第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/5



「―――だぁんしゃくっ、準備できたっ?」

 陽気な声が薄闇に響き、それに反応する幾つもの影が動いた。
 それらは大多数が小柄だったが、車椅子に座る男とそれを押す女性だけが人間と同じ背丈だ。

「カカカッ、陛下、新生≪クルキュプア≫も数が揃い、万事整いまして御座います。カカッ」

 多少くぐもった声で答え、車椅子の男――"男爵"は己の主――"皇帝"の方へと向いた。
 その顔には鬼の仮面が付けられている。
 声がくぐもっているのは仮面越しの発言だからだ。

「クカカ。ヘレネ、奴の動きはどうだ?」
「・・・・はい、現在熾条一哉は何の動きも見せておらぬようです」

 ここ、彼らが【神殿】と呼ぶ場所では南太平洋で繰り広げられる、所謂「第二次鴫島事変」の様子が映し出されていた。
 次第に戦いの規模が大きくなっていく戦闘は見応えがあった。

「"宰相"、もう送っちゃっていいかな?」
「・・・・ふむ、両軍入り交じり乱戦と言ったところか」

 作務衣姿の"宰相"は顎に手を当てて考え込む。

「今回は最初から総力戦の様態、余力を潰すという手間もないな」
「じゃあ?」

 "皇帝"が瞳を輝かせた。

「うむ。―――ヘレネ、出陣だ」
「・・・・はい」

 ヘレネ以下、≪クルキュプア≫が一斉に武器を揃える。

「ヒッヒ、ようやく"東洋の慧眼"をぶち殺せるわ」

 仮面の奥で狂笑を上げる"男爵"。

「ヘレネ」
「・・・・?」

 主を無表情だが、痛ましげに見つめていたヘレネは"宰相"に顔を向けた。

「島には神忌がいる。気になることがあれば接触しろ。あいつにはすでに伝えてある」
「・・・・分かりました」

 ヘレネは傍らに刺してあった槍と足元の盾を持ち上げる。そして、己の背後に居並ぶ新生≪クルキュプア≫を振り返った。
 前回の地下鉄音川駅での戦い。
 その生き残りである8体を中心に編成された部隊は前回よりも組織力が上がっている。

【ヘレネ様、参りましょう。散っていった同胞たちの無念を晴らすため】

 数は前回の倍。
 だが、その分荒さが目立ち、思考を巡らせられるのは生き残り組の他に、数体あるのみだった。
 残りの一〇〇〇近くはくすんだガラス玉の目でヘレネを見つめている。

「カッカ、もちろんじゃ。この"男爵"・マディウスの人形が必ずやあの若造の首を取るゥっ。クワッカッカッ」

 顎を上げ、笑い声を上げる"男爵"の仮面から覗く眸。
 それは深紅に染まっていた。

「"男爵"、期待してるよ」

 にこにこと笑顔を浮かべ、"皇帝"は手を振る。そして、この場の誰よりも強力な【力】がその身から発せられた。

「じゃあ、飛ばすよ。できればもっとまとまってくれるかな?」
「うむ、あまり広がりすぎては空間の切れ目で切断されるぞ」

 ふたりの忠告を受けても末端の≪クルキュプア≫は自主的に動かない。

【集まれ】

 部隊長の命令で彼女たちはその円を縮め、"皇帝"が行う空間転移の範囲内に収まった。

「向こうには"侯爵"が目印付けてくれてるから。とりあえず、地上の施設屋上に飛ばすよ、"男爵"」
「畏まりました」

 主に向けられた言葉に返事をし、ヘレネはカクンと首を急角度に傾けている"男爵"を見下ろす。

(これが、私たちの最後の戦いとなるでしょう)

 前とはすっかり変わってしまった主。だが、変わらぬ忠誠を誓うヘレネと生き残りたち。

("東洋の慧眼"、やはり花を飾るのに相応しい、好敵手という奴ですね)

「カカカ、待っておれヨ、熾条一哉ァッ」

 辺りに邪気を放出しながら、"男爵"の手勢と数匹の上級妖魔が激戦を繰り広げる鴫島諸島へと転送された。






叢瀬央梛 side

「―――行けやァッ」

 琢真の一撃は妖魔の一角を削り取り、その向こうにいた央梛に襲い掛かった。

「くっ」

 妖魔の壁越しに放たれたその一撃を左肩がかすったが、辛うじて避ける。
 常人ならば肩の部分がえぐり取られてもおかしくない一撃。しかし、央梛の肌は常人レベルではない。
 今までの経験からかすった程度ならば問題ない、はずだった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

(威力が・・・・上がってる?)

 消耗戦が始まった当時の琢真ではあの威力は出せなかったはず。

『どうやら、奴の異能は使うごとに威力が増すタイプのようだな』

 インカムのイヤホンから椅央の声が聞こえる。

「ガッ、ハァ・・・・はぁ・・・・」

 頭を抑え、苦しそうにする琢真。
 それから慎重に間合いを計り、妖魔と琢真双方を見られる位置に陣取った。

(やっぱり、陛下の情報収集力はすごい・・・・)

 央梛は現在進行形で椅央にサポートされている。
 それは刻一刻と変わる戦況で情報がなければ遊撃隊の役割をこなせないことと、椅央自身が央梛の身を案じたからだ。


『央梛、奴の能力はカッターの軌跡より出でる不可視の刃だ』

 第三次攻撃が始まると同時に椅央は対戦相手の情報を開示した。
 【叢瀬】はこの攻防戦を前に罠を仕掛けるなど、周到な策を立てている。
 その一環として、ところどころに無線を隠していたのだ。

『狭いところで振るわれれば負傷は免れない。ならば広い場所に誘導して戦え』

 その誘導は余が手引きしよう、と椅央は続ける。

『お前は接近戦の得手だが、オールラウンダーの素質を備えている。期待してるぞ』

―――この時、央梛は何の疑問もなく、椅央の策に従ったが、ここまで的中すると疑問が生まれてきた。


「陛下」
『ん? どうした?』
「どうして・・・・ッ」

 鉤爪で妖魔の急所を切り裂く。

「どうして奴のプロフィールが分かったんですか?」
『ああ、簡単なことだ。発電システムが非常変電システムを使ってだいぶ回復したからな。島内の情報統御は他に任せ、余は東京本部にある監査局データベースにアクセスし、情報を盗んだのだ』

 絶句。
 この短時間である意味、国の最深部である軍事機密を盗んでくるような真似、到底できるはずがない。だが、それを成し遂げてしまうのだから恐れ入る。

『不可視の斬撃と特徴のある容姿から、奴が監査局特赦課序列十三位――桑折琢真だってことが分かったのだよ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・すごい」
『どうも。奴に勝つにはとにかく長期間の戦闘だ。その分、こちらも辛くはなるがな』
「ウラァッ」
「―――っ!?」

 勘で横っ飛び。
 するとさっきまでいた場所にバターのような削り後が残った。

「ゼェ・・・・逃げ、てんじゃ・・・・ネエッ」
「うぐっ」
『央梛ッ』

 体勢が整わなかった央梛の体が派手に吹き飛ぶ。
 防御すらできなかった央梛は体の正面に攻撃を喰らい、真っ赤な血を撒き散らした。

「ぐ、あ・・・・カハッ」

 瞬く間に衣服が朱に染まっていく。
 傷も開き、包帯は白い部分を探すのに苦労するほど汚れてしまった。

『央梛、大丈夫か?』

 冷静だが、わずかに動揺で揺れる声。
 無理もない。
 【叢瀬】間では最年長だが、世間的に見れば未だ十四才。そして、「仲間」というものに特別な思い入れのある【叢瀬】は何としても仲間の損失を嫌う。

「げふっ」

 喉の奥から迫り上がってきた塊を吐き出し、地面に大輪の赤が開いた。

「ツー・・・・。あー、チクショー、痛いゼ」

 央梛を倒した後、数度の能力行使で妖魔を消し飛ばした琢真が寄ってくる。
 あれだけいた妖魔もさすがに品切れだ。
 央梛と琢真で倒した妖魔の数は三桁近い。
 確かに低級妖魔の寄せ集めだったが、それでも異常な数字だ。そして、その撃破数の8割が琢真の手によることから、その戦闘能力の高さが窺える。
 「時間による撃破数の変移」、などというグラフがあれば、その尻上がりも顕著に顕れているはずだ。

「くぅ・・・・」

 何とか力を入れ、上体を起こして壁にもたれかかる。

(油断、した・・・・)

 琢真は数瞬前まではうずくまっており、とても攻撃できる態勢ではなかった。しかし、現に央梛が傷を負って倒れている。

「へっへ、手こずらせやがっ、てっ」
「あぐっ」

 攻撃ではなく、琢真が蹴った瓦礫が央梛に命中した。
 それでも限界を超えた体はダメージを蓄積する。
 急速に眠気が浸透し、耳元での声もどこか遠くに聞こえた。

「全くよぉ」

 ガリッと3、4個の頭痛薬を口に入れてかみ砕く。

「一箱、食い終わっちまったゼ。はぁ・・・・どうしてくれんだよぉ? ぁあん?」

 目の前で腰に手を当てて仁王立ちする琢真。

『央梛、落ち着け。呼吸を整えてダメージを受け流せ』
「はぁ・・・・はぁ・・・・ぐ・・・・」
「おうお、苦しそうだねぇ? ・・・・オレ様も痛いゼ、畜生」
「あうっ」

 こめかみを抑えながら央梛の足を踏みつけた。
 比較的傷の少ない脚部だが、成人男性に踏まれれば骨に響く。
 何せ央梛はまだ一桁の幼さなのだから。

「ふぅ・・・・クッ、ズキズキすらぁ・・・・ッ」
「あ、ぁぁッ」

 グリグリと靴底で圧迫された骨が軋みを上げた。
 頭痛が治まらないことに苛ついているのか、琢真は息を荒くする。

「うらっ」

 ドカッと右肩を蹴られ、央梛は床に転がった。

「〜〜〜ッ」

 先程負傷した箇所への打撃に悶絶するしかない。

「はぁ・・・・ようやく終わりだゼ。でもムカつくからこのままお前の薄汚ねえ根暗な仲間んとこ行って皆殺しにしてくれようかァ?」
「―――っ!?」
「ヒャハッ、ズタズタのボロボロにして海に捨ててやるよっ。サメがたくさん寄ってくるかもなァ。カーカッカッ」

 ズボンのポケットに両手を突っ込み、仰け反って哄笑した。

(皆、殺し・・・・)

 少しずつ冷静になってきていた頭にカッと血が上る。

『落ち着け、体温が上昇しているぞ』

 サーモグラフィーでこちらを窺っている椅央のからの言葉はある種の決意を促した。

「そんじゃ、第一号ってことで、逝くかァ?」
「・・・・せない」
「あ?」

 カッターの刃を全て出し、央梛に振り下ろそうとしていた琢真が動きを止める。

「何か言ったか?」
「させないって言ったッ!」

 重傷を通り越した重体とは思えない大きな声を出した。
 未だ力の入らない体から顔だけ琢真に向ける。そして、強い意思の籠もった視線を琢真に突き刺した。

「ふ、フハハーハハーッ。オモシロイぜ、お前。そんなんでどうやってオレ様を止めるんだよォ、ァア!?」
「うぐ・・・・っ」

 腹部に入った蹴り。
 口に新たな血を感じるが、央梛の視線は衰えない。

「絶対に・・・・諦めない・・・・ッ」

 衝撃で壊れたのか、イヤホンからは雑音しか聞こえなかった。しかし、その雑音の向こうには何人もの仲間がいる。

「誰一人・・・・殺させはしない・・・・ッ」
「テメェ、状況分かってんのかァッ?」
「うぅ・・・・」

 倒れていた央梛の襟首を掴み上げ、強引に引き寄せる。

「殺させない、とか言ってる奴が真っ先に殺されかかってるんだよ、馬鹿がッ」

 思い切りそのまま投げ飛ばす。
 琢真も逞しいわけではないが、やはり央梛が軽すぎた。

「あ、ガッ・・・・」

 数メートルの距離を飛び、地面に叩きつけられる。

「ふ、ぅ・・・・ぐ・・・・」

 ぐっと四肢に力を入れた。
 うつ伏せの体勢から腹筋を使ってまずは四肢を支えに腹を浮かせる。

「ああっ、うっとうしいっ」

 せっかく持ち上がった腹に央梛の小さな身体を浮かすような強烈な蹴りが入った。
 血を盛大に流しながらゴロゴロと転がったが、すぐに起き上がろうと動き出す。

「何なんだよ、お前はよォッ」

 明らかに央梛の出血量は危険だ。
 常人ならばショック死してもおかしくない量だった。だが、それでも"央梛の能力"はそのようなことでは屈しない。
 『驍』とは勇ましくて強い、という意味。

「とっととくたばれやァッ」

 ふらふらと立ち上がった央梛に向け、琢真の不可視の刃が放たれた。
 『梛』は神木と見られ、厄災避けにされる。

―――ザパァッ!!!

 ふらついて体勢の崩れた上を通過した刃は壁をえぐる。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 ぎゅっと左手の鉤爪を握り込んだ。
 何より、『梛』の葉は強靱さで有名である。

「絶対に、守る。・・・・陛下や、みんなをッ」

 重体とは思えない身のこなしで央梛はスタートを切った。

「ぬかせっ」

 カッターの刃を全て出し、斬撃を繰り出す。そして、それはまるで複数の剣客が乱れ突きを放っているかのような壁で央梛に迫った。
 ふたりの間にあった妖魔の残骸や瓦礫、床までもがズタズタに、もしくは細切れに変わる。

「消えろヤァッ」

 異能を発現し続ける琢真が口の端から唾液を垂らしながら叫んだ。

「はぁっ」

 何でも削り取る不可視の刃に対し、央梛は真っ向から左右の鉤爪を振るう。

―――ズズンッ

 刃はそんな障害をものともせずに直進して遠くの壁を寸断。
 ずれた壁板が崩落することによって訓練場全体に広がる砂塵を生み出した。

「へっ・・・・ぐぁっ」

 勝利の笑みを浮かべたのも束の間、琢真は頭を抱えてしゃがみ込む。

「イテェ・・・・くすり、クスリ・・・・」

 ごそごそと懐を探り、数個の錠剤を取り出した。

「させ、ないっ」
「なっ」

 そんな隙だらけの琢真を狙い、砂塵を吹き散らした央梛が小太刀を振りかぶる。

「セッ」
「ぐぉっ」

 二尺に及ばない刃が小さな弧を描き、鋼の鋭さを見せつけた。
 央梛の斬撃は左肩口から入り、胸を通過、右脇腹に抜ける見事な袈裟斬り。しかし、踏み込みが甘かったのか、瞬殺にまでは至らない。

「ぐふぅ・・・・ッ」

 傷口から血が噴き出し、琢真はたたらを踏んだ。
 本能的動きで傷口を押さえるが、その際に頭痛薬は散らばってしまう。

「テメ、どうやってあれを潜り抜けやがったっ」

 ポタポタと傷口を抑えた腕から血が滴った。
 その量はかなりのもので瞬く間に血溜まりが広がる。だが、そんなことより彼の関心は必殺の思いで繰り出した斬撃をどうやって回避したのか、だった。

「僕の、異名は・・・・"驍名の爪牙"」

 肩で息をし、近距離の間合いで種明かしをする。

「直訳で・・・・"強くて勇ましい、爪と牙"」

 チラリと後ろを振り返った。
 そこには見事に砕け散った左右の鉤「爪」がある。

「その強い爪で防、ぃだ・・・・はぁ・・・・う、ぐ・・・・」

 それでも脇腹や太ももなどに大きな裂傷。
 その他には数え切れない擦り傷を負っていた。

「く、そ・・・・頭、もイテェ・・・・ッ」

 両者の距離は約5メートル。
 央梛にとって一息に踏み込める間合いであり、琢真にとっても能力発現可能範囲である。
 この対戦で初めて、両者の攻撃可能範囲という間合いになったが、両者とも満身創痍だった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・うぅ・・・・はぁ・・・・ふぅ・・・・」

 央梛は度重なる負傷での出血と極度の緊張による疲労。

「ぐ、あぁ・・・・がぁ、くそ・・・・信じられねえゼ、まったく・・・・ガハッ」

 琢真は重度の頭痛とたった一撃の負傷による大量出血。

「「はぁ・・・・はぁ・・・・」」

 両者、適切な治療を受けなければ間違いなく死亡するという致命傷を受けている。

(・・・・陛下は?)

 相変わらず、イヤホンからは雑音しか聞こえなかった。
 必死に考え、肉を切らせて骨を断つ精神で特攻したにも関わらず、琢真はまだ立っている。
 こんな時、彼女の言葉が必要だった。

「はぁ・・・・ふぅ・・・・」

 あまり気にかけていては危険なので、諦めてすぐに意識を切り替える。

「はぁ・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・」

(あれ?)

 琢真の呼吸が静かになった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はぁ・・・・はぁ・・・・?」

 それは不自然な沈黙。
 まるで呼吸をすることを忘れたかのようにピタリと荒い息が止まったのだ。

「くくく・・・・」

 俯いていた琢真の口から笑い声が洩れる。

「くはは・・・・ははは・・・・」

 乾いた笑い。
 何の感情も込められず、ただ声帯が震えているだけ、と思える不自然さ。

「何、が・・・・」

 不気味すぎて思わず後退りそうになった。だが、せっかくの間合いを離してはいけないと前に出る。
 それが、結果として崩壊の契機となった。

「オレ様に近寄るんじゃネェッ!!!」
「うわっ!?」

―――ドガァッ!!!

 琢真を中心に不可視の刃が放たれる。
 その刃の大半は彼の周囲3メートルの地面に叩きつけられたが、それで生じた破片や余波によって央梛は大きく跳ね飛ばされた。

「あぐっ」

 もちろん、重傷の央梛に受け身などとれるはずもなく、地面に叩きつけられる。そして、遅れてきた瓦礫や破片が幼い少年を痛打した。

「あ・・・・―――」

 すっと目の焦点を失う。

(だ、ダメだッ)

 一瞬、意識が飛んだ。
 頭を振り、央梛は琢真の姿を探す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ」

 竜巻のように破壊の限りを尽くす琢真は膝を付き、頭を抱えながら哄笑していた。
 涎や鼻水、涙を流しながらもその口からは笑い声が絶えない。
 胴体にある傷からも血は流れ続け、彼の衣服は朱に染まっていた。

「・・・・・・・・・・・・まさか」

 見覚えのある姿。
 精神が制御を失い、また、その理性をも失った場合に陥る、能力者最悪の事態。

「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッ・・・・ガハッ」

 『暴走』。
 自身の能力を制御できず、その猛威を無秩序に放出。
 辺りを灰燼に帰そうとも己の体が耐えうる限り破壊する末期状態。

「止め、ないと・・・・」

 あれが敵だとか言うのは関係ない。
 央梛はもう二度と、あの症状で亡くなる人間を見たくなかった。

「止める、んだ・・・・ッ」

 震える手足に力を込め、立ち上がろうと足掻く。

(みんな・・・・ッ)

 幼い頃、年上同い年年下問わず、両手では数え切れない仲間が同じ症状で逝ってしまった。
 格闘技の師匠にて強くて優しかった年上の少年。
 共に椅央に憧れ、共に過ごした同い年の両性体。
 能力の行使が怖く、毎晩震えていた年下の少女。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 幾度目になるかも分からぬ対峙。

―――ダダダダダダダッッッ

「ギャッ」
「・・・・・・・・え?」

 それは唐突に終わりを告げる。
 銃声と共に琢真の体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
 俯せに倒れた体からはどす黒い液体が流れ出し、その面積を広げていく。
 彼が持っていたカッターも何か硬い物に打ちのめされたのか、小さなカケラとなって散らばっていた。

【―――目標ヲ撃破。姿形カラ監査局特赦課序列十三位・桑折琢真ト断定】

 音源の方向へと視線を向ける。

「・・・・なんだ、あれ・・・・」

 崩壊した壁の向こうからやってきた奇妙な軍団。
 彼らは銃器を持つ者と日傘を持つ者、様々な近接武器を持つ者に分かれてはいるが、根本は変わらなかった。

【目標トハ別ノ生命体発見】

 十数体のフランス人形の顔がこちらに向く。

【排除】
「―――っ!?」

 午前7時38分、第二次鴫島事変は本戦が始まって早々、三つ巴の様相をなした。










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