第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/8



 午前7時57分、鴫島では大規模な揚陸戦が展開されていた。
 強襲揚陸艦『紗雲』から3機、強襲護衛艦『玖雲』から1機の強襲ヘリ・蜂武が飛び立ち、制空権を確保している。そして、陸では陸揚げされた装甲車部隊の展開が遅れるも小銃を持った歩兵連隊が行動を開始していた。さらに遊撃隊となった旧組織も独自の判断で攻撃を開始している。
 反SMO――通称、藤原部隊――の攻略目標は橋頭堡とすべく島西部の入り江に造られた軍港とその港湾防衛施設、島北西部の準中距離弾道ミサイル発射基地、島西部から中央部に続く道に造られた備蓄基地、島中央部の滑走路と航空機・弾薬格納庫。
 以上が地上施設である。
 その他、最重要制圧ポイントして上げられるのは島の地下にあるはずの太平洋艦隊総司令部だった。
 太平洋艦隊総司令・山名昌豊、副司令・垣屋忠成、第一戦隊司令・中村春国、第二戦隊司令・吉岡憲勝、航空戦隊司令・武田尚信、防空隊司令・森下道義、陸戦隊司令・田結庄是延。
 時が時ならば海軍大将から少将に至る太平洋艦隊の指揮官たちがこの島に集っているはずだ。
 総司令部を陥落せしめれば、この強襲作戦は終わる。
 そう確信していた藤原部隊の期待を、黒幕とやらは盛大に裏切った。
 投入された数体の上級妖魔は鴫島で、"男爵"を大将にした≪クルキュプア≫はヘレネの指揮の下に加賀智島を席巻している。
 藤原部隊、太平洋艦隊の両者が予期しなかった乱入者の戦力は両者を混乱させ、その被害を助長させた。
 島東部で熾条鈴音と鹿頭朝霞が大禍津日と八十禍津日を相手にし、鴫島上空では結城晴也が霊落獣と激戦を繰り広げ、島北東部にて渡辺瑞樹と昏流が刃を交える。
 新旧入り交じり、正体不明の勢力が介入した今、鴫島強襲戦は"第二次鴫島事変"へと変貌していた。そして、退魔界の悪夢として知られる第一次鴫島事変で、唯一沈黙を保った加賀智島にも延焼している。
 火山島である鴫島諸島は真っ赤な戦火を孕み、命の灯火を対価として三つ巴の乱戦を開始した。






渡辺瀞 side

「―――はぁ・・・・はぁ・・・・」

 瀞は廊下を全力疾走で駆けていた。
 時折、脚がもつれるのは数週間に及ぶ軟禁生活が原因だろう。

「・・・・ッ、はぁ・・・・はぁっ・・・・」

 飛び込むようにして角を曲がった。

―――ドォンッ!!!

「わわわっ」

 壁の一部が吹っ飛ばされ、その破片が周囲を打つ音が響く。

「待てぇっ」

(こ、怖ッ)

 後ろから追ってくるのはショットガンを抱えた壮年の男だった。
 顔も強面で対面してすぐに瀞は反転、脱兎の如く逃げ出している。
 情けないと思いつつ、戦う戦わない以前に恐怖に負けている瀞は逃げ続けていた。

「あ、ぅ?」

 間抜けな声が口から転び出る。
 後ろを振り返った時、床に転がっていた瓦礫を踏んでしまったのだ。

「ああぅっ」

 受け身を取ったが、勢いよく転んでしまった。

「う、ぅぅ・・・・」

 惨めだ。
 とても惨めだ。

(こ、このままじゃ、ダメだよね・・・・)

 一哉の敵と戦うって誓ったし、あの子にも協力するって言った。しかし、今自分がしていることはその言葉に反する行動だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぐっと四肢に力を入れて立ち上がった。
 追ってくる男は特赦課に属する人間である。
 戦闘力は陸戦部隊の比ではないだろう。だが、"蒼徽狼麗"を従える瀞ならば容易に押さえ込めるはずだった。

「い、行ってっ」

 瀞は角を曲がろうとする男を奇襲するために狼を放つ。
 それは必殺のタイミング。
 しかし―――

「らぁっ」
「・・・・ッ」

 咆哮と共に繰り出されたショットガンの一撃が<水>の配列まで振動させ、その結束を打ち壊した。
 故に形を保っていられなくなった狼はただの水に戻り、多量の水が男にかかるだけに終わる。だが、水が付着したことから瀞は次の攻撃に移ろうとした。

「・・・・え?」

 次の瞬間、彼に付着していた水は蒸発し、瀞の制御を受けることなく四散する。

「効かねえぜっ」

 ガチャリとショットガンの砲口がこちらに向いた。

「くっ」

 瞬時に辺りの<水>を掻き集め、それを前面に展開させる。そして、本来ならば貫通されるであろうその壁に"強度"を持たせた。
 一撃で瀞という人間を肉片に変えるであろう威力はその前に立ちはだかった氷の壁によって完全に防がれる。

「はぁっ」

 バラバラと破片がガラスのように舞い散る中、瀞はそれをも呑み込む勢いで水球を放った。
 恐怖を抑え込み、必死になって繰り出した反撃だ。

「え!?」

 だが、術式よりも弱い水球は彼にダメージを与えることができなかった。

「へっ」

(う、うう・・・・)

 男の視線に晒され、自然と足が下がる。
 瀞は自分の術がここまで効かなかったのは初めてだった。
 6月の鵺を相手にした時だって、7月の守護神相手の時も、8月の地下街での戦い、さらに鬼族との死闘。
 その全てが水術が拙い瀞を支え、その猛威を遺憾なく発揮してくれている。しかし、今回ばかりはそれが通用しなかった。

「・・・・あなた、能力者なんだよね?」
「ったりめえだろっ。陸戦隊みたいなひ弱な人間と一緒にすんな」

 吐き捨てるように言う男はおそらく、能力者至上主義であり、選民思想保持者だ。
 このようなタイプの異能者はその自信が能力の根幹を担っている場合が多い。

(じゃあ、その自信、砕けば勝てるかな?)

 瀞は絶対に人を殺したくない。
 甘いと言われようとも、それは信念に近い想いが籠もっていた。

「能力を持たねえ連中なんざ、いっそくたばっちまえばいいんだ。地べた這いずり回って生きるしか能のねえ連中はよぉ」

 瀞の想いの根幹にかつて自分の存在のせいで一族の者たちが倒れたという事実が多分に含まれていることは間違いない。だから、これ以上、"自分のせいで命を失う人間"を見たくなかった。

「俺の前に屍を並べた連中は褒められるぜ。俺に楽しみを感じさせて逝ったんだからよ」

 ショットガンを肩に担いだ男は天井を見上げる。そして、箍の外れた笑い声が廊下に響き渡った。

「特に『誰かのために』っていう偽善者をぶち殺すのは最高だぜっ。お前のようにガキたちのために体張ってる奴みたいなよぉっ」

 その言葉を聞いた瞬間、瀞の視界は真っ赤に染まる。

「・・・・れ」

 かつて、生まれた赤子を護るために命を張った祖父がいた。
 一族から否定され続ける娘を心配しながら眠るように逝った母がいた。
 娘を護るため、己の寿命を削る思いで神を縛った父がいた。
 目先ではなく、その先を読んで対応していた叔母がいた。
 何より、常に自分を案じ、笑ってしまうほど可愛がってくれた従兄がいた。

「・・・・まれ」
「あ?」

 そのまま被能力者を罵り続けていた男は濁った眸を瀞に向ける。

「黙れって言ったの」

 自分とは違い、殺人を愉しむだけでなく、その生の意味が自分を愉しませるだけだと豪語する男が許せなかった。

「ああ? 何様のつもりだ。俺がそう思うんだからそうなんだよっ」

 再びショットガンの銃口が瀞に向く。しかし、瀞は一切の回避方法を採らなかった。

「何様のつもり、か。その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「・・・・ッ」

 銃口を向けられても怯まず、回避行動も見せない。
 それは自分と同じ物差しでしか他人を測れない男には理解できないことだった。
 行動を起こさない。
 たったそれだけで男は瀞への現実感を急速に失っていった。

「何だ、お前・・・・」

 増幅する【力】は長い髪を揺らめかせ、集う<水>は辺りに霜を下ろす。そして、止まらない気温の低下は徐々に廊下を氷付けにしていった。

「・・・・ッ」

 男が狼狽えながら唾を飲み込んだのが分かる。

「怖い? 私が」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 瀞は己の武器――神宝・<霊輝>を取り出した。
 青白い刀身が氷の結晶で反射し、ぼんやりとした光を辺りに撒き散らしている。

「はっ、テメエの攻撃は効きやしねえっ」

 男はショットガンを抱え直し、強がるように咆哮した。

「俺の異能は"非攻撃能力"。俺への攻撃を俺が知覚した瞬間、あらゆる攻撃要素が消え失せるんだよっ」

 だから、瀞が攻撃しようとした瞬間、彼にまとわりついていた水が蒸発したのか。

「あなた、戦いに向いてないよ」

 からくりが分かってしまえば対応ができる。如何にそのからくりを聞き出すかが話術の見せ所、とかつて一哉が言っていた。
 「考える葦」と例えられる人が最も恐れるのは「未知」。
 それ故に人は真実を追い求め、様々なものを曝こうとする。
 直接的な暴力は確かに脅威とはなり得るが、人の抵抗心を奪うには至らない。
 反撃のため、人は知識=情報を求めるのだ。

「"雪花―――」
「へっ、俺に攻撃しても無駄だ―――」
「―――・攻"ッ」

―――ドドドドッッッ!!!!!

 瀞オリジナルの術式が男ではなく、男の天井へと命中した。
 男に向けられた敵意ではないので能力は作動しなかったが、崩落する瓦礫は間違いなく男に牙を剥く。

「チッ」

 頭上やや後方に雪崩れ打ってきた瓦礫を避けるため、男が前に出た。そして、その意識は後方に向いている。

「・・・・ッ」

 声を出すような愚かなことはしなかった。
 久しぶりの運動で悲鳴を上げる体に鞭打ち、瀞は術者特有の身体能力で約十メートルの距離を詰めにかかる。
 できるだけ体勢を低くし、男の視界から逸れるように動いた。
 陽動とばかりに狼たちが彼の視界に入り込んで牙を剥く。
 それらは片っ端から壊されていったが、狼の数は増える一方だった。

(もう、少し・・・・ッ)

 さすがに真正面から突っ込む勇気はなく、瀞は自らが作り出した瓦礫とその砂塵に隠れるようにして走る。
 先程見せた刀身は消し、今はただ停電したままの闇に隠れていた。

「くそ、無駄なんだよっ」

 男の視線が目まぐるしく動き、その喉笛を掻き切ろうと飛び掛かった狼たちが四散する。

「はっは、どうだっ」

 瀞の目に、その光景がこれからの自分と重なって思わず身を震わすが、別の想いでそれを武者震いに変えた。

(一哉・・・・)

 瓦礫の影から飛び出し、<霊輝>の刀身を顕現させる。

(私、ちゃんと戦えるよっ)

 "蒼徽狼麗"の総攻撃を凌ぎ切り、油断して無防備になった背中に思い切り剣を振り下ろした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 全ての音が絶え、凍えるような空気が肌を締め付ける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 斬った感触はなかった。しかし、確実に青白い刀身は男の体を捕らえ、その身を冷気にて祓っている。

「・・・・はぁっ」

 止めていた呼吸を再開した時、男はその場に崩れ落ちた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 瀞自身、壁に背を預けて座り込む。
 先程までの落ち着きが嘘のように心臓が動いていた。
 その胸を抑え、じっとりと浮かび上がってきた汗を拭く。

「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 <霊輝>で斬られても人は死なない。
 あまりに清浄すぎるために昏倒するだけだが、やはり斬る瞬間は緊張する。

「はぁー・・・・やっぱ、人とか知性あるのと戦うのは苦手だなぁ」

 泣き言が出てしまうほど消耗していた。
 こんなので一哉の片腕になれるのはいつになることやら。

―――タタタタタタタッッッ

『―――ギャッ』
「―――っ!?」

 すぐ近くで銃声がし、悲鳴のような声が聞こえてきた。

(うそ・・・・)

 銃を使うのはSMOだろう。
 【叢瀬】は技術的には問題ないだろうが、体が小さすぎるために反動に耐えられないはず。
 ならば、今さっきの音を聞く限り、【叢瀬】が撃たれた、ということになる。

「た、確かめよう・・・・ッ」

 この辺りはまだまだ【叢瀬】の防衛ラインではないはずだが、状況が変わったかもしれない。万が一、撃たれたのが【叢瀬】であれば助けなければならなかった。

「・・・・ッ」

 恐怖を押し殺して戦った反動で気怠い体を動かし、音源の場所へと走り出す。
 その場所は意外と近かった。
 階段の踊り場は戦闘の爪痕を強く残し、火薬の臭いを感じる。

「・・・・あ」

 血溜まりの中に倒れ伏している"男たち"を見つけた。
 手には小銃を持っているし、何度か見たことのある装備から彼らがSMO太平洋艦隊の陸戦隊だと言うことが分かる。

「生きてる・・・・」

 弱々しいが、確かに動く人間を見つけた。

<グルル・・・・>

 狼たちが一斉に警戒心を露わにする。

「誰!?」
【―――あら、こノようナところニ? せっかくお迎えノ部隊を組織したというノ二】

 瓦礫の上に悠然と立つ矮躯。

【まあ、予定は未定、と申します】

 バラバラと出てきたものたちの中で黒い衣装を着ているものが陸戦隊にロケットランチャーを向けた。

「止め―――」

 止める暇もなく、傲然と放たれた砲弾は男たちが横たわる場所に着弾。
 その猛威を遺憾なく発揮し、命の息吹どころか、彼らの肉体をも完全に吹き飛ばす。

「あ、あぁ・・・・」

 ついさっきまで生きていたヒトが、一瞬で物言わぬ屍よりも惨い状態に変えられた。
 その事実が慣れていない瀞を打ちのめす。

【これで憂いナく戦えますネ】

 さらにその光景が忘れようにも忘れれない地獄を脳裏に甦らせた。

「う、うわぁ・・・・」

 響き渡り、途絶える断末魔。
 噴き出し、滴り、広がる液体。
 痙攣が緩慢になっていく肉体。

「ぅ・・・・」

 轟音、銃声、散乱。
 咆哮、足音、咀嚼。
 絶叫、悲鳴、慟哭、罵倒、苦悶。

【・・・・もしやお忘れですか?】

 忘れられるはずがない。
 あの8月、音川地下鉄駅で見た地獄とそれを作り出した者たち。

「≪クルキュプア≫・・・・」
【正解です】

 リーダーらしき白――Biancoの日傘が振るわれ、無表情の人形たちは一斉に己の武器を構え、一歩前に出た。

【では・・・・】
「―――っ!?」

 重火器を構えた黒――Neroがその砲口を瀞に向け、その外側から近接武器を持った赤――Rossoが飛び出してくる。

【数々ノ同胞たちノ弔い合戦といきましょうっ】

 轟音と砂塵が廊下を支配し、かくして再び狂宴は開かれた。






山神綾香 side

 強襲揚陸艦『紗雲』は鴫島軍港に停泊し、単装速射砲で周囲を威圧しながらVLSに入ったミサイルで敵の潜伏先を狙っていた。
 その傍では強襲護衛艦『伍雲』、同『玖雲』から降ろした装甲車は装甲車部隊を編成している。
 彼らは準備ができ次第、島を横断して滑走路を制圧。地上路を席巻する役目を負っていた。だが、『玖雲』被弾でその展開が遅れ、敵に充分な迎撃態勢を整えさせてしまったことが彼らに苦戦を決定づけている。

(―――あいつも苦戦してるようね)

 綾香は猛スピードで空中戦を展開する相棒の姿を見つけていた。しかし、空中戦である以上、飛ぶ術のない綾香は足手纏いだ。

「・・・・・・・・・ッ」

 未だ痺れの残る掌を握り締めた。

―――コンコン

 ノックの音に手から力を抜き、不甲斐なさを逃がす勢いで息をつく。

「・・・・どうぞ」
「失礼します」

 知った少年の声と共に、ゆっくりと扉が開かれた。

「姉上、お加減は如何ですか?」

 そう言った少年はベッドから上半身を起こした姿の綾香を見て、ほっと息をつく。

「景堯・・・・」

 綾香は通称、「人間大砲」と呼ばれることになる電磁砲の出力に耐え切れず、気絶して医務室に運び込まれていた。だから、鴫島で行われている制圧戦には参加していない。
 傍には看病してくれていた晴輝の秘書――佳織が控えていた。
 おそらく、綾香が目を醒ました旨を景堯に伝えたのは彼女だろう。

「お元気そうでなによりです」
「山神の術者は?」
「艦内に待機しています。敵が来ても、姉上には指一本触れさせませんよ」

 景堯は力強く頷いて見せた。

「景堯、お前は何のために鴫島まで来たの?」
「え?」

 景堯は最愛の姉の顔を見て絶句する。

「何のためにここに来たの?」

 綾香は視線の温度が下がったのが分かった。

「そ、それはもちろん・・・・ミサイル施設の破壊及び、報復です」
「それで、お前は何してる?」

 部屋の温度が数度辺り下がったと錯覚するほど、張り詰めた空気が満ちる。

「し、しかし、姉上は弱られています。正直、藤原部隊の戦闘力に疑問があります。もし、前線に現れたような妖魔が出てきた場合、迎撃する人間が―――」
「山神の嫡子が身内を心配する余りに戦機を逸したと笑われるだけではすまないわよ」

 山神宗家はかつて存在した御門・凜藤という宗家を入れても最も好戦的な宗家として知られている。
 古くは大伴家持の下に付き、奥州戦線を戦い、戦国時代では上杉謙信に認められた山神宗家は武門の意地を持っていた。

「姉上・・・・」
「行きなさい。今なら装甲車部隊と共に電撃戦に参加できるわ。その作戦に雷術師がいれば、山神の武名は上がるはずよ」
「・・・・・・・・・失礼します」

 景堯は唇を噛むも、正論のために言い訳せずに出ていく。
 おそらく、山神の術者と共に出陣するはずだ。
 多少荒治療だが、これが一番良いと思う。

「・・・・はぁ」
「厳しいのね」

 佳織が景堯の去ったドアから綾香に視線を移した。

「家族のことを心配できるって大切よ。特にこういう職業に就いている人には」
「・・・・今の、そして、これからの時代は優しいだけでは乗り切れないんですよ。熾条鈴音のように、まではいかないまでも・・・・」

 言葉を切り、小さな窓から外を見遣る。
 そこには装甲車が数台、先鋒として出撃するのが見えた。そして、装甲車部隊を援護するため、紗雲から強襲ヘリ・蜂武がローターの爆音を轟かせて2機浮上する。

「もう少し、一族の利に・・・・いえ・・・・」

 装甲車部隊本隊の傍でこちらを見上げている景堯を見つけると少し自嘲気味に笑った。

「姉離れ、かな」

 「甘えがなくなればもっと強くなれるのに」と続けた綾香は佳織の方へと向く。

「佳織さん、ありがとうございました。雷術師が<雷>に酩酊するなんて笑えないんですけど」
「いえいえ、私は戦闘員じゃないから」

 今度は佳織が窓の外に目をやった。

「―――"今の、私なら"ね」
「今、の?」

 綺麗な眉をひそめ、佳織が強調した部分に反応する。
 佳織の言った言葉はどこか含みがあり、妙に引っ掛かった。
 こういう時の勘は外れたことがなく、綾香は訝しげに佳織を見遣る。

「綾香ちゃん、これから起こることは秘密ね?」

 視線に気が付いた唇に手を当て、茶目っ気たっぷりにウインクした。

「喚ばれたから、行くわ」
「喚ばれた?」

 話についていけず、オウム返しをする綾香に笑いかけ、壁に手をつく。

「じゃあ、頼りない先輩・・・・主様のとこに行ってくるわ」

 そう言い残し―――

「え?」

―――光の粒子になって消えた。

「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」

 声よかれよ、とばかりに叫ぶ。

「え? ええ? 佳織さん!?」

 キョロキョロと辺りを見回してもその姿はなかった。

「じゃあ、やっぱり・・・・?」

 佳織が光の粒子になった時に感じた膨大な【力】。
 それが示す事実を頭が受け入れられない。だが、それ以外に考えられなかった。

「佳織さんは・・・・宝具・・・・」

 ポカンと口を開け、綾香は呆然とする。
 自身が持つ、大鎖鎌・<不識庵>や晴也の大和弓・<翠靄>は彼らが鍛え上げた宝具だ。しかし、それはあくまで道具であり、自分の意志を持つことはない。
 利便性のために他の物に姿を変えることもあるが、それも自発的ではなかった。
 だがしかし、佳織は確実に「坂寄佳織」という一個人として存在している。そして、何より意志を持っていた。

―――ドォォォッ!!!!!!!!!!!!

「―――っ!?」

 呆然としたままの綾香をひっぱたくような衝撃波が『紗雲』を襲った。
 それはまるで戦艦による一斉射撃の衝撃だ。
 遠くにいるのに全身を打つ破壊力。
 間近でそれが生じた時、人は生きていられないだろう。

『えまーじぇんしーっ。大規模な電波障害が発生っ。各攻撃隊との連絡は取れなくなりましたっ』

 サオリの言葉が艦内に響く中、綾香は痺れる体に鞭打って窓際に駆け寄った。

「うわ・・・・」

 鴫島と加賀智島の間の空域で膨大な【力】と【力】が高速で移動しながら衝突している。

―――ドォォォッ!!!!!!!!!!!!

 衝撃波が空の雲を掻き消し、波間を揺るがせる。
 晴也と霊落獣の空戦が技巧と物量の消耗戦ならば、彼らのはもう、ただの力のぶつけ合いだった。
 戦術など関係ない。
 自信の持てる力を動員し、相手を駆逐する。
 それは"鬼神"・結城晴輝、"侯爵"・神忌の死闘だった。






援軍 side

 加賀智島上空十数メートル。
 そこを叢瀬央芒に支えられた鎮守杪が飛翔していた。
 上空で勃発した戦いは主に百数十から二百メートル上空で行われているため、この空域が戦闘に巻き込まれることはない。しかし、頻繁に訪れる衝撃波は確実に央芒を消耗させていた。

「―――見つけた」
「どコ?」

 やはり疲れた声で央芒が訊き、杪は指で今し方発見した加賀智島の麓に展開する結界を示す。そして、その近くに見える洞穴こそ、杪がずっと探し続けていたものだった。

「あれが捜し物?」
「ん」

 返事を聞き、高度を下げ始める。
 ここには叢瀬央葉はいない。
 央葉は地上施設とはまた違う入り口から直接地下へと侵攻を開始していた。
 電波障害のため、直接連絡を取ることはできなくなったが、敵を倒す前にまずは本隊との合流を果たすことを目的としているため、進行上以外の敵は後回しにしているはずだ。
 央芒も突入したいのだろうが、空戦戦力である彼女は屋内戦には向かない。しかし、その存在は捜し物をする杪にはありがたいものだった。
 杪に科せられた鎮守家の指令は2年前の鴫島事変――第一次鴫島事変において全滅した結界師一族が監視していた眠れる神の封印状態の確認だ。そして、あの洞穴こそ、封印の要に通ずる道である。だが、あの場所に結界を張る双子がいる。
 それは洞穴の向こうから漂う【力】を得ているのか、なかなかに強力だった。

「よット」

 ふたりは結界を見下ろせる火口付近に着地する。そして、両腕の自由を取り戻した杪は持っていた双眼鏡で結界の観察及び中の状態を"透視"した。

(厄介・・・・)

 中で結界を維持しているであろう双子は上空で"鬼神"と戦う者の仲間と見て間違いない。だから、攻撃することに躊躇はしないが、あの結界は本当に強大だった。

「どうするノ?」

 左腕の空間から対物ライフルを取り出した央芒が訊いてくる。
 彼女は取り敢えず攻撃することに決めたようだ。

「・・・・やる」

 短く答え、自身も符の準備を始めた。
 幸い、少女たちはこちらに気付く様子もなく、敵を監視しながら装備を戦闘態勢に移行することは簡単だ。

「結界に穴空ける。長くは保たない」
「壊せないノ?」
「無理」
「・・・・分カッタ」

 翼を持つ央芒は大空を羽ばたきながら戦いたいのだろう。しかし、数十メートルの中核半径を持ち、その間接影響力は三〇〇メートル近く、さらに戦闘支援能力は数キロメートルに及ぶ大結界は杪の力を持ってしても撃破は難しい。
 中核結界はおそらく要の保護。
 間接影響力は力の搾取。
 戦闘支援能力は文字通り、その範囲内での味方ユニットへの【力】供給だ。
 彼女たちは動く要塞拠点と言えた。

「じゃあ、ハイ」

 遠距離攻撃を諦めた央芒はライフルをしまい、杪と共に飛翔すべく手を差し伸べる。
 杪も片手でそれに応えつつ、もう片方の手には突破用の呪符を数十枚持った。

「最大戦速で行くカラ」
「ん」

 二対の翅が忙しなく振動を始め、ふたりの体は再び空へと舞い上がる。

「行くヨッ」
「んっ」

 風術師による中空戦が行われる中、央芒たちは対地戦を行うべく突撃を敢行した。



 地上で【叢瀬】が戦い始めた時、外から来た【叢瀬】も会敵していた。

「―――ガキね。じゃあ、【叢瀬】ってことね、あんた」

 小さな体躯に不釣り合いの軍服を着込み、軍刀を下げた少女は好戦的な視線で央葉を睨めつける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふん、だんまり?」

 反応がない央葉に少女は懐から取り出した大口径の拳銃を向けた。

「どっちにしろ、あたしはあんたを殺すのよ」

 一切の躊躇なく引かれた引き金によって弾き出された弾丸は一瞬前まで央葉がいた空間を通過する。

「へぇ、なかなか、やるっ」

 拳銃の銃口から弾道を計算。
 金色の残像と能力発動に伴う鎖のすれる音を残し、曲芸のような身のこなしで近距離からの弾丸を回避した。
 動き回るのではなく、瞬時に回避行動に移る央葉を捕らえるには短機関銃のような連射のきく銃が必要である。しかし、扱い慣れている少女はその反動にも動じることなく引き金を引き続けた。

「・・・・ふぅん」

 全ての弾を撃ち尽くし、最初の場所から数メートル後退した央葉をつまらなそうに見遣る。そして、余裕綽々に弾倉交換に入った。だが、そこに一切の隙はなく、央葉は動くことができない。

「容姿や身のこなしから、あんたね?」

 銃口でずりさがった軍帽を元の位置に戻しつつ、口元を歪めた。

「【叢瀬】最強の全距離範囲能力者。"金色の隷獣"・叢瀬央葉」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「沈黙は肯定と受け取るわ」

 一気にスライドを引き、初弾を装填する。そして、それを契機にさっきまでの雰囲気が一変した。

「一度食らいついたら骨の髄までしゃぶり尽くすわ」

 爛々と光る瞳に気圧されるも、退けないのはこっちも同じだ。
 央葉は己の能力を解放し、全身を金色の光で包み込む。

「面白いわね。でも・・・・」

 すっと無駄のない動作で照準を合わせる少女。

「格の違いを見せてやるわ、小童っ」
「・・・・ッ」

 加賀智島地下施設B区にて、拳銃を用いた格闘戦が勃発した。






初音 side

「―――ふう、これで全部、ですね」

 初音は侵入してきた人形を残らず凍らせて破壊した。
 その数は十数体だったが、初音には問題ない。

「これは"男爵"様の≪クルキュプア≫ですね。・・・・まあ、正当防衛ですから大丈夫でしょう」

 メイド服の裾を叩き、初音は立ち上がった。
 すでにこの部屋を覆っていた冷気は壁に空いた大穴から逃げている。

「ふぅ、今日は疲れました」

 何せ単装速射砲を凌いだのだ。
 並大抵の【力】では防ぎ切れなかった。
 そこに≪クルキュプア≫の強襲。

「この借りは高くつきますよ」

 初音は部屋の中央に倒れ伏す少年を見遣る。
 その少年は大きな傷を負っていたが、応急処置を済ませてあった。
 悪運が強いというのか、傷は多いが未だ致命傷がないという脅威的な生命力を見せつけている。

「第二波は知りません。勝手に覚醒して下さい」

 初音をよく知る者からすれば驚くほどの冷たさだ。しかし、その少年が彼女の主が求めた『敵』であることを知れば納得するだろう。
 それほど、初音は主――アイスマンに忠誠を誓っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 初音は一度だけ大穴の向こうに広がる紺碧の海に視線を移す。
 今は静かだが、昨日の夜には幾つもの艦船を呑み込んだ大海原。
 呑まれた者には初音が撃墜した彼の守護獣もいた。

「・・・・ご武運を」

 ドアの前で一礼した初音は裾を翻して虚空へと溶けるように消える。

「―――ん・・・・」

 それから数秒、少年――熾条一哉はゆっくりと手を握り締め、覚醒へと向かう動きを始めた。










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