第十三章「第二次鴫島事変〜後編〜」/



「―――いきなり撤退命令とは何があったのかしら・・・・」

 午前9時20分、鴫島の滑走路から4機のヘリが離陸した。

「さあ、分かりませんですの。ただ、言えることは総司令官が攻略途中で撤退を命じる出来事が起きた、ということですの」

 早急の撤退を命じられた先遣隊は格納庫で生き残っていた輸送ヘリ・蜂衙(ホウガ)で強襲揚陸艦隊に帰還する予定なのだ。
 ご丁寧に航空燃料などの離陸に必要なものは全て揃っていた。
 問題は艦隊側の受け入れ態勢だ。
 防衛型護衛艦『玖雲』は艦舷やヘリ甲板の火災こそは収まったが、ダメージが大きく、母港への帰還は不可能とのことだった。
 攻撃型護衛艦『伍雲』には1機、強襲揚陸艦『紗雲』には2機の蜂衙が着艦可能との報告を受けている。
 よって着陸した蜂衙は次の蜂衙を受け入れるために海中に投棄する手筈だった。

「ずいぶんボロボロになったですの」
「そうね。ホントに表の武力は恐ろしいわ」

 事前に見せられた航空写真と同じ場所とは到底思えない程まで破壊された基地は向こう数ヶ月は使い物にならないだろう。
 特にミサイル発射基地と思われる場所から上がる煙はその懐に猛火を潜ませていた。しかし、鈴音の視線は鴫島ではなく、加賀智島に向けられている。

「心配?」
「・・・・ッ、誰があんな薄情な兄のことなどっ。大体、そう簡単に死ぬタマですか」
「私、別にあいつのこととは言ってないけど?」
「・・・・ッ」

 ぷいっと顔を背けてしまうが、しばらく経つと視線は加賀智島へと戻る。

(やっぱり、心配なのね・・・・)

 血を分けた兄妹だ。
 例え、別々に育ったとは言え、鈴音は一哉のことを気にし続けていた。さらに言ってしまえば、一哉は現在行方不明扱いなのだ。

(まあ、大丈夫だと思うけど・・・・あの怪我だしね・・・・)

 朝霞は一哉の怪我の度合いを一番把握している。そして、その朝霞だからこそ一哉がどれだけ危ない橋を渡っているかが分かるのだ。
 もちろん、不安にさせるだけのこのことは黙っている。だが、鈴音はそれでも何かを感じ取っているに違いない。

「瀞さん、大丈夫かしら」
「きっと大丈夫ですの。あの方は強い御方ですのよ」

 遙か上空からは地下で交わされる戦闘に関与できない。
 その当たり前の事実がふたりの心に影を落としていた。






熾条一哉side

「―――こぉんのぉっ」

 一哉は渾身の力を振り絞り、"総条夢幻流"の"砲"を繰り出した。
 その膨大な"気"が捻出する猛威は正面にいたRosso3体をバラバラにし、その向こうにいたBianco2体を吹き飛ばす。そして、一方向を切り崩した一哉はそのままBiancoを追撃するようにして包囲網から抜け、バランスを立て直せないでいるBiancoの足を"炎にて焼き払った"。

(威力が上がってる・・・・)

 遠距離から飛んできたロケット弾を燃やし尽くす。
 全身を蝕む痛みに耐えながら戦う一哉は自身の確実な変化に気付いていた。

「はっ」

 掌から迸った炎は真正面から≪クルキュプア≫の突撃を阻む。
 今までは焦がしもできなかったというのに、Rossoの一部はその四肢を欠けさせていた。

(これは・・・・)

 思わず攻撃の手を止め、周囲の精霊に気を配る。

(<火>の数がいつもと段違いだ・・・・)

 周囲に集う緋色の煌めき。
 それはまさしく炎術師がパートナーに選んだ<火>たちであった。
 精霊はどこにでもいるわけではない。
 唯一の例外として<風>が上げられるが、これは風術自体が大気に関連するからだ。また、水術も精霊を集めやすいが、それは空気中に含まれる水蒸気――つまり、湿気――に左右される。
 <雷>や<火>などはまず、"気"を使って精霊を集めるところから風術や水術に遅れを取っている。先のふたつが攻撃力最強でいられるのは精霊のひとつひとつの攻撃力が他を圧しているからに他ならない。
 精霊の絶対量ならば<風>に敵うものはない。

【いいかげん、くたばれっ】

 再び半円状に包囲することになった≪クルキュプア≫が突撃を開始した。
 百を超える三色のフランス人形が走る姿は圧巻だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 <颯武>を鞘に戻し、居合いで迎え撃つべく一哉は姿勢を落とす。そして、同時に<火>へと働きかけた。

(まだ・・・・)

 一哉の意を受けた炎が眼前で揺らめき、拳銃や機関銃、ショットガンの弾丸を焼き尽くす。

(まだだ・・・・)

 彼我の距離は急速に迫り、先頭を駆けるRossoが5メートル手前に達した。

「今ッ」

 脳から右腕の運動神経を介して打刀・<颯武>が鞘走る。だが、その機先を制するように、得物を振り上げるRossoの向こうで発砲炎が煌めいた。

―――チュンッ

 牽制とばかりに撃たれたライフル弾が耳の側を通過し、脳を揺らす。しかし、歯をしっかり食いしばって意識を繋ぎ止めた。そして、別の原因で激痛の走る体に鞭打ち、一哉は再び"砲"を撃ち放った。

―――ドンッ

 今度は広範囲に渡って衝撃波が伸び、爆発的な勢いを以て≪クルキュプア≫を一斉に吹き飛ばす。
 自重の軽いRossoが勢いよく吹き飛び、Bianco、Neroの順で大きく後退した。

「はぁッ」

 一哉の声と共に≪クルキュプア≫の背後でも爆発が起きる。
 一瞬というタイムラグで発生した前後での爆発はその間に散らばった≪クルキュプア≫を十数トンという衝撃力を以て押し潰した。しかし、"総条夢幻流"よりも炎術の方がはるかに威力が強く、衝撃波は等しく一哉をも吹き飛ばす。

「ぐわ・・・・ッ」

 数メートルも飛翔し、背中から壁に激突した一哉は次々に飛んできて壁に激突していく≪クルキュプア≫を見た。
 脆くなっていた壁はその威力に耐え切れずに崩壊。
 数キロの重さを持つコンクリートが次々と一哉の体に降り注ぐ。

(あー・・・・)

 ぐらぁと視界が揺れ、思わず床へと倒れ込んだ。

(緋・・・・話が違うぞ・・・・)

 炎術で起こした爆発は"燬熾灼凰"を顕現させ、瞬時に爆発させたものだ。
 緋が言うには"燬熾灼凰"は第二次世界大戦以前に活躍した大砲にも匹敵する爆発力を有しているらしい。
 爆発力のことではあるが、緋が言いたかったのは主砲発射時での衝撃波のことであろう。
 大砲を発射する時にはその軍艦の甲板上にブザーが鳴り響き、艦員に退避を命じていた。
 それは発射時の爆発力が衝撃波となって甲板を席巻するからである。
 緋はその時の衝撃波が"燬熾灼凰"に匹敵すると言いたかったのだ。

(大砲は大砲でも駆逐艦や巡洋艦レベルではない。・・・・戦艦級だろ・・・・)

 その時は緋の語彙の少なさから大げさに言っているものと判断していたが、それは間違いだったようだ。
 第二次世界大戦当時、大日本帝国の軍艦の主砲口径はだいたい駆逐艦が12.7cm、巡洋艦が駆逐艦以上20cm以下だった。そして、戦艦は35.6cm、41cm、46cmという口径だ。
 もちろん、口径が大きければ大きいほど威力が大きくなり、それだけ発射時の衝撃波は強くなる。
 戦艦の衝撃波を直に喰らえば、それだけで死に至ることもあった。

「ぐふ・・・・」

 一哉は戦闘態勢にあり、"気"を全身に張り巡らせている。そして、彼の前に≪クルキュプア≫という壁があったため、衝撃波はかなりの威力が減退されていた。
 それでも全身の骨が軋みを上げ、喉を血が逆流してくる。

(だが、これで・・・・)

 さすがの≪クルキュプア≫でも耐え切れなかったようだ。
 一哉と同じように壁の瓦礫に埋もれ、多くの人形が倒れていた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・これで・・・・雑魚は終わ、りだ・・・・」

 四肢に"気"を巡らせ、痛みを和らげながら一哉は力を入れる。
 激痛に耐え、何とか体を起こすことに成功した。
 少し高くなった視点からは爆発が思ったよりも広範囲に広がっていたことが分かる。
 もし、指向性を持たせていれば、一哉の御霊は今頃、三途の川を越えていただろう。

「おい、おい・・・・」

 身を起こしたことで高くなった視界に飛び込んだ情景に絶句する。そして、それを自分が起こしたという事実に閉口した。
 壁や床は焼け焦げ、部屋の備品は余すことなく焼き尽くされている。
 これぞ、焦土。
 赤熱した金属がパチパチと音を立てる様はまさに焦熱地獄だった。

(後は・・・・"男爵"の奴を片付けるだけ・・・・)

 どれだけの地獄を演出しようと、一哉にとって炎は恐れるものではない。だが、戦場の惨状はこれだけでは終わらず、爆発点を中心に半径30メートル規模で床が抜けた。

「は?」

 浮遊感が一哉を襲い、絶望的な感覚として鮮烈に脳に焼き付く。
 脆くなった建物の崩壊。
 それは人に耐え得るものではない。しかし、一哉は炎術師である。
 落ちてくる瓦礫は渾身の力で焼き尽くせば、なんとかなるかもしれない。

(とりあえず、受け身を―――)

―――タパーン

 予想していた打撃は来ず、ただ一瞬で視界が奪われた。
 方向感覚だけでなく、地面の感触もなくなっている。
 それだけでなく、四方から圧力が掛かり、一哉は四方八方に翻弄された。

「これは・・・・ガボボッ」

 落下した一哉を迎えたのは大量の水を湛えたプールだ。
 深さは3メートルほどで中々に深く、広さも申し分なく、立派なものだ。
 【叢瀬】の訓練のためか、研究員の慰安施設かは分からないが、この空間もいろいろガタが来ているようだ。そして、電力は依然として回復せず、辺りは闇に包まれていた。

「とっとと」

 縁まで泳ぎ、その縁に掴まる。そして、プールを見れば≪クルキュプア≫たちがプカプカと浮いていた。
 大量の瓦礫が流れ込んでおり、おそらくそれ以外の人形は下敷きになったと思われる。
 実際、≪クルキュプア≫は総勢の3割までが完全に破壊され、その倍が四肢を失っていた。
 損耗率は実に9割を数え、稼働体は一桁に落ち込んでいる。
 ここに"男爵"率いる自動フランス人形部隊――≪クルキュプア≫は壊滅した。

("男爵"は・・・・ッ)

 崩落したフロアを仰ぎ見る。
 "男爵"は安全地帯にいたはずだからその向こうにいるだろう。

(逃げた、か・・・・)

 一哉でもそうする。
 自分の部隊が壊滅し、自身では敵を撃破できないと判断すれば間違いなく逃げの一手を取る。
 "男爵"も戦術家としては一流だ。

「となると・・・・また、取り逃がしたか・・・・」
「―――ふん、≪クルキュプア≫を退けルか」
「―――っ!?」

 ため息をつくために下げた顔を再び上に上げる。
 そこには仮面を中心に魔力を統制する"男爵"が車椅子ごと浮いていた。

「ダガ、貴様も満身創痍のようダな」

 長さ50メートル、幅40メートルのプールを睥睨し、"男爵"はくつくつと嗤う。

「水の中デはうまく動けマい。儂の叡智、そこで指ヲ咥えて見テるがいイわ」

 "男爵"はそう吐き捨てると、車椅子の手すりから右手を高く上げた。
 同時に魔力の高まりを感じ、"男爵"の仮面が禍々しい光を放つ。そして、瓦礫の山や浮いている人形から同色の光が迸った。

(これは・・・・魔力・・・・?)

 "男爵"・マディウスという高位の魔術師による魔力集中は不可視のはずの魔力を視認レベルまで持っていくというものだ。
 高位の精霊術師が精霊を精霊のままで顕現させることと同じである。そして、この顕現は直系の一部にしかできるものはいない。
 つまり、"男爵"の才能は直系という規格外に並ぶほどなのだ。

(軍勢を操ってるから目立たないが、"男爵"は稀代の魔術師なんだな・・・・)

 4桁近い人形にAIさながらの知能を授け、一糸乱れぬ統率力を誇るだけでも相当な腕を必要とする。

「Musica」

 瓦礫が人形の輪郭を縁取っていた魔力が一瞬にして"男爵"へと集合した。それだけでなく、人形を構成していた布や糸、綿に歯車などもが"男爵"目指して浮かび上がる。

(やらせるかよっ)

 "男爵"が逃げない理由はひとつ。
 ≪クルキュプア≫を上回るものを保有しているからだ。

「Quattro」

 一哉は炎にて攻撃しようとするが、水に入っていたことが状況を変えた。
 魔力の活性化によってプールの水温が上昇し、一哉から流れ出る血の量が増えてきたのだ。
 もちろん、普段ならば気にする変化量ではない。だが、今の一哉にとって1ミリリットルの血でも惜しかった。
 また、プールに落ちたことであの空間に満ちていた<火>とも切り離されてしまっている。
 逆に普段よりも精霊量が激減し、"男爵"相手での効果的な攻撃は不可能だった。

(まさか、計算か・・・・?)

 屋内戦のエキスパートである"男爵"は一哉が戦えば床が崩落するほどのダメージを与えると読み、戦場をこのプールの上に選んだ。
 当初、≪クルキュプア≫が誘うような動きをしていたのはこれだったのだ。

「≪カルテット≫始動」

 焦る一哉を嘲笑うようにバラバラにされた人形の体と魔力が再び融合した。そして、部品は次々と変化し、4つのとある形を形成し始める。

(カルテット・・・・四重奏か・・・・)

 見ていることしかできない。だが、その見ることに意義があるとばかりに一哉は変形していく切り札――≪カルテット≫を凝視した。

Pesante(ペザンテ)」

 一際大きい人形がゆっくりとプールサイドに降り立つ。
 衣装はフランス人形の材質に変わりないが、黒地に赤のラインが入っていた。そして、手に持つ、チェロ。

Grazioso(グラツィオーソ)」

 Pesanteとは違い、白を基調とするが、要所要所に黒色の装飾が入っている。そして、手にはヴィオラが握られていた。

Energico(エネルジコ)、Feroce(フェローチェ)」

 鮮烈な真っ赤な衣装に漆黒のヴァイオリンを持った人形が降り立つ。

「さア、我が最高傑作よ。宿敵ヲ討ち滅ボせッ」

 声と共に辺りを支配していた魔力の輝きが消えた。
 戦闘態勢が整ったのだ。

「チィッ」

 一哉は急いでプールから出ようと動く。しかし、水が一哉の行動を疎外し、傷のダメージもあってその速度は遅かった。
 装甲している内にプールサイドの反対側に降り立ったPesanteが右肘を折り畳む。

―――ズドッ

 馬鹿みたいな光景だが、錯覚ではなく、その肘に空いた空洞からロケット弾が飛翔した。

「・・・・ッ」

 着弾寸前に一哉は水へと潜るが、その爆発力はその背中を強かに打ち据える。

(ぐっ)

 肺に溜め込んだ酸素を吐き出し、火炎に彩られた水面を見上げた。

(これだと、まるで爆雷制圧を受ける潜水艦だな・・・・)

 顔を上げれば間違いなく狙い撃ちだろう。そして、顔を上げなくとも水の中にいる事実が一哉を苦しめる。

「ぷはっ」

 とりあえず、呼吸は大事だ。
 闇に光る≪カルテット≫の赤い目は不気味だが、暗闇と言うこともあり、そう簡単に命中はしないだろう。

「げっ」

 周囲を見回した一哉はヴァイオリンを抱えたEnergicoFeroceが足の下から火を吹いて飛翔するのを見た。そして、ヴァイオリンの先から閃光が走る。

「うっ」

 周囲の水面が相次いで波立ち、幸い命中弾はなかった。しかし、これで一哉の位置を掴んだのか、Graziosoの赤い目がサーチライトのように光を伸ばしてくる。

「冗談・・・・ッ」

 しっかりと照準されたロケット弾やサブマシンガンの弾が一哉に集中した。
 危ないところで水中に逃れたが、爆風が容赦なく一哉を翻弄する。

(水がなければ対応のしようが・・・・ん?)

 水の中で僅かな圧力変化が見られた。

(これは・・・・流れ、か?)

 暗闇にてかすかに見える瓦礫の山。
 その下に向かって水は流れ込んでいる。

(上階の崩落でプールの底に穴が空いたのか・・・・)

 つまり、このプールは溜め込んだ水がどんどん流れ出ていると言うことになる。

(あの破口を大きくできれば・・・・ッ)

 先程のPesanteの位置から瞬時に入射角を計算し、即行動に移る一哉。

「・・・・ッ」

 水から顔を上げるなり、炎術を起動。
 こちらを窺っていたヴァイオリン二人に炎弾を見舞って吹き飛ばした。そして、視線をPesanteへと向ける。

(来るっ)

 折り畳まれた肘がこちらに向いていた。
 人形から感じるはずもない殺気を感じ取った一哉はまさに潜水艦の如く急速潜行に移る。そして、その直上へと放っていた炎弾のひとつが落下した。

―――ボバッ

 小規模な水蒸気爆発にてその地点の水は大きく吹き飛ばされ、円上の穴が空く。
 そこにロケット弾が理想的な角度で突っ込んだ。
 推進力を減少させる水の壁は減っており、ロケット弾は信管が作動する威力を以てプールの底へと突き刺さる。

「―――っ!?」

 瞬間、水分子が無数の礫となって一哉を打ち据えた。
 点滅する意識を<颯武>を握り締めることで繋ぎ止め、視線をプールの底へと向ける。

「・・・・ッ」

 そこの大穴を認めた瞬間、先程とは逆の奔流に体が持ち上げられた。

(ヤバッ)

 底に大穴を空けられたプールはその腹に溜め込んだ水をものすごい勢いで排出し始めたのだ。
 それは渦巻きとなり、一哉の体を深い穴の中へと誘う。
 誘い込まれれば最後。
 水圧によって一哉の体は押し潰されるに違いない。

(チッ、迂闊だったな・・・・ッ)

 浮き上がる体を支えるため、<颯武>を底へと突き刺した。

―――ドバッ

「―――っ!?」

 必死に水流を耐えながら、違う圧力源を確かめようと水面を見上げる。
 ゆらゆらと揺らめきながらも確かに落下してくる空き缶のような物体。
 それが一目見ただけで数十個、一哉の周囲へと落下してきた。

(爆雷ッ!?)

 ギクリと身を強張らせる。
 そんな一哉の直上で次々とそれらは爆発した。






初音side

 主――アイスマンが熾条一哉に興味を持ったのは統世学園の文化祭だった。
 前々から活躍は聞いていたが、実際に戦いを見たのは一哉が鬼族首領――隼人との一騎打ちが最初だ。
 彼は局長――功刀宗源の命令で隼人の監視を命じられていたが、いつしか夢中になっていた。そして、今も隣で食い入らんばかりに観戦する主はここ数年、見たこともないほど目を輝かせている。

(―――御主人様は己を戦いでしか見出せない存在・・・・)

 生まれを否定され、己の腕っ節だけで裏世界を渡り歩いてきたアイスマン。
 彼と一哉はまるで対極の存在だ。
 熾条厳一の嫡男という、待望された生まれを持つ一哉。
 親からミスとされ、望まれぬ生まれを持つアイスマン。
 元々は同じ素質を持ってして生まれたというのに、その生まれが全てを正対させてしまった。しかし、選んだ半生は同じ、血に塗られた戦場。
 一哉が選んだのは戦略という軍略。
 アイスマンが選んだのはその軍略を正面から打破する武力。
 それでも、同じ資質が宿る以上、彼我の戦闘力は絶大なもののはずだった。
 正面からぶつかった時、その先にあるものを期待してアイスマンは一哉との対決を望んでいる。
 そのためには一哉に染み込んだ「戦略家」を吹き飛ばす戦場を用意しなければならなかった。そして、一度、一哉がそれを吹き飛ばしたのが対隼人戦で時任蔡が討ち死にした時だったのだ。

「やっぱ、一哉は一筋縄じゃあいかねえぜ」

 眼下で繰り広げられる攻防戦は明らかに一哉が不利である。
 兵数、地の利、コンディションの全てに劣る一哉は一蹴されるはずだった。だが、一哉は粘り強く戦い、苦手な白兵戦で傷を負うも直系の平均を遙かに上回る"気"でカバーする。
 鴫島に集った全ての直系術者でもこの粘りは出せない。
 止血・鎮痛と戦闘を同時にこなすなど、まず不可能であり、絶対的な量が足りないのだ。だが、一哉が修めし"総条夢幻流"は"気"や<気>の扱いがメインである。
 精霊術を修得するために、ある意味エネルギーとしてだけ"気"と接してきていた他の術者には真似できない、繊細な操作能力が一哉にはある。
 "気"とは、ただ単に精霊を呼び寄せるものではない。
 うまく使えば身体能力の強化もできるし、発頸のような攻撃にも使える。さらに止血や鎮痛と言った戦闘続行に必要な作用まである。
 かつて、"気"について研究した森術師がこのような言葉を残している。

『"気"とは精霊術師を戦闘機械へと変貌させる』

 より強く、より速く、より長く戦うためのもの。
 それが"気"だというのだ。
 そうだとすれば、当代直系で最も"気"の総量が多い一哉は最も「機械」に近いと言うことになる。

(そうかもしれませんね・・・・)

 初音は主の視線の先にある一哉を見て思う。
 すでに一哉は人間の限界を超えているように思えた。だが、「戦い」という魔物が一哉を捉えて放さない。
 ≪クルキュプア≫と戦う一哉はそれほど"違和感がなかった"。そして、それは"男爵"にも言える。

「・・・・"皇帝"もえげつねえな」
「は?」

 ポツリとアイスマンが呟いた言葉を初音は聞き漏らした。

「えっと・・・・?」
「見てみろよ、"男爵"を」
「はい」

 初音たちがいる場所は崩落したフロアである。
 そこからはプールを中心に対峙する一哉と"男爵"が見られた。

(さすがの魔力量・・・・)

 戦術家と名を馳せているが、"男爵"が優れた魔術師であることは周知の事実である。

(え・・・・)

 しかし、実際に魔力を放っているのは―――

「仮面・・・・」
「そういうこと。あれ、"皇帝"が"男爵"に与えたんだぜ」
「そんな・・・・っ」

 仮面は"男爵"から魔力を引き出し、それを使用している。
 その様はまるで寄生。
 それも主体が"男爵"ではなくなってしまっていた。
 つまり、もう"男爵"の意志はないのだ。

「行くぞ、初音」
「え? いいのですか?」
「ああ。この戦い、見るに値しない」
「ですが、一哉様は・・・・」

 一哉が今回の戦いで最も危なかった時、初音はその手助けをしていた。
 言うまでもなく、ヒトである以上、兵器が繰り出す攻撃力をまともに受ければ無事では済まない。だから、初音は一哉が加賀智島に上陸する時と、上陸した後に手を貸したのだ。
 強襲ヘリ・蜂武が損傷し、加賀智島の断崖に激突した時、一哉は偶然にも瀞が軟禁されていた部屋の窓へと突っ込んだ。
 衝撃で気を失った一哉を単装速射砲が命中する前に操縦席から引っ張り出したのは初音である。
 その後、叢瀬椅央が敷いた温度による索敵も、瀞と同じように冷気を操作することで眩ませた。
 結果、自然回復するまで彼は誰にも認識されずにいられたのだ。

「ここで朽ちるようならそれまでってことだろ。助けさせたのは無理をさせたのが分かってたからだ。"男爵"との戦いに介入する意味はない」

 くるっと背を向け、歩き出す。

「とっととこの島を出るぜ。・・・・厄介なもんが出てこない内にな」
「はい・・・・」

 付き従うように、だが、主人の邪魔にならないように距離を取って初音も歩き出した。

(緋様、後はお任せします。あなたの主、私の主のために存命させてください)

 己が暗黒の海に叩き込んだ一哉の守護獣に語りかける。

「さってと、功刀への言い訳、考えとかねえとな」

 ポケットから取り出したひとつの石。
 それを叩き割った時、その場にアイスマンと初音の姿はなかった。










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