第七章「鬼と踊る後夜祭」/ 4



「―――えげつないにも程があるな」

 晴也は晴海に任された生徒会棟本丸――生徒会長室にいた。
 もちろん、話し掛けたのは綾香だ。

「ホント。杪も苦戦してるし」
「委員長、接近戦強いけど速さだしなぁ。風に翻弄されながら体重の乗らない突きじゃ鬼族の肌は貫けないだろ」
「"暴嵐"ってあんな強いの?」
「いや・・・・普通は常に向かい風、ってやつで感覚を狂わすもんなんだけど・・・・」
「竜巻よ、アレ」

 綾香が指差す先には強風に煽られ、ゴロゴロと転がったり、フワリと浮かび上がって飛んでいく鬼族十数名がいた。

「晴海さん、恐ろしい・・・・」
「虫も殺せない笑みを浮かべてるからな、普段は。まあ、直接手を下さいないというところでは合ってるけど・・・・。密かに兄貴は姉貴と秘書の後輩を畏れてんだ」
「"鬼神"が?」

 綾香が驚くのも当然だ。
 何故なら彼女は昨年の鴫島事変の彼しか知らないのだから。

「普段の兄貴は俺に輪をかけた愉快犯だぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわ、迷惑な兄弟」
「うるせー」

 晴也はドカッと椅子に腰掛ける。

「加勢しなくてもいいの?」
「無理。俺の風、矢共に姉貴の風に弾かれる。綾香の雷は分裂して無差別に力がばらまかれる」
「・・・・そんなにヤバイのね、あの中」

 綾香も適当なところに腰掛けようとし―――

「―――そうですね。私の仲間が表で苦戦しています」

「「―――っ!?」」

 バッと2人が声の方向を見遣る。
 日常ならともかく、非日常でこんな行動、彼らには初めてだった。

「おま、どっから!?」

 かなり慌てている晴也。
 それも当然、今の彼が不意を衝かれるなどあってはならないことなのだから。

「とりあえず―――」
「「―――っ!?」」

 ふっと消える。
 晴也はガタッと立ち上がり、探索しようとし―――

「私は陰形鬼と言います。一応、鬼族部族長をさせていただいでいます。私、隠れることが得意なんですよ。名前が"陰形"ですから」

 一瞬、視界の端で光が走り、その正体に気付いた時―――

「―――ガハッ」

―――晴也の腹に剣が突き刺さっていた。

「―――はっ、晴也!?」

 綾香は慌てて彼の側までよって容態を診る。
 晴也は口の端から血を流し、ぐったりと背を壁に預けていた。
 幸い、命はあるようだが、かなり危険だと言える。

「こっのぉっ!」

 バヂッと綾香の体から放電が始まった。
 それは体全体に広がり、まるで鎧のように彼女の体を覆い尽くす。
 雷術・"雷鎧"
 金属系の攻撃を電磁波で歪め、逸らさせるというものだ。
 但し、防御性は絶対ではない。
 あくまで「逸らす」のだから、当たることは当たるし、雷術らしく精神力の摩耗が激しい。

「はぁっ」

 目論見通り、投擲剣を逸らした。そして、反撃とばかりに超高電圧の雷撃が陰形鬼を襲った。

「チッ」

 綾香は舌打ちする。
 電撃が烏帽子に直衣なんて時代錯誤な格好をした陰形鬼ではなく、厚い生徒会長室のドアにぶち当たったからだ。
 ドアはあまりの攻撃にドロドロと表面が融解する。

「―――「―――甘いで「―――すよ、「―――雷神」

 虚空から陰形鬼の声がした。

「くっ、どこ!?」

 綾香は消えた陰形鬼を探す。だが、探査力を失い、普段から索敵行動に慣れていない綾香は左右を見回すくらいしかできなかった。

「―――ここです」

 ぬっと背後から気配が沸く。

「―――っ!?」

 バッと振り返るが、そこは誰もいない空白。しかし、視界の端に鬼の姿を捉え、綾香は雷撃を無意識に放っていた。

―――バヂッ

「いませんよ」

 陰形鬼は一瞬で姿を消し、雷は無秩序に部屋内を暴れ回る。

(ダメだっ。このままじゃ晴也が―――)

「はい、前ですよ」
「―――っ!?」

 綾香が、飛び火した雷が晴也の近くで弾けたのを感じ、力を弱めた隙に目の前に陰形鬼が現れた。そして、やけに綺麗な笑顔で手に持つ剣で綾香に斬りかかる。

「さような―――グッ」

 反射神経の賜と言える雷撃が綾香の頭頂部から生まれ、刀にまとわりついた。しかし、勢い自体は殺せず、体に刃が当たる。
 "雷鎧"と電撃、剣が激しく反発し、綾香は後方に大きく飛ばされた。そして、待っていたとばかりに陰形鬼が投擲剣を投げ付ける。

―――ドスッ!

 "雷鎧"は効果を発揮したが、近い距離からだったのと元々体の中心を狙っていたことから完全に逸らすことができなかった。

「―――う、わあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

―――バヂィィィィッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 「綾香」という精霊術出力装置はあまりの痛みに無意識に迎撃の雷を放つ。
 体に金属の杭を打ち込まれた綾香の雷撃は大部分が投擲剣に絡みつき、暴走を始めた。

「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

―――バリバリバリィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 体を中心に内外で雷が暴れ回る。そして、周りの机や椅子を容赦なく跳ね飛ばし、攻撃を仕掛けた本人――陰形鬼でさえその威力に距離を取った。

「この圧倒的パワー。そしてこの閃光。・・・・"雷神"、なるほど。言い得て妙です・・・・」

 畏怖とわずかな畏敬の念で彼は呟く。
 今の綾香は眩い閃光を発しており、雷が空気を裂き、真空に空気が流れ込むことによって轟音が生まれていた。
 その間も綾香は絶叫し続ける。

―――ガシャァァァァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 遂に崩壊が始まった。
 綾香から溢れ出した雷は縦横無尽に辺りを蹂躙し、全てを破壊し尽くす。
 山神の直系という比類なき攻撃力を擁した精霊術の暴走はワンフロアを一瞬で灰燼に帰した。






渡辺瀞 side

「―――もう、杪ちゃんってばどこ行ったんだろ」

 瀞は爆音が様々なところで鳴り響く校舎群に1人取り残され、恐慌に陥りそうになりながら呟いた。
 気休めに散開させていた狼たちを戻し、周囲を索敵・守らせながら連れてきている。だが、いきなりこれからの問題に突き当たって途方に暮れる瀞だった。

「ど〜しよ〜」

 狼たちは情けない声で言う主人を心配そうに見つめる。しかし、すぐにそれは険しい気配に代わり、ある方向に視線を定めた。

「ど、どうしたの・・・・?」

 問う瀞も分かっている。しかし、問わずにはいられなかった。
 鬼族と戦ったのは敵が人間だった時のみ。
 鬼化すれば一哉も必ず傷を負う猛者たち。
 それが群れをなして迫り来る。

「ヒゥッ・・・・」

 喉から勝手に呼気が漏れた。

「いたっ。貴様、鹿頭の者だなっ」

 返事はいらないらしい。
 問答無用で突進してくる鬼族を"蒼徽狼麗"の狼たちが迎撃した。

「うわっ、何だこいつら!?」
「噛みつい―――うわぁっ!?」

 鬼族の進軍が止まる。
 狭い廊下だ。
 3匹とはいえ大型の狼たちが存分に暴れれば道は閉ざされてしまう。
 それが瀞を落ち着かせた。

(大丈夫。一気に全員を相手にする訳じゃない)

 鬼族の数は5人。
 こちらは3匹と1人だ。
 戦えない数じゃない。

「やる、よ。・・・・私は遊撃隊なんだから。一哉も信用して戦場に立たせてくれてるんだから」

 胸に手を当てて深呼吸し、己の気持ちをもう一度見つめた。

「ううん、自分で望んで立ってるんだからっ」

 己の内に眠っている神宝――<霊輝>を取り出す。
 霊輝は青白い光を放ち、廊下を照らし出した。

「おまっ、炎術師じゃないのか!?」
「炎術師じゃないよ」

 瀞は接近戦を仕掛けない。
 剣を持っているが、鬼族相手にするには彼女の剣術は拙いからだ。
 鬼族に精霊術の耐性があるから他の者は接近戦を選んでいた。しかし、耐性を上回る攻撃ならばダメージを与えられる。

「"雪花・場"」

―――ヒュオウッ

 10月の夜とは言え、有り得ないほど冷たい風が廊下を駆け抜けた。

「な、何だ・・・・?」

 瀞を中心に廊下が凍り始める。
 すでに窓ガラスは凍り付いて白くなり、元より点いていなかった蛍光灯も弾け飛んだ。
 風に雪のようなものが混じりだし、窓枠などに積もり出す。
 そうして辺りは完全に極寒の地へと早変わりした。

「氷・・・・だとぉ!?」
「聞いたことないぞ!? お前、本当に精霊術師か!?」

 鬼族たちが狼をあしらいながら色めき立つ。

「氷は水が凝固したもの。つまりは水の範疇」

 完全に凍り付いた廊下に一歩踏み出した。

「【渡辺】の血脈でも氷を操るのは直系女子のみ。"雪花"は私が編み出したオリジナル術式なの」

 "雪花・場"の効果としては風術"暴嵐"と一緒だ。
 氷に滑る敵を全く影響されない瀞が倒すというもの。

「わ、渡辺―――っ!?」
「戻って」

 狼たちがパッと鬼族から離れ、瀞に駆け寄った。

「ごめんね。私怨はないんだけど・・・・一哉の敵だから」

 すっと<霊輝>を大上段に振りかぶる。

「―――っ!?」

 嫌な予感を感じたのか、鬼族が爆発的な瞬発力を見せて迫るが、氷に足を取られて思うように進めなかった。
 狼たちが<水>に戻り、<霊輝>に吸い込まれていく。さらにまるで冷気を吸い込んでいるかのように刀身向けて風が吹き荒れていた。
 鬼族たちは防衛本能に従い、窓から飛び出そうとするが、すでに氷結していてちょっとやそっとじゃ開きそうにない。
 今、放とうとしているのは瀞が持つ術式で最高の攻撃力を誇り、また直線である廊下に最も適したものである。

「"雪花―――」

 ジャリッと上靴が氷を踏み締め―――

「―――・攻"」

「「「「「――――――っっっ!?!?!?」」」」」

―――ドガガガガガガガガッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「・・・・ふぅ」

 視界からは鬼族が消えていた。
 感情がセーブしたので、おそらく全員生きているだろうが、追撃に移ろうとはしない。―――いや、できなかった。

「こ、怖かったぁ〜」

 ヘナヘナ〜、とその場に崩れ落ちてしまったからだ。

「ダメ。腰抜けちゃった」

 今度は狼たちの護衛はない。でも、この地は鬼門だと言うことが分かっただろう。

「・・・・・・・・・・・・う〜、生徒会棟に・・・・行こうかな?」

 結城の本拠地ならば安全で、味方も多いだろう。
 よろよろと見上げた先にある生徒会棟。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 その最上階全ての窓や壁が―――眩い電光で弾け飛ぶ。さらに、信じられない人が落ちてきた。






結城晴也 side

「―――ったく、危ねえな」
「・・・・・・・・?」

 窓の外まで弾き飛ばされた綾香を抱き留めたのはさっきまで綾香と同じように腹に投擲剣をめり込ませていた晴也だった。

「え? はるや? どうし―――ごふっ」

 突き刺さった箇所から激痛が這い上がる。
 ついでに血も食道を逆流し、口から吹き出した。

「いい加減戻ってこい。さっさと片付けるぞ」

 ここまで"風神雷神"が痛めつけられるのは初めてだ。

「あんたも、あたしと同・・・・ような傷、でしょ? 大丈夫、なの?」

 "暴嵐"という突風の中、緩やかに飛行する晴也は重傷者のような危なさはない。しかし、実際には投擲剣を喰らい、血を吐いていたのだ。

「ああ、大丈夫。届いてねえし」
「は?」
「実は誰かさんとの戦闘用に防弾チョッキを着ててな。投擲剣の威力も弱かったから何とか押しとどめたみたいだ」

 確かにスナイパー部が出撃するなど、例にない激戦が予想された文化祭だった。

「でもな、衝撃で跳ね飛んだ時に頭打って昏倒した上に口の端切った。いやぁ、マヌケだ、ねっ」

 晴也が暴風の中、己の風を放つ。
 それは風を裂いて"現れた"投擲剣を弾き飛ばした。

「な!? どうして分かったの!?」

 綾香は"気"で傷口を止血し、思ったより深く刺さっていなかった投擲剣を抜いている。
 毒に警戒したくとも起こってしまったので短期決戦を胸にしているようだ。

「この風を妨げるのは物体だ。わずかに風が乱れたんでね。そこを攻撃したら、偶然防御になったんだよ」
「・・・・そっか。風術じゃなく、炎術や水術の探査方法ね」

 「敵を見つける」のではなく、己の術中にできる「綻びを見つける」というのが、炎術の"炎獄"を筆頭とする探査術だ。

「お前、大丈夫か?」

 晴也より、綾香の方が重傷だ。
 腹部に投擲剣が刺さり、おまけに電撃まで撃ち込んだのだから。
 晴也が支えなければ崩れ落ちてしまうだろうに。

「大丈夫よ。痛いけど・・・・頑張る」

(それは大丈夫と言わないだろうに)

 言い出したら聞かないので、晴也は早く敵を倒すだけを考えることにした。
 会話の間もずっと晴也は攻撃を防ぎ続けている。
 ついでに轟々と唸りを上げる風から綾香を護り続けていた。
 陰形鬼も姿を見せることはない。
 見せれば彼の部下のように風に巻き込まれてしまうからだろう。しかし、それはこちらから反撃もできないということ。
 それはつまり、威名轟かす"風神雷神"が痛めつけられただけという最悪な戦果となる。

(冗談じゃねえぞっ。一哉もいるんだぞ、ここにっ)

 晴也は一哉に敵対心というかライバル心を密かに持っていた。
 自分とやや異なるが武力ではなく、智力で物を見ようとする姿勢などが似通っている。
 そんな彼の前で戦果なしなど己のプライドが許さない。

「綾香、正直どんな攻撃ができる?」

 もう、2人は本当の意味で相棒だ。
 綾香は晴也なしでは動けない。晴也も綾香なしでは状況を打開できない。

「最高の攻撃でなら、黙らせられるんじゃない?」
「俺まで黙るような気がします・・・・」
「アンタも最高の状態になれば? どうせ、世間様にバレてるから・・・・出し惜しみする意味ない、でしょ?」

 綾香は気怠そうに蠢いた。
 やはりケガが辛いのだろう。―――ケガの後、緊張感のない平和な時期を過ごしているからか、眠気もあるようだ。―――つまりは意識が半覚醒状態。

(こいつ、意識混濁すると言うことやること、さらに大胆になるんじゃねえか?)

 夏休みの蛇退治もそうだった。
 毒に侵された体で行った雷術行使は普段より強力な術であり、何も考えないという大荒れ状態だった。
 きっと強すぎる攻撃力が綾香の中で攻撃をセーブ――それでも強いのだが――しており、余裕がないときだけその枷が外れるのだろう。
 緊急時に予備のタンクを用意しているようなもので正直言って卑怯だ。

「待て。解放するのに時間かかるぞ? って・・・・なぁ」
「何?」

 急に声音を改めた晴也を訝しんだのか、腕の中で綾香が顔を見上げてきた。

「渡辺さんって強い?」
「はあ? いきなり何言うのよ。あの娘、【渡辺】の・・・・直系よ? しかも、神宝持ちの上、"あたしたちと同じ"、弱いわけないじゃない」

 呆れたように返される。

「了解。だったら援護を頼むか」

 そう言って晴也は進路を変更し、こちらに向かいつつあった"瀞軍団"を迎えに行った。






陰形鬼 side

(―――逃がしませんよ)

 陰形鬼は空間の裂け目に身を隠しつつ、退魔界の荒神・"風神雷神"を追跡していた。
 空間を跳躍しているので建物などの障害物は関係ない。しかし、攻撃するには現実に立ち戻らなければならないのでそのわずかな時間に突然現れた物体に空気が動き、それを感知した風術師に暗器たちはことごとく弾かれていた。
 腕の中で脱力する雷術師を安全なところまで運ぶつもりなのだろうか。

(仲間とはぐれることになりますが、あの者たちは危険です。何故なら、ただでは転ぶはずがないのですから)

 弱っている内にトドメを刺さなければ、という思いで陰形鬼は執拗な攻撃を仕掛けた。

「しつこいなっ」

 投擲剣の刃と空気が圧縮された気流がぶつかり、無意味に力を撒き散らす。
 第三者から見れば虚空から剣が出て虚空に弾かれるという、まるで剣の1人芝居のように見えるだろう。

「逃がしません。あなたたちは私の管轄なのですから」

 隼人の命令は絶対というわけではない。しかし、与えられたことをこなせないのでは今後、彼の部族に蔑まれる。

 隼人の部族の他、陰形鬼、水鬼などが束ねる部族――四鬼がある。
 事実上、鬼族は5つの部族が存在するのだ。
 その中で四鬼と呼ばれる部族の長――陰形鬼や水鬼のこと――は特別な宝具――宝珠の力を借り、他の鬼族とは異なる姿へと変身する。
 陰形鬼などの名は世襲制で代々長のみに受け継がれる役職名のような者。
 因みに名前の由来は宝珠にその「鬼」たちの力が封じられているからだ。
 陰形鬼、水鬼、風鬼、金鬼の4名は平安時代。
 伊賀と伊勢の国境に割拠し、朝廷に抗っていた藤原千方の部下として朝廷軍と戦った者たちだ。
 その力が封じられた宝珠の力でその鬼たちの特性を受け継いでいた。

「―――校舎の中「―――では確かに「―――私の居場所を「―――特定しやすい「―――ですね」

 "風神雷神"は生徒会棟から一番近い校舎の中に入っていた。
 階段を上ったので今は2階だ。
 廊下は一直線なので攻撃が単調になるが、先程まで風神が探知の拠り所にしていた術式の範囲内ではない。

(投擲剣がダメなら・・・・直接斬るまでです)

 スラリと鞘から剣を抜いた。
 数メートル先で風神は雷神を抱えて走っている。そして、何か感じたのか、近くの教室に飛び込んだ。

(だから、逃がしませんッ)

 不意を衝くため、壁を擦り抜けるように中に入り、同時に投擲剣を放つ。

―――ドガガガッ!!!!!!

 十数本の矢が一面の壁に突き立つが、異空間から2人を眺めていた陰形鬼は無傷。

「ちっ」

 風神が舌打ちした。
 どうやら、丁寧にドアから入ってくると思っていたらしく、矢のほとんどはドアに集中している。だからか、投擲剣は風神の脚をかすり、彼の体勢を崩させた。

(チャンスですっ)

 投擲剣でトドメをさせるとは思えない。
 多少危険だが、剣で倒すしかない。

「―――覚悟ッ」

 陰形鬼は彼らのすぐ前に出た。
 事前に机の配置も考慮していたために現界した瞬間、机と融合するというヘマはしない。
 彼らからすれば突然、大上段に剣を振りかぶった陰形鬼が現れたように見えただろう。
 驚愕の面持ちを顔面に張り付かせたまま、討たれるのを待―――

「「今ッ!」」
「―――うんっ」
「―――っ!?」

 陰形鬼の聴力は背後から迫る膨大な質量を感知した。
 それはもう、回避不可能な距離まで近寄っており―――

「―――とりあえず、地に落ちろや」

 "ふわり"と浮かび、2人は投擲剣が破壊していた窓ガラスから飛び出る。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 その後を追うように、陰形鬼は背後から迫り来た膨大な質量――『津波』に教室の中全ての物と共に洗い流された。
 浮遊感を味わう自らが流される波の上、まるでサーファーのように波に乗って降りてくる少女がいた。

「―――少し、私と遊んでくださいね」

 月下の下、澄んだ声が陰形鬼にかかる。しかし、その可憐な少女から、信じられないほど猛々しい狼たちが生まれ出てきた。










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