第六章「炎神の末裔」/ 9
覇・烽旗祭3日目の早朝。 ひそひそと4人の男子生徒が囁き合っていた。 「―――クリス、よくあの地獄の尋問で口を割らなかったな」 「なに。アレが地獄? フッ、温かったねっ」 「慣れたか?」 「「慣れたな」」 「ぅおいっ。奇跡の生還者に対する言葉はそれだけかっ!?」 「「「奇跡・・・・。それはお前の捕まり方だ」」」 「ぐっ」 話しているのは熾条一哉、結城晴也、村上武史、来栖川クリスだ。 因みに昨日のクリス逮捕の詳細はクリスが女の子に呼ばれ、誘い出されたところを「落とし穴」で捕まった。 「まさか、落とし穴研究会が協力を申し出るとはな」 「ああ。こっちの同盟勢力が全滅したのをいいことに、奴らは人員を増やしてやがる」 「今日は決戦だ。戦い尽くめだろうぜ。・・・・覚悟しろよ」 「「「オウ」」」 4人は戦意を新たに視線を通わせる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで」 「あん?」 「何故に集合場所がグランドオブジェ内なんだ?」 狭い隙間に男4人。 むさ苦しいこと此の上ない。 「それはな、いくら綾香でも展示物をぶっ壊すことができねえからだ。倉庫とかだと、壁をぶち破って入ってくるかもしれねえ」 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」 納得する説明だった。 何故なら、外にはオブジェを包囲したまま4人が出てくるのを待つ綾香以下、不正委員たちがいたからだ。 『―――晴也ぁっ、出てこいっ。今回はアンタの負けよ。さっさと降伏しろ、馬鹿』 「へっ、俺は降伏するくらいなら突撃して死ぬねっ」 オブジェに取り付けられた窓を開けて叫ぶ晴也。 「どうするよ、一哉」 気丈に見せていてもさすがに今回は苦しいのか、苦い顔で助力を求める。 「あー、やっぱバラバラで突貫しかないんじゃないか? 山神はともかく、他のは意表を突けば充分だろ」 「そうかぁ? 奴らどんどん慣れてきた雰囲気があるぞ?」 「じゃあ、2人一組。晴也と武史は山神を抑えろ。お前ら息合ってるし、臨機応変でなんとかなるだろ」 「それだとオレは一哉か?」 クリスは男でくっつくのは嫌なのか、限界まで距離を取っていた。 「ああ。全速力で逃げるぞ」 「行くか」 晴也が窓から様子を窺い、タイミングを計る。そして、一哉が再三悩まされてきたスタングレネードを手にした。 『でーてーこーいーっ。あたしたちに普通の文化祭を楽しませなさいっ』 「充分に楽しんでるだろっ。鬼ごっこは楽しいよなぁっ。―――行け」 一哉がオブジェの隙間から爆弾を放り投げる。 「散れっ、奮闘を期待するっ」 「「「オオッ!」」」 ―――カランッ 『え? 何これ―――』 ―――ドガアアアアアアアァァァァァァンンンンンッッッッッ!!!!!!!!!!!! 覇・烽旗祭の3日目は爆音によって幕開けた。 熾条一哉 side 「―――待てや、こらぁっ」 追いかけてきた男子生徒が思い切り、何かを放り投げた。 それは廊下に接触するなり爆発し、轟音を発する。 「ぅおいっ。爆弾同好会も参加かよっ」 クリスは背後で轟いた音と爆風を浴び、危うく階段から転げ落ちそうになった。 「くそ。化学部が壊滅したのはやはりまずかったか」 一緒に逃げる一哉は冷静に分析する。 「っていうか、手榴弾は危険だぞっ!?」 「スタングレネードは何回か見たが、殺傷力高いのを見るのは初めてだな、ふむ」 「お前何でそんな落ち着いてんの!?」 「ふっ、場数を踏んでいるからな」 「お前何者よ!?」 クリスのツッコミを無視し、一哉は角を曲がった。 「―――っ!? しまった。直線だ」 数十メートルの直線。 まさに地獄のストレートに入った。 「―――喰らえっ、爆弾同好会制作『手榴弾完成度90%』っ!」 弧を描く投擲ではなく、地面を滑らせるような滑走で爆弾が迫り来る。 「後の10%は!?」 「配線が複雑すぎて、ピンを抜いてからいつ爆発するか分かんねえ」 しれっと答えてから撤退に移る追跡員。 「不良品じゃねえか!」 クリスのツッコミも空しく、2人の走行速度を上回るスピードで接近する手榴弾。 追いつかれるか振り切るかではなく、いつ爆発するか分からないというロシアンルーレット的な緊張感が2人を襲った。 「くっ、クリスッ。蹴り返せッ!」 「オウよっ。―――ってオレかよッ」 「お前のキック力に俺たちの命が懸かっているっ」 「フッ。任せな、相棒。オレがきっちり守ってやるぜぇぇっっ」 キキーッと上靴と廊下の床が煙を上げるような急停止を敢行後、爆弾向けて走り出すクリス。 「うおおおぉぉぉっっっ。行っくぜぇぇぇ、クリス奥義――"あの娘のハートに"シュートッ!」 『『『寒ッ』』』 一哉や避難した部外者からの異口同音のツッコミをも聞こえぬ自己陶酔っぷりのままシュートフォームに入った。 「ぅおりゃあああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!」 ―――カツンッ 哀れなことにクリスの足の甲が当たる手前で手榴弾が弾む。しかし、足の射程から逃げ切るまでは行かず、足自体は命中する。だが、元々地面にあった物を蹴るために繰り出された足の上部だった。 "あの娘の(以下略)"は空振り以上の代償を持ってクリスを襲う。 蹴り"上げ"られた手榴弾は天井に直撃し、重力落下を開始した。 その落下地点には悦に浸るクリス。 「ふはははっっっ。我が蹴りを受け、視認も許さぬスピードで危機は去ったぁぁぁっっっ」 ―――コツン 「―――ん?」 クリスの頭に『何か』が落ちてくる。 さらに廊下まで到達した『それ』を見て、クリスの表情が凍った。 「クリスゥゥゥッッッ!!!!!」 一哉は"駆け寄らず"に手を伸ばす。 「フッ、後は頼ん―――ぶぼあっ!?」 ―――チュドーンッ!!!! カシャーンッ!!!! 爆風をモロに受け、吹き飛ばされたクリスの体は窓ガラスを突き破り、外界へと消えた。 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』 名状しがたい沈黙が廊下に落ちる。 落ちる瞬間、親指を突き出していたのが、何ともクリスらしかった。 渡辺瀞 side 「―――綾香も一緒に回ればいいのに・・・・」 廊下を歩きながら、瀞はやや不満そうに呟いた。 3日目ももう終わりに近い。 文化祭の喧噪はまるで閉店間近のスーパーのように半額セールが展開されていた。 「委員会活動で忙しい」 「・・・・忙しくさせてるのは、我がクラスメートなんですけど、総大将」 「よい」 「いいの!?」 そんなことを話ながら杪と2人で回る。 本当は綾香も誘いたかったのだが、晴也勢力と決戦とかで無理だった。 (ホント、夜は"決戦"なのに・・・・。何やってるのよ、みんな) そう思いながら唐揚げを口に放り込む。 「―――っ!?」 "ピリ"辛唐揚げとあった"ピリ"とは何と謙虚な表現だろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(モクモク)」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・杪ちゃん、よく表情変えずに食べられるね」 「(ゴックン) ? 辛いの好きだから」 一瞬、不思議そうな雰囲気を出し、すぐに思い当たって答えてくれた。 瀞は愚問だったと後悔する。 多数のギブアップ者を出したメニューを考案し、製作し、食した人間だ。 舌の感覚神経が常人と違うのだろう。 「『打ち上げ花火用超大型口径発射台展示 花火部』って、花火部もあるんだ、この学園。・・・・って展示って変な企画ぅ。あ、化学部『濃硝酸と濃塩酸を使って最強の酸――王水を作りだそうっ!』なんてやってるの」 自他共に文系と認める瀞には化学など未知の世界だ。 「それ、作った後に水鉄砲に入れてサバイバルゲームするって聞いた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーっと『王水』の効果は?」 嫌な予感に囚われ、引き攣った笑みと共に訊いた。 「金をも溶かす」 「最強すぎッ」 「―――何、キミの美しさを溶かすことはできないさっ」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 突然の登場に瀞は面喰らい、杪は無表情に無視した。 「来栖川くん、こんなところにいていいの?」 「ふっ、愚問だね。不正委員といえど、この人混みまで見渡せないぜ? それより、オレのことは『クリス』でいいんだよ」 肩を抱こうと伸ばされた手をすっと躱わし、優しく告げてあげる。 「向こうに『西洋甲冑愛好会』の軍勢が見えるんだけど」 「ゲッ」 クリスは振り返り、西洋剣を持ち、甲冑を着た数人がこちらに駆けてくるのを発見した。 「懸賞金」 「え?」 「今、4人に部費向上の懸賞金がかかってる」 「「ええ!?」」 驚く。 綾香は手段を選ばなくなったようだ。 考えてみれば晴也だけでもいい勝負だったのに、武闘派の武史、知能派の一哉が加わったのだ。 生半可の戦力では逆にやられる。 人海戦術はいつの時代でも有効だ。 「くそっ。金に魂を売った不届き者めぇぇぇっっっ。この来栖川クリスが英国紳士の生き方を教えてやるぜぇぇっっ」 金髪碧眼、長身長髪。 グッと握り拳を作って吼える姿は格好良かった。 「来栖川はクォーターで日本人」 冷静なツッコミ。 「ふっ、ココロは立派な紳士さ。何てったって目標は『全ての女性に口説き文句を言うこと』だからなっ」 「うっわー・・・・」 何も言えない。 「ふっ。鉄拳により、その鎧、打ち砕くぅぅっっ!!」 「―――その意気や良しっ。付き合うぜ、クリスッ」 「おお武史か、いや同志よッ」 いきなり入ってきた武史に驚きもせず、心強い味方ができたとばかりに笑うクリス。 「行っくぜぇぇぇっっっ!!!!」 「オオオオオオォォォォォッッッッッ!!!!!」 雄叫びを上げ、突撃していく2人の背にかかる杪の声は――― 「馬鹿」 「「ノォ―――――――ッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」 つれないものだった。 「杪ちゃん、クールを通り越して、ちょっと非道かも・・・・」 「?」 苦笑いを浮かべる瀞に杪は首を傾げる。 まるで自分がしたことを分かっていないかのように。 そんな時、中庭から妙な気配が漂ってきた。そして、その中庭を囲む校舎中に広がる歓声。 「―――おい、ついに"死神"と"与一"がぶつかるぞっ」 「何ィッ!? のらりくらりと"死神"から逃げ続けていた"与一"が立ち上がったのか!?」 「一騎打ちか!?」 「是ッ」 "死神"とは地獄まで追いかけてきて改めて地獄に送る不正委員会随一のしつこさと振るわれる大鎌からついた山神綾香の異名だ。 大鎌と共に乱舞する鎖は敵味方ともに恐怖の存在である。 "与一"は1年生ながら弓道部内トップの皆中率を誇る結城晴也だ。 その由来は1学期に校庭で暴走したラジコン部の巨大ラジコンを屋上から露出した歯車と歯車の合間を射抜くという芸当である。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 杪としばし見つめ合い、2人は食糧確保をしてから物見遊山に参加した。 山神綾香 side 「―――この先に何かあるわっ。行ってっ」 綾香の勘が告げる場所に手持ちの精兵――不正委員を差し向ける。 現在、西洋甲冑愛好会が村上武史、来栖川クリスと戦闘中と報告があった。 熾条一哉も複数の部活を相手にしているようだ。先程、遂に鞘から刀を抜かせたという朗報があった。 残りはそう、一番厄介な存在――結城晴也。 「―――ぐわっ!?」 「―――っ!? どうしたの!?」 綾香は先程出て行った4人が手首辺りを押さえ、うずくまっているのを見た。そして、辺りに散らばる鏃と同重量の殺傷性のないものがつけられた訓練用の矢。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・晴也」 「―――呼んだか、"死神"ッ」 「―――っ、さすがね、"与一"ッ」 30メートルの距離を空け、2人は向かい合う。 晴也は一瞬で4人の手に持った武器を射落とした。 晴也が幼少より風術とは関係無しに学んできた流派。 名前は忘れたが、連射を基本とする猛攻タイプだった。 本当は弾幕のつもりだったのだろうが、晴也の精密射撃はいくら射出速度が速くなろうとも揺るがない。 しかし、それをするには―――本気ではないと無理。 「―――下がりなさい」 綾香は一歩、そこから踏み出す。 周りの人間が晴也の偉業に畏怖しているのを感じ取っていた。 綾香は弓道場での晴也を知っている。 あの普段ちゃらんぽらんの晴也がきちんと背を伸ばし、視線で的を射抜いているかのような集中力を示していた。 いくら卓越した射撃力と言えども、一瞬の気の迷いや体の揺れが大きく狙いを外させる。どんな玄人でも真剣でなければ的を射抜くことができない。 「で、でも・・・・」 未練があるのか、それとも敵を前にして撤退するのを恥とするのか、なかなか彼らは下がろうとしない。 「止めなさい。アンタたちじゃ近付く前に射抜かれるわ」 綾香は手に持っていた鎖を地面に落とす。 ジャラリと音を立て、地面に広がった鎖とズシリと重い大鎌の感触を確かめ、『敵』を睨んだ。 視覚が伝える情報は木の枝に敵がいて、その辺りの枝に数え切れないほどの矢筒が括り付けられている。 つまりは敵の手数は今のところ無尽蔵。そして、番えられている鏃は―――金属製。 「・・・・上等」 ギリリと力を込められ、大鎌の柄が軋む。 「驚喜と狂喜の思いをこの凶器に込め、共に狂気の渦を形成しようじゃないのッ!」 綾香が大鎌を一振りし、大きく振られた鎖分銅が飛来した矢の柄――箆(ノ)の中心を打ち砕き、撃墜した。 約30メートル離れた距離で2人は嗤い合う。 今のはほんの小手調べ。 双方の闘気が最高潮に達した時、幾条もの銀光が大気を裂き、綾香の巻き起こす旋風の中で火花を散らした。 簡単に言えば晴也が放った何本もの矢が大鎌を振り回すことで構成される鎖の壁に弾かれているのだ。 綾香はただの"死神"ではない。 圧倒的技能を誇る戦乙女だ。 大鎌だけならともかく、その先に付いた鎖分銅をも自由自在に操る。 これができるのは国内広しと言えど綾香くらいだろう。 綾香は大鎌と鎖分銅で壁を作りながら進む。 弾け飛ぶ矢の数は劇的に増え続け、火花が散り続けていた。 校舎から見下ろす生徒たちは思っていたよりも高度な戦闘に完全に呑まれている。 歓声が消えた中庭に響く金属音はますます数を増し、2人の距離もそれだけ縮んでいった。 「―――セェイッ!」 綾香が動体視力で数本の矢の軌道を見切り、防御から攻撃に転じる。 具体的には鎖分銅を枝にいる晴也に一挙動で投げつけたのだ。 「―――っ!?」 晴也は枝を蹴って他の枝に移ろうとする。―――が、 「させるかっ」 グワン、と綾香が再び腕を振って鎖分銅の方向を修正した。 「のわっ!?」 咄嗟に弓で防御したが、木でできた弓と金属の鎖では耐久力が違う。 バキリ、と当然のように砕け、晴也は受け身を取って地上に落ちた。 勝負あった。 誰もがそう思っただろう。しかし――― 「―――覚悟ッ」 「イィッ!?」 本気の殺気に晴也はビクリと身を震わせ、硬直してしまった。 間合いを詰めた綾香の大鎌が残像を引く速度で迫る。 ―――ガギンッ 「―――イッテー・・・・。おい、山神、さすがに今のは洒落にならないぞ」 「な、ナイス・・・・一哉」 ほっと晴也が珍しく安堵の息を漏らす。 その首を刎ねようと迫った凶刃は一哉の刀――<颯武>によって食い止められていた。 「出たわね、真の悪役」 「おいっ、殺されかけた俺に対する謝罪は!?」 「っんなの後よ、後ッ。―――で? 何をしていたのかしら? 晴也を囮にしてアンタは?」 ジロリと睨みつける。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 2人は顔を見合わせた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・もしかして、俺・・・・誘い出された?」 「ええ」 綾香はゆっくり頷き、指を鳴らす。 「―――第六棟入り口封鎖完了」 「第五棟入り口封鎖完了」 「グラウンド抜け道封鎖しました」 「全ての校舎2階部の窓を施錠しました」 「スナイパー部、屋上展開終了」 「準備完了っ」 ワラワラと不正委員会の戦力が湧き出てきた。 「・・・・まさか、休憩中の委員まで動員したのか、綾香っ」 晴也がいつになく焦った表情で言った。 「ふん。みんなアンタに一泡吹かせられるかと思って行動してくれたのよ」 ズラリと対晴也勢力の人員が中庭を包囲している。 「まさか、俺たちが綾香に裏をかかれるとはな」 「ああ。武断派だと思ってたのになぁ。何て言うか、ものすげぇショックだ」 2人はいつにない気楽さで言葉を交わした。 そこには焦りや恐怖はない。 「ア・ン・タ・た・ち・ぃ? 自分の立場分かってる!?」 ブオン、と空気を裂き、2人の眼前に突き出される大鎌の刃。 「「ニヤリ」」 「・・・・何よ、その笑み」 邪悪な気配を感じ、綾香は一歩後退った。 「一哉」 「分かった。―――山神、スナイパー部の構成人数は?」 「え? そ、そんなの知らないわよっ」 下がったことを意識してか、声を大にして開き直る。 「正解は幽霊部員も混ぜて16名。展開したと言っても精々2棟分の屋上だろ」 「あ―――」 綾香はふっと展開していないであろう屋上を眺め、そして、人影を見て愕然とした。 「―――さあ、敗者復活だぜッ、化学部ゥッ!! そして、花火部ゥッ!!」 晴也が大声で合図する。 「―――オオッ! 祭り直前で陥落した我らはこの祭りで再生したッ!」 「超大型口径の発射台に―――」 「企画で作った『王水』を入れた玉を詰めて―――」 「止め―――」 綾香は真っ青になって制止しようとする。 王水。 通常の酸では融解しない、金や白金と言った貴金属を溶かす最強の酸。 それがあんな大砲――もはやそう呼ぶに相応しい――に詰められた大型砲弾によってこの中庭に撃ち込まれればどうなるか、想像もしたくない。しかし、愉快犯の集まりは、その長は命じてしまった。 「―――撃ち放てぇぇぇっっっ!!!!」 「「イエッサーッ!」」 ―――ドッカァァァァンッッッッ!!!!! 『『『『『うわあああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?』』』』』 中庭の中央にそれは着弾し、阿鼻叫喚の事態を引き起こす。 「―――あーっはっはっは。綾香、覚えておけ。如何なる時でも切り札を忘れるなっ。さらばだッ! ―――トォッ」 馬鹿みたいなセリフを残し、晴也は逃亡を開始した。 その後ろに一哉が続く。 「晴也っ」 「オウッ」 晴也は矢筒から二本の矢を取り出し、同時に番えた。 そのまま弓弦を引く。 「えぇ!?」 矢は一本一本放つものだ。 二本同時など――― 「ハッ」 『―――っ!?』 その方面を固めていた者たちは攻撃を避けるために横っ飛びする。―――無茶な射撃であっても射手はあの"与一"だから。 「―――っ、止めなさいッ!」 命じると共に綾香も鎖分銅を投げた。 今、彼らの前には包囲網が崩れた隙間がある。 このまま行かせれば突破されてしまう。 ―――カインッ 分銅部が下からの衝撃を受け、弾き飛ばされた。 それに応じ、鎖部分も見当違いのところに飛ぶ。 「くっ、熾条っ」 鎖分銅は近接戦闘力を持たない晴也だからこそ有効。 「晴也、早く蹴散らせっ。こっちも長く持たないぞっ」 「何故?」 「我らが総大将が裏切ったっ」 「っん何ぃっ!?」 別の場所から駆けつけてくる鎧武者たち。 しっかりと旗差物もつけ、陣形もとれている。 「―――うぉぉっっ!!」 「我ら鎮守家を筆頭とする連合軍っ」 「義に従い、大陸を荒らす不届き者を誅伐致すっ」 「打ち上げ費用向上のため―――」 「奴らを倒せぇっ!」 「オオオオ」 ―――ダダダダダダダッッッッッ!!!!!!!!!!! 『『『ンギャァァァァァァァッッッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?』』』 「―――え!? スナイパー部!?」 屋上からの斉射に鎧武者はバタバタと倒れた。 例え、装甲に身を包んでいるとはいえ、ゴム弾を関節部に受けたら痛い。 「―――ふわっはっはっ。晴也、しっかりスナイパー部の手綱は握ったぜェッ。あの写真の効果は抜群だなッ!」 「よくやったっ、クリスッ!」 グッと屋上に晴也が親指を突き出すと、危ないのを無視してフェンスから身を乗り出して返事があった。 「綾香、甘かったな。スナイパー部は元々こちらの陣営だったんだ。降伏したからと言って、実体のない恐怖で心まで拘束できるもんじゃねえぜッ!」 「脅しておいて威張るなッ!」 晴也の連射を遮った方法と同じようにスナイパー部のゴム弾を弾く。 「ふっ、正々堂々など、強き者がすることだッ!」 なかなか真理っぽいことを言って放った矢は轟音と共に放たれていた『王水』がつまった砲弾に命中。 空中分解させた。 ―――バシャァッ 「―――キャアアアアアアッッッッ!?!?!?!?」 "冷たい水"を頭から浴びた綾香は思わず、フリーズする。 「ふっ、水も滴るいい女っ」 グッと親指を突き上げてから脱兎の如きスピードで駆け始めた。 すでに先行していた一哉は真剣で杖を斬り飛ばし、恐怖を与えている。しかし――― 「―――もぉっ。危ないから真剣振るっちゃ、ダメッ! 夜ご飯抜きにするよッ!」 「うげっ」 すぐに封印されてしまった。 「一哉、渡辺さんに構うな。ここで逃走できなければ計画は失敗だぞッ。っていうか、ここまで来たらあの姉貴、暗部を動かしかねねえッ」 「・・・・おうっ」 確かにこれは洒落にならない事態だ。 少なくとも暗部召集の命令は下っているだろう。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最悪、奴らを見捨てるぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった」 放った煙幕の中、一度、屋上で奮戦する者たちを見遣り、勢力の首脳たちは冷徹な視線を交わし合った。 爆音と悲鳴を孕んだ中庭を見下ろす生徒は増え続け、そのまま参戦する奴らもいた。 すでに片方の陣営の大将は逃走しているが、ゲリラ戦を続ける者が多く、鎮圧に暗部が乗り出すほどだった。 怪我人は多かったが、どれも軽傷で怪我人の顔には満足げな笑みや、すっきりした表情が目立ったという。 一般人という目もあり、なかなか弾けられなかった祭の日々。 何の目的もなく騒いだ戦いが彼らの思い出として残るだろう。 残すイベントは後夜祭。 弾ける者、ひっそりする者、働く者。 いろいろいるだろうが、全てが愉しむだろう。 生徒会が再び姿を現し、実行委員と力を合わせる。 それ以外の責任者は一般生徒に戻り、ただただ楽しむだけ。 開放感と寂寥感が混ざり合う不思議な空間が幕開ける。 |