第十二章「第二次鴫島事変〜中編〜」/3
「―――滑走路へ向かった歩兵部隊、敵機甲部隊出現にて被害甚大」 「上級妖魔での損害と合わせ、損耗率は5割を超えましたっ」 「『玖雲』ヘリ甲板の火災治まらず。弾薬が誘爆する恐れあり」 軍港に接舷した旗艦・『紗雲』のCICには各方面の戦況報告が相次いでいた。 どの方面も予断を許さず、被害が蓄積している。 このままでは兵力不足で攻略作戦が破綻しかねない。 「軍港制圧部隊の重装備部隊を前線へ。とにかく戦車を止めて下さい」 藤原秀胤は落ち着いた声音で指示を下した。 「戦車は陸上自衛隊の74式戦車と判明。車体が低く、稜線射撃に優れる機体です。多少の高低差など物ともしないでしょう」 「蜂武は!? まだ、この艦にはもう1機あるだろう!?」 「いや、それよりも『伍雲』の対地ミサイルで吹き飛ばそう。弾着は子サグモを急行させ、AIに行ってもらえば・・・・」 「乱戦なんだぞっ。ミサイルなんて使えば味方にも被害が出るだろう!?」 「なら退かせれば―――」 「突撃してくるんだ、今更退けるかっ」 藤原が落ち着いていても、彼を支えるはずの幕僚が取り乱していた。 無理もない。 予想された損害など、とうの昔に過ぎ去っていた。 今は退くに退けない乱戦に引き込まれた部隊を必死に運営するしかないのだ。 このような戦い、退魔組織であったSMO隊員が知っているはずがない。 「黙れッ」 「「「―――っ!?」」」 雷鳴がCICを駆け抜けた。 「黙らんか、貴様ら。慌てても何もならん。冷静になれ。それがお前たちの戦いだ」 艦長席にどっしりと腰を据え、スクリーンを覗き込んでいた本郷だ。 「藤原、策はあるにはあるのだろう?」 じろりと黙ったままの若者を見遣る。 「・・・・ええ。現在、脅威になるのは戦車です。そして、戦車の長所は重武装、重装甲、機動力の3つ」 藤原は部屋の中央に置かれた鴫島の地図を指差した。 「瓦礫で塞がれているのはこのポイントで、我が方の装甲車部隊はここを迂回しています。つまり、我が方の機動部隊はまだ生きています」 装甲車とは小銃を防ぐ程度の装甲を身に纏った車両のことで戦車と殴り合いをすることは不可能である。しかし、昨今の対戦車兵器を搭載しており、奇襲ならば一泡吹かせれる部隊だ。 「ですが、彼らは僕たちにとっての鉾。攻撃には欠かせません」 「ならば、どうする?」 「突破された先遣隊には集結して態勢を整えることを命じ、敵機甲部隊を本隊が迎え撃ちます」 『紗雲』周辺に布陣しているのは司令部付きの部隊。 それは藤原が養い、昨年の夏には地下鉄音川事件で活躍した近畿支部特務隊の面々だ。 戦闘系の異能者が重火器で武装した集団で対人戦闘に投入される精鋭部隊だった。 藤原が自信を持って送り出せる子飼いの部隊である。 「まずは引き付けて機甲部隊を粉砕します。その後、戦力を整えて再び進撃する以外、ここを突破することは不可能です」 藤原が提案し、ここに歩兵のみにて戦車を迎え撃つという作戦が可決された。 鷹見沢千夏 side 「―――急げ、戦車が来るぞっ」 鴫島攻略部隊の本隊付きの精鋭は旗本として動き出していた。 旗本とは近衛兵と同じ、最後の砦だ。だが、戦わないことにこしたことのない近衛兵と違い、旗本は決戦部隊のひとつだった。 近衛兵は平時は宮城を守るなど、「軍団」として組織されている。しかし、旗本は「軍陣で主将の旗下にある直属の兵」という意味で、戦場において初めて姿を現す存在。 つまり、旗本とはその戦場における大将が直卒する精鋭部隊なのだ。 その勢力の総大将直属の近衛兵――近衛師団など――とは違い、戦場に必ずあり、そして、戦場で必ず要所を守る旗本は戦えば敗北が許されない部隊。さらに大将が前線に出る時、大将を守りながら敵陣を粉砕する存在でもある。 その戦場にある他の部隊が大将の駒として動くならば、旗本とは大将の槍や盾となって戦う武器なのだ。 「敵は74式戦車、ですか・・・・。それも8輌」 鷹見沢千夏は五段に設けられた縦陣の三段目にいた。 本来、秘書なので藤原の傍にいるのだが、戦闘系の異能を持っているために前線に送られている。 「さすがに戦車までオリジナルを造る余裕はなかったんですね」 第二世代主力戦車・74式戦車。 61式戦車の後継として開発されたものであり、元は世界の第二世代主力戦車に追いつくことが課題とされた対費用効果を考えないものだった。 それ故に試作車では高い完成度を示し、戦後日本の技術力を世界に見せつけた。 試作車は結局、対費用効果の関係で制式採用されていない。だが、その採用された車体は61式戦車では実現できなかったレーダー測距儀や弾道計算コンピュータでの射撃管制装置を搭載している。 戦中にレーダー開発で遅れを取った日本は今度こそ電子戦でも勝利できる構えを取ったのだ。 また、油気圧サスペンションにより車体を前後左右に傾けられるという姿勢制御機能は急傾斜などでも対応でき、水密構造で潜水キッドをつけると2m強の潜水渡河が可能など、日本の風土にあった設計がなされていた。 「90式や10式が採用されたとはいえ、数の上ではまだまだ主力戦車ですね」 対する元近畿支部特務隊は対物ライフルや無反動砲で応戦する。 確かに強い異能を宿してはいるが、戦車のような怪物に生身で挑むことは無謀以外の何物でもないのだ。 本来なら対戦車の性能がある強襲ヘリを投入するのだが、今回は見送られた。 「しっかし、大丈夫なんか?」 「梶原さん・・・・」 「ミサイルを持ってんのは有り難いんだが・・・・」 梶原輝季。 中距離戦闘異能者で高い戦闘能力を持つ青年だ。 陸上自衛隊に勤務したこともあり、銃器に精通している。また、実戦指揮能力も確かで特務隊の指揮を任されることが多い。 本部特務隊小隊長への人事を蹴り、近畿支部に残った地元好きの変わり者で藤原の片腕である。 「大丈夫でしょう。海戦でも母艦を守って頑張ったみたいですしね」 強襲ヘリ・「蜂武」の代わりに特務隊を援護するのは子サグモだった。 前哨戦や揚陸後の軍港確保戦で大多数が破壊され、残った機体の多くも損傷して収容されたものが多い。 そのため、この戦線に投入されるのは機銃型3機、ミサイル型2機、計5機という貧弱さだ。だが、水陸両用で機動性に富み、ミサイル発射能力がある子サグモは対戦車戦には心強い。 「ま、いいけどな。いざとなれば俺が潰したるわ」 梶原が拳を握り込み、【力】を漲らせた。 彼の力量は特務隊でもトップレベルであり、間合いにさえ入れれば戦車も怖くない。 「期待してますよ」 「何言ってんだ? お前の能力だって間合いにさえ入れれば戦車の装甲を貫けるだろ?」 「・・・・さすがに正面装甲は無理ですよ」 歴戦の二人は迫り来る脅威の前でも笑みを浮かべる。 展開する特務隊は約40名。 その他に『紗雲』の乗組員も参加した急造の迎撃部隊は約60人でライフルや無反動砲で武装していた。 「来ましたっ」 インカムをした通信士が叫ぶ。 「チッ、まだ全部展開できてへんのにっ」 さすが戦車。 苦労して歩兵が走破した道を物の数分で突破してきたのだ。 「狙撃班、撃てっ」 対物ライフルはバーレットM82A2であり、歩兵を相手にするのでは申し分ない。だが、戦車が相手では分が悪かった。 対戦車戦に高い戦闘力を示す成形炸薬弾が使用不可能であり、その使用できる弾丸では昔はともかく、今の戦車の正面装甲を貫くことができない。 轟音が3箇所で上がり、戦車の装甲に火花が散った。 12.7mm重機関銃M2が粉微塵となって吹っ飛ぶものもあるが、ほとんどが無傷のままその砲塔を旋回させる。 ―――ドゥッ!!! ライフルを上回る轟音が発せられ、狙撃地点に砲弾が叩き込まれた。 爆風とともに瓦礫や対物ライフルの破片が舞う。しかし、そこに人体由来のものは含まれていなかった。 「よし、今だっ」 第二陣の無反動砲班が立ち上がり、肩にそれを担ぐ。 それはお馴染みと言っていい、RPG-7だった。 念動力者が遠隔操作でライフルの引き金を引き、戦車の注意を引き付ける。そして、本命の無反動砲を撃ち込むという戦法だ。 ―――タタタタタッッッ!!!! 「ぐわっ」 12.7mm重機関銃M2や7.62mm機関銃が火を噴き、立ち上がった隊員の周辺に弾丸がばらまかれる。そして、2、3人がそれに捕まって崩れ落ちた。 ―――バシュッ!!! それでも数人が発射に成功し、ロケット推進によって戦車を目指す。 誘導装置がないため、命中率は個々の訓練度にかかっているが、命中すれば一撃で行動不能にできる。 こちらに戦車やそれに匹敵する兵器がない以上、RPG-7は切り札的存在だった。 ―――ズガガンッ!!! 8本の噴煙は相次いで爆炎を生じ、煙の向こうから6輌の戦車が飛び出してくる。 1輌は側面装甲に命中し、成形炸薬弾が猛威を振るった。そして、もうひとつはキャタピラが吹き飛ばされて走行不能に陥ったようだ。 「チッ」 梶原が舌打ちし、バーレットを伏せ撃ちの構えで撃ち放った。 弾丸は12.7mm重機関銃M2を次々と破壊し、その能力を消失させる。 「おら、逃げんぞっ」 すぐさま立ち上がると脱兎の如く駆け出した。 「何て自分勝手な・・・・ッ」 文句を言う暇もない。 戦車砲塔が再び旋回し、見事な腕を見せたスナイパーを葬ろうと砲口を向けた。 ―――ドゥッ!!! 目測だが時速30kmの速度で悪路を走破してくる戦車はそれでも照準は正確である。 砲弾は梶原たちが隠れていた瓦礫群を吹き飛ばし、そこに大穴を空けた。 少なくとも3発の砲弾が集中し、梶原の声と率先して逃げる彼の姿がなければ迎撃網第三陣は壊滅していただろう。 (やっぱり、実戦指揮は梶原さんね) 妖魔相手ではなく、このような対人戦闘の場合は梶原は天性の采配を見せてきた。 今回もそれは光り、物の数分で戦車2輌を戦線離脱させ、残りの6輌も重機関銃などを失っている。 重機関銃の威力は高く、人の命など簡単に砕かれてしまう。また、主砲よりも発射速度が速く、弾数も多いために脅威なのだ。 「各自散開っ。戦車を包囲しろっ」 軍港へと続く坂道を登り切り、下り道に至った時に梶原が指示を下した。そして、またもや自分自身が崩壊した施設へと駆け込む。 第一陣と第二陣は残敵掃討の役割があり、第三陣は敵を軍港部へと誘引する役割があった。 戦車は第三陣を追って軍港部に侵入し、その視界に『紗雲』の巨体が映るというシナリオで機甲部隊はそれまでの歩兵に構わず、速度を上げて『紗雲』に突撃するはずだ。 そこを第四陣が襲いかかる。 藤原が考え、梶原が細部を詰めた即席機甲部隊迎撃法だった。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 瓦礫の影に逃げ込んだ千夏は胸に手を当てて息を整える。 「お、お姉さんにはちょっと重労働過ぎるわ・・・・っ」 「大丈夫ですか? 水、飲みます?」 後をついてきた二十歳前後の隊員がペットボトルを渡してくれた。 「・・・・ありがとうございます」 くいっと一口だけもらい、にっこりと笑う。 「これで返したらお姉さんと間接キスですね」 「・・・・ッ」 受け取った水を思わず取り落とす隊員。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それだけ冗談が言えれば余裕の証拠ですよ、全く」 隊員が水を拾い上げ、鋭い視線を中央道路に向ける。 第三陣が退却した道は遠隔操作で爆弾が爆発する仕組みになっており、瓦礫が雪崩れ込んでいるはずだ。しかし、戦車の性能からして足止めにしかならないだろう。 戦車の機動性は速度だけでなく、悪路を難なく突破してしまうところにあると千夏は思っていた。 「ちょっと見てきます」 好奇心旺盛なのか、敵の姿が見えないことが不安なのか分からないが、若い隊員は小銃を掲げてこちらを振り向く。 「気を付けて」 「分かってます」 くるりと背中を向けると訓練された歩法で路地の奥へと消えていった。 (さてさて、私はどうしたものですかね) 千夏の戦闘能力は高いとは言えない。 確かに能力自体は戦闘向きだが、戦闘訓練は護身用程度にしか積んでいないからだ。 (こんなところで死ぬわけにもいきませんから、適当に切り抜けなくては・・・・) 隊員が消えた路地を見ながら、すっと瞳が細められる。 (鈴音"様"の安否も気懸かりですし、どうにか司令部まで戻る手立てはありませんかねぇ・・・・) 腕を組み、建物に背中を預けた。 その態度に先程までの疲れ果てた近畿支部長秘書の姿はない。 (やはりこのままほとぼりが冷めるまで身を隠すとしましょう) 打算的で自らの利益を考える冷徹な透破がいた。 ―――ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!!! 「―――っ!?」 立て続けに轟音が鳴り響き、爆音が鼓膜を叩く。 (来ましたか・・・・) さすが平野部の少ない日本での運用を念頭に置いた74式戦車だ。 あの程度の障害、数分の足止めにもならないようだ。 ―――ダダダダダダダッッッ!!!!! 「あら?」 戦車が積む機関銃よりも大きな発射音が響いた。 チラリと道を覗いてみるとそこにいた戦車の装甲に火花が散る。そして、その側面を高速で駆け抜ける機体があった。 「子サグモ・・・・ッ」 第四陣に配されていた対艦・対空・対戦車・対人と、対潜を除く全ての兵種に対応できる無人攻撃機だ。 発明者はSMO開発局の嘉月茶織。 脆弱性だけはどうしようもないが、その機動性は武器になる。 事実、機甲部隊に突入した子サグモは機動性に物を言わせて撹乱していた。 戦車は紛れ込んだものを駆逐しようと残った機関銃を撃ちまくり、主砲を旋回させる。しかし、鋭角方向転換が可能な子サグモはその猛威を避け続けていた。 「あ・・・・」 そこで突然、子サグモが退却する。 それを追おうと主砲が旋回した。 ―――ドドンッ!!! 水平射撃で十数メートル先まで撤退した子サグモ向け、一発の砲弾が発射される。 それは見事な命中力で1機を四散させたが、さらなる脅威が戦車の上から襲い来た。 「ミサイル!?」 彼女の言うとおり、ミサイルが落下し、いくつかの装甲が飛び散る。 爆発の煙と砂塵が戦車を覆い隠し、その内側で炎が暴れた。そして、合計4つの火線がそこに注ぎ込まれる。 一際大きな爆発が煙を吹き飛ばし、確保された視界には炎上する2輌の戦車があった。 ミサイル型の子サグモが放った、本来は対空用であるミサイルが命中したのだ。 ―――ドゥッ!!! 生き残った戦車が主砲を旋回させ、報復の砲撃を開始する。 それは逃げ遅れたミサイル型1機に命中して爆砕した。 ―――キャラキャラキャラッ 止まれば狙い撃ち似合うと判断した戦車たちが一斉に加速する。そして、レーダーが捉えた子サグモへと次々と発砲し、子サグモも近付いては機銃やミサイルを撃ち込み、壮絶な地上戦を展開した。 「すごい・・・・」 思わず息を呑む光景だ。 映画のような戦闘が目の前で起きている。 爆発する轟音も、金属が焼ける臭いも、震える大気の感触も、その全てがリアルで、だからこそ現実感がなかった。 「―――鷹見沢さん、司令部から連絡です」 「・・・・何?」 いきなり話しかけられて肩が跳ねる。 凄まじい戦いを前に隊員が帰ってきたことに気付かなかったのだ。 「至急第五陣へ合流するように、と」 「分かりました」 チラッと激戦の続く道を見遣る。だが、残念ながら子サグモは劣勢のようだ。 今し方、最後のミサイル型も粉砕された。 今の内に最終防衛ラインを厚くすることは合理的だ。 「行きましょ・・・・」 千夏は思わず口に手をやった。 「あ・・・・アァ・・・・ぁ」 3メートルの離れていない距離で向かい合う隊員は目を反転させ、下を突き出した状態で痙攣している。そして、その後頭部には細長い枝のようなものが突き刺さっていた。 (なに―――) 自然と視線がその枝を追う。 その先でふたつの大きな目と視線が交差した。 「あ・・・・」 いきなり砲撃が止み、戦車たちは揃った動きで反転する。 子サグモも何故か飛び退くようにして距離を取り、戦車と同じ方向に向いた。 ―――ズリュ・・・・ 隊員の頭から引き出された下からは黄色い脳症が滴り、その先端がゆっくりと千夏の方に向けられる。 「―――っ!?」 生理的嫌悪に従い、千夏の異能が活性化した。 ピストルを象った指先に光が集い、しっかりとその舌に指を向ける。 ―――バシュッ 先端から数センチがボトリと落ち、焦げた臭いが充満した。だが、17、8メートルにもなる巨体には全くダメージは見られない。 (これは・・・・) 聞いたことがある。 小さなビルほどの大きさで幾十にも枝分かれた舌を持ち、人の脳髄を食べる恐ろしき上級妖魔。 その名を禍飢(カキ)。 「何でこんなのが・・・・っ」 事態を悟ったのか、戦車たちが戦車砲にて砲撃する。 それらは一発残らず命中するのだが、爆煙が晴れた先から現れる禍飢は平気そうだった。 むしろ、その行為が禍飢を活性化させる。 ―――シュルシュルシュル 建物の至る所から舌が出てきた。 その先端は余すことなく千夏に向いている。 それは間違いなく、地面に倒れて絶命している隊員から千夏にターゲットを絞ったと言うことだ。 「・・・・ッ」 千夏の能力は単発の貫通力に優れた光線だ。 とてもではないが、複数の敵を貫くことは困難である。 ―――シュルシュルシュルッ 勢いをつけ、舌たちが襲いかかってきた。 「冗、談、じゃない、ですっ」 必死に身を捻り、舌を躱すとそれらは地面や壁やらに次々と突き刺さる。 「こんな、とこ、でっ・・・・終われますかっ」 俊敏な身のこなしで第一波を凌ぎ切り、ゴロゴロと転がって戦車たちがいる道へと出た。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 転がった勢いで立ち上がり、向こう側の建物群へと駆け出す。 「―――っ!?」 殺気を感じ、横っ飛び。 ―――シュルシュルシュルッ 逃げ遅れた右腕を掠め、舌は直進。 その先にいた機銃型の子サグモをズタズタに貫いた。そして、パリパリと電流が弾け、それが火薬に引火して爆発する。また、振るわれた舌がもう1機の子サグモを弾き飛ばした。 それが戦車に激突し、砲身が折れ曲がる。 「ちょ、待てよっ」 異常が発生したのか、ハッチを開けて太平洋艦隊の兵士が飛び出してきた。だが、彼らは瞬く間に舌の餌食となって崩れ落ちる。 周りに意識をやれば至る所で銃声が響き、悲鳴や怒号が空気を震わせていた。 ―――ドォンッ!!! 弾薬に引火したのか、さっきの戦車が盛大に破片を撒き散らして爆発する。 「痛ッ」 その破片が転がった千夏の背を打ち、思わず仰け反った。 ―――シュルシュルシュルッ 「・・・・ッ」 4人の人間を瞬く間に貪った十数本の舌が各々迫ってくる。しかし、それに対応するには致命的に千夏の体勢が崩れていた。 禍飢の舌はコンクリートを貫通する。 その威力は人体など紙細工のように引き裂くだろう。そしてまた、千夏もあの隊員たちのように脳髄を吸い取られてしまうに違いない。 (申し訳ありませんっ) 上司やその上の者に詫びを入れ、ぎゅっと目を瞑った。 ―――バリバリバリバリバリッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!! 前髪に静電気を浴びたような感覚が襲い、閃光が瞑った瞼の上から瞳を焼く。 自分など足元にも及ばない圧倒的な【力】。 その場にあるだけで、畏怖される厳然な存在感。 目の前の脅威に臆することなく、前に出る強い意志。 「だ、誰・・・・?」 疑問に思いつつも、脳はすでに人物を判定していた。だが、それを確たるものにしようと視線を巡らせる。 「あ・・・・」 「―――これならアイツの助けなんていらないわね」 戦塵を含む風に靡く色素の薄い髪を押さえた。 帯電した彼女は地獄の使いを思わせる大きな鎌を肩に掛けている。 「だって、こんなに大きいなら見失うことなんてないもの」 瞬間最大攻撃力に秀でた一族の戦姫。 すでに圧倒的攻撃力で敵味方を震撼させた暴君。 新調した武器により、平時においては安易ながらも納得できる"死神"の異名を与えられた少女。 「さあ、枯れ木みたいなんだから―――」 雷術最強山神宗家当代直系長子――"雷神"・山神綾香。 「雷に打たれて悶え苦しみなさいッ」 頭頂よりうねりを加えて放たれた雷撃は轟音を伴って頭部に生える蔦に命中した。 渡辺瀞 side 「―――せっ」 午前8時37分、第二次鴫島事変の本戦が始まってから30分ほどが経った。 屋内の薄暗い闇に輝く輝線がフランス人形を両断する。 わずかな光源に光沢を示す黒髪が踊り、続いて無理に繰り出された蹴りが人形の脇腹に命中。 サッカーボールのように吹っ飛んだそれは壁に激突して爆発した。 「はぁ・・・・はぁ・・・・イタタ」 渡辺瀞は闇に沈むように座り込み、傷ついた肌を撫でる。 「まさか、破壊されたら爆発する機能が加わっていたなんて・・・・」 小さな火傷や擦過傷に塗れた肌を寂しそうに見遣った。 精霊術師の回復力はそれを残らずに治癒させるだろうが、やはり少女の心は傷を負った自分の肌を見るに耐えない。 「はぁ・・・・まあ、生きてるだけマシだよね」 己の膝を抱えて体を小さくした。 自分でも危なかったと思う。 相対した≪クルキュプア≫は30体以上。 対する瀞は4ひきの"蒼徽狼麗"を従えていたに過ぎない。 近接戦闘しかできない"蒼徽狼麗"に比べ、≪クルキュプア≫は銃器を使用できる。また、このような暗所での戦闘に慣れ、集団戦法に優れた彼女たちは瞬く間に瀞を窮地に陥れたのだ。 どうにか地道に対応する内に倒せたようだが、瀞も無事とはいえない傷を負っている。 「う〜ん・・・・」 瀞は寄ってきた狼に体を預け、これまでのデータを整理しようと頭を働かせた。 1.鴫島は加賀智島の【叢瀬】が造反し、討伐隊と戦っていた。 2.熾条一哉の増援で加賀智島だけでなく、鴫島にも戦火が拡大。 3.それは一時停戦状態になったが、諸島に近付く艦隊と空対艦・空対空・艦対艦の海空戦が勃発。 4.始まった討伐隊の猛攻と"男爵"の乱入。 「三つ巴、かな・・・・」 事態はただでさえややこしかったのに4のおかげでより複雑化した。 太平洋艦隊など降り掛かる火の粉を払い除けるので必死だし、【叢瀬】に至っては絶対防衛線を越えようとする者との死闘で必死だろう。 こう言う時、誰かが事態を解明して動き出さなければ飽くなき消耗戦へ突入するはずだ。―――あの、2年前の夏のように。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ズキリと胸が痛んだ。 「・・・・今は今のこと考えよ」 頭を振って思い出しかけたことを封印する。 「そう言えば・・・・」 瀞は今気付いたとでも言うように顔を上げた。 「一哉は・・・・?」 一哉は敵が動くと共に動く性格だと思う。 だとしたら今頃はどこかで活動しているはずだ。そして、戦闘になれば炎術は隠密に向かない。 ましてや騒がしい緋を連れているのだ。 あのふたりがどの勢力にも捉えられずにこの戦いに介入することは不可能である。 「―――そうですか、あなたでも知っておいででないのですね」 「―――っ!?」 闇の中から湧き出るように姿を現したエプロンドレスの女性。 その表情は無表情だが、仕草には気品がある。しかし、生憎それは人間ではなかった。 昨年の8月、一哉より話を聞いたことのある"男爵"の側近。 「ヘレネ・・・・っ」 急いで立ち上がって戦闘態勢を整える。 「御存知でしたが。ですが、お互い初見、自己紹介をさせていただきます」 ヘレネは完璧な角度で一礼し、己の名を名乗った。 「私の名はヘレネ。"男爵"・マディウス様のお世話を致している自動人形です。あなたは渡辺宗家当代直系次子――"浄化の巫女"・渡辺瀞様でいらっしゃいますか?」 「・・・・うん、そうだよ」 体の内から<霊輝>を喚び出し、油断なく構える。 「なるほど。それが新生≪クルキュプア≫を打倒した聖剣ですか。自爆効果を付け加えても凌ぎ切ったようですね」 「驚いたよ。いきなり爆発するんだもん」 「ビックリでしたでしょう? あれは私の発案です」 自慢するように胸を張ったヘレネは自らも武器を取り出した。 人形のくせに魔術が使えるのか、空間から取り出したのはギリシャ時代の主要武器――手槍と盾だ。しかし、盾は一哉から聞いた一箇所が丸く切り取られた円形ではない。 つるりとした表面だったはずが、今は釘隠のような突起に溢れ、禍々しく獰猛なイメージになっていた。そして、手槍も石突の部分が変に大きい。 「それでは始めましょう。私たちはあなたにも怨みがありますから、殺してもいいでしょう♪」 ひどく人形に似つかわしくない声音を無表情で言ってのけたヘレネが大きく槍を振りかぶった。 ギリシャ時代の槍兵はそれを投げることによって敵の歩兵部隊を混乱させることにある。 つまり、投げ槍部隊だったのだ。 (危ない。ここは廊下。直線的すぎるっ) 急いで移動しようと後退った時、体全体で投げるような大降りのモーションでそれは飛翔した。 「ふっ」 助走なしに投擲されたそれは機械というアドバンテージによって人のそれよりも速い。だが、それでも充分に避けられる距離だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 しっかりと軌道を読み、払い除けるために<霊輝>を握り込む。 ―――ゴゥッ!!! 「え!?」 突然、石突から火を噴き、槍が加速した。そして、その穂先が回転を開始する。 「アウッ!!!」 推進力が増したことで放物線を描くことなく槍は瀞に到達。 その迎撃網をかいくぐり、惜しくも左肩を掠めて背後の壁に突き刺さって爆発した。 「・・・・ッ」 剣を消し、肩を押さえる。 そこはまるで削り取られたように肉が見え、その周りの肌も火傷を負ってひどい状態になっていた。 「う、ぅぅ・・・・」 ボタボタと手で押さえた傷から床に赤い滴が落ち、額にはびっしょりと汗をかく。 たった一撃で戦闘力が大幅にダウンするようなダメージを負ってしまった。 「こ、これは・・・・?」 激痛に歪む視線をヘレネに向ける。 「誰かが言ってたんですよ」 ヘレネはまるで手品師のように数本の槍をお手玉の要領で放り投げていた。 あの恐るべき武器が立て続けに投げられることを想像して蒼褪める。 「『ドリルと自爆は男のロマンだ』と」 「・・・・ふぇ?」 本気で呆れた瀞はしばし傷の痛みを忘れた。 「そこで私なりにそこにロケットを付け足すという改良をしてみました」 ヘレネはお手玉を止め、1本を残して他の槍は別の所に放り投げる。 どうやら誘導装置までは付いていないらしく、それらはそこらに突き刺さり、そのままの姿勢で制止した。 「これであの"東洋の慧眼"にも負けはしません。その前にあなたを血祭りにしましょう。こういうのを軍神への供物と言うんでしたっけ、日本では」 「ぐ・・・・」 「さあ、戦場を血で染める円舞曲(ワルツ)を一緒に踊りましょう。・・・・もっとも―――」 ヘレネが槍を振りかぶると同時に周囲には槍の垣が現れる。 (閉じ込められた!?) 「―――私は血を流しませんけど」 強制的に命を賭けた演舞が始まった。 |