第十二章「第二次鴫島事変〜中編〜」/6
"風神雷神"。 "風神"・結城晴也、"雷神"・山神綾香という名を退魔界に刻み込んだのは2年前の夏、この鴫島諸島で起きた第一次鴫島事変である。 それ以前からも存在を知られてはいたが、幼少故にあまり脅威には感じられていなかった。 その認識を変えた鴫島事変は第一部として鴫島諸島との連絡の途絶、第二部の調査隊の壊滅、第三部の揚陸戦、第四部の島内戦である。 第三部では鴫島に蔓延った妖魔が大挙として先遣隊に牙を剥き、旧組織が押し返してどうにか橋頭堡を確立できた。そして、島内の至る所で激戦が展開され、まるで戦争のように次々と殉職者が出たのだ。 大量の妖魔も脅威だったが、中でも上級妖魔がSMOにとって理解不能な戦闘力を示していた。 そこで旧組織最強を誇る精霊術師が鎮圧に向かい、その中に晴也と綾香の名前があったのだ。 並み居る中級妖魔を蹴散らし、護衛の術者が負傷して単身で上級妖魔に向かった綾香。 地上からは攻撃できない妖魔を相手に大空戦を繰り広げた晴也。 その目立つ戦いぶりと両者とも協力して倒して見せた戦闘力が評価され、"風神雷神"と異名を取ったのだ。 さて、似てないだろうか。 今現在、防衛隊を蹴散らした禍飢との交戦と、思い出したように空襲する霊落獣との空中戦。 その、名を馳せた二年目の戦いと。 結城晴也 side 「―――チッ」 晴也が放った箭はひらりと躱され、そのまま霊落獣は急降下した。そして、超低空で羽根を乱舞させ、鮮血の嵐を巻き起こす。 地上は突然現れた妖魔の空襲で太平洋艦隊、反SMO問わずして多くの人間が負傷した。 「このっ」 晴也もまた、霊落獣の後方数十メートルを超低空で疾走する。 その頃になるとようやく回復した人間が機銃で反撃に出るために危険だった。だが、それを恐れれば霊落獣から引き離され、広大な交戦範囲の中で霊落獣を捉えることはほぼ不可能になる。 (マジで戦闘機同士の戦いかよっ) 彼我の最高速度はほぼ同じ。 旋回性能は大きな羽根がある分、霊落獣の方が上だが、<風>を味方に付けている分、加速力では晴也が優位に立っていた。 「おおっ!?」 早速、旋回性能で負け、小さな旋回半径でいつの間にか後ろに回り込まれる。 「くっそ、やるじゃねえかっ」 左右に揺さぶりを掛け、羽根の攻撃が当たらないように動いた。 霊落獣は対地上戦をこなしつつもしっかりと晴也の上を行く空戦を仕掛けてくる。 風術師が片手間に戦われて劣勢だという信じられない戦いだった。 「テメェはゼロ戦かっ」 旋回性能抜群=格闘戦強し、と聞けば航空機などに詳しい者ならば必ず、太平洋戦争当時の日本海軍主力戦闘機――零式艦上戦闘機を思い起こすだろう。 三菱重工の堀越二郎技師が設計主務者となり、圧倒的な運動性能と20mm機銃の破壊力、そして、群を抜く航続力が特徴の戦闘機だ。 (ってことは俺はワイルドキャットかね・・・・) その零戦と太平洋上で激戦を繰り広げたのがアメリカ海軍艦上戦闘機――F4F ワイルドキャットだ。 アメリカのグラマン社が開発した戦闘機で最高速度は零戦とほぼ互角、旋回能力に劣るが、エンジンの出力で勝っており、加速性はよかった。 零戦と決定的に違うのは機体強度だが、この点だけは晴也と霊落獣では分からない。 何せ、双方の攻撃は今まで掠りもしていないのだ。 ただ、言えることは晴也が霊落獣を追えるのは空襲のために低空に舞い降りる時だけで、それ以外はほとんど追い回されているのだ。 「ついてこいやぁっ」 加速性は自分の方が上だと判断した晴也は突如、急降下を開始した。 高度一五〇〇メートル付近から一〇〇メートルまで10秒もかからずに降下する。 零戦と違い、急降下速度に制限のない霊落獣もその後ろを付いてきた。 「・・・・ッ」 高度五〇メートルで反転、一気に急上昇の軌道を描く。 激しいGが体を揺るがすが、広域の<風>を制御する【力】は晴輝にも劣らない晴也にて死に直結するものではなかった。 物理的空戦能力に劣る晴也に残されたのは風術を活用した空戦だ。 自身の周りに上昇気流を生じさせ、その上空に上がった空気を霊落獣の直上で下降気流に変える。 そうして上からじわりと抑えつけた晴也はそのままつんのめるようにして脇を通り過ぎた霊落獣の背後に付いた。 それに気付いた霊落獣が反転上昇と共に左旋回で再び晴也の後ろを取ろうと機動する。 「やらせるかっ」 徐々に回り込まれていることに気付いた晴也が大和弓・<翠靄>を高速戦闘中に取り出した。そして、弓弦を引き絞って"気"でできた箭を番える。 「セッ」 すっと箭を離した。 弓弦によって弾き出された箭は高速力を以て霊落獣に突き刺さる軌道を取った。 <翠靄>の能力のひとつである、攻撃力強化。 それは箭の貫通力を強化したもので攻撃力に自信がない晴也でも妖魔を瞬殺できる手段である。 ―――ゴッ!!! 「―――っ!?」 突然、大気が流れて両者の間にその壁が起立した。 「な、ななな・・・・っ!?」 慌てて降下してその壁から身を逃す。そして、低空を低速で飛びながら晴也はさっきまでいた場所を振り返った。 「おいおい・・・・」 さすがに顔が引き攣ったのが分かる。 それだけの光景が広がっていたのだ。 「これは・・・・」 垂直上昇を行う晴也の前に立ちはだかっていたのは自然災害のひとつに数えられる竜巻だった。 地上には接していないので厳密には「竜巻」ではないのかもしれない。だが、見た目から判断するに竜巻は竜巻であり、その風速は"気"でできた箭を粉砕するほど強力だった。 「ああ、もうっ」 先程の箭は晴也の中でも強力に位置する攻撃である。 それが防がれた以上、あの竜巻を貫通して霊落獣に届く攻撃は難しい。 (どうする・・・・?) すばやく辺りに広がった<風>と意識を同化させ、情報収集に走った。だが、攻防面で絶対的優位に立った霊落獣はその思考を許さない。 直線距離で八〇〇メートルほど離れたところから羽根の大群が飛んできたのだ。 一本一本が重機関銃の機銃弾に相当するそれはおそらく、晴也の体など軽く引き裂いてしまうだろう。 先程は防御力は分からないと言ったが、ヒトと妖魔の防御力と比べることがそもそもおかしいのだ。 故に晴也にできることは回避のみであり、事実、晴也はそれを以て羽根の襲来を切り抜けた。 「くっ」 竜巻を消し、再び格闘戦にすべく距離を詰めてきた霊落獣に得意の連射をお見舞いする。しかし、高速で機動する霊落獣を誘導式ではない箭で捉えるのは至難の業だった。 時折、未来予測地がドンピシャで命中することもあるが、小さな竜巻によって防がれる。 結果、迎撃は効を奏することなく、再び後方に食いつかれたのだ。 (こりゃ、新たな能力を考えて作らないとな・・・・ッ) 晴也の武器である<翠靄>は瀞の<霊輝>のように神から与えられた神具ではなく、綾香の<不識庵>のように専門の者が鍛えたものではない。 晴也が自分で一から理論を学んで鍛え上げたオリジナルの晴也専用の宝具なのだ。 とは言っても攻撃力を補う目的で作られたため、その命中力は考えられていなかった。 (兄貴たちみたいに撃ちっぱなしっていうのも良いな・・・・) 誘導方式は自分の腕が悪い証拠だと考えていたが、このような戦況になればそれが如何に偉大なことが分かる。 「お、おおっ!?」 低空に降りた時、地上にて閃光が弾けた。 轟音を伴ったそれは晴也の傍を突き抜け、廃墟に吸い込まれる。 「うげ・・・・」 そして、その半身を圧倒的威力にて吹き飛ばした。 「おいおいおいおい」 雷光は"雷神"・山神綾香が援護で放ってくれたものだろう。だが、威力こそ充分だが、当たらなければ意味がない。 それどころか「晴也を追撃する敵を撃つには晴也を狙えばいい」とも言えるような照準方法に戦慄した。 「なんちゅーアバウトな照準。ってか、彼我の速度も計算に入れずに撃つなぁっ」 彼女の上を通過する時、大声で叫ぶ。 綾香も綾香で敵を迎えているようで、晴也の目の前には巨人が立ち上がっていた。 「どぉっ!?」 その口から伸びてきた舌を紙一重で避け、その頭上を駆け抜ける。 そんな晴也を追って、もう一度伸びてきた舌は地上からの雷撃で焼き尽くされた。 「っ、綾香っ」 一挙動で反転と射撃をこなす。 その箭は綾香に空襲をかけようとしていた霊落獣を目指した。しかし、逆落としに急降下をかけようとしていた霊落獣はそれに気付き、翼を羽ばたかせてひらりと反転する。そして、目標を失った箭は――― 「げっ」 綾香のすぐ傍に突き立った。 余波というものはないし、綾香に被害はない。だが、それでも綾香は壮絶な笑みをこちらに向けた。 「うう」 言葉はないというのに、「覚えておきなさいよ」という声が聞こえる。 「お、お前のせいだぁっ」 来る恐怖を押し殺すため、晴也は速度を上げた。 霊落獣が綾香に襲いかかろうとしたために開いた距離。 それを一気に詰め、高度をとった晴也は得意の連射をお見舞いする。 戦国時代の弓隊戦法に指矢懸かりというものがある。 当時の鉄砲よりも速射性の高かった弓矢は数さえ揃えれば、敵の攻撃を封殺することができる有用な武器だった。 まさに「射竦める」という言葉通りの状況が時代を超え、たったひとりの射手によって再現される。 箭の材料は"気"。 故に数を気にしなくても良い晴也の射撃は自身の技量の高さも相俟って達人をも凌駕した箭の壁を作り出した。 より速く。 より遠く。 より強く。 その想いを込め、一種の機械と化した晴也を、霊落獣は攻めあぐねる。しかし、それ以上に、晴也が攻めあぐねていた。 山神綾香 side 「―――はぁっ」 気合一閃。 綾香の持つ大鎖鎌・<不識庵>の刃が舌を切断し、跳ね回る鎖分銅が後続を軒並み薙ぎ払った。そして、踏み出された足を躱し、振るわれた手に雷撃を喰らわせていなす。さらに突き落とされたもうひとつの手をバックステップで避けた。 その時に鎖分銅をその腕に絡ませ、超高圧電流を流し込む。 その腕は衝撃で大きく弾かれ、本体へと至る道ができた。 ―――ズドンッ 轟音を伴って命中した雷撃は禍飢の巨体にたたらを踏ませるが、目立ったダメージを与えることができなかった。 「チッ」 舌打ちと共に腕を振り、長い鎖分銅を戻した綾香は大きく距離を取る。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 超絶、とでも言える戦闘技術を披露しているが、綾香の限界は近かった。 そもそも、少し前に昏倒するほどの雷術を使用している。 その上での上級妖魔との戦闘は確実に綾香を蝕んでいた。 (でも・・・・やるしかないじゃないっ) 強い意志を持って上空を見上げる。 轟音と閃光を発しながらぶつかる超人同士の戦いではなく、低空でドッグファイトを続ける相棒を視界に収めた。 攻めきれず、苦戦する晴也を助けられるのは綾香くらいだ。 その自分が晴也では倒せない敵を相手に敗退するわけにはいかない。 「晴也が道筋を付け、綾香が倒す」 これが退魔界に威名を轟かす"風神雷神"の戦法だ。 「それが崩れても・・・・怯みはしない」 かつて、綾香は迷いを見せたことがあった。 晴也の武器・<翠靄>の威力を見た時、自分が用済みのように感じたのだ。 まるで半身をもがれたかのような喪失感の中、綾香は不覚をとって危うく命を落としかけた。 その時、学んだ。 相棒と恃む存在がいる、コンビというものはコンビでひとつではなく、ふたつのものが協力し、お互いの力を相加相乗させるものなのだと。 あくまでコンビを構成するのは依存ではなく、お互いに独立した一個体が必要なのだと。 (だったら、ひとりであれくらい倒せなくちゃ、最強の意味ないじゃないっ) 綾香の実家――山神宗家は瞬間攻撃力・攻撃速度ともに最高峰に位置する名門中の名門だ。 "越後の龍"・上杉謙信に傾倒する余り、正面切った戦いを展開することが多いが、それでもおつりが来るほどの戦闘力だった。 いや、むしろ正面からの戦いこそ、雷術師の戦闘力を余すことなく発揮できる戦い方だ。しかし、禍飢はその戦闘力を吸収するほどの圧倒的な物理量を有していた。 体長17、8メートルにて歩けばアスファルトがひび割れる重量。 さらに意外な俊敏さを併せ持つとなれば、正面からの戦いは辛い。 曲がりなりにも真正面からで抗戦できるのは、綾香がその戦い方が最も得意だからに他ならない。 実際、太平洋艦隊の74式戦車は壊滅し、3輌のみが這々の体で撤退した。そして、反SMOはまだどこかで抗戦しているだろう。 (どこ・・・・。どこにあるっ) 綾香は必死に視線を巡らせ、禍飢の弱点を見抜こうとした。しかし、やはり慣れぬ作業は実を伴うことは少ない。 「ってええ!?」 アクションを起こしたのは禍飢だった。 地面から放り投げるは74式戦車の残骸だ。 約38tの重量が空を舞い、地面へと落下する。 「くっ」 内包した弾薬や燃料が爆発し、綾香は思わず顔を腕で庇った。 (何て非常識な・・・・ッ) さすがにあんな攻撃をされれば、生身である自分は傷を負う。 今でさえ、小さくない擦過傷を受けたのだ。 「伏せろっ」 後ろからの声に綾香は取り敢えず従う。そして、3つの噴射炎が上を通過したのを見た。 「RPG・・・・」 反SMOが放ったそれは全弾命中し、爆炎を生じる。 「わったっ!?」 「た、退避っ」 禍飢は数歩後退り、嫌々をするように右腕を左右に振り出した。 瓦礫が舞い、車両が横転する。 「やっぱり効いて・・・・ん?」 本来なら戦車を一撃で擱座できるそれは、開戦してから幾度も禍飢に叩きつけられていた。だから、大した効果はないはずだったのだが・・・・ 「効いてる・・・・?」 右腕は破壊の限りを尽くしているが、左腕は顔を抑えてる。 「ちょっと待って」 撃ち尽くして全力で退避する隊員の首根っこを引っつかむ。 「ぐげっ」 奇声を上げるが気にしない。 「RPGってどこに命中したの?」 「え、えと・・・・左足と、腹・・・・」 隊員は危機迫る綾香の形相に震えながら命中箇所を告げた。 「あと・・・・顔です」 「それだっ」 ポイッと隊員を放り捨て、襲い来た舌から回避させ、牽制の雷撃を放つ。 いくらか放電し、隊員が無事に逃げ果せたのを見届けると、綾香は自信満々に禍飢を仰ぎ見た。 (顔・・・・頭、か。普通に急所だけど・・・・あまりに大きいから忘れてたわ) 振り続けていた右腕が止み、禍飢は怒りに燃えた視線を地面へと向ける。 その視線に不敵な笑みで応え、綾香は地を蹴った。 (ちょっと強引だけど・・・・やるしかないわっ) 一直線にて距離を詰め出した綾香が勝負に出たと分かったのか、その辺りに伏していた反SMOたちが一斉に攻撃に出る。 マズルフラッシュがあちこちで発生し、間断なく禍飢の肌から着弾の火花が咲いた。だが、それでも揺るぎなく、禍飢は綾香に舌を伸ばす。 「はぁっ」 急停止による反動にて大鎌を投擲。 回転しながら飛んだそれは舌を切断し、2、30メートル向こうの建物に突き刺さった。 「むっ」 続いて横殴りの拳が迫る。 速度、威力共に申し分ないそれに鎖分銅を巻き付けた。 <不識庵>の鎖が伸縮自在とはいえ、それは綾香の【力】を受け続けて入ればのこと。 彼女の手元から離れた瞬間、元の長さに戻ろうとする。 普通ならそれをも引き千切ってしまうだろうが、生憎と<不識庵>は宝具だった。 本来の形を取り戻そうとする力は思いの外強く、拳打が空振りに終わって慣性で進む拳はピタリと静止し、徐々に引っ張られていく。 「ふっ」 禍飢の動きが止まったことを感じた綾香はすぐさま雷術を発動した。 体の輪郭が淡く発光し、ふわりと髪が浮き上がる。 「くぅ・・・・っ」 体にかかる負荷が半端ではない。 消耗が激しい雷術はこれがあるから、短期決戦型と呼ばれるのだ。 共に攻撃力最強を誇る炎術とタイプが異なる最強。 雷術は瞬間的攻撃力最強であり、炎術は持続的攻撃力最強だ。そして、術の性質はそれを使う術者に跳ね返るのだ。 ―――ババババババババッッッ!!!!! スパーク音が響き、綾香の体から一条の雷が支配を抜け出した。 漏電したそれは路肩で擱座していた74式戦車に命中する。そして、車体を無数の電光が走り抜けた瞬間、腹に響く爆音を轟かせて吹き飛んだ。 凄まじい攻撃力。 陸戦最強と謳われる戦車を、流れ弾で破壊するその術式。 それは一度、この戦いで使ったものだった。 (く、予想以上に反動が大きい。やっぱり、『紗雲』の主砲のせいね・・・・) 全身をバラバラにしようとする反動を抑え込むのは"気"と、それを制御する精神力である。 <雷>の性質は「神意と干渉」である。 雷は神鳴に通じ、何かと神に繋がる言葉だ。さらにその雷に関連する神は武神であり、武神故に他を圧する神話が残っている。 日本神話の建御雷、北欧神話のトール、ギリシア神話のゼウス――ローマ神話ではユピテル――などが代表であろう。 干渉とは電気が伝導する性質だ。 そこから転じて術者にも干渉してしまうことから、雷術師は消耗が激しいのだ。 ―――ババッ、バッ・・・・・・・・ スパーク音が鳴り止み、ぼんやりとした光を纏うのみとなった綾香は疲労困憊の顔で禍飢を見上げた。 禍飢は腕に巻き付いた鎖鎌がうっとうしいらしく、綾香を気にした様子はない。だが、それ故に鎖鎌の鎖はともかく、突き刺さっていた大鎌が抜けそうになっていた。 「"龍霆――」 すっと白く細い指を禍飢に向ける。そして、その指先一点に【力】が集中した。 「――轟閃"」 轟音が脳を揺らし、閃光が目を灼く。 綾香渾身の一撃が禍飢の顔面に命中した。 熾条一哉 side 「―――はっ」 空気を裂いて殺到した"気"の砲弾が傘を構えた白自動フランス人形――Biancoを吹き飛ばした。しかし、その防壁の向こうから十数の銃口が一哉向けて突き出される。 「―――っ!?」 次の瞬間、様々な銃声が響き、十数の弾丸が飛翔した。 それを横っ飛びにて躱し、同時に飛び掛かってきた赤自動フランス人形――Rossoを迎撃する。 大上段から振り下ろされた斧槍を紙一重で避け、突き出されたレイピアを人形本体を蹴り飛ばして退け、さらに後ろに回り込んでから振るわれた鉈をしゃがむことで回避した。 (なんとか・・・・体は動くな・・・・ッ) 三体の同時攻撃を躱す。 意識を取り戻した一哉は部屋の外に出るなり、≪クルキュプア≫に襲われた。そして、なし崩し的に戦場を移して戦い続けている。 故に一哉は状況を戦いながら推理するしかなかった。 「ああ、うっとうしいっ」 一哉の体から炎が噴き出し、轟音を伴って爆発する。 弾き飛ばされながらも耐火性の高い人形たちは炎上することなく、他色の者たちと合流するなり撤退に入った。 「チッ」 (誘い込まれてるな・・・・) 歴戦の一哉だ。 ≪クルキュプア≫の意図など分かり切っているが、この先に待つのはおそらく彼女たちの大将――"男爵"・マディウスだろう。 ("男爵"が瀞を拉致ったのか? にしては・・・・計画が深いな・・・・) 一哉の"男爵"に対する評価は、洞窟などでの閉塞した空間で才を発揮する戦術家である。 全ての戦略はその洞窟に敵を誘き寄せるのに使われ、ある程度限定された土地でしか効果は発揮しない。しかし、瀞が拉致されたのは渡辺宗家の本邸近く。そして、この鴫島諸島は太平洋だ。 あまりにも離れすぎている。 (他に手引きした奴でもいたんだろうな・・・・) 最も怪しいのは自分を手当てした者だろう。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 一哉は小走りに≪クルキュプア≫を追撃しながら頭に巻かれた包帯に触り、手足に巻かれたそれを見遣った。 傷の度合いからすれば今動いていることすら常人では考えられないほどだ。 それが曲がりなりにも戦闘可能状態にあるのは、この応急処置のおかげであった。 「・・・・ふぅ」 ≪クルキュプア≫たちは見事な繰り引きを見せて後退している。 追撃戦の最中で脱落したのは飛び掛かってきたRosso一体だけだ。 それも打ち出した炎は防がれ、白兵戦に突入した。 破壊には打刀・<颯武>が活躍し、その体を両断している。 (8月とは比べものにならないな・・・・) ≪クルキュプア≫の耐火性は異常なほど高まっていた。 もし、分家ほどの【力】しか持たないならば炎術など全く効かないだろう。 (ま、分家なら体術でどうにかするんだろうが) ≪クルキュプア≫は物理攻撃にはそう強くない。 確かに銃などでは行動停止にはできないが、四肢を砕くなどして行動停止にしてしまえば容易に撃破できるのだ。 「数は、多いけど・・・・なっ」 飛んできた弾丸を躱し、転がっていた瓦礫を投擲した。 それもすばやく前に出たBiancoが弾き返す。 そう、このように遠距離では絶対的なアドバンテージがあった。 白兵戦だけが活路を見出せる唯一の手段だが、一哉自身そう得意ではない。 まさに「対熾条一哉用」につくられた人形たちだった。 「ったく、瀞がいれば楽だのになぁ・・・・」 ロケット弾を炎で焼き尽くしながら呟く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・って、あ?」 言ってから気が付いた。 自分が、思っていたよりも瀞を頼りにしていたことを。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 同じ敵と一緒に戦ったことはない。 石塚山で見たものは戦闘とは呼べない限り、瀞が自身が戦っているのを見たのは渡辺宗家のあれが最初で最後だ。だが、その光景は鮮烈に覚えている。 圧倒的とも言えた守護神に白い<水>を従えて真っ向から立ち向かう瀞。 その光景は瀞が戦いに向いていないと分かっていても、彼女の強さが窺えた。 (結局、性格の問題なんだよな・・・・) 一度覚悟を決めた瀞は強い。 ならば、一哉と共に戦うと決めた瀞は今のこの場にあると得がたい戦力になっただろう。 「まあ、無い物ねだりしても意味ないな」 さっさと現状を受け入れ、痛む体に力を入れた。 こちらの攻撃もなかなか効かないが、油断しない限り彼女たちの攻撃も脅威ではない。 (統率は相変わらず、か・・・・) 踏み止まり、一哉の攻撃を受けた一部隊を、もう一部隊が援護していた。 それを互いに繰り返すという、繰り引きでつかず離れずの速度で一哉を誘導する≪クルキュプア≫。そして、彼女たちの先に待つであろう"男爵"・マディウス。 膨大な魔力で数百の人形を繰り、見事な戦術を見せる人形使い。 「―――っ!?」 曲がり角に嫌な予感を感じ、近くのドアを蹴破ってその中に転がり込んだ。 開け放たれた外開きの扉がロケット砲の直撃を受けて四散する。 轟音と衝撃が部屋の中にまで暴れ回った。しかし、一哉はその威力に怯むことなく、壁を焼き尽くす。 そのぽっかりと空いた穴の向こうは角を曲がった先の廊下。 そこに数体の黒自動フランス人形――Neroが布陣していた。 しかも、無反動砲を撃ち終えたばかりで統制が取れていない。 「―――――――」 無言で蹂躙した一哉はその他の人形が見えないことに気付いた。 「捨て奸、か・・・・?」 戦国時代、薩摩島津家を支えた戦法のひとつだ。 退却する時、決死隊を置き捨てる。そして、その決死隊は鉄砲で敵将を狙いつつ、獅子奮迅の働きを見せることで味方を逃がすのだ。 有名な関ヶ原の戦いでは当軍の先鋒――"井伊の赤鬼"・井伊直政に重傷を負わせた。 後に直政はその傷が元で亡くなっている。 (≪クルキュプア≫本隊が姿を眩ませるわけ・・・・) 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 しばしの沈黙の後、廊下の向こうへと歩き出す一哉は全くの無防備状態だった。 「よっと」 崩落した壁の瓦礫をよじ登り、その上に立つ。そして、目の前に広がる暗闇を凝視した。 「いるんだろ?」 胸を反らし、まるで辺りを睥睨するかのような一哉は闇の中の一点を見つめる。 「―――ククク」 喉の奥に押し殺したような笑い声が闇を裂いて届いた。 その"ドロリ"とした気配に眉を顰めた一哉は瓦礫から飛び降りる。 「・・・・ッ」 たった5メートルほどの衝撃で震える膝に力を入れ、籠もった息をゆっくり吐き出した。 (マズいな。さっさと終わらせないと体が保たない) 無意識に頬を伝った汗を拭う。 精霊術師の直系としてでも常識外れの"気"を持つ一哉でさえ、今の怪我には現代医学が必要だった。 「のう、"東洋の慧眼"。お主はこの戦いをどう見ておる?」 先程示された狂気を内包しているとは思えない落ち着いた声音。 だがしかし、隠しようもない歓喜の感情が言葉の節々に見て取れる。 「どうって言われてもな。正直、年末から戦い尽くめで考える暇もないな」 広場になった一帯の中央に歩みを進めた一哉は車いすに座る"男爵"を認めた。 未だその体はぼんやりと霞んでいるが、周りには数体の人形があるのみだ。 「正直、お前の策謀とは思いにくい」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「お前は戦略家じゃない。ひとつの限定された戦場で、限られた戦力をどう運営するのか、という思考に長けた戦術家だ」 だから、この一連の戦いの黒幕は"男爵"ではない。 ここで"男爵"と一哉が巡り会ったのは、その因縁を知る第三者の思惑に寄るところが大きいはずだ。 (でも、なんか変なんだよな・・・・) 鴫島だった理由はいくつか思いつく。 一哉とSMOの全面対決を誘引したかったこと。 戦場を限定したかったこと。 というのがすぐに思いつくことだ。 しかし、これらを行うにはSMOが旧組織に攻撃を加えることを事前に知っており、極秘扱いだった叢瀬の存在を認識していたことが大前提である。 そうなれば叢瀬央葉・央芒の増援要請も彼女たちの与り知らぬところで誘導されたと考えられる。 ここまではいいのだ。 (問題は・・・・) 反SMOの動きだった。 味方のはずだが、何故か彼らは一哉の動きを読み、反SMO勢力を短期間で作り上げた。そして、まるで一哉を援護するように時期を見て侵攻を開始している。 (まるでもうひとつ、勢力があるようだ・・・・) 旧組織とSMO(新組織)。 その対決を上から見ながら漁夫の利を得ようとしている"男爵"たち第三者。 それだけでなく、SMOや第三者を敵に回そうとしている第四勢力の影が一哉には感じられた。 「―――クカカ」 思考に沈みつつあった一哉を狂笑が引き上げる。 「そうか、そうかっ。貴様ほどの者が奴らの存在に気付いていないのかっ」 狂ったように、勝ち誇る"男爵"に一哉は初見で感じた薄気味悪さを思い出した。 (こいつ、まさか・・・・) 導き出される精神状態を呟く。 「本当に、狂ってるのか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 それが聞こえたのか、まるで停止ボタンを押したスピーカーのようにピタリと笑い声が止まった。 一哉は"男爵"の顔を確認しようと炎を作り出す。 「―――っ!?」 思わず後退った。 (仮面・・・・) 初老の貴族を思わせる、威厳に満ちた表情は覆い隠され、"男爵"はまるで道化のような仮面を付けている。 それは "男爵"の心が止まっている証拠に思えた。 「≪クルキュプア≫」 ザワリと"男爵"から魔力が溢れ出し、彼の身に付けた外套を揺らす。 膨大な魔力。 (こいつは・・・・) ようやく一哉は"男爵"が並外れた魔術師であることを認識した。 使い魔とも言える人形たちを数百同時起動させる膨大な魔力に緻密な理論展開。 その至宝とも言える才能の結果に生まれた軍団が一哉を取り囲むように起立する。 「おいおい・・・・」 向けられる銃口はおよそ二五〇。 確認できる人形の数はおよそ七〇〇。 「数だけ揃えればいいってものじゃないぞ」 言葉を飛ばしてみるが、十数体の連携だけでも互角の戦いになった。 その数十倍と戦うなど悪夢だ。 (だが、場所が場所だから大技でも大丈夫か・・・・) 柄に手を掛け、"気"を練り上げる。 「クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカかカカカカカカかカカカカカカかカカカカカカかカカカカカカッッッ」 狂笑を合図に、轟音が弾けた。 |