第十二章「第二次鴫島事変〜中編〜」/



 隠然と退魔界に影を落とし続ける第一次鴫島事変。
 それはSMO監査局の計画によって生み出された【叢瀬】にも大きな影響を与えている。
 当時、【叢瀬】の主任だった黒鳳月人は進まぬ研究に絶望を感じ、現場に現れることがめっきり少なくなっていた。
 その結果、他の幹部たちが研究内容を決め、全体主義から個人主義へと内容が移り変わっていく。
 そこに鴫島事変が起きたのだ。
 職員の大半は鴫島の寮に帰っており、そこで犠牲となった。
 研究主任である黒鳳月人ですら、そこで命を落としたのだ。
 主任や幹部だけでなく、職員の大半を失った研究所は思う研究ができなくなった。
 そこにつけ込んだのが、"銀嶺の女王"・叢瀬椅央である。
 彼女はこれまでの研究データをどさくさに紛れて自身が管理するプログラムに移し、研究者側と交渉。
 事変前と比べると安全な研究が為されるように仕向けたのだ。
 今の研究は叢瀬の延命処置が占める割合が事変前よりも大きくなっている。
 故に事変後、まだ死んだ者はいなかった。






叢瀬央葉 side

「―――――――」

 闇にマズルフラッシュが瞬き、十数発の弾丸が床に突き刺さった。
 咄嗟に物陰に隠れた央葉はそっと顔を覗かせる。
 闇に慣れた両目には三色の人形がはっきりと見えた。

(厄介・・・・)

 央葉は能力を抑え、様子を見る。
 ≪クルキュプア≫は研究所内に跋扈している中で最も強敵だった。
 人間と互角の組織力を持ち、恐怖心がない≪クルキュプア≫。
 彼女たちは太平洋艦隊、妖魔を狩り立て、研究所の中階層を制圧している。
 この第三者の介入が【叢瀬】とSMOの全面衝突を回避していた。しかし、「自分たち以外は駆逐する」というような≪クルキュプア≫が更に下層域――【叢瀬】の領域に侵攻していないとは限らない。
 結果的に彼女たちが敵であることは変わらず、危機的状況もまた、変わらないのだ。

【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 彼女たちは無言で包囲網を狭めてくる。
 前面には白い傘を持ったフランス人形――Biancoが。
 その後ろには銃口をピタリと制止させた黒いフランス人形――Neroが。
 さらに後ろでは白兵戦の武器をしごきながら突撃を待つ赤いフランス人形――Rossoが。
 それぞれ、万全の態勢で布陣していた。
 その様は、まるで戦国時代の軍隊のようだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ざっと見回して、敵の数はおよそ四〇。
 それも白兵戦を得手とするRossoが多い。
 央葉は知らなかったが、太平洋艦隊陸戦部隊の追討に多くのNeroを割き、その護衛としてBiancoを随伴させていた。そのため、この中階層にはRossoを主力とした制圧部隊が鎮座していたのだ。

「・・・・ッ」

 Neroの一体が手に持っていたバズーカ砲を構えた瞬間、央葉は攻勢に出た。
 これこそ、後の先。
 着弾と同時に突撃をかけようとしていた敵部隊は一瞬の間だけ硬直する。

―――トッ

 その一瞬の間に闇を駆けた光は3条。
 ふたつは避けられたが、ひとつだけは傘と傘の隙間を縫ってRossoの胸を貫通した。

―――ドォッ!!!

 先程までいた場所が爆風で薙ぎ払われる。
 その爆風に背中を押されるようにして突撃した央葉をBiancoが迎撃した。
 傘を折り畳み、その鋒をまるで穂先のようにして突き出す。
 それは戦国時代の戦法のひとつ、騎馬隊の乗り切りを妨げる槍衾だ。

「・・・・・・・・ッ」

 勢いを殺しきれない央葉がその穂先に貫かれる寸前、その体から目映き光が放射された。

【―――っ!?】

 全身から放たれた無数の光がBiancoを穿ち抜く。
 それも戦国時代の戦法のひとつ、乗り切り寸前に鉄砲を放つ騎馬鉄砲隊だ。

(いける・・・・ッ)

 怯んだ≪クルキュプア≫の真っ直中に突入した央葉は光の剣を思い切り振り抜いた。
 金色の一閃が数体のNeroを両断して消える。そして、次に生まれた輝線は前に出たRossoの大戦斧によって止められた。

(やっぱり、遠距離じゃ倒せない・・・・)

 央葉が扱う実体のある光は様々な形態に変化できる優れものだが、一部を破壊するだけでは止まらない≪クルキュプア≫のような敵には自ずと対応策が限られる。
 貫通力に優れる代わりに周囲への影響が少ないのだ。
 そう、その攻撃力は大木の幹すら貫通する。だが、倒壊させるには細い幹ですら、その幹が耐えられなくなるまで削り取らなければならないのだ。
 簡単に言えば、央葉の能力は対人能力と言える。
 兵器や≪クルキュプア≫のような敵を相手にするには一撃で敵を停止できる急所をピンポイントで攻撃する必要があるのだ。

―――ドガッ

 振り下ろされた大戦斧が床を破壊する。
 リノリウムの破片が頬を叩く中、央葉は追撃を避けるために大きく飛び退さった。

「―――っ!?」

 ビクリとその体の動きを止める。
 その結果、Biancoの包囲網に引っ掛かったのだ。
 半円を描くように展開するBiancoの穂先が一斉に突き出され―――

「―――伏セッ」

 まるで飼い犬に躾をするような言葉だが、央葉は脊髄反射を思わせる俊敏な動きでその言葉に従う。
 轟音が鳴り響き、バーレットM82A1が火を噴いた。
 アンチマテリアルライフルとしての威力を内包した弾丸が3発飛翔し、3体のBianccoが粉砕される。

「"燐火火界呪"」

 術式の名と共に飛来した呪符が包囲網の一角を吹き飛ばした。そして、その隙間から躍り込んできた眼鏡の少女が央葉の手を掴む。

「こっち」

 そのまま包囲網の外へと引きずり出された。

「ハッ」

 ポポイッと央芒が投げた手榴弾が≪クルキュプア≫の大群に落ち、爆発する。
 さらに、追い打ちを掛けるようにしてスティンガーミサイルが叩き込まれた。

「央葉、無事!?」

 一瞬で敵を粉砕した央芒が舞い降りてくる。
 数時間しか経っていないが、お互いの無事を確認できて良かった。だが―――

「・・・・まだ」

 ズイッと杪が前に出る。そして、呪符を投擲した。
 再び爆炎が生じ、砂塵から飛び出してきたRosso2体を吹き飛ばす。

「ん、さすが対熾条用に作られた一品」

 爆発による砂塵が晴れ、陣形を整えた≪クルキュプア≫が現れた。

「耐火性は天下一品」
「って感心してる場合じゃないでショッ」

 央芒は翅を震動させて浮き上がり、念動力を発動させてバーレットの装填を行う。

「のぶっ」
「―――――――」

 名を呼ぶだけの意思疎通。
 央芒向けて砂塵の向こうから狙いを付けているであろう≪クルキュプア≫へと央葉の全距離攻撃範囲が物を言った。
 まるで噴火したかのように目映い閃光が央葉を覆う。そして、数十条に分かれた光の輝線が次々と敵陣へと突き刺さった。
 央葉の光では≪クルキュプア≫を倒すことはできない。だが、その行動を阻害することはできた。

「でかしタッ」

 ひとっ飛びで≪クルキュプア≫の上空を取った央芒はまず、脅威となるNeroの掃討にかかる。
 驚異的な技量と、反動を押し殺す念動力に裏打ちされた狙撃はその弾丸の威力と相俟って一撃でNeroたちを粉砕した。しかし、敵は慌てることなく、すぐにBiancoが傘を振り上げ、防壁を作り出す。だが、それこそが狙い。
 敵の意識が央芒に向いた瞬間、杪と央葉は床を蹴った。

【――――――】

 遠距離攻撃を封じた央葉たちは容易に敵陣へと突撃する。しかし、そのふたりをRossoが見事な包囲網を築き上げて迎撃した。

「・・・・ッ」

 突き出された大身槍を光の剣でいなし、その手首を光で貫通する。そして、こぼれ落ちた大身槍が床に落ちる前にそのRossoを両断した。
 ≪クルキュプア≫を確実に撃破するには正中線を断ち切らねばならない。
 故に重火器による粉砕か、近接攻撃でしか彼女たちを圧倒できない。

「んっ」

 息を詰めたような声に自然と視線が流れた。

「ご、強引・・・・」

 バーレットの砲口が遠離る。
 央芒も、央葉も思わず手を止めてしまうような光景が広がっていた。

「―――――――」

 懐刀を振るい、傷付けたRossoの懐に呪符を押し付ける。

「砕」

 瞬く間に木端微塵になるRosso
 その様を見るまでもなく、振り向きざまに突き出されたレイピアを打ち落とし、擦れ違いざまに首を刎ねる。さらに胴体だけとなったRossoに蹴りを入れ、その反動で振り下ろされたクレイモアを躱す。

「んっ」

 慣性を殺しきれずにたたらを踏んだその人形の背中に逆手に持ち替えた懐刀が深々と突き刺さった。
 本来ならば、それだけでは撃破できない。だというのに、その人形は糸が切れた操り人形のように事切れた。
 明らかに杪は物理的破壊のみで戦っているのではない。

「―――のぶっ」

 央芒の声で我に返った央葉は布擦れの音を聞いた。

(後ろ・・・・ッ)

 ボケッとしている間に背後をとられたのだ。
 央芒が持つバーレットはあそこからだと央葉が邪魔で人形を撃てない。

「・・・・ッ」

 全身に光を満たし、少しでも衝撃を和らげようと―――

「―――はぁっ」

 瓦礫の影から何かが飛び出した。
 その赤いまだら模様の白い服を着た人影はまともに曲刀を受けるも、それを物ともせずに手に持った小太刀でRossaの胴を薙ぐ。
 衣装の布切れを飛ばしつつも後退した人形は横合いから飛来した弾丸にて四散した。

「のぶ、無事っ」

 そう言いつつも次々と周りの≪クルキュプア≫に弾丸を撃ち込んでいく。

「それに・・・・ナギッ」
「はいっ」

 人影――叢瀬央梛はボロボロながらもしっかりとした動きでRossoを袈裟斬りに打ち倒した。

「無事で何ヨリ。話を聞きたいけど・・・・まずは蹴散らすワヨッ」

 残る≪クルキュプア≫は二〇余。
 無視できない数なれど、【叢瀬】が誇る武闘派三人が集結している。

「思ってた相手と違うけど、ちゃんと後詰めに来たワヨ、椅央ッ」

 息のあった三人は申し合わせるまでもなく、一斉に攻撃の口火を切った。



「―――それじゃあ、ナギも椅央がどうなってるか分からないノネ?」
「・・・・はい」

 あれから数分。
 ≪クルキュプア≫を殲滅した杪と【叢瀬】三人は小休止と情報交換をしていた。

「それにしても、どういうことカシラ?」

 央芒たちにとって、この戦いはすでに理解の範疇を超えているだろう。
 一哉――正式には杪――からもう一手が存在することは知っていたが、その軍勢は鴫島の太平洋艦隊と真正面から激突していた。さらに第三者が襲いかかっており、鴫島諸島は混沌の真っ最中にある。

(無理もない・・・・)

 ずっと狙っていた好機だ。
 いくつかの勢力がここぞとばかりに小手調べに出た。
 これが杪の見解である。

「これからどうするんですか?」

 央梛を見遣ればやはり重傷の身だった。
 これでまだ動いているのだから、【叢瀬】とは恐ろしい。

「椅央はどうなってるか、分かル?」
「・・・・すみません。戦闘中に無線機は壊されまして・・・・」
「行けばいい」

 杪はお茶を飲み込んでから発言した。

「進行中の敵を背後から切り崩しながら本隊と合流。その後、改めて押し出せばいい」

 おそらく、この先に展開しているのは≪クルキュプア≫のみ。
 太平洋艦隊の隊員は駆逐されるか、退却したかだろう。

「敵は軍隊。単身の能力者では敵わない」

 8月。
 杪自身は参戦していないが、あの地下ではそうそうたる顔ぶれが並んだというのに突破に時間が掛かった。
 強いが戦闘経験の浅い【叢瀬】にどこまで耐えられるか分からない。
 ここは合流し、厚みを増すことが最優先だろう。

「そう。・・・・まあ、行けば分かるワネ。・・・・それで、ナギは大丈夫ナノ?」

 央芒はチラリと包帯だらけの央梛を見遣った。

「あ、はい。正直、死ぬかと思いましたけど、気が付けばこの通り、手当もされてました」

 ほらっとでもいうようにボロボロの体を強調する。

「敵の人形は氷詰めになって行動を停止していましたし・・・・」

(氷・・・・?)

「島内にて合流した渡辺瀞さんだと―――」

 杪は座っていた椅子を蹴倒して立ち上がった。

「どこ?」
「・・・・え?」
「瀞、どこ?」
「え、ええ?」

 ジリジリと杪は央梛に詰め寄る。
 その瞳は爛々と輝いており、まるで獲物を狙う肉食獣のような光を放っていた。

「あ、あっちの訓練場です。でも、けっこう時間経ってますし・・・・僕が目覚めた時はもういませんでしたよ?」

 杪は指差された方向を見る。
 理性が警告を鳴らし、思いついた行動を規制させようとした。
 その行動は"鎮守"杪としては失格である。
 いや、そもそも、この場にいることがそうではないだろうか。

「瀞・・・・。そう、あなたたちが取り返そうとしている人ネ」

 央芒の問いに頷くことだけで答えた。
 渡辺瀞。
 彼女こそ、一哉がこの島に踏み込む原因となった少女。そして、まるで彼女に引き寄せられるかのように寄せ手の数百人が集結した。

「行ってきていいワ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ゆっくりと央芒に視線を移す。

「確かにあの人形との戦いはあなたがいないとつらいワ。・・・・でもね、わたしたちにも意地はアル」

 闘志を胸に戦い切ると言い張る央芒と同じものをずっと黙って話を聞いていた央葉からも感じられた。そして、央葉は杪から目を逸らし、手に持ったスケッチブックに猛烈な勢いで鉛筆を走らせる。

「あなたがここに乗り込んだのも友だちを助けるためデショ?」

 本当に加賀智島の情勢を知りたいだけならば、与力たちと共に強襲揚陸艦『紗雲』に乗船していれば良かった。だが、それを蹴り、一哉と合流したのは一哉に情報を流し、瀞を助けるためだった。

「その気持ち、わたしたちにも分かるワ」

 側に寄ってきた央葉がスケッチブックから切り取った紙を渡してくる。
 チラリと見れば、それは簡単ながらこの辺りの地図のようだ。

「ここまでありがトウ」

 央芒と央葉がペコリと頭を下げる。

「この激変で、ここまで生き残っていられたのはあなたたちのおかげヨ」
『ありがとう』
「え、えと・・・・。よく分かりませんけど、ありがとうございました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪はゆっくりと後ろに足を踏み出し、次の瞬間に床を蹴って走り出した。






結城晴輝 side

 鴫島諸島上空。
 そこでも地上と同じように閃光と轟音の宴が開かれていた。
 双子の結界を失って失調した神忌だが、まだまだ押し切られるところまではいっていない。

「―――はぁっ」

 数立方キロメートルの大気を掌握する晴輝が手に持った双剣・<飄戯>を薙いだ。

―――ドォッ!!!

 その軌道に切り裂かれた大気が爆発するように膨張し、大気の波動は音速にて数百メートル先の神忌へと襲いかかる。

「ああ、くそッ」

 晴輝の感覚は着弾の寸前に神忌が転移したことを捉えた。そして、一早く現れた方向へと向き直る。
 そこでは予想通り、神忌がレールガンの構えを取っていた。

「いい加減に消し飛べ、化け物がッ」

 爆風や自分の起こす電磁波によって仕立ての良い白いスーツも長い白髪もよれよれになっている。
 それ以上に余裕を彩っていた表情が歪み、晴輝との戦いに必死になっていた。

「いいね、来いよっ」

 双方共に力を出し尽くすような激闘に笑みを浮かべた晴輝は高速で逃げることもなく、双剣を構える。

「言ってくれるな、若造がっ」

 明らかに見下した視線に気付いた神忌がその表情を憤怒のそれに変え、高速空間転移行動に入った。

「化け物とか、若造とか忙しいね、俺は」

 ニヤリと笑うその姿には神忌と入れ替えたかのように余裕がある。
 事実、結界発動時と比べて威力の落ちるレールガンなど、<飄戯>を握った晴輝の敵ではなかった。
 ただ、やはり空間転移を駆使しての死角からの攻撃は脅威だ。

「ふぅ・・・・」

 深呼吸して余計な力を体から抜いた。
 風術師が全方位索敵を可能にするといっても人間である。
 その感覚神経を伝って脳に到達し、脳が判断を下して運動神経を伝わるという動作を経る以上、神経伝達速度を超えることはできない。
 ならばできるだけ筋肉を弛緩させ、反応速度を少しでも速める体勢で待ち受けるしかない。
 線で移動する限り、点で移動する神忌に追いつくなど不可能なのだから。

『―――晴海さんなら、こういう状況でも周囲数百メートルに及ぶ巨大な術式を平気で組み上げるのに』
「うるさいな。俺は正面から敵を打ち破るのが得意なんだよ」
『はいはい。・・・・来ますよ』
「―――っ!?」

―――ドォッ!!!

 背後から高速で迫り来た弾体を双剣ではたき落とす。
 【力】と【力】の激突は衝撃波を伴って中空を席巻した。

「へっ」

 勝ち誇った笑みを浮かべるが、攻撃を防ぐだけでは戦いには勝てない。
 どこかで攻撃に転じなければならなかった。
 確かに晴海ならば地上に展開した術者をアンテナに膨大な<風>を制御し、神忌が転移する先々で先制攻撃を仕掛けることもできるだろう。だが、幼少から圧倒的な攻撃力を有していた晴輝はどうしても直接的な攻撃が得意になるし、そういう術式を修得しようとは思わなかった。

(俺も・・・・ちょっとは修行しようかな・・・・)

 実戦など2年ぶり。
 戦歴で言えば6年と言ったところだが、その規格外の強さから中級・下級妖魔相手に仕事をしたことのない晴輝はまだまだ歴戦の兵とは言えない。
 隠密性の問われる退魔戦に晴輝は不向きであり、あまり仕事が回されることがなかったのだ。
 その鬱憤を在籍していた統世学園の革命に注ぎ込むなどして、それなりの学園生活を送ってはいたのだが、やはり"風神雷神"と比べて見劣りするのは否めない。

「これならどうだっ」

 今度は右手から襲いかかってきた弾体に向き直り、晴輝は弾体と神忌の両方を照準した。

「せぇっ」

 右手に持った剣で弾体を撃退し、左手に持った剣を投擲する。

「チッ」

 音速を超えそうな勢いで飛翔した剣は寸前で神忌を捉え損ねた。

『埒が明きませんね』
「同感。正直、俺はこいつと相性が悪いようだ」

 彼我の戦闘範囲は高度で言えば三〇〇〇メートル、半径二、三〇〇〇メートルという広大な空域で戦闘を繰り広げている。
 晴輝の戦闘タイプは双剣による直接打撃や風術による攻撃が中心なことから近・中距離戦闘タイプだ。ただ、点での攻撃ではなく、面での攻撃となり、同じ交戦範囲のタイプでは手も足も出ないだろう。
 対して神忌は空間転移を駆使し、電磁力を利用した全距離タイプだ。
 それも数百メートル先からの攻撃も回避を容易に許さない速度で放ってくる。

「くっ」

 今度は反応が遅れ、辛うじて迎撃に成功した。
 その分、【力】を相殺できずに後方に大きく吹き飛ばされる。

(チッ、増幅の結界を失ってもこの【力】か・・・・)

 轟音にて世界を支配する攻撃力はなくなったが、それでも一撃で晴輝を粉砕する威力を有していた。

「こりゃ・・・・マズイね・・・・」

 一瞬、有利になるかと思ったが、不利な要因がひとつ減っただけだ。

(まあ、相手もそう思ってるだろうけど)

 神忌もそれだけ絶大な攻撃力を誇りながら、晴輝を撃破できない。
 理由としては空間把握能力によって空間転移してもすぐに居場所がばれること。そして、回避不能の近距離に転移すれば、晴輝の攻撃に晒されるからだ。
 故に距離を保った攻撃となり、その威力は徒に散らされている。

『お互い、有効射程距離外からの攻撃なんですね』

 そうなのだ。
 有効射程距離とは攻撃が敵に届き、その持てる威力を発揮できる効果範囲と言うことである。しかし、相手が防御可能の攻撃ならばその距離は著しく短くなる。
 因みに最大射程距離とは攻撃が敵にダメージを与える与えないに関係なく、届く範囲を意味する。もちろん、着弾してもダメージ――戦闘続行に支障のある傷――を負うことはない。

「もっと、近付くか・・・・」

 期待する戦果を得ようとするならば損害を恐れるな。
 古今東西、名将と呼ばれる軍人たちがあらゆる言葉を尽くして語ってきた戦術の一角である。

(損害が、馬鹿にならなそうだがな)

『大丈夫。私がいますよ』
「OK。頼りにしてるぜ、狂剣」

 雌雄を決しようと双剣を握り込んで【力】を蓄える。

『はいっ』

 膨れ上がる【力】と共に広がっていた気負いが抜けた。

「・・・・ここは打てば響くように反論するんじゃねえ?」
『・・・・何故か、反論できないんです』
「・・・・まあ、事実だしな」

 いきなり気分が沈み込んだ晴輝にレールガンが放たれる。だが、自然体でいた晴輝は視線をやることなく、一振りでその弾体を破壊した。

「さあ、やるかっ」

 刀身を緩やかに包んでいた風が速度を上げ、まるで竜巻のように回転し始める。
 かつて、この島を支配した者を叩き斬った晴輝が修める術式だ。
 イメージするのは台風や竜巻。
 風が巻き起こす直接的な猛威は古からの災害だ。
 それを局所的に生み出し、さらに制御することは常人には不可能だった。
 当代でこの術式を繰り出せるのは"鬼神"・結城晴輝と"結城宰相"・結城晴海のふたり。だが、晴海が集団で生み出すのとは違い、晴輝はひとりで晴海以上の【力】を生み出す。
 それも当然だ。
 術式は左右の双剣、それぞれに発生している。
 それらは相乗効果でお互いを高めて敵を粉砕する。
 文字通り粉砕だ。
 肉片ひとつ残さず磨り潰し、『敵』というものを蹂躙するのだ。

『いつでも行けますよ』
「よっし」

 晴輝は急降下に入った。
 この術式は敵の下に回り込むことを絶対条件としている。

「んー・・・・あの辺りか?」

 相変わらず神忌は高速転移を続けていた。しかし、下に降りては来ない。
 それは下に降りることによって転移位置が少なくなることを気にしているのだろう。

(無駄なことを)

 ニヤリと晴輝が笑みを深めた。
 それと同時に【力】が双剣に絡みつき、風の回転を速める。

「奴もやる気か・・・・ッ」

 抜けるような蒼穹が広がる上空で【力】が高まっていくのが分かった。

「真正面から受けて立つっ」

 真に【力】のある者に許された特権。
 それは真正面から敵を打ち破る、正面衝突である。
 常に大きな力を持つ者にとって、戦場での小細工など無用。

「頼むぜ、『佳織』」
『ええ、前と同じように・・・・』

 会話をしながらも急降下は続けていたので青い海面が視界を埋め尽くしてきた。
 晴輝は手にした双剣の柄を両手で握り込む。
 ガギッと鋼が擦り合う音がして刀身に発生していたふたつの竜巻が合流した。

『食い千切ってやりますよ』

 薄雲が棚引く大空向け、まるで野球のバッターのように思い切り双剣を振り抜く。
 急降下で付いていた勢いも全て持って行くような破壊の奔流が放たれた。
 海面がその余波を受けて大きく窪むほどのエネルギーを持ったそれは竜巻のように渦巻き、音速にて上空へと跳ね上がる。
 同時に神忌のレールガンも放たれていた。

「「――――――」」

 鴫島諸島一帯に漂う雲を一掃するような【力】の発露。
 轟音が大地を、海面を震わせて激闘の証を聞く者全てに刻みつける。

「くぁっ」

 先に目標に到達したのはレールガンだった。
 音速をはるかに超える速度で飛来したそれを紙一重で避ける。
 数メートルと離れた位置を通過した弾体が巻き起こす衝撃波が、術式を打ち出した晴輝に襲いかかった。しかし、空気を伝導する以上、晴輝に致命傷を与えることはできない。

「悪いが、これは避けられねえぜっ」

 神忌は空間転移を駆使して回避に掛かっていた。しかし、その奔流は神忌が現れた場所へとすぐに矛先を向ける。
 元が風故に鋭角方向転換もお手の物だ。

「はーはっは―――わぶっ」

 凹んだ海面に海水が雪崩れ込み、大きな水柱が起立した。そして、それは低空を漂っていた晴輝の背中を思い切り突き上げる。
 それは高さ数百メートルにもなる巨大なもので、常人が喰らえば全身の骨が砕け散る衝撃だった。
 さらに衝撃は上からも落ちてくる。

「が、はっ」
『先輩!?』

 中空に弾き飛ばされた晴輝はバレーボールのアタックを喰らったかのように海面に叩きつけられた。
 死ななかっただけでもめっけものだ。
 咄嗟に防壁を張ったが、自然の猛威はそれをガラス細工のように粉々にしてしまった。

「ゲヘ、グハッ。・・・・神忌は!?」

 上空からの衝撃波は間違いなく術式の着弾だった。
 術式は誘導性であり、晴輝が神忌を知覚していなくとも勝手に追尾する優れものである。また、今の神忌ではレールガンで術式を吹き飛ばすことは不可能なので必然的に着弾=撃破になるはず―――だった。

「―――どこ行った?」

 高度六〇〇〇メートルまで上昇した晴輝は<風>に探索させる。

「はぁ・・・・ふぅ・・・・」
『情けないですね』
「うるせぇ」

 現役精霊術師最強と言われる彼もさすがに息が上がっていた。
 マッハを超える速度を維持するにはいくつかの術式を多重起動しなければならない。そして、術式とは莫大な"気"を消費する。さらに晴輝は熾条一哉のような守護獣を持っていないし、晴也のように<色>を使えるわけでない。
 つまり、晴輝自身、歴代の精霊術師となんら代わりのない、"汎用性"のある術者なのだ。

「・・・・いなくなったのか?」
『みたいですね。力場も感じませんし』

 晴輝はこの一帯全てを知覚していると言っても過言ではない。だが、その索敵網から神忌の姿は消えていた。

「結界を破壊されて不利になってたから、これ幸いと逃げたってとこか?」

 ゆっくりと高度を下げ、結界が展開されていた加賀智島上空へと移動する。

「と、なると・・・・鎮守家の御令嬢に感謝しないとなぁ・・・・」

 <飄戯>を扱うことも辛かったが、神忌との戦闘は本当に厳しいものだった。
 共に一撃必殺の攻撃を紙一重で避け続ける戦闘を数十分近く繰り広げたのだ。
 そこで摩耗した精神はそう簡単に回復したりしない。

「よっと」

 晴輝は加賀智島の火口上空に到達し、高度を下げて火口の縁に着地した。
 ぽっかりと穴を空けた入り口の底には能力の残滓とも言うべき弱い【力】が滞空している。

「ん?」

 その【力】に混じり、おかしな臭いが嗅覚を刺激した。

(これは・・・・)

 学生だった時の記憶を掘り起こす。

「ゲッ」
『どうかしましたか?』
「卵の腐ったような臭いっ」
『は?』

 <飄戯>が間抜けな声を出すが、間違いない。
 この一帯に硫化水素が発生していた。

(マズいぞ・・・・)

 晴輝の予想が正しければ硫化水素だけでなく、亜硫酸ガスも発生しているだろう。
 それが意味することはこの島の成り立ちを知っていれば誰でも思いつく。

「目覚めるのか、お前は・・・・」

 体内のガスを放出する口を覗き込み、晴輝は震える声で呟いた。






アイスマン side

「―――やっぱり、"鬼神"は強いな」

 金髪碧眼の少年はポケットに手を入れ、加賀智島から"侯爵"・神忌と"鬼神"・結城晴輝の激闘を見ていた。
 勝者はどうやら"鬼神"のようだが、とどめを刺せたわけではないらしい。

「―――御主人様」
「初音か」

 先程まで誰もいなかった場所に影ができた。

「・・・・足下は、どうだ?」

 トントンと靴の先で地面を叩く。

「はい。【叢瀬】が撤退。防衛線を最深部まで下げました。陸戦隊も分散していた分隊が各自に撤退し、中階層は≪クルキュプア≫がほぼ制圧しています」
「へぇ、一応まだ秩序だって動けるのか」

 初音が着ているメイド服は戦塵に塗れていない。だが、そのエプロンには少しだけ血が付いていた。

「それは?」
「・・・・これは、その・・・・途中で重傷を負った子どもを見つけまして・・・・」

 申し訳なさそうに縮こまる。

「子ども・・・・って【叢瀬】だな」
「・・・・はい」

 【叢瀬】は一応、敵に位置する。
 そのため、初音は無断でその人物を治療したことを申し訳なく思っているのだ。しかし、年端もいかぬ子どもが生死の境を彷徨っているのを見つけておいて、それを捨て置けるほど、初音は冷たい性格ではない。

「良いぜ、別に。1ヶ月近く宿を提供してくれた代金だと思えばいい」

 彼もいちいち口出すほど細かな性格ではない。
 気にするな、という意を込めて話題を転じた。

「一哉は?」
「交戦状態に入られました」
「タフだねぇ。ま、それでこそ一哉だ。冷酷そうにして熱いからな、あいつは」

 嬉しそうに笑う"アイスマン"。
 その頬はわずかに昂揚している。

「御主人様、"男爵"様がまだおられますが?」

 戦闘準備を開始した主にどこか戸惑いがちに初音が声をかけるが、"アイスマン"は気にしないで告げた。

「観戦に行くさ」
「観戦・・・・」
「横取りされたカードを見ない手はないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お供します」

 初音は多く語らずに主に続く。そして、ふたりが地面に空けた、地下に続く大穴に入る瞬間―――

「「―――っ!?」」

―――大地が鳴動した。









第十二章第六話へ 蒼炎目次へ 第十三章第一話へ
Homeへ