第十二章「第二次鴫島事変~中編~」/



 監査局特赦課序列七位・矢壁十湖。
 幼少ながら圧倒的な戦闘力と作戦指揮力で台頭し、SAとして本部特務隊に配属された。しかし、一度作戦が崩壊すると暴走する癖があり、戦場に乱入して敵味方を殺傷する堪え性のないところがあった。
 大きな作戦で同僚だけでなく、民間人をも死に追いやって監査局に逮捕される。
 監査局はすぐさま特赦課に配属させ、その作戦指揮を担当させた。
 今回の加賀智島攻撃も組織だった行動が必要なため、十湖が派遣されたのである。だが、作戦指揮は思わぬ横槍などの突発的な事態が頻発して瓦解。
 十湖は持ち前の戦闘能力を盾に突撃を開始していた。
 彼女の戦闘能力を支えるのは魔剣と魔銃という宝具だ。
 その魔力によって身体能力が強化された十湖は無類の強さを発揮する。






叢瀬央葉 side

「―――あははっ、死にな、さいっ」

 十湖の右腕に握られた魔銃が咆哮し、飛び出てきた妖魔を一発の下で覆滅した。
 この魔銃の特徴は破魔の効果だ。
 弾丸の回転に巻き込まれるように妖気が四散し、その本体の根幹を貫通する。そして、残った抜け殻の体を左手の魔剣で叩き斬った。

「ふぅ、片付いたわね」

 見れば十湖の周囲には数十の妖魔が亡骸となって倒れている。
 元々は廊下の左右に部屋が点在するエリアだったのだが、激しい退魔戦で部屋と部屋、廊下と部屋を隔てる壁の多くが崩壊。
 ひとつの空間へと変貌していた。
 この研究所の他の部分も同じような状況になっていることだろう。

「全く、雑魚のくせに邪魔をして」

 近くで事切れている妖魔を蹴りつけ、十湖は身を翻した。
 バサッと格好良く、防弾コートの裾が揺れる。
 その下に隠れた小さな身体を覆う旧日本陸軍の軍服は返り血で染まっているが、自身の血は一切含まれていなかった。
 かつて特務隊として上級妖魔が繰り出す兵隊と死闘を繰り広げた彼女からすれば、ここに発生した妖魔などものの数ではない。だが、問題は妖魔ではなかった。

「さて、どこにいったのかしら?」

 ずれた軍帽を定位置に戻し、周囲の索敵に従事する。

「せっかく見つけた、活きの良い獲物なのに」

 金色の光を発する子ども。
 それはデータにあった【叢瀬】最強の叢瀬央葉に違いない。
 もう本州からこの島に戻ってきていたことには驚いたが、考えれば昨日の鴫島の騒動は他に出撃した叢瀬央芒との共同作戦かもしれなかった。

「全く、油断も隙もありゃしないわ」

 軍刀を鞘に戻し、油断なく拳銃に弾を装填する。そして、首だけ傾け、死角から襲ってきた光を回避した。

「てぃっ」

―――ダンダンダンッ

 心地よい反動が腕を突き抜け、光の発射地点に弾丸が集束する。
 それらは小さな火花を散らして弾かれた。

(チッ、鉄板を出したな)

 魔銃と言えど、威力は拳銃だ。
 マグナム弾ではない限り、鉄板によって阻止される。

「なら・・・・」

 スラッと左腕一本で軍刀を引き抜き、それを水平にして走り出した。
 全身を低くし、突撃を敢行した十湖に驚いたのか、央葉は隠れていた鉄板をこちらに放り投げる。

「こ、のっ」

 急停止し、遠心力を上乗せした剣を見舞せようと踏ん張った。

「なっ!?」

 その鉄板の向こうから金色の光が飛び出し、十湖の腕や足を傷付ける。
 信じられないことに央葉の能力は拳銃弾よりも貫通力が高いようだった。

「ぐっ」

 ビクッと負傷で固まった体に鉄板が命中し、十湖の小柄な体はもんどりを打って倒れ込む。さらに受け身を取り、反射神経を駆使して横っ飛びした十湖を追撃するようにいくつもの輝線が闇を裂いて飛来。
 次々と床や倒れた妖魔を貫いていった。

「おも、しろいじゃないっ」

 片手で弾倉を換装する。

―――ダンダンダンッ!!!

 そして、一気に弾倉ひとつ分を撃ち込み、銃撃戦(?)に入った。
 お互いに瓦礫の影を利用しながら駆け抜けながら中距離戦闘を繰り広げる。

「・・・・ッ」

 光が頬を掠りながら通過し、ピリピリとした痛みを肌に感じた。
 頬を伝ってきた血をペロリと舐め、十湖は獰猛な笑みを浮かべる。

「いいね、こういうのっ」

 すぐに弾が尽きる拳銃に嫌気がさすことなく、お互いがお互いの息吹を感じながら戦える格闘戦は本当に気分が良い。
 昨今は戦車やら飛行機やらと戦場の広さやスピードが上がっていくが、それは戦争の話だ。
 一兵同士の白兵戦では実はあまり変化がない。だから、その変化のない戦況での優劣はお互いの訓練度に勝敗が左右される。

―――ダンダンッ

 弾丸を央葉の予想進路に撃ち込み、十湖は一か八かの突撃に出た。
 体勢を低くしたお馴染みの格好で瞬く間に距離を詰めた十湖は瓦礫を足場に大きく跳躍する。そして、跳び越えようとするドアの残骸の向こう側に敵はいた。

「あははっ」

 大上段から軍刀を振り下ろす。
 央葉は素早く反応し、眼前に光の剣を交差させた。

―――カィンッ!!!

 光というのに硬質な音を発し、軍刀は大きく弾かれる。しかし、コートの裾を翻し、回転するように振るわれる軍刀は次第に央葉の肌を捉え始めた。
 ひとつひとつは小さな、しかし、確実にダメージを与えるそれは消耗戦となれば幼い央葉の首を絞める存在だ。

「―――っ!?」

 防御ばかりだった央葉が反撃に出た。
 大胆に振り下ろされた軍刀を一歩退くことで回避し、手に握り締めた光を振り上げる。そして、全身から【力】が噴き出し、目映い光が放射された。

―――ジャラ

 体に巻かれた小さな鎖が能力発動に応じて音を立て、【叢瀬】が囚われの身であることを物語る。

「チッ」

 その光に先程の貫通力を思い出し、十湖は咄嗟に剣を引いて横へと飛んだ。
 その戦闘本能は間違いではないことを央葉の一撃が証明する。

―――ゴッ

 振り下ろされた光の剣は振りかぶった時よりも長い範囲を切り裂いた。

(光・・・・そう、そう言うことね・・・・っ)

 光故に決まった長さは存在しない。
 央葉は「剣」としてではなく、ただ手で握るようなものとしてこの棒状の光を使っているのだ。
 故に間合いは無限。
 規模は違うが、抜刀術を修めた剣士と戦っているようだ。

「せぇっ」

 下段から斬り上げ、体勢劣位でいる状況から脱しようとする。
 この攻撃も一歩下がることで回避された。

(こいつ・・・・っ)

 この暗闇の状態で完全に軍刀の間合いを見切っている。
 戦闘時、自身が光源となり、周囲が暗闇となる状況でこの把握力は驚嘆に値するものだった。
 同時に能力的に隠密行動ができないというのにその任務に就いていたという事実に納得する。

「――――」

 央葉が攻勢に出た。
 縦横無尽に光を操り、中・近距離戦闘を繰り返す。
 光は槍や盾、剣に姿を変え、怒濤の如き勢いで攻め立てた。

「うふふ、楽しいわねぇ」

 ニヤリと笑みを浮かべながら血が流れるのも構わず、敢然と迎撃した十湖が嗤う。
 その様は好戦的、というよりも狂戦的というのが相応しい。
 防弾コートはズタズタになるが、それを気にする様子もなく、危険に踏み出していた。
 そのために多くの傷を負うに至るが、同じだけ央葉に刻み込む。
 まるで旧日本陸軍の銃剣突撃だ。
 どれだけ犠牲が伴おうと後退する意志がない、不屈の闘志は歩兵の強さを過信させ、軍の機械化を遅らせることになる。だが、同時に太平洋戦争で崩壊するまで、無敵陸軍の存在は各国を震撼させ続けていた。

「・・・・ッ」

 わずかな隙を衝き、十湖は拳銃を央葉に突きつける。
 両者の距離は2メートルとなく、発砲と同時に着弾すると言っても過言ではない距離だった。

―――ダンッ

「なっ!?」

 必中の意思を込めて引き金を引いた十湖は驚きに身を固める。
 央葉は首だけを動かして弾を避けて見せたのだ。
 耳元を弾丸が通過し、その衝撃波で鼓膜が破れるだろう。
 そうでなくとも三半規管が麻痺し、まともな平衡感覚は失われるはずだ。だが、不屈の闘志は十湖だけではなかった。

「―――っ!?」

 崩れそうになる体に鞭打ち、固まった十湖に向けて金色の光が放たれる。
 それと同時に十湖は本能的に軍刀を振り下ろしていた。

「「―――――――」」

 鮮血が闇に散り、苦悶の声がどちらともなく噛み締めた唇から漏れる。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 一瞬の攻防の末、立っていられたのは十湖だった。
 央葉の放った光は彼女の右肩を貫通している。
 それは利き腕である右手の握力を完全に奪い去った。
 その極限状態にあっても狙いを付けられるスキルは震撼せずにはいられない。
 何せ、十湖の攻撃は無我夢中に放たれた何の狙いもないもので当たりはしたものの、戦闘能力を失わせるには不十分だった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・。あんた、今からでも監査局に入ら、ない? ・・・・たぶん、特赦課で最初っから序列一桁よ、きっと」

 冗談めかしてみせるが、白兵戦の能力は残念ながら央葉の方が上のようだ。しかし、それが勝敗に直結するとは限らない。

「ねえ、血が止まらないでしょ?」

 キラリと軍刀を光らせながら問う。
 その刃にはしっかりと血が流れていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 央葉は答えないが、その衣服の染みが広がっていくのが何よりの証拠だ。

「この子はね、一定の範囲内だったら自分が傷付けた者の傷を癒させない、って特徴があるの」

 恍惚とした光を瞳に灯し、改めて心強いパートナーに指を這わせる。

「それ、もっと血が吸いたい、ってことだと思うのよね」

 ジリッと警戒しながら一歩詰め寄った。

「ふふ、あたしたちの力加減ってガダルカナルでの日米軍みたいね」

 日露戦争以後、火力主義から白兵戦主義に転換した陸軍。
 その一兵卒の白兵戦能力は連合軍以上だった。しかし、圧倒的な火力の前に白兵戦を行おうにも辿り着けず、次々と戦死してしまう。わずかに突入できた兵は獅子奮迅の働きを見せ、多勢に無勢で戦死する。
 日米の勝敗を分けたのは火力とそれを支える物量である。

「強くても装備に劣れば負けるのよっ」

 微妙に違うような気がするが、得意になっている十湖はそれに気付かない。
 勝ち誇る十湖を見つめる央葉からは感情は読み取れないが、屈してはいない証拠に光が体から溢れていた。だが、あまりの高出力に叛乱を恐れた研究所の手配で【力】を抑制する鎖がここでも足枷になる。

「首を斬り飛ばされるか、こめかみを撃ち抜かれるか、どっちがいい?」

 変な動きをしたら即撃てるように照準を合わせながら進む十湖は流れ落ちる血とその疲労感を心地よく感じていた。
 命を賭けた戦いとはこういう感触があり、対軍兵器を使用した場合には味わえない達成感がある。

【―――私ドモといたしましては蜂の巣の後、木端微塵がよろシイかと】
「―――っ!?」

 突然かけられた声に十湖は横に飛びながら振り向いた。

―――タタタタタタッッッ!!!!

 サブマシンガンの弾丸が床を跳ね、跳弾として空間を制圧しようとする。
 その弾を防弾コートが防ぐのを確認しながら引き金を引いた。

「って、人形!?」

 命中したが動きを止めない敵に驚きを隠せない。

「・・・・・・・・・・・そう、あんたらが横槍を入れた奴らね」

 新たな敵、しかも、魔銃が通用しないものに出会った十湖は奮い立った。

【何を。私どもニモ任務がありますカラ】

 額を撃ち抜かれた、リーダーらしきフランス人形は無表情で答え、くるくると日傘を回転させて肩に担ぐ。

「あんたらが潰したあたしの作戦。・・・・その仇を討ってやるわっ」

―――ダンダンダンッ!!!

【―――っ!?】

 拳銃で敵の火器を叩き落とし、一気に距離を詰めにかかる十湖。
 それに対応し、白兵戦用のRossoが展開する≪クルキュプア≫。
 始まる新たな激戦に―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――叢瀬央葉という存在はなかった。






火口での戦い scene

「―――くぬラッ」

 変な声を上げ、叢瀬央芒はサブマシンガン――FN P90の銃口を妖魔へと向けた。

―――タタタタタタタタッッッ

 軽快な発射音と共に弾丸が吐き出される。
 それは蜂のような妖魔たちに吸い込まれ、次々とその翅を切り裂いた。
 櫛の歯が抜けるようにバラバラと落ちた妖魔には目もくれず、央芒は生き残った蟲型の妖魔に視線を向ける。

「あぁ~、モウ。厄介ネ」

 慣れた仕草で念動力を使いながらマガジンを入れ替えた。
 FN P90は装填数50発と多いのだが、やはり目の前に広がった壁を薙ぎ払うように掃射するのですぐになくなってしまう。
 幸い、この銃は使うことが多いと思い、弾倉は大量にストックされていた。
 それでも蟲の数は一向に減らない。
 数十もの数が編隊を組んで突撃を繰り返す単調な攻撃も、この無尽蔵な供給を受ける中では効果的としか言いようがなかった。

「ホッ」

 頭に生えた角を戦闘に突撃してきた蟲たちに手榴弾を投擲する。
 それは群れの中央で爆発し、十数匹の妖魔を引き裂いた。

「脆弱だけど、数が勝負ってワケ」

 急降下してその爆発を避けながら央芒は戦況を把握する。
 現在、央芒は加賀智島を作った火山の火道にて閉所空中戦を展開していた。そして、火道の底では鎮守杪と双子を護る蟲が激戦の最中にある。
 その熾烈さは空中を飛び交う弾丸や無数の羽音、地上を高速で走る光球の爆音で分かった。

(それにしても・・・・変な妖魔)

 3、40センチほどの体長。その3~4割を頭部のナイフのような角が占め、躰はハエやハチのような昆虫だ。
 1ぴきではなく、大群での戦闘方式らしく、突撃形態時にはトビウオなどのひれ状に翅がなる。
 何もない空間から出現し、群れをなして襲ってくる蟲は鬱陶しい限りだった。

(どこから出現するノ・・・・?)

 無尽蔵の供給を受ける子蟲はどこから来るのか。
 その解明がこの妖魔を撃破するために必要なことだった。

(決まってるわヨネ)

 プロペラのように旋回しながら敵の攻撃をやり過ごす。

(アイツしかいなイ)

 この消耗戦が幕開ける瞬間、下にいる大きな妖魔がヒトのような唇を開けて咆哮した時、その周りにこれらは現れた。

「ならバ・・・・ッ」

 急降下から緩降下に移行していた央芒は再び急降下に移る。
 その目標は言うまでもなく、双子を抱える大きな蟲だ。

「退けテっ」
「―――っ!?」

 左腕の空間から手榴弾をいくつか取り出し、ピンを抜いた。そして、急降下の勢いをそのまま叩きつけるようにして投下する。

「くっ」

 急降下から急上昇へと転じる際にものすごいGが彼女の体にかかり、バラバラになりそうな負荷に耐えた。

―――ドンッ!!!

 手榴弾は命中し、その破片を周囲に撒き散らす。
 杪はいち早く離脱しており、その猛威は完全に親蟲に集中した。

「ヤッタ!?」

 光球の乱舞が病み、低空をその周囲を飛び回っていた子蟲はその他の爆発の煽りを受けて壊滅している。

「上っ」

 杪から鋭い声が飛び、それを追い越すのではないかという速度で呪符が飛んできた。
 それは央芒を追い越し、まさに彼女へ急降下突撃を敢行しようとしていた敵群へと飛び込む。

「"燐火火界呪"」

 手榴弾を上回る火焔が生じ、蟲の大群を包み込んだ。
 その様はまるで大戦期、大日本帝国海軍連合艦隊が開発した三式弾ようだ。しかし、効果の乏しかったそれとは違い、火焔に包まれたほとんどの蟲が火の玉となっている。

「すご・・・・っ」

 燃え滓が地面に落下した後、上空に残っていたのは効果範囲からわずかに逸れていた数匹のみ。
 蟲たちは一気に失った味方を求め、うろうろとしていた。
 それを軽機関銃の咆哮で殲滅した央芒は改めて杪の戦闘能力の高さを認識する。
 結界師とは学問的な能力で戦闘力が高いわけではない。
 確かに符術を得意とし、事前に準備させれば手強い相手だが、数ある呪符の中から効果的なものを即断し、それを展開するには膨大な戦闘経験が必要だ。

―――ブブッ

「―――っ!?」

 羽音を聞き、急いで上昇する。
 その下を子蟲の大群が通過した。

(やっぱり、手榴弾如きじゃ、親を止められない、カ・・・・)

 軽機関銃に弾丸を装填し、増え続ける子蟲に対処するために警戒する。しかし、対人用の育成を受けてきた央芒には打開策は浮かばなかった。

「ええいっ」

 機械的に襲いかかってくる子蟲を、やはり機械的にサブマシンガンを掃射することで押し返す。

(まるで、旅順攻略軍を迎え撃つロシア軍ネ)

 【叢瀬】は元々、監査局のエージェントを一から育成する目的があった。
 監査局自体、退魔ではなく、SMO内部へと目を光らせる"対人集団"である。
 故に【叢瀬】の教育は対人戦闘に向いていた。

(戦術じゃなく、銃器の扱いを教えられたからネ、私ハ)

 おかげで多種多様な銃器を使用し、"迷彩の戦闘機"と呼ばれるほどの戦闘力を有するに至っている。
 実際、彼らの対人戦闘が優れていることは大晦日の対熾条一哉戦ではっきりしていた。だが、退魔戦は下級妖魔を相手にした実戦訓練しか経験がない。

(ここはプロに任せるしかないカナ)

 鎮守一族は退魔専門の旧組織代表格だ。
 その次期当主というのだから、退魔もお手の物だろう。
 ならば央芒の役目は少しでも杪の負担を減らすため、飽くなき消耗戦を続けるしか手はない。―――それが援護になると信じて。

(・・・・現代兵器を相手にできるといっても、妖魔の前には他力本願・・・・)

 急上昇や急降下を繰り返し、蟲との空戦に明け暮れる央芒。

(不甲斐ないワ―――)

「ネッ」

 取り出した火炎放射器で業火を子蟲の大群へと放射した。



「――――」

 身を捻り、迫り来た光球を回避した杪は取り出した呪符を地面へと数枚貼り付けた。そして、背後から襲いかかってきた子蟲に体を向ける。

「・・・・ッ」

 杪を呑み込もうとする奔流の中に進んで身を投じ、手にした懐刀を振るった。
 彼女の脅威的な身体能力と戦闘能力は自身に触れそうな蟲のみを撃墜して危機を脱する。

―――ゴゥッ

 背後へと突き抜けた子蟲を待っていたのは先程貼り付けた呪符の一枚が発した炎だった。
 瞬く間に羽根を焼き尽くされ、子蟲たちがバタバタと地面に墜落する。
 その一瞬の攻防は幾度となく繰り返されており、まるで赤子の手を捻るかのように杪は子蟲を殲滅し続けていた。
 その個人戦闘力と戦闘センスは高名な同年代の精霊術師と比べても遜色がない。
 それどころか、近距離においては熾条流炎術を修めている熾条宗家の者以外より優秀かもしれない。
 鎮守杪と言えば、たいていの者が彼女の無表情とお茶を啜る姿を思い起こす良家の御嬢様だ。
 実家である鎮守家は結界師一族のまとめ役であり、結界師の能力を駆使した建設会社――鎮守建設を営む表裏に名を轟かす家柄である。
 その効果範囲は全国に及び、多くの封印を管轄にすることから封印者と呼ぶ者もいる。
 その関係か、圧倒的武勇と術に対する才能から杪につけられた異名は"封印の巫女"。
 それは鎮守一族で傑出した能力者に送られる最高位の名だった。

「ふっ」

 身を屈め、疾走の進路を変更する。
 鋭角とも言える行動変換に動揺した子蟲はつんのめるようにして杪の傍を通り過ぎ、再び火網に捉えられた。だが、なんとか速度を落として目の前に回り込んだ数匹が立ちはだかる。

「―――――」

 目前まで迫った1ぴきへ懐刀を斬り上げて両断し、返す刀で腕を切り裂こうとした2ひき目の羽根を断つ。そして、横薙ぎに振るってさらに2ひきを切り落とす間に左手を懐に入れた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 新たな呪符を取り出すと同時に逆手に持ち替えた懐刀の鋒を胸に直進してきた子蟲のこめかみに突き刺す。
 右に体が開くのを利用し、掴んだ呪符を下投げの要領で投擲した。そして、完全に右に流れた体で地を蹴り、横へと逃げる。

「"燐火火界呪"」

 猛烈な火炎が生じ、多くの子蟲が焼け爛れる中、身を立て直した杪はいくつかの呪符を周囲に投擲した。
 この間、わずか2秒。
 脅威的な戦闘能力を見せつける中で放たれた呪符は炎を上げることなく壁や地面に張り付き、ぼんやりと燐光を発する。
 呪符の効力はこの場に展開する【力】を分類分けして識別するためのものだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何かを探るように目を閉じた杪の聴覚を羽音が刺激する。
 素早く懐刀を指に滑らせ、溢れ出した血を呪符に塗りつけた。そして、それを後ろに放り投げ、指を口にくわえる。

「御霊下ろし・"式王子"」

 そのせいでくぐもった声になったが、血が発動の合図なので言葉は必要ない。

―――ガチャリ

 背後で立ち上がった紙人形はその手に持った紙の剣を振るった。
 普通なら、子蟲の羽根に敵うはずのない剣だが、術の効力が負荷された剣は易々と子蟲たちを切り裂く。
 そうして追撃を振り切った杪はこの消耗戦を展開する元凶へと突撃した。しかし、すぐに親蟲が抱える双子の球が発光し、その周囲に呪文が浮かび上がる。

「―――っ!?」

 その光の収束を見取った杪は取り出した呪符を投擲し、横っ飛びしてその範囲から退避した。
 残像を残して通り過ぎた光球は壁に激突し、派手に岩片を撒き散らす。

「上っ」

 今度はさっきと逆に央芒から情報が入った。
 杪は上方を確認することなく、横へと飛ぶ。そして、視線を移せば急降下してきた子蟲たちが地面に激突していた。

「くっ」

 ごろりと固い地面で前転して立ち上がる。
 さらに呪符をバラまくようにして配置。
 追撃してきた子蟲を焼き払った。

「検知終了」

 杪が立っていた位置は火道に空いた横穴の入り口だ。
 そこは島の地表へと続く洞窟であり、杪たちが侵攻してきた場所である。
 ここ以外の出入り口と言えば数十メートル上方にぽっかりと空いた火口だけ。
 そこから見える空はすでに日が昇り、昨夜から続く激戦がちっぽけに思えるほどの蒼穹が広がっていた。

(<クァチル・ウタウス>・・・・"塵の中を歩む者"の気配はない・・・・)

 第一次鴫島事変で滅亡した邑脇一族が長年監視を続けていた邪神の片鱗がわずか2年で消失している。
 それは最悪なことに邪神が目覚め、この地を去ったと言うことだ。
 まだ、厄災が起きていないことから、契約者――邪者となった人がいたのかもしれない。

「・・・・・・・・ッ」

 襲いかかってきた7ひきの子蟲を神速の刺突ですべて駆逐する。
 その動きに無駄が無く、また先程までの動きより数段速かった。
 まるで"今まで手を抜いていた"かのようなスピードは残像すら残さない。
 実際、さっきまでの杪は戦闘に集中していた、とは言えなかった。

『――――――――――――』

 脅威を感じる本能があるのか、親蟲はこれまでの数をはるかに上回る子蟲を召喚する。そして、自分自身も無数の文字が乱舞する螺旋の渦を周囲に作り出した。
 迸る【力】が風となり、親蟲を中心とした渦を描き出す。
 その様から妖魔の攻撃が手に取るように分かった。
 これまでの光球の一斉射撃、もしくは特大サイズの射撃と共に膨大な数の子蟲を投入した波状攻撃。

「愚か。・・・・もう勝負はついた」

 杪は懐に殺意と共に懐刀を仕舞う。
 そこからは先程、子蟲を瞬殺した殺気がすっかり消え去っていた。

「反木」

 いつも通り、ボソッとした声で杪が呟く。

―――ポゥ・・・・

 その瞬間、薄暗かった火道に5つの光源が追加された。
 まず最初に発光したのはいつの間にか親蟲が抱える珠――双子が太極図のように絡まった膜に張り付いていた呪符である。
 それを中心に東西南北に位置するように配置された呪符が発光した。

「反土」

 中央が「黄」、そして、東西南北順に「青」、「白」、「赤」、「黒」。
 黄龍、青龍、白虎、朱雀、玄武を意味し、五行思想に支えられた術式が起動する。
 五行思想とは万物は木・火・土・金・水の5種類の元素から成るという説だ。
 陰陽思想やその陰陽思想と五行思想が一緒になった陰陽五行説などと共に、西洋の四大元素と比較され、東洋独自の術法の根幹を担うとされる思想である。

「帰水」

 ボトボトと上空から子蟲たちが落ちてくる。
 それらは完全に活動を停止していた。
 それだけでなく、全ての子蟲が地面に落ちている。そして、その親蟲も弱々しく珠を発光させながら苦しんでいる。

「どういうコト!?」

 央芒が銃を構えたまま軟着陸した。
 その体を前から退け、無感情の瞳が放つ視線が親蟲――双子の鵤と鶍を貫く。

「"回帰解離"」
「―――っ!?」

 全ての【力】が逆流した。
 まるで泉に向かって川が流れるように、雨が雲に向かって舞い上がるように。
 双子の補助結界がその発動を支えていた【力】を失ったために崩壊し、集めた電力を元の場所へと戻していく。
 不自然に流路を曲げられた電力という力が元に戻ったため、加賀智島は世紀の物理的電力の恩恵を受けることになった。

「これは・・・・」

 結界の崩壊はそのまま上空で行われていた激戦に影響する。
 轟音を伴い、圧倒的破壊力で諸島を騒がせていた神忌の猛攻が弱まった。
 それは必然的に"鬼神"・結城晴輝の方に勝敗の天秤が傾いたことを意味する。

「帰る」
「え? ・・・・ちょっと待っテ」

 蟲の加護を失い、地面に投げ出された形で突っ伏す双子にトドメを刺すことなく、杪は踵を返した。
 そこには元から双子を相手にしていたのではないと分かる、無関心さだ。

「まさかだけど、あの双子と戦ったのってアナタの目的のために邪魔だったからダケ?」

 答えられる内容を半ば予測しているのか、確認に近い声音。

「そう」

 杪は予想通りだった答えに戦慄を禁じ得ない央芒に視線を向ける。

「ここには2年前まで<クァチル・ウタウス>という邪神がいた。でも、鴫島事変で監視者一族が滅亡し、太平洋艦隊が管轄するようになってから目が届かなくなった。だから、この騒動に乗じて私が調べに来た」

 杪を知る者からすれば珍しく長文だが、内容の端的すぎさが彼女らしいと言えばらしい。

「じゃあ、もしかして鎮守一族にとってこの戦いハ・・・・」
「そう。―――二の次」
「―――っ!?」

 火道から地表に戻った杪は懐から呪符を取り出し、素早く式神に仕立て上げる。そして、それはふわっと飛び始め、誰かへの伝令なのか、なかなかの高速で北方へと飛び去った。

「ん」
「エ?」

 杪がこちらに手を差し出してくる。

「東方にヘリが突っ込んだ窓がある。そこからなら入れる」
「・・・・・・・・あなたモ?」

 「もう、用は済んだのだろう?」という視線に杪は無表情に答えた。

「まだ、友だちが残ってる」

 多くの呪符を消耗したが、まだまだこの身がある。

(綾香の分も、しっかりと・・・・)

 戦う術があるというならば最後まで戦場に残るのが杪のポリシーだった。



「―――っ!?」

 神忌は撃とうとしていた弾体を握り込み、愕然とした表情を浮かべた。そして、それを隙と見た晴輝の攻撃は空間転移で避ける。

(これは・・・・)

 釣瓶撃ちのように放たれる風の飛礫を避けながら、神忌は自らの手を見下ろした。
 そこには先程まで満ち溢れていた【力】がない。
 結界によって行われていた【力】の供給が途絶えたのだ。

(しくじったなっ)

 鋭い視線が結界が消失した加賀智島の火山に注がれる。

(おのれ、孤児から"騎士"に任じてやったというのに)

 神忌が所属する組織の5つの爵位はそれぞれふたりの"騎士"を持っていた。
 かつて、地下鉄音川駅で"風神雷神"を襲撃し、返り討ちにあった萩原兄弟も"男爵"の"騎士"だ。そして、鵤と鶍の双子は神忌の"騎士"だった。
 戦闘にはほとんど役に立たないが、結界にて特定の人物に【力】を送り込めるという特性に目を付けた神忌が"宰相"や"皇帝"に頼んだのだ。
 その結界が崩壊した。
 それは双子が何物かに敗北し、結界を維持できない状態に追い込まれたことを意味する。

(どうする・・・・?)

 撤退。
 その二文字が神忌の脳裏に浮かび上がった。
 思考中でも戦い慣れた神忌の体は自然に動き、壮絶な空中戦を展開する。しかし、神忌の【力】が低下したことはその激しさに陰りを見せていた。
 圧倒的な【力】こそ、晴輝に対応する唯一の術なのだ。

「はっ、疲れたのか?」

 全ての状況を把握して射るであろう"鬼神"は楽しそうな笑みを浮かべたまま声を放った。
 鬱屈した生活から解放されたのが嬉しいのか、晴輝はまるでゲームかのように戦っている。

「黙れ、この戦闘狂がぁっ」

 両者の攻撃が中間で激突し、爆風が漂う薄い雲を吹き散らした。
 客観的に見れば双方とも攻めきれずに苦戦中なのだが、晴輝の内に宿る狂気が共鳴して表情にそれが滲み出ている。

「へっ」

 高速で迫るレールガンの弾体をまるで野球のバットのように振り回した剣で打ち払った。

「・・・・化け物が」
「お前に言われたくないね」

(いや、お前は正真正銘の化け物だよ)

 さっき放った弾体の初速は約6000m/sであり、ライフル銃の数倍の速度である。
 彼我の距離は約五〇〇メートル。
 感覚とすれば撃ったと認識する以前に命中するような感じだ。
 それをドンピシャのタイミングで迎撃し、【力】と【力】がぶつかることによって起きる衝撃波や轟音が至近距離で襲いかかるというのに無傷。
 それはまるで戦車に相対した生身の人間が戦車砲を防ぎ切り、そして、拳で装甲を破壊するという、漫画のような状況だった。
 特筆する術式を使わず、それを行う才能に戦慄する。
 晴輝にとって人間が犠牲の上で確立してきた兵器など玩具に等しいのだろう。
 結城宗家ミサイル攻撃は彼がミサイルを叩き落とし、今回の戦闘機対決も生身の存在でスコア2を弾き出していた。
 第二次世界大戦で確立した「空」の戦域で、晴輝は無敵なのだ。

("子爵"、お前が負けるのも無理はない)

 かつて鴫島事変を陣頭指揮した仲間――"子爵"はこの地で消息を絶った。
 "皇帝"の悪戯心から発展した鴫島事変は退魔組織に甚大な被害を与えている。しかし、その影響は神忌が所属する組織にも跳ね返っていた。
 五人しかいない爵位の第四位"子爵"の戦死。
 数十を超える上級・中級妖魔の喪失。
 特に"子爵"の戦死は大打撃となった。
 五爵トップの"公爵"は"宰相"として組織の運営に当たっている。そして。次席の"侯爵"・神忌はSMOに潜入して謀略や情報収集に従事する。中位の"伯爵"は拠点防衛を任されている。
 そのため、戦闘部隊として外征するのは"子爵"と"男爵"。だが、"男爵"は西洋の退魔組織に潜入しており、この国で活動できるのは"子爵"だけだった。
 鴫島事変では膨大な妖魔を統率し、SMO揚陸部隊に大打撃を与えるなどの実戦指揮力を発揮したが、揚陸部隊本陣討ち入り後、特攻を開始した結城晴輝の前に敗れ去った。
 SMO側として戦場にいた神忌は見ていたのだ。―――超高空から指揮を執っていた"子爵"が低空から急上昇した"鬼"に一閃で攻撃・防御・肉体、その全てを破壊されたのを。

(私は・・・・"子爵"とは違うっ)

 呆気なく戦死した"子爵"よりも高位にあるというプライドが戦況を、客観視するという大切なことを忘れさせた。
 双子の結界という「盾と矛」を失った神忌はそれまでの余裕などかなぐり捨て、我武者羅に"鬼神"への戦いに没頭していく。
 故に、いや、元より空中にある彼らは気付くことはなった。

―――ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・ッ

 ここに集う、綺羅星の如き全能力者たちを以てしても敵わない、圧倒的な【力】がはるか深部にて動き出した、その小さな予兆に。










第十二章第四話へ 蒼炎目次へ 第十二章第六話へ
Homeへ