第十章「自由への戦い」/ 5
後に「第二次鴫島事変」と名付けられる、新旧戦争緒戦とも言える大戦。 それは新旧戦争勃発を告げる15の大輪から25日が経っていた。 渡辺瀞救出及び【叢瀬】援軍で動き出した"東洋の慧眼"・熾条一哉。 【叢瀬】独立を掲げて立ち上がった"銀嶺の女王"・叢瀬椅央率いる【叢瀬】一族。 独自の思惑と監査局のために蠢動する監査局特赦課課長・神忌。 熾条一哉と己の武勇のみで戦わんがため、渡辺瀞を拉致したアイスマン・初音主従。 反SMOを示すため、ミサイル発射基地攻略を企画した"鉄甲の藤原"・藤原秀胤。 藤原の策に乗り、自ら出陣してその計画を実現させんとする"鬼神"・結城晴輝。 旧組織最強コンビとして武威を振るう"風神"・結城晴也、"雷神"・山神綾香。 無理な注文に健気に応えつつも前に進む"東の宗家"当主・鹿頭朝霞。 SMOへの反撃の烽火を上げ、強襲揚陸艦隊を提供した"火焔車"・熾条鈴音。 裏の叡智と表の科学の結晶とも言える艦隊を創造した技術士――嘉月彦左。 最大戦力を誇り、その武力を展開するSMO太平洋艦隊総司令官――山名昌豊。 そうそうたる顔ぶれが並ぶ戦場の舞台は鴫島諸島。 かつて、新旧共闘作戦が展開された島で、彼らは決別後、最大の戦いを展開することとなる。 戦況に干渉する第三者の影があることに気付きつつも、彼らの鉾は止まることなく突き出された。 渡辺瀞side 「―――いったい何が始まったの?」 瀞は数時間前から始まった島の異変に我慢できずに訊いた。 爆音や轟音が響き、岩盤に直接開けられた窓から時折、明るい照明を島に向ける巡視船の姿が見える。 「瀞様はどうお思いですか?」 「・・・・戦争、かな?」 瀞は顎に指を当てて考えついた意見を口にした。 「ご明察です」 「・・・・そっか」 そのまま瀞は窓の外を見遣る。 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) 軍艦たちのはるか向こうには炎の赤を狂騒的に孕む島の姿があった。 少し前からあの島にも戦いの空気が満ちている。 どう考えてもこの島の戦いとは別件だった。 「思ったよりも落ち着いていますね」 初音は瀞の隣に立った。 「・・・・うん、自分でも驚いてるよ。前は爆音だけで震えてたのにね」 このような音を聞くのは1年半前の鴫島事変以来だ。 瀞は軍艦と妖魔との死闘を間近で見ている。そして、自分たちが上陸して戦っていても装甲車などが奏でる銃声や爆音が常に耳朶を叩いていた。 地下鉄音川駅での戦いなど序の口だと思えるような現代兵器のオンパレード。 水術を使える以外は普通の女の子である瀞にとって、そこは地獄だったのだ。 「何が・・・・変わったのですか?」 「さあ、何かな」 瀞はいつになく会話を引き延ばそうとする初音から、わずかな恐怖を悟った。 彼女は大人っぽく、おっとりとしているが、やはり荒事には向かない性格をしている。 ただ、彼女の主人とやらが関係すれば獅子奮迅の働きを見せるだろう。 初音にとって主が逆鱗だ。 (緋ちゃんも・・・・そうかな) 普段は明るく無邪気な守護獣も一哉の危機となれば辺り構わず煉獄に返るような戦いを繰り広げるはず。 (みんな、譲れないものがあるんだよね) 恐怖を押し流してしまえるような強い意志。 今、瀞の身に隠されているのはそれなのだろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 自分の手を見てみる。 それは震えてた。 間違いなく、体は恐怖に侵されている。 「やっぱり、一哉との生活かな」 その手をぎゅっと握り締め、精神で恐怖を駆逐しようとした。 「一哉様との?」 本能で感じる恐怖を精神で押し殺し、何とか平静を保っていられる。 言わば、今の状態はやせ我慢だ。 「一哉は私を救ってくれた。だから、私はその恩返しをしたくて・・・・・・・・」 言葉を切った。 「どうしたのですか?」 メイド姿の初音が首を傾げる中、瀞は首を振って先程の発言を否定する。そして、少し遠い目をして呟いた。 「ううん、そうじゃないね。恩返しなんて善意じゃない」 「恩返し」という言葉を発した時の違和感から自らの感情がそんなものでないことに気付く。 もっと利己的なものが瀞を突き動かしたのだ。 「私は一哉と一緒にいる生活が楽しかったんだ。だから、一哉の隣で同じ物事を体験したいと思ったんだね」 普段なら忌避しているはずの戦闘に進んで身を投じた文化祭。 蚊帳の外にしてくれたのは一哉の気遣い。 それを知りつつも干渉したのはその念からだ。 「ここで恐怖するようじゃ・・・・一哉と共にこの道を歩けない」 瀞は決然とした瞳を初音に向けた。 「こうして、あなたみたいな人たちを招き寄せる人だけど・・・・その傍はとても温かいもん。居心地良すぎて離れたくないよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 初音はその強い視線に息を呑む。 「だからね・・・・」 すっと細められた瞳の奥で何かが蠢いた。 「迎えが来てるのに待ってるだけなんてダメなのッ」 「―――っ!?」 長い軟禁生活で疲弊していたとは思えない動きで瀞は初音に水球を放つ。 完全な不意打ちは初音の細い体を壁際まで吹き飛ばした。 「・・・・ッ、何を―――えっ!?」 用意していた結界の仕掛けを発動させようとしたのだろう。 「し、瀞様・・・・いったい、何を・・・・」 驚きに震える声。 「伊達に長い間大人しくしてたわけじゃないよ」 ゆっくりと椅子から立ち上がり、瀞は戦闘態勢を取った。 対岸――鴫島であることは知らない――で炎の真骨頂とばかりに侵攻していく様はマグマの溶岩のようだ。 あそこまで派手に<火>が乱舞していれば高位の精霊術師ならば誰でも気付く。 ―――あそこに、一哉がいる。 その念が疲弊した瀞を支え、その行動の原動力になっていた。 「この部屋の結界の要は点在してたけど、総元締めは初音さん、あなただよね」 膨大な<水>を従えた瀞の輪郭が淡く発光しているように見える。 「だったら、初音さんに一撃を与えて浄化してしまえばいいよね」 「・・・・何て、でたらめななんですか」 「一哉が来た時、ずっと囚われてたら一哉はまた私を遠ざけちゃう。それが嫌だから、ずっと用意してたの」 「・・・・ッ」 初音は辺りを見回した。 そこには狂喜乱舞する<水>たちの姿しか見えない。 「ここには海がある。・・・・ここは私の独壇場だよ」 駆け引きの苦手な瀞が必死に編み出した必勝の布陣。 数週間も維持し続けていた数々の術式。 後はそこに"気"と精霊を供給すれば始動する。 普通なら無理なことも瀞の不屈の魂はやり遂げていた。 「退いて、くれないかな」 ここまで有利な状況を作り出しても、瀞は初音を攻撃する気はない。 今まで一緒に過ごしてきた人だ。 彼女は瀞が寂しくならないように、孤独という精神を蝕む魔物から守ってくれていた。 そんな人を攻撃するほど、瀞は割り切れていない。 「私が主命に反するとでも?」 「絶対死守、ってわけじゃないんじゃないかな。あなたに与えられたのは私を外敵から守ること。・・・・違う?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 初音は少し目を見張り、次には包み込むような笑みを浮かべた。 「ええ、瀞様に何かありましたら、一哉様に申し訳が立ちません。私共が瀞様を拉致したのは一哉様とご主人様が同じ土俵で戦うための策です」 自然な仕草で彼女の手が体の前で合わされる。 「ですが、どうやら状況が変わったようです。瀞様は早々にここを立ち退かれるようにお願いいたします」 そう言ってペコリと頭を下げた。 「・・・・え?」 瀞はつむじが見える初音の頭をぽかんと見つめる。 正直拍子抜けした。 「ど、どう状況が変わったの?」 「瀞様を悪用しようという輩が現れまして・・・・。生憎、その方を武力で排除するわけにはいかないのです。さあ、お早く。ここは私にお任せ下さい」 初音は瀞の手を取り、開くことのなかった扉を開ける。 真っ暗の空間は狭い廊下のようで向こうに繋がっていた。 「この向こうは迷宮のように入り組み、戦闘状態にあります。さすがに私と言えでもその戦闘に介入して瀞様を守ることはできません」 「・・・・うん」 瀞は扉の外に出ると初音を振り返る。 「今までありがと、初音さん」 「・・・・え?」 軟禁していた相手に礼を言われた初音は驚いたようだが、 「御武運を」 そう言って頭を下げた。 「頑張るよ」 瀞は歩き出す。 後ろでは扉の閉まる音がした。 こうして、"浄化の巫女"・渡辺瀞は軟禁を解かれ、【叢瀬】VS監査局・太平洋艦隊の死闘が行われている加賀智研究所へと歩み出す。 その時間は午前0時27分、奇しくも叢瀬央芒によって鴫島港パラポナアンテナが倒壊し、鴫島本島の全レーダーが破壊された時間だった。 叢瀬央芒side 「―――くっ」 央芒が慣性の法則を無視した鋭角方向転換を繰り返す。そして、その偉業がなければ進んでいたであろう場所にM230 30mm自動機関砲の砲弾が束になって通過した。 「ああ、うっとうしイッ」 FIM-92スティンガーミサイルを構え、瞬時に発射する。 それは今まで戦っていた戦闘ヘリではなく、央芒に後ろを向けていたもう一機に向かった。 それに対し、狙われた戦闘ヘリはAH-64 アパッチにはない装備で、考えられない行動に出る。 その腹に取り付けられたもう一門のM230 30mm自動機関砲が砲口を後ろに向けたのだ。 ―――ダダダダッ・・・・ガァンッ!!! 機関砲の直撃を受けたミサイルは爆発し、その余波でその機体を揺らす。だが、戦闘ヘリはノーダメージでFIM-92スティンガーミサイルを防ぎきった。 「チィッ」 ―――ダダダダダダダッッ!!! もう1機が参戦してくる。 ライトで狙われていることを知った央芒はその空域を脱しており、30mmの砲弾はいたずらにアスファルトを砕いた。 「くぅっ」 衝撃波を受けた体が震えるが、何とか立て直して"隠蔽色生成能力"を使う。そして、乱戦で下がっていた高度を上げた。 「はぁ・・・・はぁ・・・・くっ」 ほぼ真上を陣取ったというのに彼らは危機を感じ、最大速度でその空域から逃げ出す。 ヘリの最大速度は央芒のそれを大きく上回る故に再び上を取ることはできなかった。 「・・・・レーダー」 央芒は吐息の中に声を溶け込ませる。 「熱源を探知する、レーダー・・・・」 央芒の"隠蔽色生成能力"は光学迷彩である。 熱はもちろん発しているのでレーダーの目を誤魔化すことはできなかった。 「ゲッ」 央芒は呻くと共に行動を開始する。 遠くに離れていた3機の戦闘ヘリがその両翼に装備していたAIM-9X サイドワインダー2000を発射した。 計13本のミサイルは超高速で迫り来る。 内1本にFIM-92スティンガーミサイルが命中し、爆発によって4本のミサイルが誘爆した。しかし、残り7本は複雑な輝線を描きながら央芒を目指す。 「対ミサイル戦法も習得済ミッ」 央芒はすでに地上ギリギリに降下していた。 ミサイルの速度はマッハを超える。 「うわわあああッッッ!!!」 次々と地面や基地施設に突き刺さったサイドワインダーが爆発し、央芒は大きく吹き飛ばされた。 「うぐっ」 燃え盛る滑走路に放置された車両に背中をぶつけて止まる。 「ゲホッ・・・・うう、ぅう・・・・」 周囲で巻き起こる爆風と破片に翻弄され、央芒は死線を脱した。しかし、その代償は大きい。 翅の神経が麻痺し、飛べなくなってしまったのだ。 ―――バラバラバラバラ・・・・・・・・ ローター音が近付いてきた。 すでに央芒の状態は対地レーダーで知られているはず。 (来ル・・・・) 吹き飛ばされた衝撃で央芒の周りに手持ち全てのスティンガーが転がっている。 もう、央芒にはそれを手に取ることはできなかった。 「う、眩シイ・・・・」 サーチライトが央芒の姿を映し出す。 圧倒的な光量に目を細めながら、央芒は3機のヘリを視認した。 彼我の直線距離は約30m。 コックピットの下についた前門――M230 30mm自動機関砲の照準は3機とも央芒に合わされている。 この距離から見ると、AH-64 アパッチよりは小型だ。しかし、腹部にある後門――前門と同じ機関砲――の存在が不気味さを放っており、この機体の特徴とも言えた。 「3・・・・」 カウントダウンを始める。 「2・・・・」 ヘリはホバリングで空中に制止した。 ローターによる風が辺りの炎を吹き散らし、墜落と共に撒き散らされたスティンガーらが動く。 「1・・・・」 スティンガーの動く速度が跳ね上がった。 「0ッ!」 ―――ドドンッ!!! 央芒の"念動力"によって照準され、一斉に火を噴いたミサイルはそれぞれ手近のヘリへと襲いかかる。 起死回生の必殺の一撃。 ―――ダダダダダダダダッッッ!!!!! ミサイルが跳ね上がると共に後門が動き、射撃を開始した。 「―――っ!?」 いくつもの爆発音が重なり、爆風が大地を撫でつける。 「・・・・ッ。・・・・もー、でたらめネ」 レーダーを見てからでは対処できない距離だった。そして、何より央芒はその手にFIM-92を握っていない。 万に一つも失敗する要素のなかった攻撃が防がれた。 至近距離の爆風で彼らは上空へと逃げたが、撃退したとは言えない。 自らも爆風に翻弄されながら、呆れるしかなかった。 FIM-92スティンガーミサイルは対戦闘ヘリの主力武器とも言える存在だ。 "空の戦車"でも落とせる、いや、実際に落としている。しかし、あのヘリはそれを物ともしない。 (何なノ・・・・、こいつラ) 央芒は知らなかったが、彼女が戦っている戦闘ヘリの名は「蜂武」という。 太平洋艦隊の新部隊――強襲揚陸艦隊に配備されるはずの攻撃ヘリだった。 制圧力と高い防御力を求められる攻撃ヘリ。 制圧力はアパッチ従来の武装で充分だったが、問題は高い防御力である。 開発部はヘリの鬼門である対空ミサイル迎撃案に苦心した。しかし、彼らが水上戦力をよく知っていたことが閃きを与える。 対艦ミサイル迎撃最終手段のCIWSがその苦悩を晴らした。 近接防御火器システムと訳されるそれは独立した火器管制装置であり、人の手を介さずにミサイルを撃墜できる。 そうしたシステムが腹部のM230 30mm自動機関砲に搭載され、360°の視界をカバーできる対対空ミサイル兵器として装備されたのだ。 機体要目はローター直径12m、胴体幅2.9m、全長15.8m、全高4.4m、最大速度350km/h、実用上昇高度5000m。 アパッチよりも小型で速度、上昇高度共に低下しているが、その防御力は段違いだ。 上空を取られればさすがに弱いが、強襲揚陸の場合は対地攻撃編隊と対空防御編隊に分かれて行動する手筈になっている。 先程、央芒が苦戦したように連携すると言うことだ。 アパッチのように万能ではないが、ひとつの作戦に力を傾注した場合、アパッチを超える性能を誇ることはこの戦いで示されていた。 「うわ・・・・」 3機は警戒しているのか、なかなか近付いてこようとはしない。それはいいことだが、央芒の耳はこちらに近付いてくるもうひとつのローター音を確認していた。 ローター音から蜂武のものと見られる。 (増援・・・・。最悪ネ) これまでの戦いで央芒の持つスティンガーミサイルは撃ち尽くしていた。 他にバーレットM82A1もあるが、さすがにこれは手で持たないと目に見える効果は上げられないだろう。そして、手に持った瞬間、AGM-114 ヘルファイアやM230 30mm自動機関砲が襲来するに違いない。 「参った、ワネ」 幸い、翅は麻痺しているだけのようでもう少し時間を稼げば飛べるだろう。だが、その少しの時間が問題だった。 「悪、足掻き・・・・ヲッ」 座して死を待つ気のない央芒は左手の空間に右手を突っ込む。 ―――バラバラバラッ ローター音が4つになった。 蜂武は互いの連携を重視するのか、意思の疎通を図ろうとしている。 「ん?」 増援に来た蜂武の様子がおかしいことに気付いた。 他のヘリはしっかりとしたホバリングをしているが、その機だけが微妙に上昇していく。 (もしかして・・・・下手? って、それだけじゃなく・・・・) アパッチと同じ砲撃手のヘルメットの向きで砲口の向きを変える前門は寄ってきた僚機の横腹に向いていた。 ―――ガガガガガガガガッッッ!!!!! 「―――っ!?」 射撃音と硬い物にぶつかった金属音が辺りに反響する。 (な、なに!?) 一瞬、自分が撃たれたのかと思った。しかし、自分は五体満足――初めから隻腕だが――なのでそれは違う。 「え?」 何かが激突したような音の方に視線をやれば、先程まで中空を支配していた蜂武1機が建物に突っ込んでいた。 増援に来た蜂武が僚機に向け、機関砲を撃ったのだ。 不意打ちを受けた1機はコックピットをズタズタにされて墜落。 泡を食った残存2機は数百メートルの距離を取り、全ての兵装を裏切った蜂武に向ける。 ―――バシュッ 搭載兵器としては空対空ミサイル――AIM-9X サイドワインダー2000が裏切った蜂武から放たれた。 「どういうこト・・・・?」 いつの間にか中空は乱戦の最中にある。 サイドワインダー2000は立て続けに発射され、おそらく全弾だと思われる数が断続的に空を駆けた。 マズルフラッシュによって蜂武の黒い機影が浮かび上がる。 轟音を伴った猛攻は十分に態勢の整えた2機の蜂武によって的確に撃墜された。そして、お返しとばかりに彼らのサイドワインダー2000が火を噴く。 2機になっても連携は完璧で十字砲火の態で放たれたミサイルはひとつの機関砲では対処しきれない数だった。 (やられルッ) 3つまで叩き落としたが、後4つが不可避のタイミングで裏切り蜂武を襲う。 「―――させないっ!」 蜂武の黒い装甲に弾頭が突き刺さる瞬間、聞いたことのある声が戦場に響いた。 ―――ゴオオッ!!! 上空から声と共に降り注いだ赤い閃光がミサイルとその爆風ごと焼き尽くす。 地面に接触したそれは辺りの物質を溶解させた。 「これハッ」 科学では考えられない出来事。 それを可能にできる幼げな声の持ち主。 「いちやは・・・・やらせないッ」 地上百数十メートルでミサイルの応酬を繰り広げた蜂武の更に上――数百メートルの空域にひとりの少女が立っている。 膝丈で赤と黄色系統の着物に紅い髪の毛。 コロナのようにその輪郭を覆う炎はプロミネンスのように渦巻いていた。 「絶対に・・・・守るんだからァッ」 深夜の太陽の如く光り輝く緋は、炎をまとわりつかせた腕を蜂武に叩きつけるように振るう。そして、迸った火球は蜂武を真上から叩いた。 「ウソ・・・・」 それは何気ない一撃に見える。しかし、その火球は蜂武に深刻なダメージを与えていた。 ローターに異常が発生したのか、2機とも不時着しようと高度を下げ始める。しかし、暴君である緋に、見逃すという選択肢はなかった。 「ハァッ!!!」 対護衛艦『弓ヶ浜』戦で後部ファランクスを破壊した術式が夜闇を裂いて飛来する。 それは20mmでも貫通できない蜂武の装甲を紙のように貫通し、そのエンジン部を完全に破壊した。 ヘリはエンジントラブルも想定しているのでエンジンが破壊されたと言えどもローターの惰性だけで不時着できる仕組みになっている。 ガクンッと揺れ、ローターの推進力だけで飛んでいく蜂武。だが、彼らの恐怖はこれからだった。 第二撃がローターの付け根を貫通し、胴体からそれを跳ね飛ばす。 さらに第三撃目はエンジンと同様、強力な装甲で覆われていた燃料タンクに"陣火穿孔"が牙を剥いた。 ―――ドォォォォォォッッッ!!!!! 「・・・・ッ」 燃料に引火した蜂武は空中で爆散する。 広範囲にばらまかれた破片は央芒の傍まで飛んでくるが、彼女は呆然と見上げるしかなかった。 「ふん・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・。絶対に・・・・いちやは、守るんだから・・・・」 壮絶なまでの覚悟と強力無比の【力】の波動。 これが能力者最強の精霊術師間で語り継がれる存在――守護獣だ。 「す、すご・・・・イ」 圧倒的な【力】の発露に央芒は見惚れる。 「?」 一瞬だけ、彼女の輪郭が火の粉となって舞い落ち、その姿が霞んだような気がした。 「気の、せイ・・・・?」 右手で目をこすってから、再び空を見上げる。 そこには冬の夜空を焦がし、手負いの獣は厳然と中空にあった。 山名昌豊side 「―――ほ、蜂武隊2番機墜落っ」 「何!?」 1月28日午前1時7分、鴫島基地総司令部。 地下に設けられた鴫島の心臓部は今や混乱の最中にあった。 1時間前から始まった正体不明の敵からの猛攻。 それは十数分前のレーダー全滅で外に送り出した隊員の視認以外の認識ができなくなっている。 「カメラ回線復旧っ。映しますっ」 辛うじて生き残った監視カメラが各方面を映し出した。 『『『―――っ!?』』』 その場の全員が息を呑む。 そこに映されたのは炎上する防空基地であった。 太平洋艦隊が停泊する軍港はパラポナアンテナが崩れ落ちている以外、無傷と言っていい。しかし、そんなものは慰めにもならなかった。 「敵はっ、敵はどいつ―――っ!?」 ―――ザザザッ どこからか飛来した黄金色の光がカメラを破壊する。 スクリーン上に映された砂嵐――スノーノイズという――は急速に増え、物の数分で過半数に達した。 「く、くそ・・・・いったい、どこからっ」 「ダメだ、このままだと・・・・」 カメラを操作する者は必死に敵の姿を捉えようとしたが、絶望的な侵攻速度に諦めかける。 『『『―――っ!?』』』 彼らの必死さが辛うじて通じたのか、一瞬だけ画面に欲しかった映像と欲しくなかった映像が映し出された。 「ほ、蜂武が・・・・」 火線に貫かれて爆発する蜂武1番機と3番機。そして、その火線の収束地に浮遊する和服の少女を。 「奴はいったい・・・・」 山名昌豊が蒼白の表情で言葉を漏らした時、最後の監視カメラが黄金色の光をまとった少女によって破壊される。 ―――ザーッ 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』 視覚を失った総司令部は砂嵐の騒音と沈黙に支配された。 「子ども、だと? ・・・・まさか。いや、そういうことか」 その空間に流れる山名の声。 それは徐々に大きくなり、指示として司令部に響き始める。 ついに強大な太平洋艦隊が反撃へと動き出したのであった。 |