第七章「鬼と踊る後夜祭」/ 6



 後夜祭が始まる数時間前。

「―――ぅ・・・・」

 蔡が目覚めた時、辺りは闇だった。
 夜だと言うだけではなく、ただ単にこの部屋に光源がないのだ。しかし、それでもずっと目を瞑っていた蔡には朧気ながらも辺りを見回すことができた。

「―――フフフ、目が覚めましたか・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・女性を緊縛して・・・・お前はそういう趣味でもあるのかい?」

 蔡は闇の中、ひとり立っている者を見て言う。
 因みに彼の背後には黒い装備をした者たちが整列していた。
 まるで特殊装甲に身を包んだ特殊部隊だ。

「さすが中華人民共和国諜報機関訓練士――時任蔡さんですね。全く慌てもしない」
「・・・・・・・・・・・・どうも」

 いつの間にか身元まで知られているらしい。

「さてさて、僕としても聞いてほしくないことを聞かれたので捕まえてみたのですけれども・・・・フフ、どうしましょうか」
「・・・・用がないなら帰らせてくれないかい? 普段偉い顔をしている訓練士が捕まった、なんて生徒に知られればメンツが丸潰れだ」
「フフフ」

 すっと彼は動き出す。その方向に蔡はいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 蔡は自身の状況を再確認する。
 手首を後ろで縛られ、足も立ち上がれないようにされている。おまけに音もなく、彼の背後にいた部隊が展開していた。

「フフフ、生徒とは・・・・熾条一哉のことですか?」
「そうだなぁ。奴に知られればこれ幸いに私を皮肉るだろうな」

 脂汗をかきながらも余裕の態度を崩さない蔡。
 闇で紅く光って見えるような眸は不気味以外ではない。

「さてさて・・・・局長には何も言われていませんし。・・・・我々としては今、旧組織に喧嘩を売るわけにもいかないんですよね、フフ」

(何だ、こいつ・・・・)

 どうしてそう、情報をばらまくのだろうか。

「フフフ、ですから、フフ、何処へなりとも行きなさい」
「はい?」

 スルッと縄が解かれ、全ての柵から解放された。そして、そのまま彼は踵を返してしまう。
 蔡は訳が分からず呆然とした。

「フフフ、あなたは利用価値がない。ただそれだけですよ。無価値の者を拘束しておくほど・・・・僕も暇ではありませんので」

 そう言い残し、彼は蔡から離れていく。
 ものすごい言われようだが、脱出できるなら良しとする。

「邪魔したね」

 立ち上がり、武装した者が開いた道を進み、扉へと歩き出した。

「ああ、そうそう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 背後からした彼の声で蔡は脚を止める。そして、警戒心丸出しで振り返る。

「情報統合局から聞いたんですが、いえ詳細は知りませんが」
「早く言いな」

 一刻もこの場から立ち去りたかった蔡は先を促した。

「では―――中国で、"彼"に何があったんですか?」
「―――っ!? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 くるっと踵を返し、蔡は答えずに歩き出す。
 再び、その背に声がかかることはなかった。


「―――フフフ」

 スカーフェイスは口の端から漏れ出す笑声を気にすることなく、闇の中で立ち続ける。

「くくく、訓練士と言えども、所詮は『戦闘』、ですか・・・・」

 闇の中、彼は彼女の起こす行動とその結果を予想した。

「フフフ、まあ、精々、頑張ってください。フフフフフフッッ」

 彼は邪悪な笑みを浮かべ、辺りの者は怖いほど無言でその場に控えている。

「さあ、行きますよ。フフフ、今度はあなたたちの出番ですからね」

 しばらく嗤い声を響かせていた彼は部隊を促し、部屋から出て行った。―――その手に赤と白のカプセルを遊ばせて。






熾条一哉 side

「―――はぁっ」
「ぐふっ」

 木の上から落下速度を利用した斬撃。
 その前にいくら硬い肌を持つ鬼族とはいえ、耐え切れずに侵入を許した。

「キサマ―――っ!?」

 肩口を深く切り裂かれた鬼族は奇襲を仕掛けた主を視界に収め、驚きに目を剥く。

「―――ガッ」

 大量の血が地面を赤く汚した。
 奇襲した者は着地と同時に跳ね上がる様にし、手に持つ刀で鬼族の喉を掻き斬っていたのだ。

「ふっ」

 間髪入れず、その者から緋色の炎が溢れ出し、骸と化した鬼族を包み込む。そして、臭いの原因となる血を焼き尽くし、肉を焼く臭いをも『焼き尽くし』て証拠隠滅を完了させた。

「ふぅ・・・・」

 その者―― 一哉は深くため息をつく。
 今までの奇襲で見張りの5人の内、3人を討った。
 後2人だが、そろそろ異変に気が付くだろう。

(時間が長引けば鹿頭も追い詰められていく。1時間、それが地の利というこちらが持つアドバンテージの限界だ)

 幸い緒戦で受けた傷はほとんど塞がり、無理をしても開くことはないだろう。

「一気に攻めるか・・・・」

 だが、それでは見張りの者に囲まれてしまう。そして、首領だけでも大変なのにまだ数人の鬼族がいる。―――首領身辺警護を任されるほどの猛者たちが。

「―――ん? 折り鶴?」

 ふわふわとこちら目指して飛んでくる紙でできた鶴。
 それは一哉の前まで来ると、さっと解けた。

「っと。手紙か」

 つかみ取った瞬間に中に何か書かれているのを見る。

「なになに・・・・『任せる』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この短文は・・・・委員長か」

 確か開戦後、すぐに生徒会棟に行くと言っていたが、ここに来ているということは向こうは安心なのだろう。
 ふっと視線を巡らせると同じように木の上に立っている姿を発見した。
 敵本陣――道場を挟んでちょうど反対側だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 しばし見つめ合い、杪はふっと木から飛び降りる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 数分後、よじよじと木を上ってきた杪は奇妙な紙の鎧を装備し、そのところどころを返り血で染めていた。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 無言で訴えてくる杪。
 一哉は知らなかったが、杪は生徒会棟で"暴嵐"に巻き込まれ、思うように戦えなかった。
 その失態を帳消しにしようと躍起になっているのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉は無言で頷く。
 正直、味方が来て助かった。

『・・・・・・・・(グッ)』

 杪は親指を上げて応え、次なる戦場へと移動し、速やかに攻撃を開始する。

『―――グァッ。くそぉ。敵襲だ、敵襲ッ!!!!!!!』

(―――失敗かよ!? ・・・・いや、待て)

 敵の悲鳴は苦痛からだった。ならば―――

(おいおい、張り切りすぎだっての)

「こっちだっ。行くぞっ」

 道場から2人の人間が出て行く。
 彼らはまっすぐに杪の方向に走り去っていった。

「囮、か・・・・む?」

「―――待て。私も行くっ」

 たったひとり。
 辺りを警戒もせずに走る『女』がいる。

(・・・・今まで男ばかりだったが・・・・やはり女もいるのか)

 だとしてもかける情けなど持ち合わせてはいない。

(のこのことひとりで移動とは、自覚が足りん)

 バッと一哉は枝から飛び降りた。

「―――っ!?」

 鬼女は振り向きざまに背後に着地した一哉に驚くことなく攻撃の腕を突き出す。

(ふむ。さすがは鬼族)

 屈むようにして躱わし、その脚を払った。

「あっ!?」

 ストンと尻餅をついた鬼女の首はちょうどいい位置に来る。

「せいっ」

 気合一閃にてその首を刎ね、何の感慨もなく道場方面を見遣った。

(だいぶ、体も出来上がってきたようだ・・・・)

 正面から戦わない、不正規戦こそ一哉の真髄。
 己のテリトリーならば今のように反撃を許さない。

(だが・・・・それも下っ端レベルまでだな・・・・)

 これから行くところは小細工も鼻で笑って打ち砕く猛者がいる。

「さて・・・・初めはこちらのペースで行かせて貰おうか」

 一哉は音もなく、その場から立ち去った。―――今度は死体を放置したまま。






対陰形鬼戦 scene

「―――そこっ」

 気合と共に放たれた氷弾が"何もないところ"を通過し、校舎の壁に激突した。

「―――どこを「―――狙って「―――いるの「―――です「―――?」
「あぅっ」

 何処からか飛んできた投擲剣が瀞の二の腕をかすめる。

<―――ガァッ>

「―――うおっと!?」

 一瞬だけ現界した陰形鬼の背後から"蒼徽狼麗"が襲いかかり、その着物の袖を噛み千切った。

「―――危ない「―――危ない。「出現する「―――ところは敵真っ「―――直中、「―――ということですね」
「はぁ・・・・はぁ・・・・キツ・・・・」

 瀞は肩で息をしている。
 制服はところどころ切り裂かれ、血に染まっていた。
 ひとつひとつは軽傷だが、確実に後に響く。

(っていうか、お風呂が地獄になりそ・・・・)

 砂と汗、血で汚れた髪と体を洗い流すのは至極の瞬間だろうが、後に来る激痛を思うと二の足を踏みそうだ。
 違うことを考えたためか、今まで狼たちに守られ、接近を許さなかった鉄壁の防衛陣が壊れた。

「―――はぁっ」
「くっ」

―――ガギンッ

 虚空から現れた陰形鬼の剣と瀞の<霊輝>が打ち合い、鍔迫り合いとなる。
 狼たちも襲いかかりたくとも瀞がいるので躊躇っているようだ。

「どうしました? 腕の震えが伝わってきますよ?」
「・・・・くっ・・・・っぁ・・・・」

 鬼の力に瀞はどんどん追いやられていた。さらに身長差もあるので後ろではなく、下にぐいぐいと沈められていく。

(怖い、怖いよっ)

「異常な発汗。体の震え。溢れそうな涙。・・・・・・・・怖いですか?」
「―――っ!?」

 ビクリと肯定するように震えた。

「そうですかそうですか。では取引しません、かっ?」
「きゃっ―――」

 剣を振り抜き、地面に叩きつける。
 尻餅をついた形となった瀞は仰け反る体を支えるよう、無意識に後ろ手をつき、完全に動きが封じられた。

「私は"風神雷神"さえ討てればいいのです。その他の殺生は好まないんですよ。どうです? ここは退き、"風神雷神"の居場所を教えてはくれないでしょうか? そうすれば大変助かるんです」

 瀞の喉に剣を突きつけ、圧倒的有利だというのに陰形鬼の腰は低い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 頼みの狼たちは主を人質に取られ、動けなかった。
 ただ、瀞が校舎の壁に背を付けているため、陰形鬼を半円状に包囲するだけ。

「どうしたのです? この程度の私に追い込まれているあなたには選択権はないはずですよ? いくら恐怖で声が出ないにしても・・・・すでに答えが出ているならば行動で示せるはずよ、はい」

 陰形鬼は目の前で刃をちらつかせる。

(・・・・怖い)

 『戦う』ということにはそれほど恐怖は感じなくなった。しかし、やはり、"ひとり"は怖い。
 誰かと戦う、誰かが視界にいる。それならば戦える。

―――ひとりじゃないのだから。

(逃げられるなら逃げたいよ。・・・・でも・・・・)

 これは自分から志願した戦い。なにより―――

(―――ここでみんなを裏切って・・・・後で会う方がもっと怖いっ)

 誰も表だって責めはしないだろう。しかし、二度とこうして戦うことはないだろう。
 前までは自分を心配してくれていたが、今度からはただの足手纏いと。

(仲間はずれになるのは絶対に、絶対に嫌なのッ!)

 瀞は己の中に眠る【力】を呼び起こす。

「――――――――――――――――――――――――――――――」

 体の内から、【力】の波動が迸り、わずかに黒髪を揺らした。
 この行動に出るのはあの守護神騒動の時以来初めてである。
 その【力】を以てして乾坤一擲の勝負に出た。

「―――むっ!?」

 陰形鬼は瀞の変化に気付いたのか、剣を喉に突き刺そうとする。

「はああぁぁっっ」

 内で生まれた【力】によっていつも以上のスピードで術が構成されていた。だが、やはり至近距離にいる陰形鬼にはまだ足りない。
 元よりスピードを重視している陰形鬼の前には不意打ちだったとしても間に合うかは五分五分のところだ。
 喉の皮一枚切り裂かれた時、脳天気な声が校舎裏に響いた。

「―――あかねちゃんさんじょーっ」

―――ズドドドドドドドッッッッッ!!!!!!!!!!!!

 声と共に緋色の閃光が落ちてくる。
 それは陰形鬼や瀞には命中しなかったが、両者の動きを止めるには完璧だった。
 まるで雨のような攻撃は"蒼徽狼麗"の狼たちに命中し、"ただの水"に戻す。

「―――っ!?」

 瀞は緋の意図に気付いた。
 狼たちが『水』に戻った以上、<水>を集める必要がない。
 彼らは最高純度の<水>で構成されているのだから。

「はぁっ」

 今まさに空間の狭間に消えようとしていた陰形鬼にそれを叩きつける。

「ぐはっ」

 背中に水を受けた陰形鬼はゴロリと転がるが、さすがに受け身を取り、転がりざまに投擲剣を投げつけてきた。

「うっ」

 それは見事に瀞の脚を深く切り裂き、血の舞い散らせる。
 ガクリと膝をついた瀞に虚空に消えた陰形鬼が襲いかかるのは明白だった。しかし―――

(それを逆手に取るのが一哉だったんだよっ)

 6月から4ヶ月。
 一哉の日常、非日常にかかわらず貫いていた戦法。

「ふっ―――」

 短い呼気の下、集めるまでもなく集まってきた<水>たちを用意していた【力】で"染め"上げる。

「やっ」

 全面に水の壁を打ち出した。そして、自らその中に身を投じる。

―――バシュッ

「―――なに・・・・?」

 瀞の背後――校舎の壁から現れ、剣で水ごと瀞を斬り捨てようとした陰形鬼は"白い水"に弾かれ、壁に押し付けられた。

「―――今だよっ」

 できうる限りの速さでその地から離れる。
 陰形鬼は四肢の各所が凍り付いたため、感覚が麻痺しているようでその場から動かなかった。

「―――ありがと、瀞」
「悪ぃな、傷だらけにして」

 辺りに"翠色の風"がそよぎ、頭上より"紫色の光"が瞬く。
 次の瞬間、"風神雷神"の本気の一撃が上空から飛来した。



「―――瀞、大丈夫・・・・かしら」

 陰形鬼という強敵を瀞に任せ、校舎裏の遙か上空まで昇った2人は豆粒大になった戦場を見遣った。
 そこでは数匹の狼が駆け回り、瀞も<霊輝>を手に動いている。
 2人とも瀞が戦っているのを見るのは初めてだ。
 前に一哉が危なっかしいと評していたが、今はなかなか様になった戦いをしている。

「それより、準備しろよ」
「解放、自体は簡単よ・・・・」

 問題は解放した力を制御し、さらに術式を編み上げられるかだ。
 今の状態では成功する確率の方が低いだろう。

「ま、な・・・・」
「でも、目一杯仕返し・・・・しないと、腸が煮えくり返りそうだわ」

 そう呟いた綾香から圧倒的な【力】の気配が湧き上がった。
 山神の直系と言うだけでは到底説明できない【力】。

―――バヂッ

「―――うぎゃっ。おいコラッ。ちゃんと制御しろ。高度300メートルから綱無しバンジーしたいのか!?」

 晴也は乱れた体勢を必死に立て直す。

「男・・・・なんだから、これ・・・・ぐらい耐え、なさいよっ」

 【力】の微調整に失敗し、闇に瞬いた"紫"の雷光。
 それは容易に晴也の風を一度打ち砕いたのだ。

「性別・・・・というか・・・・相性のもん、だいだと・・・・思うが、これは・・・・如何に?」

 2人とも息も絶え絶えだ。
 2人が流した血はまるで閉め損なった蛇口の水のようにポタリポタリと落ち、風に煽られ広範囲に散布される。
 綾香は生徒会棟での剣が突き刺さった傷。
 晴也は逃げる時に負った大小様々な擦過傷。
 本来ならば大したことないのだが、今からすることの負荷が強すぎて傷が悪化しているのだ。

「あたし・・・・準備できた、けど?」
「もう少し・・・・待・・・・っ、くれ」

 晴也は額に玉のような汗をかきながら、必死に陰形鬼に気付かれないように空気を弄る。そして、おもむろに抱えていた綾香を宙に放り投げた。

「ちょっ、ちょ―――っ!?」

 高度300メートルという空間に身ひとつで放り出された恐怖に綾香の顔が引き攣る。

「わっ、わわわっ」

 落下を始めた綾香の体温が一気に下がり、構成した術の因子が崩壊しかけた。

「よっと」

 晴也が軽い声を出すと共にふわっと綾香の体が重力に逆らい、晴也の背中に降りる。
 その瞬間、汗腺という汗腺からどっと汗が噴き出した。

「しっかり・・・・掴まれよ。あと、首は、絞めるな」

 釘をさされ、綾香は咄嗟に入れかけていた力を抜く。
 それを確認し、大和弓・<翠靄>を召喚した。

「行くぞ。用意はいいな?」
「さっき言ったじゃない」
「そうだったな」

 晴也が矢を番えるように右手を弓に持って行く。しかし、そこに番えられる矢はない。
 さらに、内に眠る【力】を呼び覚ます。

「―――ふっ」

 ギリッと弓弦を引いた時、そこには麹塵(キクジン)――緑の一種――に輝く箭があった。
 それと同時に2人の周りに静電気が発生しているのか、産毛を撫でるような感覚が広がる。そして、時折、桔梗色の雷光が弾けるように周辺に飛び散っていた。

「後は・・・・」
「タイミングね」

 人目につかぬ上空で一条の緑の光と紫色の電光を発する2人が見下ろす先からの合図を待つ。
 今、緋色の光に助けられた少女はその行動に移った。

「―――今だよっ」

 遙か300メートル下方からの声。

「「―――――――――――――――ッッッッッッッッッッ」」

 それは<風>に乗り、しっかりと"風神雷神"に届く。そして、2人の収束していた闘志が弾けた。

「―――"静凪"ァァァッッッ!!!」

 箭の輝きが一層増し、直視できぬ閃光となって放たれる。
 それは大気を切り裂き、真空の通路を造り出した。

「―――"龍霆轟閃"ィィィッッッ!!!」

―――バリバリバリィィィィィィィィィィィィィィィッッッッッッ

 翠の閃光を押し潰さんと闇を疾駆する桔梗の光。
 それは真空の筒を通って何の消耗もなく、目的地向けて突き進む。
 その今までと比べものにならない力の余波により、通過したところから真空の筒が崩れ出し、抑えられていた空気が流れ込んでいった。

 "風神"――<翠風> 結城晴也
 "雷神"――<紫雷> 山神綾香

 結城・山神両宗家史上二人目の<色>使いによる複合攻撃。
 それは後夜祭開始の合図となった全花火の爆音をも凌駕する轟音を夜空に走らせる。

 『麹塵(翠)』と『桔梗(紫)』

 2条の閃光は300メートルの距離を一瞬で駆け抜け、地上にその力を放散した。



「―――なに・・・・?」

 剣を手に陰形鬼は驚きに身が竦んでいた。

(―――あり得ません・・・・)

 突然現れた少女。
 彼女の参入は動き始めた戦況にヒビを入れる。
 確実に勝っていた勝負が振り出しに戻った時、私は元の戦法に戻った。
 もう、私の現界後、すぐに襲う狼はいない。
 少女単体ならばすぐにどうにかなる"はず"だった。
 すでに意識の過半数は強大な炎術を行使した宙にいる少女に向いていたのだ。しかし、私の攻撃に落ち度などなかった"はず"だ。
 私の剣は抵抗など許さず、敵の水ごと少女を斬って捨てる"はず"だった。

―――そう、全ては"はず"だったのだ。

 私は現界後、すぐに水の中に踏み込み、剣を振り下ろそうとする。だが、意外な抵抗に遭い、一歩足りず届きそうになかった。
 だから、もう一歩、進んだ。―――体全体が入るほどに。

―――バシュッ

 何かが溶けるような音。
 それは陰形鬼の一族が宝にして生命線である宝珠が浄化された音だった。
 陰形鬼は知らなかったが、瀞の異名は"浄化の巫女"。
 彼女も"風神雷神"と同レベルの、"生きる伝説"なのだ。

―――黒い宝珠が跡形もなく消滅してから、陰形鬼は『陰形』鬼ではなくなった。

 だからこその驚愕。そして、停止。

(―――何故?)

 当たり前に生まれる疑問。
 視界では水術師の少女が持てる限りを尽くしてこの場から退避している。
 戦闘でズタズタになった制服から覗く白い肌や下着にも気を配らずの慌てぶりだった。
 陰形鬼はその慌てる原因についてよりも、何故オリジナル陰形鬼の【力】を内包した宝珠が浄化されたのかについて考える。
 故に闇夜を照らす閃光を知覚しているというのに全くの回避行動を執らなかった。

「―――おぶっ!?」

 突然の打撃に陰形鬼の体がくの字に折れる。
 地面に向かって飛来した翠色の箭が地面スレスレで軌道を変え、陰形鬼の直衣を貫いたのだ。
 それは鳩尾に"道標"という強烈な打撃を与える。そして、全てを包み、瓦解させる破壊の波動が紫の閃光となって地上に降り注いだ。

―――ドガアアアアアアアアアァァァッッッ!!!!!!!!!

 轟音は全ての音と言う音を吸収し、一気に解放したように響き渡る。
 そうして全ての生き物の聴覚を一時的に麻痺させた。
 降り注いだ閃光は校舎に特大の穴を穿ち、向こうの中庭をさらに蹂躙する。
 それに誰も刃向かうことはできず、閃光――"龍霆轟閃"の通り道には―――何も、何残らなかった。










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