第十三章「第二次鴫島事変〜後編〜」/



「―――誰?」

 それは7年も前の話。
 神経過敏に苦しむ叢瀬椅央を訪問する男がいた。
 当時の彼女は未だ電線にて部屋に固定されておらず、"銀嶺の女王"などという称号もなかった。

「ほら、これを飲むといい」
「いらない。また変な薬でしょ」
「違う。これはお前の異能の副作用を抑える薬だ。数ヶ月ほど服用すれば日常生活で痛みに苦しむことはなくなる」

 そう言った青年はにこりと笑みを浮かべて近付いてきた。

「・・・・どうして?」

 正直、痛みで気が狂いそうだった椅央には救いだったが、この島で大人は皆敵のはず。
 自分たちは実験のモルモットであり、大人は自分たちをヒトとは見ていないのだから。

「僕の名前は黒鳥月人。ここの主任だ。そして、君への遺伝子提供者でもある」
「え!?」

 椅央と黒鳳との交流は椅央が現在の玉座に安置させられてからも続いた。
 椅央はその溢れるほどの情報の中から黒鳳のことを調べ上げている。
 どうやら、椅央は黒鳳とその恋人に当たる女性から遺伝子提供を受けているらしく、言わば、黒鳳は「父親」だった。

「椅央」

 そんな彼は第一次鴫島事変が勃発する直前、いつものようにふらっと椅央の元を訪れた。
 彼の姿を認め、いつものように侍っていた少女たちは別室へと去る。
 自然と黒鳳が来た時はふたりきりになるような状態になっていた。

「どうしたの? 朝早くに」

 未だ日は昇っていない。
 彼が隣の島――鴫島からここに来るには早すぎる。

「少し、用事があってね」

 眉を顰める椅央へと近付く黒鳳。
 その服装はいつも通り白衣だが、奇妙な汚れが目立った。

「どうし―――」

 言葉を遮るように頭の上に置かれた手。
 椅央はそれを呆然と見上げ、その向こうにある黒鳳の顔を凝視する。

「ここはやがて腐るだろう」
「主任・・・・?」
「椅央、【叢瀬】を頼んだ」

 そう言い残し、加賀智研究所主任――黒鳳月人は第一次鴫島事変の行方不明者へと加わった。






叢瀬椅央side

(―――何と情けない・・・・)

 【叢瀬】の者たちが「玉座」と呼ぶ一室に君臨する"銀嶺の女王"・叢瀬椅央は目の前で交わされる干戈を歯噛みしながら見つめていた。

(目の前で戦っているというのに・・・・援護すらできぬのか・・・・)

 そんな彼女向けて放たれた弾丸が展開された力場によって弾かれ、部屋の壁へと突き刺さる。
 椅央は変電所爆発と双子の結界発動とで2度、電気ショックを受けて昏倒していた。
 一度目のそれは太平洋艦隊の上陸を許した。
 二度目の今回は、いつの間にか本陣とも言えるこの場所にまで攻め込まれていた。
 全ては椅央が担当するはずであった防衛網が機能しなかったからに相違ない。

「―――御姉様、気に病まずに。これが私たちの仕事です」

 穏やかに笑い、再び襲い来た弾丸を弾く叢瀬央楯(テスリ)。
 彼女を初めとして3人の少女が特赦課の異能者を迎え撃っていた。
 "侍従武官(Equerry officer)"。
 コードに繋がれた椅央は一歩も動くことができない。
 これはそんな椅央の世話をし、常に侍っている三人組に与えられた異名である。また、戦時では最後の壁となる護衛でもあった。
 "近衛の鉾(Spearhead)"・叢瀬央榴(ザクロ)。
 "近衛の殻(Hull)" ・叢瀬央楯。
 "近衛の棘(Thorn)"・叢瀬央棗(ナツメ)。
 この三人は同じ異能でありながら、個体成長の域で変化を見せたサンプルとして加賀智研究所にはデータリングされている。
 彼女たちが操る異能は念動力。
 一般的な異能に位置するこれは、実は言うとバリエーションに富み、応用性の高いものである。
 力場を形成すれば貫通力に優れた銃弾を逸らすこともできるし、物を飛ばすこともできる。さらには集中させてその反発力で周囲を吹き飛ばせる。

「全く、さすがは名だたる異名が三人。楽じゃありませんね」

 弾倉の交換か、敵の構えに揺らぎが見えた。

「・・・・ッ」

 その隙を見逃さず、央榴が床を蹴る。そして、指の所に穴の空いた手袋をした掌を突き出した。
 轟音と共に敵の体が四散する。

「ふふ、効かないです・・・・」

 空中に飛び散ったスライム状の肉片は急速に集結を開始し、それは央榴の背後で完全な形――時宮葛葉となった。

「さようなら」

 89式小銃の銃口が確実に央榴の後頭部を捉え、引き金が引かれようとする。

「させない」

 瓦礫の影から飛び出した央棗が掌を葛葉に向けた。

「くっ」

 無数の針が飛来し、葛葉の右手をズタズタに引き裂く。
 ポロリと落ちた小銃を拾おうとした葛葉は央榴の後ろ回し蹴りを喰らい、頭部が弾け飛んだ。
 それでも小銃を拾った手は動き、ワンアクションで弾丸を吐き出す。

―――ドンッ、カンッ

 防壁に阻まれ、あらぬ方向へと飛んでいく5.56mm弾など誰も気にせず、お互いの攻防の余韻に浸っていた。

「ふふ・・・・なかなかやりますね。ああ、仲間っていいなぁ。所詮、私はひとり・・・・」

 再構成を終え、ブツブツと呟く葛葉。
 その姿は170センチを超える長身で、亜麻色の髪の毛を長く伸ばしている。
 30歳という年齢ながら、洗練されたスタイルはモデルのようで、体にピタリと張り付くライダースーツを着ていた。

「「「はぁ・・・・はぁ・・・・」」」

 対する"侍従武官"は初めての実戦と、効果のない攻撃への徒労感で疲弊している。
 央榴はショートカットにつり目で、動きやすい服装を好む活発的な少女だ。
 央楯はロングヘアでおっとりと穏やかな笑みを浮かべた椅央の副将のような少女。
 央棗はセミロングで無口だが、動きは鋭く、央榴と同じく前衛である。
 央梛が異名を賜るまで、【叢瀬】はこの"侍従武官"と"迷彩の戦闘機"・叢瀬央芒、"金色の隷獣"・叢瀬央葉だけが椅央に認められた戦闘単位だった。
 それだけに戦闘能力は指折りであり、加えてコンビ戦闘となれば【叢瀬】最強を誇る央葉でも手が出ない戦闘を繰り広げている。だが、そんな彼女たちでも、葛葉の異能には攻めあぐねた。

「ちょっと、どういうこと・・・・?」
「攻撃・・・・効かない」

 央榴の攻撃は念動力で力場を形成、触れることで爆発させることだ。そして、央棗も念動力で小さな針を飛ばし、細かい操作で敵の急所を狙い撃つ。
 共にある意味、一撃必殺を有しているのだが、葛葉には通じなかった。
 いや、確かに効果はあるのだが、それが後に続かないのだ。

「再生能力? いえ、違う・・・・」

 椅央の前を動かないようにしていた央楯は己のテリトリーにふたりを吸収した時に初めて口を開いた。

「違う。奴は特赦課序列二七位、時宮葛葉だ」

 椅央が発言する。

「おや、知っていられたのですか? 恥ずかしいことばかりしてましたでしょ」
「・・・・まあ、確かに変人の域に入るだろうが」
「変人。・・・・ガーン」

 「よよよ」と泣き崩れる。
 確かに変人だ。

「戦闘能力はさほどではない。だが、敵地に浸透する能力や不死身性にて諜報力はずば抜けている。序列は戦闘力だけでなく、総合力を測ったものだが、そもそも敵地潜入など、コードネームのようなことをしない特赦課では評価が低いようだな」

 椅央は敵への調査を欠かしていなかった。
 特赦課が東京を発したのも、太平洋艦隊の暗号を解読していたことから知っていたし、そのメンバーもすでに調査済みなのだ。

「敵地侵入の時も天井を擦り抜けるように侵入するとあったが、なるほど。自身を液体化し、その隙間を通ってきたと言うわけだな?」
「そうです。今回もその手を使って地上から直接参りましたよ。長い道のりで危うく、自分の形を忘れそうでしたけど」

 「・・・・ダメですね、私って」と落ち込む葛葉を無視し、央榴が振り向いた。

「じゃあ、どうやって倒すんですか?」
「それは―――」
「―――無理ですよ。私を物理的にどうすることできない」

 よく落ち込むが、立ち直りも早いのか、葛葉がすくっと立ち上がり、長身を誇るように背筋を伸ばす。

「何せ、自殺もできないんですからねっ」
「・・・・は?」
「いやぁ、手首を切り、割腹し、断頭し、挙げ句の果てには東京タワーから身投げしましたけど・・・・天は私がよっぽど嫌いなんですね、三途の川にすら到達できませんでした」

 葛葉は銃口を己の顎の下に固定し、引き金を引いた。

「なっ!?」

 89式5.56mm小銃とは陸上自衛隊制式採用の自動小銃だ。
 海上保安庁、警察のSATも配備している対人兵器である。
 それを至近距離で自分の急所を撃ち抜く神経はどうかしている。

「うわ・・・・」

 飛び散ったのは赤色をした血ではなく、彼女の髪と同じ色の液体だった。
 それは床に飛び散るなり、集合を開始してものの数秒で葛葉の頭部を再生してしまう。

「念動力とはいえ、所詮は物理攻撃しかできません。精霊術のような神秘の技ならば・・・・もしかすれば私を殺してくれるかもしれませんね」

 慣れた動作で弾倉を換装し、再び銃口を三人娘に向けた。

「残念ながら、あなたたちは私を殺す者ではないようです」
「く・・・・」

 敗北したわけではない。だが、あちらの攻撃はこちらに効き、こちらの攻撃はあちらに効かない。

「消耗戦上等っ」

 央榴が床を蹴り、回り込むようにして間合いを詰めにかかった。
 その速度は念動力を利用しているのか、いきなりトップスピードだ。しかし、葛葉も多くの修羅場を潜っている。

「それではいい的ですよ」

 拳銃ならば効果があったかもしれないが、葛葉が持つのは小銃だ。

「ファイ・・・・ア?」

 引き金を引く瞬間、小銃と引く手が横合いから吹き飛ばされた。

「援護」
「央棗、ナイスッ」

 針の猛襲で手首から先がズタズタにされた葛葉に対応する術はない。
 ただ、破壊された小銃を見下ろすのみで、央榴が突撃態勢に入っても何の反応も示さなかった。

「せぇぃっ」
「甘いですよ」
「へ?」

 突き出した掌を左手で握り込む。
 左手は能力をもろに喰らって四散したが、右腕の再生は終わっていた。―――小銃と共に。

「なぁっ!?」

 噴出する液体の向こうに目の前に銃口が現れた央榴は驚愕に身を強張らせる。

「まずひと―――」

 トスッと葛葉のこめかみに穴が空いた。
 央棗ではない。
 央棗でもできるだろうが、彼女は大量の針を一箇所に集中的に集めることで威力を出すタイプだ。

「退けっ」

 椅央の声に考えるよりも前に体が動いた。
 爆発の衝撃で葛葉が左半身から右半身に入れたように央榴もその反動を使って距離を取る。

「誰―――」

 再生を終えた葛葉が襲来の方向に目を向けた瞬間、無数の光が飛来した。






叢瀬央葉side

「―――椅央、無事っ!?」

 央葉と央芒、そして、央梛が踏み込んだところはまさに戦場だった。
 咄嗟に央葉が能力を発動した結果、目の前でひとりが討ち死にすることは避けられたが、"侍従武官"を苦戦させる相手は手強い。
 激戦は部屋の中を一目見るだけで分かった。
 以前は電気の煌めきがいくつも走っていた床の至る所に穴が空いているし、壁にも同様の破損が見られる。
 部屋を埋め尽くさんばかりに繁茂していた椅央の髪は今、彼女の周囲に固められていた。
 その中央に繋がれた椅央の姿は戦塵に塗れたとしても神々しい。

「退けっ」

 一瞬で状況を理解した椅央の言葉に央榴が反応した。
 それとほぼ同時に再び央葉が攻撃する。
 阿吽の呼吸で繰り出された攻撃は敵――葛葉を容赦なく木端微塵に吹き飛ばした。

「陛下っ、ご無事ですかっ」

 怪我など何のこと、央梛が弾丸のように駆け出して椅央の前に傅く。

「・・・・そういうお前が大丈夫か? 手酷くやられたようだが」

 椅央が包帯だらけで鉤爪も持たぬ央梛を見て眉を顰めた。

「あ、いえ・・・・僕は丈夫ですから」
「よく言うワ。フラフラのくせニ」

 右手にバーレットを構えながら央芒が椅央に向かい合う。
 チラリと葛葉の方に視線を向けるが、瓦礫に埋もれていて動きはなかった。
 瓦礫から手が突き出ているのが、妙に似合っている。

「無事で何より。強力な援軍を連れてきたワヨ」
「その分、厄介な奴らも連れてきたようだが?」
「おまけヨ。っていうか、いつの間にか大きなことになってたダケ」
「新旧戦争か・・・・。厄介なことだな」

 ふたりは会話を交わしながら、笑みを浮かべた。

「後は脱出だけネ。急ぎまショ。もういつ崩れてもおかしくないワ」
「―――そうですね。危ないです。さっさと逃げた方が良いです」
『『『―――っ!?』』』

 全員が身構え、戦える者は一歩前に出る。
 それだけで、彼らがどれだけ強い心を持っているのかが分かった。

「まだ、生きて・・・・」
「ふふ、そう。憎まれっ子世に憚るというばかりに私は死にませんよ。―――任務中は、絶対に」

 瓦礫から突き出ていた手がドロリと液体に代わり、その下から亜麻色の液体が流れ出してくる。

「"銀嶺の女王"、"侍従武官"、"迷彩の戦闘機"、"金色の隷獣"、全て揃いましたね?」
「・・・・何が言いたい?」

 椅央は眉を顰めてその液体を見下ろした。
 その視線に含まれた冷たさはこの一連の戦いで武名を上げた猛者たちですら戦慄するものだ。
 さすがは幼少の身で研究者と腹の探り合いを続け、【叢瀬】の子どもたちを護り続けてきた少女。

「私はさる御方にお仕えする透破にて鯒(コチ)と申します」

 液体がすっと片膝を突いた姿勢を象った。

「此度はその御方のお言葉を貴殿らに伝えるべく、このように参上した次第であります」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 これまでとはまるで別人のようだ。
 葛葉――鯒はまっすぐに椅央の目を見て、その言上を述べた。

「脱出後、潜伏先やその他の計画がお有りですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないな」
「ちょっと、椅央・・・・」
「ないことをないと言って何が悪い? それに先方はそれを承知のようだしな」

 脱出後、というのはかなり先の未来として今でも捉えられている。
 想定外とはまさにこのことだった。

「綜主・・・・さる御方はその方針が決まるまで、衣食住及びその他の諸事を全て受け入れると申されております」

 椅央の流し目と共に語られた言葉を肯定するように鯒は先を続ける。

「無償というわけではあるまい。・・・・対価は?」

 椅央は胸を反らし、鯒を睥睨しながら先を言った。

「我ら【叢瀬】の戦闘力、そうだろう?」
「はい」
「貴様っ。あたしたちを飼うつもりかっ」

 央榴が今にも飛び出さんばかりに噛み付く。

「まさか。後見人とでも思ってください。我々はあなたたちの行動を制約するつもりも、強制するつもりもありません」
「じゃあ、どうして戦闘力など―――」
「なるほど。あなたの主という方は旧組織の一員のようですね。SMOと敵対する私たちを取り込めば・・・・それは利害の一致で戦力となる」

(ふ〜ん・・・・)

 央葉は事態の急変に付いていけない他の少女たちと違い、ある程度把握していた。
 つまりは諜報機関である監査局に旧組織の間諜が潜んでおり、それを介してこちらに交渉してきている。
 【叢瀬】は脱出した後は流浪するしかなかったが、それを見越してこちらを抱え込もうとしている、ということだ。
 正直、悪くはないだろう。
 自分たちのようにサバイバルの訓練を受けている戦闘員はともかく、椅央を中心とした技術・情報部門の【叢瀬】には流浪は辛い。また、椅央の能力を考えるとある程度の情報処理環境にあった方が良いに決まっている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そう言う意味合いを含めた視線を椅央に向けた。
 椅央も椅央で何やら考え込んでいる様子だ。

―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!!!!

『『『『『―――っ!?』』』』』

 部屋に固定された椅央以外の全員が床に投げ出された。さらに天井から瓦礫が崩落してくる。

「――――――――」

 央葉の全身から光が発し、危険な瓦礫を粉砕した。
 それでも、拳大のコンクリートが床を打ち、椅央の銀髪の上に広がる。

「央梛っ。隣のみんなを見てこいっ」
「はいっ」

 戦闘が始まり、避難していた他のメンバーは央葉のような芸当はできない。
 誰かが重軽傷、もしくは死亡する可能性だってあった。

「御姉様・・・・」

 そっと央楯が側に寄ってきて、腕を撫でてくれる。

「くっ、電子網がズタズタだ・・・・ッ」

 椅央が張り巡らした監視網はそのほとんどが電線を切られることによって沈黙していた。
 それでも、切れる寸前まで送り続けていた情報では、いろいろボロボロになっていた建物が震動によってかなりのレベルで崩壊したことだ。

(この研究所は長く保たない。脱出路が確保できるか・・・・)

「陛下っ、大変です。重傷者が3人、命には関わらないと思いますが、出血がひどい・・・・」
「何!?」
「央芒、央葉、ここは任せます」

 言葉を聞き、央楯が走り出した。
 彼女は無理をして怪我をする者たちを治療してきたこともあって手慣れているが、重傷となれば医者の手が必要だ。

「・・・・鯒とやら」

 椅央は決心した。
 護るべきは【叢瀬】の者たち。
 先は分からないが、ここはこの者に頼る以外はない。

「脱出路はこやつらが知っている。脱出後は・・・・頼む」

 椅央は鯒に頭を下げた。

「心得ました。とにかく島から脱出さえすれば反SMOの艦隊が見つけてくれるはずです。50人弱の人間を収容するスペースなど腐るほどありますよ」

 強襲揚陸艦隊は来る時はその積載量を満タンにしてきたが、度重なる激戦で物資や人員の多くを消耗していた。だから、確かに【叢瀬】四四人を収容するスペースなど余りある。

「央芒、指揮権は預ける。私はここで港の仕掛けを起動させる必要がある」
「・・・・大丈夫ナノ?」

 信用していないのか、眉を顰めながらこちらを見上げる央芒。

「私が脱出時にここに残るのは計画通りだ。私は私一人が脱出できる経路を確保している」

 何かが崩れる音が頭上で響き渡った。

「・・・・急げ。そうでないと、私が生き埋めになるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 椅央と央芒の視線が交差し、次の瞬間弾けるようにして央芒の右腕が旋回する。
 バーレットの銃口がひとつの壁に向けられ、轟音と共に銃弾を吐き出した。

「さあ、行くヨッ」

 アンチマテリアルライフルの威力は偽装された壁を一撃で粉砕し、その奥へと続く暗い通路の道をこじ開ける。
 その通路の中央には誘導灯がポツポツと点灯していき、人一人通り抜けられるくらいの幅を持つ傾斜を照らし出した。

「央棗が先頭、央榴が最後尾。ナギと央楯は怪我人を見ててねネ」

 央芒は高所からの視点が確保できることから指揮官としての教育も受けている。
 その効果を遺憾なく発揮し、【叢瀬】は大した混乱もなく、次々と脱出路へ滑り込んだ。
 その向こうに広がる大海原は島の中しか知らない子どもたちにとって、自由という名の無秩序な世界である。
 その世界の案内人として鯒が身を投じるが、その後ろにピタリと【叢瀬】最強の央葉がついていた。

「・・・・主任」

 最後尾の央榴が姿を消すまで見送っていた椅央はボロボロとコンクリートが落ちてくる中で呟く。

「私はしっかりと・・・・」

 島中港の仕掛けを起動させる命令はすでに送っていた。
 今頃、崩落したと見せかけた扉がゆっくりと開いていることだろう。
 故に、作戦通りならば脱出に移っているはずだった。

―――作戦が完璧ならば、だが。

「・・・・皆を守れましたか?」

―――ガラガラガラ・・・・ッ

 その問いに答える者はなく、【叢瀬】の"銀嶺の女王"がおわす玉座は鉄骨がひしゃげる音を響かせて崩壊した。



「―――出たっ、すぐに船を支配下に置イテッ」

 央芒の言葉に3人の【叢瀬】が連絡船へと走り出した。
 彼らは椅央と同じ異能の持ち主でとりあえず、電子系を弄って船を操舵できる。

「もう扉が開きかけてる、急ごう」

 央榴が念動力を使いながら負傷している仲間を船の中へと送っていく。
 央葉はというと、早速船の一番高いところで見張りをしていた。

(・・・・まだ、大丈夫・・・・)

 崩壊はかなりのレベルで進んでいるはずだが、さすがに玄関口として頑強に作られたようだ。

「―――っ!?」

 くらっと視界が揺れ、央葉はアンテナにしがみついた。

「???」

 全身を縛り付ける激痛の中、脳裏を走り抜ける光景。
 硝煙をくゆらせる銃口。
 全身に絡みつく電線と銀髪。
 崩壊する天井。

「のぶ!?」
「・・・・ッ」

 耳元での声に央葉は反射的に光を放とうとする。

「ちょ、待っテ」

 慌てた聞き慣れた声に辛うじて放射は止められた。

「どうしタノ? すごい汗・・・・」

 心配そうな瞳が覗き込んでくる。

「?」

 気が付けば、央葉は滝のように汗を流しながら座り込んでいた。
 あれほどの激痛は治まり、ただただ不気味な汗が噴き出るばかり。

「央芒ー、全員乗ったよ」
「あ、うン。―――のぶも降りテ。哨戒はレーダーとわたしの仕事ヨ」
「・・・・(コクリ)」

 ストッとひとっ飛びで甲板に降り立った央葉はぽっかりと口を開けている研究所への入り口を見遣る。

「エンジン始動、錨上げ、転進90°」

 ゆっくりと連絡船が動き出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すっとアンテナの側に立っている央芒を見上げた。

「何か、気になるノ?」
「・・・・(コクリ)」
「・・・・じゃ、行っといデ」
「ちょっと、央芒。危ないじゃない」
「央榴、のぶは仮にも【叢瀬】最強。建物の崩壊で死んだりはしないワ」

 抗議してきた央榴に央芒は簡単に返す。

「・・・・それ、関係ない」
「ほら、早くしないと離れるワヨ」

 央棗のツッコミを盛大にスルー。

「・・・・(コクリ)」

 央葉も密かに肩を落としている央棗に敢えて触れることなく、縁に足をかけた。

「・・・・椅央を頼んだワヨ」
「・・・・(コクリ)」

 数十人の人間が見守る中、央葉は港へとジャンプする。

『『『あ・・・・』』』

 飛距離が足らず、見事に央葉は海へと落ちた。






藤原秀胤side

「―――ミサイル基地制圧完了っ。引き続き、爆弾設置作業に移行っ」
「第二歩兵中隊より報告。居住区制圧完了っ」
「第一歩兵中隊より報告。炎術師の協力もあり、滑走路制圧っ。残存74式戦車を撃破っ」

 午前9時31分、前線から送られてくる捷報に強襲揚陸艦『紗雲』のCICは沸き立った。
 圧倒的兵力差があった陸戦も2時間足らずで押し返したのだ。
 その事実は司令部の者たちに一息つかせた。
 神業とも言うべきタイミングが必要とされた揚陸作戦よりも、実際に大きな兵力差――それも装備に劣る――が待ち受ける陸戦の方が心配されていた。
 太平洋艦隊が例え海上戦力だとしても二〇〇を超える陸戦要員と海戦要員やその他の人員という一〇〇〇人の戦闘要員を抱えていたのだ。
 本当はもっといたのだが、揚陸戦にて艦艇を撃沈した折に無効化している。

「司令部はどうです? 地下への入り口を見つけましたか?」

 浮き足立つ要員を落ち着かせるため、司令官である藤原秀胤は通信士へと語りかける。

「・・・・いえ」

 彼は苦虫を噛み潰したような顔で返答した。

「司令部の場所はようと知れません」

 つまり、未だ敵本陣は健在。
 そして、地下に眠っているであろう様々の兵器や本隊も撃滅できていない。
 滑走路や軍港はほぼ制圧したと言っても、恒久的に占領できるわけではない。
 ここで太平洋艦隊が滅んでもらわなければ、遠征してきた意味もないのだ。

「ただ、予想外の横槍で損害が全体の40%を超えています」

 その言葉に今度は全員が凍り付いた。
 鴫島攻略部隊は陸戦力・艦隊運用人員や旧組織の部隊だけで五〇〇人近い戦力を集結している。
 これは現在、藤原が抱える反SMOの総兵力に値し、それが4割の損耗率を抱えるに至った。
 実に二〇〇人近い人間が死傷したことになる。
 それは海戦・空戦で勝利した反SMOからすれば、約三五〇名の陸戦部隊が被った利害と言えるだろう。となれば、陸戦部隊は半数以上の犠牲を払っているのだ。

「参謀長、対地ミサイルで鴫島を潰せますか?」

 地下にある司令部が分からないならばミサイル攻撃で崩落させてしまえばいい。
 藤原の考えを見抜いた末松は即答した。

「無理ですね」
「無理・・・・? 場所が分からないからですか?」
「そうではありません」

 参謀長の末松晴幸は体ごと藤原に向き直る。

「そもそも、太平洋艦隊が必要とした艦対地ミサイルは巡航ミサイルのような威力を期待したものではありません」

 艦対地ミサイルといえば、アメリカ海軍のトマホーク巡航ミサイルなどが上げられる。
 巡航ミサイルは長距離に渡って飛翔し、弾頭が大きいので大火力・核弾頭を装備できた。しかし、敵が軍ではない太平洋艦隊において、対地ミサイルは揚陸前の露払いが念頭に置かれている。
 故にクラスター爆弾のようなものが採用され、配備されたのが「千鳥」だったのだ。

「つまり、充分な崩落対策を練っているであろう地下要塞を相手にすることは考えられていないのです」

 と、いうことは歩兵で制圧する以外、太平洋艦隊を撃滅することは不可能であり、戦力が減退した地上戦力で万全を期した敵の要塞に向かう必要があるのだ。

(無理だ・・・・)

 わずか2時間で二〇〇名近い人間が倒れた。
 残りの装備で太平洋艦隊司令部を制圧できるとは思えない。

『―――よろしいですか?』
「なんですか?」

 AIのサオリが話しかけてきた。
 その声には巫山戯た感じはなく、ただただ冷静である。

『先程の地震の影響を調べた結果です』

 十数分前の地震。
 気になった藤原はサオリに調査を命じていたのだ。
 元々、海洋妖魔を相手にする太平洋艦隊に所属するために設計された艦である。
 対潜水艦装備は各国海軍に負けない。また、一部では軍隊には必要のない装備まであり、探査船としても優秀な性能を持っていた。

『海底面の温度上昇が認められ、これは現在も上昇中です。また、熱水の放出を確認。人の身では体感することのできない微動も数十確認しています』

 これらが表すことは明らかである。そして、早急な決断をしなければ、鴫島にいる全ての人間が危険だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 艦長である本郷業正がチラリと藤原秀胤を見遣る。
 それだけでなく、末松も、技術者である嘉月彦左も見ていた。

「・・・・全部隊に通達」

 藤原は自分でマイクを握り、艦内だけでなく指揮下に入っている全ての人間へと語りかける。

「本作戦は現時点を以て終了。総員、速やかに帰投せよ」

 藤原の言葉は文字通り、鴫島強襲作戦の終わりを告げるものだった。










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