第七章「鬼と踊る後夜祭」/ 3



「―――あの化け物・・・・」

 鈴音は屋上で握り拳を作り、歯を食いしばっていた。

「お嬢様・・・・」

 時衡が心配そうに声をかける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫、負けはしないですの」

 "燬熾灼凰"は未だ鈴音も使えない。
 それを炎術再覚醒後、わずか数ヶ月の者が使ってしまった。
 これではますます年寄りどもは一哉宗主擁立を唱えるだろう。

「・・・・・・・・・・・・行きますのよ、先程から下の階が騒がしいですの」

 一哉の戦闘開始と同じくして最下階で鹿頭と鬼族が衝突していた。しかし、今聞こえる音はその戦闘からではない。
 初めの戦闘はどうやら両者退却で引き分けだったようだが、今はこの下の階から戦闘音がしていた。
 下の階には鹿頭朝霞が2人の護衛を連れ、各戦場の状況を随時報告されるために置いた簡易本陣がある。
 そこが早くも襲撃されたのだろう。

「お嬢様」
「何?」

 鈴音は扉の方に向き、時衡には背を向けたままだ。

「俺はお嬢様の味方です。年寄りたちがかつての決定事項を反故するという―――」
「黙りなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 鈴音は背を向けたまま殺気を剥き出しにして側近を制した。

「それ以上言うと、私は熾条宗家直系術者という肩書きの下、あなたを誅さなければいけませんの。・・・・そんなこと、私がしたくないのを分かっているのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・はい。申し訳ありません」

 時衡は謝礼して鈴音を追い越してそのドアノブに手をかける。

「時衡?」
「俺はお嬢様の護衛ですから、そう先々行かれれば面子が潰れます」
「ふふ。じゃあ、しっかり守ってもらいますの」

 味方だという態度を示して刀――<梅月>を取り出した時衡にふわりと笑みを見せた鈴音は表情を改めた。
 それは月光の中、冷たく透き通るような表情になる。
 そういう変化が一哉との血の繋がりを感じさせた。

「では、行きますの。―――我が武勇を示しに」
「御意。必ずやお守りして見せましょう」

 そう言い、援兵2人は階段を下る。
 自らの威信を賭けた戦いに向かうために。






鹿頭朝霞 side

「―――始まったわね・・・・」

 朝霞は護衛2人と部屋の中にいた。
 今この校舎の1階で鹿頭戦力2人と鬼族5人が激突している。
 いろいろな細工がされているこの校舎の中では有利に展開しているらしく、敵の1人が引き離され、こちらに向かっているようだ。

「出るわ」
「「はっ」」

 朝霞は立てかけてあった矛――<嫩草>を手にし、一振りして具合を確かめる。

「たぶん、もうすぐ来るわ。―――ほら」
「―――お、お前は!?」

 角を曲がってきた鬼族は朝霞の姿を見て、その指を朝霞に向けて絶句した。

「私が鹿頭家当主、鹿頭朝霞よ。驚いてないでさっさとかかってきたら? それとも怖じ気づいたのかしら?」

 ニヤリといやらしく笑う朝霞。

「あなたの他にもまだいるんだから。あまり手間をかけさせないくれるかしら」
「な――― 貴様ァッ!!!!!!!」

 激昂し、俊敏さを見せ、一気に距離を詰めてくる。

(来たっ)

 余裕な顔して内心、汗まみれだった。
 一対一で勝つ自信はある。しかし、それは経験から得たものではない。

(長物相手に素手の者が取る手段は2つ。遠距離攻撃か、一撃目を躱わして懐に潜り込むか)

 廊下に投擲物などない。ならば必然的に敵の選択は後者。

(その足、止めてやるわっ)

―――ドドドッ!!!!!

「うわっ」

 一直線の廊下を炎弾が駆け抜けた。
 爆風は容易に鬼族の突進力を相殺し、その足を止める。

「セアッ」

 攻撃と同時にダッシュしていた朝霞は逆に距離を詰め、刺突を繰り出した。

「はっ」

 体を開くようにして躱される。しかし、すぐに引き、次の刺突を繰り出した。

「のっ」

 今度も躱わされる。
 なかなかフットワークのいい鬼族だ。

「もっ、いいっ、加減っ、当た、って、くれ、ない、かしらぁっ!」

 何度繰り出そうとも躱される。
 向こうも必死なようだが、だんだんと慣れてきたようだ。

(くっ、マズイッ)

「何だ何だ、まだまだ下手じゃねえかっ」
「きゃあっ!?」

 ぐいっと柄を握られ、そして、引かれる。
 バランスを崩した朝霞はゴロゴロと廊下に転がった。

「そりゃ」

 振り下ろされた拳を必死に躱す。
 先程まで顔のあった位置に拳大の穴が空いた。

「リノリウムの廊下が!?」

 転がった反動でどうにか立ち上がった朝霞はその威力に息を呑む。

「ふふふ。次はお前だ。その顔に風穴空けてくれる」
「・・・・ふん」

 一瞬だけ護衛に視線を走らせた。
 その視線を受け、今にも鬼族に飛びかかろうとしていた2人は動きを止める。
 彼らは心配そうに佇んだ。

「私もね。鬼族撃破数2人じゃ死ねないの」
「ぬかせっ」

 掴みかかるように迫ってくる鬼族の手を躱す。
 すでに長物の内に入られているため、矛が上手く扱えなかった。

「懐に入れば矛など無用の長物だっ」
「そうとは・・・・っ、限らないわよッ!」

―――ドンッ!!!!!!

「ぐはっ」

 朝霞から生じた炎が鬼族の腹に命中する。そして、その間に距離を取った朝霞は渾身の刺突を繰り出した。

―――ドスッ

 相手が後ろに下がっていたために大した傷にはならなかったが、精神的ダメージを与えたようだ。

「くっっっそぉぉぉ!!!!!!!」

 大振りの一撃が鼻先ギリギリを通り、廊下の壁を破壊する。

(傷口に塩塗り込むみたいであんまり気分のいいもんじゃないけど―――)

「背に腹は替えられないってねッ」
「ギャアッ!?」

 至近距離から傷口に炎を叩き込んだ。
 いくら耐火能力があるとはいえ、辛い一撃に違いない。
 案の定、鬼族は傷口を押さえ、やや前屈みになった。そして、口からは苦しそうな呼気が漏れている。

(今っ)

 サッと廊下に足を滑らせ、刺突に最適な体勢を整え直した。
 目指すは一点。
 そのための拘束手段として全身から炎が迸り、辺りを紅蓮に変えていく。
 それと同時に<嫩草>をも炎が包み出した。

「ムッ?」

 矛はまるで真夏日のアスファルト上に現れる陽炎のように揺らめいて見えるのだろう。
 全ては炎によって暖められた空気が光の屈折度を変化させていたから。

「くっ、貴様まやかしの術など―――」
「<火>はね、光と熱を司るの。冥土の土産に教えてあげるわ、これが弱小炎術師の戦い方なのよッ!」

 揺らめいていた穂先が銀光となって疾る。
 どこから来るのか分かっていなかった鬼族に回避する術はない。

―――ドシュッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 柄を伝った鮮血が中等部の制服を濡らす。

「・・・・鹿頭家当主、敵先鋒討ち取ったり」

 そう呟き、喉を貫通していた矛を引き抜いた。
 ドサッと崩れ落ちる鬼族の亡骸。

「姫、無事で?」

 バタバタと駆け寄ってくる護衛たち。
 闇の中でも顔面蒼白なのが分かる。

「大丈夫よ。心配しないで」

 視線を護衛に向けながら一振りで穂先に付いた血を払った。

(まだ1人・・・・。もっともっと敵はいる・・・・)

 怪我はない。しかし、内容はあまり褒められたものではない。

(たった1人に手こずってちゃいけない)

「―――ふ〜ん、そいつ倒しちゃったんだ」

「「「―――っ!?」」」

 あっという間に戦勝気分を吹き飛ばしてくれたのは朝霞より身長――朝霞は167センチある――は小さく、少し年下のようだ。
 ただ普通の少年と違うのは竹筒という古風な水筒を持っているくらいだろうか。

「誰? ここにいられるってことはただ者じゃないだろうけど・・・・、危険だから子供は早くここから出てってくれるかしら」

 自分たちには決戦場であるこの地を何も知らない子供が彷徨いている事実と少年の気配に気付かなかった自分が少し恥ずかしいのか、朝霞の声音はキツかった。

「・・・・何? 僕のことを子供って言った?」
「敏感に反応するのが子供の証拠じゃないかしら。ほら、さっさと出て行って。こっちは忙しいんだから」

 自身が戦闘していたために各方面に散っている鹿頭の面々の安否を気遣っている。
 生き残れと命じたのだから、自分がそのために最大限の努力をしなければならないからだ。

「子供子供って同年代だろうがッ!」
「はい? だから今あなたに構ってる暇―――って!?」

 うっとうしそうに振り返った朝霞は少年を見て固まった。

「う、嘘!?」

 少年の持っていた竹筒から大量の水が噴き出す。そして、それは彼自身を包み込む巨大な水柱となった。
 場違いな水特有の轟音が廊下に響く。
 廊下の天井まで立ち上る水柱から不気味な光が漏れていた。
 あの辺りに少年はいるのだろう。しかし、3人は攻撃できず、ただ呆然とその変貌を眺めているだけだった。

「―――僕の名前は水鬼。お前らと戦ってる部族長――隼人に頼まれてやってきたんだよ。お前は・・・・鹿頭朝霞だな?」

 水の中から声が届く。

「・・・・水、鬼」

 朝霞はポツリと呟いた。
 人の名前ではなく、「鬼」の名前を貰っているならばかなりの使い手ではなかろうか。

「全く、隼人の部族も落ちぶれたじゃん。こんな奴1人に殺られちゃうなんて」

 パラパラと水柱に使っていた水滴がスプリンクラーのように辺りに散布される。
 そこから現れたのは鬼というより、ガリガリの体に腰布とボロボロの上着を羽織っていた。先程までの現代風の服装ではない。
 詳しく言えば耳が大きく、嘴(クチバシ)があり、その嘴には鯰のような二本の髭がある。さらに目が紅く光っていて、上着の下にある背中には甲羅があった。
 その姿は伝承に出てくる河童そのものだ。だが、鬼の証拠に彼の両こめかみから牛のように二本の角が突き出している。

「まあ、僕以外の奴なんて邪魔なだけなんだけど、ね」

 水柱が弾け飛ぶようにして水鬼の周りから離れた。そして、彼は竹筒を前に突き出すようにする。
 すると辺りに散布されていた水が巻き戻しのように中に収まっていった。

「水剋火って知ってるか?」

 水鬼は握っていた宝珠のようなものをボロ布の中にしまいながら言う。

「水は火に勝つんでしょ」
「ふ〜ん、知ってたんだ。・・・・意外」

 本気で驚いているようだ。

(こいつ・・・・っ)

 子供扱いした相手に逆に子供扱いされ、朝霞の頭に血が上った。
 矛を片手に不用心に近付く。
 たった今、鬼族を血祭りに上げた漆黒の穂先は振り払ったと言っても血が付いており、威圧感を放っていた。

「へへ、やる気じゃん」

 水鬼はニヤニヤと笑っており、全く慌てる様子はない。

「うるさいわ。水術師じゃない奴が炎術師に、水剋火を唱えるなんて・・・・お笑い種でしかないのよ」

 少し言葉に詰まる。
 余裕なわけがない。しかし、出てしまったのだから、後には退けなかった。

「この矛で貫いてやるわ、このガキっ」

 ビシッと穂先を水鬼に突きつける。
 水鬼はニヤッと笑って言葉を発しはしなかった。しかし、竹筒から―――

「―――姫っ」

 突然、横合いから抱きつかれ、バランスを崩して廊下を転がる。そして、その体の上に覆い被さるようにして、護衛の1人――桐山がいた。

「大、丈夫・・・・ですか?」
「う、うん・・・・」

―――ポタタッ

「―――え?」

 頬に水滴が落ちる感触がした。
 それを無意識に拭い取り、真っ赤になった手の甲に驚く。

「え? ちょっと桐山!?」
「よか、た・・・・無事で」

 桐山の右肩は服どころか肌までズタズタだった。
 そこから血が滴り落ちている。

「あ〜あ、避けられたか。まあ、雑魚に助けられるなんて、やっぱ鹿頭は雑魚って証拠かな」

 水鬼はニヤニヤと押し倒された形になっている朝霞を見ていた。
 追撃などせず、余裕ぶっている。もしかしたら完全に戦闘態勢に入っているもう1人の護衛に注意しているのかもしれないが。

「桐山。藤松と撤退して」
「「はぁっ!?」」

 驚きは2人分。
 桐山はともかく藤松は無傷で戦える。しかし―――

「このケガの桐山を放っておくわけにはいかないわ。どこかで治療して。回復したら遊撃部隊になっていいから」

 桐山の下から這い出て、その傷口に気休め程度の"気"を当てた。
 "気"が巡っている戦闘状態では身体能力が向上している。
 つまりは新陳代謝が上がり、治癒力も増しているのだ。"気"を集中させることにより、止血やその患部の回復を早めることもできる。

「でも、俺たちは姫の護衛ですよ?」

 藤松が納得いかないというように言った。

「開戦までの私の命令忘れたのかしら? 私は生き残れって言ったのよ?」

 もはや癖になっているリボン弄りをしながら答える。

「桐山1人じゃ外敵から身を守れない。だから、今度は藤松が桐山の護衛」
「でも―――」
「あ〜もう、うるさいッ。確かに油断して桐山に怪我させちゃったけど、戦闘力じゃ香西に続くと思うんだけどっ。・・・・・・・・・・・・ちゃんと報いは受けさせるわっ」

 朝霞は立ち上がり、相も変わらずニヤニヤしている水鬼を睨み付けた。

「あなた、私の可愛い部下をよくも傷付けてくれたわね」
「お前がぼーっとしてるからじゃん。僕のせいにするな」

 間髪入れずに返された返答に朝霞は完全にぶち切れる。

「そう・・・・」

 俯き、<嫩草>の柄を手が白くなるほど握り締めた。そして、全身からまるで湯気のようにゆらゆらと出てくるものがある。

「ひ、姫・・・・」
「早く行って。できるなら私の代わりに本陣の役割してくれるかしら。情報を伝えるだけで動く方はずいぶん楽になるはずだから」
「「は、はい・・・・」」

 護衛たちは完全に朝霞に呑まれていた。
 漆黒のはずの<嫩草>も淡く光を放っている。

「ハァッ!!」

 <嫩草>を振るって窓ガラスを破砕した。

「? 何がしたいの?」

 その窓枠に足をかけ、水鬼に言う。

「外に行くわ。お互い、本気を出せないでしょ? それとも、この環境で負けた言い訳がほしいかしら?」
「・・・・望むところだね。熾条宗家の分家ながら、"東の宗家"と謳われた・・・・思い上がりの一族らしいなっ」

 鹿頭家は元々熾条宗家の分家だった。
 それも旗杜家と双璧を成す筆頭である。
 熾条宗家の分家には共通した意味が使われている。
 それは熾条宗家の守護神――炎龍に因んでいる。
 「龍に九似あり」というように、龍には他の動物たちと共通する部分がある。そんな動物を「龍構成因子」と宗家は呼んでいる。
 その9つである動物――伝説上含む――は鹿、駱駝、鬼、兎、大蛇、蛟、鯉、鷹、虎、牛で、全ての分家にはこの意味が表、もしくは裏に込められている。
 例えば―――
 「旗杜」は「鬼衛」
 2つの名前での漢字の意味は「旗=家」、「杜=入口」、「鬼=龍構成因子(眼)」、「衛=守人」
 総じての意味は「家の入り口を守り、見張る守人」である。
 よって、旗杜家は熾条宗家本邸を守る最強一族なのだ。

 転じて鹿頭家はどうか。
 旗杜家は「鬼」という不気味な文字を隠した諱(イミナ)だったが、鹿頭は違う。
 龍構成因子である「鹿」は角であり、構成因子の中では攻撃部位になる。
 「頭」は名に入れにくかった「駱駝」の意味で「眼」を除けば文句なしの先頭だ。
 鹿は角をまっすぐ敵に向け、突撃するので長物に見立てられる。
 つまりは鹿頭家の意味は「先鋒を任せられたし長物部隊」
 だから、家芸として長物を学ぶし、先鋒という名誉から家宝――<嫩草>を与えられたのだ。

「―――ホント、脇から出てきて私の部下を傷付けるなんて・・・・最っ低」

 2人は先程まで一哉が戦い、焼け爛れた部位もある中庭に降り立っていた。
 両者の間隔は10メートルくらい。

「部下って言っても・・・・若い娘に命令されてムカついてるんでしょうけど」
「へぇ? 僕も若いけど、ビビってやがるぜ? ただ単に当主の器じゃねえだけじゃねえの、へへっ」

 風が吹き、朝霞のポニーテールと水鬼のボロ布がはためく。
 辺りの校舎からは時折、爆音や閃光が見えた。
 全て鹿頭が鬼族を攻撃しているものだ。

「でもね。飾りは飾りだけに目立たないといけないのよっ」

(血筋や反鬼族の旗印だけなんて・・・・私が許さないッ!)

 闘気に<火>が歓喜の声を上げて集まった。

「お前、何言ってんの? 訳分かんねえ。分かりたくもないけどさ」

 水鬼は竹筒から徐々に水を出しながら言う。

「所詮、没落した一族の戯れ言ってやつ? 正直、うざいからさっさと特攻して死んじゃえよ」
「じゃあ・・・・お望み通り行ってやるっ」

―――ゴンッ!!!!!!!

 朝霞から生じた炎は水鬼の水と真っ向からぶつかった。

「くっ、さっきと違うっ」

 圧力を感じたのか、水鬼が表情を歪めながら呻く。

「当たり前よっ。さっきまでの炎は私単独。今のは<嫩草>を通してっ、宝具の力で増幅してるのよ、馬鹿ッ」
「道具の力を借りるなんて卑怯だぞッ」
「あんたが言う!?」

 口で罵り合いながらも廊下では炎と水の激突が続いていた。
 ところどころでも炎術の爆音が聞こえ、不自然な風が時折校舎内を吹き抜ける。
 そんな中、朝霞は次第に驚愕の色を深めていった。

「それホントに水!?」

 『水』は炎を真っ正面から受けず、横槍を入れるようにして防ぐ。
 水鬼の操る水は水らしくなく、まるでイソギンチャクなどの触手のようにうねうねしていた。さらに、その動きは不規則で読みにくい。

「水だよ。完全に制御してこそこの動きができるんだっ」

 水が急速に角度を変え、迎撃に撃ち出していた炎弾を回避した。

「―――っ!?」

 鳩尾に一撃。
 弾幕が鈍った隙を衝き、大量の水触手が迎撃ラインを通過する。

「くっ」

 穂先を向け、炎弾を撃ち出した。

「っあ!?」

 間近での迎撃は水の勢いを相殺できず、激突で生じた余波が全て朝霞に向かい、彼女を吹き飛ばす。

「くくく。無様じゃん。そうやって地を這う姿がお似合いだよ、お前」
「何の―――っ!?」

 視界一杯に広がっていた水の触手。
 その猛攻を転がることによって辛うじて躱した。

「はぁっ・・・・はぁっ・・・・」

 ぎゅっと矛を握り締める。

(まだだ。まだ鹿頭のみんなは頑張ってる。なのに旗頭の私が死んでいいわけないっ)

 第二波の大半を撃墜し、生き残った触手の中を走った。

「ハァッ!」

 矛を振るい、生じた炎は辺りの水を相殺していく。
 それはまさに水鬼への道を切り開いた。

(相手は中距離戦闘力者っ。わざわざ敵に合わす必要はないわっ)

 炎術は中距離用だが、矛は近距離用だ。

「ヒィッ」

 本当に突貫してくるとは思っていなかったのか、水鬼の顔が恐怖で引き攣った。

「セイッ」

 これまでの前進力を全て左脚に注ぎ、地を踏み締める。そして、腰と腕を使って渾身の刺突を繰り出した。

「う、うわぁっ!?」

 同時に穂先に炎が灯り、掠っただけでもダメージになるように細工する。
 ここに来るまでは思いつきもしなかった次の手だ。
 後がないと思って悲鳴を上げる一撃に仕上がる。―――はずだった。

「―――なーんてね」
「へ?」

―――ガシッ

「え?」

 矛の柄を新たに竹筒から現れた触手が掴み―――

「―――ぅわあっ!?」

 背後から追い着いた触手が朝霞の体を拘束した。

「あははははっ。バッカだろ、お前。ホントに特攻してきやがった」

 触手を操り、矛を奪い取る。そして、朝霞を宙に固定した。

「うっ、くっ・・・・」

 ギリギリと手首と足首、胴に首が締め付けられる。

「罪人は磔だけだよな。でも・・・・火炙りは効かないんだっけ。じゃあ、槍で串刺しかないじゃん」

 ゆらゆらと眼前に触手を持ってきた。

「足からか、手からどっちがいい?」

 無邪気に残酷なことを言う水鬼。

「どっちも嫌ッ!」
「・・・・往生際が悪いなぁ。・・・・仕方がないね。捕まった女の末路を味わわせてやるよ」
「え゙、ちょっと待―――あぐっ」

 抵抗しようとしたが、先程より強い力で押さえつけられる。そして、制服の裾から入ってきた。

「あひゃっ!?」

 頓狂な声を上げた炎で吹き飛ばそうとするが、矛を手放してしまった今、元々の【力】ではどうしようもない。

「うう〜。この変態っ」
「鬼族の生まれた経緯を思い浮かべれば自然と思いつくんじゃない? 猪武者でも」
「くぅっ。むがーっ」

 "気"を込めてもビクともしない。

「だーかーら、無駄だっての。ホントに馬鹿だな、お前」

 水鬼はニヤリと笑って付け足した。

「まあ、そうだったから、楽だったけど」

 そして、朝霞目掛け、骨と皮しかないような手を伸ばし―――

―――ドゴンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

―――吹っ飛んだ。

 ズザーッと中庭を滑るようにして離れていく水鬼。

「へ?」

 朝霞も自身の状況を忘れ、呆然と見つめるしかなかった。

「―――手は出さぬつもりでしたのよ? しかし、あなたが女の敵と分かれば私の敵ですの。容赦なく、不意打ちさせていただきましたの」

「この、声は・・・・」

 嫌な予感がして声の方向に向く。

「何ですの、その目は。貞操の危機を救って差し上げたのですのよ? 感謝して欲しいですの」
「・・・・やっぱり、熾条」

 視線の先には相も変わらず和服姿の鈴音がいた。しかも、血のついた鉄扇ぶら下げていることから、今まで何人かの鬼族を斬り捨てているようだ。

「ああ、あなたが離した2人は時衡が保護していますの。ですから、無事ですのよ」

 ここは礼を言うところなのだろうか。

「くそっ、お前は何なんだ!?」

 水鬼が立ち上がり、多少焼けこげたボロ布を払って言った。

「あら、あなた如きに先に名乗る名など持ち合わせておりませんの。私の名が知りたいのならばあなたが名乗りなさいですの」

 高慢とも取れなくもないが、あくまで自然体なので不快感はない。だからか、水鬼も名乗っていた。

「我が名は水鬼。鬼族部族長だっ」
「へえ? では、敵大将ですの?」
「違うっ。僕は援軍に来ただけ。こんな弱い部族を率いているのは鬼族の元締め――隼人だっ」
「・・・・なるほどですの。理解いたしましたの」

 鈴音は満足そうに口元を緩める。

(ゆ、誘導尋問!? さらりとしていて・・・・すごいっ)

「鬼族も一枚岩ではいないのですね。・・・・しかし、行き来はあるようで、これは全滅させねばいくらでも復活しますの」

 鈴音は朝霞の元まで歩いてくると冷ややかな視線を以て接した。

「中途半端ですの」
「は?」
「中距離で行くか、近距離で行くか、初めから決めなさいですの。余計なことで火力を弱めてどうするですの?」
「う・・・・。うるさいわね。さっさとこの水どうにかしてよっ」
「まあ、逆ギレですの? 全く、なってませんの」

 そう言いつつも鈴音は広げた鉄扇を一閃し、水を断ち切ってくれる。そして、どこで拾っていたのか、矛までも渡してくれた。

「・・・・嘘。水を斬った?」
「簡単ですの。何せこの<星火燎原>は熾条が誇る宝具ですのよ?」

 着物のたもとから持っていた物より小さい鉄扇を取り出し、双方を構える鈴音。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 言外に<嫩草>でもできると言いたいらしい。

「・・・・・・・・・・・・」

 引ったくるように<嫩草>を受け取り、【熾条】の名に驚いていた水鬼を見遣った。

「・・・・どうするの?」
「サクッと殺りますの。先は長いですのよ?」
「りょーかい」

 悔しいが、淡く炎を纏う鈴音の姿は自分では到底辿り着けない。

「熾条宗家。それも直系がこの地にいるなんてね。熾条は潰すのが大変だと聞いたんだけど・・・・。ノコノコ出てきてるなら潰すっきゃないよなぁッ!?」

 ドバッと竹筒から先程を遥かに凌駕する水が溢れ出した。










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