第十二章「第二次鴫島事変〜中編〜」/1



 鴫島事変。
 今や前に「第一次」と言葉がつくこの騒動は2年前の夏、茹だるような暑さの中で勃発する。
 当時の鴫島諸島は加賀智島にある監査局の研究所がその顔だった。
 研究員は鴫島本島に居住し、そこの先住民との関係も良好。
 研究所では叢瀬計画が推進され、先住民も鎮守家に従う結界師の一族だったのが、表面上は実に平和な島だったのだ。
 だが、全てが狂ったのは結界師一族――邑脇家が監視していた対象――≪クァチル・ウタウス≫が覚醒したことだった。
 SMOに潜入して監査局の重鎮にあった神忌を通し、邪神の覚醒を認識した黒幕はすぐさま上級妖魔を中心にした大妖魔軍団を派遣。
 鴫島本島を蹂躙して邪神を回収する。だが、黒幕の攻勢はそこで終わらなかった。
 連絡の途絶を訝しんだ太平洋艦隊の索敵機が撃墜され、派遣された巡視船も撃沈される。
 事の大きさを悟った太平洋艦隊は空挺部隊を降下させるも大量の妖魔目撃情報を残して全滅した。
 そこで太平洋艦隊はSMO本部に援軍要請。
 当時のSMO長官――藤原秀作は一大部隊を結成して強襲作戦に乗り出した。
 藤原秀作は旧組織との融和を目的とする、いわゆる穏健派の一員であった。
 彼はこの未曾有の事件を両者の歩み寄る好機と判断し、著名な旧組織に援軍を要請する。
 SMO首脳部はこれに反対するも、退魔のプロフェッショナルである旧組織の戦力は前哨戦の損害から有効とされていた。
 結局、鎮守家が呼びかけ、現存する精霊術師の宗家四つと他いくつかの組織が参加する。但し、熾条宗家は横須賀から出航する攻撃部隊とは会合せず、独自の艦隊にて鴫島を目指した。
 これが鴫島諸島で行われた死闘までの経緯だ。
 戦闘結果を言えばSMO・旧組織連合は数百の妖魔を覆滅し、鴫島を占領することに成功する。しかし、被った損害も甚大だった。
 当主が討ち死にする家や、そもそも戦闘力を全て失う家が出る中、SMOはその長官や太平洋艦隊の重鎮などが乗った旗艦・戦闘指揮艦『中臣』が沈没。
 攻撃隊の橋頭堡を死守すると共に指揮を執っていた現在の軍港付近では結城宗主、渡辺宗主以下、攻撃隊の中核が殲滅される。
 全てを通じ、死者行方不明者は四桁を超える最悪な事件だった。
 「試合に負けて勝負に勝つ」とは正反対、言わば「試合に勝って勝負に負けた」状態がこの第一次鴫島事変の結論である。






結城晴輝 side

 1月28日午前8時7分、鴫島諸島。
 炎を孕み、煙を噴かす島を戦闘音が支配する。
 機関が唸る音。
 銃弾が飛び交う音。
 人々の怒号や悲鳴。
 ・・・・などなど、様々な音が満ちているが、それらを駆逐するほどの音が鴫島上空で鳴り響いていた。
 空で鳴り響く轟音と言えば雷だ。
 確かにその音の近くでは光の煌めきが見える。だが、それは決して雷ではなかった。

―――ドォッ

 轟音と共に空を切り裂いた閃光は十数メートル進むと突然燃え尽きる。
 それは高度5、6000メートルでのそれは地上からではただの短い線にしか見えなかった。
 そんな戦闘機からすれば低空に位置するも、地上にいる人からすればはるか上空で高速空中戦を繰り広げる。
 それは退魔界では著名なふたりだった。

「・・・・ッ」

 大気を支配する青年――結城晴輝。
 風術最強結城宗家の宗主にて現役精霊術師最強と謳われる"鬼神"だ。
 第一次鴫島事変を事実上終結させた能力者として各退魔界重鎮には鮮烈なイメージを植え付けられている。しかし、その後、宗主継承と共に戦場に出ることはなく、公の場にもほとんど出なくなった。
 彼の2年ぶりにもなる出陣は何の因果か、再び鴫島だったのである。

「―――らぁっ」

 咆哮と共に腕を振るい、その軌跡から暴風が吹き荒れた。
 鴫島から立ち上る煙を蹴散らして拡散されたその風も、目標を捕らえることなく空を切る。そして、それを悟った<風>たちはすぐに元鞘に収まるために拡散した。

「チッ」

 背後に感じた気配から殺気を探知し、回避行動に移る。

―――ゴォッ

 一瞬前までいた場所を通過する電光。

「はんっ、電磁波を使うって事は電場と磁場の双方を支配下に置くってか」
「そうなるな。おかげで私が全力を振るえば周辺の電子機器への被害は甚大だ」

 自身を高電磁場化した男は周囲から得られる反発力で中空に留まる術を確立していた。

「雷術師に磁場を持たせるとこんなになるのか?」
「無理だな。私が使うのは精霊ではない。一応、科学的に証明されるらしいが・・・・興味がないから知らんな」
「理解できなかったんじゃねえの?」

 ニヤリとした笑みに向ける。

「レールガンに空間転移。全ては強力な電磁波が生み出した半未来的な科学力。それがお前の能力、か」
「ふん、私たちのような者に"能力名"など不毛だろう?」

 スーツのズボンに手を突っ込んだままの男は会話を愉しむようなそぶりを見せていた。

「我々はただ、"できる"。それが全てだ」
「違いない」

 ただ"できる"ことに疑問を持たれてもこちら側からは何も言えない。
 自分たちにとって"できる"ことが当たり前なのだから。

「だが、できることにも限度がある。そして、それを知りつつも向上させたいならば」

 異空間からパチンコ玉のような弾を取り出す。

「他から補えばいい」
「―――っ!?」

 加賀智島から不思議な【力】が漂っていることに気付いた。

(いつの間に・・・・)

 意識をやれば火山の中腹辺りに力場が見られる。

(結界? しかも、こりゃは搾取型だぞ・・・・。無尽蔵と思える【力】はこいつかっ)

 高位結界に見られる付加効果で、結界の範囲内にある【何か】を吸収しているのだ。

「卑怯だぞ・・・・ッ」
「ふっ、誰が貴様のような化け物と単身で戦うか」

 神忌の前に二本の電流の柱が流れた。
 それはその間に磁場を生じさせ、お互いの相互作用でその力を高めていく。
 先程までとは比べものにならない電気量に晴輝の肌が粟立った。

「チッ」

 狙いを付けさせないために身を翻し、超高速にて飛翔する。

「マッハを超えた動きで飛翔する人間、か・・・・」

 対潜行動――ジグサグ航行する艦艇のように方向転換を繰り返す晴輝を神忌は空間転移を駆使しながら追撃していた。
 技術的にレールガン弾体の耐久性を求めるのは難しい。
 特に神忌が使う場合、それは軍艦の大砲のような大口径ではなく、拳銃の弾に匹敵するような小さなものだ。
 打ち出す時の音は戦艦の斉射に匹敵するが、飛距離は空気との摩擦で容易に燃え尽きてしまうためにその射程距離は短かった。
 それでも神忌には空間転移がある。
 射程距離が短いならばその距離を自分で詰めればいいのだ。

(だが、させるかよっ)

 晴輝は超高速で飛ぶ戦闘機に追いつける速度を出すことができる。
 その体に起こる空気摩擦はその空気自体をいなすことによって減退させ、伴う大気圧も同様だ。
 この技術は理論では風術師の中でも罷り通る。しかし、それを実現するには途方もない範囲の空気、つまり、<風>を制御下に置く必要があるのだ。
 戦闘機の速度をM2とする。
 それを秒速では約680m。
 数秒で数キロ移動するので、30秒ほどの未来地点まで制御しているとすると範囲は半径約20キロメートル、高度は数千メートルという広範囲に及ぶ。
 半径20km、高度8000mの容積は約10000km3となり、その広大な空域をひとりの人間が制御しているのだ。しかも、自身を中心としているため、その範囲は流動する。
 実際に効果範囲に含まれるのはその数倍に及ぶだろう。
 それは鴫島や加賀智島を含むこの戦場一帯が晴輝の手中にあると言っていいのだ。
 この把握能力は敵が遠くにある状態では作用しないが、戦闘機のいわゆるドッグファイトになれば無類の強さを発揮する。
 わずかに気流を弄るだけで精密機械である戦闘機は過敏に反応し、その操縦に影響を受ける。そして、その影響は空戦において勝敗を決する要因にもなるのだ。
 敵が線移動する限り、その行動は晴輝の網に掛かったも同然なのだ。

(くそっ)

 晴輝は何度目かの急制動を駆け、単調になりつつあった回避行動にインパクトを付ける。

「やりにくいなっ」

 さらに敵の予想地点に風を叩きつけた。

「当然。やりやすくては張り合いがないだろうっ」

 風の通過点からわずかに逸れた場所に現れた神忌はすばやく射程に晴輝を捉えようとする。

「チッ」

 再び加速した晴輝が神忌の狙いを外した。
 いかに晴輝が速かろうとレールガンの速度は晴輝以上だ。
 超近距離から放たれれば避ける暇もない。

(これは・・・・喚ぶか・・・・)

 一族が代々伝えてきた神宝。
 結城宗家の一門ならばとある条件を発動することで誰でも使うことができるという曰く付きの武器。

(来いっ)

 生まれた時から傍にいた点では守護獣と何ら変わりない。だが、その神宝は誰よりも気高く、誰よりも狂っていた。
 扱うのに必要な条件があまり好ましくないので、推奨する者は少ない。だが、その【力】は絶大で雷術師や炎術師とは格差のある風術師でも攻撃力で勝負できるようになるのだ。
 元々晴輝は風術師としては空前絶後とも言うべき攻撃力を有していたが、この神宝を扱い出してから、間違いなく歴代宗主でも五指に入る戦闘力を保有するようになっていた。
 何せ、第一次鴫島事変では敵の上級妖魔を十数ひき討滅しているのだ。

(来た、か・・・・)

 急降下や急上昇を繰り返す晴輝の両手に【力】の粒子が集結してきた。
 それは包み込むように優しく、圧迫するように力強い波動。

(さあ、狂いも狂った狂剣よ。今日は暴れてもおつりが来ない奴が相手だぜ)

『その割にはまだまだピンピンしてるようですね、"先輩"』

 双剣・<飄戯(ヒョウコ)>は久しぶりの実戦に狂喜している。

「捉えた・・・・ッ」

 動きの止まった晴輝の後ろに神忌が転移してきた。
 十数メートル離れたその場所は、おそらくレールガンの余波が彼に届かない場所なのだろう。

「"鬼神"、終わりだっ」

 レールガンの砲身を晴輝に向ける。そして、超高圧電流が注ぎ込まれ、莫大な磁力が発生した。
 それは間違いなくこれまでの一撃とは違う。

「甘いな。生憎、その"鬼"が来たんでねっ」

 「結城晴輝」という人間を消し去るには大きすぎる【力】だが、晴輝も負けてはいない。

(頼むぜぇ)

『任せてください』

 両手にしっくり来る感触を握り締めた。

「はぁっ」

 神忌から放たれた特殊弾体は電流という砲身から抜け出した瞬間に「音の壁」を突破する。
 それは空気摩擦による電気を纏い、遠目からも見えるほどのはっきりとした"光線"だった。

「うぉりゃっ」

 対する晴輝は経験と勘、さらに<飄戯>の長い戦歴に裏打ちされた弾体の予想進路を数万分の一秒で編み出す。そして、刀身から高まる【力】をそのまま叩きつけた。
 紫電一閃。
 双方の衝突は諸島から全ての音を消し去る。
 一瞬の沈黙の後、衝撃波を伴う轟音が海上、陸上問わずして襲いかかった。






結城晴也 side

「―――ッツ〜・・・・」

 結城晴也は瓦礫の山から這い出してきた。
 その体には無数の傷があり、動く度に激痛が走る。

「兄貴・・・・考えろよ・・・・」

 先程上空で炸裂した莫大な【力】はその猛威の数パーセントを地上に向け、そこにあったものたちを容赦なく叩き伏せていた。
 飛行場の管制塔は完全に崩落し、軍港のパラポナアンテナも粉砕されている。
 さらには海上でよろよろと航行していた防衛型強襲護衛艦『玖雲』は生じた高波に襲われて航行不能。
 上空で支援していた強襲ヘリ・蜂武も墜落した。
 まるでそれは自分たち以外の飛行物体を認めないというばかりだ。

「ったく、無事だろうな、他は」

 晴也はちょうど管制塔近くで空戦の真っ最中だった。
 そこに崩落した瓦礫がのし掛かり、容赦なく潰されたのだ。
 生きているのは僥倖としか言いようがない。

(佳織さんを使うほどの相手だったのか?)

 空を見上げながら思う。
 当然の如く、空には現役精霊術師最強術者――"鬼神"・結城晴輝の姿が―――

「・・・・おいおい」

―――なかった。

「冗談だろっ」

 <翠靄>を手に爆発的な推進力で上空へと躍り出る。

「テメェ、兄貴はどこ行ったっ」

 中空に制止する影へと叫んだ。

「・・・・ん? あぁ、"風神"か」

 さすがに無傷とはいかなかったようで左腕をだらりと下げている。しかし、その他に損傷はなさそうで、神忌は未だ戦闘力を保持していた。―――史上最高の攻撃力を持つ風術師の一撃を受けたというのに。

「"鬼神"なら見てないな。消し飛んだのではないか?」

 彼を中心に電磁波の嵐が吹き荒れ、この一帯の空間が歪んでいる。だが、それ以上に神忌が浮かべる表情が歪んでいた。
 眼下に見えるのは台風一過とも言えるべく惨状。
 台風とは違うのは火災を生じている事実。
 軍港は生じた高波に襲われ、強襲揚陸艦『紗雲』にも被害が出ている他、無事な建物がないくらいの有様だった。

「そうか・・・・」

 晴也は顔を上げ、神忌を睨む。

「お前の目的は兄貴との戦いでSMOと俺たちの戦力を磨り潰すつもりだったんだろ」
「ほう・・・・」

 まともにぶつかれば晴也たちを討ち取るのは難しい。ならば、不慮の事態で抹殺すればいい。
 どんな高名な術者でも事故で命を落とすことはよくある。
 その事故を起こせばいいのだ。

「お前も気付いたか。さすが、今代の直系は優秀だな」

 ポケットに手を突っ込み、不敵に嗤った。

("も"? ってことは兄貴も気付いた・・・・いや)

 何かが違う。

(こいつの言ってることは・・・・前の事変?)

 監査局の重鎮である神忌は先の事変にも出兵しているはずである。
 ならばあの被害が大きかった戦いの場にいた。

「ははは、謀略というのは一度うまくいくと抜け出せないなぁ」

 思い出す。
 最前線にいてその前線を双剣で切り裂き、怒濤の突撃を敢行していった兄の姿を。
 傷ついた分家たちと共に本陣に戻り、父の亡骸を前に唇を噛み締めていた姉の姿を。

「まさか・・・・」

 父の死は戦死と言うことになっているが、実は違う。
 暴走した電子機器が発火し、その近くにあった弾薬が誘爆したのだ。
 その爆風によって父は帰らぬ人となった。
 戦場では必ずと言って良いほどある手違いで失われた人命。
 それが仕組まれたことだとすれば。

(コイツの武器は・・・・電磁波・・・・)

 強力な電磁波は電波妨害を催す。
 さらに精密機械を狂わせ、その効力を奪い取る。

(つまり・・・・)

 父の死はこの男によって仕組まれた暗殺。

「・・・・テメェ」
「ふん。太平洋艦隊には感謝している。また、このようにSMOと旧組織を磨り潰す機会が訪れようとは。新旧戦争というのは全く我々には得ばかりだな」

 神忌は余裕の表情だ。
 それは晴也が晴輝とは比べものにならないほど弱小だからだろう。
 晴輝が歴代ナンバーワンの攻撃力を有しているならば、晴也はワーストランキングに載るほどの弱さだった。

(姉貴がいたら・・・・)

 姉――結城晴海は万が一、SMOが攻勢に出た場合を警戒し、分家たちと共に屋敷に残っている。さらに古くから【結城】が役割として持っていた各退魔組織への連絡や情報提供などをこなしている。
 晴海個人の戦闘力は晴也より少し強いくらいだが、分家たちが揃えば兄に匹敵する。
 それがあれば晴也でも神忌に対抗できた。

「さ、そろそろ、お前にも死んでもらおうか。何故"雷神"がいないのか気になるが、些細なことだろう」

 神忌を中心に電磁波が放射され、【力】が収束していく。
 晴輝と鎬を削ったほどの【力】ではないが、晴也には充分すぎるものだった。

「くっ」

 晴也はすぐに弓を構え、先手必勝の策に出る。

「え?」

 だが、箭の先には神忌の姿はなく、何故か<風>は背後にその存在を伝えていた。

「何で・・・・」
「見破れないようじゃ甘いな。お前の兄貴はこの戦法でも全く苦にせず私と戦っていたぞ」

 ゆっくりと後ろを振り返った晴也は完全に彼を射程に入れた神忌を見つける。

「くそっ」
「では、己の非力さを悔いて死ね」

 もう、回避は無理だった。
 晴也が回避動作をし、それが功を奏する前にレールガンは発射されるだろう。

「―――なんだ、もう勝った気でいやがったのか?」
「「―――っ!?」」

 空気を震わせてはいたが、風で直接耳元まで運ばれた声音に晴也と神忌、双方が驚きに身を震わせた。

「兄貴!?」
「くっ、やはり生きていたかっ」

 神忌がいち早く反応を示し、レールガンの砲口を下へと向ける。
 そこにはずぶ濡れながらも超音速で急上昇する晴輝がいた。

「今度こそ消し飛べっ」
「お前がなっ」

 レールガンと双剣が再び激突し、轟音と衝撃波が辺りに吹き荒れる。

「くぁっ・・・・」

 晴也は顔を庇い、その猛威をやり過ごした。

(やっぱ、化けもんだ、兄貴は・・・・)

 綾香をも超える破壊力に戦慄を禁じ得ない。
 たった一撃の交差で数十メートル吹き飛ばされた晴也は中空で体勢を立て直して上空を見上げた。
 そこには緩やかな風を纏い、双剣を構えた兄の姿がある。

(俺の中では兄貴が最強無敵キャラなんだよなぁ)

 ブラコンとでも言うのか分からないが、昔から兄のなす事は気持ちよかった。
 確実に晴輝は晴也の愉快犯としての気を目覚めさせた張本人だ。

「行けよ、晴也。お前の相手もまだ死んでないぜ」

 先程と同じく、耳元に囁かれる声。
 その声を受け、晴也は周囲の索敵を開始した。
 攻撃力では敵わないが、索敵能力で言えば晴也は当代直系トップだ。
 すぐに低空でフラフラする霊落獣を見つけた。
 羽根に傷を負ったのか、動きがぎこちない。しかし、それは晴也も同じなので条件は五分と言えよう。

「兄貴、もうちょっと俺たちのこと考えてくれよ」
「善処はする」

 この時になって、ようやく地上の戦いが再開された。
 どこもかしこも後遺症を引き摺りながらもお互いを倒すために動き出す。
 それは神忌の思惑通りであり、戦っている本人の意志でもあった。

(この気付いても抜け出せない、ってタイプの謀略は最悪だな)

―――ドォォッ!!!

「うお!?」

 早くも激戦の態をなす晴輝と神忌の戦いは近くにいるだけで被害が出そうだ。だが、腕を負傷した神忌とは違い、晴輝はなんとか無事なようだ。
 やはり、兄が負けることなど想像できない。

(心配するだけ無駄、ってやつか・・・・。なら俺は・・・・)

 霊落獣がこちらを見上げていた。
 爆音の音源を探すために視線を上に向けたのだろうが、その視界に晴也の姿が入ったのだ。

「・・・・ッ」

 視線の交錯は一瞬。
 晴也と霊落獣は急降下と急上昇によって交差し、反転と旋回を駆使した空中格闘戦へと移行した。






見守る者 side

 鴫島の上空で交わされるふたつの干戈。
 ひとつは雲を掻き消しながら高度五〇〇〇〜六〇〇〇メートルで爆音と閃光を撒き散らす。そして、もうひとつは高度一〇〇〇メートル以下での羽根と箭の応酬だ。
 前者はまるで現代のジェット戦闘機同士の格闘戦。
 一撃必殺のミサイル兵器を繰り、相手を葬らんとする超高速戦闘。
 それに準ずるような緊迫感が彼らの間に漂っている。
 対して後者は大戦期の機銃対決だ。
 1発当たればもちろんダメージになるが、致命傷になることは少なく、自然と手数が勝負となる世界だ。
 どちらが優位を取り、より多くの攻撃を加えられるかが勝敗を決する要因となる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんな戦闘を見遣るひとつの折り鶴。
 ヘリは一気残らず叩き落とされてしまったため、彼ら以外の浮遊物はそれだけだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 鶴は羽ばたくことなく、風によって飛行する。そして、その頭を鴫島や上空の戦闘へと動かしていた。

「―――相変わらず、でたらめな戦闘力ですね」

 鴫島諸島とは違い、創造次元に存在する巨城――煌燎城。
 その天守閣の一角には折り鶴――式神が見ている視界が映し出されている。
 それを見る集団の中で上座に着いてる老婆が呟いた。

「全くだな。さすが綾香が手も足も出ないだけはある」
「当代直系の中で最年長であり、そして、最強、か」

 ふたりの精霊術師もその呟きに同意し、興味深そうに若き風術最強結城宗家宗主――"鬼神"・結城晴輝の奮戦を見遣る。

「感心している場合ですか? その最強と互角に戦う敵がいるのですよ」

 その通りだ。
 宮内庁管轄の書陵部を襲ったことから始まり、最近の事件の裏に見え隠れしていた組織。
 その幹部であろう人物はここに集まる集団が持つ最も戦闘力の高い晴輝と互角に戦っていた。
 その事実が、敵が容易ならざる相手だと痛感させる。

「晴輝殿と戦っているのは・・・・何と言いましたか?」
「はっ」

 末席に控えていた者が一礼して報告した。

「SMOに潜入させている諜報員によりますと、彼は監査局特赦課課長――神忌というものだそうです。新旧開戦の首謀者、そのひとりとされる監査局長――功刀宗源の側近です」
「なるほど。その功刀とやらを唆し、退魔勢力を真っ二つにしての内乱に陥れた謀略家ですか・・・・」

 彼らは戦国時代の大名家顔負けの諜報部隊を有している。
 情報収集や暗殺などの暗部を取り仕切り、数々の功績を挙げていた。
 昨年12月にはSMOの監査局、情報局のエージェントと激戦を繰り広げ、その威容に若干の損害を被っている。だが、その情報収集力に陰りはなく、むしろ開戦で混乱するSMO内部の情報は筒抜け状態だった。
 すでに開戦に至る経緯は解き明かされ、彼らは本当の敵を探り当てている。
 そのひとりが神忌であり、その上司である功刀なのだ。

「功刀はただの野心家じゃろう。だが、神忌とその背後にいる者はその野心を利用した・・・・」
「厄介なのは功刀自身、その事実に薄々感じながらも止まらないと言うことです」
「馬鹿ではなく、利用するつもりでいるのか・・・・」

 首魁がふたついるようなものであり、それは物事を加速させる。

「ふん、だからこそややこしいことになっておるわ」
「とりあえず、分かるのは鴫島を護り、加賀智島を攻める太平洋艦隊・・・・」

 スーツ姿の壮年が言葉にしながら紙に情報を書き込んでいく。
 太平洋艦隊・・・・ミサイルを撃ち、SMOの先鋒として働く。その後、鴫島を守りながら監査局の応援として加賀智島を攻撃。
 監査局・・・・トップは功刀宗源で黒幕に気付きつつも新旧戦争を起こした首謀者。謀反人の【叢瀬】を討つため、神忌以下特赦課を送り込む。
 反SMO戦力・・・・強襲揚陸艦隊によって上陸。太平洋艦隊と干戈交える。
 黒幕・・・・神忌を主軸に上級妖魔を投入。各地で反SMOに参加した旧組織の能力者と激突。
 熾条一哉・・・・渡辺瀞救出と【叢瀬】救援で動き、強襲艦隊とも繋がっていたが、現在行方不明。
 【叢瀬】・・・・監査局を造反。叢瀬椅央を中心に加賀智島で防衛戦。
 結城晴輝・・・・煌燎城に集う者の一員として戦闘に参加。神忌と激戦中。

「実にややこしい」

 初老の男が首を振り、再びスクリーンを見遣る。

「もっと単純にはいかんのか?」
「物事には順序というものがあります。私たちが今出ていけば、その混乱は退魔界全体に広がり、戦いどころではなくなります」

 上座に座る老婆は老いを感じさせない壮絶な笑みを浮かべた。

「せっかく黒幕が面白い登場の仕方をしてくれたのです。我々も演出を考えなければいけませんよ」










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