第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/4
ステルス性を持った強襲護衛艦『伍雲』と『玖雲』、さらには戦闘攻撃機「霸鷹」による対空・対地攻撃の成果は絶大だった。 防空戦闘機「霆鷹」編隊の全滅。 その他、全ての航空戦力を失った上に滑走路すら使用不可能。 沿岸に備え付けられた対艦船用沿岸砲の消滅。 太平洋艦隊旗艦・イージス巡洋艦『此隅』を筆頭とした数隻の護衛艦、十数の巡視船、数十の掃海艇などが擱座または沈没。 全てを聞き終えるまでもなく、太平洋艦隊の本拠地――鴫島が大打撃を受けたことだけは確実だ。 まるで本当の戦争のような被害に太平洋艦隊の幹部たちは真っ青になった。しかし、この攻撃で太平洋艦隊が死んだわけではない。 例え、空の傘が引き裂かれ、帰る巣が爆炎に包まれたとはいえ、彼らの本当の刃は失われていない。 確かに主力の数十パーセントに及ぶ艦艇が撃沈された。だがしかし、まだ全滅ではない。 「全艦出航命令。港外にて隊列を組み直し、接近してくる敵艦へ対処せよ。繰り返す―――」 「陸戦隊部隊に通達。敵艦隊はカタログにて揚陸艦と判明。戦車以下陸戦戦力出撃が発令」 「残存せし全ミサイル発射ッ。入り江から出港する主力艦隊を援護しろっ」 けたたましく警報が鳴り、幾つもの周波数で鴫島諸島全体に命令が飛び交っていた。 それに応えるように鴫島港からは同僚たちの無念を晴らさんとばかりに白い波を立てながら進んでいく。 執拗なミサイル攻撃にて夜間出港用の電灯全てが破壊されていたが、彼らが死する際に発する炎が軍港を昼間のように照らし出した。 それはまるで、後事を託した艨艟たちが同僚へ道を示すかのような光景だ。そして、地上から放たれた援護のミサイルは遠い洋上を明るく照らしている。 「撃って撃って撃ちまくれっ。太平洋艦隊に加わるはずが敵に奪われた艦は我らの手で沈めなくてはならんっ」 地下の司令部に引き籠もったままの山名司令官に代わって部下たちの指揮を執るのは垣屋副司令官だった。 「対艦ミサイル、ダメです。敵艦のミサイル防衛システムは現代軍事技術を超越していますっ」 放ったミサイルの数は数十を超えている。 ただ一発でも命中すれば甚大な被害を与える対艦ミサイル。 「当然だ。あの艦隊が持つ防衛システムはミサイルだけでなく、急機動で動く妖魔をも撃ち落とせるように設計されたのだからな」 現代の常識を打ち破る造船技師――嘉月彦左。 同じく兵器設計部門主任――嘉月茶織。 「ならば・・・・ッ」 「安心しろ。優れた技術で造られた艦でも絶対的な数には敵わん」 出撃できた護衛艦は7隻。 ミサイルや魚雷装備はないが、機関砲程度の武装ならある巡視船が10隻。 魚雷艇やミサイル艇、掃海艇といった沿岸部隊も迎撃戦では戦力になる。 延べ40隻を超えんとする太平洋艦隊の艦艇は数十キロ先を高速で突進してくる敵艦隊へと突き進んでいった。 鴫島沖の死闘(2)scene 鴫島との距離は約40km沖合。 その海域を『玖雲』と『伍雲』が波を砕きながら突撃している。 対地ミサイルの嵐はとりあえず収め、全力で揚陸ポイント確保のために動き出したのだ。しかし、彼らの前に太平洋艦隊の生き残りが立ちはだかる。 鴫島本島の艦隊は壊滅していたが、周辺の島々に停泊していた艦隊が集結し出したのだ。 衛星を使っていない揚陸艦隊は揚陸艦が持つレーダーに索敵を一任している。 このため、島の向こう側にいた艦隊に気が付かなかったのだ。 「対地・対艦戦闘用意」 「敵、対艦ミサイルを発射っ」 電測員から報告を受けた『玖雲』艦長――武倉は闘志を剥き出しにして叫んだ。 「さあ、鴫島強襲の火蓋は切って落とされた。敵殲滅は尚就に任し、我らは全力を挙げて守るぞっ」 ―――ドォッ!!! 「至近弾ゼロっ。艦隊行動に支障なし」 「よし、上首尾だ」 『玖雲』は見事に敵ミサイル数発を前方で撃墜した。 「『伍雲』、『笹穂』を発射っ」 後方の『伍雲』が報復とばかりに対艦ミサイル「笹穂」を発射する。 「笹穂」の名は笹穂槍から来ており、アメリカ軍のハープーン対艦ミサイルの漁業に使う「モリ」と同じような意味を持っていた。 鋭い鋒で相手を貫くように、ミサイルも艦舷を突き破ってその猛威を示すのだ。 水上数メートルという低空で迫るミサイルを正確に迎撃できるシステムは少ない。だが、敵が使う対艦ミサイルも「笹穂」とは比べても遜色ない性能を持っていた。 というか、発射されたのはハープーン対艦ミサイルである。 「対空戦闘開始!主砲、撃ち方はじめ!同時に電子妨害、CIWS用意!」 武倉は飛来する標的が20を超えた時にそう叫んだ。 『玖雲』と後続する『伍雲』は姉妹艦と言うべき護衛艦である。 違うのは武装であり、無数とも言えるVLSで固められたミサイル艦の『伍雲』とは違い、『玖雲』は砲熕兵器が充実していた。 127mm単装速射砲が2門と普通の護衛艦よりも1門多い。 「「撃ち方はじめっ」」 2人の射撃員の叫びが艦橋を打つ。 127mm単装速射砲の射程にミサイルが入るや否や砲撃が始まったのだ。 この単装速射砲は毎分四五発の砲弾を発射できる。 2門で九〇発だが、ミサイルは複数路から30発以上飛んできており、全て撃墜することは不可能だった。 「CIWS射撃開始!」 強力な近接砲撃力だが、ミサイル迎撃には不十分ということが分かる。だからこそ、"防衛型"という名の付く『玖雲』太平洋艦隊初のSeaRAMが搭載された。 20ミリバルカンファランクスの架台にRAMランチャーを載せたソレは開発当初11連装だったが、"防衛"思想とともに22連装へと倍加。 ミサイル自体は艦載レーダーから目標のデータを入力し、パッシブ・レーダー・ホーミングにより自律飛翔する。そして、赤外線シーカーで目標を捕捉すると赤外線ホーミングにて目標に近付き、近接・着発信管にて起爆するのだ。 そんな"虎の子"であるSeaRAMは艦橋の両舷と艦首単装速射砲の後部、合計8基が設置されていた。 ―――ドォォンッ!!! 「命中っ」 爆炎が艦前方数キロの地点で生じる。 それは確実にこちらの迎撃方法が功を奏した証拠だった。 (まだだっ) 武倉の表情は曇る。そんな武倉の予想を裏切らず、その爆煙を突き抜け対艦ミサイルの生き残りが押し寄せてくる。 時間差で飛来したために後続のミサイルは誘爆しなかったらしい。 全自動のファランクスも咆哮を始めてはいるが、遅い。 「総員、衝撃に備えーっ!!」 「「「・・・・ッ」」」 海上自衛隊の大型護衛艦を超える排水量を持つ『玖雲』が衝撃に打ち震えた。 「―――『玖雲』被弾ッ」 「―――っ!?」 全弾発射を助けるため、『伍雲』の前に出ていた『玖雲』の左舷から煙と爆炎が見える。 「具教・・・・」 小日向は立ち上がった。 それらは誘爆しているのか、いくつもの爆発が起こり、その煙は雲のように高く昇っていく。 「ミサイル来ますっ」 電測員の悲鳴で我に返った。しかし、何か指示を出す暇もなく、艦尾を掠めるようにして飛来した対艦ミサイルが轟爆する。 「くっ」 凄まじい震動が艦を揺るがせ、小日向はCICの床を滑るようにして吹っ飛ばされた。 「被害はっ」 額をぶつけたためにくらくらする頭を抑えながら訊く。 「こ、後部推進器に異常っ、格納庫に亀裂。装甲車一台が固定から外れ、転倒しましたっ」 「火災はっ!?」 「ほとんどありませんっ。すでにダメージコントロール班が向かっています」 直撃したように見える『玖雲』に比べ、『伍雲』の損害は軽微だったようだ。 推進器に異常はあったが、速度は未だ35ノットを出している。 「『笹穂』はどうなった?」 掌にぬるりとした感触があった。しかし、まずは敵だ。 「・・・・ッ、敵艦隊被害艦ゼロッ」 「なっ!? さっきから『笹穂』の命中率が悪いぞ・・・・?」 小日向の顔からゆっくりと血の気が引いていった。 このままでは戦いが一方的になりかねない。 (何故だ? ・・・・何故当たらない!?) 小日向は知らなかったが、SMO開発局が開発した自前のミサイルは対費用効果を元に開発されており、電子戦能力は低い。 これは対空ミサイルの「梓」と同じであり、対艦艇用で最も信用できるのはRAMと砲熕兵器だった。 つまり、"旧式のミサイルを配備した"太平洋艦隊と戦うには、若干、兵装面に不安があったである。 「敵護衛艦、ミサイル発射ッ」 「『玖雲』より報告。艦内延焼中につき、ミサイル発射不能っ」 『『『―――っ!?』』』 それは『玖雲』の戦闘不能を意味し、同時に『伍雲』単艦で10を超える対艦ミサイルを撃墜しなければならないと言うことだった。 「ちっ、迎撃ミサイル発射っ」 『伍雲』の甲板から立て続けに火炎が迸り、艦内から十数の迎撃ミサイルが発射される。 それと同時に艦内ではミサイル再装填装置が全自動で動き出し、予め入力されていたミサイルが装填された。 迎撃ミサイルでは捌ききれなかった対艦ミサイルがファランクスによって手前数百メートルで爆発したり、散布されたチャフに誘われて近くの海上で爆発する。 轟音と炸薬が作り出す衝撃波は満載排水量二万トンを超える『伍雲』の艦体を容赦なく揺るがした。 十数メートルもの高さまで立ち上がった水柱の真っ直中を突っ切った『伍雲』はそれによって発生していた小規模な火災を鎮火させる。 「『玖雲』被弾ッ」 先程は艦舷に受けた『玖雲』は被弾面積を減らすために敵艦隊に艦首を向けていたが、今度はその艦首に命中した。 単装速射砲が台座ごと粉砕され、弾薬に引火して火柱が上がる。 「取り舵回頭、『玖雲』を避けろっ」 ぐーっと艦首で白い波を切り、艦体を左へと傾けながら『伍雲』が『玖雲』から上がる爆煙の影からその姿を現した。 『伍雲』も直撃こそなかったが、ミサイルの破片は亜音速の勢いで艦舷から甲板に叩きつけられており、幾つものVLSが使用不可能になっていた。 それでも、現在海上自衛隊が保有するどの護衛艦よりも多くのミサイル発射装置を持っている。 「面舵回頭っ、艦舷を敵艦隊へ向けよっ」 「おもかーじ」 艦首に損傷を負ってガクリと速度を落とし、火炎に取り付かれた『玖雲』を追い越した『伍雲』は白い波を立てて今度は右へと急回頭した。 ちょうど、敵艦隊に左舷を向ける形となる。 それはまるで、『玖雲』を庇っているように見えた。 「てーっ」 回頭の衝撃から立ち返った瞬間、『伍雲』からは報復の対艦ミサイルが発射される。 それはパカッと開いた艦舷からだった。 世界に例を見ないSLMS(斜方発射装置)である。 基本的な概念は魚雷発射管が艦内に収められており、ボタンひとつで艦舷が開いて発射される。 それは何らかの原因で甲板のパッチが開けない時では有効だった。 複数の爆炎が敵艦隊前方で巻き起こり、撃墜されなかったミサイルの衝撃波が敵艦隊を包み込む。 「3隻脱落ッ」 「敵護衛艦との距離、二万メートルを切りました。単装速射砲の射程距離に入りましたっ」 「敵艦隊、撃ち方始めましたっ」 護衛艦の数は残り4隻。 単装速射砲は4門であり、こちらの2門を上回る。 「「「―――っ!?」」」 横っ面を叩かれたような衝撃が『伍雲』を打ち振るわせ、爆炎が立ち上った。 「敵初弾命中ッ」 「艦橋前部VLSに命中ッ。3セット破壊されましたっ」 「く、撃ち返せッ」 被弾の衝撃に机に額を打ちつけて流血しながらも指示を出す小日向。 「艦長、ハッキングですっ。何やら外部から艦の制御中枢に信号が送られています」 「何だと!?」 このままではミサイルが発射できない。 戦況を決定しかねない事態にCICが騒然となった。 「第3格納庫に異変ありッ」 「VLS、自動換装システム始動!?」 「レーダーにコンタクトッ。・・・・こ、これは・・・・っ!?」 「どうした!?」 敵の電波攻撃なのか、とにかく制御中枢に異変があれば自動装填装置などに異常が発生する。 それは『伍雲』の戦闘力、引いては強襲揚陸作戦全体に関わる重大な出来事だった。 『―――さあ、私の子どもたちよっ』 いきなり『伍雲』の通信回路を乗っ取り、電子音だが少女の声が響く。しかし、CIC要員のほとんどが首を捻る中、小日向だけが顔を上げた。 「この声・・・・サオリかっ」 彼らの旗艦――強襲揚陸艦『紗雲』が搭載する前代未聞の新技術を思い出す。そして、『伍雲』の中で小日向以外に『声』に反応するものがいた。 『―――ギ・・・・』 そんな中、"彼ら"は呼応し、第3格納庫にて"目覚めた"のだ。 『ギ、ギギギ・・・・』 暗闇の中、数十個の光が突然生まれる。 "彼ら"は自らの体の中に収納していた脚を外に出し、3メートルほどの体を持ち上げた。そして、独りでに動き出したVLSの中に転がり込む。 『私のために道を空けなさいっ』 『ギッ』 困惑する人間たちを置き去りにし、"彼ら"は次々と射出された。そして、最高点に達した時、丸めていた体を展開した。 それと同時に彼らの下方に127mm砲弾が飛来し、『伍雲』と『玖雲』は衝撃に打ち震えた。 『―――Slow down』 サオリの声が響く中、海面上数メートルの位置を高速飛翔していた『紗雲』が動きを見せる。 艦首を持ち上げ、フロートが白い水飛沫を上げながら抵抗力を生じさせた。 その様はまるで飛行機の着陸のようだ。 『The hostile fleet is forward』 「撃ち方用意っ」 本郷がそれを確認するなり指示を飛ばす。そして、副長が命令を復唱した。 『Energy filling start』 『紗雲』のCICは騒然となっていた。 フロートが出す抵抗力ごときでは敵艦隊に突っ込んでしまう。 ここは強力な主砲を発射し、その反作用で艦を止めるしかないのだ。 『Main battery turret development』 艦前部に格納されていた主砲塔が動き出した。 天蓋がスライドし、巨大な二本の砲身が前方に突き出される。しかし、従来の方針と違い、それは筒状ではなかった。 シートベルトを体に巻き付け、体が固定されながらも主砲のエネルギー充填を見ていた嘉月茶織はエネルギー炉を見遣る。 順調に<雷>を誘き寄せ、それを装填していっていた。だが、やはり絶対量が足らない。 茶織が首だけで綾香に向き直った。 「やっぱり、お願いするしかないな」 「・・・・仕方ないわね」 このまま行けば『紗雲』は衝突してしまう。 それを避けるためには致し方ない。 「あそこに送り込んだらいいの?」 綾香も用意された椅子に縛りつけられているため、そこから砲身を見遣った。 無骨な金属が前方の敵艦隊を睨んでいる。 「ああ」 「分かったわ」 『紗雲』の主砲が集めている<雷>もなかなかの量だ。だが、綾香からすればすぐに集められる量である。―――最も雷術師ではないのに集めた、という点を考慮すればとんでもない量なのだが。 『Energy filling rate 30%』 『紗雲』の主砲射程距離は六〇〇〇メートル。そして、彼我の距離は一万五〇〇〇メートルだ。 敵艦隊はようやく『紗雲』に気付き、その舳先をこちらに向け直そうとしている。 『紗雲』の右舷前方には炎上する『玖雲』とそれを支援していた『伍雲』が航行していた。 『Gun elevation 0゜』 サオリが敵の位置を見定め、ゆっくりと砲身がそれに直される。そして、艦首下部のフロートが着水し、白い航跡が3本、後方へと引いていた。 『Energy filling rate 35%』 エネルギー充填率は遅々として進まない。 (すごいわね、これ) 綾香は意識を集中させ、膨大な<雷>を集め始めていた。 それと同時に彼らと感覚を同調させ、主砲の砲身を解析する。 恐ろしく緻密に造られたそれはその兵器が発するエネルギーに充分耐え切れる頼もしさがあった。 「距離一万っ」 『Energy filling rate 40%』 『紗雲』は急速に速度を落としつつあるが、未だに時速200km以上の速度を保持している。 このまま速度を落としても三分後には敵艦隊に突入してしまう。 「敵、単装速射砲発射っ」 敵護衛艦の艦首が煌めき、轟音を発して単装速射砲が撃ち放たれた。 こちらはまだ撃てないが、敵はいつでも撃てる。 その恐怖がCICに降り掛かった。 「狼狽えるなっ。敵は速度を誤っておる。統制射撃でもそう当たらんっ」 その通りである。 敵護衛艦はこちらの速度に面食らい、レーダー射撃と言えどもその弾は遠弾となって海面に突き刺さっていた。また、こちらが衝突進路を取っていることから慌てて回避行動を取っているようにも見える。だが、それが間に合わないであろうことは船乗りたちには容易にとって見られた。 「充填率は!?」 末松が鋭く言い放つ。 『Energy filling rate 43%』 無情な現実が突きつけられた。 最悪なことに充填率は伸び悩んでいるようだ。 (このままでは・・・・) 藤原は掌の皮が破れるほど強く拳を握り締めた。 ―――バ、バババッ 何かが弾けるような音が艦内マイクを通してCICに届けられる。 「これは・・・・?」 『Energy filling rate 100%. Main battery discharge preparation completion』 「すごい・・・・」 茶織は目の前で起きていることが信じられなかった。 技術者として、自信を失う光景がそこに広がっている。 綾香が砲身に手をかざしただけで膨大な【力】が砲塔に満ち、エネルギーとして装填されたことが分かった。 (だけど・・・・) 確かに主砲の発射は速度を減退させるだろうが、散開しつつある敵艦隊を覆滅することは不可能だろう。 主砲を喰らった護衛艦はともかく、逸れた護衛艦たちはこちらに単装速射砲を向けてくるはずだ。 それは近距離なために必中で『紗雲』は大破してしまうだろう。 『Energy filling rate 150%』 「え!?」 サオリがとても信じられない数値を言った。 驚いた茶織は発光して見える砲身から綾香へと視線を移す。 驚いたことに彼女はシートベルトを外し、砲塔へと上っていた。 そこからは二本の砲身の向こうに敵艦隊が見えるはずだ。 「ちょっと、もうエネルギーは充分だっ」 「そんなことないわ。もっとよ」 そう言う綾香は薄い笑みを浮かべていた。 (まさか・・・・) 嫌な予感に囚われ、茶織はシートベルトをかなぐり捨てる。 「これ以上は制御不能になるぞっ」 「なるもんですか。あたしが制御する。そして・・・・」 「―――っ!?」 目の前で雷が弾け、その圧力に進めなくなった。 「無駄よ。あたしはこれを赦さない」 「・・・・・・・・・・・・ッ」 茶織の前にいるのは退魔界にその威名を轟かす"雷神"だ。 <雷>の申し子たる彼女は<雷>を半強制的に集める科学を認めない。 そんなことは分かり切っていた。 『Energy filling rate 230%』 「―――っ!?」 だが、このままでは最初で最後の一撃も放てはしない。 この兵器を生み出した親としてそれは哀しくてならなかった。 「安心して」 「・・・・?」 「あなたの子どもは最初で最後だけど・・・・最高の一撃を放つのよ」 『Energy filling rate 290%』 「主砲装填よ」 『Yes. Cannonball loading』 二本の砲身の間にひとつの弾体が出現する。 それこそ、この画期的な兵器の砲弾だった。 ―――バ、バババ、ババッ 砲身から蓄えきれなかった電力がスパークする。しかし、それに綾香によって抑えられ、砲身にぼんやりとした光を与えるだけに治まった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 信じられないことに主砲発射に必要な電力の三倍近くを本当に制御しているのだ。 『Energy filling rate 300%』 抑え込んでいた【力】が砲身から溢れるように噴き出し、弾体を包み込んでいく。 「そう、これ以上は無理なのね」 綾香はゆっくり右手を敵艦隊へと向けた。 スパーク音が鳴り響き、綾香の衣服がはためく。 「ふぅ・・・・」 綾香は何かに集中するように目を閉じた。 「目の前の脅威は全てあたしが吹き飛ばすわ、『紗雲』」 『・・・・分かりました』 一度、日本語で返事をしたサオリはオペレートに戻る。 『Distance,6000m. We belonged under a main battery range』 射程距離だ。 「・・・・ッ」 綾香が目を開いた。 その瞳が紫色に染まると同時に制御下にあった全ての<雷>が紫電となる。 「てぇーッ!!!」 砲身を吹き飛ばす勢いで雷光が放射された。 強襲揚陸艦隊。 強襲揚陸艦とその護衛を担当する攻撃型強襲護衛艦、防衛型強襲護衛艦の3タイプがあり、いずれも4艦就役予定だった。 これを太平洋艦隊では四四四艦隊計画と名付けたが、これは関係者からは不評の評価を受ける。 艦隊側からすれば旧帝国海軍の八八艦隊に因んだ名前だったのだろうが、二番煎じだったのだ。だが、高いステルス性と個艦優劣主義によって設計されたこの艦隊は恐るべき性能を誇っている。 攻撃型強襲護衛艦の一番艦は『伍雲』であり、世界最高峰のミサイル発射能力を有することをコンセプトに置いていた。また、防衛型強襲護衛艦の一番艦は『玖雲』で最新防衛システムや新鋭防衛装置を搭載した重防御力に重点を置いたものだ。 これらの艨艟に守られる旗艦・強襲揚陸艦『紗雲』は旗艦としての高い通信能力、揚陸艦としての収容能力、強襲をなし得るための速度が求められていた。 通信能力はAIを搭載することで成し遂げられる。そして、収容能力もAI以前には必要とした物を撤去して確保された。また、残る速度は嘉月技師渾身の方法で達成されている。 臨時に下ろされる艦首と左右艦後部の巨大なフロートに搭載された大馬力のエンジンが水上艦速度の常識を塗り替えた。 最大戦速216kt/h。 およそ時速400kmに達するその速度は陸上最高速有人輸送機体である新幹線さえも凌駕する。 さらに裏と表の技術研究の集大成が彼女の主砲となっていた。 Railgun。 日本語では「電磁投射砲」と呼ばれる兵器で、その威力は火砲を超える。 従来の艦を遥かに上回る速度と従来の火砲を遥かに凌ぐふたつの技術が『紗雲』の最大の武器だった。 先遣隊が敵の脅威を取り除いてすぐ、安全圏にいた強襲揚陸艦が突撃する。 敵に息をつかせない猛攻を念頭に置いた設計は確かに生きていた。―――それを味わうのが太平洋艦隊という皮肉さを孕んでいたが。 |