第十章「自由への戦い」/7



「―――のぶ、待たせたワネ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぼぅ、と集合場所で加賀智島を眺めていた央葉は背後からの声に振り返った。
 目立ったケガはないが、やはり激戦の名残か、どこか汚れて見える。
 対して、央葉の後ろで木によりかかる央芒はボロボロだった。

『大丈夫?』
「大丈夫ヨ」

 筆談の言葉に笑みを見せる。だが、闇にキラリと輝く翅が悲壮感を与えてた。

「・・・・悪いこと、したかナ」

 感情でわずかに揺れる声で呟く。
 加賀智島の断崖に激突し、単装速射砲によって一哉と杪の乗った蜂武は散った。
 彼らも各々の目的があっただろうが、【叢瀬】を助けようとしてくれた点では変わらない。

「少し、休もうカ」
「・・・・・・・・(コクリ)」

 無線を傍受したところ、敵は動きを止めているようだった。
 鴫島は負傷者の治療、炎上する施設の消火活動、瓦礫が散らばる滑走路の修復など、ダメージコントロールで忙しい。
 加賀智島も基地本部の機能回復まで余計な作戦行動を控えていた。
 時間を稼ぎたい叢瀬も自分たちから仕掛けることはないだろう。
 つまり、午前1時32分、第二次加賀智島攻防戦は終了。
 両者は再び充填期間へと移行したのだ。

「さ、のぶ」

 動こうとしない央葉の手を引き、央芒は歩き出す。
 今ならば敵に奇襲できた。敵が休息している時に奇襲を仕掛けるのは兵法の常道だが、休息は大切だ。
 休む時は休む。
 これもまた、兵法だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――クイ

「ワッ。・・・・どうしたノ?」

 いきなり手を引き返したので驚いたようだ。
 目を見開く央芒に無言で加賀智島を示した。

「・・・・あ」

 AH-64 アパッチの対地攻撃を生き残った灯台が不規則に光を瞬かせている。
 一見、意味のない点滅だが、【叢瀬】には意味が分かった。

「椅央・・・・」

 安堵の息が漏れる。

『―――よくぞ帰った。こちらは無事だ。だから、今はゆっくり休め』

 "銀嶺の女王"・叢瀬椅央からの休息命令だった。






叢瀬央梛side

「―――はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 加賀智研究所の中に荒い息遣いがかすかに響いていた。
 未だ電力が回復しない中、よく目を凝らせばその人物が浮かび上がる。

「うっ・・・・はぁ・・・・」

 それは研究所に籠もった【叢瀬】の中で最も接近戦に強い少年――叢瀬央梛だった。
 全身に怪我を負い、ぐったりと壁に身を預けている。

「うぅ・・・・」

 苦痛に身を震わせる央梛の傷はえぐられたようなひどいもので、一目で重傷と分かるそれだった。
 この傷は全て、監査局特赦課序列十三位――桑折琢真との戦いで受けたものだ。
 地熱発電所の近くで会敵した央梛はその殺意に恐れ戦き、逃走した。しかし、追撃してきた琢真と撤退戦を行う内に『梛』の葉のように強靱な肌もズタズタにされる。
 命からがら撒いたのはいいものの、倒れ込んだ場所から一歩も動けなかった。
 どこかに隠れることもできず、襲いかかってくる睡魔と戦う央梛はひどく無防備だ。
 もし、上陸部隊の攻勢が止まらなければ容易に討たれていただろう。

(へい、か・・・・)

 央梛の気懸かりは昏倒した"銀嶺の女王"・叢瀬椅央だ。
 罠が発動しているので、回復されたのであろう。しかし、未だその姿を見ていない央梛は安心できなかった。

「はぁ・・・・ふぅ・・・・ぐっ」

―――ジリリリリィ〜

「―――っ!?」

 部屋に備えられた電話が鳴る。

(陛下!?)

 電話線は完全に【叢瀬】の支配下にあった。
 電話が鳴ると言うことは【叢瀬】からという可能性が高い。

「と、取らないと。・・・・どこに?」

 キョロキョロと重い首を動かして電話を探した。
 ここは研究室であり、いろいろな薬品が陳列されている。そして、問題の電話は部屋で唯一のデスクの上だった。

「も、もしもし・・・・はぁ」
『―――央梛か? ・・・・無事、なのか?』

 受話器から聞こえた声は間違いなく椅央だ。

「陛下。・・・・ご無事で何より」
『馬鹿、余はお前が無事かと訊いているのだっ』

 苛立った声。
 心配してくれたことが分かる。

「大丈夫です。遊軍の仕事を果たしますよ」

 だからこそ、弱気は見せられない。

『チッ、だから馬鹿だというのだ。手酷くやられおって』

 あっさりばれた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『しかし、お前の肌を傷付ける攻撃を持つとはな。さすがは国家機関と言うことか』
「申し訳ありません」
『よい。生きているだけでも充分だ』

 心にその言葉が染み渡る。しかし、央梛は崩れ落ちそうな体を椅子に座らせ、深く息をついた。

「申し訳ありません。その命も果たせそうにありません」

 椅央の無事を確認して気が緩んだのか、急速に狭まっていく視界。
 朦朧とする意識の中、央梛はせめて椅央の声を大きく聞こうと受話器を耳に押し付ける。

『戯けがッ!』
「―――っ!?」

 大音声が耳朶を打つどころか貫通し、三半規管を麻痺させて朦朧としていた脳を別の意味で揺さ振った。

「へ、へいか・・・・?」

 ダメージを流し切れず、机に崩れ落ちた央梛は辛うじて声を絞り出す。

『貴様、男なら再戦し、見事勝ちを拾ってみせいっ。お前はのぶやすすを除いた叢瀬では最強なのじゃぞっ。それが「敵いませんでした」で済むかっ』

 かなり興奮しているのか、息遣いが荒い。だが、女王と謳われる椅央である。
 すぐに深呼吸し、頭を冷やした。

『のぶとすすが帰ってきた。今や鴫島は業火に包まれ、水上戦力は撤退した。この意味が分かるか?』

 落ち着いた声音が頭に染み渡る。

(・・・・央姉と葉兄が帰ってきた?)

 それは全叢瀬が心待ちにしていた出来事。
 つまり―――

「もうすぐ・・・・この戦が終わる?」
『そうだ。もしかしたら上陸軍は撤退するやもしれぬ。そうなれば余たちの大勝利。だが・・・・その後にお前に残されたものは何だ?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 初陣の敗北。
 それは汚名として残るだろう。

『生きよ。そして、再戦せよ。"驍名の爪牙(Brave Loyals)"、これは厳命である。・・・・【叢瀬】の真価を示すのだ』
「"驍名の爪牙"? それは・・・・っ」

 SMO監査局加賀智研究所「叢瀬計画」班が完成体として認める個体は6体。
 "銀嶺の女王(Bright Empress)"・叢瀬椅央(エンペレス)。
 "迷彩の戦闘機(Fierce Dragonfly)"・叢瀬央芒(トンボ)。
 "金色の隷獣(All-round Chain)"・叢瀬央葉(クサリ)。
 "近衛の鋒(Spearhead)"・叢瀬央榴(オフェンス)。
 "近衛の殻(Hull)"叢瀬央楯(ディフェンス)。
 "近衛の棘(Thorn)"叢瀬央棗(サポーター)。

『それがお前の異名だ。独立した故にコードネームはないが、【叢瀬】を代表する武人としてその武威を示せっ』
「ぐすっ・・・・はいっ」

 異名が与えられる。
 それは完成体として、ひとりの【叢瀬】として認められたということだ。

「必ずや敵を討ち取って見せます」
『うん。・・・・死ぬなよ、央梛』
「はいっ」

 不思議と体の痛みが引いてきた。

『敵の駐屯地はそこからかなり離れている。今は休み、その鋭き爪を研げ』

 【叢瀬】の索敵網はサーモグラフィーの応用だ。
 生命活動温度――20〜42℃――の温度だけに反応するようにし、不要な情報を排除していた。
 この反応があり、動く者は間違いなく人為的なものだと認識して良い。
 識別反応を送れば、別の装置がそれを拾い、そのデータと照らし合わせて味方の位置を特定するのだ。
 今回、央梛は識別反応発生装置を持ち忘れている。だから、サーモグラフィーだけでは分からなかった。しかし、SMOの部隊が撤退・集結してひとり取り残されたため、央梛の居場所が分かったのだのだろう。

『じゃあ、余も寝る。敵が近付けば知らせるから安心して休め』
「う、く・・・・」

 痛む体を駆使し、電話を机に戻す。

「ふぅ」

 "驍名の爪牙"の名のおかげか、恐怖心が薄れてきた。
 央梛の能力・"表名能力"がこの異名を認識・取り込んだのだろう。
 病は気から、とも言うのか、徐々に力を取り戻してきた。
 相変わらず体はだるいが、峠を越えたように思える。

「はぁ〜・・・・」

 再戦の覚悟を決め、全身の力を抜いた。

(陛下は敵がかなり離れていると言っていた)

 途端に襲いかかってくる睡魔に身を委ねる。

―――カチャ

「―――っ!?」

 ビクゥッと体が跳ねた。

「―――あ、やっと人がいたよ」

 ひょこっと除いた顔が嬉しそうに緩む。

「ゆ、幽霊!?」

 椅央は何も知らせなかった。
 真白き肌がぼんやりと闇に浮かび、逆に闇に溶け込む漆黒の髪。
 その体からは凍える冷気が漏れ出し、圧倒的な【力】がゆっくりと央梛の体を縛っていく。

「えーっと・・・・よかったら、今ここで何が起こってるか教えてくれるかな?」

 央梛の言葉に苦笑した少女は首を可愛らしく傾げながら部屋の中に入ってきた。






熾条鈴音side

 午前1時57分、太平洋上。
 藤原秀胤が総指揮を執る鴫島攻撃部隊旗艦――強襲揚陸艦『紗雲』は夜間速度で南南西に進んでいた。
 すでに陸戦部隊は眠り、海兵も宿直たちだけが任務に就いていた。
 先行する強襲護衛艦『伍雲』、同『玖雲』も同じ状況だろう。
 鴫島での戦いが終わり、敵の索敵網が縮まった今、この艦隊も最後の休息に入ったのだ。

「―――"東洋の慧眼"・熾条一哉。"戦場の灯"の嫡男にて裏表にその威名を轟かせた軍略家・・・・」

 艦後部のヘリ甲板の中心でひとりの少女が空を見上げていた。

「12月31日深夜、SMO監査局第一実働部隊を逆奇襲にて全滅」

 音川町石塚山系で起きたこの戦いは隊長・坂上準を初め、隊員の8割が戦死。

「1月26日夜、烏山中継基地急襲にて攻略」

 守備隊無効化後、鎮守家の戦闘部隊が同島を制圧。

「1月27日夜、太平洋上にて護衛艦『弓ヶ浜』撃沈」

 現代兵器相手に伝説の守護獣の武威を示した激闘。

「1月28日零時、SMO太平洋艦隊本部――鴫島基地強襲」

 鉄壁の警戒を潜り抜けた智謀と全レーダーを破壊という情報収集力、AH-64 アパッチと対空兵器を黙らせた制空力などを駆使した猛襲。

「―――はっ、敵いませんの」

 諦めたようにため息をつき、肩を落とす少女。
 その姿は見ている方が痛々しくなるほどに覇気がない。
 冬の風が少女の不揃いな髪を弄んだ。

「―――寝ないの?」
「・・・・眠れない、ですの」

 不意に背後から掛かったはずの声に動じず、熾条鈴音は振り返る。

「同じ質問をぶつけますの」
「目が覚めたら同室の人がいなくて、ベッドも冷たい。探すのは普通じゃないかしら?」

 疑問を疑問で返された。
 同じ立場なら自分もしたであろう行動に反論できない。

「それにしても・・・・そんなに宗主になりたいの?」

「なりたいですの」

 元より嫡子だったあなたには分からないですの、とは口に出さない。
 僻みにしか聞こえないからだ。

「―――ふぅん、あたしには分からないな」

 鹿頭朝霞とは違う声。
 その声の主は艦内部に続く扉近くから聞こえた。

「山神の家督は景堯が継ぐからね」

 姿を見せたのは"雷神"・山神綾香。
 その後ろには渡辺宗家の分家――水無月家当主・水無月雪奈の姿もある。

「私も・・・・結構前から当主だから、分からないと言えば分からないかも」
「・・・・贅沢な」

 鈴音は憮然とした。
 山神綾香は早くから継承権を辞退している。そして、残りのふたりはすでに当主。
 次期トップという立場にあるのは鈴音だけだった。

「この戦いが終われば、熾条の長老たちがどう動くか分からないですの」

 何せ、充分な戦力がなくともSMOの主戦力と渡り合える一哉である。
 もし、熾条宗家という充分な戦力を手に入れれば、どうなるか。
 考えただけでも身震いする。

「幼小よりずっと英才教育を受けてきた。それなのにいきなり出てきた奴に宗主を渡してなるものですか」

 一哉が出奔した時、鈴音は2歳で当然覚えていない。
 つまり、鈴音は物心ついた時から熾条宗家の跡取り娘であり、今もそうだった。しかし、一哉が帰国して以来、その地位が脅かされつつあることは実感している。
 だから、先代――熾条緝音を師に高位炎術の修行を初め、古今東西の兵法書、軍学書、戦闘記録などを読み漁り、一種の帝王学を再修得していた。

(それでも、勝てないというのですの?)

 もし、鈴音が一哉と同じ立場だったとしたら、絶対にこの『紗雲』に乗っていただろう。しかし、一哉は強大な軍勢の組織を朝霞に任せ、自身は少数にて行動を開始していた。

「大樹に依らない。立派な心掛けじゃないの」
「というか、一哉くんは大勢で何かするのが苦手なんじゃない? 人の集団は個を潰すから」

 雪奈が思い出すように言う。

「あー、渡辺邸討ち入りもそんなん?」
「ええ、聞いた話では。私が実際に会ったのは暮れだから」

 ちょっとだけ頬を染めた。
 この4人の少女の中で最年長である雪奈は法的には独身だが、いわゆる事実婚者だ。

「だから、一哉くんは宗主に向かないと思うわよ?」
「どうして向かないですの」

 鈴音は首を傾げた。

「じゃあ、逆に訊くわ。いい将軍はいい王様?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうとは限らないでしょう?」

 言い聞かせるように雪奈が続ける。

「もちろん、戦いに強いのも王様に求められるひとつよね。・・・・・・・・でもね」

 チラッと朝霞にも視線をやった。

「それは王様にとって一面なの。全てじゃない」

 鈴音も朝霞に視線をやる。
 朝霞は真剣な表情で先輩の話を聞いていた。

「戦いに強いことを本当に求められるのは将軍。ちょっとキツい言い方だけど、組織の中で生きられない人間は真に人を率いる人じゃないと思うわ」

 人とは集団である。
 組織=集団で生きられない者が集団を率いるなどできるはずがない。

「一哉くんにできるのは自分の目が届く範囲での統率。それも確かな統率力を持った腹心が必要かな」
「つまり、お兄様は王に向かないと?」
「そうね。小国ならともかく、大国の主にはなれないわ」

 雪奈は断言した。
 彼女こそ、小国の主として教育を受けてきた人間である。
 一哉の器量が戦時に煌めくことをしっかりと理解していた。

「その証拠に分家たちは騒ごうとも現宗主も"悠久の灯"、"戦場の灯"も一哉くんを宗主にしようと動いた?」
「・・・・・・・・あ」

 気の抜けた声が甲板に流れる。
 今気付いたとばかりに目を瞬かせた。

「そういうことよ。文化祭のあれは宗家に連れ戻そうとしたけど、宗主にしようとしたんじゃない。第一、いくら才能があるからって次期宗主として育ててきて、申し分ない器量を持ってるあなたを廃するほどじゃないでしょ」

 綾香が安心させるように言う。

「堂々としてたらいいんじゃないかしら?」

 それまで黙っていた朝霞が言った。

「あなたがいなかったら鴫島に侵攻するこの『紗雲』はなかったの。ちゃんと後先考えて行動しているから、全体を俯瞰する能力はある、ってことでしょ」

 恥ずかしくなったのか、顔を背ける。

「少なくとも私は一騎駆けの武勇しかないわ。正直、もっと大きなものを見てるあなたたち兄妹が羨ましいわ」
「当然です。そのように教えられてきたのですから」

 決然と胸を張った。

(そうですの。私はずっと宗主になるために励んできたですの。そして、分家はともかく、直系の者たちはその意思に揺らぎはない)

 厳然として自身の上に君臨する長者たち。
 彼らに期待されれているならば、失望されるような真似などできはしない。

「あなたは私の下で馬車馬の如く働けばいいですの」
「冗談。すでに戦略家の手は離れたわ。ここからは私のような武勇の士の出番よ。後ろでこそこそと企む輩は黙ってて」
「それこそ冗談ですの。私の異名・"火焔車"は戦術家として評されたもの。出来星の術者に遅れを取るほど落ちぶれてませんの」

 すっかり元の雰囲気に戻った鈴音は朝霞と仲良く罵り合う。
 これには綾香と雪奈も肩を竦めて苦笑するしかなかった。

「じゃあ、鴫島でどっちが武功を上げるか、勝負よっ」
「ふん。己が矮小さ、その結果で知るがいいですのっ」

 互いに宣戦布告するふたり。

「「それでお兄様(あいつ)を見返すですの(のよ)っ」」

 真っ暗な海向けて宣言する。しかし、この時、"東洋の慧眼"・熾条一哉を乗せていた蜂武はその全ての部品を海中に没しようとしていた。






緋side

「―――あ、ああ・・・・」

 緋は海面近くまで下り、キョロキョロと辺りを見回していた。しかし、そこに一哉の姿はなく、蜂武は海中に没することで自身の火災を消火している。

「えへへ。・・・・うそ、だよね、いちや?」

 しかし、蜂武が没した海中はもちろん、激突し岩壁周辺に人の動きは見られなかった。

「ねえ!? 嘘だよね!?」

 主への呼びかけは無言の返答しか返ってこない。
 どこにも一哉の生存を示すシグナルは見つけられなかった。
 眼下に広がるのは暗黒の海であり、バラバラに四散した蜂武の欠片たちである。そして、その欠片もゆっくりと海に飲まれつつあった。

「いち、や・・・・?」

 誰ひとり知らなかったであろう。
 蜂武が突っ込んだ窓がある部屋は一哉たちが求めていた人物――渡辺瀞が囚われていたものだったとは。だが、今はそのようなことは緋には関係ない。

「は、ははは・・・・はは・・・・・・・・・・・・」

 救出作戦を考案した"東洋の慧眼"・熾条一哉は物言わぬ状態へと現代兵器によって叩き落とされたのだから。


「あああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 紅い輝線となって上空に舞い上がった緋を中心に閃光が弾けた。
 それは花火にも似た轟音を響かせ、眼下を照らし出す。
 闇を侵掠する深紅の炎。
 それは蜂武撃墜で沸いていた護衛艦、巡視船の隊員を黙らせるのに充分な威力を持っていた。

「許さない・・・・」

 全身に炎を纏い、こちらに艦首を向け直す艦艇たちを睥睨する緋。
 赤髪を横ポニーにしていた髪留めは膨大な【力】の放出に耐え切れずに焼失している。
 髪を振り乱した様は落ち武者のようで、言い表せない凄みがあった。

「許さないよ・・・・」

 辺りに展開する太平洋艦隊は護衛艦一、巡視船四。
 充分な戦力が戦闘態勢で緋を観察している。

「絶対に、赦すもんかぁっ。跡形も残らないくらいに焼き尽くしてやるッ」

 修羅と化した緋は持てる全ての【力】を出し切っても、それらの軍艦を沈めることを決意した。
 全身に【力】を纏わせ、裏の神秘を示すべく緋は軍艦に向き直る。
 彼らも脅威を感じるのか、各々の兵器をこちらに向けていた。

「ははっ。その程度の武器であかねに刃向かうの?」

 何がおかしいのか、クスクスと嗤う。

「身の程を知れっ」

―――ドォッ!!!

 体から迸った炎の一端が海面を叩き、軍艦たちを木の葉の如く揺らめかせた。

「いちや・・・・見ててね」

 そこにいるのは紛れもなく、怒り狂う龍だ。
 そんな龍が切なげな声で海面を見下ろす。
 膨大な【力】を放つ緋からパラパラと幻想的に火の粉が散っていた。

「あかねが死んでも・・・・あいつらは絶対にこの世から消してやるッ」

 主を失い、手綱を失った龍は本来の猛威を下界に知らしめようと【力】を開放する。
 あまりの高熱に緋の周囲が陽炎のように揺らめいていた。

「―――そうはいきません」
「―――っ!?」

 降り掛かった声と共に自身に迫るものに気付いた緋は上空を仰ぎ見る。しかし、襲撃者はその動作を許すことなく、"凍った"岩を緋の背中に落とした。

―――ズンッ

「ぐはっ」

 氷の岩は緋の炎をものともせず貫通。
 着弾の衝撃で肺の空気を全て吐き出し、堪らずその空域から叩き落とされる。そして、 まるでボールのように緋を水面に叩きつけられた。

(ぐぅ、誰が・・・・?)

 力の入らない体で水を掻き、霞む目を凝らして必死に上を見る。
 見上げるは蜂武が突っ込んだ断崖の穴。
 緋はそこに一瞬だけメイド服の女性を見た。

―――ドゴォンッ!!!

 初音を視界に収めると同時に速射砲の砲弾が断崖に突き刺さる。
 本来は緋を狙ってのものだったが、緋が海面に落とされたことで砲弾は目標を失った。そして、その砲弾は『偶然』にも初音に直撃したのだ。
 爆発の余波は冬の夜空を震わせ、その威力の程を物語る。
 爆砕。
 その一言に尽きる攻撃の成果を緋は確かめることができなかった。

「あはは・・・・いち、や・・・・ダメ、かも・・・・」

 あれほどの大出力を一瞬で無に返された緋の瞳からふっと【力】が失われる。

「ごめん、ね・・・・」

 全身の力を失った緋は砂塵が舞う中、暗黒の海面に没した。―――水面に鮮やかな火の粉を散らして。










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