第七章「鬼と踊る後夜祭」/ 1
午後4時47分。 統世学園高等部主催――「覇・烽旗祭」の一般の部は終わりを告げた。後に残すは全校生徒のほとんどが参加する後夜祭のみ。 辺りには闇が忍び寄り、反対に校庭などに明かりが点き始める。 明かりというものの影に生まれる闇の中、蠢く者たちがいた。 「―――遂に来た」 鬼族首領――隼人は結界を巡らせた統世学園内簡易本陣に集う今宵の戦士たちに言う。 「この地に来て、約1ヶ月。多くの仲間の血が流れ、敵の血を見ることがほとんどなかった。正体不明の鹿頭の援軍。強大な結城との敵対。後手後手に回っていた戦況を今夜取り戻すッ」 ドンと獲物である大薙刀の柄尻を地面に叩きつけ、大声で宣った。 「奴らに・・・・血の制裁をッ!」 『『『―――オオオオオオォォォッッッッッ!!!!!!!!!!!!!』』』 鬼族たちが得物や拳を振り上げる。 よく見れば離れたところでつまらなそうに彼らを見る水鬼や真面目に聞く隠形鬼とさらにその部下がいた。 総勢八〇数名。 結城の援軍を得たとはいえ、戦力差は2倍近い。 「―――殺る気満々だな」 鼓舞に反応し、闘気高まる集団に投げかけられる笑みを含んだ言葉。 「誰だ?」 ザッと武装集団は声の方向にいる少年を睨みつけた。 「ああ、局長からの伝言だ。オレが近くにいたから、知らせに来たぜ」 周囲の視線など全く無視し、隼人に視線を向ける。 「・・・・名くらい、名乗ってもいいのではないか?」 (こやつ、結界を物ともせずに・・・・) 話を先に進めたいが、威厳を見せねばならない。 まったく、上に立つとは厄介なことだ。 「おっと失礼。えーっと、アイスマンだな」 「コードネーム・・・・」 隼人はため息をついた。 (まあ、奴の部下ならばな) 局長。 とある組織の幹部を務める友人を思う。 いったん、分裂しかけた鬼族を憂い、今の地位を確立するまで導いてくれた命の恩人。 退魔界を揺るがす大きなことを画策している人物であり、もしその計画が外部に漏れれば全ての退魔機関に命を狙われるであろう人物だ。 「それで?」 「鹿頭に協力してるのは熾条一哉って言う熾条宗家の直系だ。訳あって宗家と無縁の生活をしているが、戦闘力・知略共に指折り。舐めてっと足下すくわれるぜ」 「熾条宗家だと!?」 隼人は目を剥き、アイスマンに詰め寄った。 「それは本当か!?」 「ああ、でも、宗家は動いてねえ。あくまで主戦力は鹿頭家の連中だ。・・・・でもな、それを動かすのは"戦場の灯"の嫡男」 「・・・・"戦場の灯"の、だと?」 「そうだ。油断するなよ」 アイスマンはそう言って背を向ける。 「久しぶりに・・・・力で競う相手かもしれん」 去る彼を追わずにそう呟いた隼人の顔は誰よりも輝いていた。 「・・・・全く、この人は」 呆れた口調の側近も何故か嗤っている。 鬼族は元より好戦的な人種。 会戦を前に、昂ぶる心を押しとどめるなど、できるわけがなかった。 ―――ヒュルルルルルル、ドォォォォンッッッ!!!!!!!!! パラパラパラ 午後5時00分。 後夜祭開始時刻に、まるで鹿頭VS鬼族の戦いのゴングのように轟音が統世学園に響き渡る。 戦いの予兆に鬼たちは弾けるように校舎内に侵入した。 三人娘 scene 「―――う〜、悔じぃ〜〜〜〜」 後夜祭開始まで後30分の午後4時30分。 山神綾香はホームルームの自分の机に囓りつくようにして呻いていた。 「よしよし。あの2人をあそこまで追い詰めたんだし」 渡辺瀞は頭を撫でて慰めようとする。 「結果が伴わないと意味ないわよッ」 「まあ、そうだけど。味方でいる分には心強いし・・・・」 「あたしにゃ敵」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・綾香ぁ」 1秒もなく返された言葉に苦笑した。 「だって・・・・あたしは攻撃力しかないもん・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「あんなに賢くないから・・・・はぁ。考えるのは晴也の役目って決めたのに、いざ対面してみると辛いものねぇ」 突っ伏していた体勢から起き上がり、イスに背を預けて天井を仰ぎ見る。 「できる相棒を持つと自己嫌悪の鬼になりそう」 「私は・・・・綾香が羨ましいけどな」 「え?」 綾香は視線を瀞に戻した。 「結城くんと綾香はまるで陰陽道の太極図みたい。・・・・2人で、ひとつの円を作ってる」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「でも、一哉はひとりでひとつの円だし、すぐ傍に大きな円が回ってる」 大きな円とはもちろん、緋のことだ。 「ちょこまかと、よくどこかに飛んでいってしまうけど・・・・。どうしてか、一哉が何かしようとする時に、帰ってくる。・・・・とても、真似できないよ」 「―――悩むまでもない」 無言でお茶を飲みながら傍にいた鎮守杪は眼鏡の奥の瞳に綾香と瀞の姿を映しながら言った。 「・・・・杪ちゃん」 「まずは綾香から」 杪は綾香に視線を向け、言う。 「2人の後ろにはそれぞれの宗家がついてる。2人はその友好の証とも言うべきもの。当然、どちらかが補佐であるなどと許されない。力関係が許されない。しかし、衝突しても困る」 友好の証が不和。 それでは本末転倒どころか、両家の友好すら危ぶまれる。 「―――結城からは全てを見渡す術とその情報を処理し、活用できる頭脳を」 探査力と解析力。 「―――山神からは外圧を全て排除する力と事の方針を決める強い正義感を」 戦闘力と判断力。 「だから、太極図のようになるのは当たり前。そして、綾香が自己嫌悪の鬼になるように、結城もそうだったんじゃないの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうね。晴也は自分の攻撃力の弱さに嘆いてたわね」 だからこそ、智力に走った。 いや、元々風術師は性質的にそういうことに向いている。 「そして・・・・だから、あたしは力に走ったのね」 綾香は攻撃的な術式以外は使えない。 いや、"使えない"のではなく"使わない"のだ。 若干、無理をすれば相応の効果を発揮するものは使えるだろう。 結城晴也は自己防衛のために宝具――<翠靄>を持った。 晴也の武装など、綾香からしてみれば「抵抗力」の一語でしかない。ならば、綾香の持つ「智力」も彼にしてみればその程度のことなのだろうか。 「・・・・その人の得意なことに、そう簡単に追いつけたら苦労しない、か」 「そう」 ズズッと杪がお茶を飲む。 「って悔しい感情の解決にはならないじゃないッ!?」 「? どうやっても敵わないのだから、思うだけ無駄」 「うがぁーっっ!!!!!!」 簡単に割り切れたら苦労しない。 「―――次、瀞」 居ても立ってもいられないのか、晴也を捜して飛び出していった綾香。 それを呆然と見送っていた瀞に杪が視線を向けた。 「う、うん・・・・」 緊張した面持ちで応じる。 「熾条はあの2人と違って後ろ盾がない。だから、一個人で完成されていなければこの世界で腕を振るい続けることは許されない」 熾条一哉は自分の持つ力が最大戦力。 「だから、熾条の周りに集まるのは同じく一個人」 鹿頭も一哉を円の内に入れない、という概念であれば「一個人」である。 自分にないものを相手に求めるのではなく、吸収する。 いつ、離れても自分がより良い状態でいられるように。―――確固たる地位などないのだから。 「熾条の円に"割り"込む必要などない。瀞はより完成された"自分の円"を作ること」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、それじゃ一哉の力になれないよ?」 「何も目に、円に表れることができることじゃない。今の瀞は熾条にとって日常の象徴。今の熾条には『日常』という"下地"がある」 つまりは日常で支えることによって"円を描くための紙となれ"ということだろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すごいねぇ」 杪は大人でもなかなかいないだろう思考力と観察力を持っていた。 同じ名家の出身でもどうしてここまで違うのだろうか。 「・・・・瀞や綾香と同じようで違う、私は次期鎮守家当主」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 当主とは自分の自由にやっているようで違う。 遙か昔から綿々と続いてきた一族を率い、存続するために尽力する。 よく人を見、よく人を使い、よく自分を律し、よくあるために惜しみない努力をする。 そういう者でなければその代でその一族は終わりへと向かう。例え、次代が優れていようとも一度沈み込んだ家を立ち直らせるのは至難の業だ。 その時代だけではなく、過去の、未来の一族の運命を託される存在。 それが当主。 「・・・・私もちょっと前まで候補だったんだけどなぁ」 辞退して正解だ。 こんな自分が宗主になればただでさえ史上最弱にまで落ち込んでいる宗家が滅亡しかねない。 「あ、当主って言えば朝霞ちゃんも―――」 「大丈夫。滅亡の危機に瀕しても、自分の感情を押し込めて熾条に協力を申し出、その後、当然のように残存勢力をかき集めた。―――自らが、反鬼族の御輿になるために」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 くるくると手の内で湯飲みを回しながら言う。 「彼女はすでに・・・・本当の意味での『当主』」 鹿頭家 side 午後4時40分。 鹿頭家に連なる全ての者が第三視聴覚室に集合していた。 鹿頭朝霞を当主とする14名の男女は来たるべく決戦を前に緊張している。 暗幕に覆われた室内は容易に見回すことができないが、全体が醸し出す雰囲気はどうしても重くなった。 敵は圧倒的戦力。 味方は自分たちを歯牙にもかけないであろう名家中の名家。 「―――いよいよ、ですのね・・・・」 一哉の妹である熾条鈴音はそんな彼らから離れた場所で分家術師――旗杜時衡に言った。 どうやら熾条次期当主と言えども未だ場慣れするほどまで経験を積んでいないらしく、やや雰囲気に釣られて昂揚しているようだ。 「そうですね」 時衡は曖昧な態度で答えつつ、鹿頭の面々を見つめる。 一緒に行動していた時にはなかった何気ない仕草。 それが彼らの戦力向上を物語っていた。 「―――今回の戦い・・・・正直不利なものとなることは間違いないわ」 朝霞は冷徹に現状を告げる。 今までこの役目は一哉が負っていたが、この場面でもそうでは今後、鹿頭家は「組織」としては成り立たない。 「でも、私たちだけで戦うのとは・・・・悔しいけど、勝率が圧倒的に上のはずじゃないかしら。私たちだけでは再戦を申し込んでも特攻して全滅するしか道がなかった。勝機がなかった」 鹿頭の者たちは真剣に己たちの主を見ている。 誰も中学生の少女を茶化す者もなく、子どもを見る目をしている者もいなかった。 「今回は大きな戦いになる。それでも・・・・鬼族と雌雄を決することはできないと思う」 『――――――――――――』 ザワリと鹿頭の感情が揺れる。 「敵は大軍。そして、自分たちは寡兵。・・・・勝ったとしても敵の損害は半数を超えることはない。ならば必ず態勢を整えてくるわ」 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 「この戦い、決戦ではあるけど"最終"ではない。私たちには負ければ後のない戦いだけれども、彼らは違う。それが私たちの戦力差よ」 この戦い、負ければ鹿頭家の滅亡。しかし、勝てばその次の決戦まで何とか生き延びられる。―――そんな程度の戦いだ。 「私たちはまだ、鬼族と対等な立場に立てていない。だから、この戦いで私から貴方たちに命じることはただひとつ」 言葉を切り、ぐるりと集う一族の顔を眺めた。 「―――"死ぬな" これがわたしからの厳命よ」 死ねば永遠にその戦力は失われる。 敵は強大なのだ。 ただでさえ少ない戦力。 刺し違えだとしても敵に与えるダメージとこちらに返るダメージの比が違う。 「絶対に死なないで。・・・・・・・・・・・・これ以上、"私たち"に身内の死を体験させないでっ」 『『『―――――――――――――――――――――――――――――――――――』』』 「―――編成及び配置を発表する」 鈴音と同じように離れた場所に待機していた一哉は頃合いと見て声を発する。そして、朝霞の隣まで歩み、わずかに涙を浮かべた少女の背を軽く叩いた。 「―――ッ」 ビクリと震えた少女はキッと睨みつけてくるが、一切を無視。 朝霞と自らの見解から編み出した最良の策を告げていく。 「―――以上だ。各自、"大将"の命令を胸に最善を尽くせッ!」 『応ッ!』 一哉は時計を見た。 午後5時7分前。 開戦の合図まで後少し。 宴はもうじきだ。 結城宗家 side 午後4時50分。 生徒会棟内部。 「―――終わったのね」 統世学園生徒自治会会長――結城晴海は生徒会棟本丸――生徒会屋の会長室から外を見て呟いた。 長かった生徒会活動もこれで終わり。 すぐに生徒会選挙という戦いが始まり、違う時世となるだろう。 「―――んにゃ始まりだろ」 「・・・・人が物思いに耽っているのに、黙っていることはできんのか、この愚弟はァッ」 振り返り、アッパーカットの仕草をする。しかし、晴海は部屋の奥にいて、弟――晴也は入り口にいる。 いくら晴海が女性にしては長身の方でも届くわけがなかった。―――普通なら。 「―――ぐぶはぁっ!?」 晴也は顎に衝撃を受け、仰け反る。 舌を噛むヘマは起こさなかったようだが、やや前後不覚に陥り、後ろの綾香に支えられた。 「ちょっと重いわよっ。―――ってか、晴海さん!?」 綾香は両手で倒れてくる晴也を支えながら部屋の中で満足そうに手をヒラヒラさせている晴海に抗議する。 「姉貴・・・・。まさか、圧縮した空気を俺の足下から上昇気流として放つとは・・・・容赦がねえな」 何とか体勢を立て直し、顎をさすりながら晴也は姉を睨んだ。 「ふん。やりたかったのよ。いつもお兄様が楽しそうに遊んでるから。下降気流はなかったんだからいいでしょ」 「殺す気か!?」 「姉の大切な時間を奪ったの。それくらい覚悟の上でしょうに。できてないならそれはあなたが悪いだけ。ふふ」 「うわ、今尻尾見えたぞ、黒くて先が矢印みたいなやつ」 「あたしも・・・・耳が見えたわ。同じく先が矢印みたいなやつが・・・・」 珍しく意見が一致した2人は顔を見合わせる。 「馬鹿なこと言わないの。私に見えるとすれば純白の翼に金色の輪っかでしょ」 「ああ、もう逝った―――」 「お黙り」 「んぐ―――っ」 バタッと不自然な動きをし、仰向けに倒れる晴也。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、何したんですか?」 「え? 膝の裏に圧縮した空気弾撃ち込んで下降気流を頭上に下ろしたまでよ。―――そんなことより晴也」 「あ?」 ムクリと体を起こした晴也は姉を見る。 そこにはもう巫山戯た態度はない。 「"宗主"から連絡があったわ。御出陣給えないけど・・・・4人の分家が来たわ。諸家の人員も併せて10人くらい。・・・・だから、あなたは遊撃ね」 「・・・・空から落雷で狙い撃ちしようかなぁ」 「校舎に隠れられたら?」 「綾香の雷はコンクリ如きで止められんっ」 「嫌よ。無駄に疲れるわ」 さらっと晴也を躱わし、綾香は今回の自勢力の大将に訊いた。 「ここを本陣とするんですよね? ここの防衛が目的ですか?」 「最初はね。ここは諸家の力を集め、私が制御した風術・"暴嵐"を敷くつもりだから」 "暴嵐" その範囲内では乱気流吹き荒れ、立つことが難しくなる。しかし、風術師にはそれが通じず、彼らの独壇場を作り上げる高位術式である。 「さらっと難しいこと言うな。・・・・姉貴ならできるだろうけど」 <風>の制御力、統率力では現結城宗家トップの晴海。 いろいろ規格外れの当代直系だが、地味ながら一番ずば抜けているのは彼女だ。 彼女が風術師数十人を率いれば部下をアンテナにし、自身で集めるよりも膨大な精霊を収集するだろう。そして、その全てを制御し、竜巻や台風が数個襲来したような『天災』をも超える業を成すかもしれない。 そこまで言われる彼女は補佐を好み、表に出ることはない。 長男――晴輝は敵を蹴散らし、食い荒らす猛将。 長女――晴海は本陣で縦横無尽に兵を操る智将。 次男――晴也は奇襲や索敵に優れたる物見大将。 それぞれの特性を生かした方法で年寄り層を黙らせ、1年前の戦い――鴫島事変以来、落ち込むことなく勢力を維持してきた。 「まあ、こっちは守るから、あなたは空から得意の弓術で脅かしてあげなさい」 ただでさえ抜群の弓術。 それに風術が加われば、例え的が動こうとも百発百中。 とても小さなことを繰り返す事による精神的疲労。 それが晴也の戦闘術である。 「了解。―――ん、そろそろだろ」 晴也は腕時計を見て呟いた。 「そういや、アンタ何がしたくて暴れてたの?」 綾香が再び悔しそうな顔をして敵大将を睨む。 確かにまだ何も起こっていない。 文化祭というかっこうの舞台で地味なことをする奴ではない。 まだ事は起こっていないことは確実だった。 「さあ? まあ、楽しみにしてくれ」 ニヤリと意地の悪い嗤いを向けてくる。 その嗤いに余計に腹が立った。 「そうね。じゃあ―――表の仕事でもするとしましょうか」 何故か晴也と同じ種類の笑みを浮かべた晴海はマイクを持つ。 これは後夜祭会場に繋がっており、彼女は閉会の挨拶と開会の挨拶をするのだ。 結界師一族の令嬢が作り出す境界を越え、非日常から日常に届けられる言葉。 きっとこの人ならば、どんな世界にいても変わらぬ挨拶をしてしまうのだろう。 開幕 scene 午後4時55分。 場面は再び1−Aの教室。 「―――時間」 カタリと湯飲みを起き、上着の内側やスカートの下地に仕込んだ呪符を次から次へと取り出していく。 「うわ・・・・」 その数はもはや数えきれず、紙切れだというのに全て併せると5センチくらいになった。 「すごい、数・・・・」 「行く」 彼女は驚きに身を固まらせている瀞に告げると待つ気配もなく、さっさと教室から出て行く。 「あ、待ってよっ」 瀞は彼女の護衛なのだから。 一哉のように策略を練って敵を待ち受けるほど状況を把握していないし、鹿頭や結城のように戦力を有しているわけでもない。 さらに鈴音のように己の利害に聡いわけでもない。 ならば身近で、尚且、無防備になる瞬間がある者を守るというのは自然の選択。 もっと追求すれば「臨機応戦」という言葉は古くから、精霊術師を表す言葉なのだから。 (昼間が、嘘みたい・・・・) 文化祭の喧噪に包まれていた廊下。 展示物や催し物でいっぱいの教室。 それが人気がなく、閑散としていた。 昼間を知っているだけに物寂しさを感じてしまう。 人がいないのは当然のことだった。 すでに校舎区には杪による人払いの結界が敷かれている。 徐々に強化されていったそれば徐々に人を排出し、傍目からは何の違和感もなかったはず。 密かに高度な結界術を見せた次期結界師一族の長は悠然と晴也勢力対不正委員の決戦場――中庭に降り立った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 王水に溶かされたところなど、数々の戦痕が目に付く。 誰が見ても高校生同士の戦いの跡には思えないだろう。 「ここなの?」 「広い」 「・・・・いや、まあ・・・・確かに」 教室などのように閉鎖された空間ではないし、何よりこの校舎区の中心。 (でも・・・・一番危険なんだけど・・・・) 一哉たちからはまだ鬼族侵入の報告はない。しかし、この辺りが激戦区になることだけは確定だ。 「"蒼徽狼麗"」 だから、瀞は手駒を増やすことにした。 <水>で構成された3びきの狼は中庭に通じるルートの封鎖に向かう。自動的に敵を見たら襲いかかるだろう。 「離れて」 「・・・・うん」 高度な術式の反動――頭痛に少しだけ表情を歪めた瀞は素直に杪から距離を取った。 「杪ちゃん、がんばって」 ぐっと両拳を握ってエールを送る。 「ん」 結界師は己との戦い。 声援に答えた声はいつも通りで態度に気負いはない。 場慣れしているようだ。 「―――開」 杪はそう呟き、手に持つ呪符から一枚取って中へと放り投げた。 「―――っ!?」 途端に空気が変わる。―――これから儀式が始まるのだと。 まず紙束が5つの山を形成し、彼女の周囲に並び始めた。そして、わずかに発光し、暗くなってきている中庭に5つのぼんやりした明かりを散らす。 「―――回」 何も知らぬ人が見れば人魂だろうそれを杪は眺め、無造作にひとつを摘み出した。そして、それは杪の手の中で燃え尽きる。 その後、紙は一枚一枚バラバラになり、まるで檻のように杪を閉じこめるように旋回していた。 「―――解」 今度は懐から取り出した懐刀を振り回し、呪符を粉々にしていく。 「・・・・時間は?」 呪符が紙吹雪になるまで数分。 「え? え、あ・・・・。5時・・・・1分前」 「ん」 頷き、懐刀を無造作に突き出した。 その切っ先には唯一切り裂かれていなかった呪符があり、他とは違う輝きを放っている。 「―――壊」 貫いていた刃を翻し、半秒で細切れになるまで切り刻んだ杪の腕の動きは瀞は見切ることができなかった。 あの一哉にいくつもの傷を負わせた神速の刺突。 それはこの結界のために身につけられた妙技なのだろう。 彼女ならば大根を中に放り投げ、落下する間にバラバラにすることもできるのではないか。 「―――界」 師突によりバラバラになった紙を先頭にし、彼女の周りを旋回していた呪符は方々に散っていく。 「開」始し、「回」転させ、「解」放し、破「壊」し、世「界」を象るために。 時同じくし、太陽と月の役目交代が行われている空で、 さまざまな思惑と譲れない決意が飛び交う十月の空で、 長い戦いを見守るであろうものたちが輝き始める空で、 ―――ドオオオオオオオンンンンッッッッッ!!!!!!!!!! ―――大輪の華が開いた。 |