第十二章「第二次鴫島事変~中編~」/2
伊豆諸島や小笠原諸島と同じく、鴫島諸島は火山島である。 海底の火山が噴火を繰り返し、その頭が海面上に突き出した状態だ。 島の成因となった火山活動自体は休息状態になっているが、島はまだまだ珊瑚礁が発達する程まで沈降していなかった。また、火山としての名残は至る所に残っており、加賀智島にはかつての火道に通じる洞穴がある。 そこから奇妙な【力】が放射されていた。 「「―――加ワ似伊ちょウ和ヒた津し透ざりキつ相ダまふ味」」 意味不明な言葉を発しながら双子の少女はくるくる踊る。 彼女たちは"侯爵"・神忌の騎士だった。 見た目12、3歳の姿態を誰にも理解されないであろうデザインの衣装で覆っている。 「利キっ子ム呂く田ガフ安シミ井エ」 翠緑色の髪に瞳をした少女――鵤(イカル)。 「タ毛マ砂し大にっ条きゴ足く」 瑠璃色の髪に瞳をした少女――鶍(イスカ)。 「「ナや小角モん近ミくり郷じブ」」 地面の安山岩を通して伝わる【力】を糧にし、結界の効力を高める。 この結界は範囲内の電力を容赦なく奪う代物である。 半径五〇〇メートルほどの大きな結界で加賀智島の主力発電機は完全に取り込まれていた。 当然、電子機器は使用不可能。 【叢瀬】や陸戦隊の者たちは連絡が取れずに混乱している。 事態を把握し、攻撃を仕掛けてくる者は少ないだろう。だが、無防備に見える彼女たちにも備えはあった。 曲がりなりにも爵位ナンバー2の騎士なのだから。 「―――はァッ」 洞穴の入り口方面から対物ライフルの弾丸が轟音と共に飛んでくる。 「「兔もツヒ目ブは」」 「・・・・ゲッ」 建物を打ち壊すそれも強力な磁力の前に敗北し、宙に制止する憂き目にあった。 鎮守杪 side 「―――――――」 鎮守杪はライフル弾が宙に縫い止められたのを見て、小刀の鞘にとある呪符を巻き付けた。そして、同じものを前を飛ぶ叢瀬央芒の背に投げる。さらに小刀を鞘にしまうという作業を空中にて一挙動で終えた。 「・・・・ッ」 ごろんと前転し、飛翔していた勢いを殺す。 (この【力】、火山・・・・) 杪は央芒の隻腕に捕まって洞穴に突入した。そして、央芒は杪を途中で放り出し、アンチマテリアルライフル――バーレットM82A1を轟発する。 先制攻撃は先の通り、未発に終わった。 「・・・・ん」 双子の意識が旋回する央芒に向いていると悟った杪は地面から飛び跳ねるようにして立ち上がり、数枚の呪符を投擲する。 それは彼女たちを守っている磁力の維持に使っていた【力】を霧散させた。 「もう一発っ」 双子がこちらに向き直った瞬間、バーレットが再び咆哮する。 「過くラい」 翠緑色の少女――鵤が手をかざして【力】を展開させた。 「チッ」 再び汲み上げた【力】が収束し、弾丸が停止する。だが、その時には双子から数メートルの距離に杪が突撃していた。 突撃してから使用した呪符は磁力の影響を最小限に抑える効果を持つ。 そのため、彼女たちが持つ金属は強力な磁場に抵抗し、持ち主の意志に従うことができるのだ。 「ふっ」 走破の勢いを乗せた突きを繰り出す。 「ヤ角クた」 その必殺の鋒が双子に届く瞬間、それが弾かれた。 「留ナ百まつキ下」 ぐりんと?の瞳が杪に向く。 「・・・・ッ」 ゴッと風が吹き、杪の体は十数メートル吹き飛ばされた。 (反発力・・・・?) 磁石のN極とS極を近付けると引き合い、N極とN極、S極とS極では反発して遠ざけようとする作用が起きる。 杪に磁力の直接作用は効きにくい。だが、間接的には当然効くのだ。 「ん」 ネコのように空中でくるりと体勢を整え、綺麗に足から着地する。 「うわっ」 不用意に近付きすぎた央芒も大事ないようだが、同じように吹き飛ばされた。 (これは近付けない・・・・) 双子は自分たちのいる空間をひとつの磁極とし、周囲に同極を作れるらしい。 その間では反発力が生じて近寄る者を弾き飛ばす。しかし、一見完璧に見えるその防御法には穴があった。 「これならドー!?」 ―――タタタタタタッ 今度は数の嵐が双子を襲う。 その間に新たな呪符を取り出し、周りに散布した。 それらが音も立てずに岩肌に張り付く。 「く、貫けなイ・・・・っ」 央芒の戦法は間違ってはいなかった 数での攻勢は確かに現状を打破しうる。だが、サブマシンガンのように同じ場所からの攻撃ではこの場合、単発と同じだ。 現状を打破できる最高の攻撃は多方面からの同時攻撃。 双子の意識が捉えられないような数と場所からの攻撃が最も有効なのだ。 幸い、央芒の攻勢は陽動となっており、双子は杪の行動に気付いていない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 散布した呪符の数は実に48枚。 全ての呪符から火球が飛び出す仕組みになっていた。 「わわっ」 再び央芒が反発力で押し戻される。 (好機) 一斉に術を発動させ、それと同時に杪は地を蹴った。 上半身を水平にするような走り方で突撃する杪に気付かず、双子は不可思議な踊りを続ける。 ―――ドンドンドンドンッ!!! 呪符から飛び出した火球が双子へと向かった。 その火力は炎術師と比べると貧弱だが、異能者の発火能力者のそれと同等の規模である。 ひとつでも喰らえば火傷を負う。 「「つぐナ非り无ばぶわデゥ巣く」」 別々に踊り狂っていた双子が駆け寄り、お互いの手を握り合った。 「・・・・ッ」 その行動に危険を感じた杪は勢いを殺し、逆向きに跳躍する。 その脇を火球たちが通り過ぎ、次々と着弾していった。 目映い閃光と轟音が洞窟の広くなった部分を支配し、荒れ狂った爆風が周囲の砂を吹き散らす。 「ちょっトォ!?」 いきなり視界を奪われ、央芒が不時着してきた。 「何ナノアイツ」 自分の攻撃が全く効かなくて悔しいようだ。 「あれの結界は電力を奪って、上空で戦う奴に【力】を供給するもの。同時に上空の男が使う電磁力の一部――磁力を支配下に置いている」 「磁力ヲ・・・・」 スケールの大きさに絶句する。 「でも、これからがもっと厄介」 「エ?」 小刀の柄を握り直し、新たに生まれた【力】の塊に備えた。 ゆっくりと砂塵が晴れていく。 「あれ、蟲・・・・?」 ひどく疑わしげに央芒が発言した。 「・・・・おそらく」 杪も自信なさそうに目の前に現れた物体を見遣る。 砂塵の晴れた向こうに鎮座していたのは黒褐色の巨体だった。 目算で3メートル近い全長を持ち、その半分以上が額から伸びる剣のような歪な角である。また、その顔も人に近い口を持ち、背骨のような要の骨から8本の細い足が出ていた。 「双子は・・・・あそこ」 その脚が腹に抱え込むようにして支える珠がある。 それに双子――?と鵤は入っていた。 「自分を守る守護神ってワケ?」 もう磁力は感じない。 仮初めの能力を返上し、蟲の戦闘力に賭けたようだ。 央芒はサブマシンガンを肩に掛け、スカスカの蟲を睨みつける。 「厄介・・・・」 だが、央芒よりも退魔の経験が豊富な杪は敵の妖魔が一筋縄でいかないことを妖気から感じ取っていた。 「ン?」 今にも飛び掛かろうとしていた央芒が怪訝な声を上げる。 「来た・・・・」 蟲の周囲がぐにゃりと歪み、無数の羽音が響き始めた。 「えっと・・・・」 央芒の顔が引き攣っている。しかし、杪はいつも通りの無表情で前に出た。 結界師の杪に無数の羽虫を駆逐する一撃はない。だが、彼女には非凡な白兵戦能力があった。 「殺る・・・・」 「え、チョッ」 驚く央芒の声に耳を貸すことなく、杪が動き出すと同時に無数の羽虫も動き出す。 瞬く間に双方はぶつかり、杪は大群の中へと姿を消した。 炎の少女たちscene 午前8時16分。 上空での激戦が再開していたが、衝撃波のダメージは相応の傷を残しながらも各方面から抜け切ろうとしていた。 衝撃波は軍港施設をほぼ完全に破壊。 その機能を停止するだけでなく、太平洋艦隊の防衛陣地をも消滅させている。 地上での抵抗力は弱まったが、そのトドメを刺すはずの反SMO強襲ヘリ・蜂武は全て衝撃波に耐えられずに墜落。 その内の1機は防衛型強襲護衛艦『玖雲』の甲板で破砕し、その燃料に引火した火災が生じていた。 対艦ミサイルを喰らって手負いだった『玖雲』は至る所で不具合が生じ、大破の状態である。 それだけでなく、攻撃型強襲護衛艦『伍雲』、強襲揚陸艦『紗雲』でも精密機械の故障など、脆い部分から着実に損傷し始めていた。また、瓦礫の山にて装甲車部隊は迂回せざる得ず、やむを得ずにミサイル基地制圧へと作戦を切り替えている。 つまり、滑走路制圧に向かうのは上級妖魔の強襲を受けた歩兵と炎術師だけだった。 「―――はっ」 鹿頭朝霞が繰り出す穂先が水晶の尾を粉砕する。 キラキラと陽光を反射する欠片の中に飛び込み、思い切り漆黒の鉾――<嫩草>を叩きつけた。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 石突きを地面に刺し、肩で息をする。 その息は白いが、頬は上気して汗が滴っていた。 「・・・・っ」 体にはいくつもの傷が付き、切り裂かれた衣服は赤く染まっている。 「また・・・・」 朝霞は鉾を握り直し、"気"を込めた。 『――――――』 その前でバラバラになった八十禍津日が再生している。 その光景はまるでビデオの巻き戻しのようで徒労感を抱かせるものだった。 (どうすれば・・・・) 朝霞が直面している危機。 それは八十禍津日の再生能力による戦闘の泥沼である。 「はぁ・・・・ふぅ・・・・」 槍合わせはすでに5回。 その全てに勝利しながらも、朝霞は消耗していた。 一度の戦闘に高速で二、三十合叩き合っているため、交わした攻防は百を超える。 (まだ、大丈夫だけど・・・・いずれ負けるわね) 村が壊滅し、一哉の下に来てから変わったこと。 そのひとつに自身の置かれている戦況を客観的に見ることができるようになった、というのが挙げられた。 (戦技は私の方が上・・・・) 敵を冷静に見るというのは将として、最低限のスキルだ。 勢いのまま戦うのは兵にもできる。だが、将とは同じ戦場に身を置きながら、ひとつ上の視点から物事を見られることが大事なのだ。 朝霞は確実に将――統率者への階段を駆け上っていた。 (再生能力は一見完璧に見えるけど、実は必ず制約がある) 裏世界に入ってもたいていの場合、エネルギー保存の法則は生まれる。 精霊術の糧に"気"を消費することや魔力の概念はそのエネルギー自体が物理的でないという事実だけで理論は当てはまるのだ。 そのエネルギーの保有に関しては周囲からエネルギーを搾取する外因型と自らが生成する内因型がある。 その関係はまるで動物と植物のようだが、今はそれは置いておく。 これらのエネルギーを途絶させれば自然とその能力は使用不可能になる。 材料がなければ製品ができない、という簡単なことなのだ。 「――――」 朝霞が前振りもなく、いきなりトップスピードで駆け出した。 『――――』 まだ再生は完全に終わっていないが、攻撃部位である尾は修復している。だから、八十禍津日は正確無比の刺突を繰り出した。 直径十センチはあるだろうそれが突き刺されば即死ものである。だが、先端以外は脅威ではなく、いなせば致命傷だけは容易に回避できた。 「ていっ」 朝霞がこれまでと違う行動に出る。 今までそれが届かないうちに鉾で打ち払っていたというのに、勢いのまま地面に鉾を突き刺した。 「せっ」 体重を乗せて棒高跳びの要領で体を浮かび上がらせる。 (行けるっ) 自身の中心を貫くかに見えた尾の先端はすでに通過していた。そして、自分は疾走のエネルギーを残したまま宙にいる。 「ハァッ」 全身のバネを使い、朝霞は足から八十禍津日へと飛び掛かった。 それは跳び蹴りであり、威力としてはコンクリートの壁を粉砕できるであろうものである。 『――――』 だが、朝霞の蹴りは八十禍津日の命中せず、その体は妖魔の脇を擦り抜けることによって背後を取った。 「ふっ」 一振りで尾部の付け根を切断し、敵の抵抗力を奪う。そして――― 「・・・・ッ」 突く。突く。突く。 漆黒の穂先は何度も八十禍津日の体を貫き、無数の穴をわずか数秒の間に量産する。 そこから妖気が溢れ出し、再生し出すもすぐに穴だらけになった。 再生するならば、その速度を上回ればいい。 笑いたくなるほど単純だが、思わず手を打ちたくなるほどの説得力がある戦法だった。 (こうなら、体力勝負よっ) 半ば自棄になりつつ、退きたくないという想いだけで朝霞は戦場に臨む。 それは彼女が望む「将」としては浅ましいが、不屈の闘志こそ、彼女が宿す戦士としての意気地だった。 (向こうはどうかしら?) 八十禍津日と大禍津日はペアの上級妖魔である。 双方が同じような性質を宿している可能性が高かった。 「―――はぁぁっっ」 いくつかの炎弾が蛇行しながら大禍津日を目指した。そして、それに紛れるようにして鈴音が疾走する。 炎弾は閃光を発して爆発し、大禍津日にたたらを踏ませた。 それでも本命としていた大鉄扇は大盾によって止められる。 非力に見える右腕が見た目にも重そうな大盾を機敏に動かしたのだ。 「くっ」 ググッと押し返され、年相応の体格を持つ鈴音はジリジリと後方に退き出す。そして、大禍津日の左半身が閃いた。 「―――っ!?」 すばやく反応し、押し返した反動で後ろに飛ぶ。 ―――ズゥンッ!!! その太い腕は地響きを伴って地面にめり込んだ。 (躱すだけでは能がないですの) 大鉄扇を宙に放り投げ、その手を懐に突っ込む。そして、足が地面に付く前に掴んだそれを投擲した。 鈴音の放つ棒手裏剣は大禍津日の左腕に突き刺さり、目映い火花を散らす。 「ふん」 着地した鈴音は視線を向けずに落下してきた鉄扇を受け取った。 火花は金属のような硬質な物にぶつかってできたものではなく、炎術が発動しているのだ。 本来ならば爆発し、人体の各部を吹き飛ばす。だが、大禍津日の耐火・耐術性は鈴音の予想を遙かに超えていた。 結果、棒手裏剣を介した炎術はほぼ無効化されている。 (ふん、小手先の技でじわじわ削るのは無理、ですか・・・・) 大きな腕をかいくぐり、距離を取った鈴音は敵を改めて観察した。 大禍津日が持つ強靱な皮膚の色は赤銅色。 左右非対称の身体で左半身は隆々とした筋肉で覆われ、時折、痙攣しているように隆起する。しかし、右半身は手足も細く弱々しいが、大きな盾を持っていた。 つまり、この妖魔は左腕が攻撃、右腕が防御と使い分けがされている。そして、意外に素早い盾の動きで大きな攻撃は防がれていた。また、小技は今のように通じない。 (消耗戦に巻き込まれているのは私だけですの) 火照った体を冬の風で冷やし、鈴音は一息ついた。 熾条流炎術は激しく動き回るため、消耗が著しい。 元々、瞬間的一対多戦法として生み出された戦術で長期戦には向いていなかった。 短期決戦用という、いかにも透破一族らしいものだ。 透破とは目立ってはいけないので隠密性に優れていなければならない。だが、炎術は派手だったから近距離での一撃必殺が発達し、一戦場に固執しないスタイルが生み出されたのだ。 熾条流炎術とは炎術の短所を極力抑えた消極的な戦法と言えた。 『ガァッ』 突然、大禍津日が咆哮した。 「なっ!?」 反射的に鉄扇を広げる。 上向きに開けられた口からまるで火山の噴火のように火の粉が飛び出したのだ。 ―――ボバッ 「くぅ」 叩きつけられる衝撃に思わず呻く。 火の粉たちが何かに触れ、爆発的に広がった。 その様はまるで火炎瓶のようだ。 いや、爆発力からして焼夷弾と言うべきか。 (どちらにしろ、炎は怖くありませんが・・・・) チラリと火勢を見遣る。 (この燃え方、マズイですの) 炎術師に炎で攻撃するのは愚作だが、その副次的な現象は非常に有効だった。 炎が燃えるには酸素が必要である。 火勢が強ければ当然相応の酸素を消費する。 それが炎術師にとって都合が悪かった。 何故なら酸素はヒトが生存するためには必要不可欠な要素のひとつなのだから。 (やはり、制御はできないですの) 大禍津日のが繰る炎はその妖気で変質しているため、直系と言えど支配下に置くことはできなかった。 こちらに牙を剥くことはないが、尻尾を振ることもない。 その事実が鈴音を窮地に陥らせていた。 (ですが、退くわけにはいきませんの) 周りは火の海だ。 おそらく、この炎に包まれて敵味方が全滅したのだろう。 炎で弾薬が誘爆し、鉄の破片が容赦なく肌が切り裂く。そして、逃げ惑う兵をこの2体が刺し殺し、叩き殺した。 その様が生々しく脳裏に浮かぶ。 (あちらも善戦しているようですし・・・・) 鈴音は飽くなき消耗戦に引きずり込まれた朝霞に意識を向け、闘志を新たにした。 「さて、戦場を炎で彩れば恐怖すると思ったですの?」 炎を散布してからは動きのない大禍津日に語りかける。 通じているとは思わないが、宣言しなければ気が済まなかった。 「炎は愛でるもの。その先に窒息死が待っていようと恐れるに足らず。私はあなたを燃やし尽くすですの」 鉄扇を広げ、それを緩やかに振る。 それだけでまるで鈴音を守るかのように炎が立ち上がった。 その炎は妖気で歪んだ炎を食い出し、瞬く間に制圧区域を広げていく。 「炎を燃やす。これをできるのは【熾条】の直系くらいでしょう」 赤色の絵の具をより赤い絵の具で塗り潰す。 この理論が罷り通るのは純正の炎を持つ、【熾条】でしか無理なのことだ。 (間に合いますですの・・・・?) 炎を炎で駆逐するにはそれなりに時間が掛かる。だが、今こうしている時でも急速に酸素が失われていた。 鈴音を包む空気の酸素濃度は高い山脈のそれと同じくらいになっている。 頭をクラクラし、高山病にかかりつつあるのは自分でよく分かった。 (ここで、倒れるわけにはいきませんの) 苦しい呼吸を無視するため、より意識の深層へと沈み込む。そして、鋭敏になった感覚がひとつの異音を捉えた。 空気を切り裂く、飛翔音。 「なに・・・・?」 とてつもなく嫌な予感がし、大禍津日から意識を離してでもして振り向く。 鈴音の疑問をそれは語らずに見せつけた。 ―――ドォッ!!! 直撃を受け、八十禍津日が四散する。 朝霞が休憩のために距離を取っていたのは僥倖だった。 再生能力の持たない人間は"アレ"を喰らった瞬間、木端微塵になるのだから。 「まさか・・・・」 瓦礫を踏み潰すような破壊音。 装甲車が諦め、歩兵にて攻略しようとした瓦礫群を物ともせずに突破してくる鋼鉄の巨体。 「・・・・最悪、ですの」 陸上戦力最強を誇る怪物――戦車。 古くは馬が車を引き、戦闘に参加するチャリオットと呼ばれる戦闘兵種だった。 騎兵が発達する前の機動力重視の射撃専用の兵種であり、車輪がついていたことから「戦車」と命名されている。だが、これは対応する兵種の登場や騎兵の登場で廃れてしまった。 現代で言う戦車とは第一次世界大戦で塹壕線を突破するために造られ、第二次世界大戦では機甲部隊として陸戦で活躍した。 最近は対戦車の兵器も出てきて無用論などが出回ったりもしたが、面制圧にはやはり必要な兵器である。 2度の世界大戦が生んだ新戦法の一角として恥じぬ雄姿を見せるそれは、圧倒的な武威を放っていた。 ―――ドンドンドンッ!!! 旋回した砲塔が光を放ち、腹に来る轟音が空気を打つ。 51口径105mmライフル砲の発砲だ。 「――――――――」 魂が吹き飛ばされたかと思った。 それほど戦車砲の砲音は凄まじい。 戦艦の主砲のように衝撃波で人を殺せるほどのものではないが、体感して生きていられるならばその人が感じるインパクトは戦艦以上だろう。 「ちょっと待ってよ。私たちの立場が・・・・」 同じく撤退してきたのか、朝霞がポカンと口を開けて戦車砲に打ち砕かれる上級妖魔たちを見ていた。 八十禍津日は呆れるほど再生を続け、大禍津日はその大盾で戦車砲を受け続ける。 アウトレンジ戦法に従事する戦車――おそらく74式戦車――には文字通り、手も足も出ないようで全くその場から動けないようだ。 やがて、上級妖魔は耐え切れないように咆哮し―――消えた。 現代兵器たちは退魔を生業にしてきた者たちに長じるという屈辱的な光景を残し、興味を失ったかのように反転する。 それらは悠然と瓦礫を乗り越え、『紗雲』への突撃を敢行していった。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 ふたりは示し合わせたように背中を合わせ、ヘロヘロとへたり込む。 「げ、現代兵器もやるじゃない・・・・」 「そう、ですの。びっくりですのよ」 強がるセリフも腰が抜けている状態では説得力がなかった。 ふたりは『紗雲』に乗り合わせ、その壮絶な主砲を体験している。しかし、あれは綾香の雷撃でもあり、未だに現代兵器の実力を理解していなかった。 「・・・・軍隊が退魔に介入しないのは対費用効果かしら?」 「それもあるでしょうが、やはり隠密性や戦場の小ささが影響しているはずですの。もし、妖魔が一般に認識され、戦場範囲が肥大化すれば・・・・」 ―――退魔師は職を追われるかもしれない。 その事実が重く退魔界の次代を担う二人にのし掛かった。 第三者 side 「―――へぇ・・・・戦車って強いんだね・・・・」 へたり込む二人と同じ光景を見ていた者が感心したように呟いた。 「ふむ、まさか八十禍津日の再生能力と大禍津日の防御力を上回るとはな。奴らがこちらの世界に踏み込むことがなかったので過信していた」 「あの二体の強さは予め注ぎ込まれた妖力から発揮されるもんね」 大禍津日、八十禍津日はまるで電池のような存在だ。 電力が続く限りその効力を発揮し続ける電池と同じく、彼らも予め装填された妖力が尽きるまで戦うことができる。 結果、再生能力に使う妖力が切れる、盾の防御力や炎のエネルギーに使う妖力が切れればその実体を保つことができない。 彼らの本体はこの場所から動いてはいなかった。 故に本当に撃破するにはこの場所を突き止め、それを倒すしかない。 「あの小娘たちもなかなか。やはり、精霊術師というのはどこまでも我らを邪魔する存在やもしれぬ」 「いいじゃない。好敵手がいないと面白くないよ、"宰相"」 「陛下、お戯れは止していただきたいな。その好敵手のために前戦では"子爵"を失ったことをお忘れか?」 「むぅ」 子どものように唇を突き出して拗ねる"皇帝"はつまらなそうに足をぶらぶらさせた。 「"宰相"、せっかくのショーが台無しだよ。せっかく楽しかったのに」 鴫島で行われる死闘を瞳に映し、頬を上気させていた"皇帝"はひどく不満そうだ。 「部下の死に何の感慨も抱かぬようでは先が思い遣られます。この戦いに"男爵"や"侯爵"だけでなく、換えのきかない上級妖魔が参戦していることを忘れずに」 作務衣を着た"宰相"は腰に佩いた大太刀の柄を叩く。 「来るべき決戦において、使える手駒は多いことに越したことはないのですぞ?」 それは"皇帝"の我が儘で必要以上の干渉をしている今戦への抗議だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「陛下」 「つーん」 「・・・・全く」 "宰相"は首を振り、分からず屋の主人に嘆息する。しかし、思い直すところもあった。 (鴫島事変とは明らかに違う面々が揃っている。このわずかな期間で立ち直った敵の精鋭の力量を計るにはちょうど良いのではないか・・・・?) もちろん、"皇帝"にその意志はないだろう。 主は面白そうだから首を突っ込んだだけだ。 ならば、その行動に意味を見出すのが臣下の役目ではないか。 「・・・・毒されたか」 頭を振り、"宰相"も戦場を見下ろす。 喊声と悲鳴、爆音と轟音が支配するそこは何とも楽しそうだった。 |