第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/6



「―――すごい・・・・」

 未だ火花を散らして炎上し、黒煙を吐き出し続ける軍艦や建物。
 アスファルトを吹き飛ばし、地面にぽっかりと姿を見せる大穴。
 熱波と異臭に支配された軍港に自軍以外の気配はない。

「部長、どこから狙撃兵が狙っているか分かりませんよ。死にたいなら止めませんけど」

 秘書の鷹見沢千夏が心配しているのかいないのか、いまいち掴めない言葉を紡ぎつつも袖を引いた。
 戦闘攻撃機「霸鷹」編隊の攻撃や『伍雲』による執拗な対地ミサイル攻撃によって効果的な反撃はない。
 どうやら太平洋艦隊は破壊され尽くした軍港を放棄したようだった。だが、地下施設までは制圧できず、陸戦隊が使うであろう装甲車などは残っているだろう。
 南方艦隊まで呼び寄せていた太平洋艦隊だ。
 その戦力は二〇〇〇近いはずだった。
 普通、海軍の艦艇には三交代制もしくは二交代制をこなせるだけの兵を乗せている。しかし、長い航海や軍事作戦が予想される軍隊とは違い、太平洋艦隊の任務は短い。だから、交代制などほとんどなく、夜間はコンピュータや簡易なAIに任せ、必要な部署だけに当直が置かれるなどで自動化が進んでいる。
 自動システムが旧式の艦でも二交代制。
 そのために太平洋艦隊は艦の数から予想される乗員よりも遙かに少ない乗員で動いていた。
 遠洋に出る護衛艦は一〇〇人前後、巡視船は五〇人前後。
 残りは島嶼制圧用の陸戦隊と基地防空用の防空隊だ。
 戦闘部隊に配属されないにしても整備士や衛生士、通信士などの戦闘遂行に必要な要員や基地管理に必要な非戦闘員も多数含まれるため、実質的な構成員は三〇〇〇弱。
 これが太平洋艦隊の全軍である。
 最も、この内の二〇〇名ほどは紗雲艦隊に属しており、さらに四〇〇名ほどは烏山中継基地及び護衛艦『弓ヶ浜』などの前哨戦で壊滅ないし鴫島を離れていた。

「蜂武より通信。『滑走路に大穴多数。航空機離発着不能並びに対空砲火皆無により敵防空隊の壊滅を認む』です」

 対する紗雲艦隊の陸戦隊は約三〇〇。
 古来より拠点制圧戦は籠城する兵の三倍が定石だが、今回はその逆だった。
 だからこそ、緒戦の勢いのまま押し切る必要があるのだ。

―――ドガァンッ!!!

『『『―――っ!?』』』

 黙々と陣地設営を続けていた者や周囲を警戒していた者が思わず手を止めた。
 それだけでなく、『紗雲』も溶解した主砲に変わる砲――単装速射砲の砲門を爆音の方向に向ける。

「蜂武より通信です。敵の攻撃を受け、その地点にヘルファイアを撃ったそうです。敵は森林や建物の影を利用し、徹底抗戦の構えのようっ」
「分かりました。蜂武には高度を上げ、島全体を見渡すように伝えて下さい」

 『紗雲』が搭載するレーダーでは島に配備される迎撃部隊の配置は分からない。
 蜂武はその重武装よりも高所にて敵の動きを察知する方が重要なのだ。

「第一戦隊、第二戦隊は作戦通り前進して下さい。第三戦隊は軍港地区の制圧を・・・・」

 始まった戦いに対し、藤原は的確な指示を下していく。
 三桁を数える人を直接指揮するのは2度目だ。
 一回目は去年の8月、地下鉄音川駅にてである。
 その時も内に敵を抱えた相手を外から攻め込む構図だった。

(一緒ですね。あの時のように敵が抱えるもうひとつの敵が熾条君であるということも)

「私たちはどうしたらよろしいですの?」

 自分の部隊を引き連れて参戦した和服姿の少女が問う。

「旧組織の皆さんは遊撃隊です。好きに動いて下さい」

 こういう場合、指揮系統は統一するものだが、彼らは普通の物差しでは測れない戦闘力を有していた。
 指揮系統統一など彼らの足枷にしかならない。

「それでは、好きにさせていただきますですの。・・・・では」

 形ばかりのお辞儀をし、彼女は部隊の下に戻ろうと歩き出した。

「っと、その前に」

 鴫島強襲作戦の言わば先鋒的役割を担った兄を持つ少女が指を鳴らす。すると辺りで燻っていた炎が一斉に鎮火した。

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 本営設置のため、消火活動をしていた者たちが茫然自失に陥っている。だが、それも無理はないだろう。
 たった1回、指を鳴らしただけで小さな火はもちろん、消防車何台も注ぎ込んで消火するような大火も弱まったのだ。
 消火活動という、その行動自体に疑問を感じさせる出来事だ。

(これが・・・・炎術師、ですか)

 見渡す限りの炎を消し止める炎術師。
 能力者最強と名高い精霊術師の中にあって、特に攻撃力最強と謳われる一族。

「さあ、このような舞台を用意してくれたお兄様にご挨拶・・・・いいえ、お礼参りに行きましょうか」

 上品な笑みから漏れる鮮烈な言葉。

「もちろん、あなたも行くのでしょう?」
「当然でしょ。散々心配と苦労を掛けさせたんだから、一発殴らないと気が済まないわ」

 大小の鉄扇・<星火燎原>を構える熾条宗家次期宗主――熾条鈴音。
 柄から穂先まで漆黒の鉾・<嫩草>を持つ鹿頭家当主――鹿頭朝霞。

「遅れないでよ」
「九州一の実働部隊に何を言うですの?」
「ふん、井の中の蛙だということを教えて上げるわ」
「圧倒的なレベルの差に打ちひしがれるがいいですの」

 旧組織部隊で最も好戦的な炎術師集団が今の今まで猛威を振るっていた<火>を従えて出陣した。






鹿頭朝霞 side

「―――装甲車部隊の展開が遅れているようですの」
「何か問題があるのかしら?」

 朝霞は鈴音と共に駆け足で移動していた。
 現在、強襲部隊の先鋒は地下司令部の入り口がある島中央部を目指している。
 その建物の上には高性能のレーダーや通信アンテナがあったが、昨夜の急襲で叢瀬央芒によって破壊されていた。だから、鴫島防衛部隊の指揮系統は思ったより統制が取れていないのではないか、と朝霞は思っている。
 事実、これまで敵の反撃はなかった。

「空爆で混乱してるんでしょ。案外、楽かも」
「まだまだ、甘いですの」
「どういうことよ?」

 鈴音はチラリと前方を駆ける強襲部隊の先鋒を見遣る。

「彼らは歩兵ですの。武器は小銃や手榴弾が最強。対戦車ライフルもなければロケット砲もない」
「だから?」
「もし、敵が装甲車を持ち出してきた場合や野戦陣地に籠もり、重機関銃などで反撃してくれば・・・・容易に壊滅しますの」
「そんなの・・・・持ってるの?」

 にわか信じられない。
 これは現代戦の戦争ではなく、裏組織の抗争だ。

「護衛艦や戦闘機、ミサイルを持っている組織がそれくらい持っていないと? そして、司令部を地下に作るならそれらの格納庫も地下に用意されていると見るべきではないですの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私は熾条宗家の尖兵としていくつかの組織を潰してきました」

 鈴音の偉業は紀伊山地にいた時から聞いていた。

『熾条次期宗主は自ら先陣を切り、いくつもの武装組織を壊滅せしめる英傑。その様はまるで地獄の猛火を思わせる』

 鈴音が得意とする戦術は『孫子』でいう風林火山に則り、若いながらも傑出した戦術家として名を馳せている。

「このような組織、一筋縄ではいかないものですの」

―――ダダダダダダダダダダッッッ!!!!!

『『『『『―――っ!?』』』』』

 林の向こうから銃声が響き、銃弾が先遣隊に襲いかかった。

「散開し、物陰に隠れろっ」

 小隊長の命令が各班長に伝えられ、先遣隊は効果的な反撃を開始するべく移動を開始する。そして、すぐに応射の銃声が轟き、辺りは怒号や悲鳴がBGNとなる最前線となった。

「ほら、言った通りですの」
「・・・・ふん」

 朝霞たちも物陰に隠れている。
 残念ながら、こういう場数は【熾条】の方が上だ。
 もたもたしている間に鹿頭のひとりが負傷した。
 幸い、軽傷で戦闘に耐えれそうだが、【熾条】に遅れを取ったという事実は変わらない。

「敵は陸戦隊のようですの」
「ええ、しかも、よく訓練されている」

 鈴音は副官とも言うべき地位にいる旗杜時衡と敵についての分析をしていた。
 伏撃は守り手に絶対的有利を約束する戦術である。
 特に今のような隠れる物に事欠かず、地の利がある守り手には打って付けだ。

「今、部隊は散開しているようですの」

 先遣隊はいくつかの班に分かれ、軍港で崩壊を免れた施設を優先的に制圧しながら奥に進んでいた。
 空爆によって崩壊したものや未だ炎上中のものもあるが、この辺りはその攻撃点から少しずれた場所にある。
 空爆の地点は軍港の中心部――まさに軍艦が停泊する埠頭に集中し、その他はレーダー施設や通信施設などの基地運用に重要な施設を狙っていた。
 そのため、軍港内陸部やその端、さらには居住区に通じる道などはほとんど無傷なのだ。

「被害が少なく、立て籠もりやすい場所に隠れ、私たちを待っていた、ということ?」
「そうですの。小勢に分かれ、小銃を撃ち合うような距離では軍艦が装備するミサイルや攻撃ヘリのミサイルは同士討ちの危険性があって使えないですの。だから―――」
「上陸し、その橋頭堡を築かれるのを黙って見過ごした。・・・・ミサイル攻撃を受けないために」

 ここまで言われればさすがに分かる。
 相手は未だ諦めず、抵抗する気満々だと言うことが。

「敵は揚陸艦が3隻というのを知っていますのね。こちらの方が少ないと分かっている」
「兵が少ない方が多勢に挑む場合、普通は敵の本隊を叩く。だから・・・・」

 きっと朝霞たちが進む侵攻路が一番敵の守りが堅いはず。

(その堅い守りを突破するにはこちらの虎の子――装甲車部隊が必須、ということね)

 ようやく、鈴音が装甲車の展開を心配していたわけが分かった。

「どうするの?」

 【熾条】に鹿頭の能力者が控えている以上、一定の距離さえ詰められれば勝利は間違いない。だが、その方法が見つからなかった。

―――ドォッ!!!

 前方で爆発。
 瓦礫を吹き飛ばし、数人の兵が負傷する。

「迫撃砲・・・・」

 敵は充分な装備を有しているようで味方部隊の揚陸完了を待たずに突出した先遣隊を迎え撃っていた。
 先程の砲撃は小銃で応戦していた味方の砲火を目印に放たれたに違いない。だとすれば狙われていると分かって派手に応戦する兵はなく、自然と闘いは防戦一方に追い込まれてきた。

「ねえ、だんだんこっちに迫ってないかしら?」
「・・・・ええ」

 炎術師は銃器を持っていない、ということで先遣隊の最後尾を担っていたが、後退する先遣隊に伴って前線も後退してきている。
 ならば、まもなくここも前線となる。

「全員、敵の姿が見えたら攻撃なさいですの。迫撃砲は・・・・私が落とします」

 ロケット兵器と違い、迫撃砲は初速も遅く、放物線を描いて迫ってくるため、撃墜することも可能なはずだ。だが、そのためには早く認識して迎撃の炎を放たなければならない。

「先鋒は任せて」

 朝霞は<嫩草>を握り締めて言った。

「炎術の威力はそっちの方が上でしょ? なら、接近戦は任せてくれる?」

 鹿頭家は伝統的に長柄の武器を得意とする。
 それは鹿の角を意味する名字からも窺えるが、熾条宗家の分家だった折、その先鋒――侵攻部隊だった過去があるためだ。

「ええ、お任せするですの。但し、分散はしないこと。こちらが混乱するような行動を取れば、迷いなく撃ち抜きますの」
「上等。あなたは後ろから私たちの力を見てればいいわ」

 アスファルトを割り砕いて鉾を突き刺し、空いた両手でリボンを調える。
 その間に感覚は鋭敏にさせ、視線は常に前を向いていた。

「さあ、行くわよ、香西」
「・・・・はっ」

 錫杖を武器とした、家宰――香西家の当主が応じる。
 銃声や爆音は続いていた。
 不利と分かっても戦い続ける先遣隊に救いの手を差し伸べるのだ。

「・・・・ッ」

 朝霞は姿勢を低くして走り出す。その後ろに鹿頭の者が続くが、熾条は動かずに<火>を顕現させた。そして、立て続けに火球が敵のいた、もしくはいるであろう場所で炸裂し、迫撃砲の爆音と激突する。

「な、なんだ!?」

(見つけたっ)

「はぁっ」
「ギャッ」

 朝霞は身を隠していた瓦礫を失い、右往左往する敵を<嫩草>の柄で打ち据えた。
 敵味方の判断は古い智恵だが、袖印を使っている。
 両腕に白地に朱で書いた文様がそれだった。

「止まらないでっ。駆け抜けなさいっ」

 朝霞たち鹿頭は敵の勢力圏となったと思しき場所を真一文字に切り裂いていた。
 瓦礫をうまく利用され、前に姿を現した時には目の前という状態では陸戦隊は小銃を使う暇もない。そうして一合も交えることなく、弾き飛ばされて地面に転がった。
 生死を問わず、突破に重点を置いた突撃は充分に陸戦隊を動揺させる。
 何せ寄れば精霊術師特有の体術で薙ぎ倒され、遠方からは炎術が飛来するという勇猛さ。
 その様は電撃戦を行うような戦車部隊の突進だった。

「何なんだ、お前らっ」

 驚愕を前に出し、身を竦ませる男。
 その男は明らかに兵とは違う。

(こいつが・・・・指揮官っ)

「香西っ」

 朝霞は男の身分を見取り、声だけで命令を送った。

「御意」

 すぐに香西が応え、数人が立ち止まって炎を放つ。

「うわぁっ」

 炸裂した火球は彼らの防御陣を狂わせ、朝霞を筆頭とした白兵戦部隊が雪崩れ込んだ。
 小銃を使う部隊の白兵戦では銃剣などが使われる。
 事実、現代軍隊においても銃剣術は歩兵の必修訓練だ。しかし、あくまで訓練であり、近接戦闘でも使用できるアサルトライフルの普及で儀礼となりつつある。
 よって、真に白兵戦の修練を積んだ者に対し、軍兵が修得した銃剣術などゴミだった。

「覚悟っ」
「ヒィッ」

 朝霞は銃口が自分に向く前に鉾を叩きつけて銃を潰す。そして、大きくバランスを崩した指揮官の喉元目掛けて刺突を繰り出した。

―――ドシュッ

「・・・・ッ」

 肉を裂く感触が手に伝わり、生暖かい液体が体に降り掛かる。
 その生き物を殺傷する感覚に耐えながら腕を振って穂先を抜いた。

(これが・・・・あいつらが経験してきた戦場・・・・ッ)

 頭上を弾丸が飛び交い、爆音と悲鳴に支配される戦場。
 そんな場所で行われる駆け引きは退魔とは違うレベルだ。しかし、ここで得た経験は必ず退魔に生かすことができる。
 かつて中東でゲリラ戦を展開し、正規軍を翻弄し続けた戦略家――"東洋の慧眼"・熾条一哉。
 戦術家ではなく、戦略家として讃えられたが、ゲリラ戦の実戦指揮にも秀でており、一定以上の戦術家であったことは間違いない。
 そして、その妹――熾条鈴音は早くから次期宗主として陣頭指揮を執ってきた。
 九州にSMO支部はない。そのため、熾条宗家は持ち前の情報収集力と要所に根を下ろした諸家と協力して効果的な退魔網を築き上げている。
 退魔だけでなく、裏組織との激戦も経験し、その生き残りから付けられた名が"火焔車"。
 目を付けられたら最後、地獄の業火で焼き尽くされるのだ。

「―――っ!?」

 頭上で響く轟音。
 それは衝撃波となって辺りの瓦礫を振るわせ、朝霞を思考から引き戻した。

「この馬鹿っ」

 後方で支援に当たっていたはずの鈴音が駆けてくる。

「来るですのっ」
「・・・・ッ」

 いつの間にか止まっていたのか、朝霞目掛けて迫撃砲が放たれていたのだ。
 降り注ぐ砲弾の数は数十。
 元々、持ち運びに便利で速射性がある迫撃砲は低い命中率を数でカバーするような代物である。

「炎術師が火力で劣るわけないですのっ」

 右手に持った大きな鉄扇を振るい、そこから迸った深紅の炎は砲弾を迎撃し、鮮やかな火焔を空に煌めかせた。
 先程とは比にならないほどの轟音と衝撃が地上に降り注ぎ、銃声を掻き消す。

「ふん、ミサイルならいざ知らず、視認できる火器でこの私を出し抜くことはできませんの」
「・・・・ちぇ」

 数十メートルにわたって降り注ぐ迫撃砲全てを焼き尽くすなど朝霞にはできない所業だった。
 戦術や意識だけでなく、やはり土台から違うことを見せつけられては面白くない。

「すぐに前進が始まります。ここにいては敵味方に狙われますぞ」
「そうね」

 香西の言葉に頷き、移動を開始しようとした、その時―――

「ぬっ」

 香西の錫杖が宙を薙ぎ、甲高い音を響かせて何かを撃墜した。

「何者っ」

 鹿頭の者たちは朝霞を中心に円陣を組み、周囲に気を配る。

「・・・・羽?」

 地面に突き刺さった物は白くふわふわした見た目を持つ二〇センチほどの羽根だった。

「「「うわああっっっ!?!?!?」」」
「「「―――っ!?」」」

 すぐ後方から悲鳴。
 それは思わぬ敵襲を受けたという狼狽え声だ。

「何、が・・・・?」

 朝霞は悲鳴の方向から奇妙な生き物が飛翔するのを見た。
 上半身は人間のそれ、しかし、下半身は鳥の体という生物。上半身が人と言ってもその腕は翼になっており、力強く大気を掻いている。

「あれは・・・・」

 思い当たるのか、鈴音がはっと息を呑んだ。

「―――伏せろっ」

 鋭い声が彼らを打ち、身に湧き起こった危険の予感が全員を突き動かす。

―――ドドドドドドドドッッッ!!!!!

 機関銃の放射を思わせる衝撃が降り注ぎ、真っ白な羽根が瓦礫に突き刺さった。

「無事!?」

 自らも掠り傷を負った朝霞は被害を確かめる。そして、鈴音は反撃の炎を打ち上げた。
だが、当たれば一撃で大型トラックをも止められる炎弾は虚しく空を切る。

「速いっ」

 悔しそうに空を見上げる鈴音を見下ろし、嘴のない鳥というか、狐のように鼻先が尖った顔がわずかに歪んだ。

(嗤った・・・・)

 それも嘲弄の部類に入る笑み。
 翼を持たぬ種族に対する絶対的な優位を見せつけるような、そんな笑みだ。

「ふざけた真似を・・・・ッ」

 鈴音を中心に【力】が吹き荒れた。
 引き寄せられる<火>はこれまでの炎術ではない。

「その行為、後悔させて上げ―――」
「―――待った」
「・・・・ぇえ!?」

 術式発動寸前の肩をポンッと叩いたのは先遣隊にはいなかった少年だった。

「さっきの声も反応してくれたけど、俺の存在は見事に無視してくれたな」

(あ、そういや、さっきの『伏せろっ』って、この人の声だったのね)

 結城宗家当代直系三子――"風神"・結城晴也。

「あいつは俺に任せてくれるか? 巫山戯た真似されたのは"俺たち"なんだよな」
「どういうことですの?」
「見てりゃ、分かるよ」

 晴也に倣い、全員が空を見上げる。
 銃声に代わり、この戦場を支配する"妖魔"は下界を睥睨するように旋回した。そして、羽根を振り上げるようにすると空気の流れが変わる。

「・・・・これは」

 妖魔の付近で圧縮されていく空気は地上のそれを巻き上げ、いわゆる竜巻を生み出した。

「風術っ」

 それもただの精霊術ではない。
 自然災害を巻き起こす、歴とした厄災だ。

「こんなことできるの、兄貴くらいしかいねえと思ってたんだけどな」

 苦虫を噛み潰したような表情で晴也は妖魔を睨みつける。
 竜巻が起きた箇所では瓦礫だけでなく、人間までもが高度2、30メートル上空に巻き上げられていた。

「どうやら、俺たちが薄々と感じてた黒幕って奴がお出ましらしいぜ」

 精霊術を扱う妖魔など、上級妖魔の部類に位置する。
 そんな妖魔がSMOに従うわけもないし、事実、妖魔は両陣営に公平な攻撃を敢行していた。そして、この孤島に妖魔がいきなり沸くわけがない。
 だったら、上級妖魔を扱う組織がこの戦場に妖魔を送り込んだと考える方が自然だ。
 妖魔を使うならSMOも旧組織も根本的に敵となる。
 その敵が同士討ちとも言えるべき戦いを繰り広げているならばそれに乗じない手はない。

『漁夫の利』

 黒幕が狙ったのは、まさにそれだった。

「じゃあ、私たちはふたつを相手にするのかしら?」

 ただでさえ、戦力差は苦しい。
 もうひとつ勢力が増えれば耐え切れるかどうか。

「さあな。まあ、鴫島事変のように大軍ってわけじゃないから」

 そう言って4メートル近い大和弓――<翠靄>を召喚した。

「上級妖魔なんぞ、俺たちが狩ってやれば、SMO崩れの連中は太平洋艦隊に集中できるだろう」

 不敵な笑みを浮かべ、"風神"は風を孕んで浮き上がる。

「高速空中戦は兄貴の十八番なんだけど・・・・どっか行っちまったしな。第一、相手にとって不足はねえ」
「大丈夫なんですの?」

 "風神"の非力さは有名だ。

「綾香がいても仕方がねえよ、これは」

 肩をすくめた晴也は綾香が眠る『紗雲』を見遣った。

「それにあいつがいないからって引き下がれば、俺はあいつに黒こげにされるんでな」

 「俺も一応、【結城】の直系だからな。ここいらで武威を示さねえと忘れられる」と茶化した晴也は文字通り風となる。
 爆発的な瞬発力で上昇した晴也は妖魔――霊落獣の上空辺りで停止し、急降下にて逆落としに襲いかかっていった。
 数十分前に鴫島上空で行われた戦闘機同士の格闘戦(ドッグファイト)。

(すごい・・・・)

 翼の持たぬ人間はあのように空を駆ることはできない。だから、一種の憧憬を含む視線でその空戦を眺めた。
 妖魔の羽根と晴也の箭が交差し、空中に四散する。
 その鮮やかな死闘に魅了された地上戦が爆音にて再開されたのはそれから数分後だった。






時宮葛葉side

「―――くそっ、どうなってやがるっ」

 守山陸戦隊指揮官は鴫島からの報告に思わず壁を殴りつけた。

『敵の揚陸を許すも我ら陸戦隊を中心に交戦す。貴官らは加賀智島陥落に全力を注げ』

 この命令は総司令部が加賀智島に上陸した部隊を戦力外と見た、という事実に他ならない。
 確かに制空・制海権を失った太平洋艦隊が加賀智島にいる陸戦隊八〇余を呼び戻して本島防衛に就かすことはできない。
 それでも気持ちが治まらなかった。

「んな、どうでもいいプライドなんて捨てろ。それどころじゃねえだろっ」

 臨界点を突破している十湖は呆然とする守山をどやしつける。
 数分前から始まった謎の人形集団による攻撃は完全に陸戦隊を動揺させていた。
 それだけでなく、特赦課の桑折琢真、片霧御幸に付けられた生命反応装置から応答がない。
 それは人形集団参戦の前後であったため、戦死した可能性が高かった。

「C区に侵攻した部隊は絶望的ですね。おそらく、人形集団はC区方面から侵攻してきたんでしょう」

 時宮葛葉は十湖よりも落ち着いている。だが、戦況が芳しくないことは分かっているし、太平洋艦隊が自分で精一杯な状況ではこの島から脱出することは不可能なのだ。

(もう、限界かな・・・・?)

 矢壁十湖の作戦立案能力は監査局でも指折りである。だが、作戦実行能力はあまり高くなかった。
 それは臨機応変さに欠け、立案した作戦が致命的に成り立たなくなると暴走する癖があるからだ。
 十湖という人物は参謀などの職は転職だろうが、司令官には向かないという困った特性を持っているのだ。しかし、それでも司令の位置を任されるのは臨機応変のなさを補って余りある作戦立案能力があったからなのだ。

「矢壁さん、この様子では本来の作戦は無理です。こちらも長くは保たないでしょう」

 ただでさえ一筋縄ではいかない【叢瀬】を相手にした戦。
 そこに正体不明の部隊が襲いかかっては、苦戦は免れない。
 事実、崩壊した戦線もあり、攻撃隊は防戦に追い込まれていた。

「じゃあ、時宮、どうする?」

 苛立ちが強いのか、敵意にも似た視線を向けてくる。

「陸戦隊を呼び戻し、戦線を縮小させ、彼らを防御に回します。そして・・・・」

 葛葉は蕩けるような甘い笑みを浮かべた。

「私が【叢瀬】本陣向けて突撃します」
「正気かっ!?」

 守山が声を荒上げる。

「矢壁さんの作戦は【叢瀬】を一網打尽にしてから本丸を攻め落とす、言わば正攻法です。しかし、【叢瀬】が組織だった迎撃をしているのは本丸――"銀嶺の女王"が指揮しているから。ならばその女王さえ討ち取れば・・・・後は総崩れです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 言いたいことは分かったのだろう。
 守山は黙って考え始めた。

「できるのか?」

 窮地に陥った軍勢がやることはまず、敵の指揮官を暗殺することである。だが、敵の本陣は当然、厳重な警戒態勢にあり、容易に近付けない。また、ここは地下であり、敵本陣までの道は全て封鎖、もしくは守備隊が置かれていると見て間違いない。
 敵本陣突入はそのまま敵部隊貫通に等しいのだ。

「時宮の敵地潜入スキルは特赦課一だ」
「・・・・へぇ」

 攻撃隊の雰囲気が変わった。
 それを感じた葛葉はゆっくりと歩き出す。

「それでは参ります。矢壁さんも率いる者がいなくなりましたので・・・・一介の能力者にお戻り下さいな」

 うずうずしている十湖に言った。
 残りの特赦課の者は放っておいても戦うだろう。そして、これまでの作戦を放棄するというならば司令・十湖の存在はもう必要なかった。

「・・・・そうだな。そもそも、私らのような人間に組織だった戦いなど不可能だったんだ」

 カシャン、と音を立て、十湖は軍刀を引き抜く。

「ならばこれが本当の総力戦だぁっ」

―――バンバンバンッ

 そのまま拳銃の引き金を引きつつ走り去っていった。
 後には何やら罵声らしき声が聞こえるだけ。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 沈黙を残し、特赦課が誇る狂戦士は特攻を開始する。

「・・・・いいのか、あれが指揮官で」

 顔を引き攣らせて訊いてくる守山。

「特赦課はあのような方ばかりですよ」

 そう言い、葛葉の能力を発動。

「い゙っ!?」

 どろどろに溶け、床の隙間から階下への侵攻を開始した。










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