第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/2



 1月28日午前6時13分加賀智島内部。
 鴫島では大規模な海空戦の幕開けとなったこの時間、"銀嶺の女王"叢瀬椅央はスクリーンに注目していた。
 そこには加賀智島研究所C区の見取り図が映し出され、赤い点が動き回っている。
 5人一組で動き回る点群は太平洋艦隊。また、ひとつの点は監査局の者だと推測されていた。
 6時ちょうどに始まった第三次鴫島攻撃はB区ではなく、C区に重点を置いた猛攻となった。

「罠8、9発動」
「・・・・ダメです。効果なし」

 先の第二次で20名近い死傷者を出した上陸部隊は先鋒に精鋭を置き、罠をことごとく潰しながら疾走している。

「C区侵入20人超えましたっ。封鎖します」

 C区へ通じる道には装甲板を用いた障壁を下ろすことができた。
 それは防火用のものとは違い、内外の出入りを禁じるもので万が一の時には必要なものである。

「姉様」
「ああ」

 椅央は自身に繋がれた回線を通じ、研究所のメインコンピュータに入った。
 正式に、また非合法な方法でアクセスしてもいくつかの順序と障壁、さらには網膜チェックなどと言う面倒な操作が必要だ。しかし、椅央はコンピュータを扱うのではなく、一体化することでそれらの手順の下を潜り、簡単に内部に侵入できる。
 すでに外界の感覚はカットされ、椅央の脳裏には膨大な情報が流れ込んでいた。
 そこから必要な情報を選び出し、いらぬものを排除する情報処理力は常人の脳を遥かに上回り、スーパーコンピュータ級の精度を誇っている。
 その状態が椅央の「普通」だ。

(これか)

 緊急回線。
 それは万が一の時があった場合、ボタンひとつで操作が完了されるように簡略化されたものではない。しかし、この回線が麻痺すれば研究所が壊滅してもおかしくない事態が生じるのだ。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 ふっと自己嫌悪に陥る。
 椅央は戦に勝つため、退魔に関わる人間がしてはならない禁忌を犯すのだ。

(散っていった何千何百の同胞たちよ)

 この世に生まれ落ちずとも、生を受けた者たちならばもっと多い。
 それだけの【叢瀬】が作られ、そして、生き残ったのはわずか46人。
 その命運を椅央は握っていた。

(そう、だから余は【叢瀬】の戦に余の者を巻き込んだのだ)

 窓からバリケード設置の者が見た戦闘ヘリの激闘。そして、撃墜されたヘリは【叢瀬】の援軍で来てくれた戦力だ。

(『これは【叢瀬】の戦。なれど余の者を巻き込んで何が悪い』)

 これがこの戦を始めた椅央の持論だった。

(そうだ。・・・・初志貫徹。周りに迷惑をかけたなら、せめて最後までそれを突き通せ)

 椅央は知っている。―――間違っていると知りつつも最後まで何かを成そうとしていた男の背中を。

(主任。余は間違っているかもしれない)

 椅央たち、【叢瀬】第三世代誕生の後押しした男。だがしかし、それは結果であり、過程は違う。
 今、椅央が『人』としての思念を有していられるのはあの男のおかげだ。
 【叢瀬】に属するヒトが人である、という当たり前の事実を作り上げた人物。
 【叢瀬】第三世代開発主任――黒鳳月人。

「皆、聞け」

 動きを止めていた椅央が話し出す。
 たったそれだけで部屋は静まり返った。

「これより、我ら【叢瀬】は禁忌の道に進む。なれど怖れる事なかれ」

 意識の中で現実世界ではボタンの形を取っているものを拳銃の引き金のようなものに代えて思い浮かべる。

「汝らの汚名、この"銀嶺の女王"が全て負う」

 それが責任者。
 戦いは余の者に任せている以上、その責を負うことこそが椅央の役目。

「全員、迷うことなく前に進めっ」

 椅央は己の覚悟を皆に伝え、意識のトリガーを引いた。






桑折琢真 side

「―――うらうらうらぁっ」

 SMO監査局特赦課序列十三位――桑折琢真は手に持ってカッターナイフを振るい、己の異能を顕現させた。

<キィ―――>

 その標的となった猿型の妖魔は上頭部を失って息絶える。

「はぁっ」

 その妖魔が地面に落下する間にもう一閃し、壁から飛び出てきた金属片の襲撃を"削り取った"。

「まだまだ行くぜぇっ」

 前方の羽虫に向けて異能を振るう琢真の後ろでは小銃を持った太平洋艦隊の陸戦部隊が続き、彼が討ち漏らした妖魔向けて銃撃を続けている。
 午前6時より始まった第三次鴫島攻撃ではバラバラに特攻して被害の大きかった第二次の戦訓を取り入れたのだ。
 特赦課部隊を指揮するはずの課長・神忌が戻らないため、実質指揮している矢壁十湖は陸戦部隊との協力に反対した。しかし、守山陸戦隊指揮官はそこを押して共闘協定を結ぶ。
 被害はほとんど陸戦隊から出ていたからだ。

「琢真、おかしいね」
「何がだ?」

 琢真と共に先鋒を務める特赦課序列二九位の片霧御幸は雪崩れうつ妖魔の猛攻を訝しんでいるようだ。
 確かに妖魔の数は半端ではない。
 電力が消えたことで檻が破られた、というのでは説明できない数だった。

「―――おいっ」
「ぁあ?」

 後ろからの声に琢真は柄悪く返答する。
 振り返った先には闇の中で蒼褪める陸戦隊の男がいた。

「負傷者を護衛し、後方に下がった奴らから連絡が入った」

 そこで彼はごくりと息を呑み込む。

「C区の出口には全てシャッターが下り、完全に俺たちは閉じ込められたようだ」
「・・・・何だと?」
「あっちゃー、やっぱ罠か」

 片霧は額に手を当てて呻いた。

「あ? どゆことだ?」
「つまり、あたしらはあの忌々しい女王様の罠に掛かったの。文字通り、魔の巣窟に迷い込んだの」
「と、いうことは・・・・」

 男の顔がますます蒼くなる。

「そ、あたしらはここの研究所に蓄えられてた妖魔と強制バトルロワイヤルに巻き込まれたってわけよ」

 「やられたわ」と悔しそうに呟いた。
 こちらの戦力は二〇数名。
 正直言って、一〇〇以上いるだろう妖魔と戦うのは辛い。
 おまけに数で押されれば武器弾薬のストックが心許ない陸戦隊は不利だった。

「どうすんだよ?」

 琢真も旗色の悪さを感じ、片霧に問う。
 序列こそ琢真の方が上だが、片霧は琢真にない冷静な状況分析ができた。

「そうだな・・・・」

 邪魔そうに長い前髪を払い、辺りを見回す。

「とりあえず、後方の怪我人と合流した方がいい。分散するだけ敵の思う壺」
「ああ? こっから引き返すのかァ?」

 直進してきたため、彼らはC区のかなり奥地にいた。
 辺りの檻は大きく、かなり強力な妖魔がいた形跡がある。
 これほど血肉沸き踊る場所はないだろうに。

「残るってなら、残りな。琢真は戦闘力だけはあるからね。あたしは陸戦隊と共に下がるよ。さすがに退路断たれると、ね」

 片霧の異能はサポートがいないと自身が危険に晒される代物だ。

「あたしらがいない方があんたも楽だろ?」
「・・・・確かにな」

 ニヤリと笑う。そして、懐から取り出した頭痛薬を口の中に放り込んだ。

(あのガキはこの区画にいるからな。この俺様から逃げようたっていかねえぜ)

 琢真は数時間前まで追い回していた【叢瀬】の先鋒を思い出す。
 呆れるほど頑丈な肌を持っていたが、所詮琢真の敵ではない。
 今度こそ血の海に沈めるつもりだった。

「じゃあな、琢真」

 片霧は陸戦隊と共に来た道を引き返し出す。
 今は妖魔の猛攻も一段落し、小康状態なので動きやすかった。だが、辺りに妖魔がウヨウヨしていることには変わりない。

「十湖にはちゃんと言っとくから」
「よろしく。あのガキ、キーキーうっさいからな」
「・・・・琢真、いつか十湖に殺されるよ」
「へっ、俺が負けるかよ」

 琢真は会話を打ち切るように彼らとは逆方向に歩き出した。

「さぁて、どんな敵が出てくるかな」

 舌なめずりするようにカッターの刃を伸ばしたり戻したりする。
 桑折琢真はその昔、SMO本部の特務隊に属していた。
 特務隊は各地方で支部に負えないような事件が起きた時、本部から派遣される。
 故に異能者の割合が多く、精鋭中の精鋭という部隊だ。
 琢真はその中でも高い戦闘力を持っていたが、生来の性格から派手すぎた。
 秘匿性が侵されるとして、上官からよく注意を受けた問題児だったのだ。

(誰にも・・・・俺の獲物渡せねえぜェ)

 こんな性格なので過度の干渉は彼を爆発させるだけだった。
 上官が重態で発見され、監査局が彼を緊急逮捕したのはある意味当然の帰結である。
 その後、琢真はその戦闘力から特赦され、監査局の特赦課に所属。
 武闘派として死地に放り込まれる任務をこなしてきた。

(へへ、俺のこんなに愉しませたのは・・・・誰以来だろうなァ)

 一閃二閃と腕を振るい、襲いかかってきた妖魔を駆逐する。
 それはもはや反射神経の域を超える早業で、彼の周囲数メートルにまるで壁があるかのようだった。
 琢真の攻撃力は絶大だ。
 カッターを媒介に繰り出される不可視の刃。
 それは高速で対象に走り、意識させることなく斬殺する。
 鉄筋コンクリートでも破壊できる威力は貴重だ。しかし、反作用として偏頭痛持ちというひどく人間らしい側面を持っていた。

「おーお、痛ッ。マジでイタ!?」

 こめかみを押さえ、もう一本の手で懐を探る。そして、取り出した薬を水もなしに噛み砕いた。

「ぁああっ、とっとと出てこいやァッ」

 八つ当たり気味に放った斬撃は周囲を蹂躙し、何体かの妖魔を葬り去る。

「はぁ・・・・はぁ・・・・ムカつく」

 浅黄色のツンツン頭を掻きむしりながら琢真はさらなる奥へと歩いていた。

「・・・・ん? 風?」

 C区のシャッターは妖魔が逃げ出した場合の防衛措置である。
 本来の道を封鎖し、研究所の治安部隊が詰めている狭路のみ出入り口の機能を果たすというものだった。
 つまり、風が通っていると言うことはその通路が近いのだ。

「こっちかァ?」

 構造は知りもしないのに魔の巣窟の出口を探り当ててしまう強運。
 野性の勘を働かせた琢真は進路を変え、風上へと歩き出す。しかし、すぐにその足を止めた。

「おいでなすったか」

 獰猛な笑みを浮かべ、琢真は振り返る。

「"驍名の爪牙(Brave Loyals)"、叢瀬央梛」

 廊下の先に包帯を巻いた少年が両手の鉤爪と小太刀という戦闘態勢で立っていた。

「勅命により、お前を討つ」
「ぉお、来いやァッ」

 声と共にカッターを振るい、それを避けた央梛の爪が瞬時に闇を裂く。そして、それは壁をえぐり、破片を飛び散らせた。

「ッオ!?」

 琢真はのけぞり、飛んできた飛礫を避ける。しかし、その尖った先は琢真の頬を浅く切り裂いた。

「・・・・やるじゃねえかァ」

 垂れてきた血を舐め、カッターを握り締める。
 ズキズキと頭が痛むが、それ以上の高揚感が彼を支配していた。

「オラァッ」

 この狭い廊下では琢真が圧倒的に有利だ。

「・・・・ッ」

 だというのに央梛は紙一重で不可視の刃を見切り、斬撃の嵐を回避した。―――飛礫のもう一撃というオマケ付きで。

「ハッ」

 恐ろしいまでの戦闘センスだ。

「いいね、いいね、いいねェッ」
 央梛に向けて走り出す。
 中距離タイプの能力者だったが、央梛が少しずつ離れていっていることに気が付いたのだ。

「逃げんじゃね――っ!?」

 横から飛び出てきた鋒を削り取り、同時に襲いかかってきた妖魔を斬殺する。
 央梛に勝るとも劣らない戦闘センス。

「くそ、待てやコラァッ!」

 脱兎の如く駆け出す央梛を追い、琢真は走り出した。

「うらぁっ」

 曲がり角で速度を落とした央梛に斬撃を叩きつけるも失敗。

「くそ、止まらねえ」

 央梛はどんどん先へ行く。
 それは誘導しているようでもあるが、あの場所から遠離りたかったようにも思えた。

(まあ、どうでもいいけどなっ)

 無駄なことを頭から追い出し、追撃に専念する。
 琢真は考えることを放棄したが、あのまま彼が進んでいればこのC区を脱出できていた。
 その脱出口には【叢瀬】三名がバリケードと共に籠もっている。
 狭路から出てきた敵を殲滅するための布陣だが、琢真の戦闘力から逆に全滅しかねなかった。
 そのため、央梛が出動して琢真を引き離しているのだ。
 では、何故、その道に【叢瀬】が待ちかまえているのか。
 それはその道を突破すれば【叢瀬】の心臓部――椅央の部屋や【叢瀬】の居住区に達するのだ。
 加賀智研究所側がこの配置にしたのは、妖魔が脱走した折、【叢瀬】を戦力として強制的に動員する意図があったためだった。
 何はともあれ、央梛のおかげで【叢瀬】は被害を出すことなく敵を遠ざけることに成功している。だが、それは問題の先延ばしに他ならず、全面戦争の時は刻一刻と迫っていた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・やっと、止まりやがった、か・・・・」

 琢真は息を荒くしながら央梛を睨みつけた。
 ここはC区の中心部――戦闘訓練所。
 特定の妖魔と【叢瀬】を戦わせる闘技場だ。

「へへ、今度こそ・・・・ズタズタにして、やるぜ・・・・」

 度重なる罠と妖魔の襲撃は琢真を疲弊させていた。また、彼の能力は副作用として偏頭痛の悪化という長期戦に向かない。
 だから、十数分に及ぶ追撃戦は確実に琢真を蝕んでいた。だが、それは先の戦いで重傷を負い、先程もひたすら回避に努めた央梛も同じなのだろう。
 両者は向かい合いながら肩を激しく上下している。

「でもよ、今度は逃げるだけじゃなく・・・・反撃しろよ?」

 琢真は未だ央梛の主攻を受けていなかった。

「その鉤爪や刀は飾りじゃねえんだろォ?」

 中距離タイプの琢真と近距離タイプの央梛。
 その勝敗は間合いの取り方が全てを決める。

「さあ、来いよ」

 残念ながら、スピードでは央梛の方が上のようだ。
 琢真が勝っているのは攻撃力と間合い。
 逆に央梛が有利なのは俊敏さだ。
 それがうまいこと調和しているおかげで今の戦いは体力を磨り潰す消耗戦。

「僕がこの場所に来た理由が分からない?」

 低重心でいつでも突撃できる体勢でいる央梛からの言葉。
 それに琢真は首を捻った。

「分からねえな。・・・・だけどよぉ、俺はそんな思惑を削り取る自信があるぜっ」

 頭痛薬を数個口に放り込んで噛み砕く。
 刺すような痛みが和らぎ、その痛みに支配されていた感覚が鋭敏になった。

「・・・・おい、待てガキ」

 だから気付く異変。

「どういうことだァ、オイッ」

 辺りに満ちていく妖気。
 それは言うまでもなく、妖魔の集結を意味している。

「ここは多数の妖魔が入り乱れることができる」

 ガシュッと音が鳴り、さっき琢真たちが入ってきた入り口が閉まった。

「どんなに強力な攻撃力を持っていても・・・・数の暴力には勝てない」
「・・・・ッ、テメェも危険だろ!?」
「僕は妖魔相手の戦闘で訓練してきた。ここにいる妖魔の戦闘データは頭の中に入ってるよ」

 自分が戦い慣れた場所、戦い慣れた相手を前にして活き活きしている。
 これが戦力としてだけに生み出された存在、ということか。

「お前・・・・狂ってるぜ」
「お前に言われたくない」

 ムッとした口調で返す央梛はただの子どもだった。しかし、その中には生まれながらにして深い闇を抱えている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ」

 地を這うようにして高まる妖気。
 足音などで妖魔の息吹が感じられるようになってきた。
 かなりの数だと言うことが分かる。

(こりゃあ、マズいゼ・・・・)

 後ろのドアを壊して退くことはできた。だが、目の前に獲物がいる以上、逃げる気にはならない。

「へ、やってやろうじゃん」

 カッターを握り直し、満ちる妖気の中で央梛を睨んだ。

「どっちがギブアップするか、三つ巴の戦いってやつをよォッ」

 溢れ出てきた妖魔群に一撃を加え、琢真は央梛向けて走り出す。
 先手必勝。

「らァッ」
「くッ」

 妖魔に邪魔される前の一撃が央梛一帯を包み込んだ。






覗き見をする者 side

「―――始まったみたいだね」

 "皇帝"はにんまりとした笑みを浮かべ、脇に立つ"宰相"を見上げた。

「うむ、"侯爵"の報せでは奴らの動向は掴めていなかったらしい。奴には珍しいほどうわずった声だった」

 作戦には反対だったが、いざ始まると腹が決まるのか、迷いのない口調で応える。
 彼らは鴫島に送り込んでいる"侯爵"・神忌からの報告で対地ミサイルが鴫島上空に飛来したこと知っていた。そして、SMO太平洋艦隊と反SMOが死力を尽くして激突する戦場に横槍を突きつける準備も整っている。

「あの時よりは少ないけど・・・・敵も少ないしね」
「仕方がない。あの戦いは多くのものを得たが、同時に多くのものを失った」

 鴫島事変勃発の裏には彼らの暗躍があった。
 彼らは鴫島諸島に眠っていた "塵の中を歩む者"の覚醒に乗り出していたのだ。
 島制圧に大量の妖魔を送り出し、無事に回収を終えたのはよかった。だが、その大量の妖魔がSMOと旧組織を刺激し、共闘させるという最悪の事態に陥った。
 そこで"宰相"・眞郷総次郎幸晟はさらなる戦力を派遣し、徹底抗戦することで両軍の削減を図る。
 その作戦は功を奏し、渡辺・結城両宗主、SMO長官、SMO太平洋艦隊の壊滅と首脳部全滅、4桁を超える死傷者を出させた。だが、彼らの損害も相応以上に大きい。
 幹部である"子爵"の戦死と妖魔の上級、下級問わず派遣した妖魔のほとんどが死滅したのだ。
 結果、彼らの持つ妖魔の大半が失われ、組織としての行動が休止する。
 諜報戦のみで戦い、SMOと旧組織の蜜月を終わらせ、此度開戦に踏み切らせたのだ。
 その功績はSMO中枢の情報を掴み、地道に誘導してきた"侯爵"・神忌のものである。
 神忌は以前から監査局の幹部として極秘に部下を動かし、いくつかの謀略を以て双方を刺激し続けていた。更に破壊による再生を望む監査局長――功刀宗源に近付き、その意志に沿う形で密かに組織の利益を拡大させたのだ。
 共にSMOに送り込んだアイスマンが彼を「謀略の得手」と称してもおかしくないお手並みだった。

「今日再び、我ら立つ・・・・かな?」
「そんな気楽なものではない。これでもなけなしの妖魔を注ぎ込むのだから」

 此度、出陣する上級妖魔の数は5。しかも、それらは全て協力者である久遠からの提供である。
 彼ら自体の手持ちの妖魔は下級はともかく上級妖魔は未だ品切れ状態だった。

「強襲を掛けてきた部隊には精鋭がいるだろう。妖魔の大半を失うことを覚悟せねばならない」

 "宰相"は冷徹な戦略家である。
 自軍の損害と相手の損害を考え、また、その他の要素と同時に検討した結果、この戦いは無意味だと断じていた。しかし、彼も宮仕えの身である。
 御上が「決定」すれば、従うのが臣下というものだ。

(何、いざとなれば吾が直接武威を張れば良いだけのこと)

 彼は開き直り、妖魔とそれを上回る数を従える男を鴫島に転移させるため、空間座標を弄り始めた。
 その間にもSMO太平洋艦隊と反SMOの海上、航空戦力が激突しようとしている。
 それらは裏の技術だけでなく、表の技術をも使った、まさに最新鋭の兵器群だった。










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