第七章「鬼と踊る後夜祭」/ 7



 後夜祭の戦いも終盤に入っていた。
 生徒会棟での戦いは【結城】の勝利に終わっている。しかし、討ち取った数は少なく、退却させただけだった。
 校舎内での鹿頭VS鬼族は鹿頭の負傷者多で脱落者が相次ぎ、当初の目的である敵戦力の分散が達成できずにいた。
 それは統率する朝霞が早々に戦闘に巻き込まれたためでもあり、予想以上に鬼族がまとまって行動していたことに起因している。
 結果、戦死した鬼族は少なく、鹿頭の被害は向こう数ヶ月軍事行動が執れないという敗北と言ってもいいほどだった。
 だが、緒戦で一哉と瀞の大勝の分が帳消しになっただけ。
 中盤では鬼族の大将格である水鬼、陰形鬼の相次いでの戦死。
 全体の戦局は鹿頭・結城のやや優勢だった。―――今は、まだ。


「―――や、ば〜、も・・・・指、一本・・・・動か、せな・・・・い」
「おれ、も。・・・・でも、退いてくれ〜」
「ムリ」
「即答かよ、おいっ。―――イテテッ」

 晴也と綾香は校舎裏の地面に緩やかに落下し、もつれ合ったまま呻いていた。

「―――大丈夫?」

 カーテンをぐるぐる巻きにしている瀞が側まで寄って言う。
 そのカーテンは近くの教室から失敬し、丹念に洗ったものだ。

「・・・・アンタ、強かね〜。・・・・あた、し、身なり・・・・気に、する余裕、ないわ〜」

 グタ〜、とさらに晴也に体重をかける綾香。

「いつ、もは・・・・俺の身ぐるみ・・・・剥が・・・・ばかり、に迫るくせに」
「そんな元気な〜い。・・・・今、ならあたし・・・・美しい肌が見、放題・・・・? ホレホレ」
「ぐわ〜、背中・・・・言われて、も見え、ねえー・・・・」

 その前に大きく裂けた腹部は治療され、肌が見えないし、それ以外もほつれるくらいで見えるほど損傷していない。
 対する瀞は「纏っている」という表現が似合うほどの有様だった。

「―――連れてきたよっ」

 満面の笑みを浮かべた緋が虚空に現れ、生徒会棟方面の茂みを指差す。

「―――全く、迎えが必要だなんて晴也、あなたは幼稚園児? ・・・・あら? 私は帰れたわね、タクシーで」

 茂みを風で切り払い、風で吹き飛ばし、風で蹴散らしたのは結城勢総大将――結城晴海だった。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「あら? どうしたの?」

 非難の視線(×3)を受け、晴海は首を傾げる。

「まあ・・・・敢えて何も・・・・言うま、い。だがな、これだけは・・・・言わせて、くれ・・・・」
「何?」

 枯れ葉だらけになった自分を黙認しつつ晴也は続けた。

「ここは学園だ。あいにくタクシーはねえッ!」
「違うでしょっ」
「ゴブッ」

 スパーンッと腹に穴の開いた重傷人だとは思えないツッコミが炸裂する。だが、両者ともこれで体力を使い切ったのか、ぐったりしてしまった。

「はぁ・・・・。とりあえず、生徒会棟に行くわよ。鹿頭の人たちもいるから、まるで野戦病院だわ。晴也、後でちゃんと掃除してね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 突っ伏した状態でピシッと手首のスナップを利かせ、無言でツッコミを入れた晴也は綾香共々風術師に担がれる。

「じゃあ、私たち【結城】はこれ以上参戦するような無粋な真似は止めるわ。それと、渡辺さんはどうする? 元々向こうの人間だし」

 晴海は先程と正反対のことを言う。

「でも、大丈夫じゃないのに飛び出そうとする鹿頭家の人たちを止めてくれると助かるな」
「あ・・・・」

 瀞は思い出したように呟いた。
 自分も一哉が心配で戦場に戻ろうとしているが、鹿頭家の者も自分たちの象徴であり、最後の拠り所である朝霞を守ろうと必死なのだ。
 自分たちが戦場に出ることで朝霞に向かう敵は減る。
 例えその過程で自分が死ぬことがあったとしても。
 例えそれが朝霞の命に反することだとしても。
 朝霞が生きている限り、鹿頭はあり、そして、再興の可能性もあるのだから。

「・・・・鈴音ちゃん・・・・。熾条宗家の術者は?」
「鹿頭当主と一緒よ」

 聞かれると分かっていたのか、晴海は答えてくれた。

「そう、ですか・・・・」

 ならば朝霞は安心だろう。
 鈴音がどんなに朝霞を嫌っていたとしても見捨てるという選択肢は浮かびもしないだろうから。
 鈴音とはそんな少女である。

「じゃあ、私は生徒会棟で鹿頭の人たちを説得します」
「助かるわぁ。ホンット助かるわ。もう少しで武力闘争になりかけた―――」
「そんな殺伐としてるんですか!?」
「―――わけないわ。そんなに元気なら止めずに見送ってるわ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 何とも言えぬ脱力感が瀞を襲った。






熾条一哉 side

「―――登場は派手じゃないとな。―――せーのっ」

―――ドガァッ!!!

 一哉は炎弾を道場の出入り口に打ち込み、その扉を粉砕した。

「―――敵襲かっ!?」

 中で剛毅と表現できる声がする。

「む?」

 音の方に"誰もいない"ことに気が付き、怪訝な声を上げていた。

「誰もいな―――」
「――――――」

 一哉は天井裏の板を外し、道場にひとりでいた首領の頭上から躍り出る。

「ムッ」

 やたら硬そうな音を立て、<颯武>と首領の腕がぶつかった。

「キサマ、何者!?」

 首領は一哉の姿を認めて誰何の声を発する。

「熾条一哉。まあ、故あって鹿頭に力を貸してる・・・・在野の退魔師、か?」
「名乗りに疑問か?」
「・・・・とりあえず、お前が鬼族の長だな?」

 一哉は弾かれ、間合いを開けたまま訊いた。

「いかにも。儂は鬼族首領――隼人だ。それよりキサマ、『熾条』と名乗ったな?」
「ああ」
「・・・・ふ、本当に【熾条】だとはな」

 「天変地異が起こるやもしれん」と続ける隼人。

「・・・・まあ、いろいろ誤解はあるが、当事者じゃないから放っておく」

 説明すれば長そうだ。

「俺はお前を討ちに来た。状況説明はそれで充分だろ」
「確かに充分だ」

 隼人は右手に持っていた3メートルほどの大薙刀を構える。
 屋外の光を受け、切っ先がキラリと光った。

(弁慶かよ・・・・)

 心の中で嘆息する。
 一哉は平安末期の豪傑――武蔵坊弁慶の姿を隼人から連想していた。
 2メートル近い長身で明らかに力持ちだろう姿。しかし、隼人から鬼の特徴を見出せない。
 角も牙も人間とは思えない肉体もなく、ただただ強大な気配を放つ"人間"でしかない。
 それでも、彼の闘志は他の鬼族を遙かに上回っていた。

(こいつ、若干戦闘狂の気があるのか・・・・?)

 今、護衛もなく、その生死が分からないというのに嗤っている。―――敵討ちを名目に一族を戦地に導いているというのに。
 一哉は戦意を新たに<颯武>を構え直した。
 隼人の一撃をまともに受けても刃こぼれしない愛刀に畏敬の念を抱く。

(こいつも名刀にもほどがあるだろ)

 いつも変わらぬ銀光を放つ刀身は見事な刃紋を揺るがずに備えていた。

「行くぞ、小僧。散っていった一族の怨嗟、一身に受けるがよいッ」

 大薙刀の切っ先を一哉向け、隼人は突進する。

「ぬんっ」
「せっ」

―――カィンッ

 唸りを上げ、大気を裂く刃を一哉は居合切りによって弾き飛ばした。
 刃と刃が接した場所では火花が散り、辺りを明るく照らす。

「ふっ。躱わさず受けるか」

 隼人は攻撃を弾き、再び間合いを離した一哉を見て嗤った。

「面白いッ」

 右からの斬撃。
 それを刃に滑らすようにして逸らす。
 さらに信じられない膂力で巻き戻された大薙刀は左から迫った。
 それには刃の先を衝くことによってわずかに軌道を逸らして回避。

「ふははっ」

 隼人は大薙刀を振りかぶり、今度は打撃重視の一撃で相手の出方を見ようとする。

(嫌な戦いをする・・・・)

 まだ、猛攻で来れば対処しやすい。だが、一撃一撃反応を見られればこちらの力量が計られ、後々厄介なことになる。

(ならば・・・・)

「ムッ!?」

 一哉の周りに鬼火の如くゆらゆらと揺らめく炎が生じ、隼人は警戒したように身を固めた。

(なるほど。俺が"直系"ということを警戒しているのか)

 一哉が繰る炎は勢いを増し、道場の床を這うようにして隼人へと向かう。

「ヌゥッ」

―――ゴガンッ!!!

 大薙刀を振り落とし、炎を床ごと叩き潰した。

「温いっ。こんな炎で儂を傷付けようとするのか!? 温すぎるわッ」

 ダンッと床を踏み抜くほどの踏み込みを見せ、一瞬で一哉に迫る隼人。

「ラァッ」
「―――ッ」

 大上段からの打撃と膨大な"気"を纏う斬撃が激突。
 生じた火花はお互いの顔を映し出し、その中で隼人は驚きに目を見開く。――― 一哉が多少苦痛の表情を浮かべつつも嗤っていたことで。

「―――燃えろォッ」
「―――っ、しま―――」

―――ドォォォォォッッッ!!!!!!!!!!

 隼人中心に燃え盛る劫火。
 術式――"火幹流"に呑み込まれた隼人は身動きひとつしない。

(―――よしっ。序盤でダメージを与えれば後は情報を―――)

「―――があああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」

―――ドゴンッッッッ!!!!!!!!!!!!!!

「な―――」

 一哉らしからぬ驚きの声。それは隼人が―――

(―――おいおい。精霊術師でもないのに・・・・精霊に干渉するなよっ)

―――思い切り大薙刀を床に叩きつけ、術式の要――<火>たちの整列を乱したのだ。

 乱れた<火>たちはまるで隼人を畏れるように離れていった。―――つまりは隼人は火中から脱し、一哉のすぐ近くにいるということ。

「―――っ」

(マズイ。待避―――っ!?)

 大薙刀がフルスイングされ、一哉は<颯武>で受けつつもボールのように打ち飛ばされた。そして、道場の壁に足から着地する。
 重力に従い、落下する時にはしっかりと体勢を整え、床に足をつけた。

「〜〜〜っ。利いたぁ」

 腕がジンジン痺れて感覚がない。
 とんでもない馬鹿力だ。
 一哉はわずかな戦慄と共に術式を喰らった場所から動かない隼人を見遣った。

「―――騙し討ちとはやってくれたな」

 静かな声と共に発される怒気が大気を震撼させる。
 先程まであった試す感がなくなり、本気になった気配だけあった。

「なかなか機転も回るようだな。久しぶりに愉しませて貰おうかッ!」

 ドンッと隼人の気配が膨れ上がる。それは肉体まで及び、『人間』から『鬼族』へと転じていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇ」
「儂は隼人。四鬼より高見にいる最も『鬼』らしい鬼族よッッ!!!!!」

 完全に変化を遂げた隼人は咆哮する。
 今まで隼人は鬼族の姿にならずに戦っていた。
 それなのに直系術者の攻撃術式を受け、さらにそれを弾き返す。

(規格外すぎだろ、こいつ!?)

 鬼族は鬼にならければただの人間と変わらないはず。
 それなのに彼はその人間のままで炎術師の攻撃を凌ぐ――というか、他の鬼族を上回っていた――という離れ業をやってのけた。

「ふぅ。この姿になるのは久しぶりか」

 口の中でゾロリと生え揃う牙。
 まるで鹿角兜のように長く伸びた二本の角。
 引き裂かれた布から覗く赤黒い肌と筋肉。
 何より先程より増した威圧感が一哉を射抜いていた。

「さて、始めようか、小僧」

 大薙刀がただの薙刀に見える姿は異様な迫力を持っており、一哉はわずかに後退る。

(あ〜・・・・ヤバイかも・・・・)

 それから、轟音と閃光、干戈の音がひっきりなしに暗闇の道場を包み込んでいった。






鹿頭朝霞 side

「―――いったぁ・・・・」

 朝霞はむくりと体を起こした。
 近くで鈴音も頭を押さえつつ膝立ちになっている。

「何、ですの、今のは?」
「私に訊かないでよ」

 <嫩草>を握り直し、敵を見遣った。
 先程の"砲撃"は校舎を突き破り、中庭の地面をえぐり、向こうの校舎を半壊させて止まったようだ。
 その中庭で戦闘を行おうとした両軍はその余波だけで数メートルの滑空を体験した。

「・・・・砂塵で見えないわね」
「・・・・ええ」

 如何なる攻撃が飛んでくるか分からないため、伏せたままで砂塵が晴れるのを待つ。

(えっと、とりあえず、私たちは無事だから、被害はないわね。・・・・鬼族はどうかしら?)

 敵の突撃を炎弾で迎撃していた時、両者の間にまるで線引きをするように閃光が駆け抜けたのだ。
 それは一瞬だったが、その一瞬で辺りを変わり果てた廃墟へと変貌させる。
 もし、その射線上にいたならば間違いなく即死だっただろう。
 全く、運が良かったとしか言いようがない。

「・・・・でたらめな攻撃力ですの」

 2人は焼けこげた地面が見え始め、そこに"体の一部を欠損させた鬼族の死体"を見つけた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 つまりは閃光はその接触した部分だけを綺麗に"削ぎ取って"行ったということ。
 誰の仕業かは分かっていた。

「えげつないわね」
「同意しますの」

 退魔界に威名を轟かすコンビ――"風神雷神"
 その戦闘力は噂以上だった。

「とにもかくにも敵は減りましたの。今のうちに畳み掛けますの」
「でも、あの攻撃じゃ、敵軍が壊滅してたとしても・・・・他が集まってくる、けど?」
「あら? 怖いですの? 敵など薙ぎ払い、打ち据えればいいのですのよ?」

 鈴音は鉄扇を手に立ち上がる。
 その姿はボロボロで肌に乾いた血がへばりついているが、気品に満ちていた。

「私は次期熾条宗主。逃げも隠れも致しませんの」

「―――いい覚悟じゃないか、炎術師の姫君」

 ザアッと風が吹き、砂塵が完全に払われる。
 そこにはいつの間にか集結していた鬼族たち約40人。
 砲撃のショックから立ち直り、こちら向けて進む気配があった。

「そして、勝利を拾うため、手段は選びませんわ」

 砲撃前の二倍の大軍に怯むことなく、未だ座り込んだままの朝霞へと鈴音の視線は向けられる。

「熾条鈴音の名を以て、鹿頭家に通達します。我が熾条宗家は【鹿】――鹿頭家の独立を認め、対等な者として扱うことを約束します」

「え・・・・?」

 鈴音の輪郭が紅く輝き出した。
 昂ぶる闘志が"気"に影響し、顕現させているのだ。

 【熾条】と鹿頭の関係。
 それは独立を巡っての冷戦である。
 独立を認めると言うことは【熾条】が負けを認めるということ。

「いい、の?」

 それを選択した者は一生、いや、熾条宗家が続く限り、一族の汚点として語り継がれるに違いない。

「もちろんですの。そして、これは命令ではなく、請願しますの」

 吹っ切れたような笑みを浮かべ、鈴音は言った。

「―――共に戦ってくれませんこと?」

 すっと差し出される手。
 血風吹き荒れる乱戦に身を投じているというのに少女らしい嫋(タオ)やかな手。
 同時に確かな【力】を感じさせる手。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・口調が命令っぽいのだけど?」

 ガシッと力強くその手を握り締め、立ち上がる朝霞。

「これは生来のものですの」

 きゅっと一度握り締め、ツンッと顔を背けながら手を離す鈴音。

「・・・・そういうことにしておこうかしら」

 <嫩草>を構え、鬼族の大軍に向き直る。

「私が受け止めるから炎術で倒してくれるかしら。あなたの兄上様はやったんでしょ?」
「・・・ええ。もちろん。お兄様にでき、私にできない道理はありませんの。再び舞わせて見せますの、あの火の鳥を」

 ここまで来て、まだ余裕を見せたいのか、ゆっくりと隊列を整えていく鬼族。
 山奥で暮らしているためか、戦術が古い。

「これを差し上げますの」

 鈴音は懐から黒い革製のグローブを一組渡してくる。

「これは?」

 受け取ってから訊いた。
 詳しく見てみると指の部分までは革はなく、どうやら掌を防護するための物のようだ。

「鹿頭家の物ですの。江戸初期に脱退する時の、忘れ物ですのよ。ここに残ることが決まってから本家から取り寄せましたの」
「え・・・・」

 革は鹿のものらしく、しっかりとしたものだ。
 それよりも<火>を高める習性がある。

「それをはめ、<嫩草>を振るうのが真の鹿頭当主の姿。己のスタイルに戻りなさいの」
「ほんっと人使い荒いわね」

 きゅっとグローブをはめ、朝霞は<嫩草>を握った。

「うわっ」

 体の内から湧き上がる【力】の奔流。

(いける・・・・かな?)

 抗戦くらいは。
 勝率はないに等しい。しかし、そんな"些細な"事は気にならないほどの高揚感が2人にはあった。
 その意志に<火>は同調する。
 急速に集まる精霊たちは顕現し、紅蓮の灯となって戦場を照らし出した。

「鹿頭当主。もう終わりだ。他の者たちはあらかた戦闘不能にした」
「へぇ? 誰も殺せなかったのね。それでそんな大口を叩いていいのかしら? それに―――」

 朝霞は鬼族の物言いからそれを察する。

「そっちも随分減ったんじゃないかしら?」
「・・・・殲滅戦というのは勝者も相応の損害が出るもの。必要なことだ」

 言外に誰も討ち取っていないことを肯定され、朝霞は安堵した。しかし、鬼族の数からしてこちらも討てていないのだろう。

(直系ってのは恐ろしいわ)

 ふっと背後に意識を向ける。
 鈴音は目を閉じ、意識を集中させていた。

「もしかして、それが全軍? 必要以上の損害が出たんじゃない? たかが残党相手に。もしかして正面からじゃあ、弱いのかしら?」

 今、朝霞がしているのは時間稼ぎだ。
 この音川に来てから、だいぶ戦いという物が見えてきたような気がする。
 意地や誇りも大切だが、それは全て持っていられるものではないと知った。
 切り捨て削減し、目的達成のために尽力する。そして、最後まで残ったものが自分にとって、譲れないものなのだ。
 本当に捨てられないものを見つけ、朝霞の視野は飛躍的に広がった。
 それは一哉が見た才能であり、求めた技能である。

「なに、お前の首を取ればいいのさ。それで死んでいった者や戦線離脱した者も浮かばれる。―――行くぞっ、者共っ。敵討ちの総締めだっ!」

『『『―――オオウッ!!!!』』』

 数十人の咆哮が夜空に響き、隊列を組んで進み始める。
 明らかに警戒した動きに朝霞は感動した。

(あの時、あの村では嘲笑われていたのに・・・・)

 あの炎や破壊された家を思い出し、朝霞は復讐の念を復活させる。そして、増した【力】を収束させた。

「いっけぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!!!」

 ドドドッと振るった<嫩草>から炎弾が飛び、中庭に着弾する。
 爆煙が戦場に生じ、その中向けて"幾条もの"熱線が鬼族に集中した。

「ふぇ!?」

 その有り得ない攻撃に驚愕を表す声を上げる。

「―――遅くなりました、お嬢様」

 横合いから芝居がかった声。

「遅いですの、時衡」
「申し訳ありません。合流に少々手間取りまして」

 時衡の背後には数名の人が続いていた。
 おそらくは熾条宗家の人間だ。

「お嬢の命に従い、罷り超しました」

 時衡以下7人。
 宗家の決定を破って駆けつけてくれた鈴音に対しての忠臣だ。

「―――こちらも、遅くなりました、姫」

 【熾条】と反対側からも声がする。

「香西・・・・」
「姫、これが今の鹿頭の戦力です」

 その数3名。

「他は全て【結城】に保護してもらってます。厳命通り、誰も死んでおりませんっ」

 香西以下3人は胸を張って報告した。

「―――どうやら、本当に総力戦のようですの」
「そうね。でも、まずは彼らに言わなければいけないことがあるわね」
「ええ」

 鬼族は囲まれる形となり、やや後退して増えた敵に構えている。
 時間はまだあった。

「申し訳ありませんが、私はこの鹿頭当主と独断で―――」
「当主の権限で命令します。この度、熾条宗家とは―――」

 2人は部下たちの方を向き、しっかりとした口調で、これが酔狂ではない意志を込めて語り出す。

「「―――講和します(の)」」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 沈黙。
 それは鬼族までもだった。
 明確な反応が返る前に、2人は打ち合わせ無しで語りを進める。
 かつて一哉が2人の息が合っていると評した通り、滞りなく2人は話していた。

「これより、【熾条】は鹿頭に不可侵を約束し―――」
「鹿頭は【熾条】との対等な"同盟"を結ぶと―――」

 2人は一度、視線を交わす。

「「―――ここに宣言します(の)」」

 沈黙が辺りに落ち、やがてそれは弾け飛んだ。

「「「「「「「――――――――――――――――――――――――――――――――」」」」」」」

―――鬼族への"熾条鹿頭連携攻撃"という轟音を以てして。






時任蔡 side

「―――はい、これっ。請求はここにっ」
「まいどっ」

 時任蔡は叩きつけるようにしてタクシーの扉を閉めた。

「始まってるか・・・・」

 蔡は校門から見える校舎を眺める。
 一見、後夜祭の真っ最中だが、強力な結界に校舎群が包まれているのが分かった。
 大地に満ちる<気>を使っているらしく、同じく<気>を使う修行を治めた蔡には感じ取れる。
 弟子である一哉は途中で投げ出したために――というか扱うものの種類が違うため――習得していない技能だ。

「こうしてはいられん。まだ、あいつがあのことを知るには早すぎるっ」

 駆け出し、強い意志を以て人払いを突破して結界内に入った。
 途端に変わる空気の質。
 久しぶりの戦場特有の雰囲気だ。

(どこにいるんだい、あいつは?)

 ぐるっと見回しても当然だがいない。

「あいつが好みそうな場所・・・・とすると―――っ!?」

 閃光と轟音。
 弾ける闘気に爆音が轟き始めた。

「・・・・とりあえず、あそこじゃないな」

 さらっとその激戦区から離れる進路に変えた蔡は呟く。
 そんな蔡の視界に木々の隙間から見え隠れする道場の瓦葺きの屋根が映った。

「あそこ、か」

 空気をやっと震わすくらいの声音で呟く。
 蔡の長年の勘が、一哉があそこにいると告げていた。










第七章第六話へ 蒼炎目次へ 第七章第八話へ
Homeへ