第十章「自由への戦い」/ 3
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」 隻腕の少女が不安そうに南を見遣った。 そこには二隻の護衛艦、数隻の巡視船に照らされる島がある。 故郷であり、故郷とは思いたくない島――加賀智島。 「―――のぶ」 『・・・・・・・・・・・・・・・・?』 叢瀬央芒は不安で押し潰されそうになり、同胞――叢瀬央葉に無線で話しかけた。 央葉は声帯に障害を持つため、あちらからこちらに声が届くことはない。 それでも、ひとりだと不安で何か話したかったのだ。 「椅央は・・・・大丈夫カナ?」 加賀智島の戦力は決して低くはない。しかし、極めて強力なSMOの攻勢を弾き返すほどではないのだ。 「あんなにいっぱい・・・・島の中に攻め込んでる・・・・」 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 叢瀬は四六人中一九人が戦闘要員である。しかし、そこから最強と目される"金色の隷獣"・叢瀬央葉、火器を使い尽くす"迷彩の戦闘機"・叢瀬央芒が欠けていた。 たったふたりだが、戦力は半減していると言える。 「敵が苦戦、って言っても・・・・戦ってるのは事実。・・・・不安ヨ」 自分でも情けないと思う声が出た。 残った面々は守りの戦に向いているが、防衛線とは守りにはいると負けるものだ。 「わたしたちの穴は・・・・央梛が埋めるのヨネ」 本来ならば央葉が無音の派手さで敵の注意を引き付け、央芒が機動力と火力で混乱させる。 つまり、敵を集中させないことが大事なのだ。 「央梛は・・・・頑張ってるでしょうネ」 散兵の役目が務まるのは叢瀬央梛ただひとり。 弟分と言える少年は真面目で頑固だ。 きっと意地でも敵中を走り続けるだろう。 「・・・・早く、行かないと、ネ」 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 何となく、央葉も同じ気持ちなのが伝わった。 「さあ、来い」 不安が闘志に変わる。 ひとりではなく、仲間がいるという事実。 それは確かに央芒の不安を取り除いていた。 (みんな・・・・すぐ、行くからネ) ―――ウゥ〜ッ 「―――っ!?」 警報。 島のどこからか発せられたそれはすぐに島中に響き渡る。そして、臨戦態勢にはいるため、隊員たちは持ち場へと走り出した。 「ふふん。狙いはこの辺りカナ」 高台に置かれた砲台を調整し、ニヤリとした笑みを浮かべる。 こちらの準備は全て整った。 ―――ドォンッ!!! 「始まった、のカナ?」 管制塔から轟音。 見れば地上3階の窓ガラスが全て割れ、中から炎が噴き出している。 「のぶっ」 変事という名の合図。 央芒は叫びながら引き金を引いた。 「・・・・ッ」 強烈な反動が砲台を軋ませ、基地上空に破壊の花が咲く。 1月27日午後11時56分。 SMO製大型(広範囲)クラスター爆弾の猛威により、加賀智島攻防戦は鴫島本島に飛び火した。 熾条一哉side 「―――お前が烏山中継基地と『弓ヶ浜』襲撃の目撃者、か」 一哉と杪は管制塔の3階にある会議室に通された。 何でも偉いさんは司令部で待てず、管制塔まで来ていたらしい。 「監査局のエージェントがあの基地で何をしていたのかは不問にするが・・・・」 苦々しい口調で話す男の名は南条彰治。 太平洋艦隊の重鎮だ。 「まず、基地で何があった?」 「答える前に訊きたい。全てはこの答えを得てからだ」 「・・・・何だ?」 主導権を握られ、ますます苦々しい声になった。 「監査局の人間は何人来ている? それとどうして監査局の任務に太平洋艦隊が協力している?」 「・・・・特赦課課長以下7名。・・・・いや、9名だ」 南条はここで表情を歪める。 「もうひとつは山名総司令と垣屋副司令の判断だ。詳しいことは知らんが、初めに哨戒艇で攻撃を仕掛けたところ散々な敗北をしたらしい。それで引っ込みがつかなくなったんだろう。全く、隣を気にしていられる状況か」 どうやら南条は加賀智島攻撃に反対らしい。 確かに本州との連絡を担う中継基地の陥落に、主力である護衛艦の撃沈。 この国を覆う戦雲の正体を知っている彼らからすれば別の方面を気に懸けている余裕などない。 「おまけに陸戦部隊には死傷者も出ている。あそこを占領した奴らは何なんだ?」 ジト目でこちらを見遣る南条。 逆に情報を聞き出そうとしているようだ。 「へえ、誰も討ち取れてないのか」 「そうだ。というか、まだ捕捉すらできていないらしい」 「ふむ」 ならば叢瀬は善戦していると言うことらしい。 姿が捕捉できない以上、研究所内を要塞化してゲリラ戦法で戦っているのだろう。 「最後に・・・・太平洋艦隊は俺と同年代の女を誘拐したか?」 『『『―――っ!?』』』 衝撃が彼らに走った。 「お前、俺たちを馬鹿にすんのもいい加減に―――」 「止めよ、高橋っ」 一哉に掴み掛かろうとした男を南条が制す。 「し、しかし・・・・」 「黙ってろ。―――血の気の多い部下で失礼した」 南条は奥歯を噛み締めながらも人の上に立つ者としての礼儀を示した。 「いや、俺もいきなりすぎた。すまない」 その礼儀に敬意を抱き、一哉も頭を下げる。 「どこからそんな虚言が流れたか興味があるが・・・・我が太平洋艦隊の将士はそのようなことをしでかす輩はおらん」 しっかりと胸を張り、一哉の目を見て宣言した。 「・・・・分かった」 一哉は周囲に視線を走らせた。 出入り口に3人、南条の傍にふたり。 どれも屈強な男たちだ。 (ふむ・・・・) 瀞拉致に太平洋艦隊は関与していないらしい。 となれば怪しいのは監査局。 部署とはそのままSMOの派閥になるとも言える。 坂上部隊を派遣して一哉暗殺を企むが失敗。 奇襲を諦め、迎撃戦に切り替えた、ということだろうか。 「烏山中継基地は―――」 思考に沈んだ一哉の代わりに杪が話を続けた。 それに感謝しつつ一哉はますます思考に没頭する。 (加賀智島は監査局の持ち物。【叢瀬】の本拠であることからそれは明白) つまり、敵地ではなく今度は自分の懐で勝負しようという作戦だと思われた。しかし、それは時間が致命的な障害となる。 叢瀬造反は坂上部隊全滅とほぼ同時刻だった。 少なくとも1月1日の時点で加賀智島は監査局から独立している。そして、瀞が拉致されたのは2日。 時間軸的にその作戦は不可能となる。 (しかし、瀞は鴫島諸島にいる?) 緋が拉致した者から受け取った手紙。 そこには鴫島諸島の名前がしっかりと記されていた。 (まさか、鴫島と加賀智島以外の孤島にいるのか・・・・?) 監査局、太平洋艦隊が該当から離れた以上、一哉の勘ではそれはないと告げている。 敵の思惑はおそらく、現地の戦力と一哉がぶつかることを期待しての所業だろう。 瀞を攫ったのは第三勢力だ。また、彼らが新旧の混乱を主導したに違いない。 (仕方がない。居場所が分からないなら俺がいると知らせて、早いとこ首謀者に名乗り出て貰おうか) 一哉はぐっと椅子の背にもたれかかった。そして、視線で杪に合図を送る。 これまで共闘などしたことがないが、この少女ならばアイコンタクトできると確信しての行動だった。 「それで・・・・お前たちは襲撃者をどのような者たちと考えている? 現場の率直な意見を聞きたい」 司令官の鑑ではないかと思わせる質問。 もし、味方ならば一哉は信頼できる者として認識していただろう。 (惜しいな・・・・) 素直にそう思った。 「襲撃者の予想ね・・・・ふむ」 「どうした? 早く言えよ」 一哉はもったいぶることで自分に注意を向けさせる。 それはもちろん、杪に準備させるためだ。そして、一哉は<火>を集めていた。 「襲撃者の正体はな、南条」 「・・・・?」 「俺たちだよっ」 一哉は<火>を顕現し、南条との間にあった机を焼き尽くす。 「・・・・ッ」 同時に杪を動いていた。 一挙動で抜きはなった懐刀を背後に投擲する。 その鋒はドアを固めていた男の胸に突き立ち、瞬時にその心臓を破壊。そして、素早く距離を詰め、その刀を逆手で引き抜いた。 「この―――ガッ」 懐の拳銃を取り出そうとした右手の喉を掻き切る。さらに振り向きざまに再び投擲した。 「ゴブッ」 胸の中心に白朴の柄を生やした最後の男が崩れ落ちるまで要した時間はわずか数秒。 「さすがだな」 一哉も数秒で鎮圧している。だが、杪は"気"を使った一哉よりも早く、それでいて離れた場所にいた3人を倒したのだ。 個人戦闘能力は間違いなく杪の方が上と言えよう。 「とりあえず、委員長は外へ。俺は派手な合図であいつらに開戦を告げる」 「ん」 杪はペタペタと体に呪符を付け、死体から刀を抜いた。 「熾条」 「どうした?」 杪はどこか虚ろな視線を一哉に寄越す。 「瀞、任す」 「? あ、ああ」 (待てよ? 委員長はどうしてここにいるんだ?) 一哉は朝霞が紗雲艦隊を率いてこちらに向かっていることを知っていた。 それは杪が教えてくれたからだ。 紗雲艦隊には結界師も乗り込んでいるので双方は式神を情報交換をしている。 時々刻々という連絡ではないが、強大な友軍が動いていることは頼もしかった。 そこに朝霞の名があることから彼女が何か動いたことも分かり、一哉としては満足である。 「委員長」 「?」 今度は一哉が呼び止めた。 杪はちょうどドアを開けようとノブを握ったところで振り返る。 「どうして俺たちと一緒に? あっちと一緒の方が都合いいんじゃないか?」 「熾条が心配だったから」 「は?」 予想外の言葉に一哉は間抜けな声を漏らした。 (えーっと、この眼鏡最強キャラは何を仰ったのでしょうか・・・・?) 混乱する一哉を意に介さず、杪は言葉を続ける。 「瀞という手綱を失った熾条がどんな狂行に出るか分からない。だから、見張りに来た。これは、綾香との共通見解」 ビシッと指を突きつける杪。 「って、俺は暴れ馬か何かか!?」 渾身のツッコミが炸裂した時、パタリとドアが閉じた。 SMO太平洋艦隊は最大派閥と言える構成人数である。 その9割が集まったとも言われる鴫島基地は約三〇〇〇人の隊員がいた。しかし、突然の敵襲と管制塔の炎上はそんな彼らを混乱させる。 世界の海軍と比べても遜色ない戦備を誇る太平洋艦隊も所詮は海上の雄。 陸で起こった変事には弱く、あたら大軍を持てあます結果となっていた。 そんなおいしい状況を見逃す"東洋の慧眼"ではない。 「―――いちやっ」 炎上する管制塔から出た一哉の前に緋が舞い降りた。 そこら中で格納庫や対空砲などが損傷ないし炎上している。 それは央芒のクラスター爆弾が直撃した証拠だった。 「あかねはどうしたらいい? いつも通り暴れる?」 「そうだな。・・・・いや、待て」 緋は護衛艦「弓ヶ浜」との戦いでかなり消耗している。 このような戦いで消費していいわけない。 「緋は上空に待機だ」 「ええ!? どうして!?」 瞳に涙を浮かべ、詰め寄ってきた。 「あかね、役に立たなかった!?」 「いや、役に立ってるぞ」 一哉は小さな頭に手を乗せて諭す。 「上空から敵の動きと他の奴らの動きを教えてくれ。もちろん誰かがピンチの時は助けろ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「こんな遊軍の動きができるのはお前だけだ」 「いちや・・・・」 手の下から理解を示す色の瞳が覗いた。 「もしかしたら、瀞が見つかるかもしれないだろ?」 「・・・・ッ」 深い悔恨とそれを包まんとする決意。 今度はそれが瞳に表れた。 「やれるな?」 「・・・・うん」 緋は二、三歩下がった。 「いちや、気を付けて」 「分かってる」 一哉も無理はできない体だ。 正面からの戦闘は避け、ゲリラ戦に始終すべきだろう。 【―――いちや、3時の方向から装甲車一っ】 「早速かよっ」 一哉が緋に課したのは索敵兼戦闘指揮。 地の利がなく、分散している一哉たちを的確に導くための処置だった。 制空権は確保していないが、緋は戦闘状態でなければ光学的に不可視という特性を持っている。そして、一哉との会話も自由となればこれは効率的だ。 【あ、ススキがそっち行くよ?】 「あん?」 思わず空を見上げた一哉は管制塔のレーダーに向かう央芒を視認した。 「スティンガーミサイルか!?」 レーダーと同じ高度で停止した央芒が担いでいたのはFIM-92スティンガーミサイルという携帯式地対空ミサイルだ。 大の大人が肩に担いで発射する重量級で間違っても片手、しかも、少女が使う代物ではない。 「何でもありだな、叢瀬」 装甲車が迫っているが、一哉は央芒の成果を見ようと空を見ていた。 発射による強烈な反動を央芒は翅を使って受け流す。そして、タンデム成形炸薬弾はレーダーの支柱を粉砕。管制塔からレーダーを崩れ落ちさせた。 「お?」 その倒壊方向が思わぬ成果を見せる。 ただの金属の塊となったレーダーは装甲車の進路に落下したのだ。 装甲車はすぐにブレーキを踏んだが、間に合わずに衝突。 小火器の弾丸を物ともしない装甲がひしゃげ、上部に設置された機関銃がひん曲がる。そこから放り出された隊員が投げ出されて動かなくなった。 「お、おいおいっ」 炎上する装甲車のドアを開け、外に飛び出した生き残りたちにさらなる厄災が降り掛かる。 「吹き飛べっ」 央芒が急降下して投擲した手榴弾が装甲車に当たって爆発。 外にいた隊員を吹き飛ばした。 「次っ」 央芒は再び基地上空に急上昇する。 わずか数秒で装甲車1台が炎上し、4人の隊員が戦死した。 「えげつねえ」 ―――タタタッ そんな央芒を捉えようと地上から2本の火線が走る。しかし、央芒はひらりと躱してスピードに乗った。 (歩兵は無視、ってか) 央芒は開戦前に央葉が仕掛けた呪符を頼りに対空砲やレーダーを破壊している。 央葉は戦闘となれば派手だが、それ以外では非常に高度な隠形術を修得していた。 それを使い、重要拠点に杪が与えた呪符を貼り、それに反応する呪符を央芒が持つことで効率的な破壊を行っている。 「とりあえず、レーダーはあいつに任せれば大丈夫だろ」 一哉は先程聞き出しておいたヘリコプターの格納庫へと動き出した。 この戦いの目的は後から来る紗雲艦隊を簡単に発見されないため、発見されても効果的な迎撃態勢を取らせないためというものである。 これは央芒に任せ、一哉は加賀智島に渡る術を手に入れることを主眼としていた。 叢瀬央芒side 「―――よシ」 12.7×99mm数発の直撃を受け、軍港のパラポラアンテナが崩壊した。 クラスター爆弾の猛襲から約30分。 滑走路やその周辺に炎の舌が伸びる。そして、爆音と閃光が彼らの狂騒を表していた。 (これで全部、ヨネ) 央芒は呪符の反応がなくなっているのを確認する。 結果、央葉が見つけたレーダーは全て破壊した。 「目的は果たしタ」 思わず加賀智島を見遣る。 そこに展開する戦力は攻撃を停止していた。 司令部からの指示か独断かは分からないが、後ろで騒がれるのが気になるらしい。 「―――っ!?」 央芒はバーレットM82A1を持ったまま建物の屋上から飛翔した。 ―――ドガァンッ!!! 数瞬前までいた場所にAGM-114ヘルファイア空対地ミサイルが突き刺さる。 「くっ」 地上の音にうまく隠れたローター音。 爆風に煽られながら音源である上空を見上げた。 「アパッチ・・・・ッ」 AH-64 アパッチ。 対戦車・対地攻撃を念頭においた攻撃ヘリシリーズの総称。 軍事大国のアメリカで開発され、その陸軍を初めとして多くの国が配備している。 重装甲と重武装から"空飛ぶ戦車"と評されるそれはM230 30mm自動式機関砲の照準を央芒に合わせた。 前席に座る砲手が向いた方向に方向が向くという画期的なシステムは手物との不要な操作を必要としない。また、最大速度が365km/hという高速であり、実用高度も6400m。 とてもではないが央芒では逃げられない。 『―――貴様、何者だ?』 スピーカーがあるのか、こちらにコンタクトを取ってくるアパッチ。 それは効果的な包囲網を敷くための時間稼ぎだ。 地上にはこちらに向かう装甲車や歩兵がいるはず。 付き合っていたら、終わりだ。 「それを訊いて、何になるノ」 しかし、央芒は返答した。 それだけでなく、持っていた対戦車(対物)ライフルを構える。 『チッ、片手で持ち上げるなんて非常識な』 「うるさいワ。好きでこうなったんじゃないノヨ」 バーレットM82A1は全長1448mm、全幅34mm、重さ12900g、装弾数10(薬室に+1)で長距離狙撃もできるという優れものだ。 アパッチと言えどこの距離ならば完全破壊できる自信がある。 実際、これでパラポラアンテナを破壊していた。 『すでに軍艦は臨戦態勢だ。お前たちの作戦は失敗した』 「へえ、基地防衛よりも軍艦防衛なんだ。確かにあの戦いでは多くが沈んだからね」 加賀智島出身の央芒は鴫島事変を間近で見ている。そして、妖魔に群がられて炎上する数多くの軍艦を見ていた。 『貴様、羽虫の分際で・・・・ッ』 「うるさイ」 央芒は銃口をコックピット越しに砲撃手に合わせてそれ以上の暴言を黙らせた。 機関砲を撃てば容易に撃ち落とせるのだが、どうやらアパッチのふたりは央芒を必要以上に警戒しているようだった。 『・・・・・・・・・・・ブツ・・・・・・・・・・・ブツ・・・・・・・ブツ・・・・・・・・・・・』 央芒の通信機が繋がったり、切れたりする。 それは一定のリズムで繰り返され、やがて途切れた。 「いいことを教えて上げル」 それを確認し、ニヤリと笑いながら央芒は口を開く。 『・・・・何?』 「今、この基地が襲われているのは、監査局のせいヨ」 『何だと!? ―――っ!?』 ―――ドォンッ!!! 轟音。 眼下で集結しつつあった装甲車3台が爆発する。 その一瞬前、とある建物から黄金色の閃光が走ったことを見逃さなかった。 『ぐわぁっ!?』 アパッチの左舷に収束された黄金色の光が激突する。 その衝撃で傾いたヘリは必死に体勢を立て直し、光が来た方向にヘルファイアを撃ち出した。 (目を、離したワネ) 爆発が地上で起きるが、光がヘルファイアを撃墜したのを確認する。 『くそっ、仲間がいたかっ』 『おい、奴がいないぞっ』 『何ぃっ!?』 "眼下で"アパッチが自分を捜して旋回するのを央芒は冷めた目で見ていた。 央芒は【叢瀬】唯一の複数異能保有者だ。 周囲の色を体の回りに展開し、見えにくくする"隠蔽色生成能力"。 空白になっている左腕の空間に非生物を蓄える"空間備蓄能力"。 右目を複眼にし、視力と視野、可視光域を拡大する"複眼視力"。 体の中心より半径2メートル以内で発動する"念動力"。 「ふん、攻撃ヘリが"戦闘機"に勝てるわけないデショ」 "隠蔽色生成能力"と"念動力"は効果範囲が重複するため、同時には使えない。しかし、これらは"迷彩の戦闘機"の戦闘力を支えるものたちだった。 "戦闘機"と評されるのは央芒の背中に生えた2対の翅。 トンボのようなそれは非常に強力で折りたためるという優れものである。 その翅を使った央芒の飛翔は最大速度220km/h、戦闘限界速度(火器使用時)180km/hという驚異的な数値を弾き出す。 これらの能力を使い分ける央芒はアパッチが彼女から意識を逸らした時、バーレットを収納、"隠蔽色生成能力"を使って姿を隠した。そして、アパッチの上空を取ったのだ。 上さえ抑えればアパッチは怖くない。 確かにローターは20mmの直撃を受けても一定時間飛び続けられるという防弾性を持っているが、ヘリを落とすのにローターを狙う必要はなかった。 「さようナラ」 再び央芒はバーレットを構え、引き金を引く。 その照準はコックピットに据えられていた。 アパッチは乗員を失い、高度を下げ始める。しかし、央芒はそれを追い越す速さで急降下。 「はぁっ」 地上2メートルで強制的に制止し、再びバーレットを構えた。 目標は横一列に並んだ4台の装甲車。 ―――ズドンッ!!! "念動力"で反動を抑えた精密射撃は3台装甲車の横腹を貫通し、4台目で止まる。しかし、内部が滅茶苦茶に破壊されて爆発。 央芒を発見した機関銃が咆哮しようとするが、すぐに央葉によって鎮圧された。 「のぶ、軍港はこの程度でいいワ。私はどこかで大型クラスター爆弾を撃つから」 バーレットを収納し、"隠蔽色生成能力"を発動する央芒。 「のぶ、無事ネ?」 「・・・・(コクリ)」 白兵戦で浴びたのだろう、全身を真っ赤にさせた央葉が頷く。そして、撃とうとした艦隊隊員の小銃を光で跳ね飛ばした。 「じゃ、ネ」 央芒も軍港への小型クラスター爆弾は諦め、長居は無用とばかりに垂直上昇する。そして、鴫島全土を見下ろした。 延焼しているのか、赤色に光っている部分が多い。しかし、かなりの戦力が展開しているらしく、見ただけでは撃破優先順位が付けられなかった。 (困ったワネ・・・・) こちらの戦力は少ない。 一騎当千と言えなくもないが、やはり実際に相手できるのは数十人だろう。しかし、装甲車やアパッチが前に出てくればそう簡単にはいかない。 (装甲車はともかく・・・・問題はアパッチよネ・・・・) アパッチはおそらく対人最強の兵器だ。 央葉の光でも撃墜できない。 熾条一哉の炎で撃墜はできるだろうが、そもそも届かなかった。 (あの結界師は・・・・見向きもしなさそうネ) 鎮守杪は撃墜よりも回避を選ぶ。 それは彼女が喫水の旧組織だからだろう。 (となると・・・・アパッチを相手にできるのはわたしダケ) 「滑走路の方にアパッチがいるワネ」 邪魔ネ、と呟いた央芒が飛翔に移った。 最大速度220/hで上昇しながら滑走路へと戻った央芒は眼下に展開するAH-64の数を数え始める。 アパッチシリーズは日本も制式採用して数を揃えようとしたが、高価なために断念した機体だ。そう多くはないはず。 「5機。・・・・多いワネ」 奇襲で潰せるのは3機。 2機と空中戦を繰り広げるのは不利だった。 「それでも・・・・やル」 FIM-92スティンガーミサイルを構え、狙いを付けて放つ。そして、残心の時間を惜しんで次のスティンガーミサイルを取り出した。 高性能な赤外線・紫外線シーカーが誘導方式なため、撃てば後は勝手にミサイルが標的を破壊してくれる。 要するに央芒は手持ちの全てを撃ち尽くしてアパッチを上空から強襲しようという計画を立てたのだ。 「ヨッシ」 全て撃ち終えた時、初弾が見事ローターの中心を撃ち抜いて爆発。 央芒がバーレットM82A1を引き抜いた時に次弾が命中。 急降下を始めた時に三弾が後方の垂直尾翼を裂傷。 結果、3機とも地上で黒煙を上げることとなった。 「ハァッ」 生き残ったヘリたちも動揺し、わずかに軌道が乱れる。そして、それは両機の距離が近付く結果となった。 「くぅ・・・・ッ」 急停止による慣性が働くも"念動力"をフル起動させて相殺。 央芒はアパッチの左舷7mという近距離で射撃体勢に入る。 「まずハッ」 12.7×99mmがM230 30mm機関砲を削り取り、アパッチの側面攻撃力を皆無に追いやった。 強烈な反動を抑え込む央芒と旋回運動で避けながら攻撃範囲に入れようとするアパッチ。 短いが高度な戦術を展開した両者の攻防は、圧倒的な戦術により央芒に軍配が上がる。 機体横に12.7×99mmが撃ち込まれたアパッチはふらつき、未だ状況が掴めていない僚機に傾いた。 「あ・・・・」 ―――ガガガッ 両機のローターが激しい火花を散らして衝突する。そして、推進力と揚力を失った機体は落下を始めた。 「・・・・うワァ〜」 央芒はバーレットを垂らしたまま思わず眉を顰める。 そこには5機のアパッチが兵装に引火したのか、断続的に爆発を起こしながら仲良く炎上していた。 思わぬ大戦果に言葉がない。 「とにかく・・・・制空権は確保したワネ・・・・?」 現在のところ、基地上空に展開している航空戦力はなかった。 基地低防空の任務を担ったAH-64 アパッチ6機は撃墜されている。 【叢瀬】唯一の航空戦力である央芒は異名通り、戦闘機の役割を見事果たしたのだった。 |