第十章「自由への戦い」/ 1



 SMO監査局。
 それは元々、組織内での警察的存在だった。だが、SMOが巨大組織であるが故に各国の諜報員や他退魔組織の間者が入り込みやすい。
 そのために対人戦闘が絶えず、多くの隊員が命を落としてきた。
 強い能力者は退魔のエースとして前線で活躍している。だから、精鋭であろうその敵たちと渡り合うことは監査局幹部の悩みの種だった。
 歴代の局長たちは知嚢を絞り、様々な改革を行ってきた。
 監査局員とは名乗らず、情報収集に従事するコードネームたちとその報告を受け、速やかに逮捕・排除する実働部隊の起用。
 より優れた武力を確保するため、条件付で特赦された元罪人で構成される特赦課の誕生。
 この進化は真っ当な隊員たちに嫌悪されたが、監査局はSMOを他の組織から守る裏の戦力となる。
 決して表にならない裏の、さらに闇。
 それがSMO監査局である。


 1月27日午後10時2分、加賀智島研究所へリポート。

「―――地上部を速やかに制圧。地下への道を切り開けっ」

 攻撃ヘリ――AH-64 アパッチ2機の護衛を受け、輸送ヘリ――CH-53 シー・スターリオン2機が着陸。
 SMO太平洋艦隊陸戦部隊所属の二小隊が展開し、指揮官――守山和雅の命で本隊として三〇名を残し、五人一班の部隊が所内に雪崩れ込んだ。

(はんっ、どうせ地上部は無人に決まってる)

 SMO監査局特赦課序列七位――矢壁十湖はこちらを出し抜こうとしている守山を睨みつける。
 視線に気付いた守山が余裕そうな笑みを浮かべたことにさらなる苛つきを覚えた。しかし、雑魚の挙動を気にしてはいけないと自分を辛うじて律する。

「ふぅ・・・・」

 ずれた軍帽を少し左目にかかるような定位置に直し、ヘリの風で乱れた防弾コートを羽織り直した。

「準備はいい?」

 そのコートの裾をはためかせ、十湖は自身が指揮する特赦課五人を振り返る。
 誰も彼も一癖も二癖もありそうな雰囲気を醸し出し、明らかに周囲から浮いていた。

「早く・・・・早く戦わせろよ」

 浅黄色に染めたツンツン頭の青年――桑折琢真が偏頭痛から眉間に皺を寄せ、イラついた声で十湖に言う。

「切り、切り刻みてぇんだよっ」

 目の下にクマを作り、血走った目を向ける彼はキチキチと手に持ったカッターの刃を出した。

「それともお前がバラバラになるかぁっ!?」

 あろう事か、上官である十湖に切っ先を向ける。

「ぁあ!? テメェ、上官に何だ、その口の利き方は!? 軍法会議に掛けねえで血塗れにしてやろうかァッ」

 ガチャリと腰に佩いた軍刀の柄を握り、とても十代の少女とは思えない歴戦の闘気を叩きつけた。
 せっかく怒気を抑えられたというのに部下に挑発され、十湖はキレかける。

「まあまあ、矢壁さん。桑折くんはいつもこうですし。少し落ち着いてっ」

 慌てて十湖の背中に抱き着くように女――時宮葛葉が止めた。

「フーッ」

 十湖は自分とは違い、成熟した女の体を押し付けられ、嫉妬を抱く。しかし、葛葉とは十ほど年が離れているので気に病んでも仕方がない。

「時宮、止めるなっ。こんの新兵に古参兵としての威厳を示すんだっ。こんな奴が栄えある特別攻撃隊に配属になるなど許さんぞっ」
「ここは現代です。大戦末期じゃありませんっ。どうどう」

 彼女たちのやりとりを我関せずに他の隊員が見ていることからこの特赦課にまとまりなどが根本的なところから抜け落ちているのが分かるだろう。
 客観的に見れば彼ら特赦課だけでなく、太平洋艦隊の陸戦部隊がいるということはこの広い加賀智島を制圧するのに必要だった。
 十湖・守山以下監査局・太平洋艦隊連合軍は午後9時40分に強襲を開始。53分にヘリポートを制圧した。
 その間、叢瀬による妨害はなく、呆気ないと思える緒戦の勝利である。
 無抵抗の理由は第一攻撃を弾き返した機銃の沈黙だと思われた。そして、その原因は強襲の合図となった島西部で起きた爆発である。
 予想爆心地を島の地図と照らし合わせてみれば、そこは加賀智島の電力を統制する変電所があった。

(課長は『島で変事が起こる。呼応して出撃しろ』と確信していた・・・・)

 それはつまり、神忌が何かを起こした、ということか。

(1キロ以上離れた鴫島から・・・・どうやって・・・・)

「―――矢壁、非常電源が確保される前に突入し、制圧域を増やせ」
「―――っ!?」

 "ここにいるはずがない"男の声にビクッと肩を震わせる。
 慌てて振り向いてみればそこに神忌が"いた"。―――強襲開始時、行方不明であったために"置き去り"にした神忌が。

「あ・・・・ぁ・・・・」

 驚愕に身を竦ませる十湖を尻目に双子――鵤(イカル)と鶍(イスカ)はテクテクと神忌の側へと歩く。
 瑠璃色と菫色を基調とする2人――紫を従える白――神忌は命ずる。

「後、本陣を移せ。地上施設を倒壊させられてはたまらんぞ」
「う・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった」

 十湖は項垂れた。
 気にしてはならない。
 彼女たちの上司はこのような人物なのだから。






叢瀬央梛side

 午後10時30分、加賀智研究所。
 ここは監査局が持つ施設では最大規模を誇っていた。
 地上部、地中部、地深部という3つのエリアに分けられ、それぞれのエリアには膨大な研究室、実験室が配置され、それらを繋ぐ廊下が縦横に走っている。
 その複雑な廊下は封鎖されたり、罠があったりと物々しかった。

(―――早く、非常電源をっ)

 変電所の爆発によって研究所全域が暗闇に包まれる中、叢瀬央梛(ナギ)は音も立てずに疾走する。

「―――っ!? 来たっ」

 足音から五人。
 陸戦部隊が部屋を検めながら近付いてきた。

(迎撃。・・・・違う、撃滅だっ)

 物心つく前から戦闘訓練を受けてきた央梛の頭脳が臨戦態勢から戦闘態勢に切り替わる。

「ここは・・・・」

 キョロキョロと入り組んだ廊下と部屋たちを見回した。そして、とある部屋を発見する。

「・・・・これだ」

 殲滅方法を考えついた央梛はその準備をしつつ、己が使命の達成時間に影響することに顔を顰めた。

(陛下、お待ち下さい。必ず僕がやり遂げて見せますっ)

 ドキドキとうるさい心臓を押さえつける。そして、央梛は左手の鉤爪を握り締めながら地深部での出来事を思い出した。



 変化は突然だった。
 変電所に侵入者を表す警告音が玉座に響く。そして―――

「―――っ!?」

 ビクン、と叢瀬椅央が身を仰け反らせた。

「陛下っ」
「「「姉様っ」」」

 央梛と椅央の世話役兼護衛――"侍従武官"の少女たちが慌てて駆け寄る。

―――ドォンッ、ビリビリビリッ

 そこに地上部からの爆音が轟き、その震動が部屋を震わせたことから変電所が破壊されたことが分かった。

「チッ、電気ショックかっ」

 椅央を真っ先に助け起こしたショートカットの少女が舌打ちする。

「電気ショック?」
「姉様は島中の電力を通し、島内の電子機器を体の一部のように扱っているな?」

 セミロングの少女の説明に頷いた。

「実際はな、『ように』ではない。本当に体の一部なんだ」
「・・・・え?」
「つまりですね、電子機器を受容器・効果器とし、姉様が脳。・・・・そして、電線や配線が神経。ここまで言えば分かりますか?」

 ロングヘアの少女がゆっくりとした口調で説明を引き継ぐ。

「陛下にとって・・・・電気とは『体を動かすもの』」

 セミロングとロングヘアが同時に頷いた。

「そうだ。あくまでイメージ、だがな」

 電気がなければ電子機器は動かない。
 同じように生物には『活動電流』というものがある。
 それは生物が行動しようとすると興奮――生体の組織や器官が刺激を受け、静止状態から活動状態になること――を起こし、神経や筋肉に電気的な変化から生じるのだ。
 つまり、生体を動かしているのもまた、電気と言える。

「電気を繰り、島内を制御してた姉様にとって―――」
「この研究所は体そのものです。・・・・そして、電力が消えました。だから、姉様は―――」
「自分の人体を動かす電気も失われた、という精神的ダメージを受けて昏倒した。これが電気ショック、だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 常日頃から椅央に侍り、健康状態などをチェックしていた"侍従武官"たちの言葉に絶句した。

「ど、どうすれば!? 敵はすでに侵入してますよっ!?」

 現状を把握したら叫ぶしかない。

『『『―――っ!?』』』

 研究施設の防衛は椅央の【力】が主力だった。
 椅央の容態と央梛の言葉から子どもたちは混乱し始める。
 如何に戦闘訓練を受けようとも、彼らの大部分は10年も生きていなかった。
 本来なら小学校中低学年の少年少女に現実は辛く、それ以下の者たちは空気に敏感だ。
 【叢瀬】にとって椅央の存在は絶対だった。
 唯一、研究者との対話を許され、実際に【叢瀬】を指導していた最年長の少女だけとしてではない。
 幼い者には姉であり、母である存在。
 少し下の者たちには頼れるリーダー。
 そんな絶対的な大将を持った精鋭はその大将が倒れたことで烏合の衆と化した。

―――ドドンッ!!!

「「「う、うわああああああっっっ!!!!!」」」

 AH-64 アパッチが機銃のあった場所を攻撃したのだろう。
 その衝撃と爆音がギリギリの精神状態にあった子どもたちの背中を押した。

―――ドンッ、ドドンッ!!!

 立て続けに命中した攻撃は部屋を揺るがし、埃を舞わせる。

「くっ、落ち着けっ」

 ショートカットの少女は焦りを滲ませながら叫んだ。だが、落ち着きのない言葉は皆に届かない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 セミロングの少女は歯噛みした。
 どれだけ自分が冷静でも他の者たちも冷静にできるほどの話術は自分にはない。

(僕に・・・・もっと力があれば・・・・)

 央梛は天を仰いだ。
 ここにAH-64や陸戦部隊を単身で迎え撃てるふたりの『武』の象徴はいない。

「―――央梛くん、第三発電室に行き、システムを起動させて下さい」
「「「―――っ!?」」」

 落ち着いた静かな声が何故か喧噪を貫いて聞こえた。
 ただひとり、ロングヘアの少女だけが冷静に取り乱さず、現状を打開する方策を提案する。そして、パンパンと手を叩いて子どもたちの注目を集めた。

「電力さえ戻れば姉様も目覚め、罠は起動します」

 少女は困惑する子どもたちに告げる。

「戦いましょう。我らが女王は未だ健在。敵は我らが用意した袋の中」
「・・・・そうか。今は絶望の淵にある。・・・・でも」
「その絶望を祓うため、のぶとすす、【叢瀬】の最強戦力が戻ってくる」

 "金色の隷獣"・叢瀬央葉。
 全距離攻撃範囲というとんでもない戦闘タイプを持ち、実体を持つ光という訳の分からないさでも随一という能力を持つ【叢瀬】最強の戦士。
 "迷彩の戦闘機"・叢瀬央芒。
 銃器だけでなく、兵器までも単身で使いこなせるというスキルと複数の異能を修得した【叢瀬】の秘蔵っ子にて唯一の空軍。
 央葉が対人最強とするならば、央芒は対兵器最強という【叢瀬】の中でもダントツの戦闘力を誇るふたりである。
 彼らがいれば陸戦部隊一〇〇人など恐れるに足らない。だが、彼らを欠いては【叢瀬】の戦闘力は激減するのだ。

「難戦は覚悟の上。しかし・・・・」

 ロングヘアはゆったりとした、いつもの口調で宣言した。

「御前で騒ぐ輩を食い止められず、何が臣下です?」
『『『―――っ!?』』』

 痛烈な一言は確かに彼らをえぐる。だが、えぐられたのは彼らの心に巣くった絶望。そして、植え付けられたのは希望の種だった。

「非戦闘員は最終防衛ラインの点検だ。そして、戦闘員は少しでもいいから防衛ラインより前に出てバリケードなどを構築」
「いいか、少しでも時間を稼げ」
『『『はいっ』』』

 自分たちが雲の上の人物と思っていた椅央の手伝いをできると分かった子どもたちは互いに励まし合いながら持ち場へ向かう。
 戦闘力の有無など関係なく、【叢瀬】として戦うため、彼らは武器を取った。

「・・・・それでは、僕も行きます。陛下のこと、くれぐれも―――」
「分かっている。お前は私たちを誰だと思っている」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 "侍従武官"。
 "銀嶺の女王"の剣であり、盾であり、世話役である。

「さあ、行け」
「あなたはのぶを除けば【叢瀬】一の白兵戦闘力」
「期待している。君がこの、女王なしで執行する作戦の要だ」
「・・・・はい、頑張りますっ」

 女王の側近たちの期待を受け、央梛は騎士の如く戦場へと駆け出した。



「―――クリアッ」

 隣の部屋から制圧を示す声が聞こえた。
 ほぼ無抵抗というのに彼らがまだ地中3階にいるのは偏にこの研究所の造りが複雑だからである。

「・・・・ッ」

 グッと左手を握り込み、その鉤爪を震わせた。
 央梛は両腕に鉤爪があるが、左手は握り込むタイプ――つまり、手は他に使えない――で右腕は籠手からそのまま先に鉤爪が伸びている。そして、右手はいざとなれば腰に差した小太刀を引き抜いて応戦するのだ。
 央葉は全距離攻撃範囲というメチャクチャさだが、央梛は接近戦オンリーである。しかし、その接近戦闘力は央葉を除いた【叢瀬】中トップを誇り、未だ十歳ながら【叢瀬】の主力だった。
 因みに遠距離のトップは央葉と遠征している央芒だ。

(・・・・来た)

 央梛が隠れる部屋の前で足音が止まった。そして、殺気が膨れ上がる。

―――バンッ

「・・・・ッ」

 蹴破られるようにして扉が開き、陸戦部隊が雪崩れ込んできた。

「なっ!?」

 彼らは驚愕を孕んだ声を出し、その念に一瞬だけ身を縛られる。
 この部屋は実験室で壁が全て鏡張りだった。そして、彼らは突入した折、自分たちが目の前に映って驚いた、ということだ。

(今だっ)

 央梛は通風口を蹴飛ばして彼らの頭上へと躍り出た。

「「「「「―――っ!?」」」」」

 全員が一斉に小銃を上げる中、央梛は円陣を組んだ彼らの中央に着地する。

「ふっ」

 一瞬の硬直が致命的な隙を逃さず、央梛は着地した反動を使ってバネのように跳ね上がった。

―――ザクッ

 突き出した左の鉤爪が男の喉元を深く刺さる。
 喉の後ろまで貫通し、一撃で葬り去った男から赤い飛沫が辺りに撒き散らされた。

「はぁっ」

 跳ねた反動を屍となった男の重量で相殺し、反転しながら抜刀する。
 それは一太刀目から敵を捉えた。

「ぐっ」

 左手にいた男の手から小銃がこぼれ落ちる。
 それに見向きもせず、右手を握り締めて前方の男向けて殴りかかった。

―――ガッ

 さすがに反応され、鉤爪は小銃に阻まれる。だが、落ち着いていた央梛は右腕を引き、握っていた小太刀にてその小銃を跳ね飛ばした。

「ごふっ」

 その無防備な腹に防弾ベストごと左鉤爪で貫通させる。
 人体のなんとも言えない感触に耐えながら、手首を回して内臓をえぐった。
 即死しないまでも激痛によるショックで失神。
 央梛はわずか十数秒の攻防でふたりを無効化、ひとりを負傷させるという脅威的な戦闘力を見せつける。

「くそ、このガキっ」

 小銃を放り投げ、軍用ナイフを抜いた陸戦部隊三人はふたりの仇を討つために襲いかかってきた。

「甘いっ」

 央梛はしゃがみ込むと右腕を一閃させる。

「「ギャッ」」

 足を浅く傷付けられたふたりはたたらを踏み、ひとりだけが央梛へと向かった。

「ふっ」

 突き出されたナイフを籠手で受け、流すように腕を引く。そして、バランスを崩した男の頸動脈を左鉤爪で裂いた。

「「班長っ」」

 どうやらたった今葬った男が班長だったらしい。
 そんな事実は気に留めず、手に持った小太刀をひとりの男に投げつけた。

「チッ。・・・・って、え?」

 横っ飛びでその小太刀を避けた男の先回りをし、地面に転がった男の胸に鉤爪を突き立てる。

「う、うわああああっっっ」

―――ダダダダダダダッッッ!!!!!

 数分もしないうちに自分一人になってしまった最後の男は、絶叫しながらもう一度拾った小銃を乱射した。しかし、この部屋は鏡張りなためにどこもかしこも自分が映った鏡がある。

 そのために央梛は軽く闇に紛れ、男は自分の虚像に怯えながら銃を撃ち続けた。

―――ダダダダダダ・・・・・・・・・・・・

「はぁ・・・・はぁ・・・・くそっ」

 恐慌に囚われた男は弾切れで我に返ったようだ。しかし、一度切れた糸を元に戻せないようにすぐには元の緊張状態に戻れない。

「終わり、と」

 央梛は拾っておいた軍用ナイフを男に投擲し、陸戦部隊一班を奇襲を用いてものの数分で全滅させた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 どっと疲れが押し寄せ、思わず膝を付きそうになる。
 戦闘訓練など研究所が飼っている妖魔相手しかなかったため、銃器を相手に取った戦闘など初めてだった。
 ガクガクと恐怖で震える膝を押さえつけ、央梛は移動を開始する。
 おそらく、陸戦部隊の本部では隊員に生存反応があるかどうかのチェックをしているはず。だから、ここで戦闘があったことは知られているはずだ。

「離れないと・・・・」

 いくら無傷で全滅させたとはいえ、それは奇襲で敵が五人だったからだ。
 己惚れることが一番危険だと教えられている彼としてはいち早くここから離れ、戦闘に巻き込まれないことが重要だと分かっている。

「とりあえず・・・・勝ったっ」

 央梛は上陸部隊の戦力を減らしたことに満足し、再び闇の中を疾走していった。
 第二次攻撃の緒戦は不戦勝で監査局・太平洋艦隊が拾った。だがしかし、続く研究所内での局地戦闘緒戦では【叢瀬】が完勝した。
 戦力差がありつつも地の利を持つ【叢瀬】は善戦し、未だ両陣営は予断を許さない状態が続く。
 加賀智島攻略戦はその緒戦を最後にしばらくは両陣営が交戦することはなかった。






第三者side

「―――お呼びですか?」

 "宰相"は暗闇を抜け、扉を開けてその先に踏み入った。

「ああ、うん。待ってたよ」

 にこにこと笑う主――"皇帝"に頭を下げる。

「もっと楽にすればいいのに」
「主従ですから」

 "皇帝"は自身の寝床――ベッドに腰掛け、何が楽しいのかずっとニコニコしていた。
 いつも侍っている女はいないのか、ひとりのようだ。

「麟は?」
「その辺りにいるよ」
「・・・・ほう」

 どうやら自分にも気配が分からないほど陰行に長けているようだ。

(これは・・・・見直す必要があるか・・・・?)

 周囲の気配を探りつつ"宰相"――眞郷総次郎幸晟は用件を訊いた。

「うん。ねえ、また、鴫島が面白いことになってるんだって?」

 彼らの一族が総じて有する紅い瞳が楽しそうに細められる。

「誰からお聞きになられました?」
「久遠だよ」
「・・・・あんの、女狐がッ」

 ギリッと拳を握り締め、腰に佩いた大太刀がガシャリと音を立てた。
 いつも主にいらぬ言葉を吹き込む女に怨嗟を送るが、あの女は毛ほども気にしまい。

「ふふ、それで『僕たち』は何をしてるのかな?」
「"侯爵"が現地におります。また、あのガキも侍女を連れて滞在しているようです」

 『ガキ』と呼称したのは"宰相"が彼に対してあまりいい印象を持っていないからだ。そして、現場を掻き乱すだけ掻き乱すくせに、その心根は"宰相"に近いものを持っているという複雑さも起因していた。

「・・・・アイスマンだっけ、"あそこ"での名前は」
「はい。監査局のコードネームエージェントとして"SMO内部を探っております"」
「ふーん、それが、どうして?」

 ふわぁ、と眠そうに欠伸する"皇帝"。

「はっ、どうやら渡辺宗家の令嬢――渡辺瀞を拉致しているらしく」
「・・・・渡辺宗家?」
「はい。SMOの攻撃で滅亡したというのが本当ならば・・・・最後の生き残りかと」
「ふぅん」

 "皇帝"は興味なさ気に相づちを打った。

「どうやら、熾条一哉に目を付けたらしく一騎打ちを望んでおりますな」

 人質を取ると言うところが気に食わないが、彼の性格ならば勝負事は正々堂々と臨むだろう。

「ってことは・・・・"東洋の慧眼"も来るんだ」

 にやぁっと"皇帝"の口元が歪んだ。

「・・・・ッ。なりませぬぞっ。未だ旧組織、SMO共に油断ならぬ戦力を有しておりまする。ここで再びあの戦のような事態は―――」
「"宰相"、もう新旧戦争は始まってるんだよ?」
「・・・・しかしっ」

 勢力を運営する"宰相"としては"皇帝"の考えていることを否定しなければならない。だが、確かに新旧戦争は始まっており、このまま自分たちが表に出ても混乱してくれるだろう。

「今はまだ雌伏の時です。もう少し待てば彼らは勝手に磨り潰し合ってくれます」
「むー」

 不満そうに頬を膨らませた。しかし、自分たちが出陣することだけは許可できない。

「じゃあさ、せめて妖魔を送るのとかは? 大混乱になっちゃえば敵さんの傷は大きくなるよね?」
「・・・・それは、はい。・・・・では、久遠に相談しましょう」

 しばらく考えたが、妥当な案だと判断した。
 これ以上変な思いつきが浮かばないように"宰相"は久遠に相談するのを口実に踵を返す。

「うん、それでその混乱に乗じて―――」

 "宰相"は嫌な予感に背筋が粟立つのを感じた。

「"男爵"を出陣させたいなぁ、"宰相"」










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