口が開き、血が溢れ出す。 幾度も染め上げられた衣服が再び朱に染まり、今度は元に戻らなかった。 (炎が・・・・) 片膝をつきながら辺りを見回す。 あれほどにまで明確に聞こえていた<火>の声が全く聞こえなくなっていた。 ただ、殺傷するためだけに生み出された刀として、冷徹なまでの光を放つ<颯武>があるのみだ。 「アア゙アアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙ああああああああああああアアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああああアア゙アアアアアああああアアアアアア゙アアアアアアあ゙ああああああああああああアアアああああアア゙アアアああああアア゙アアアアアあああア゙あ゙あアアアアアアああああああアア゙アアアアアあああああアアアアアあああ゙アアアアアア゙アアアあ゙あああアアアアアア゙アアアアアアあああああああああア゙あ゙あアアアああ゙アアアアア゙あ゙ああああああアアアアアああ゙あッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 魔力の第二波が襲い来る。 再びあれに襲われれば、このボロボロの状態では耐え切れない。 「・・・・ッ」 だから、一哉は最後に残った能力――"気"を刀身に乗せ、渾身の【力】で魔力に叩きつけた。 「え・・・・あ?」 猛威の圧力に耐えるために噛み締められた歯が離れる。 刀身はするりと魔力を裂き、魔力が引き起こした惨状は一哉を避けるようにして発揮された。 (まさか・・・・こいつ・・・・) 一哉は手の中で発光を続ける<颯武>を見下ろす。 (魔力を・・・・斬った?) 「―――見事っ」 「―――っ!?」 突然、横合いから届いた拍手と声。 「さすがは生ける伝説。何の形も与えられぬ【力】に二度も阻まれるほど落ちぶれてはおらんか」 「お前、何者だっ!?」 新たな人物に誰何の声を上げる。 暗がりから現れたのは30代半ばの偉丈夫だった。 「ふむ・・・・」 その姿は時代がかった、しかし、これ以上ない戦装束。 身を覆うは色々縅本小札丸胴具足、腰に佩くは二振りの大太刀。 「我は"公爵"・眞郷総次郎幸晟」 万軍を指揮するのに充分な声音を以て、男は名乗りを上げる。 「"公爵"・・・・」 一哉はチラリと脇に視線を向けた。 あそこで発狂しているのは"男爵"。 "男爵"というのが異名ではなく、ただの階級だとすれば――― 「お前は、"男爵"の上司・・・・」 「いかにも」 ガシャリと重厚な鎧が音を立て、"公爵"は胸を張る。 (ヤバイ・・・・) "公爵"の持つ【力】は"男爵"の比ではない。 さすがは五爵筆頭。 「・・・・そんな偉いさんが何の用だ?」 「ふ、そのように警戒することはない。此度は顔見せと・・・・」 すーっと視線を流し、"男爵"を視界に収めた。 「うそだ。うそだ、こんなはずは・・・・。ありえない、ありえないぞ・・・・」 ブツブツとこちらの会話を気にせず呟き続ける"男爵"。 「ふん・・・・こやつの始末よ」 "公爵"は滑るような足取りで未だ魔力を暴走させている"男爵"へと近付いていく。 風を切るように、魔力の猛威の中を進む"公爵"の手には引き抜かれた一本の大太刀があった。 「武人なら、武人らしく・・・・」 大太刀が大上段に振り上げられる。そして――― 「己の負けを認めぃ、この恥さらしがっ」 怒号と共に振り下ろされた。 「な・・・・ッ」 大太刀が疾走し、砂塵が巻き起こる。だが、その砂塵も降り注いだ血潮によって地上へと瞬く間に落下した。 首を失った"男爵"の体がグラリと揺れ、己の車いすを巻き込んで倒れ伏す。そして、その前へと首が落下した。 「ふんっ」 "公爵"は斬首だけでは飽きたらず、その首を叩き割る。 呆気なく、1年以上続いた確執は"男爵"の死を以て終了した。 「お前、何を・・・・ッ」 「黙れ、若造」 「―――っ!?」 刀身を一振りして血を振り払った"公爵"は納刀しながら一哉を見遣る。 「武人たるもの、引き際が肝心。散り際もまた、武人である証拠である。こやつは自らを宴の執行者としながらその幕引きを躊躇った」 「・・・・だから、殺したのか?」 「そうではない。こやつは狂った勢いで我々の情報をもらす可能性があった。余人ならともかく、貴様――"東洋の慧眼"相手には危険過ぎよう」 「・・・・随分、買ってくれているんだな」 一哉は片膝の体勢のまま動けない。 すでに足腰には限界が来ており、その限界を突破してできた限界にも達していた。 指一本動かすことすら億劫という状態なのだ。 さらに、何故か炎術が使えない。 (今、戦えば間違いなく負ける) まさに風前の灯だ。 「さっきも言った通り、警戒する必要はない」 くるっと背を向ける"公爵"。 「軍人は情け容赦なく敵の弱点を衝く。彼らは銃後を護るためなのだから当然だ」 首だけで振り返り、"公爵"は強者の気概を見せた。 「我は武人でありたいと思う。己の意志に正直で、それを貫く者として」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「それではな、<蒼炎>を継ぎし者」 もう言うことはないのか、"公爵"の姿が闇に溶け込むように消えていく。 「無事、この苦難から生き残ってみせよ」 完全に消えた闇の向こうから赤い光が流れてきた。 同時にあれだけ聞こえなかった<火>の声が、まるでがなり立てるかのような勢いで耳を打つ。 「苦難。・・・・はは、確かに苦難だな・・・・」 ゆっくりとだが、着実にその領域を広めていく赤。 ボコボコと表面から蒸気を放出しながら全てを呑み込む赤。 灼熱の世界からやってきて、全てを灼熱の世界に葬っていく赤。 「く・・・・っ」 逃げなければいけないというのに、一哉の体は動かなかった。 いや、それどころか、敵が去ったと言うことで気が抜けたのか、倒れてしまう。 「逃げ・・・・違う、探さないと・・・・」 全く力の入らない体に鞭打つも、やはり体は動かなかった。 (あ・・・・) それどころか、急速に視界が靄に侵食され、意識が朦朧としてくる。 それが視界の全てを覆い尽くし、聴力すら奪う寸前――― 「――― 一哉ぁっ」 ―――懐かしいと思える声と 「はぁっ」 ―――灼熱を吹き飛ばす極寒が完全に一哉の意識を刈り取った。 |