第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/3
「通信士、各部署からの報告は?」 「弾薬庫、居住区、甲板、点検完了」 「収納区域異常なし」 「格納庫固定並びに整備員退避完了」 「全部署、オールグリーン」 スクリーンに艦内の見取り図が表され、その全てに緑色の信号が点灯した。 「本艦は自動操舵に移行。操舵権をAI・サオリに委譲する。総員、しっかりと身を固定しろ」 「「「了解」」」 その言葉に誰もが操作権を放棄し、万が一触れただけで艦に影響が出ることを防ぐ。 『貰ったよ』 サオリの言葉と共に艦の電灯が全て落ちた。 暗闇の司令部でスクリーンに映される英文字のみが光源となる。 『All dors_・・・・closed Maneuvering thrusters_・・・・standby Engines_・・・・stabilized Weapons system_・・・・standby IRS_・・・・NAV ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・』 ズラズラと並んだ英語の羅列に終わりが見え、その全てに「OK」の文字が並んだ。 『Preparations for greatest speed were completed』 「目標鴫島本島、全速前進っ」 『Yeah!』 唸りを上げ、『紗雲』の機関が始動する。 艦右舷と左舷につり下げられていたフロートが降下を始め、艦首の下からもフロートが降りてきた。 それらは着水すると同時に後部のエンジンが推進力を生み出し、爆発的速度を生み出す。そして、さらに艦舷からこれまた異色の前進翼が展開し始めた。 速度はすでに水上艦としての常識を破っている。だが、その速度から得られた揚力は艦をさらなる高見へと導いた。 強襲揚陸艦『紗雲』。 それはAIを搭載し、裏と科学が混合した結晶体である。 SMO太平洋艦隊の申し子、とも言える存在が、その太平洋艦隊を殲滅するために突撃を開始した。 鴫島沖の死闘(1)scene 「―――2番3番と6番7番、1機に2発ずつで飽和攻撃を掛けるぞっ。発射用意っ」 数秒だけ間隔が空き、砲雷長が「霆鷹」を睨むようにして命じた。 「てーッ」 頭上から響いた轟音が耳朶を打つ。 甲板のVLMSから艦対空ミサイル「梓」が発射され、ジェット推進で両艦の周囲四万メートル空域にまで近付いてきた防空戦闘機「霆鷹」向けて突き進む。 誰もが祈るような気持ちでスクリーンに映るその光を追った。 「梓」の最大速度はM2.5〜3でM2を超える戦闘機でも充分捉えられる。 「命中っ」 幾度かの交錯の後、ようやく爆炎が敵戦闘機下で煌めいた。 その光景を見た何人かが安堵の息をつく。 「違うっ。当たってないっ」 そんな中、電測員の悲鳴のような声がその喜びを打ち消した。 レーダーには依然として敵機を示す光点が点滅している。また、見張りも爆煙を突き抜けて飛ぶ「霆鷹」が確認された。 そこに損傷は見られない。 「やはり、チャフかフレアに騙されたか・・・・」 午前6時17分、強襲護衛艦『伍雲』、同『玖雲』は死闘の真っ最中だった。 小日向は砲雷長に戦闘を任せ、唇を噛む。 攻撃型強襲護衛艦の1番艦である『伍雲』は全長約199m、全幅約32m、喫水約6.2mで横からの視点では横に長い長方形だった。 それはレーダーのアンテナやファランクスなどを除き、艦上の建造物がほとんどなく、艦橋すらないことに起因している。 艦長は艦内部に設けられたCIC(戦闘指揮所)で即断を下すのだ。 艦上の建物などの代わりに甲板に所狭しと並ぶのはVLMSとSLMS。 それは全部で160セル存在する。さらには新型のミサイル発射装置を設けており、『伍雲』は世界のミサイル駆逐艦に凌駕するミサイル攻撃力を有していた。 「1番と5番に装填忘れるな」 「はい」 本来、VLSはクレーンなどでミサイルを積み込む先込め式の発射装置だ。しかし、『伍雲』が持つそれは艦内で装填できるという特性を持っていた。そのため、立て続けにミサイルを発射しても戦闘継続は可能なのだ。加えてVLMSとSLMSは状況に応じて数種のミサイルに変更が可能(マルチ機能)。略称の『M』というのはこれに起因する。 しかしながら、その火力を持ってしても、迎撃専門の「霆鷹」を叩き落とすことができないでいた。 尤も、「梓」は対空でも対航空機、ではなく、対飛行妖魔用に作られたミサイルである。 電子戦の備えなどない「梓」は対戦闘機・艦隊用に開発された「霆鷹」の電子戦用兵器に簡単に騙されるのだ。 「とにかく撃ち続けろ。チャフやフレアも無限ではない」 (『梓』の数も少ないがな) 「はっ。―――『梓』1〜8番、発射用意」 1セットまるまるの射撃用意だ。 もちろん、間隔を空けなければ艦上空でミサイル同士が接触し、誘爆を起こす可能性がある。3〜5秒間隔で撃ち出すのが普通だ。 甲板のVLSは横に2つ、縦に4つという長方形で1セットになっている。 全弾発射の場合、1・5番、2・6番、3・7番、4・8番の順だった。 それぞれ4秒間隔であり、全弾発射に16秒掛けられる。 ミサイルが最大速度のM3.0で飛翔した場合、最後のミサイルが発射された時、初弾は約16km先に進んでいる。そして、各ミサイルの距離間隔は約3km。 狙われた者からすれば息の付く間もなく危機に晒されるのだ。 「てーっ」 砲雷長の怒号と共に第三波が上空の「霆鷹」に襲いかかる。 彼らは小隊行動を解いて二手に分かれ、『伍雲』と『玖雲』を挟み撃ちにしようとしていた。 各機に4発ずつ向かったミサイルは一撃で戦闘機を叩き伏せられる。だが、これまでの経緯からそれは楽観的な発想に過ぎなかった。 「敵機、急機動にてミサイル回避ッ」 「何だと!?」 悲鳴と怒号がCICに響く。 「信じられん・・・・」 小日向は自分の目を疑った。 4発からなる対空ミサイル群を前に「霆鷹」は跳ね上がるようにして急上昇する。そして、近接信管のためにお互いの接近で誘爆したミサイルの爆風を受けて躍り上がったのだ。 ―――ドォンッ!!! 爆音がひとつ、『伍雲』前方で巻き起こる。 それは『玖雲』に襲いかかった「霆鷹」がミサイル回避前に放った空対艦ミサイル――ASM-2を『玖雲』が辛うじて撃墜したものだった。 「敵機、さらに接近っ」 『玖雲』方面はミサイル回避後に再び浮上していったが、『伍雲』方面の敵機は更に突っ込んでくる。 「CIWS、射撃用意っ」 (敵は2発発射してくる。この距離だと絶対に避けられないっ) 反射的に命じはしたが、撃沈の予感が脳裏を過ぎって背筋に汗が噴き出た。 『伍雲』も『玖雲』も艦首が勢いよく水を切り、急回頭して「霆鷹」へ向く面積を縮小しようとしている。そして、その艦舷からはまるでホースで水を噴出しているかのようにファランクスが咆哮していた。しかし、その奔流をものともせず、「霆鷹」は曳光弾を縫いながら突撃してくる。 彼らはまるで第二次大戦時の雷撃機の突撃を受ける気持ちになっていた。 普通の軍事行動では絶対に接近しない距離。 その不可解な行動に表れる意思はただひとつ。 先程、撃墜された空対艦ミサイルを撃墜不可能な距離から撃ち込むことだ。 「「衝―――っ!?」」 小日向と砲雷長がほとんど本能的な叫びで「衝撃に備え」と言葉を発する直前、敵機が爆発した。 「な、なんだ・・・・?」 炎を孕みながらすぐ近くの海面に激突した「霆鷹」を呆然と見つめる。 上空に戻っていた敵機も原因不明の爆発を遂げて落ちてきた。 「何があったっ!?」 難は去ったが、それがさらなる難の発端なのかが理解できない。 「分かりませんっ。レーダーには何も映らず―――」 「艦後方に航空機編隊を視認ッ」 「敵の新手かっ」 「1セット発射用意ッ。続けて撃つぞっ」 騒然となったが、ここが敵地には変わりない。 ならば、打ち落とすまでだ。 「て―――」 「待って下さいっ、無線ですっ」 ヘッドホンを抑えながら通信員が振り返った。 「止めっ」 「発射中止ッ」 鋭い声にボタンに伸ばしかけた手を引っ込める。そして、全員の注視を浴びた通信士が言葉を放った。 「・・・・・・・・味方、『霸鷹』編隊ですっ。『霸鷹』が空対空ミサイルで撃墜したようですっ」 喜びを隠しもしない報告が告げられる。 「チクショー、奴らいいとこ取りだぜっ」 「遅ぇんだよっ。飛行機はお前らの仕事だろ!?」 CIC要員たちは笑顔を浮かべながらも主翼をバンクさせて飛ぶジェット機に拳を突き上げた。 「艦長、皆に伝えてよろしいですか?」 「構わん。本艦の全クルーが掴んだ勝利だ」 小日向の了承を受け、通信員は艦内マイクへと手を伸ばす。 『本艦上空を飛翔する編隊は友軍。硫黄島より飛来した「霸鷹」攻撃編隊。本編隊は本艦に先駆け、鴫島を空襲する部隊である』 この言葉への返答は艦体を突き破らんばかりの歓声だった。 「・・・・はぁ」 小日向も安堵の息と共にドカリと腰を下ろし、数秒だけ瞑目する。 視覚を閉ざすと全身が興奮と恐怖で震えているのがよく分かった。 (命拾いした・・・・) 実戦の高揚感は何年軍艦乗りを務めようと慣れない。 たった今、確実に『伍雲』は死線を乗り越えたのだ。 「『霸鷹』編隊に返信。『感謝する』、と」 これ以上、言葉を尽くす必要はない。そして、この言葉が彼の気持ちの全てを物語っていた。 「対艦・対地戦闘用意」 低く落ち着いた声音が浮つくCICに流れる。 「これからだぞ、諸君」 今の戦闘はイレギュラーだ。 本当の戦いはこれからだった。 「はっ。―――対艦・対地戦闘用意っ。『梓』を『笹穂』に換装。SLMS(斜方発射装置)に『千鳥』を再装」 砲雷長は浮かれた気分を一掃し、頬を引き締めながら命じる。 「再装完了」 「SLMS全ミサイル発射っ」 左右の艦舷が開き、そこから対地ミサイルの奔流が夜空へと旅立った。 孤島の荒鷹scene 『―――Good kill、賢悟ッ』 「02、名前を呼ぶときはコールサインで呼べ、といつも言ってるだろう」 つい先程、中距離超音速AAM(空対空ミサイル)を受けた2機の「霆鷹」が臓腑を撒き散らして海面へと消えようとしていた。 『いいじゃねーか、俺たちは別に軍人じゃねーんだからそんなにお硬くなんなくても。それより、見ろよ』 「ん?」 『・・・・まるで、在庫一掃セールだな』 (敵には「滅びの矢」といったところか) 膨大な対地ミサイルの嵐に島内から迎撃ミサイルが放たれ、中空にて熾烈な戦闘が繰り広げられている。しかし、数で勝る「千鳥」は爆炎の花をあちらこちらで咲かせ、ぼんやりと島影を浮かび上がらせた。 『Big Ball Fire、ってか? 爽快だねェ・・・・』 「不謹慎だぞ、02―――っ!?」 再び同僚を注意しようとした時、全機のコックピットで警告灯が点滅し始めた。 『敵機接近! 敵機接近!』 各パイロットもそれに気付き、無線で警告を発する。そして、笹波は攻撃隊隊長として情報を整理し、詳しい情報を読み上げた。 「方位二五三、距離四十キロ。敵機は五。『霸鷹』と思われる」 (来たか・・・・) 『 自分が死ぬかもしれない場所にいるにもかかわらず、アドレナリンが湧き上がるのを感じた。 相手の命を奪うことで生き残る。 その命の駆け引きがたまらなく感じる。 笹波は思う、自分は武人なのだと。 そのような自分に恐怖を感じた。 『爆撃から逃れてきた輩だな』 「04〜06は予定通り港湾部を攻撃。『霆鷹』はコチラで引き付ける」 『04、Copy(了解)』 『05、Copy』 『06、Copy』 「全機、rock'n'roll!!」 合図と共に全機がブレイクする。 本来、ステルス戦闘機の特徴は不可視による奇襲だ。 これは電波に対してであり、当然肉眼においてその姿を見ることができる。だが、その有効性は敵に気づかれることなくミッションを成功させることにあった。 電波吸収材料、形状によりコチラに向けて照射された電波のほとんどは照射レーダーには戻らず、機体表面で吸収、反射されて別方向に進んでしまうようRCS(レーダー反射断面)を極限に抑えたこの機体に正面からのレーダー・ロックオンは難しい。 しかし、互いが接近すれば、自然と相手が大きく映るわけでRCSが増加してレーダーで確認できるようになる。 ただし、その距離まで近づく以前にステルス戦闘機は非ステルス戦闘機より遥かに優位であり、WVR(視界内距離)に入る前にAAMで撃墜が可能だった。 故に、最初の〈霆鷹01〉および〈霆鷹02〉を気づかれることなく撃墜できたわけだ。 (さて、戦闘開始だ) 「01、Engage」 笹波は接近する〈霆鷹03〉を目線で捉えた。 【Seeker open. Rock on】 ヘルメットに映る画面にミサイルのシーカーが作動、〈霆鷹03〉をロックオンしたことを告げる。 (よし) さらに、この機体のもうひとつの特徴があった。 ヘルメット装着式照準器はパイロットが頭を動かして標的を目線で捉える。するとミサイルのシーカーもそれに追従してロックオンする仕組みだった。 【Fox2, Fox2!】 AAM発射を知らせ、スティックのスイッチを押す。 発射するのは二発。 出し惜しみはしない。 優秀なステルス戦闘機において忌むべきところがあるとすれば、ミサイルや機銃などの兵装を機内に搭載している場合、発射操作を行ってから兵装ベイが開く。 そのためにスイッチを押してから実際にミサイルが発射されるまでにわずかなタイムラグが生じるところだ。 放たれたミサイルは航跡を描き、まっすぐにその名のごとく獲物を引き裂かんと突き進んでいく。そして、〈霆鷹03〉は回避を試みるも直撃、爆散した。 「こちら01、1機撃破」 『ヒュー、やるねー。こっちも1機撃墜♪』 「茶化すな。死ぬぞ」 〈霆鷹04〉が二〇ミリ機関砲を放ちながら接近してくる。だが、それは笹波機を捉えることなく、2機はすれ違う。 そのままお互いに相手の背後につくべく旋回行動――『ノーズトゥテイル』に移る。だが、格闘戦に優れた「霆鷹」の旋回半径は「霸鷹」のそれより小さく、容易に背後を取られる。 「―――っ!?」 その事実を確認する暇もなく、背後から殺気。 反射的に左フットレバーを踏み、パワーダイブ――左に身を捻って急降下――を敢行。そして、慌てずに後方警戒レーダーに目をやり、後ろ斜め方向に食いつくようについてくる敵機を発見。 「ならこれはッ」 スティックを思い切り引き起こし、急降下から左捻り込みの急反転上昇へと移行する。 それにも付いてきた〈霆鷹04〉は射撃位置についた。 一見、笹波が仕掛けて負けたように見える。 「甘い!」 その味方の死を無駄にしない執念に笑みが漏れるが、すぐに獰猛なものに変貌した。 まず、飛来する弾丸をバレルロールで回避。それと同時に急激な減速。そして、前に飛び出た〈霆鷹04〉の尻に食らいつく。 ガン攻撃モード。 照準。 射撃。 命中。 「よっし」 流れるような動作で撃墜した笹波はアフターバーナーから黒煙を吐き出しながら落下する敵機を見遣る。 その眸には激闘を讃える光が見えたが、すぐに意識を切り替えた。 (次っ。・・・・ん?) しかし、肉眼でも敵の姿は見つけられない。 『へっへー、全部俺が食ってやったぜ♪ 撃墜数で勝ったぜ』 「・・・・お前は中学からもういっぺんやり直せ」 スティックから手を離し、思わずこめかみを押さえる。 『―――こちら04』 「ん?」 ふいに港湾部を掃討した味方機から無線が入った。 『敵基地滑走路上を通過。残骸から、3機の「霆鷹」を確認』 「3機・・・・」 ポツリと呟きを漏らす。 報告によると鴫島防空隊の霆鷹は12機。 最初に艦隊上空で撃墜した2機、先程の5機。そして、滑走路上の3機――― 『お、おい賢悟。つーことは・・・・』 「・・・・ッ」 いままでの実戦で培ってきた経験が警鐘を鳴らした。そして、そのまま本能に従ってスティックを倒す。 右に機体を振り回避行動をとった直後、今までいた空間を下方から飛来した弾丸が切り裂いた。 「くっ」 完全に死角からの射撃。 ミサイルの照準でこちらに接近を悟らせることなく攻撃した〈霆鷹07〉は一拍遅れて爆音を叩きつけながら舞い上がる。 奇襲に失敗した〈霆鷹07〉はそのままスティックを引き続け、こちらをコックピットから直接笹波機を確認するために背面飛行した。そして、笹波機の位置を確認するや否や機体を傾けて急降下、AAMの発射可能な距離へとピタリとはり付く。 『畜生、こっちも1機ケツにつきやがったっ』 どうやらもう1機は02についたようだ。 「ちっ」 笹波はミサイルの照準が合わせられないように上昇と降下を繰り返し、追撃を振り切ろうとした。しかし、当の〈霆鷹07〉はしつこく食いついてくる。 『どうやらコイツらっ、鴫島防空隊のエース、ってとこかね』 02も苦戦しているらしく、声に余裕はなかった。 「ああ、そのよう・・・・だなッ!!」 おそらく島を挟んだ反対側で哨戒任務についていた2機だろう。 「・・・・ッ」 急機動で発生する激しいGに歯を食い縛って耐える。 「霆鷹」はエンジンノズルに3D推力偏向ノズルや飛行制御システムにフライバイワイヤー式を採用していた。 これらの機能は全て運動性能――ドッグファイトに優れるようにと装備されている。 そんな「霆鷹」と違い、ステルスに重きを置いた「霸鷹」はドッグファイトにおいて「霆鷹」と戦うには分が悪い。 おまけに〈霆鷹07〉のパイロットは笹波たちより実戦慣れしているときた。 笹波はチャフやフレアの妨害手段を放ってはいるが、まるでこちらを弄んでいるかのようになかなか相手はミサイルは愚か、機銃すら撃とうとしない。だが、しつこい追跡者はどこまでもまとわりついてくる。 (しつこいっ) 心の中で小さく呟く気で毒づいた時、無線を通してカンカンカンと相次いで機銃の命中する音が聞こえた。 『くそ、振り切れな―――』 「っ、雅人!?」 無線からはひたすら物体が風を裂く音と何かが破壊される音が響く。 思わず機体を探し、右上にエンジン部から煙を引いて失速する02機が見えた。そして、〈霆鷹08〉がその直上を勝ち誇ったように通過する。 「・・・・ッ」 その光景に全身の血が沸き立つのを感じた。 すぐに仇を討ちたいが、自分もその運命を辿る可能性が高い。 (くそっ、やってきたか・・・・) 後方からの脅威が去っていないというのに、もうひとりの死神が近寄ってきた。 撃墜の憂き目もそう遠くないと感じながらも、生きるために我武者羅にスティックを振り回す。だが、コックピットに警報が鳴り響く中、遂にAAMが笹波を撃墜すべくパイロンから切り離されようとするのがミラー越しに見えた。 「槻、すまない・・・・ッ」 視界の全てから色が失われ、笹波は故郷で待つ妻に謝って死を覚悟した。 自分を砕くであろうミサイルはもうすぐ飛翔を始めるはず――― 「なっ!?」 完全に切り離された刹那、AAMが爆発する。 戦闘機を一撃で葬り去れるその爆発は真上にいた〈霆鷹07〉を巻き込んだ。 数瞬の出来事。 死の予感に麻痺した頭はバラバラと破片を散らして落ちていく〈霆鷹07〉を認識していても、今起きたことが理解できないでいた。 (AAMの故障か?) ぼんやりした頭はどうして助かったのかを考え始める。 その時、視界の端に02を撃墜した〈霆鷹08〉が映った。 「―――っ!?」 一気に意識がクリアになり、回避行動を取ろうとスティックを握り締める。 「・・・・?」 しかし、〈霆鷹08〉にとって笹波は眼中になく、何物かを振り切ろうと必死だった。 (妖魔・・・・?) その人間サイズの物体と〈霆鷹08〉は互いの航跡を鋏のように絡ませあいながら、一連の切り返し運動を行う。 その幻想的とも言える光景に呼吸を忘れた。 地上に咲く爆発の花を背景に両者は超高速で駆け抜ける。 「―――――――――」 雄叫びを聴いたような気がした。 高度数千メートルの高空を何かが駆け抜ける。 まさに疾風迅雷。 機体をくの字に折られた〈霆鷹08〉は煙の尾を引き、破片をばらまきながら落下していった。 山神綾香side 洋上を行く強襲揚陸艦『紗雲』の艦内では慌ただしく戦闘準備が行われていた。 時速400kmと言う速度はかなりの衝撃を与える。 その証拠に兵器群は専用の装置で固定されていた。 この装置こそが阪神大震災以後発達した、耐震装置の応用だ。 「―――何処へ行くの?」 どの水上艦でも成し遂げたことのない高速で疾走する『紗雲』を動かす作業とは裏腹に陸上戦力である山神綾香は暇だった。 もちろん、普通の人たちは専用のシートに固定されて震動に耐えている。だが、綾香はこんな衝撃が来る戦闘を幾度も晴也と空中で経験しており、バランス能力はずば抜けていた。 「ついて来れば分かる」 「って言われてもねー」 つれない返事に肩を竦める。 嘉月技師の娘である嘉月茶織は一切の説明なく彼女を連れ出していた。 因みにこの人は自作の姿勢制御装置で艦内を歩くことを可能にしている。 「それにしてもすごいわね、この船」 一応、綾香も攻撃隊幹部の一人だ。 重要な会議には弟である山神景堯とともに出席していた。 そこで説明された話のほとんどが専門的すぎて分からない。しかし、この船がどれだけ表の科学を無視し、どれだけ裏の技術を統制した結果に生まれたかは分かった。 表の科学がどれだけ発展しようとも到達できないであろう技術。 裏がどれだけ進歩しようと生まれないであろう理念。 表裏一体となってこそ生まれ得たこの『紗雲』は間違いなく公にしてはならない代物だ。 熾条宗家が実戦部隊の最精鋭とも言える熾条鈴音の部隊に命じて撃滅させたのも頷ける。 「この船を設計し、竣工させたのは総主任だ」 「ふーん、あの人がね・・・・」 (あたしの眼にはただの変態親父にしか見えないけど・・・・) 嘉月彦左。 元・SMO太平洋艦隊佐世保造船所造船主任。 その前はSMOの開発局にいたらしい。 豊富な異能の知識と科学知識を持ち、彼がいなければ『紗雲』は生まれなかっただろうと言われる偉人だった。しかし、綾香には初対面の第一声が忘れられない。 『―――さすが名だたる精霊術師。・・・・別嬪さんが多いの―――ォオッ!?』 最後の部分は茶織が蹴りつけた悲鳴だ。 「信じられないのも無理はない。私ですらあいつを総主任だとは思いたくもない」 嘉月茶織は天才的な技術者でSMO開発局に就職。しかし、上司が実の父親だと知った瞬間、辞表を出すも握り潰された。以後は嫌がらせのように彦左のサポートに回され、その片腕として辣腕を振るわされている。 「総主任の仕事はこの『紗雲』の基本設計と搭載する人工知能の開発だ」 「人工知能。・・・・AIを?」 SFにはお馴染みの人工知能――Artificial Intelligence;AI――は現代でも初期のものならば理論的に成立している。しかし、やはりSFレベルにまでは達していなかった。 「話したこともあるだろう」 「サオリ、さんね」 『紗雲』のスピーカーを通して話しかけてくる少女。 あれがAIだとすれば、間違いなく現代の科学技術を超越し、SFの域に達しているだろう。 「そうだ。忌々しいことに私の名前を付けて・・・・ブツブツ」 不満そうだが、その辺りを突けば地雷になりそうなので無視。 「コホン。・・・・とにかくあいつの仕事は基本だ。それはもう完成していると言える」 茶織はとある扉の前で振り返った。 「私の仕事・・・・武装部門も127mm単装速射砲やファランクスなどの既存の兵装はいつでも使用可能だ」 懐から取り出したカードキーをカードリーダーに通す。 カシュン、と音を立てて開いた扉の向こうには闇が広がっていた。 「そして、私の最高傑作である艦隊護衛用兵器も完成している。・・・・だがな」 その闇の向こうに見える代物にポカンとする綾香の手を引き、茶織は続ける。 「もうひとつの最高傑作はいろいろ製作途中でまだハリボテなのだ」 「ハリボテ? あれが?」 綾香の前に広がっていたのは巨大な砲塔。 そこから長大な砲身が2本生え、鋼の威風をまとって沈黙していた。 軍学の知識がない綾香からすれば「これぞ大砲」という一品である。 「あれが何か分かるか?」 「え? 大砲じゃないの?」 「・・・・ただの大砲がこの船の主砲になり得ると思うか?」 ぐっと綾香は押し黙った。 答えは否、だ。 この綾香から見れば非常識極まりない軍艦の主砲が見た目だけで判断できる代物ではないことは感じ取れた。 「何なの、いったい?」 「見れば分かる。・・・・いや、お前なら"感じる"、か?」 皮肉っぽく口元を歪め、茶織は天井に声をかける。 「システム起動だ」 『アイアイサー、御姉様』 電子音の声が返され、闇を電灯の光が切り裂いた。 「これは私がアメリカにいた頃から密かに理論立てていたものだ」 駆動音が響き、それに付随して様々な電灯が点火されていく。そして、それと共に"視なれたモノたち"が集結していった。 「・・・・これ、は?」 軽く綾香は目を見張る。 見た目での動揺はなかったが、心はかなり揺らめいていた。 そんな綾香の状態に気付いているのか、茶織は満足そうに頷く。 「気付いたか、さすがだな。―――もういいぞ」 『うぃー』 全ての電源が落とされ、再び闇が戻った。―――集った<雷>もまた。 「どういうこと?」 知らないうちにとても冷たい声が出る。だが、それは無視して綾香は思う存分殺気を向けた。 「そ、そう睨むな。・・・・怖い」 顔を引き攣らせる茶織。 ただの技術者には綾香の殺意は鋭すぎる。 むしろ、言葉を発しただけでも茶織の肝が据わっていることが分かる。 何せ、綾香は妖魔すら戦かせるほどの武闘派だ。 同時に最低限の「義」を重んじるため、戦闘に関わらない人間にはそのような危険性を感じさせないように努力していた。しかし、今回は仕方がない。 「睨む気にもなるわ。こんなものを作ってるなんてね。今すぐ破壊したくなるわ」 怯える茶織から視線を逸らし、目の前の砲塔を見遣った。 「それは止めろ」と蒼褪めながら肩を掴んでくる。しかし、それを意に介さず、綾香は砲塔を睨み続けた。 「これは<雷>・・・・いえ、精霊に対する冒涜よ」 神秘を利用する"科学"。 それがこの兵器だった。 |