第十章「自由への戦い」/ 4



「―――あんの馬鹿課長はどこ行ったぁっ!?」

 140センチという小柄な体を旧日本軍の軍服で包んだ矢壁十湖は作戦本部で海に向かって叫んだ。
 青筋を浮かべる彼女の防弾コートが潮風にはためく。
 周囲に展開する艦艇の光で照らされた加賀智島。
 現在攻略作戦中だが、未だ会敵は1回だけだった。

「や、矢壁さん、落ち着いて」
「双子もいないし。何をやってるのよ」

 同僚の時宮葛葉が声を掛けてくるが無視。

「ふ、そうよね。誰も私の話なんて聞いてくれないわよね。・・・・ブツブツ」

 体育座りでのの字を書き始めたが無視だ無視。
 日常茶飯事なので気にするだけ無駄だ。

「全く・・・・返答できないわ」

 つい先程、鴫島の滑走路に『霖鸛』が着陸した。
 乗っていたのは監査局のコードネーム持ちのエージェントだという。
 監査局の内部はふたつに分かれていた。
 ひとつは首脳部の命で動く実働隊や特赦課のような独立部隊。
 もうひとつは首脳部の目となり、耳となる潜入捜査官――コードネーム。
 コードネームは様々な部署に潜入し、有益な情報があれば監査局に送るという半監査局員である。

「特赦課の私がコードネームなんて知るわけないじゃない」

 太平洋艦隊は本当かどうか確かめたかったらしいが、ここから本部に問い合わせるのはマズイと判断した。そして、近くにいる首脳部――特赦課課長・神忌に連絡を取ろうとしていたのだ。

「はぁ〜」

 ため息をつき、加賀智島の北に浮かぶ鴫島を見遣る。
 夜間はできる限り電力を切っているのか、近くにあるというのに薄暗かった。

「先遣隊から連絡もないし・・・・」

 無線機を取り出して呟く。
 矢壁十湖と時宮葛葉を残し、特赦課は桑折琢真以下4人が突入していた。しかし、未だ何の連絡もなし。
 単独行動が多い特赦課故に仕方ないことだが、十湖は腹を立てていた。

「ああ〜、もうッ。どれもこれもあの課長が悪いッ!」

 再び海に向かって叫ぶ。そして、グシャグシャァッ、と頭をかきむしった時、強い光が鴫島から発せられた。

「え?」

 その光を確かめようとした十湖は腹に響く爆発音と煙を発見する。

「いったい、何が・・・・?」

 ポロッと無線機が手から落ち、断崖絶壁を落下していくのにも気付かず、十湖は眼をパチクリさせながら鴫島を見た。
 周囲の者も程度の違いはあれ、呆然としていることに変わりない。

「ん、あっ。―――こちら陸戦隊守山ぁ」

 鴫島から通信が入ったのか、守山和雅の電話応対が慌ただしくなった。

「はぁ!? 防空隊の管制塔が炎上!? 滑走路もか!? 敵の攻撃だと!?」
『『『―――っ!?』』』

 本部の惨状が本陣待機の隊員たちを色めかせる。

「くそ、すぐに戻って―――」
「無駄よ」

 十湖は思わず止めていた。

「今から戻っても間に合わない。研究所奥からの撤退は難事。成し遂げて戻れるのは数十分後よ」
「単独行動が得意なお前らに何が分かるっ。後ろでの騒乱は前線の士気に関わるぞっ」

「ムッ、私だって部下を持つ身、それくくらい分かってるわ」

 ぎゅっと手を握り締め、30センチほどの身長差がある守山を睨みつける。

「だけど、上から撤退命令が出たの?」
「う・・・・いや、それは・・・・」

 事実の指摘に守山の勢いが削がれた。
 やはり感情だったらしい。

「命令がないなら任務遂行は当たり前だわ」
「うぐぐ・・・・しかしだな・・・・司令部も混乱している」
「・・・・・・・・・・・・」

 十湖にしては頑張ったと言えるだろう。
 普段の彼女を知っている者ならば先程までの彼女に驚いているはずだ。

「いずれ司令が撤退命令を出した時、こちらが戻れません、では示しが―――」
「―――まれ」

 ぼそりと十湖が呟く。そして、彼女の後ろで時宮が身を竦めた。

「ん? 何か言ったか?」
「黙れって言ったんだよ、この小心者ッ」
「な!? 貴様、何―――」
「黙れっ」

 突然の罵声に守山は激昂する。しかし、口を挟む隙はなかった。

「自分の仕事も満足に出来ねえヒヨッコが他のこと考えんじゃねえッ。テメェ、もし司令がなかった時、どう責任取るんだ、ァア!?」

 守山に続き、十湖まで冷静さを失った加賀智島攻略作戦本部は前線との連絡網が混乱した。そして、侵攻部隊は惰性でさらに深部へと入り込んでいく。
 結果、特赦課のひとりが叢瀬の尻尾を掴むのだが、本部は知る由もなかった。






叢瀬央梛side

「―――よ、し。これ・・・・でっ」

 央梛は機械のスイッチを押した。
 ウィン、という音を立て、耐熱ガラスの向こうで発電機が動き始める。

「ふぅ・・・・」

 慣れない作業で滲み出た汗を拭い、マニュアルをその辺りに置いた。

「つ、疲れた・・・・」

 齢十の少年には超高性能電子機器の起動は難しすぎる。
 央梛が特別な教育を受けていたからこそ何とかなったので、そこは感謝するべきか正直疑問に思っていた。

「とにかく、作業しないと」

 起動したとはいえ、他に確認しなければならないことがたくさんある。
 央梛は広い制御室を走り回り、次々と機器を起動させていった。
 発電された電気がその制御室を満たしたら、央梛の仕事も終わる。

「後はオートモードのボタンを・・・・」

 全ての処置を終え、辺りを見回した。

「うん・・・・大丈夫」

 オールグリーン。
 電気は小型の変電所を通ってライフライン――この場合、椅央が仕掛けた電動罠――が復活する。

「陛下・・・・」

 すぐに駆けつけたいが、ここを守るのも手だった。
 央梛は思案に耽りながらコントロール室を出る。

「うっ」

 途端に押し寄せた熱波に眉をひそめた。しかし、止まるわけにはいかず、早足で歩き出した。
 央梛が今いるのは地中に設けられた地熱発電所だ。
 裏の技術を使った試験的な発電所だが、最盛期には加賀智島電力の70%を供給していた主力発電施設である。しかし、熱源――マグマの動きが不安定になり、いつ発電施設区画に上昇してきてもおかしくなくなったため、昨年に閉鎖されていた。
 そんな高感度発電システムは加賀智島の電子機器を回復させていく。

「非常電源までは・・・・無理か・・・・」

 額に浮いた汗を拭った。
 火山島であるこの島の地下は熱い。
 それは回復した電力が電灯ではなく、空調を稼働させるほどだった。

(まあ、電気つけられても困るけど)

 【叢瀬】は物心つく以前から夜戦教育を受け、夜目が利くようになっている。
 叢瀬央芒など"複眼視力"の関係もあるが、昼も夜も関係なく、超高速で空を飛び回っていた。そして、叢瀬最強の名を冠する叢瀬央葉はそれこそ縦横無尽だ。
 派手な能力だというのにそのハンデを感じさせない働きが央梛の憧れを誘う。だが、そんなふたりとは違い、明るい中での戦いは逆に央梛の戦闘域を狭めるだけだった。

―――ガラガラ・・・・ピシャッ

 長い階段を上り、耐熱装甲板の扉を閉める。そうして央梛は研究者たちがB区と呼ぶ区域に帰還した。因みにA区は地上施設一帯、C区は妖魔保存区、D区は【叢瀬】居住区だ。
 A区はすでに占領され、B――ビジネス区は目下占領中だろう。
 無駄に広いB区の50%が占領されても残り50%を制圧するのは至難の業だった。
 研究所なのでB区は全敷地の8割に達する広大さと複雑さを持ち合わせている。
 その要所要所に張り巡らされた罠は"銀嶺の女王"・叢瀬椅央による最高傑作だった。
 実際、央梛もこのまま歩き出すのが怖いほど緻密で狡猾で獰猛で容赦のない仕掛けらしい。

(・・・・僕、ここから動けないんじゃ・・・・?)

 たらりと頬に汗が伝った。
 このままでは帰るどころか戦いにもいけない。
 罠は平等に襲いかかってくるのだから。

(へ、陛下・・・・)

 生まれた時から仕えてきた――本人はそう思っていないだろうが――主のことはよくわかっていた。
 椅央とはどんなことにも手を抜かないタイプだ。

「む、無線があれば・・・・」

 無線機は央梛にしては重いので置いてきている。しかし、今この時、それがないことがものすごく悔やまれた。

―――バヂィッ

「―――どあーっ!?」
「―――っ!?」

 廊下の端で静電気を利用した罠が弾け、ひとつの人影が吹き飛ばされる。

「ぐ、ぐぅ・・・・」

 服から煙を発し、男はヨロヨロと立ち上がった。

(生きてる・・・・っ)

 静電気と言ってもかなり危険なレベルまで電圧を引き上げてある。
 その直撃を何の手当もなしに受けても生きているのは、電気使いか雷術師くらいなものだろう。

「あっぶね。咄嗟にカッター振るって良かったぜ。危うく骨が透けて見えるとこだった。さっすが俺様、カッカッカ」

 浅黄色のツンツンした髪と耳に数個のピアスをした青年は全くの無傷で笑った。

「おぐぅっ。・・・・うぅ、痛ぇ・・・・」

 と思ったら球に頭を抱えてうずくまる。そして、懐から何かの薬を取り出すと、水もなしに飲み込んだ。

「うぅ、キくぅ」

 立ち上がり、ふるふると頭を振る。

(な、なんだこいつ)

 物陰に隠れていた央梛は一連の奇行に瞠目していた。

「―――んでよぉ・・・・」

 垂れ下がった前髪から獰猛な眸を覗かせる。

「それで隠れてるつもりかぁっ」
「―――っ!?」

 青年が右腕を振るった瞬間、央梛の体を隠していた物が削り取られるようにして消滅した。

「カッカッ、見ぃつけたゼェッ」

 一閃、二閃と右腕が振られ、左右の壁を削りながら"何か"が迫る。

「くっ」

 ほぼ反射的に身を投げた央梛は何とか躱すことができた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

(し、死ぬ・・・・。殺される・・・・)

 びっしょりと背中に冷や汗をかきながらも、訓練された動きで受け身を取って立ち上がる。
 それでもたった一度の攻防で息を切らしていた。だが、それも無理はない。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 央梛は――いや、【叢瀬】は本戦が初陣だった。
 満を持して待ちわびた迎撃戦とは違い、遭遇戦とは互いの経験が表に出る。

「ありゃ、外れた? おっかしいなぁっ。これ、一応、不可視なんだけどなー」
「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 その点で劣っている央梛は冷静でいられなかった。

「そんじゃ、今度は当たるまでやってみよぉ、かぁっ」

 青年が右手を振り上げ狂気と快楽に満ちた殺気を撒き散らす。

「―――っ!?」
「おいおい、逃げんのかぁ?」

 嘲りにも耳を貸さず、死の恐怖に駆られた央梛は逃走を始めた。






叢瀬椅央side

 SMO監査局研究課所属鴫島諸島加賀智島内加賀智島研究所。
 音川石塚山系の築かれた小施設とは違い、それは研究課の中でも最大規模を誇っている。
 従来の研究目標は単純明快、「異能の制御」。
 そのために異能発症時の状況や異能者の精神鑑定が行われ、後天性の異能者は発症前に裏に関わったなどの共通性が見られた。そして、先天性はどうやら遺伝することがこの研究所で分かったのだ。
 第一段階である「検証」を終え、実験が始められた。
 それが叢瀬計画の前身である。
 研究所が太平洋の上という隠蔽性に優れた環境にあるため、いくつかの禁忌が犯された。
 研究者たちは異能者から精子と卵子の提供を受けるとすぐさま人工授精させ、発生段階での異能発現を観察する。そして、統計を取るために数万ではきかない数の受精卵を作り続けた。



「―――さくてきシステムかどう。けんきゅーしょに80くらいのせいめいはんのー」

(・・・・ん?)

 椅央はまだ7才の少女の声を聞いた。

「一番反応の多い区画はどこです?」
「えーっと・・・・B区。60くらいいる。あとはC区」
「まだ意外と侵攻してなかったね」
「・・・・複雑だから」

 近くからは3人娘の声。

「ん、んん・・・・」
「「「姉様!?」」」

 呻き声を上げると椅央の体が揺すられる。
 それも若干、強く。

「うぅ・・・・」

 その苦しさに目を開けた椅央は至近距離に3人の少女を見つけた。
 顔たちはどことなく似ているのだが、髪型や醸し出す雰囲気が全く違う3人――"侍従武官"の少女たちだ。

「あ、あれ・・・・?」



 そんな「試験管ベイビー」たちはある程度育つ前――つまり、人として尊厳が与えられる前に処分する。しかし、その実験方法に不満を抱いた者たちが提唱した育成論。
 熱心な研究者側の「胎児だけでなく、乳児・幼児など"生まれ"た後も観察したい」という意見と同情的研究者の「生まれた命をすぐ散らすのは良くない」という意見が合体して生まれた論議である。
 そうして生まれてきた子供たちの多くは発育不全以前に呼吸不全など、外界に耐えられずに死んでいった。
 異能に犯されながらも育った受精卵たちには試験管の外は死地だったのだ。
 ただ、研究所が慌てて育成状況を整えたのは新たな研究課題を見つけたからである。
 それは試験管では異能の有無しか分からなかったが、異能の種類や強弱に個人差が出ることが分かったのだ。
 育成状況が整った研究は遂に第三段階に入った。
 統計から導き出された結果から受精のパターンを最良化し、求めた能力が発現するかの実験が行われ、それがどのように育つのかという観察がなされる。
 依然として高い死亡率だったが、乳児から幼児に育つ個体も現れた。



「じょ、状況は・・・・?」

 椅央は取り外された多くの電線の行方を追いながら訊いた。

「太平洋艦隊約一〇〇名と監査局の人間がA区を占領した」
「今B区」
「そう・・・・」

 少し支配下の電子機器が少なくなったが、本来の肉体の延長である。
 不調はなかった。

「姉様は戦況回復の策をお願いしますよ。索敵とかはこちらでなんとかなりますから」

 椅央から外した電極から電線を引き抜き、専門の機械に繋ぐだけでそれらは起動する。そして、【叢瀬】は幼小と言えどそれこそ生まれる前からとある能力に特化するように作られた人工異能者たちである。
 とある能力には電子機器や情報処理に特化した支援系の能力も存在した。

「【叢瀬】は姉様ひとりが支えてるんじゃないんですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 椅央は辺りを見回す。

「その、ようだな・・・・」

 そこには倒れる前に見たビクビクとした姿の者はなく、己のやることを知った者たち特有のきびきびとした動きで崩壊した迎撃線を再構築する猛者たちがいた。



 加賀智島の研究がある程度制御できるようになった15年前、新任の研究者が新たな概念を提唱した。
 それが叢瀬計画の始まりである。
 発案者――黒鳳月人は幼児まで進んだ個体に社会性がなく、人らしくないと言うことで社会面の向上も図ること訴えた。同時に研究者側の偏見と独断で行われていた能力開発を統括し、発現性の高い能力を優先的に研究することを進めた。
 それは受精卵の死亡率が99.9%、乳児の死亡率が92%、幼児の死亡率が100%という、社会的に有り得ない損耗率をマークしていたからである。
 こんな状況で研究ができていたのは偏に受精卵の数が膨大だったからだ。
 研究費も莫大でそのために他に手が回らないという実体。
 黒鳳は本土からやってきたため、加賀智島の研究施設の充実さと金遣いの荒さを知っていた。
 彼はすぐさま財源を立て直すと共に独自の理論を用い、研究に乗り出す。
 第一世代は前世代とあまり変わらず、損耗率は高かった。しかし、社会性面を考えた教育と献身的な延命措置で幼児から児童へ移行した個体がいる。
 それが現在、【叢瀬】を率いる"銀嶺の女王"・叢瀬椅央14才だった。



「―――央梛が・・・・地熱発電を・・・・」

 椅央は意識を失っていた間の戦況を聞き、叢瀬央梛がすでに出陣していたことを知った。

「それで・・・・央梛は?」
「あいつ、無線持ってなかったな」
「オマケに識別信号発信器も忘れたから・・・・死んでなかったら生命反応として出てるでしょう」
「・・・・他が多くて見失った」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ここにいる【叢瀬】が敵の正面に現れることは死を意味する。
 戦闘訓練を受けていてもまだまだ成長期に入ったばかりやそれ以前の子どもたちだ。
 大人に勝てるとは思えない。
 能力で押し切ろうにも攻撃力が高い者はあまりいないのだ。
 【叢瀬】の特徴は高い作戦自律性にある。
 現場やそのバックアップに必要な能力が全て積み込まれたと言われても過言ではない。
 それ故に戦闘能力者を欠けば、ただの司令部と情報部に成り果てるのだ。

「央梛は馬鹿か。こちらから連絡できないならば罠も回避できないだろうに」

 椅央は電極だらけの腕を持ち上げ、こめかみを叩いた。

「それだけ、焦っていたんでしょうね」

 "侍従武官"のひとり、叢瀬央楯(テスリ)がおっとりとした口調で言う。

「私も・・・・注意すれば良かった。ごめん」

 叢瀬央榴(ザクロ)が頭を下げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 叢瀬央棗(ナツメ)もしょんぼりしている。

「・・・・そうか」

 叢瀬央梛は10才にして叢瀬戦闘部隊の主力と言える。
 叢瀬央芒、叢瀬央葉に続く三位の戦闘力で、それは確かな戦闘技術と幸運に支えられていた。

「央梛ならば強運で何とかしよう」

 叢瀬央梛とは大変興味深い能力を持っている。
 その能力の名は"表名能力"。
 俗に言う「名は体を表す」という言葉の実現だった。
 「央梛」の由来は叢瀬の通り字である「央」に木の名前である「梛」だ。
 梛(ナギ)はマキ科の常緑高木で暖地の山中に自生している。その葉は披針形で強靱。熊野地方では神木とされ、その葉が鏡や守り袋に入って厄災除けにしていた。
 そのため、央梛は強靱な皮膚と強運に恵まれた接近戦のエキスパートとして教育を受けている。後、確証はないが、生育域から考えると寒さには弱いだろう。

「さて・・・・余は他の眠っている発電施設を起動させ、とにかく電力を増やすとするか」



 叢瀬椅央は"電力統制能力"という異能を持っている。
 これはあらゆる電気を体内に取り込み規格化し、制御する変電所の役割を果たしていた。
 そのため、教育内容は電気についてが大部分を占め、10才の頃には不調を訴えていたいくつかの発電所を制御している。そして、第一世代唯一の生き残りとして【叢瀬】の統率も任されるようになった。
 こうして"銀嶺の女王"が出来上がったのだ。



(―――報告待ち、とはかくも不安なものなのだな)

 椅央は真剣な顔で電子機器を扱う4人の子どもたちを見守っていた。
 その体には未だ多くの電極が張り付いている。しかし、それらは受容器ではなく、効果器と繋がっていた。

「取り囲んでいる護衛艦、巡視船が停止したよ」
「鴫島と頻繁に連絡取り合ってる」
「暗号解読するね」

 彼ら4人は椅央の劣化版と言える異能者だ。
 椅央型の異能者はあまりにも死亡率が高かったため、ランクを下げている。だが、それでも椅央にとって妹や弟であることには変わりなかった。
 劣化故に椅央の手前では出番のなかった彼らは活き活きとしている。

「鴫島方面のカメラ、生き残ってるか?」
「1台だけ」
「よし、それで鴫島を観察しろ」
「うんっ」

 手元の機械を操り、カメラの電源を入れる。

「もらうぞ」
「あっ」

 椅央はまだ拙いカメラ操作をする子どもから制御を奪う。そして、素早く移動させ、その映像をスクリーンに映し出した。

「鴫島が・・・・」
「燃えてる?」
「・・・・・・・・・・・・」

 三人娘から愕然とした雰囲気が伝わる。
 周囲索敵カメラが捉えたのは紅蓮に包まれた鴫島だった。

「・・・・何が、あった・・・・?」

 真剣な目でスクリーンを見つめる。
 さすがの椅央でもこの口径には意表を衝かれた。

「暗号解読終了ッ。『鴫島防空基地ニ敵襲。滑走路爆撃、管制塔崩壊』」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 報告が始まる。
 それを一言も聞き漏らさないとばかりに叢瀬たちは耳をそばだてた。

「『敵ハ飛行体ニテ爆撃攻撃力ヲ有ス。貴艦ラモ上空ニ気ヲ付ケタシ』。・・・・以上」

 沈黙が部屋に満ちる。

「あ・・・・」

 AH-64 アパッチの攻撃を受け、カメラが四散した。

「ね、ねえ・・・・さま」

 央榴がやや震えた声で椅央を呼ぶ。

「まさか・・・・」

 央棗も確定が欲しいのか、じっと椅央を見つめていた。

「・・・・・・・・央楯」
「・・・・・・・・はい」

 椅央と央楯は頷き合う。そして、椅央がこちらを見つめてくる数十の目と相対した。
 そこにはやはり、指導者としての威厳がある。
 その空気は例え嘘でも信じ込ませそうなほど説得力に満ちていた。

「皆、すすとのぶが帰ってきたぞ」
『『『―――っ!?』』』

 ビクリと子どもたちは震えた。

「それも鴫島を焼き払うほどの大戦力を連れてだ」

 思わずスクリーンを仰ぐもそこにはもう何も映ってはいない。しかし、彼らは奮戦する仲間を幻視していた。






神忌side

「―――始まったようだな」

 神忌は加賀智島南部――火山の山頂付近にいた。
 この島は若い部類に入る海洋島で周囲に珊瑚礁は発達していない。
 日中、眼下に見下ろせるのは中腹の研究所と鴫島諸島の島々のみ。
 別に景勝地でも何でもないが、今日は違った。

「ほら、アイスマン。見てみろ。はは、まるで鴫島が木炭のようだ」

 鴫島の黒々とした島影のところどころが赤く見える。
 黒煙が東へと流れ、その麓で盛大な爆炎が上がっていた。

「熾条一哉。・・・・大胆でいて緻密な戦をすると評判だったが・・・・ふむふむ、なかなか」

 神忌は芝居がかった仕草で腕を組む。

「―――おい」

 そんな観戦モードに入った神忌に苛ついた声が掛かった。

「ん? どうした? お前が思い描いたとおりのことじゃないのか?」

 渡辺瀞を攫い、この地に熾条一哉を誘き寄せたのは金髪碧眼の少年――アイスマンだ。

「そうだけどよ・・・・」

 さすがのアイスマンもここまでの騒動は望んでいなかったのだろう。
 【叢瀬】造反が一哉に影響し、まるで鴫島諸島で起きている戦いが一哉主導のような気がしてならない。
 もちろん、一哉自身も乗せられたひとりではあるが、乗り遅れているアイスマンとは違い、明らかに活き活きとしていた。

「これが戦略家、か。恐ろしいな」

 神忌もアイスマンもどちらかと言えば戦術家に入る。
 彼らの上司――功刀宗源は戦略も戦術も共にお手の物という傑物ではあるが、その戦略は政治主体のいわゆる「大戦略」と呼ばれるものだった。しかし、一哉の最も得意とする軍略は限定された戦場・期間・戦力でどのように戦うか、という戦略――大戦略と比して小戦略とでも言うのだろうか――だ。
 その点で言えば現在、鴫島本島で行われている激戦は一哉の独壇場とも言える。

「まもなく、熾条一哉はこの島に乗り込んでくるな。・・・・お前はどうするんだ?」
「もちろん、戦うさ。そのために人攫いをしたんだからな」

 アイスマンは熾条一哉と真正面から武を競いたいと思っていた。
 統世学園の烽旗祭、アイスマンはそこで一哉の奮戦を見ている。
 中庭で行われた鬼族10名との死闘。
 その戦いでは一哉は真正面から敵を迎撃し、10名を死傷させるという武勲を立てていた。

「あいつはこっちが正々堂々と挑んでものらりくらりと躱して戦略で勝負してくる。だが、オレはあいつと戦術で勝負したいんだよ」
「同じ土俵に立つため、お前に似合わぬ謀略を使った、か。それにしてはうまいじゃないか」
「まあ、謀略が得意な奴をふたり身近で見てきたんでな。嫌でもその片鱗は身につくさ」

 アイスマンは肩をすくめてみせる。

「ひとりは局長として・・・・」

 一度言葉を切った神忌の雰囲気がガラリと変わった。

「―――"宰相"であり、"公爵"である眞郷総次郎幸晟か?」
「お前だよ、"侯爵"」

 アイスマンも同様に気配を変える。
 今、ここにいるのは監査局の神忌とアイスマンではなかった。

「オレは"宰相"のことはよく知らねえ。だけどな、監査局に入ってお前の行動を見てきた。・・・・諜報機関の重鎮で諜報活動する潜入員の、な」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「オレは五爵じゃないし、"皇帝"の考えも分からねえぜ。だけどな、お前たちが何かをするため、お前が何かをしてることくらいは分かる」
「・・・・・・・・・・・・ふ、その割りには随分我が侭を言うんだな」

 "侯爵"・神忌は振り返り、その赤い眸でアイスマンを見る。

「我が侭・・・・?」
「熾条一哉は"男爵"が唾つけてるだろう? それこそお前が出会う前からな」
「―――っ!?」

 "男爵"とは昨年8月に一哉と戦い、敗北した彼らの仲間だった。

「まだ懲りないのか?」

 2度目の敗北は完膚無きまでに叩き潰されたはず。

「奴にとって一哉は鬼門だろう? 騎士も失ったのに」
「"皇帝"はそう考えてない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 南の島とはいえ、冬は冬。
 冷たい風が吹き、両者の髪や服をはためかす。

「悪いことは言わん、手を引け。"皇帝"は奴に"男爵"を当てるつもりらしい。ついでにクルキュプアを動員。この一戦に介入する」

 "侯爵"は強い意志を持って宣言した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 アイスマンは動かない。

「すでに"宰相"によって選抜は終えている。そこにお前の名はない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言いたいことはそれだけか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」

 神忌はやれやれと首を振った。
 それを見てもアイスマンは顔色を変えずに歩み去る。

「頑固一徹、か。厄介な奴だ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 いつの間にか、神忌の後ろに双子の少女が立っていた。

「この辺りなのか?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・(コクリ)」」
「そうか、ならば準備しろ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・(コクリ)」」

 双子はパタパタと駆け出す。
 それを神忌は見送り、鴫島へと視線を飛ばした。
 闇夜に目立つ白いスーツは快楽に満ちた笑みを漏らす。

「世界中が注目するだろう戦いを特等席で観戦できるとは・・・・役得だな」

 1月28日午前0時27分、SMO太平洋艦隊本部のパラポナアンテナが、轟音を立てて崩れ落ちた。










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