第十章「自由への戦い」/6



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 名門鎮守家の嫡子――鎮守杪は1月17日の深夜に大広間に呼ばれた。

「来たか、杪」
「まあ、座れ」
「ん」

 結界師総本山鎮守家。
 東北を中心に全国に支部を持つその集団はSMOに続く構成員と範囲を持っている。
 その能力は学習系に分類され、陰陽道や密教と同じく、修行次第である程度使える汎用性の高いものだった。
 そう考えれば仏教や神道は全国に散らばり、確実な退魔網を構築していると言える。しかし、それらには宗教であり、その内部には宗派があるが故に生粋の退魔機関とは言えないのだ。
 結界師は宗教集団ではなく、純粋な退魔集団である。
 討滅できない妖魔を封じ、その封印を守り続ける能力者。
 世襲制が多いが、新参者にも優しい巨大組織。
 それが鎮守家である。

「すまないな、こんな時間に。美容に悪いだろうが、聞いてほしい」
「・・・・ん」

 大広間の上座に座していたのは今年で47歳になる現当主――鎮守有栄。
 結界師のトップであり、裏にその防御力を誇る鎮守建設の社長だった。
 鎮守家ははるか昔から表の仕事として建設業を営んでいる。
 その技術は古くから利用され、一番有名な建造物はなんと姫路城だった。
 日本一とも評される姫路城(白鷺城)は元和四年(西暦1618年)に全容が完成している。
 その工事には鎮守家関係者が多く関わり、その防御力強化に貢献したという。
 江戸時代では幕末に官軍と幕府軍で一触即発の事態まで起こっているが、攻防戦は回避され、太平洋戦争では姫路大空襲を生き残った。
 特に太平洋戦争では城内に落ちた焼夷弾は不発という幸運に恵まれ、鎮守建設の名は裏社会に勇名を馳せる結果となったのだ。
 以後、旧家の屋敷や拠点は鎮守建設の手で作られるのが通例となり、鎮守家は全国の退魔機関と繋がりを持っている。その結果として【熾条】や【結城】と言った家々とは違い、人との繋がりで確かな情報網を構築していた。

「学校はどうだ?」

 退魔界は年始早々忙しいが、世間では三学期が始まっている。
 学生である杪も当然統世学園に通っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・そう、か」

 杪の友人である渡辺瀞はもちろん、熾条一哉や結城晴也、山神綾香は学校どころではない。さらにからかい相手である来栖川クリスまでも休んでいる。

「鹿頭も動いているようだ」

 音川を拠点と定めた炎術師一族の鹿頭家は鎮守建設に新居の建設を依頼していた。
 そこで得られる情報は有益で、鎮守家は熾条一哉の行動をある程度把握している。そして、元近畿支部長――藤原秀胤率いる反SMOの部隊にも近畿の結界師を加勢させているため、【熾条】・【結城】の両勢力よりも情報を有していた。

「杪、熾条一哉も藤原秀胤も向かうは鴫島諸島だ。この意味が分かるか?」
「・・・・加賀智島。<クァチル・ウタウス>・・・・"塵の中を歩む者"」
「そうだ。数百年前に我らから分かれた分家――邑脇一族が封じ続けてきた異界の神だ」

 鴫島事変で犠牲になったのは討伐隊の面々だけではない。
 当初から鴫島に住んでいた島民72名、加賀智研究所職員69名、総計141名が鴫島で惨殺されていた。
 それは討伐隊がやってくる原因の事件であり、有人島が無人島に変わる規模の犠牲だった。
 その島民こそが邑脇家の血を引く者たちだったのだ。

「私たちは本家として仇を討たなければならない」

 あの時、鴫島で何があったのか。
 それを知るため、杪は単独行動ができそうな熾条一哉を見張り、烏山中継基地では手助けして行動を共にしているのだ。






鎮守杪side

「―――委員長、滑走路近くの施設はだいたい破壊し、制空権は完全に確保した。ここ辺りが引き際だと思うが・・・・どう思う?」

 ヘリのローター音がうるさいが、後部からの声はちゃんと聞こえた。

「加賀智島に展開する艦隊は?」
「緋が言うには加賀智島から撤退しているらしい。どうやら巣の状態が気になったようだな。残っているのは巡視船1隻だと」

 この物言いだと一哉はすでに心を決めているのだろう。

「行く」

 だから杪は即決した。
 こういう乱戦の経験は一哉の方がある。
 歴戦の武人には従っておくものだ。
 それにこれ以上戦えば太平洋艦隊の意地になり、様々なものを繰り出しかねない。

「よし。―――央芒は・・・・飛べるか?」
『なんとか、ネ。それよりのぶはドコ?』
「央葉はカメラなどを潰して貰ってた。今は・・・・クラスター爆弾発射地点だ」

 チカチカと前方で黄金色の光が瞬いていた。

「どうやら、トドメにもう一発撃つみたいだぞ」
『・・・・そういや、あの子もある程度扱えるんだっケ』

 蜂武は現在、高度2000メートル上空を旋回していた。
 ここからは炎と煙に支配された防空基地が見える。
 眼下では隊員たちが必死に消火活動及び索敵を繰り広げているはずだった。

『私は武器を取ってから突入するワ。その際、のぶを拾ウ』
「じゃあ、俺らが先行か?」
『そうネ、船が退いたといっても邪魔なハエが2ひき、旋回しているデショ。露払いを頼めル?』

 ハエとは陸戦隊上陸の援護を担当したAH-64 アパッチ2機のことだ。
 今も加賀智島にヘルファイアを撃ち込んでいる。

「了解。まだ残弾はある。ミサイル迎撃措置のないアパッチ程度、簡単に落とせるな」
「巡視船は?」
「ヘルファイアでなんとかならないか?」
「不明」

 杪は首を振りながら答えた。
 さすがに現代兵器をそこまで知っているわけではない。―――経験上、拳銃などの格闘戦用銃器ならいくつか知っているが。

『大丈夫だと思ウ。あの巡視船は警戒用ダカラ』

 央芒がOKを出し、ふわりと上昇してきた。
 どうやら話をしている間に央芒は飛べるまでに回復し、高度を下げていた蜂武に接近してきたようだ。

「ボロボロ」

 杪は思わず口に出していた。

「まあ、新型ヘリ3機とやりあったんだ、生きてるだけましだろ」

 一哉は操縦桿を動かし、ヘリの進路を加賀智島に向ける。
 杪と一哉は蜂武の存在を知っていた。
 管制塔にいる時に巧みな話術で敵戦力を引き出す内に出てきたのだ。
 当初、ふたりはアパッチを使って加賀智島に乗り込むつもりだった。しかし、アパッチは対対空砲の脆弱性が指摘されており、水上戦力が展開する島に近付くのは危険と判断。
 鴫島基地を混乱させ、その戦力を撤退させるだけでは不安だったので、喜んで蜂武格納庫を制圧した。
 それ以前に3機が飛び立っていたが、続く4番機を整備兵やパイロットを吹き飛ばして強奪。一哉が聞きかじった操作で浮上した蜂武は激戦を繰り広げる空域へと進撃したのだ。

「熾条、加賀智島に着いたらどうする?」
「・・・・手紙には詳しい場所が書いてなかったからな。ただ、ここまで派手に暴れてるんだ。そろそろお迎えがあるはず」

 くく、と喉の奥で笑う。

「それを待ちながら適当に上陸した奴らと遊んでるさ」

(ちょっとだけ狂気に蝕まれてる。瀞の姿を見た時、我慢できる?)

 聞いた話からの勘では瀞の身は安全だと判断できた。
 敵は一哉と戦うために瀞を拉致したというならば、一哉を誘き寄せる以外の役目はない。ならば、ひどい扱いを受けていそうだが、そんなことをするならばそもそも拉致する必要がなかった。
 獅子身中の虫になりかねない能力者を拉致よりは殺した方がリスクは小さい。
 実際、拉致しても殺害しても一哉が追ってくるのは明白だ。
 ならば、どうして拉致したのか。

「委員長、準備はいいか?」
「・・・・ん」

 簡単なことだ。
 "敵は瀞に危害を加えるつもりなど元よりない"のだ。だから、一哉はまだ落ち着いていた。

「加賀智島に乗り込めば委員長は自由だ。何してもいい。俺はあんたをここまで連れてくる役目もあったらしいからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 どうやら、気付いていたらしい。

「いくら委員長が次期当主でも、結界師の虎の子が動くわけないよな、この時世によ」

 肯定。
 SMOに近く、戦闘力に乏しい大集団の結界師連合は少しでも戦力が惜しい。
 そんな時、本州から遠く離れた場所に攻め込むなど有り得ない。
 あのミサイルも多賀まで飛んでこなかったということは、そこが射程外という証拠だ。ならば、恐怖を感じる必要はない。

「加賀智島に来たのは調査のため。・・・・でも―――」
「分かってる。委員長は友だち思いだ。結界師のことがなかっても、この戦いには参加していただろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さあ、話はここまでだ。とりあえず、サイドワインダーでハエを叩き落とすぞ」

 その声を合図に強襲ヘリ「蜂武」の両翼でAIM-9X サイドワインダー2000が2発発射された。






本郷業正side

「―――進路、時間共に順調です、司令」

 午前1時30分頃、太平洋上を行く強襲揚陸艦『紗雲』は速度45ノットの高速で真っ黒な波を砕いていた。だが、前方を行く強襲護衛艦『伍雲』、同『玖雲』とはまだ距離がある。

「うむ」

 誰もが星空が広がる空と真っ黒な海を見ていた。

「小日向、武倉艦長は大丈夫かの」

 艦長の席で胸を張っている老体の名は本郷業正。
 この強襲揚陸艦隊の司令官であり、旗艦『紗雲』の艦長も兼ねている。

「確かに新型艦で戸惑うことは多いでしょうが、彼らなら大丈夫でしょう」

 本郷の隣で答えたのは艦隊参謀長――末松晴幸だ。
 彼は三十代後半の働き盛であり、作戦立案能力には定評があった。

「―――本郷さん、どうですか、この艦は?」
「おお、秀胤。寝たのではなかったか?」

 艦橋に入ってきた藤原に本郷は笑いかける。
 実はこのふたりは知り合いである。
 本郷は鴫島事変で当時の太平洋艦隊旗艦――重巡『中臣』の護衛艦隊を率いていた。しかし、護衛艦隊は壊滅。旗艦も爆沈し、護衛任務を果たせなかった。
 その責からか、事変後に引退し、実家である岐阜県に隠棲していたのだ。

「陸のことはともかく、僕には海のことは分からないので本当に助かりました」

 藤原は改めて艦橋にいる全員に頭を下げる。
 ここに集まった者のほとんどは本郷の檄に応じて馳せ参じた者たちだった。

「ふ、昔馴染みの頼みが断れるほど惚けとらんわ、カッカッカ」

 本郷業正。
 元太平洋艦隊幹部のひとりで"鬼将"と称えられた猛将である。
 特に対クラーケンの専門家と知られ、今でも太平洋艦隊に太く、強いパイプを持っていた。そのためか、山名総司令官の時世になり、迫害される生粋の太平洋艦隊員たちが迫害されているのを歯噛みしていた。
 SMO最大最多の規模を誇る太平洋艦隊はふたつの派閥に分かれている。
 最初から太平洋艦隊として訓練を受け続けてきた生粋の裏人間が作る「生粋派」と海上自衛隊や海上保安庁から異動してきた表の人間たちで構成される「編入派」のふたつ。

「・・・・孫に『暇人』扱いされたのが堪えたくせに」
「末松っ」

 顔を真っ赤にして怒鳴る本郷の視線をしれっと流し、末松は前方に視線を戻した。

「はは」

 孫に弱いことを知っている藤原は苦笑する。
 ここにいる船乗りたちのほとんどが生粋派に分類される者たちだった。
 山名は編入派で、その叩き上げが幹部に任命されているため、生粋派は肩身が狭い生活を送っている。また、鴫島事変時は生粋派が幹部を占めていたため、無能扱いされたのだ。

「この艦隊は素晴らしい。それに太平洋艦隊の本部に殴り込みをかけようという無謀な作戦に呼応した者たちが操作している。無事、送り届けることは約束しよう。だが―――」

 キラリと眼鏡を光らせ、末松は藤原を見る。
 彼も生粋派の一員で有能な参謀だったが、近畿支部の沿岸警備隊に左遷されていた。

「陸戦部隊の準備は大丈夫か? この船は揺れる。いざという時に船酔いで使い物にならないということはないのか?」

 艦隊に配属されるはずだった太平洋艦隊の人員は佐世保基地で討ち死にしている。
 乗組員の大半は熾条宗家の沿岸警備隊であり、上官たちは本郷の子飼いとも言える者たちだった。そして、先行する2隻の乗組員たちも同じである。

「特に『玖雲』の艦長は乱暴者だからな、よく揺れるだろう」

 本郷は猛将肌の艦長を思い、苦笑した。

「しかし、結界師殿たちの話を信じてもいいのでしょうか」

 末松は上官には敬語を使い、腕を組む。

「あれほどの基地が我々の接近に気が付かないほど混乱するなど・・・・いったいどうすればいいのでしょう」

 太平洋艦隊の本拠地である鴫島基地は藤原たち近畿支部の施設よりも堅固だ。そして、孤島であるのをいいことに様々な武装があった。
 そんな「軍隊の基地」を少数で強襲して混乱させることができるのだろうか。

「秀胤は知っているのか、その熾条一哉という少年を」
「名前からして【熾条】の直系だろう?」

 ふたりの視線が藤原に向く。しかし、その問いに答えたのはサオリだった。

『熾条一哉。"戦場の灯"である熾条厳一の長男にて"東洋の慧眼"と謳われる戦略家。中東ではいくつもの腐敗正規軍と激闘を繰り広げ、謎の引退をするまで無敗を誇りましたね。わお、すっごい経歴』

 ふたりが沈黙する。

「海軍は初めてでしょうが、海で勝負するのではないのです。軍は強力ですが、巨大。少数でなら幾らでも抜け道はあります」

 藤原は自分が見聞きした経験から熾条一哉は対組織の戦いを十二分に理解していると判断していた。

「こういう作戦には打ってつけの人物と言えますね」
「・・・・藤原がそう言うなら信じよう」
「末松、いくら混乱していても周辺の部隊までは混乱せんだろう。主力が出ずとも沿岸警備隊も強力だ。気を引き締めろ」
「はっ」

 末松が直立不動の状態に戻る。
 話はここまで、ということだろう。
 到着まで後4時間ほど。
 陸戦部隊はすでに就寝し、夜間員は敵の警戒域に近付いたことで緊張していた。

「秀胤」
「・・・・はい」

 本郷は前を見たまま呼びかける。

「あいつの夢は・・・・お前が継いでいるのか? それとも、功刀が継いでいるのか?」

 監査局長――功刀宗源は藤原の朋友であり、本郷も幼き頃から知っている男だった。

「功刀さんのやり方は間違っている。しかし、目指す先は同じだと思います」
「ふむ」
「僕が調和による一体を目指すなら・・・・」

 藤原は本郷から視線を外し、前を見る。

「功刀宗源は自ら血に塗られた道を創り、そして、歩む男です」

 決別したかつての同志。
 年齢を超え、使命によって繋がれた想いは今、戦場という名の魔窟でぶつかり合っていた。

「功刀・・・・あやつは自己を犠牲にしてでも大きな事を成し遂げられる器を持っている。じゃが・・・・」

 昔を思い出すように細めていた目を開く。

「同時に自身と同じ事を他人に求める暴君。確かな意志を持ち、確かな実力を有し、確かな地位にある、そんなあやつがこのまま黙っているはずがない」

 "鬼将"という異名を持つ老将はそのささくれた手を握り締めた。

「聞け、お前たちっ」

 艦橋に響き渡る鬼の声。

「これより、我ら強襲揚陸艦隊は太平洋艦隊哨戒網に突入する。先行する僚艦とは無線封止にあるが、あやつらならばうまいこと切り抜けておろう」

 艦橋全員の視線を集める本郷は右腕を突き上げる。

「無事、合流地点に辿り着き、共に無謀な計画を進めし者たちを殴り止めようぞ!」
「「「「「オウッ」」」」」

 強襲揚陸艦「紗雲」は意志を新たに一層の集中力を持って鴫島に接近していた。






熾条一哉side

「―――目標撃破」

 砲撃手の席で杪が言った通り、前方で爆発炎が上がった。
 炎上したAH-64 アパッチの1機が海面へ、もう1機が加賀智島へと墜落する。
 一哉と杪が乗る蜂武から放たれたミサイルが攻撃に成功したことは明らかだ。

「次は・・・・巡視船」

 杪が視線を巡らせ、こちらに艦首を向き直そうとしている巡視船を捉えた。

「何発?」
「2発で様子を見るぞ」

 ヘリコプターは汎用性が高い機体である。しかし、多くの武装を抱えられない弱点があった。
 無闇に放つのは得策ではない。

「目標、巡視船『長禄』」

 杪がヘルファイアの照準を巡視船『長禄』に合わした。
 それに伴い、一哉は時速300kmで進行していた蜂武が減速する。

―――バシュッ

 両翼のAGM-114 ヘルファイアが火を吹き、数キロ離れた場所で戦闘態勢を調える巡視船を目指した。
 巡視船『長禄』は必死に20mm機関砲を撃ちまくり、ミサイルの撃墜を果たそうとする。しかし、2発のミサイルは艦首と艦橋に命中。
 夜闇に燦然と輝く炎を現出し、『長禄』を彩った。
 本来対地用で使われるヘルファイア2発は1000トン級の巡視船の艦上装備を蹂躙するのに充分である。
 横腹に打ち込まれていないので浸水こそしていないが、言わば脳部を撃ち抜かれた者が生きているはずもない。
 『長禄』は戦闘能力と航行能力を失い、海上を漂うだけのオブジェと化した。

「行くぞっ」

 一哉は操縦桿を勢いよく倒し、再び蜂武は時速300kmを超える高速で加賀智島を目指す。
 その機首は巡視船に向いておらず、一身に加賀智島に向いていた。
 背後では央葉が放ったクラスター爆弾がもう一度滑走路を吹き飛ばし、蜂武の格納庫は一哉が爆破している。
 最早追撃はなく、邪魔をしていたアパッチと巡視船は葬った。
 もう、邪魔をする者はいない。
 一哉は島上部に留まっている敵司令部だと思わしき野営地を発見した。

(まずは頭を潰す)

 杪もそれを確認しており、自然とM230 30mm機関砲がその野営地に向いている。
 アパッチとほぼ同じ武装を受け継ぐ蜂武の対地攻撃能力は高かった。
 展開する十数人など瞬時に駆逐できる。

「う―――っ!?」

―――ビービービッ

「熾条ッ」

 レーダーが捉えた、超高速でこの蜂武を目指す飛行体。
 それはふたりが視認するより早く、腹部の後門によって撃墜された。

―――ドォッ!!!

「くあっ」
「・・・・ッ」

 至近距離で爆発した"ミサイル"の爆風は蜂武の機体を揺るがし、十数メートルほど高度が落ちる。

「どこから・・・・ッ」

 一哉は臍をかみ、レーダーを見た。
 対妖魔用に開発された蜂武の対地・対空レーダーはそう精度が高いものではない。
 自分以外のものがいるかどうかが分かればいい、というレベルなのでジャミングをかけられると全く用を為さなかった。だが、その分兵器に搭載されたレーダーは高度でそうそうのジャミングではビクともしない。
 強襲揚陸という味方がいる状態では戦闘に支障はなかった。

「あそこ」

 ビシッと杪が加賀智島の東を指差す。
 そこに一哉が目をこらすより先に緋より報告が入った。

【いちやっ。東の海に護衛艦一、巡視船四が展開しているっ。みんなこっちに向かってるよっ】
「―――っ!? しまった・・・・」

 ギリギリと歯軋りが聞こえるほど食いしばる。
 一哉は加賀智島に展開していた戦力の撤退を知ったが、それがどこまで退いたか分かっていなかった。
 太平洋艦隊は何かしらの方法で一哉たちの目的を知り、いずれは加賀智島に行くことを見越して包囲部隊を撤退させる。そして、ジャミングをかけながら照明を落として待機。
 蜂武が餌となっていたアパッチと巡視船を葬ったのを確認して猛攻に出たのだ。
 満足な戦力を有していない戦闘ヘリ1機で幾隻かの水上戦力と戦うのは無謀である。しかし、一哉はその無謀を犯さなければならなくなった。

「委員長、護衛艦は後回しだ。巡視船から片付けるぞっ」
「んっ」

 巡視船から跳ね上がってきた機関砲の火線を上昇して躱し、ヘルファイア射撃準備に入る。
 20mm機関砲の最大射程距離は4500m。
 すでに充分に近付いていた巡視船の機関砲は蜂武の周りを駆け抜けていた。だが、最大射程ギリギリの機関砲など重装甲の蜂武はものともしない。

「撃てっ」

 一哉が機体を立て直し、ミサイル発射態勢に入る。そして、すかさず発射命令を下し、杪は発射した。
 発射炎は2発。
 それぞれが別の対象を求めて夜空を飛翔し、数千メートルの距離を数秒で消化する。
 その猛威を視認で撃つ巡視船たちは躱すことができなかった。
 瞬く間に甲板にヘルファイアが突き刺さり、傲然と爆発する。そして、それはふたつ確認でき、巡視船2隻がけたたましい警報を鳴らして戦線を離脱し始めた。

「よしっ―――っ!?」

―――ドガンッ

 一瞬前までいた場所で何かが爆発する。

「熾条、護衛艦」
「・・・・っ、速射砲かっ」

 76mm単装速射砲。
 海上自衛隊のはつゆき級からむらさめ級までの護衛艦が装備している主砲である。
 その射程8000m、初速900m/sと、蜂武の重装甲も抗えない火力を持っていた。
 緋が撃沈した『弓ヶ浜』も装備しており、緋を苦しめた兵器のひとつだ。

「絶えず動くしかないか」

 蜂武は急加速と急落下を敢行。

―――ゴオンッ

 ローターの上で近接信管の砲弾が爆発し、機体を揺るがせる。

「撃てっ」
「・・・・ッ」

 再びヘルファイアが発射され、1発は巡視船へ、もう1発は護衛艦へと向かった。

「くそっ」

 もう一度、近くで爆発が起き、機体が揺さぶられる。
 護衛艦はファランクスでミサイルを撃墜し、他の巡視船の楯になるようにして前に出てきていた。
 その後方で3隻の巡視船が内に炎を孕んで後退していく。

「委員長、ヘルファイアの残りは?」
「残弾2」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理か」

 一哉は臍を噛んだ。
 絶体絶命とはこのことである。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうする?」

 鴫島の火焔がもたらす明かりの中、護衛艦の威容が浮かび上がってきた。
 ここまで接近しているならば次の単装速射砲は外れないであろう。

「とりあえず、下りるぞっ」
「ん」

 撃墜されれば如何に個人で精強を誇ろうと所詮は人である。
 砲弾の爆発には耐えられないし、真っ暗な夜の海は脅威だった。

「・・・・ッ」

 時速300km超で戦線離脱を図る蜂武を嘲笑うかのように76mm単装速射砲の砲口が蜂武に向く。そして、その砲撃手の指が、引き金を引いた。
 昔のような轟音を発することなく吐き出された砲弾はまっすぐに蜂武を撃ち落とさんと高速で迫り来る。
 約4000mの距離など5秒足らずでゼロにする砲弾は蜂武を空中分解するに足る威力を秘めていた。

【―――いちやっ】

―――ゴウンッ!!!

 砲弾が爆発する。―――蜂武の十数メートル手前で。

「・・・・何?」

 単装速射砲の近接信管が働くには手前過ぎた。
 何にせよ、砲撃を免れた一哉は振り返って後方を確認する。

「緋かっ!?」
【早く、行ってっ】

―――ゴウンッ!!!

 次弾も手前で爆発した。
 いや、爆発ではなく、緋が撃墜しているのだ。―――初速900m/sという、とんでもない速さで迫る砲弾を。
 緋の姿を視界に捉えた一哉は絶句した。

【はぁ・・・・はぁ・・・・】

 息を切らし、歯を食い縛りながら一哉を守る緋の体からまるで鱗粉のように火の粉が舞い落ちていたのだ。

「あかね・・・・?」
【早くっ】

―――ゴウンッ!!!

 3発目の砲弾が撃墜される。
 それは瞬時に<火>が砲弾を焼き尽くすことで成し遂げていた。
 "火蛛網陣"と呼ばれる拠点防衛用の術式がある。
 蛛(チュウ)とは網の真ん中にじっとしている蜘蛛を意味する。
 この意味から術者は術式の中心を動かず、その中心から網を張る術式だ。
 その網に掛かりし物体をその網に配置された<火>が収束して焼き尽くす。
 砲弾が高速だからこそ蜂武まで近付けるが、本来は網に掛かった瞬間焼き尽くされ、炎の鉄壁と化す術式だった。

【く、ぅ・・・・ぁぁあああ!!!】

―――ゴウンッ!!!

 大規模高位術式として多人数で使用するこの術式を広範囲、しかもひとりで展開する緋の【力】が限界ギリギリの堤に大穴を開けたかのように流れ出す。

【行ってぇ―――っ!?】

―――ゴウンッ!!!

 今度の砲弾は蜂武狙いではなく、その前に立ちはだかっていた緋を狙ったものだった。
 術式を維持するために動けない緋は正確に狙われれば最期だ。しかし、緋は守護獣として己の命を賭してでも主を守っていた。

「緋・・・・。くそっ」

 できうる限り早く、加賀智島に降り立たねばならない。しかし、ヘリポートはおそらく敵が待ち受けているだろう。だから、不時着する必要があった。

(どこだ!? どこにある!?)

「熾条」
「あ?」

 苛ついていた一哉はこんな時でも冷静な杪が指差した方向を見遣る。
 そこには変電所だったと思われる瓦礫があった。
 変電所の爆発で周囲の建物も崩れ、奇跡的な平地が十数平方メートルだけ広がっている。
 おあつらえのような不時着ポイントだ。

「でかしたっ」

 すかさず操縦桿を操作し、一哉は緋を振り返る。
 護衛艦は蜂武か緋かで迷っているらしく、いまいち弾道が集中していなかった。だが、火の粉を散らして術式を維持する緋は痛々しい。

(緋、もう少しの辛抱だからなっ)

 蜂武は減速し、着陸態勢に入った。

「右右」

 前席の杪から声が掛かる。

「・・・・こう、か?」
「ん」

 揺れる機体を制御し、ライトで着陸地点を照らす蜂武はこの上なく無防備だった。―――故に虎視眈々とこちらを狙っていた者たちが見逃すはずがない。

―――ガガンッ!!!

「「―――っ!?」」

 着弾の衝撃が蜂武を振るわせ、一哉と杪に冷や汗をかかせた。

「被害は?」
「くっ、テールローターがやられたっ」

 ヘリコプターはメインローターが回転することでメインローターとは逆方向の回転運動が生まれる。この反トルクと呼ばれる回転は機体自体を回転させ、操作を困難にするために必ず相殺しなければならない。その相殺措置として反トルクに釣り合うだけの回転を生み出すテールローターがあった。

「あそこっ」

 杪が声と共に指差す。
 くるくると回転を始めた機体を制御しながらその方向に顔を向けると、機関砲を向けている巡視船があった。

「回り込んでたのかっ」

 重装甲の蜂武にダメージを与える辺り、20mm機関砲ではなく、あそ級巡視船に搭載されている40mm機関砲と思われる。

「ダメだ。・・・・落ちるっ」

 回転し始めた機体を立て直すことなど、一哉には無理だった。
 ヘリコプターは何度か操縦してはいるが、被弾したのは初めてでどうすればいいのか分からない。また、ガクリと高度を下げた蜂武の前に加賀智島の断崖が聳え立っている。

「って委員長っ!?」

 ペタリと懐から取り出した呪符を防弾ガラスに貼り付ける杪。

「じゃ」

 シュタッと右手を挙げ、杪は思い切り懐刀をガラスに叩きつけた。

「なぁっ!?」

 粉砕されたガラスが夜空に散る。そして、宙に身を投げた杪はまるでムササビの如く風を受け、加賀智島へと滑空していった。

「は、薄情者っ」

 残された一哉は粉砕された機体前方の負荷も掛かり、ますます制御が難しくなった蜂武を立て直そうとする。しかし、その前方に岩盤が迫り―――

「どわぁっ!?」

―――ガァンッ!!!

【いちやぁーっ!?】

 断崖に穿たれた窓に機首を突っ込むような形で激突した蜂武。
 それを見た緋は術式を解き、全速力で駆けつけようとした。だが、"火蛛網陣"という邪魔がなくなった護衛艦はその艦首に備え付けられた76mm単装速射砲を断崖に突き刺さった蜂武に向ける。そして、傲然と砲撃した。

―――ドォンッ!!!

 命中した砲弾は爆発し、瞬時に蜂武の機体を押し潰す。そして、業火に包まれた機体は衝撃で断崖から崩れ落ち、数十メートル下の海面へと叩きつけられた。










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