第十一章「第二次鴫島事変〜前編〜」/1
人類が経験した2度の世界大戦。 それは良くも悪くも技術を向上させた。 ヨーロッパの火薬庫から出火した第一次世界大戦。 その大火はヨーロッパを中心に広がり、塹壕戦などの膠着状態を経て様々な兵器を生み出す。 陸戦では毒ガスや戦車、海戦では潜水艦。 そして何より、陸海しかなかった戦域に「空」が加わった。 その鎮火から約二〇年。 ナチスの暴走によって始まった第二次世界大戦。 第一次に芽吹いた兵器たちは相次ぐ軍縮にもかかわらず飛躍的に発達していた。 ソ連のT-34中戦車やドイツのW号戦車に代表される陸戦最強の怪物――戦車。 Uボート、伊号に代表される海の狼――潜水艦。 中でも最も進化を遂げたのは飛行機だった。 飛行船は廃れ、生き残った航空機は索敵から輸送、戦闘をこなす主戦力となる。そして、それは海戦を大艦巨砲主義から航空主兵主義へと脱皮させた。 海洋国は空母を持ち、艦上戦闘機を揃える。 最も苛烈に海空戦が行われた局地戦――太平洋戦争。 大日本帝国が強大なアメリカ合衆国を相手に広い太平洋を舞台に繰り広げた戦いだ。 それは南雲中将率いる第一航空艦隊の航空母艦6隻集中配備という前代未聞の機動艦隊による「真珠湾攻撃」にて開戦した(尤も時間的に最初に交わされた砲火はマレー作戦)。 この戦争は両軍の艦載機や艦艇を発展させ、科学技術が戦況を支える状態を生み出すことになる。 また、第二次世界大戦中でも様々なものが生み出された。 レーダー然り、液体ロケット然り・・・・・・・・原子爆弾然り。 第二次世界大戦終結後、大きく発達してきた航空機の歴史はさらなる段階へと進んだ。 ジェットエンジン時代である。 ターボジェットエンジンで最初に飛行したのはドイツのHe178。その後、戦闘機としてMe262 シュヴァルベが登場。大戦後には各国が研究を重ねた。そして、遂に「音の壁」を貫き、人類に超高速時代を拓いたのだ。 今日の戦闘機は超高高度・超高速・重武装にステルス機能を備え、弾道ミサイルに並ぶ現代軍の主戦力だと言えよう。 最新鋭の技術と人が積み上げた戦歴の結晶であるそれは、例え数機と言えども充分に国の脅威になり得るものだった。 太平洋硫黄島。 1月28日午前5時51分現在、この島に航空機が放つ爆音が響いていた。 太平洋戦争の激戦地であるここには今でも軍用の滑走路が敷かれている。 そこに航空機がいるのだから、軍用機に決まっていた。 彼らはエプロンに待機し、管制塔からの指示を待っている。 「―――いよいよか・・・・」 笹波賢悟は隊内無線を通さず、独り言を呟いた。 隊長機に乗る彼はSMO太平洋艦隊の防空隊に所属している。しかし、彼らが攻撃目標とするのは鴫島だった。 『―――HYDRA-01(ハイドラ隊 1番機)』 無線に反応し、整備士たちに向く。 インカムを付けた整備士はこちらが気付いたのを確認した。そして、右肘を左手で支え、そのまま上体を左に捻るようにして右手を左に持って行く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 発進サインだ。 ゆっくりとスロットルを倒し、自分が乗るSMO太平洋艦隊防空隊新型ジェット戦闘機――戦闘攻撃機「霸鷹(ハオウ)」が誘導路へと動き出した。 「敵は・・・・『霆鷹』」 わずかに震える手でスロットルを握り締め、緊張に耐える。 制式採用されている防空隊ジェット戦闘機――防空戦闘機「霆鷹(テイオウ)」の後継機として作られたこの機体は此度が初陣。 『忍計画』と名付けられてスタートした「霸鷹」の開発は数年前からあったが、まさか初陣が内乱だとは誰も考えていなかった。 テストパイロットとして開発に関わっていた笹波ですら未だ信じられない。しかも、戦力差は圧倒的だ。 鴫島に配置された「霆鷹」は15機。 対して笹波以下、鴫島攻撃編隊は6機。 敵の4割という自戦力は実に心許ない。 また、「霆鷹」は迎撃専門である。 まさにこのような戦いのために開発された機体だった。 (相手の土俵で・・・・劣勢の中戦わねばならない) 真っ当な戦略家、戦術家では思いつかないような無謀な作戦。 それが鴫島強襲作戦の評価だった。 『―――HYDRA 01 Flight, wind 245 at 6, cleard for take off.(スターズ-01フライト、風向245°より6ノット。発進を許可)』 「Roger」 『Good luck』 端的だが万感が込められた言葉に瞑目する。 「霸鷹」製作に携わり、「霆鷹」を駆った日々が走馬燈のように甦った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 視覚を除去した聴覚が心強いエンジンの唸りを知覚する。 「よし」 カッと目を開け、隊内無線にて編隊に下知した。 「全機、これより先行する強襲護衛艦『伍雲』、同『玖雲』の直衛後、鴫島に殴り込みを掛けるっ」 それぞれ力強い返答が変える中、笹波はスロットル・レバーを倒す。 午前5時55分。 3小隊からなる鴫島攻撃編隊は硫黄島を発進した。 渡辺瀞 side 「―――ふぅ」 渡辺瀞は暗闇の中でため息をついた。 隣のベッドでは叢瀬央梛が穏やかな寝息を立てている。しかし、その体には重傷と言ってもいい怪我を負っていた。 手当はしているが、痛みが消えたわけではない。だが、穏やかな寝息を立てているのは彼の持つ"表名能力"の一端だった。 「梛」から来る「強靱」が痛みを鈍化させているのだ。 (便利だけど、危ない能力だよね) 痛みとは体が放つ危険信号だ。 それは体の動きを縛るが、同時に危険に飛び込もうとする人間を止める役割を果たす。 その機能が鈍化すれば、人間はどこまでも死地に飛び込むだろう。―――意識で感じずとも体が感じている痛みで思考が鈍っている状態だと、特に。 「でも、いくら鈍ってるって言っても幽霊はひどいんじゃないかな」 わずかに頬を膨らませる瀞。 瀞がサーモグラフィーで捉えられず、央梛が「幽霊」と言わしめた現象は渡辺宗家直系の、さらに女系のみに受け継がれる特性に起因していた。 渡辺直系の女子は<水>を氷に変えて扱うことができる。 特に瀞は氷に着目し、オリジナルの術式を作り出すほどの術者だ。 戦闘は氷主眼で成り立っており、臨戦態勢だと氷を射出できるように備え、周りに冷気を漂わせていた。 その温度は体温を遙かに下回る。 故に瀞の輪郭は加賀智島の索敵網に引っ掛からないほどの低温で保たれていた。 (まあ、体の中は普通の体温だし、どうして索敵網に引っ掛からないのかは分からないんだけどね) とりあえず、瀞は熱源探知の索敵を無効化できると言うことだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 チラッと窓の外を見た。 数キロ先の火は消え、夜間灯の煌めきだけが見える。 「一哉、やり過ぎだよ」 央梛から聞いた話と攫われる前に緋から聞いた話を統合するとこの戦いは熾条一哉が起こしたのだと分かった。 どうして自分がここに攫われたのは分からないが、一哉は【叢瀬】の戦力を使い、邪魔な太平洋艦隊を打ち破って加賀智島を救援するつもりなのだ。 その一環で鴫島の滑走路は炎上。 全レーダー破壊。 巡視船四、護衛艦一、その他ヘリコプター数機の損失を与えた。 人的被害だけでなく、被害総額もかなりなものだろう。 「・・・・でも、嬉しいかな」 素人目にも無謀な作戦だと分かった。 現実主義の一哉がそれを推してここにいる。 その事実が嬉しい。 「私も・・・・頑張らないと」 グッと拳を握り締めた。 助けられるだけじゃない。 獅子身中の虫にならなければ、これから一哉と共に戦っていけない。 「とりあえず、現状整理だよね」 瀞が最も鴫島に蔓延る勢力との接点を持っていた。 そこから導き出せる結論は決して無駄なものではない。 (初音さんとその主人は一哉と戦略無しで戦いたいから私を拉致したんだよね) ということは一哉が瀞を追ってくるのは当然だと考えていたのだろう。 「・・・・う」 頬が紅潮した。 ブンブンと頭を振ってその熱を逃がそうとする。 「と、とにかくっ。私のいる場所を知らせれば一哉を誘き寄せることができる」 こうすれば一哉が事前に罠を張ると言うことは不可能だ。 年末の坂上部隊は陸地であり、逆に罠に誘い込まれたらしいが、ここは孤島。 出入りは念入りにチェックされているので、その手も無理だろう。 となれば一哉は正面から挑むことになる。 「でも、それだけだとどうしてこの島なんだろう」 加賀智島は現在、【叢瀬】独立戦争中だ。そして、一哉は【叢瀬】勢力の援護を頼まれていた。 (私と【叢瀬】援護とを天秤にかけさせないため? もしくは【叢瀬】援護をもさせたかったの・・・・?) 謎は深まるばかりだ。 「それに一哉が太平洋艦隊を攻撃する意味は? 島外からの強襲じゃなくて内部からでしょ? だったら一哉は比較的簡単に島に入った、ってこと。攻撃する意味がないんじゃないのかな?」 「―――太平洋艦隊はこの島に攻め寄せています。その根を断ち切らんとしたのではないでしょうか」 ムクリと央梛が身を起こした。 「あ、ごめん。起こしちゃったかな」 「気にしないで下さい」 至る所に包帯を巻いているが、動きに澱みはない。 その姿を瀞は痛ましげに見た。 「一哉という人のおかげでこの島を攻撃していた部隊は侵攻を停止しました。それは充分に僕たちを助けてます」 誰も後ろに火が点いた状態では安心できない。 そのため、侵攻部隊はその足を止めたのだ。 「それだけかな?」 「え?」 瀞は央梛の言ったことだけが一哉の狙いとは思えなかった。 侵攻部隊が停止するかどうかなど、不確定要素のひとつである。 ならば一哉が鴫島を攻撃した理由は他にある、と考えられた。 「うーん?」 そこまで分かっても軍隊には全く詳しくない瀞には一哉の思惑など分からない。 「とりあえず、一哉は新旧戦争に参加してるんだね」 軟禁されている間、瀞は初音から外界の情報を伝えられていた。 初音曰く、開放された時に浦島太郎気分にさせないため、らしい。しかし、その情報が渡辺宗家の壊滅を教えてくれた。 (瑞樹、雪奈さん・・・・) ズキリと胸が痛む。だが、それは考えても仕方がないことだった。 「だって、これ幸いとばかりに攻撃してるもん」 さすがに一哉でも単独でSMOに喧嘩を正面からふっかけないはず。 新旧戦争に乗じているからこそ、鴫島を攻撃しているのだ。 「そう、でしょうね。僕たちも期せずして参加することになりました。―――反SMOとして」 「反SMO・・・・」 一哉はSMOに命を狙われた。 例え、全体ではなく一部が黒幕だとしてもSMOだったことに代わりはない。また、一哉は一度敵対した者は完膚無きまでに叩き潰す戦略を考えるはずだ。 今回は太平洋艦隊に痛撃を与える。そして、【叢瀬】を助け、瀞を助ける。 馬鹿みたいに調子のいい目的を本当に理詰めで成し遂げようとしていた。 それが一哉であり、中東を震撼させた"東洋の慧眼"である。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 今、一哉はその目で何を見ているのだろうか。 決まっている。 それは当面の敵である太平洋艦隊だ。 央梛の上役――叢瀬椅央の話では一哉は未だ加賀智島に上陸していない。 (私はともかく、一哉がサーモグラフィーから逃れる術はないもんね) ならば一哉は攻撃を終了させつつも鴫島に残っていると言うことだ。 (じゃあ、ここで私が【叢瀬】を支えていることが一哉の利益になるね) かつて瀞は誓った。 一哉の敵と戦う、と。 「私は・・・・戦うよ」 瀞はその黒瞳に決意の炎を灯し、ゆっくりと【力】を放出する。 「央梛くんは遊撃隊の役目を負ってるんだよね?」 「はい」 「じゃあ、私もそれに加えてくれないかな? 君のところの女王の指示に従うよ」 単独で判断し、効果的な戦果が上げられるとは思えなかった。だが、この島にはそういうのに優れた人がいる。 まだ、対人戦闘は怖いが、瀞には心強い仲間がいた。 『―――グルル』 「わわっ」 突然の獣の声に央梛が臨戦態勢に入る。 「警戒しなくていいよ」 瀞は暗闇に浮かび上がった影の頭を撫でた。 「この子たちは私の仲間だから」 具現型術式"蒼徽狼麗"。 単独での戦いを恐れる瀞が苦肉の策で修行した仲間を増やす術式である。 このタイプは維持するのに莫大な"気"を使うが、瀞は曲がりなりにも直系だった。 一桁の数ならば2、3時間保たせる自信がある。 (私だって・・・・ちゃんと考えてるんだよ、一哉) 少し青白い顔に得意げな笑みが浮かべ、鴫島の方を見遣った。 まさか当の一哉が加賀智島上陸に失敗し、撃墜されているとは夢にも思っていない。 それでも、瀞は健気に闘志を燃やし続けた。―――始まる第三次加賀智島攻防戦に備えて。 攻撃型強襲護衛艦『伍雲』 side 「―――マーク原速、原速(巡航速度戻せ)」 「マーク原そーく!」 1月28日午前6時ちょうど。 場所は鴫島北北東約80km洋上。 そこには強襲揚陸艦隊(紗雲艦隊)の強襲護衛艦が2隻、夜間速度から巡航速度に切り替えるところだった。 すでに本来ならば鴫島の対艦レーダーの索敵範囲内だ。しかし、深夜に行われた熾条一哉一党による攻撃で鴫島のレーダーは沈黙していた。 もちろん本島だけでなく、諸島の島々にレーダー施設が点在している。だが、その統括している鴫島レーダー施設が破壊されたため、「レーダーの傘」が消えたのだ。 攻撃型強襲護衛艦『伍雲』と防衛型強襲護衛艦『玖雲』はその海域へと突っ込んでいる。さらに旗艦である強襲揚陸艦『紗雲』も突撃してくる予定だった。 「艦長、『玖雲』から発光信号です」 見張りをしていた隊員から報告が入る。 「発光信号? まあいい。知らせてくれ」 艦長席に座っているのは『伍雲』艦長――小日向尚就だ。 『紗雲』艦長――本郷業正と同じく生粋の太平洋艦隊員だったが、山名総司令官と折り合いが付かず、左遷されていた。 「『交戦予定海域に入る。我、先行し、貴艦の盾とならん』」 「やる気だな、具教」 発光信号という方法でこちらに連絡してきた友人の僚艦艦長・武倉具教の剛気な顔を思い出し、ニヤリと笑う。 「『我、貴艦の盾に期待す。矛の役目は任されたし』。至急、返答しろ」 「はっ」 すぐさま『伍雲』から同『玖雲』に返信した。 それを確認し、『玖雲』が増速して前に出る。 「副長、『千鳥』に続き、『笹穂』の射程に入った。・・・・いよいよだな」 彼は横列から縦列――戦闘態勢に変わった艦列を眺めながら闘志を新たにした。 そもそも、彼ら強襲護衛艦2隻と『紗雲』、通称――「紗雲艦隊」とは何なのか。 それを説明するためには2年前の夏、退魔界を揺るがせた鴫島事変にまで話は遡る。 鴫島事変とは突如発生した大量の妖魔によって制圧された鴫島諸島――加賀智島を除く――を再制圧するために編成された空前の大退魔部隊と大量の妖魔の戦いだった。 この戦いで太平洋艦隊は旗艦である戦闘指揮艦『中臣』を失うなどして大損害を被っている。だが、最も損害が大きかったのは上陸部隊だった。 十数機のヘリコプターが上陸しようとした空を飛べる妖魔の迎撃を受け、次々と墜落。モーターボートなどの揚陸艇で乗り込んだ部隊は水際作戦にて次々と撃破された。 当時、太平洋艦隊は島に大挙として上陸するような作戦は考えられておらず、もちろんそれに伴って揚陸艦など皆無だった。故にSMO上陸部隊は苦戦し、風術師や水術師などを中心とした旧組織の上陸部隊が海岸を確保するまでSMO部隊は上陸できなかった。 その教訓を山名総司令は生かすため、揚陸専門の強襲揚陸艦隊の設立を決定した。そして、その造船所が佐世保にあった。 1年半ほど経った新旧戦争開戦当初、旧組織の熾条宗家は反撃である九州統一戦争の一端でこの造船所を強襲、艦隊に乗り込むはずだった太平洋艦隊員を殺傷して制圧している。 総大将を務めた熾条鈴音はその強襲揚陸艦隊の三隻を撃沈しようとしていた。しかし、艦隊設計技師たちの降伏と彼女自身が造船会社の令嬢だったことから艦隊は沈没を免れる。 それから数日後、鈴音が京都結城邸にて結城晴海、藤原秀胤に向けて放った「最近手に入れた強襲揚陸艦隊」とはまさにこの紗雲艦隊のことであった。 鈴音は捕獲した艦隊を熾条宗家が大株主を務める造船会社のドックに入れ、その完成を急がせていた。 彼らが持つ戦闘力は太平洋艦隊が九州に攻め込んでも十分に対応できる。 そう判断した熾条宗家の首脳は乗組員の訓練などを敢行していたのだ。 そうして出来上がった紗雲艦隊は藤原秀胤が総指揮を執り、本郷業正が艦隊司令となって驀進していた。 「―――鴫島上空に飛行体、急上昇っ。速度より、防空戦闘機『霆鷹』だと思われますっ」 「何だと!?」 レーダーを見ていた隊員からの報告に護衛艦2隻の艦橋は色めき立った。 確かにレーダー索敵範囲内にいるが、鴫島のレーダー施設は全滅している。更に言えば紗雲艦隊の「雲」とはステルスを表していた。 万が一にも発見されることのない奇襲がばれたのだ。 (いや、待て) 『伍雲』艦長の小日向は顎に手を当てて考え込む。 「数は?」 「2です。編隊は・・・・組んでません。別々の方向に旋回しているよう、です・・・・」 彼も疑問を抱いたのか、語尾が尻すぼみになった。 SMO太平洋艦隊の防空隊は7小隊+1機の編成である。 2機一個小隊のという計算となり、当然彼らは同じ行動を取るはずだった。そして、こちらを発見しているなら、数はともかく旋回しているのはおかしい。 「読めたぞっ。鴫島のレーダーはやはり壊れている。だから、山名は『霆鷹』に搭載されているレーダーを頼りにしたのだ」 この機載レーダーの索敵範囲は約150km。そして、全周をカバーするには機首を転じる旋回運動にてレーダー波を飛ばさなければならない。 故に「霆鷹」2機は哨戒任務のために上昇してきたのだ。 「これは・・・・賭になるか?」 別働隊の攻撃で滑走路が破壊され、敵戦闘機が離陸できないはずだった。 その前提が崩れた今、強襲護衛艦たちは思っても見なかった対空戦闘を強いられる立場にある。 『伍雲』と『玖雲』は今、「霆鷹」が作り出す索敵円上深くに侵攻していた。 ステルス機能のおかげでまだ発見されていないようだが、高度4000m以上まで上昇すれば一応は肉眼で艦影を捉えることができる。 (まだ夜でよかったな) 真冬の午前6時は未だ暗闇だった。 肉眼で水平線上の艦影を見分けることは不可能に近い。 さらに高々度を取った場合、遠くまで見渡せる代わりに海上の艦影など豆粒に等しいはずだ。 (それでも・・・・万が一と言うことがある) こちらも攻撃可能範囲とはいえ、ここで発見されれば強襲護衛艦は太平洋艦隊のまともな迎撃を受ける。 「『霸鷹』の直衛はいつ到着予定かな?」 「はっ、〇五五五に硫黄島を出撃したはずなので30分後でしょう」 「ううむ・・・・」 30分の間、いくら暗闇とはいえ、見つからずにいるのは至難の業だろう。 「具教はどう考えてるかな」 僚艦の艦長の考えが聞きたい。しかし、無線封止だから聞くことはできないし、発光信号を送るにも敵に発見される可能性がある。 「テレパス、『玖雲』に繋いでくれ」 「はっ」 そう、通常の軍隊ならここで途方に暮れるしかなかった。しかし、この艦隊は裏組織の艦隊である。 当然、異能者が搭乗していた。 その異能者であるテレパス――"精神感応能力"の能力者――による通信で近くの『玖雲』と通信できる。 事実、彼らは昨夜からそうやってやりとりしていた。 「艦長、武倉艦長は『今すぐにでも対空ミサイルを発射。攻撃を開始すべし』と・・・・」 「・・・・あいつらしい」 猛将肌の彼は敵に発見されて空を舞われるくらいなら撃墜してしまえと言ったのだろう。 「艦長、どうします?」 見渡せば、艦橋の全員がこちらを注視している。 得も言われぬ圧迫感があるが、小日向は落ち着いていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 艦対地ミサイル「千鳥」と艦対艦ミサイル「笹穂」の射程距離には入りつつある。そして、この2隻は現在戦闘態勢に移行し、いつでも攻撃可能だった。 日本名の付いたミサイルはもちろんSMO製である。 「千鳥」は射程100km、速度780km/h。 「笹穂」は射程60km、速度980km/h。 艦対空ミサイルである「梓」は射程30km、速度M2.5〜3.0をマークしていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 予定にない戦いは回避するに限る。 ただでさえ戦力差は圧倒的だ。 今ここで護衛艦を失えば、『紗雲』は独力で厳重警戒の中を突撃することになる。 「我々は・・・・『紗雲』に乗る数百人、そして、本州に残る反SMOの命を握っている」 作戦失敗は即ち、反SMOの主力部隊喪失だけでなく、SMOは切り札を持ち続けるという結果になりかねないのだ。 無謀だが、絶対に成功させなければならない。 「だが・・・・」 やや俯けていた視線を上げ、その場の全員と目を合わす気分で胸を張った。 「ここで隠れていても見つかるだけだ。邪魔する奴は叩き落とせっ」 『『『はっ』』』 普段温厚な小日向でも、この極限状態では鬼となる。 元々、"鬼将"と称される本郷のお気に入りだ。 内には熱いものを持っていた。 「合戦準備。対空、対地戦闘用意っ」 ―――カンカンカンカンカンカンカン 小日向の声に応じ、艦内に戦闘態勢に入ることを告げる音が響き出す。 「対空、対地戦闘用意。対空戦闘、『梓』攻撃始め。イルミネータ作動、目標アルファからベータまで順次ロック。目標1に対して発射弾数二発割り当て」 予め決められていた攻撃行動が前倒しになっただけのため、各担当者は的確な指示に動き出した。 「さあ具教、やるぞ。本郷の爺さんには悪いが、始めさせてもらおう」 その不気味さに頼もしさを感じ、小日向はキッと鴫島上空を哨戒する「霆鷹」を睨みつける。 「てー」 燃え盛る闘志とは裏腹に静かな声で発射命令を下した。 瞬間、甲板のVLMS(Vertical Launching Multi System:垂直発射装置)から艦対空ミサイル「梓」が撃ち出され、ジェット噴射にて鴫島上空へと向かう。 「始まった・・・・。SMO成立以来、最悪の内乱が」 全員が「梓」を視線で追う中、通信士は無線封止を破り、後方の旗艦『紗雲』へと無電した。 強襲揚陸艦『紗雲』 side 「―――予定より早いんじゃない?」 山神綾香は欠伸を噛み殺しつつ、隣の結城晴也にぼやく。 「予定は予定、だろ。必ずしもその通りってわけじゃない」 「そうなんだけど・・・・正直、眠いわ」 突然の召集。 それは鴫島強襲の繰り上げが原因だった。 「遅くまで起きてるからだ」 「・・・・それを知ってるあんたも同じくらいの睡眠時間なはずだけど、ねっ」 「ぐ、ぐるじぃ・・・・」 綾香はしばらく晴也を締め上げ、やや赤くなった頬を隠すように続ける。 「熾条の妹に知られると・・・・焼き殺されるわよ」 「うわ、マジでリアルな予想」 さすがの晴也も"火焔車"に喧嘩をふっかけることはしないようだ。 あの手のタイプは冗談を真に受けられるとひどい目に遭う。 あの手この手でこちらを追い詰め、社会的にも破滅させようとするのだ。 権力を持ち、それを使うことに躊躇しないタイプは晴也のような愉快犯には荷が重いのだ。 「で? もうひとりの愉快犯は?」 「兄貴? さあ?」 腕を組んで首を捻る。 前の会議から姿が見えないのだ。 「まあ、問題ないだろ、兄貴なら」 「・・・・・・・・そう思われている時点ですでに問題ね」 軽口を叩き合いながら"風神雷神"は会議室へと足を踏み入れた。 「あれ?」 そこにはいくつかの空席が見える。 当然、艦長などの艦を動かす上での重要人物たちはいないのだが、その他にも強襲揚陸艦『紗雲』の設計技師たちの席が空いていた。 どうやら、ここに集うのは陸上戦力だけのようだ。 「―――彼らは現在、艦橋にて艦長たちと打ち合わせ中です。この会議は上陸部隊への説明と今後の話をするための場です」 早朝というのに眠そうなそぶりを見せず、きっちりとスーツを着こなしている藤原秀胤が現れた。 「事は一刻を争います。あらかた出席されているのでお話しすることにしましょう」 チラッと結城晴輝の席を見るが、藤原はスパッと切り捨てる。 「先遣隊として乗り込んだ鎮守杪さんの報告では―――」 「藤原さん、その辺りは私たちから説明させていただきましょう」 「・・・・そうですね、お願いします」 藤原の話を遮ったのは会議に出席した坂庭昭敏だ。 藤原は無用の軋轢で連携が崩れ、引いては計画の遅延を招かぬためにすぐに引っ込んだ。 「それでは説明させていただく」 紗雲艦隊に乗り込んだ坂庭昭敏、富成弘充を筆頭とした結界師たちは鎮守家の戦闘部隊である<陰暦>の部隊員たちだった。 本来、封印してそれを守る集団だった鎮守家に戦闘部隊を作ったのは現当主――鎮守有栄である。 戦闘部隊と言えども名前の意味から仕事が割り振られている。最大構成人数を誇る一番隊・<睦月>は有栄の親衛隊。「陸」という字は東北の旧名――「陸奥」に使われ、類似には「親」がある。その関係で東北を鎮護し、当主を親衛するという任を仰せつかったのだ。 また、二番隊である<如月>は如月=生更ぎ――草木が更生するという意味――から各地の封印を強化して回る遊撃隊である。 <弥生>は「草木がいよいよ生い茂る」ことから、封印専門の部隊。 <卯月>は「卯」の意味が「押して入り込む」ということから、封印を侵す敵を駆逐する攻撃部隊である。 坂庭たちはその<卯月>だった。 「滑走路は2発のSMO製大型クラスター爆弾によって確実に破壊した、と御嬢様から報告を受けていました」 彼らは熾条一哉と紗雲艦隊を結ぶ重要な連絡要員を果たしている。 無線が使えないが、双方の連絡は多少時間が掛かるにしても必須だった。しかし、一哉はその辺りを考慮していなかったので式神を使うことのできる鎮守が動いたのだ。 すでに一哉の行動は独断専行ではなく、揚陸部隊の先遣隊、という扱いになっている。 まるで、熾条の独断が手玉に取られてるみたいね) 「鴫島攻撃」は発案者にて総大将である藤原ですら掴むことのできない大きなものによって推進されているように思えた。 様々な者の思惑が複雑に入り乱れるこの戦い。 それがこの第二次鴫島事変の本質と言える。だが、後々になればこの戦いに隠れて暗躍したふたつの組織が糸を引いていたことが分かる、希有な戦いだったのだ。 「―――た、大変よ、晴也くんっ」 半ば結界師の自慢話になってきた報告に邪魔者が入る。 「む?」 やや不満気味に侵入者を睨みつける結界師だが、その形相は文句を打ち消すだけの威力があった。 「どうしたんだ、佳織さん」 晴輝の秘書である女性は結界師たちの視線を意に介さず、晴也に近付いていく。 「晴也くん、落ち着いて聞いてね。さっき、甲板で高笑いする先輩を見たんだけど・・・・」 「先輩」とは彼女が晴樹の後輩であったことを意味していた。 事実、彼女は晴輝が生徒会長だった時の役員だ。 「強風が吹いた瞬間、先輩が船から落ちちゃった」 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』』』 統世学園を今の体制に改変した最凶の愉快犯は、ここ一番で最悪な爆弾を投下した。 |